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シナリオ詳細

<オンネリネン>天底より慈悲を

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 幻想王国を取り巻いた災いは取り払われた。そう宣言したフォルデルマン三世の事も記憶に新しい。
 イレギュラーズは幻想を後にして練達の国家プロジェクト『Project IDEA』による『R.O.O』へと取り組んでいた。
 日々を忙しなく過ごす彼等にはイベントと称したゲーム内での試練が度々訪れる。

 それは『アドラステイア』の耳にも届いたことだろう――仮想世界へと行き来するイレギュラーズは体を放り出して現実ではお留守、だと。
「マザー・カチヤは何と?」
「ええ、ええ……。此の儘各国に『オンネリネン』を派遣する事を決めたようですよ。ティーチャー・カンパニュラ」
 ティーカップを手にしていたティーチャー・カンパニュラは渋い表情を浮かべる。
 マザー・カチヤとは志を共にして居るわけではないが、外貨(パトロン)を有するオンネリネンがアドラステイアの維持に一役を買っているのは確かである。其れ等がなければ街が回らぬと言う訳でもないが、パトロンは居れば居るほど助かる実情だ。
 ティーチャー・カンパニュラも『蜜蜂』と呼んだ私兵部隊をアドラステイアには派遣を行っていたのである。
「ならば、エレルカを呼び寄せて下さい。貴方も共に往くでしょう? 『デモンサマナー』」
「ティーチャーにまでそう呼ばれると擽ったいですね。気軽にアドレとお呼び下さい」
 恭しく、騎士がそうするようにデモンサマナーと呼ばれた少年は頭を垂れた。悪魔を嗾けると言われる彼は『狂精霊』を味方に付けることに適しているらしい。その性質もカンパニュラの目から見ても異質そのものだ。
 アドレと言う己の名を呼んで欲しいと乞うた少年にティーチャー・カンパニュラは否定も肯定もしなかった。
 聖銃士の座にありながら感じる『不快感』は彼が唯の少年で無い事を感じさせる。屹度、此の儘大人となれば指導者になる道が開けるのだろう。
 そう――『優秀な聖銃士(プリンシパル)』はそう言う存在なのだ。
「参りました、ティーチャー。ご機嫌よう、プリンシパル・アドレ。
 街(アドラステイア)の外へとのお達しでしたが、何処まで参りましょうか?」
「諜報部隊の『蜜蜂』に少しばかりの毒針を。それから『デモンサマナー』を連れて幻想へと向かって下さい。
 彼の国は少し前までは奴隷の想像で騒がしくしておりました。『同胞』が助けを待っているはずでしょう。不幸にも、偽りの神の下で」
 ティーチャー・カンパニュラにエレルカは頷いた。

 幻想王国で奴隷として売買されていた少年『アルトロー』
 彼は本来ならばアドラステイアに合流し、愛されるべき存在だった。ヘッドハンティングを行う最中、ああした騒動が起こっていたのだ。
 暫くの間は幻想もイレギュラーズの目が光っていただろうがほとぼりが冷めてきた今こそ彼を連れ去るチャンスである。
「毒針の選定はコチラで?」
「ええ。構いません。エレルカに全指揮を任せましょう。任が上手くいけばプリンシパルへの推薦を行います」
「……! ああ、ああ、有難うございます。プリンシパル・アドレ。ご一緒に行かれるのでしたらどうかお力添えを」


