PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<大樹の嘆き>La nuit porte conseil

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――申し訳、ありません。ベネディクトさん。

 その声音は何時だって思い出すことが出来た。ドゥネーブ家に拾われてからと言うもの彼女は何時だって遠慮がちであったのだ。
 幻想種の特徴を有した記憶喪失の彼女は8才の頃にドゥネーブ男爵家にやって来た。
 正統にドゥネーブの養子にならないかと父母が望んでも彼女は頑なに首を縦には振らなかった。出自が解らぬ事を気にしたのだそうだ。
 彼女は『妹』だ。心優しく、誰よりも気遣いの出来る。紅色の瞳の美しい『妹』
 そう呼ぶことは出来ない。そう、呼ぶ瞬間さえ永劫に存在しない。それでも大切である事には変わりなかった。
 下女の真似事をして居るのもいつかは当主になる俺に仕えるためらしい。兄さんと呼んではくれない、正式には家族ではない『妹』を好いていた。
 姉が命を落とした日に、彼女だけでも守ると決めた。
 その身を闇へと堕とした姉の命を易々と奪った特異運命座標など根絶やしに為て遣りたい。
 その気を伺っていた。彼女へ伴にと誘った事さえある。
 その刹那に。

 ――どうやら、共に行けないようです。……貴方の前から私だけは、居なくならない心算だったのに。

 彼女のその細い体を蝕んだ病は不治だと呼ばれていた。
 抱き締めれば折れてしまいそうな程に嫋やかなリュティス・ドゥネーブの体は何時の日か固く動かなくなるらしい。
 岩と化したならば、その後に一等美しい花を咲かせて散るのだと。翡翠に由来したその病が彼女を自由を奪った。

 ――私のことは、どうか忘れて。

 忘れられるものか。ベネディクトはまだ歩ける彼女を連れ、翡翠へとやって来た。同胞である彼女を救う為ならば此の地の幻想種も協力してくれると信じて。


 ネクストの世界地図に飾られた『Emerald』の文字列を確認した後に、『春の魔術士』スノウローズ (p3y000024)は「翡翠のサクラメントが停止してるの」と言った。
「どうしてかしら。でもね、そこに向かう為にも砂嵐を越えなくてはならないでしょう?
 砂嵐って……一度戦を行った土地でしょう。そこのサクラメントから国境を目指すのも難しくって」
 そう肩を竦めるスノウローズの前でもたもたしていられないと告げたのはベネディクト・セレネヴァーユ・ドゥネーブと名乗る青年であった。
(ひ、ひえー……俺、ベネディクトさんに凄まれたことないんだが? こ、怖えー)
 身を固くしたスノウローズの内心はさて置き、彼はどうやら翡翠に目的があるそうだ。
 後方を気にする仕草を見せる彼の視線を辿ればリュティス――リュティス・ドゥネーブが俯きがちに黒い外套に包まれて椅子に腰掛けて居る。
「ええと……彼女と一緒に?」
「ああ。彼女は俺の家族でリュティスと言う。幻想種だ。記憶を失って彷徨っていたところを両親が拾い育てた家族同然の……関係ない話だったな。
 リュティスは石花病という病に罹患している。翡翠由来だろう。その治療法を知りたいのだ。『俺の目的』よりも彼女の身が今は優先だ」
 目的という言葉に引っかかりは覚えようども確認出来る場合でもないかとスノウローズは「幻想種なら同胞だし、ねえ」とぎこちなく頷いた。彼から感じる敵意から大凡の『彼の目的』は察することが出来たが――協力体制である間ならば安心だろうか。
 同胞だし、という言葉にリュティスの肩が大きく揺れたことが気になったが、ソレも今は聞くことが叶わないか。
「どうしても翡翠に入りたい。力を貸しては呉れないか」
「……え、ええ、構わないけれど。それで、その、彼女は一緒に連れて行っても大丈夫?」
「……ああ。俺が守ると誓う。後方で待機させておこう。それで? 国境を越えるにはどうすれば良い」
 スノウローズはクエストリストを一瞥する。国境線を守る迷宮森林の警備隊や精霊達を退けて国境線に近い集落に辿り着けば彼の目的は果たせるだろう。
「それじゃ、国境線で調査も兼ねて、集落への潜入を頑張って見ましょう。どうやら、そちらも訳ありのようだし……」

