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シナリオ詳細

<オンネリネン>人はそれを悪しき執念と呼ぶ

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 幻想国内で起こった「ヴィーグリーズ会戦」は、いまだ幻想国民にとってもイレギュラーズたちにとっても記憶に新しいことだろう。
 かの戦いで、ミーミルンド派に属していた悪徳貴族たちは手痛い敗北を喫し、ある者は領地も爵位も没収され、またある者は投獄され……と、様々な末路を辿ったようだ。
 ベイル子爵もその一人だ。
 彼は己の悪行の隠蔽と爵位の昇格を目論んでミーミルンド派に付きイレギュラーズに喧嘩を売ったが、見事返り討ちに遭い捕縛された。
 そして、刑に処されるその日まで、子爵はかつて残虐非道な手口で殺害した女性の弟の手によって掛けられた魔法で、彼女の幻覚に苦しむ筈だった。
 しかし、その後の子爵はというと……。

「何故だ、何故儂がこんな泥水を啜るような日々を過ごさねばならんのだ!」
 ベイル子爵は、どういうわけか幻覚の術から解放されており、土地屋敷の大半を接収され爵位も最下の男爵に降格されたものの、辛うじて貴族として生きている。ああ、これより先は彼を「ベイル男爵」と呼ぼう。
 だが、腰巾着のように彼に付き従っていた口やかましい執事の姿はなく、代わりにまだあどけなさの残る少女と少年の二人がベイル男爵の傍らにいた。
「おのれ、このまま終わってたまるか!」
 ベイル男爵は鼻息を荒げながら古びたテーブルに紙を広げる。それは、一見するとどこかの邸宅とその周辺の地図のようだ。
「ふん、見れば見るほど大したことのない貧相な土地と建物だ。この程度だから儂の手下に簡単にやられただけで半身不随になどなるのだ。穏健派だか何だか知らんが、頭の中まで平和ボケしているのだろう。愚かな若造め」
 地図に向かってぶつぶつと呪詛のように呟きながら、ベイル男爵は少女と少年を手招きした。
「儂の憎き仇はこの邸宅に住んでいる。どうだね、貴様らの力で始末出来るかね?」
 艶々とした灰髪の少女は、無表情で唇だけを動かす。
「わたくしたちの部隊が本気を出せば、この程度は造作もありませんわ」
 少女に良く似た灰髪の少年も、少女の言葉に瞼で頷いてみせた。
「そうかそうか! 実に頼もしい、これが噂の『オンネリネン』か。期待しておるぞ?」
 ベイル男爵は上機嫌に顔を綻ばせる。

 ベイル男爵が建て付けの悪いドアから部屋の外に出ると、室内に残された少年は怪訝そうに目を細めて少女に問いかけた。
「イザベラ姉さん、あの貴族……どこまで信用してよいものでしょうか?」
 イザベラと呼ばれた灰髪の少女は、やはり無表情だ。
「わたくしは最初からあのような者を信用などしておりません。ですが、よいですかジークフリート、『家族の敵の敵はわたくしたちの味方』……わたくしたちが戦う理由はそれだけで十分なのです。此度のわたくしたちの『敵』は、背後にイレギュラーズとの関わりが見え隠れしているといいます。分かりますねジークフリート、イレギュラーズは――」
「――滅殺!」
 ジークフリートと呼ばれた少年が初めて感情を昂ぶらせる。
 それでもイザベラは無表情のまま。
「ええ、そうです。わたくしたちの『きょうだい』を手に掛けた許されざる者たち、イレギュラーズ……ジークフリート、あなたも忘れたわけではないでしょう、きょうだいたちが見せた涙を、天高く上げた慟哭を。ともに支え合い、助け合ってきたきょうだいを奪われた悲しみを、怒りを、憎しみを。家族のため、ともに戦うきょうだいのため、わたくしたちは己の一死を以てしてでもあの者らを滅殺するのです。そのためにも、まずは綿密な打ち合わせをしましょう」
 淡々と、しかし凄まじい殺意を醸しながら語るイザベラに、ジークフリートは恍惚の眼差しを向けた。
「ではイザベラ姉さん、僕はきょうだいたちを呼んできます」