 幻想王国の路地裏でイレギュラーズの合流を待っていた『月天』月原・亮 (p3n000006)は「よっす」と手を上げた。
 ある貴族から何かに見張られている気がするという連絡が来たのは数日前のことらしい。その調査を行うが為、亮は『永遠の0・ナイチチンゲール』リリファ・ローレンツ(p3n000042)と共に見張りを行っていた。何だかんだで仲の良い二人は貴族が感じていた視線に気付き応援を呼んだ――と言うのが此処までの話である。
「良い貴族か悪い貴族かって話はこの際なしだぜ。『悪徳貴族(じごく)』と『アドラステイア(じごく)』を比べる暇も無い。
 名前は伏せるように言われてるから手短に。この先のお屋敷に住んでる貴族が奴隷市の一件である奴隷を買ったらしい。
 まあ、天義で適当にとっ捕まえた少年だったらしいんだけどさ。名前はアルトロー。……アドラステイアを目指してたんだって」
「回りくどくないですか? 手短って言ったくせに」
 リリファに「うるせー」と亮が唇を尖らせた。代わりに説明するリリファの要約はこうだ。
 悪徳貴族が購入した奴隷アルトローはアドラステイアの『子供』となるべく、オンネリネンの子供達との合流を待っていたらしい。
 だが、その最中に奴隷商人に拐かされて貴族の手に渡った。どうやら、アドラステイアの諜報部隊『蜜蜂』が貴族の動向を見張りアルトローを取り返しに来たそうなのだ。
「それで、『悪徳貴族(じごく)』と『アドラステイア(じごく)』と言うわけです」
「そう。アドラステイアは独立都市とは言っているが新興の神を頂き、告発し合って大人から日々の糧を得ているんだ。
 子供達には『イコル』って言う精神を汚染する薬が配布されてたり……人道的じゃない、と思う。
 俺達の『考え』は兎も角。アルトローを守りきって欲しいってのが貴族のオーダー。その後は手切れ金と一緒に彼を報酬でくれるんだと」
「そうですよね、自分が買った奴隷がアドラステイアの一員になったりしたら……『アドラステイアのパトロン』だっていう醜聞が立つ可能性もある。それを避けたいんでしょうね」
 こそこそと話し合うリリファと亮は今宵、襲撃が起こる可能性があるとイレギュラーズに告げた。
 アルトローの意志は此処に関係ない。彼がアドラステイアに対してどの様な感情を抱いているのかも分からない。
 だが、『向かった先に不幸しかないならば』それを是とするわけにも行かない。何より、依頼は遂行すべきである。
「アルトローは身柄をコッチが引受けたら孤児院を探してやるでもいいし、誰かの領地で面倒を見てやっても良いと思う。
 アドラステイアに向かいたいほどに追い詰められてたんだ。……屹度、事情がある子であるのは確かだろうなあ」
 亮はリリファに「もう良いよ」と手を振った。彼女を面倒ごとに巻き込みたくはないという事だろう。
「んじゃ、英雄ごっこと行こうぜ。子供達との小さな戦争だ」

GMコメント

 夏あかねです。アドラステイア……オンネリネンにも動きがあるようですね?

●成功条件
 ・『オンネリネン』と『蜜蜂』の撃退
 ・少年『アルトロー』の保護

●名声
 当シナリオは『幻想と天義』にそれぞれ分割して名声が付与されます。

●ある貴族の屋敷
 名は伏せるようにと依頼時にローレットへと舞い込みました。悪徳貴族でしょうが、この際は関係ありません。
 貴族は予め地下室に退避しているようです。使用人達は何も知らぬままに日々を過ごしています。
 アルトローは2階の角部屋の清掃を行っています。窓が存在し、イレギュラーズはオンネリネンと『蜜蜂』の襲撃に備えることが出来るでしょう。
(使用人達の退避などは必要に応じて行って下さい)

●保護対象:アルトロー
 天義の出身。12才。奴隷商人に拐かされて、奴隷市(リーグルの唄)で貴族に飼われる事となりました。
 彼自身は天義の大災で両親を喪った為、アドラステイアを同胞であると認識している様ですが……。

●オンネリネンの子供達 7人
 『蜜蜂』を指揮するエルレカの用意した『毒針』
 家族(アドラステイア)のためならば命をも省みない。まるで爆弾のような子供達です。
 アルトローを大切な弟であると認識し、彼を迎えに来ました。イレギュラーズを敵だとし、容赦はしません。

●『蜜蜂』
 ティーチャー・カンパニュラの子飼いの部隊です。諜報隊の蜜蜂。
 其れ其れが子供の得意分野の通りに割り与えられ、非常に統率が取れています。

 ・エルレカ
 本日の指揮役。聖銃士であり、現場の監督を行っています。危機が及んだ際には偵察部隊である蜜蜂は撤退します。
 戦闘ではなくバッファー役。索敵等の能力を十分に有しているようです。