 翡翠の迷宮森林を守る警備隊達は目を光らせている。鋭いその眼光は猛禽の如き煌めきだ。
 後方で待機を命じられたリュティスはイレギュラーズを一瞥してから不安げに呟いた。
「ベネディ……兄さんの目的はイレギュラーズを根絶やしにすることです。姉さんが反転し、イレギュラーズが殺害しました。
 それは家族にどれ程の傷を残したか。……それでも、今は、私の病を治すために貴方達と手を組むことを選んだのなら」
 ――兄の、その野望が果たされないように力を貸しては貰えないか。
 苦しげに呻いた彼女の幼いかんばせを一瞥して、イレギュラーズは違和感を覚えた。
 ……彼女は記憶喪失と言えども、草木と語らわず、森に愛されていない。もしかすると、彼女は『幻想種』ではなく……?

GMコメント

 日下部あやめと申します。どうぞ、宜しくお願い致します。

●目的
 『翡翠の国境近くの集落』への潜入

●国境線(砂嵐側)
 国境線を越えて少し往けば翡翠の集落が存在している位置(マップでチェック済み。森へと入り込んだ後は最短ルートを利用できます。)です。
 何か、集落内に入れば情報を得ることが出来るかも知れません。

 森林警備隊が進入を警戒し、イレギュラーズを待ち受けています。森に守られ、土地勘を有する警備隊は強敵です。
 サクラメントからの復活を視野に入れて、戦闘を行ってください。
 サクラメントはリュティス・ドゥネーブ(後方待機)の傍らに存在します。

●森林警備隊 10名
 クエストでも撃退が望まれる幻想種の森林警備隊です。彼女たちが一目見ればリュティスが『幻想種では無い事』が分かります。
 森に身を隠し器用に戦います。森に良くなれており、魔術や弓での遠距離攻撃を得意としています。
 森に踏み入った場合には近接戦となりますが、警備隊の内の5名は近接戦闘を得意としているのかイレギュラーズにも引けを取りません。

●ベネディクト・セレネヴァーユ・ドゥネーブ
 伝承のドゥネーブ男爵家嫡男。『不運』にもイレギュラーズに討伐された姉・ルナの仇討ちの為にイレギュラーズに恨みを募らせています。
 同居人のリュティスの病を治すために、本人は不服ながらイレギュラーズと協力する事を選びました。
 協力関係にある内は戦闘になる事はありません。寧ろ、協力してくれます。幻想種に恨みはないので殺害はせずに不殺を狙います。

●リュティス・ドゥネーブ
 自称幻想種のドゥネーブ家の拾われっ子。ベネディクトを慕っており、彼を兄と呼ぶことは滅多にありません。
 恋情を抱いた彼を危険に晒したくないためイレギュラーズとの友好の道を記すことが出来ればと考えています。
 石花病に罹患しておりその足先は少し動かなくなってきました。地力で歩けますが走ることは出来ません。移動はベネディクトが抱えて行います。

●ROOとは
 練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
 練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
 R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
 練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
 自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline

※重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。

  • <大樹の嘆き>La nuit porte conseil完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年10月18日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ドウ(p3x000172)
物語の娘
梨尾(p3x000561)
不転の境界
マーク(p3x001309)
データの旅人
リュティス(p3x007926)
黒狼の従者
ベネディクト・ファブニル(p3x008160)
災禍の竜血
ひめにゃこ(p3x008456)
勧善懲悪超絶美少女姫天使
イズル(p3x008599)
夜告鳥の幻影
現場・ネイコ(p3x008689)
ご安全に!プリンセス