 所変わって、ここはクライフ男爵邸。
 クライフ男爵はバルツァーレク派に属する齢三十半ばほどの男爵で、かつては狩りや乗馬を嗜む活動的な男性だった。
 しかし、悲劇は突然訪れる。
 彼の婚約者が当時子爵であったベイル男爵に監禁され、監禁場所ごと燃やされたのだ。
 しかも、監禁場所はクライフ男爵の別荘だった。
 クライフ男爵は現場に急行する途中に賊の襲撃を受け、その時負った怪我が原因で今も車いすでの生活を余儀なくされている。
 一時は喪失感と絶望感からひどく心が荒んだものの、クライフ男爵は持ち前の精神力で何とか立ち直り、現在は道を踏み外しかけた婚約者の弟の後見人となり、彼の面倒を見ている。
 婚約者の弟はヴェンデル・ノイナー(p3n000228)という腕利きの魔法使いで、ヴィーグリーズの丘ではベイル男爵に騙されイレギュラーズを姉の仇と誤解し戦ったが、結果誤解は解け、彼はその場でイレギュラーズに寝返った。
 とはいえ、罪なきレギュラーズに刃を向けたことに変わりはなく、責任を取るべく出頭した彼は、クライフ男爵の監視という名の庇護下でイレギュラーズたちに協力することを条件に赦免されたのだった。

「それにしても、何だかんだで丸く収まって良かったぜ」
 クライフ男爵邸の客間で、ジェイク・夜乃(p3p001103)は差し出された紅茶を口にしながら微笑む。
 出頭したヴェンデルが温情を受けられるよう、当時ジェイクは現場での状況やヴェンデルの境遇などを懸命に訴えたのだった。
 今日は、ヴェンデルを過ちから救ったイレギュラーズたちをクライフ男爵が屋敷に招待し、ささやかながらもてなしている。
 クライフ男爵の隣にはヴェンデルも立っており、ヴィーグリーズの丘で戦ったあの時からは想像もつかないほど、今の彼の面は穏やかだ。
「ワタシも安心した。その後、お弟子さんたちは……?」
 同じくテーブルを囲むフラーゴラ・トラモント(p3p008825)に、ヴェンデルは静かに答える。
「お前たちの口添えのお陰で、皆罪には問われなかった。今は私と同様に、クライフ様の屋敷に住まわせてもらっている。今日はローレットの手伝いに出向いているからここにはいないが、皆元気にしているよ。お前たちにも気にかけてもらえて、ありがたい限りだ」
「でも、まさかベイル子爵が……」
 ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が複雑な面持ちで呟くと、クライフ男爵は悩ましげに額に手を添えた。
「……ああ、全くだよ。爵位を降格されたとはいえ、貴族として生き残るとはね。だが、聞いてある意味納得したよ。全ての罪を執事に被せて逃げおおせるとは、性根の腐った彼らしい」
「ヴェンデルの姉を殺したこともあの場で明らかになったってのに、それさえ執事に押し付けるとはな。だが、今更貴族の地位になんぞしがみついて、何が奴をそこまで駆り立てるんだろうな……」
 自ら口にした疑問の答えを探すようにジェイクが小さく唸った、その時。

 けたたましい音とともに客間のガラスが砕け散る。
「危ねぇっ、伏せろ!」
 ジェイクが咄嗟に叫ぶと、ヴェンデルはクライフ男爵を庇うようにしながら窓から離れ、フラーゴラとココロはジェイクとともに身を低くしながら構えた。
 何があったかと考える暇もなく、今度は階下から悲鳴が聞こえてくる。
「クライフ様、私が確認してきます。皆、すまないがクライフ様を頼む」
 ヴェンデルはジェイクらにクライフ男爵を託し、客間を飛び出した。
 周囲を警戒しながら玄関に駆けつけたヴェンデルは、倒れている門番の姿に息を呑む。
 二名の門番は首に致命傷を負い、既に事切れていた。
(反撃の隙も与えず一撃……相手は一体何者だ!?)
 すると、次は屋敷の裏手にある洗濯場からも叫び声が上がる。
 血溜まりの洗濯場に倒れるメイドたちもまた、即死の状態だ。
 更に調理場からはドンッという不穏な爆発音。
 嫌な予感に駆られながら調理場に向かうと、そこは血と火薬の臭い漂うあまりに凄惨な現場と化していた。
(相手は只者ではない。ジェイクたちに知らせなければ!)
 ヴェンデルは急ぎ階段を上ろうとしたが、階上を目指す彼の背中に何かが刺さる。
 直前に強い殺気を感じ身を捩らせたおかげで致命傷こそ免れたものの、傷は思いの外深い。
「貴様、何者だ……」
 苦痛に耐えながら振り向いたヴェンデルの前には、艶やかな灰髪の少女が立っていた。
「これから死にゆく者たちに名乗る名は持ち合わせておりません」
 ぞっとするような無表情に、皮膚が粟立つような殺気。
 そして、音もなくヴェンデルの背後に舞い降りたのは、少女によく似た灰髪の少年。
「厄介な魔法使いがいるとは聞いていましたが……姉さんの一撃を避けられない程度とは、あの貴族の言うことはやはり信用なりませんね」
(いつの間に!)
 少年の囁きを耳にこびりつかせたまま、ヴェンデルは苦し紛れの障壁を展開して離れる。
 ヴェンデルの首筋には一筋の紅線がくっきりと刻まれていた。僅かでも反応が遅れていたら、今頃ヴェンデルもこの世の者ではなくなっていただろう。
 障壁を張ったままヴェンデルは階上の客間に向かって叫んだ。
「敵襲だ! 相手はまだ子供に見えるが、騙されるな! 屋敷内の各所を同時攻撃するだけの人数がいる筈だ、気を付けろ!」