 ・『蜜蜂』の子供 4人
 エルレカに指揮を受けてオンネリネンの子供達を前線へと送り出す蜜蜂の諜報員達です。
 後方からの支援員で構築され、幅広い非戦スキルを分担して用意しているようです。

●『デモンサマナー』アドレ
 優秀な聖銃士(プリンシパル)です。オンネリネンの子供達と同行し様々な国を見て回るつもりなのでしょう。
 狂精霊と呼ばれた、悪落ちした存在に疎通する能力を有し、それを悪魔と呼びながら一般人を唆しています。
(拙作の『あなたが死ぬまで数えてあげる』や『デモネの聖痕』の犯人です)

●同行NPC:『月天』月原・亮 (p3n000006)
 前衛タイプです。リリファには帰ってもらいました。皆さんの指示に従います。
 何もなければ出来るだけ使用人を避難させるでしょう。

●独立都市アドラステイアとは
 天義頭部の海沿いに建設された、巨大な塀に囲まれた独立都市です。
 アストリア枢機卿時代による魔種支配から天義を拒絶し、独自の神ファルマコンを信仰する異端勢力となりました。
 しかし天義は冠位魔種ベアトリーチェとの戦いで疲弊した国力回復に力をさかれており、諸問題解決をローレット及び探偵サントノーレへと委託することとしました。
 アドラステイア内部では戦災孤児たちが国民として労働し、毎日のように魔女裁判を行っては互いを谷底へと蹴落とし続けています。
 特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia

●聖銃士とは
 キシェフを多く獲得した子供には『神の血』、そして称号と鎧が与えられ、聖銃士(セイクリッドマスケティア)となります。
 鎧には気分を高揚させときには幻覚を見せる作用があるため、子供たちは聖なる力を得たと錯覚しています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <オンネリネン>天底より慈悲を完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年10月09日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
シラス(p3p004421)
超える者
リック・ウィッド(p3p007033)
ウォーシャーク
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)
流星の狩人

サポートNPC一覧(1人)