リプレイ


 自身のログアウトが不可能になろうとも、電脳世界は変化なく巡る。イベントリリースは滞りなく、目の前に積み重なったクエストを我武者羅に熟す事しか解決の糸口が無いことを『ご安全に!プリンセス』現場・ネイコ(p3x008689)は知っていた。
「―――それに今回はこっちの世界のベネディクトさん達とのクエスト」
 黒狼隊として活動を行うネイコにとってクエストNPCであるベネディクトの姿は僅かな認識のずれを齎した。晴れやかな青色の瞳に乗せられた暗き色。ベネディクト・セレネヴァーユ・ドゥネーブと名乗った伝承貴族ドゥネーブ家の嫡男が心配そうに見守るのは彼と同じ姓を持ちながら、血の繋がらぬ家族リュティス・ドゥネーブであった。
「ベネディクトさんとリュティスさんの、ネクストでの姿、か……」
『マルク・シリングのアバター』マーク(p3x001309)は息を飲んだ。二人が主従という言葉一つで括られるだけの仲では無いことをマークは知っていた。強い絆は力となる。故に、二人をよく知るものとして、ネクストの二人から感じる悲壮感が強い警告を及ぼすかのようだった。
「ベネディクト君とリュティスさんはROO世界ではこのように解釈されているのですねぇ。
 普段のかっちりとした主従関係から踏み込んで、何だか微笑ましい感じがします……何だかあちらのベネディクト君の視線がとても厳しいモノなのが気になりはしますが」
 どうしてでしょうかと呟いた『蒼迅』ドウ(p3x000172)に『NPCベネディクト』は口を開くことはない。唇を引き結び森林警備隊の撃破を目指すベネディクトの側で『NPCリュティス』は、そのうとそろそろと唇を開いた。彼の実姉が反転しイレギュラーズに殺されたことが彼の心の均衡を崩したのだと。故に――青年はドウらイレギュラーズを恨んでいるのだろう、と。
「あの俺はそうだな、元の世界に居た頃の俺に少し似ているよ」
『大樹の嘆きを知りし者』ベネディクト・ファブニル(p3x008160)はそう呟いた。不安げな『NPCリュティス』を見守る瞳は優しい。彼が、彼女に協力することを気配から感じ取って『黒狼の従者』リュティス(p3x007926)はまじまじと『目の前の自分たち』を眺めた。
「同じ二人であるはずなのに雰囲気は随分と違うものですね。御主人様と私が入れ替わったかのようにも感じられます。
 それに種族も……ですか。面倒なことになりそうであればフォローするように致しましょう。ただその心配はなさそうに見受けられますが……」
「そうですか? リアルのお二人さんに見た目はソックリ……ですが。
 ベネディクトさんはちょっと雰囲気が怖いですね……具体的にはポメラニアンは飼ってなさそうです。
 そしてリュティスさんの方は……ぶっふー! 普段の鬼メイドから想像できないくらいしおらしいですね!!」
 ベネディクト・セレネヴェーユ・ドゥネーブがポメラニアンにポメ太郎と名付けて散歩をしているその背中を追いかけるしおらしいリュティス・ドゥネーブ。そんな姿を想像して『勧善懲悪超絶美少女姫天使』ひめにゃこ(p3x008456)は腹を抱えて笑う。
「このしおらしさの1割でも分けて貰えばいいと思いますよ、ふふふ。
 うわ、すいません、な、なんでもないです! そんな睨まないでくださいよ……」
「……」
 場の空気が僅かに解ける。『夜告鳥の幻影』イズル(p3x008599)は「体調は大丈夫なのかい」と『NPCリュティス』を気遣うようにサクラメントの側へと誘った。石花病。その身を石へと変貌させる病に侵されているという少女の指先は少しも動かないらしい。歩く事が苦痛であれど彼女は『救いたい』一心でこの場所にやってきたのだろう。
「大丈夫、です……私よりベネディ……兄さんを」
「言い辛いならば無理に兄と呼ばなくて良いさ」
 穏やかに囁くイズルでは現実でも起った病気だというならば知っておくべき情報なのだろうと目を伏せるリュティスを見下ろした。
「さ! 家族が病気ならどうにかしようと行動するのが家族ですよね。
 家族の為、大切な者の為なら感情を押し殺してイレギュラーズと手を組む。……自分も同じ状況だったらそうするでしょうし、頑張りますか!」
 ねえ、と快活に微笑んだ『お家探し中の』梨尾(p3x000561)にネイコは力強く頷いて。抱え込んだ荷物が少しでも軽くなれば。
 仲間達の快諾にリュティスは己へと向き直る。同じかんばせなのに、浮かべた表情に仕草は驚くほどに違う。
「とりあえずは貴女のお願いを承りました。後で少しお話をさせて頂けるなら協力を致しましょう。
 ……別人とはいえ、こちらの御主人様と敵対することはできれば避けたいですから」
「――それと、君達の姉の名前を教えてくれないか?」
 ベネディクトの優しい問いかけに、『NPCリュティス』は呼んだ。ルナ、と。――ルナ=ラーズクリフの笑顔が、青年の脳裏に過って消えて征く。