GMコメント

マスターの北織です。
この度はオープニングをご覧になって頂き、ありがとうございます。
以下、シナリオの補足情報ですので、プレイング作成の参考になさって下さい。

●成功条件
 オンネリネンの子供たちの撃破
 ※ただし、これは「撃破」という名の「救出」です。可能な限り命までは奪わず戦闘不能にして救ってあげましょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 現時点で判明している情報に嘘はありませんが、敵の攻撃パターンなどに不明点もあります。

●戦闘場所
 クライフ男爵の屋敷及びその周辺敷地内です。
 屋敷は木造二階建て、部屋数はそこそこありますが貴族の邸宅の割にはこぢんまりとしており、あまり広くはありません。
 屋敷の中で最も広い部屋は一階の大広間で、メタなイメージで例えるなら大体バレーボールコートがぎりぎり二面張れるくらいの広さがあります。
 屋敷の玄関から門までの間は小さな噴水のある中庭となっています。
 この中庭がクライフ男爵邸では最も開けた場所と言えます。

●今回の敵について ※一部PL情報です。
 オンネリネンの子供たちです。
 総勢十数名で、屋敷内外を全体的にカバーしています。
 短剣や暗器などリーチの短い武器を使用しての近接高速戦闘を得意とする者が主ではありますが、爆発物の投擲や投石、射撃系暗器での遠距離攻撃を得意とする者も何名かいます。
 数名は既に屋敷内に侵入しており、玄関前にいた門番二名、洗濯場のメイド数名をそれぞれ殺害し、調理場を爆破し料理番たちも全員殺しています。
 屋敷侵入組の中には、リーダー格の二名も含まれています。
 リーダー格の二名は次のとおりです。
 ・イザベラ(15歳・女性)
 灰色のロングヘアが特徴で、終始無表情です。
 言葉遣いがやけに丁寧で知的なので話せば分かる相手にも思えるのですが、アドラステイアの大人たちと「きょうだい」たち以外は誰も信用しておらず、特にイレギュラーズの息が掛かっている者には容赦ありません。
 そのため、言葉を尽くして説得に当たっても考えを改めさせることは限りなく難しいと思われます。
 刃物を投擲しての攻撃を最も得意としていますが、近接戦闘にも長けています。
 ・ジークフリート(14歳・男性)
 イザベラの弟で、姉と同じ色の髪をしています。
 こちらも姉同様に慇懃タイプですが、姉よりも喜怒哀楽がはっきりしています。
 姉に異常なまでの忠誠心を持っていて、姉のためなら死も厭わないタイプです。
 姉が絶対なので、姉や姉が信用している者たち以外の言葉には一切耳を傾けません。
 刃物による近接戦闘を得意としています。
 
●屋敷内にいる者の具体的な居場所 ※一部PL情報です。
・二階客間にいる人
 クライフ男爵
 茶会に招待されたイレギュラーズたち
 給仕係の女性1名
・一階と二階を繋ぐ階段付近にいる人
 ヴェンデル
 イザベラ(襲撃者で、オンネリネンの子供です)
 ジークフリート(襲撃者で、オンネリネンの子供です)
・二階奥の使用人室
 執事1名
 メイド数名