月原・亮(p3n000006)
壱閃

リプレイ


「アドラステイアの中には何度か入りましたが、あそこは非人道的な行いを良しとしている。
 ……神を戴く宗教国家という体裁をとっては居ますが、まさしくあそこは地獄」
 月光の差し込む屋敷の中をゆっくりと歩きながら『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)はそう言った。白百合を飾った鐘は荘厳なる音色を響かせる。ごうん、ごうんと振り子時計のようにその刻を告げるかの如く。
「地獄。まあ、確かに」
 それは此までもアドラステイアに関わってきた『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)だからこそ思うことだった。
 話し合いの余地を求めれど、言葉を届けるべきは上層部だ。下層から派遣される子供達はただの雑兵。所詮は使い捨てのブリキの兵隊に他ならず。
 遭遇するたびに尽くした言葉は響いたかと思えば信仰に塗り固められる。脳にこびり付いた『常識』をご丁寧に洗い流して、はい、もう一度。
「おお神よ子供達を救いませんか! 救わねぇよなぁ~見たことねぇし。守るべき大人が食い物にしてるしよ。流石に無理でしょ見て見ぬ振り」
 だからこそ地獄であると。だが、こうして『大々的』にオンネリネンが動き出したと云うことは更に『奥』へと手が伸ばせる可能性を感じてならない。
 アドラステイアの話を聞くだけでも『ウォーシャーク』リック・ウィッド(p3p007033)は恐ろしいと呟いた。
「なんでもありだよな」と呟く『天穿つ』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)が指し示したのは『月天』月原・亮 (p3n000006)達が持ち寄った情報から察することの出来た存在についてだ。
 アドラステイアの聖銃士はその中でも立場に上下があるらしい。『優秀な聖銃士(プリンシパル)』と呼ばれるティーチャー候補達。その中の一人がプリンシパル・アドレ。イコル等を精霊に試したことにより『狂精霊』を作り出し人を唆して事件へと発展させてゆくイレギュラーズにとっての悪人だ。
「拉致に、狂精霊に、心をゆがませて……やべーな」
「ええ。それでも実態を知らず、何か事情があるというのであれば、あの都市はさぞ魅力的に映るでしょう。
 難民を受け入れ、衣食住を提供してくれる。その中のルールにさえ従えば生きてゆく事ができる。……私も、特異運命座標として選ばれていなければきっと……」
 あり得たかも知れない己の未来を思い浮かべては『未来を願う』小金井・正純(p3p008000)は苦しげに眉間に皺を寄せる。吐き出した重苦しい息は『選ばなかった未来』にばかり溺れていない。
「ですが、あの都市の邪悪を知った今それは止めねばなりません。それに、悪魔使い。過去2度に渡り、天義の聖職者を狂わせた奴が関わるというのならば、なおのこと」
 守るべきは『ツイてない』少年だ。『竜剣』シラス(p3p004421)に云わせれば運もツキもない。子供でしかない。
 アルトローと呼ばれた少年は天義の孤児だった。両親を冠位魔種による大災で失い、奴隷商人に拐かされて幻想王国にやってきた。奴隷という制度は何処の国にも存在している。もちろん、天義でだって小間使い扱いで奴隷とするべき子供を集めて他国に売り払う商人はいるだろう。
「我らが母国に奴隷商人だ、奴隷だと……そうした存在がまだまだいるのは悲しいな。嘆かわしい、が、今はそっちを考えている場合じゃない、か」
 天義の騎士として。ロストレイン家の復興を掲げた『天空の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)にとって天義国内での汚点は見るに堪えない。
 場所を移して天義の奴隷が幻想に売られて手酷い扱いを受けていた居るこの状況は如何ともし難いのだ。
「『貴族』は?」
 問うたカイトに亮は「地下に逃げてる。使用人だけはいつも通り」と苦々しく呟いた。事情を説明して彼らを屋外に逃がしておかねばならないか。
 近くに彼らがいては正純が懸念する『悪魔使い』が良からぬ影響を及ぼす可能性もある。
 イコルは神様による恩恵であると言い伝えられている。それが『精霊』などに何らかの影響を及ぼしたのかと、そちらを気にする『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は悪徳貴族は極悪にまで達していなかったことだけをまずは褒めておこうと地下室へつながる扉を眺めた。
「狂精霊……悪落ちした存在。どのような経緯で歪み捩れたのだろう。
 例えば霊魂は普通、安らぎを得、往くべき処へ逝くものだが。未練や悲嘆が大き過ぎれば安らげぬまま、抱えた焦燥に焦がされて捩れていく。
 ……狂ってしまったのならば、もはや何を考えても遅いのだろうが」