 森へと張り巡らされた保護方陣。梨尾はすんと鼻を鳴らして周辺を警戒し続ける。国境を越えて、内部に潜入することで『石花病』治療の糸口を掴まんとするベネディクトに協力するべきにはまずは警備隊の位置を把握するところからである。
「相手方が拒絶している以上衝突は避けられませんが、人死にが出ては情報収集もままならなくなると思いますから、不殺を心掛けてよろしいでしょうか。ROO内でも、咎人ではない同族に手を掛けたくはないのです」
 かんばせを隠しているドウに『NPCベネディクト』は頷いた。彼女にとっての同胞を無為に手にかけるほど男は冷徹ではないのだろう。
 二人の関係性がどれ程変化していても、ひめにゃこにとっては『愛する人に頑張る二人』が素敵で堪らない。事情が複雑なのは良く分かる。
 それでも、彼らの希望を出来れば通してやりたいと願うひめにゃこの傍らでイズルは霊魂達へと助太刀を願った。
「すいませーん! ちょっとココ通りたいんですけどー! 貴方達に危害を加える気はないですー!」
 警備隊に可愛らしい声音を届けるひめにゃこの目前へと矢が突き刺さる。どうやら信用してくれないらしい。それだけ国境線の状況は最悪か。
「警備隊のみなさんこんにちは! お邪魔してすみません……でもそんなピリピリしなくていいですよ
 自分達は誰も殺すつもりはありません。死者が出るとしてもイレギュラーズだけです。どんなに抵抗しようと目的を遂行するので降参、或いは見なかった事にしては?」
 梨尾の言葉に姿を現した幻想種達はゆらりと揺らぐ炎へと引きつけられる。マークは同時に剣を掲げた。騎士の誓いの言葉が森林を動き回るレンジャー達の気を引いて。
「石化病の治療に、どうしても僕らは行かなくちゃならない。道を開けてくれ!」
 Live-Houseは本を読むには必要な素晴らしき空間だった。ドウはその紅玉の瞳を細め、蒼剣リミットブルーを引き抜いて。
 梨尾が引きつけるレンジャーの元へと嵐の加護を身に纏い飛び込んだ。宵闇より生み出された影人形がレンジャー達へと手を拱いた。
「警備隊の皆さんにとって、侵入者は殺すべきなんですかね……」
「だろうね。けれど、此方も目的のためだ。幸い『サクラメント』が近くにあるなら――」
 多少の無理も出来る。だが、マークにとってはログアウト不可能となった己やネイコがどのような復活を果たすのか些か不安を宿しているかのようだった。其れはイズルとて同じ。知る顔がその現状では不安も胸に過るというもの。
(其方ばかりには感けて居られないか――)
 白銀の髪を風に揺らがせたイズルの眼前を風が踊る。リュティスのメイド服がふわりと舞い踊った。
 二人の主人の姿を見間違うことはない。リュティスはベネディクトの攻撃に合わせ、魔力を収縮した矢を打ち出した。
「俺達は殺したいんじゃない、ただ石花病に掛かった者を治す手がかりが欲しいだけだ。殺しはしない!」
 もう一人の自分のために――
 砂漠のサクラメントを一瞥すれば座り、此方を眺めている『自分』が見える。侍女の真似事をしてメイド服を着用する彼女は将来は『兄』に仕える事を選んだらしい。切なげに呟いたそのかんばせにリュティスは恋心とはそれほどに苦しいものなのだろうかと物思う。
「うーん、言うこと聞いてくれませんね!」
「何でこんなにピリピリしているんだろうね……?」
 顔を見合わせるひめにゃことネイコ。輝ける超絶美麗姫たるひめにゃこは七色に光りながら軽快なBGMを響かせ道を照らす光となった。
 少しばかり『輝きすぎだ』と感じたネイコは「まぶしいね、ゲーミングひめにゃこさん!」と小さく笑う。
 それでもその輝きは狙いを定めるに役だった。空を踊るように、プリンセスチャージでコスチュームを纏う。
 放つのは魔法少女の慈悲の一撃。アニメ『プリティ☆プリンセス』は女児向け。決して命は奪いやしない。
「私達は情報を得る為に此処に来たんだもん。悪戯に命を奪いにやって来たんじゃないんだから、この位はやって見せなきゃ!」
 とん、とん。リズミカルに地を蹴ってネイコが勢いよく幻想種を殴りつける。ネイコが一歩後方へと下がれば、狙いが剥がれた幻想種へと再度マークは剣を手に堂々たる戦を見せ付ける。
「……成程」
 呟いたのは『NPCベネディクト』であったか。彼はイレギュラーズの戦闘能力を下見している意味もあったのだろう。
 梨尾はふと、思い出す。先ほど『NPCリュティス』が此方に懇願してきたお願いを――