●ベイル子爵改めベイル男爵について(補足)
 ベイル男爵は、かつてクライフ男爵の婚約者でありヴェンデルの姉である女性をあまりに身勝手な理由で殺害し、ヴィーグリーズの丘ではミーミルンド派に賊してイレギュラーズに喧嘩を売り、挙げ句それらの悪行をすべて「執事が独断でやったこと」として処刑を免れたクズ中のクズです。
 現在、ベイル男爵は土地建物の大半を接収され、残された僅かな資産を抱えどこぞの空き家に潜り込んでまさに泥水を啜りながら日々を生きています。
 ベイル男爵は「今の状況はそもそもクライフ男爵がヴェンデルの姉と結婚しようとしたのが悪い、それさえなければしなくていい殺人をすることもなく、わざわざミーミルンド家の下に付いて勝てぬ戦に挑むこともなかったし、今頃子爵として何不自由ない生活を送れていた筈だ。だから全部クライフ男爵が悪い、クライフ男爵だけは許さない」という超絶身勝手な思考回路で、今回なけなしの資金をはたいてオンネリネンの子供たちにクライフ男爵邸襲撃を依頼しました。
 ヴィーグリーズの丘での戦いの際に、真相を知ったヴェンデルが「死ぬまで殺した姉の幻覚を見る」という呪いのような魔法をベイル男爵にかけた筈なのですが、どういうわけか現在それは取り払われています。
 ヴェンデルが掛けた魔法がなぜ解除されてしまっているのか気になる方もいらっしゃると思いますが、今回ベイル男爵は戦闘場所に姿を現さず、しかも潜伏場所も明らかでありませんので、接触しようがない状況です。
 そのため、ベイル男爵に関しては今回はひとまず完全スルーで行きましょう。

●その他参考情報
 時間帯は昼間、天候は曇り、微風です。
 気温は「高くも低くもない快適な温度」です。

それでは、皆様のご参加心よりお待ち申し上げております。

  • <オンネリネン>人はそれを悪しき執念と呼ぶ完了
  • GM名北織 翼
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年10月10日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
Lumière Stellaire
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
虹色
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
三國・誠司(p3p008563)
一般人
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと

リプレイ

●序
「子供たちが襲撃してきただと!?」
 『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)はヴェンデルの声がした方向に視線を走らせた。
(一体誰が何のために……まさかベイルの仕業か?)
 かの降格糞男爵の姿を思い浮かべるジェイクの傍では、
(うわぁ、この足音の数……何人入ってきた? ていうか、いきなり襲撃って……)
 と、『一般人』三國・誠司(p3p008563)が耳を澄ましながら内心後悔する。
 貴族のもてなしとあれば美味い物が出るだろうなんて期待してホイホイついてくるんじゃなかった、貴族の家には安易に上がるものではない……と。
 だが、こうなった以上四の五の言ってはいられない。
「男爵、ここに使用人はどれくらいいるのかな?」
 誠司が蹲ったまま問うと、クライフ男爵は
「執事のジョーに、メイドが六人、料理人が二人、門番兼庭師が二人……だね」
 と答えた。
「その人たちは今どこに? 仕事中?」
「ジョーと何人かのメイドは恐らく奥の使用人室で休憩中だと思うが、あとは……」
 一階の使用人たちは絶望的だと理解しているのだろう、男爵はそこまで言って辛そうに唇を噛む。
 こうしている間にもどこかのガラスが割れる音が聞こえ、ジェイクは舌打ちした。
「チッ、考えるのは止めだ! 今は子供たちを何とかしねえと!」
「確かにそっちが先決。階段に二人、一階西側に三人、更に玄関前に四人。あとはこの近く……たぶん外だろうけど、五、六人……ってとこ。西側と玄関前のはどんどん階段に接近してる」
 『恋する探検家』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)はやることが早かった。
 襲撃者の敵対心を全て察知して仲間たちに周知、これで一気にイレギュラーズたちの動きが決まる。
「弟子たちが集まってだらしない所があればお師匠様に顔向け出来ないわ。頑張りましょう」
 立ち上がった『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は、『無限陣』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)とフラーゴラに声を掛けた。
 頷き合うとマニエラはドアを開けて飛び出し、他の者たちも続々と客間を出る。
 客間に残るフラーゴラがドアを閉めると、ジェイクは低い姿勢のまま愛用のリボルバーを取り出した。
「クライフ、お前もヴェンデルも死なせねえ。だから今はここから出るな」
 「狼」の眼光が鋭く光る。