 クラリーチェが最初にチェックをしたのは出入り口の位置である。窓や壁。位置関係をチェックしておいてアルトローが清掃を行う二階の角部屋の位置関係を確認する。その場所に到達するまでの部屋の数、窓の配置や使用人の位置関係。
 そうしたものを見るだけでも日常が滞りなく進んでいることが見て取れた。日常を放棄したのは貴族だけなのだ。顔も見せない依頼人、と云えば聞こえは悪いが此方に自由采配を与えてくれただけマシだと考えるべきだろうか。
「まぁ貴族のやり口なんて今更ね……好きにヤれるだけありがたいまである」
「まあ、確かに」
 シラスは武装を解除し、使用人達をできるだけ安全な場所へと誘導する夏子を一瞥した。誘導をカイトとリックへ任せ、自身らは不幸な少年の元に向かい『前準備』をしておかねばならない。彼は理由のある子供だ。正純が言うとおりアドラステイアを魅力的に思っている可能性さえある。其れを護衛するとなれば何方が悪人であるか――そう考えずには居られないではないか。故に、彼の今後の不安を和らげるための準備が必要なのだ。
 清廉潔白、言葉を飾らずに指示をすれども突然の退去を命じられた使用人達は困惑する。手荒な真似が出来ない以上渋る相手にはチップを渡して退去を命じるしか出来ない。危険があり主人は身を隠している。皆も誰の目にも止まらぬようにと統率し指示をすればそれは余波の如く伝わるか。
 アルトローの部屋へと向かい、進んだアーマデルは室内を一人で掃除する痩せぎすの幸の薄いかんばせの少年に息をのんだ。黄ばんだシャツに禄に喰わせて貰っていないのだろう痩けた頬が痛ましい。沼に浸かった者とそうでないものには見え方の違うアドラステイアの説明をしてやらねばならないか。
「ははは、今から襲撃なんだろ? 悪魔使いの。
 ホントどーなってんだよアイツらの宗教観。めちゃくちゃじゃねーか。次はドラゴンでも出てくるんじゃねーの? ドラゴンは歓迎だぜ。竜狩りなんて楽しそうだしな!」
 揶揄うように笑ったミヅハは準備を整えると罠を設置した。館の侵入経路には様々な罠を設置する。窓の近くにはトラバサミ。会談にはワイヤーを。シャンデリアは落下トラップに変化させて屋敷全体で襲撃に備える準備を整えるミヅハをカイトが指せば巻き込まれないようにと使用人達は対比する。
「そんなに罠に準備してもいいのか?」
「どうせろくでもない貴族なんだろ? ま、必要経費ってコトで!」
 リックへと笑いかけたミヅハはある程度の罠は仕掛けたとアルトローが清掃を行っている部屋へと歩を進めた。

「やあ、アルトロー。少し良いかい?」
 フランクに声をかけたシラスは自身はローレットのイレギュラーズ、幻想の勇者であると状況を説明する。
 できるだけシンプルに包み隠さず。信頼を得られるようにと云う意思表示だ。クラリーチェは驚いているアルトローと視線を合わせ、穏やかに微笑んだ。
「貴方がアルトローさんですね。……貴方の目に、これから起こる光景がどう映るのか不安です。……ですが、その実を危険にさらすことはありませんから、ご安心ください」
 できる限り幼い少年の心をケアするように。微笑んだクラリーチェの背後に立っていたカイトは見窄らしい少年の姿に息を飲む。
「……すまなかった」
 ぼそりと呟いた謝罪は、ロストレイン――天義貴族としての責務か、それとも戦災を起こした『ロストレイン家』が何をしに来たのかと気取られたくない遠慮か。自身でも何方であるかは分からない。その肩をぽんと叩いてからアーマデルはまずは彼だと向き直った。
「アルトローくん。貴方を、守りに来ました。アドラステイアは知っていますか?」
「あの……神様がみんなを幸せにしてくれる……?」
 正純は彼の目にはその様に映っているのだろうと息をのむ。
 アーマデルは自身が保護した少女の姿を思い浮かべた。ミーサは果たして幸せだっただろうか。
「アドラステイアの生活は多くの人命の上に成り立つ。魔女狩り、滅ぼされた周辺の集落……そして、捨て駒前提で雇われるオンネリネン。
 彼らがアドラステイアとの関係を隠して雇われている事……助けられなかった子達と、保護した子と。そうやって、差が付いている国でも、幸せだと?」
 アルトローは目を瞠る。其れが真実ならば何の芸も無い己は落ちぶれるのだろうか、と。
「アドラステイアは貴方が思うような高尚な場所ではありません。そして、こちらには貴方を受け入れる用意があります。
 だから今は、私たちに守られてください。いい子ですから、ね?」
「受け入れるって……?」
 正純とリックはやはりそれに疑問を持ったのかと嘆息する。仕方あるまい。今まで彼は恐ろしい思いをしてきたのだから。
「襲撃を退けたら君の今後はこの俺が預かる。君のことは軽く聞いているよ。
 気持ちが分かるとは言わないが察することはある。俺もまともな親がいなかったんでね」
 じっと彼の目を見据え、シラスはそう言った。スラムで育った経験ならば溢れるほどに口に出来る。
「大人達の勝手な都合に振り回されて悔しいか? それとも疲れ果てちまったかい?
 ……俺についてこいよ、『生き方』を教えてやる。その後は君の自由だ、何なら自力でアドラステイアにも行けるぜ」
「我々と来れば努力次第で勇者にも成れる。そんな所に連れて行ける。今なら選べるぜ……どうする?
 まぁ完全にチャンスだよ。幻想を代表する勇者が招待してくれるんだ。破格さ」
 何せ国王にまで認められた勇者だと揶揄い笑った夏子は息を潜めてから武装し、アルトローに「下がって」と囁いた。
 クラリーチェは壁側へと意識を向け、外敵の侵入を意識する。ばたん、と大仰な音を立て、窓の外の罠が発動した事にミヅハは気づいた。