 ――兄さんの目的はイレギュラーズを根絶やしにすることです。

 それは自身等と敵対する可能性を示唆していた。現在のベネディクト・セレネヴェーユ・ドゥネーブと協力が叶っているのはリュティス・ドゥネーブの『石花病』の治療の為に過ぎない。
 冷ややかに注がれた『NPCベネディクト』の視線を受け入れてマークは「ぞっとしないな」と呟いた。見知った顔にあれだけの殺意を込めて見つめられて良い気がするわけがない。況してや、今は協力者の立場であるのだから。槍を器用に使い『ドウの願い』通りに、彼女の同胞の命までは奪わぬように尽力する『NPCベネディクト』はイレギュラーズに戦陣の指揮を任せているのだろう。
(今は味方で、心強い相手だけれど。リュティスさんの言ってたとおりなら、いつかベネディクトさんと敵対する可能性がある。
 それは、石花病の一件が終わった後……かもしれない。どうなるのかは、分からないけれど――)
 ごくりと息を飲んだネイコは『音が漏れず奇襲』を防ぐことが叶っていた現状ならばもう少しで安全地帯に辿り着けると殺さずを心掛けて戦うことに叶っていた。

 ――どうか、兄さんを止めてください。

 彼女のしおらしい表情を思い出してひめにゃこは『NPCベネディクト』の背中を見つめる。彼が『義妹』に向けた家族愛。『義妹』であるはずの少女が向けた恋情。全くもって噛み合わない主従が互いを思い合って戦っているのだ。なんとも、言葉にしにくい状況ではないか!


 深、と。静まりかえった森の中で、境界線近くの集落の位置を確認したドウは「目的地はあそこですね?」と『NPCベネディクト』を振り返った。
「……ああ。すまないな、協力して貰って」
「いや、『石花病』については実は気になっている。治療法などが分かれば良いが……」
 イズルにとってはその治療法を現実にも流用できないかという考えがあったのだろう。現在の石花病の治療法は確立されていないのだそうだ。
『NPCベネディクト』も其れは承知の上だろう。翡翠でもその病の治療方法は編み出されていない。だが、少しでも縋るべき糸があるならば――身を支え、体を動かすことに僅かな不自由を覚える義妹の苦しみを和らげてあげられるのでは無いかと言うことだ。
「現実の深緑も決してオープンではありませんでしたが、今の翡翠は相当排他的になっていますからねぇ」
 現実の深緑よりも過激に排する様子を見る限り、里に全員で押しかけてももう一度戦闘が起ってしまう可能性があるとドウは告げる。
「翡翠の、と言うと厳密には嘘になってしまいますが、私は現実もこちらでも幻想種ですし良い緩衝材になれかもしれません」
 先に里へと行って参りますとドウは告げる。彼女の姿は幻想種そのもの。翡翠のものでなくとも、レンジャー隊と戦っている場面を見られては居ない。
 集落で一度協力を求めることは出来るだろうかと先行する彼女を一瞥してからリュティスはベネディクトに『リュティスと二人きりにしてほしい』と懇願した。
 ならば、とベネディクトは自信と向き直る.互いに自身に話はあるのだ。
「復讐を止めろ。大切な物を奪われ、怒る権利はある。だが、憎いと思う特異運命座標と手を組んででも手放したくない相手がお前にも居るのなら。
 お前はその手を放すべきじゃない。まして好いている女を地獄へ共に連れて行く様な真似は感心しない。
 ……お前の姉はその様な事は望まない人だっただろう?」
 ベネディクトは己のかんばせと向き合った。何を、と告げんとする男の鋭利な刃物を主す苛立ちにしにゃこの肩がびくりと跳ねる。
「何を、とお前は言うかも知れないが。解るのさ。あの人は、お前を導く様な存在だったのだろう」
 ネイコは『NPCベネディクト』の姉の名を聞いたベネディクトが僅かに眉を潜めた事に気付いていた。
 彼にとっての知った存在だったのだろうか。その姉は――ルナは。
「……お前は俺なのかもしれない。だが、俺は『お前』ではない。俺とお前は歩んできた道が違うだろう?」
「ああ。そうだろうな」
 ベネディクトは眼前で苛立ったように吐き捨てた男をまじまじと見ていた。己の顔で、冷たい瞳を宿し、他者の意見を排する。
 そんな様子はマークに言わせれば警戒せずには居られない状況なのだろう。
「私はイレギュラーズで、これも私個人の考え方でしかないけれど。
 今、この瞬間、一番大事なものは? そう問われて真っ先に思い浮かべたものは? それが『いちばん』で、離してはいけないものなのだと思う」
 イズルにとっての神は復讐を肯定している。他で贖えない場合の最後の手段としてやり遂げて満足するのは他に何もない者だけ。
 復讐は死者の安息でもなく、残された者にとっての縋るべき――そう思うからこそ、彼の心を解してやれないことを悔やむ。
「どうです? イレギュラーズだといえどもいろいろ居るんですよ、中々頼れるでしょう! もっと頼ってもいいんですよ!」
 ひめにゃこが胸を張るが『NPCベネディクト』は彼女から目を逸らす。ネイコとひめにゃこがドウの呼ぶ声に頷きイズルと共に里へと歩を進める。
 その背を追いかけようとする『NPCベネディクト』へとベネディクトは「待て」と声をかけた。
「考えを直さないというなら俺があの人に変わりにお前を止めるだけだ。
 それに、別の存在であろうともリュティスは俺の好いた女性だ。彼女を幸せにしてやりたい。惚れた弱みという奴だ」
 ――『NPCベネディクト』の目が見開かれる。驚愕に見開かれたその瞳は世界戦を違えた己が、義妹であると認識していたあの少女を好いているという思いも寄らなかった現実を目の当たりにしたかのようであった。