●始
 ヴェンデルはイザベラの一撃で深手を負いながらも障壁を展開しジークフリートの接近と斬撃を拒み続けていたが、凄まじいスピードで投げられたイザベラのナイフがヴェンデルの肩に刺さり、障壁が消えた。
 姉のお膳立てを受けたジークフリートがヴェンデルに突撃しようとした、その時。
 ナイフの弾かれる金属音と、
「白騎士ヴァイスドラッヘ! 見参!」
 という精悍な名乗り。白竜の降臨を彷彿とさせる堅固な盾をジークフリートたちに突きつけるのは『白騎士』レイリー=シュタイン(p3p007270)だ。
 レイリーの背後では、ジェイクが召喚した烏が一羽、少し離れて飛び回っている。
「さぁ君たちを助けに来たよ」
「『助けに来た』とは……姉さん、彼女は何を言っているのでしょうか?」
 弾かれたナイフを握り直しながらジークフリートはレイリーを睨んだ。
「私も甚だ理解しかねます」
 イザベラは淡々と弟に答えながらレイリーに切り込むが、今度はレイリーの槍がナイフを受け止め、押し返す。
「ヴェンデル殿、ここは任せて後ろに下がって下さい」
「そうしたいのは山々だが……っ」
 退避を促すレイリーの眼前で、滴る血がヴェンデルの足元を暗赤色に染めていく。
 長杖で体を支えるのが精一杯でまともに動けないヴェンデルにレイリーは危機感を覚えたものの、そこにココロと誠司が駆けつけ、ヴェンデルを両側から支え階段を上り始めた。
「こんなことして、何が目的?」
 誠司が足を止めぬままイザベラに問うと、彼女は口だけを動かし淡々と答える。
「死に行く者へのせめてもの慈悲で教えて差し上げましょう。イレギュラーズ滅殺、目的はそれだけです」

 その頃、マニエラと『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)は二階奥の使用人室から執事のジョーと休憩中のメイドたちを連れ出していた。
「ここにいるのは全部で……四人か?」
「はい。じきに洗濯を終えたメイドがあと三人引き揚げてくる筈なのですが……いいえ、今はまずこのメイドたちを避難させなくては」
 ジョーはそう言うと俯き口を噤む。
(諦めろと言わずとも察してるようだな)
 マニエラもあえて口にはせず、視線で避難を促し自身は後方を固めた。
 客間までは廊下を直進するだけ、ヴァイスは先頭に立ち急いで使用人たちを避難させようとしたが、ジョーが背後を気にしているのが引っ掛かる。
「何か気になることでも?」
「はい。使用人室の裏手に階下と最短で行き来出来る使用人専用の階段があるので、洗濯場のメイドたちが逃げて来てくれないかと……」
 絶望的でも生存を願うのが人情というもの、ジョーがそう思うのも至極当然ではあるが……。
(生存者の帰還よりも敵の襲来を危惧すべきだろうが!)
 「最短で行き来出来る階段」と聞いたマニエラの血は真逆の意味でざわつき、案の定
「階段だ!」
「ここから攻めよう!」
 という子供たちの声が聞こえてきた。
 すると、ヴァイスが使用人階段のある方向を見やり、直後凄まじい暴風が階段を崩落させる。
「ああ、ごめんなさい……『事故』が起こったようだわ」

 一方、客間では割れた窓からジェイクの召喚した二羽目の烏が軽やかに飛び出し、それを確認したフラーゴラは全速でカーテンを引き、暖炉に火を入れ、男爵の車椅子を確認していた。
 車椅子に故障が見られないことに安堵したフラーゴラは、給仕係と男爵にカーテンから離れるよう指示すると、さっきまで紅茶を楽しんでいたテーブルを盾代わりにして二人を隠す。
 ジェイクは目に付く家具を次から次へと窓辺に運び、器用に即席のバリケードを構築すると、カーテンの隙間から外に銃口を向けた。
 その間に室内で細々と動いているのは『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)だ。
 フラーゴラが閉めたカーテンに花瓶の水や給仕係のワゴンに残る湯をぶちまけ火災に備えたり、暖炉の周りや入口ドアのすぐ手前に割れた食器類を散らして足止め工作をしたりと、ありとあらゆる危険を想定し手を尽くす。
 そうしながら、アーマデルは考えた。既に割られた大きな窓に暖炉から伸びる煙突……この部屋は籠城向きではない、と。
 万一の時を考えて第二第三の籠城場所を検討しておくべきだが、恐らくどこに逃れようと何らかのデメリットは存在する。
 そこで、彼は子供たちに命を奪われ屋敷を彷徨う使用人たちの霊魂にコンタクトを取ってみた。
『さぞ無念であろうが、手を貸してはくれないか? 角部屋でなく外への開口部が少ない部屋で、室内に可燃物となりそうな物があまり置かれていない部屋があれば教えてもらいたいのだが……』
『この屋敷は囲まれ、一階はもう制圧されている。客間より安全な場所は今はもうない。どうか、私たちの分までご主人様と仲間を守って……』
 彷徨う霊魂たちはアーマデルにそう返しながら壁をすり抜け男爵と給仕係を囲むようにして集まる。
 無論、この霊魂たちには戦う力も盾となり得る実体もないが、男爵や仲間を守りたいという強い意思があることをアーマデルはひしひしと感じた。