「って――」
「気をつけなさい。『毒針』。今日の目的はスカウトですよ」
 堂々と告げるエルレカの背後で『デモンサマナー』アドレは「気をつけて、エルレカ。何か居るぜ」と囁いた。黒い外套を深く被った少年の背後には無数の精霊が浮かんでいることにアーマデルは気づく。
「……プリンシパル。どうするべきだと?」
「『針』で刺してみな。相手の出方が分かるよ」
 その声音に、身構えたシラスは「気をつけろ」とアルトローに叫んだ。窓を蹴破り飛び込んできたのは数人の子供達。命をも賭して任を果たすオンネリネンか。
「お迎えに来ました、アルトロー」
「お迎え? 君たちがアドラステイアの子供達か?
 戦災を起こしたロストレインが君たちに刃を向けるのは、申し訳ないが、子を洗脳し、武器を持たせ、無垢な手を血に染めて新たな戦災を招くような真似はやめるんだ」
 ぴくりと肩を揺れ動かしたエルレカは「悪の聖女の家紋ですか」と呟いた。その傍らに立っているアドレが愉快そうに笑う。
「君達の神は、戦えと言ってるとでも? そんな程度の神ならば、この俺が切り捨ててやる」
「あなた方の家紋の神も国を滅ぼせと言っていたようですが?」
 エルレカが張り上げた声にカイトがそちらを一瞥した。美しい鎧に身を包んだ聖銃士は後方で『見ている』だけなのだろう。司令官の声を聞き、戦闘態勢とををの得たオンネリネンはアルトローの奪還ばかりを意識している。
「彼は、あなた達には渡しません。地獄へなど行かせるものか」
 アルトローを庇うように立っていた正純が睨め付ける。アーマデルは窓から飛び込んできた子供以外に何らかの小細工をする者が居る可能性を考慮し、周辺を警戒する。そう。窓で大仰に現れたのだから――
「後ろだ!」
「……ええ。『分かって』ますよ」
 永訣の音を響かせて。クラリーチェがすぐさまにアルトローの腕を引く。宙を空かしたオンネリネンの子供の腕。夏子は「ヒュー」と口笛を吹いた。
 此方をアルトローを地獄へと引き込もうとする悪人であるかのようにオンネリネンの子供達が糾弾する声が響き渡る。
「うわぁ怖いなぁ、こうやって一方的に悪人ってレッテル張ってくんだよヤダヤダ」
 肩を竦める夏子の元へとオンネリネンの子供達が集い行く。
 ティファレトの狩装束を纏ったミヅハは射手の勘を行かしてぐるりと身を反転させる。あちらも小細工ばかりが上手ではあるが、こちらも『対策』は万全だ。トラップに掛かった子供達へと的確に物を投げつければ重苦しいごつんという音が響く。
「いっ……」
 痛そうだと息をのんだアルトローへと正純は「此が彼らの日常なのですよ」と囁きかけた。この場でイレギュラーズが殺さないという選択肢を選んでいるからこそ、まだまだ被害は少ないが彼らはもっと恐ろしい戦場に行くことだってある。それでも彼は幸せだと笑えるのだろうか。
「……生きていれば、違う道を選ぶ事も出来る。だから、俺達は殺さない。けれど、ほかではどうだろう? そんな慈悲を持つ者ばかりではない」
 それでも、子供達は戦に向かっていくのだとアーマデルが眉を顰めればアルトローは苦しげな表情をした。
 アルトローを連れて帰ることだけが仕事である子供達を『二階から』落とした夏子は「まあ、二階だし……」と呟いた。クラリーチェが生きていることを確認し、正純を一瞥する。
「どうやら、彼はそちらに行くつもりはないようですが?」
 問うた声音は、彼らを拒絶するものであった。
「ああ、君たちの神とはどうやら彼は道を違えたようだ」
 それでも戦うかと問うたカイトはその瞳に苛立ちを乗せていた。