 恋をする乙女は、一人で国に残ることは無かった。連れて行ってくださいと懇願し浚うように家を後にした。
 息子のその行いを、『娘の心』を知っている両親は黙って許したのだろう。彼と彼女の行き着く先をドゥネーブの家は無理に鎖をかけやしない。
 リュティスは切り株に腰掛けていた己をまじまじと見下ろす。兄と呼ぶにも戸惑う相手を、止めて欲しいと願った、『主君の願いに反する』自分を。
「貴女はなぜベネディクト様の野望の阻止を願うのでしょうか? 私であれば何があろうと付き従うような気もします。そう考えるようになったきっかけがあれば教えて頂きたいなと」
 二人のリュティスは二人で向き合っていた。一方の少女は冷ややかな己のまなざしに戸惑いながらも唇を震わせる。
「……好き、なんです。だから兄と呼びたくはなかった」
 好き。それが恋を指すならば。リュティスは頬を朱に染めた己をまじまじと見遣る。
「ふむ……恋心ですか。どのような感情か教えて頂いても良いでしょうか?
 貴女の口から聞けば少しは理解できるのかもしれません。ずっと御主人様を待たせる訳にはいきませんから……」
 恋は、その人の唯一になりたいと願うこと。何も無かったリュティス・ドゥネーブにとっての世界の中心。失いたくは無い、大切な。
「……私は、醜い心を抱いているのです。病になって、それでも私のためだと旅に出てくれる。私のためだと言うだけで、喜ぶ。けれど、それをひっくるめて恋と呼ぶのかも知れません」
『NPCリュティス』はもう行きましょうと先の道で待つマークと梨尾を差した。
「リュティスさん。体は? 支えようか」
「無理しちゃだめですよ」
 二人に気遣われてドウの元へとゆっくりと歩いて行く背中をリュティスはまじまじと眺め、まだ解けない公式の前に立ち竦んで居た。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

梨尾(p3x000561)[死亡]
不転の境界
マーク(p3x001309)[死亡]
データの旅人

あとがき

 このたびはご参加ありがとうございました。
 現実と大きく違ったお二人の様子を描かせていただけて、どこか不思議な心地でございます。
 お二人はこれより翡翠の里で活動することになるのでしょう。この先、お二人がどのような場所に辿り着くのかは、また別のクエストで。

PAGETOPPAGEBOTTOM