●闘
 ジェイクの烏が芝の上を走る敵影をはっきりと捉える。
「あの部屋、さっきはカーテンなんか閉まってなかった」
「つまり、中に攻撃対象がいるんだ」
「吹き飛ばしてやろう」
 並外れた視覚聴覚を烏と共有しているジェイクの顔が怒りで引きつった。
(物騒なことを言いやがる!)
 爆発物らしき物を手にスローイングフォームを取る子供に、ジェイクの銃口が火を噴く。
(殺しはしねえ……生きること、それだけはお前らがどんなに悪事に手を染めようと罪じゃねえ)
 手を撃ち抜かれた爆弾少年に他の子供たちが駆け寄った。
「狙撃手がいるんだ。『横』からも攻めよう」
 頭数で優位に立つ子供たちの作戦を聞いたジェイクはフラーゴラとアーマデルに警戒を促す。
「分散して叩きに来るぞ!」
 フラーゴラは壁の端に屈み、アーマデルは長い紐状のカーテンタッセルの片端を家具の脚に結びつけ、もう一方の端を持ったままフラーゴラの対面で構える。
 やがて隣室のガラスの割れる音がして、続いて爆発音とともに壁が砕けた。
 子供たちが得物を手に瓦礫を踏みながら侵入してくると、アーマデルがタッセルの端を引いて足を取り、縺れたところにフラーゴラがすかさずテーブルクロスを投げて視界を遮る。
 テーブルクロスをもろに被った少年はナイフで素早く切り裂いたものの、フラーゴラは既に少年の懐に飛び込んでいた……白狼の牙が喉元に食らいつくが如く。
(リーチの短い武器で屋内戦闘……つまり暗殺用途の子供たちか)
 フラーゴラの猛攻で連係に綻びが生じた子供たちにアーマデルの短銃剣が閃き、綻びは結び直すどころか縺れに縺れた。
 しかし、その間にも窓を塞ぐ家具には石や小型爆弾が投擲され、ジェイクが築いた陣地は崩れ始める。
 家具が傾き生じた隙間から飛び込んできた石つぶてがジェイクの額を割り、爆弾で破壊された家具の破片が彼に突き刺さった。
 アーマデルとフラーゴラが室内の子供たちを相手取っている間に、ジェイクは手の甲で額の血を拭い外の子供たちを潰しに掛かる。
「まとめて片付けるしかねえな!」
 怒りを内包した慈悲の咆哮が子供たちにきつく絡みついた。

 痛みを伴うジェイクの慈悲の投網が外の子供たちの動きを封じたところに壁の穴を通じて執事らを連れたヴァイスとマニエラが合流すると、形勢は逆転する。
「もう、発端は知らないけれど、その手段は良いこととは言えないわよ……お仕置きが必要みたいね? でも、私、戦いはあまり得手ではないのよ? だから、手加減はするけれど……とっても痛いかもしれないわ」
「天儀嫌いだけならまだ可愛げはあったんだが、ね……ちなみに、私は手加減がとても苦手だ。勢い余って死んだら神様でも……あぁいや、マザーとやらを恨むがいい」
 挑発的な台詞を口にしながら悠然と距離を詰めてくるマニエラと後方で構えるヴァイスを子供たちは甲高い叫び声を上げながら迎え撃った。
 しかし、離れたところから入るヴァイスの一撃に牽制され、一瞬足を止めたところでマニエラの扇子がひらひらと空を刻み灯火を放てば、子供たちは光の中を揺蕩うように揺らめく灯火によって床に沈められていく。
 倒れてもなお睨みを飛ばす子供たちを、ヴァイスが
「お話が通じなくて残念だわ」
 と言いながらタッセルで拘束すると、室内は驚くほど静かになった。
 しかし、フラーゴラの表情は険しい。
「こっちに襲撃の気配はないけど……階段に敵が集中し始めた」
 彼女がそう告げるのと、ジェイクの烏が階段付近でひと鳴きしたのはほぼ同時だった。
「ここは俺に任せて、皆は階段に行ってくれ!」
 ジェイクの一声で客間にいたイレギュラーズたちは階段へと全力で駆ける。