「彼は一人の人間だ。自分の事くらい自分で決められる……だろ?」
 夏子がアルトローの前へ立ち、オンネリネンの子供を静かに見下ろした。倒れ伏した子供の中で、意識のある者は藻掻くように蜜蜂へと手を差し伸べる。
 無言の儘その様子を眺めていたエルレカは「補佐を」と囁く。もとよりエルレカは支援の役を担っている。故に前線に出ることはないのだろう。
 こうして命を削るのはオンネリネンの仕事だと弁えているのだろう。見に来ていただけであるかのようなアドレは「決めたから此処に居るんですけどね」と夏子に笑いかける。
「子供は一人では生きていけない。アドラステイアの子供達は誰もが事情を抱えている。庇護者を求める人も居た。
 それなら『神様に縋ってしまった方が楽』でしょう? 大人だってそうだ。お兄さん、貴方がそうじゃないって言うなら『中層』を目指せばいい。
 ティーチャーが中層で授業をしてくれるから! お姉さん、貴方がこの国が害悪だと言うなら、更に上を目指せばいい。我らが神は待っていますよ」
 門を通れる者は限られているけれどと笑ったアドレは「退こう」とエルレカへと告げる。
 深追いをしてはアルトローや外に出した使用人を守れないか。リックは身構えるが、其れ等の動きを止めることはない。
 罠の位置を察知しているアドレはその罠を誰にも共有することなく一人悠々と帰宅していく。
「プリンシパル・アドレですか……」
 正純が彼らが去った方向を眺める。倒れ伏せたオンネリネンの子供は三人も放置されている。使い捨ての駒とはよく言ったものだ。
『蜜蜂』やアドレは此方を確認するだけで手出しはしてこなかった。つまり、誰がいるのかを確認してのことだろう。
「……あの」
 不安げに見上げるアルトローにシラスは「一度、俺の所に来るといい。そこから話をしよう」と笑いかけた。
「アルトローさん……アドラステイアではなく、私たちと共に色々な世界を見ませんか?」
 クラリーチェはアドラステイアではない楽園を見つけましょうと微笑みかける。自身の足で、見つけることが彼にはまだ出来るはずだからだ。
 外からそろそろと顔を出した使用人達にカイトは如何した者だろうかと眺める。20人くらいの男女だろうか。身分は屹度、アルトローと同じだ。
「一応聞くけど君たちも奴隷出身? いまの生活に問題は? 何かあるなら必ず助けに行くよ」
「……」
 まごついた彼らについてのこれからはイレギュラーズがどこか職業先を斡旋してやってもいい。
 アルトローにはアーマデルやリックの領地に旅行に行くことも提案し、今後については一先ずは安心だろうか。
「何処へ行くのですか?」
 アルトローの体の様子を確認していた呉リーチェと正純が地下室に向かうカイトを見遣ってから目を丸くする。
「いや?」
 顔を出さない悪徳貴族に仕事が終わったと声をかけに行くのだと営業スマイルを貼り付けた彼に亮はからからと笑った。
 まあ、仕事終わったもんなあ――!
 そんな彼の言葉ににっこりと頷いたカイトは必ずぼこぼこにしてやるという気持ちを隠して貴族の元へと暗い地下室の階段を下ったのだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 アドラステイア。まだまだ、潜入捜査ばかりですが、プリンシパル達が顔を出し始めたことで中層へ進む鍵が手に入るかも知れませんね。
 それでは、『また』お会いしましょう。

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