●激
 階段では、ココロの治療で何とか動けるまでになったヴェンデルが彼女とともに戦場に戻り、レイリーが
「さぁ気が済むまで私に挑むがいい!」
 と声を張り上げイザベラとジークフリートを挑発し引き付けていた。
 ヴェンデルは続々とやってくる子供たちに長杖をゆるりと振るう。直後、何人かの子供が蒼白な顔で息を荒げ始めた。
「全員とはいかぬが、魔毒を食らわせた。これで少しは攻めやすかろう」
 ヴェンデルの魔法をココロが奏でる悲しき歌が後押しし、子供たちは亡霊の慟哭に苛まれ蹲る。
「やはり厄介な魔法使いでしたか。最初に全力で殺しておくべきでした」
 イザベラはレイリーから離れると蹲る子たちを下がらせ、目にも止まらぬ速さでヴェンデルに接近した。
 切り付けるようにして繰り出された右手に短剣は――ない。
 ヴェンデルに攻撃すると見せかけ、イザベラは短剣をココロに飛ばしていたのだ。
「ココロちゃん!!」
 誠司がココロの前に駆け込み短剣を止めたことでこの場の危機は脱したものの、気付けばレイリーは長らく攻撃に耐え続け満身創痍だ。
 それでもレイリーはココロの紡ぐ福音を聞きながら子供たちを止める盾として踏ん張るが、そこにイザベラが踏み込んだ。

 息つく間もなく飛ばされる刃が多方向からレイリーを襲うが、そこに客間からの増援が到着する。
 フラーゴラが蹌踉めいたレイリーの代わりに追撃の刃を受け止め、ココロは合流したマニエラと攻勢に出た。
「叩けば痛い、痛ければ涙が出る……体も心も。負の感情に任せて人を傷付けるあなたの心は悲鳴を上げている、わたしには聞こえるわ。そんな生き方はもう止めるべきよ」
「こう見えて私は殺しの得意な魔法使いだ、なかなか厄介だとは思わないか?」
 あの終始無表情だったイザベラが苦しげに息を吐きながらココロの舞い乱れる炎に耐え、マニエラの蹴撃を受け止める。
「厄介ですが……殺しは私も得意です」
 イザベラはマニエラにカウンターの斬撃を入れるが、その直後。
 予め階段をすり抜けていた誠司がイザベラの背後に音もなく現れ、彼女の背に渾身の魔性の一撃を叩き込んだ。
 避けきれず呻き声を上げたイザベラにまだ動ける子供たちが駆け寄ろうとするが、
「もう止めましょう?」
 とヴァイスが牽制の一打を放つ。
 この勢いに乗じて誠司はイザベラにネット弾を発射、必死の抵抗でネットを切り裂くイザベラを背後から腕でロックしてジークフリートに銃口を向けた。
「いいか、僕は旅人だ! 見て分かるよね、僕は今いつでも簡単に彼女を殺せるんだ!」
 ジークフリートが明らかに動揺しているのは彼の思考を読んでいる誠司には手に取るように分かる。
「彼女を殺されたくなければ武器を捨てて投降するん――」
「――しませんよ、彼は」
 イザベラが静かにそう告げた直後、誠司は彼女の刃を受けその場に倒れた。しかし、誠司の言動がジークフリートに与えた衝撃は大きい。
(訓練期間が長くなるにつれ、練度は上がり、躊躇が無くなる。俺も他人をとやかく言える出自ではないが、それでも……)
 動きの鈍ったジークフリートの懐にアーマデルが潜り込む。
(……生きてさえいれば、違う道を選ぶことも出来る)
 刹那、ジークフリートの体は天井高く跳ね上げられ、強烈な一撃を食らい床に叩き付けられた。
「たとえ命が尽きようと、僕は……僕は!!」
 燃え尽きるマッチが最後に火柱を上げるように、ジークフリートは立ち上がるなり駆け出した。
 アーマデルはかぶりを振り一歩退く。これ以上戦えば少年の命を奪いかねないと分かったからだ。
 すると、アーマデルと交代するかのようにレイリーが出た。
「大丈夫、貴方の『家族』は全員守るわ」
 振り払われた短剣を弾き飛ばし、そのまま慈悲の心で盾を押し込んで床に叩き伏せる。
「きょう、だい……たちを……殺した、奴らが、何を……」
 ジークフリートが意識を手放す間際、レイリーは静かに返す。
「約束は破らないわ、ヒーローとしてね」
 イザベラはジークフリートを取り戻そうと一足飛びにレイリーに迫り短剣を抜くが、ここまでに負った傷で彼女の動きは格段に鈍っていた。
 短剣がレイリーの鎧に当たっただけでイザベラはふらりと体勢を崩す。
「怒りと憎しみを糧にしても悲しみが増えるだけだって――いい加減に気付きなさい!」
 ココロの拳が床を割り、猛き紅光と化した癒しの輝きがイザベラを吹き飛ばした。

●終
「何もしないなら解いてあげてもいいと思っているのよ、でもこれじゃあね……」
 いまだ殺気だけは一人前の子供たちをロープで拘束しながらヴァイスは眉を八の字にする。
 口調の穏やかなヴァイスに比べ、一緒に子供たちを拘束していたフラーゴラには容赦というものがない。
 アーマデルに手伝ってもらいながら子供たちのボディチェックを徹底的に行い危険物を全て没収すると、強い視線を子供たちにぶつけた。
「この屋敷を襲うように依頼してきたのは誰?」
「貴族だよ。でも、名前までは……」
 フラーゴラに見つめられするすると答えるものの子供たちはそれ以上知らないらしく首を傾げる。
 アーマデルは沈黙を貫くジークフリートを見つめ、
「……ティーチャーに命じられただけで相手の名前すら聞かされていない、といったところか」
 と呟いた。
 思考を読まれ悔しげに顔を歪めるジークフリートを見て、イザベラは無表情のまま嘆息交じりに口を開く。
「この邸宅に住むのは憎き仇、手下に簡単にやられただけで半身不随になった愚かな穏健派の若造だ……貴族が言っていたのはそれだけで、私たちが知るのもその程度です」
「ヴェンデルさん、その貴族って……」
「ああ、ベイル男爵で間違いないだろう」
 フラーゴラはヴェンデルと頷き合う。 
 だが、ベイル男爵はかつてヴェンデルによって幻覚を見続ける術を掛けられており、本来ならばまともに刺客を雇うことさえ出来ない筈だ。
「そうなると、誰かがヴェンデルさんの術を解いた……? ヴェンデルさん、心当たりない?」
「……どうだろう」
 ヴェンデルは珍しく逡巡し、言葉を濁した。

 ジェイクはココロの手当てを受けながら拘束された子供たちを見つめていた。
「……なあクライフ、この子たちを引き取ってくれないか? 無茶なことを言ってるのは分かるが、辛い経験をしたお前とヴェンデルだからこそ、この子たちに命の重みを教えてやれるんじゃないかと思うんだ。俺も出来る限り協力する、だから、未来への投資だと思って、この子たちに殺した使用人と同じ仕事をさせて更生させてやってくれないか?」
 男爵は暫くの間無言で考え込んだが、ジェイクの熱意に負けたとばかりに小さく頷く。
「……ひとまずローレットに身柄を引き渡した後、私から後見を申し出るとしよう」
 男爵の返事にジェイクは心底安堵した様子で瞼を閉じた。

 子供たちが連行され、イレギュラーズもローレットに戻る。
 静かになった屋敷一階の広間には、殺害された使用人たちの遺体が白いシーツに包まれた状態で整然と並べられていた。
 シーツには血痕のひとつもなく、中の遺体が丁寧に整えられていることが窺える。
「ここまで手を施して頂き、ありがとうございます……」
 執事のジョーは溢れる涙を拭うことなくアーマデルに頭を下げた。
 屋敷での後始末を願い出てひとり居残ったアーマデルは、ジョーやメイドたちを促しながら祈りを捧げる。
(主と仲間を守るために力を貸してくれたことに感謝する。そして祈ろう……その気高き魂が往くべき所へ逝けるよう……)

成否

成功

MVP

レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ

状態異常

ジェイク・夜乃(p3p001103)[重傷]
『幻狼』灰色狼
三國・誠司(p3p008563)[重傷]
一般人

あとがき

マスターの北織です。
この度はシナリオ「<オンネリネン>人はそれを悪しき執念と呼ぶ」にご参加頂き、ありがとうございました。
少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。
今回は、ひたすら踏ん張って全てを受け止めようとしたあなたをMVPに選ばせて頂きました。そして、一貫して慈悲の心を示したあなたに称号をプレゼントさせて頂きます。
改めまして皆様に感謝しますとともに、皆様とまたのご縁に恵まれますこと、心よりお祈りしております。

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