PandoraPartyProject

シナリオ詳細

仔狼の足跡に惑う

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 片耳折れの白き兎は雪原に踊る。
 付きまとうのは硝煙の香り。雪原につく足跡は、装備の重さに比べて浅い。
 どこまでも広がる吹雪の中、雪象の咆哮が響き渡った。
「よしよし、やれっ!」
 仕掛け縄が突っ張り、雪象をひっかける。
 部下たちがそれに乗じて槍を投げ、弓を引き絞った。
 逃げられまいと悟った雪象は、一転して攻勢に転じる。
 兎の何倍もの大きさの雪象が前脚を振り上げた。
 重量のあるストンプをすり抜け、白兎は銃を突きつける。
「チェックメイトだ」
 ぽん、と軽快な音を弾ませるラッパ銃。だが鉄帝印の工房で作られたそれの威力は折り紙付きだ。数舜遅れて、脳天をぶち抜かれた巨体な象はどうと倒れ伏す。
「強きものが生き残る。弱きものは死ぬ。鉄帝でもヴィーザルでも、それは同じことだ」
 一匹、二匹。
 手を合わせることもなく兎は象牙を狩りとった。
 シルヴァンスの誇り高き猟師、あるいは……彼らから言えば、「密猟者」だ。
「ヌガーさんっ! 鉄帝の連中に見つかった! 追ってくる」
「フン、……離脱するか」
「一人や二人じゃない。沢山だ」
「チッ。長く居候しすぎたか」
 国境線を振り返る。逃げるならヴィーザル地方の……。


 ヴィーザル地方ノルダインには、狼とともに生きる一族がいる。
 一族は狼を伴い、あるものは勇敢な兵士となり、あるものはそりを引いて荷運びの役につく。
 生まれたての仔狼は、特別に養育されているのでなければ主人を持たない。養育係はまだ幼い少年少女たちで、各々の適性がわかるまでは集団で世話を受ける。
「もうっ、だめだよ。こっから先は出ちゃいけないんだよ~」
 コロコロと雪まみれになる仔狼の雪をほろいながら、子供たちは無邪気に狼と遊んでいる。
「そうそう。でも、ちょっとくらいいいんじゃない?」
「ォウ!」
 そうだ、というように狼が吠えた。別の仔狼は木の皮をはいでいる。
「うーん、でも、ほんのちょっとだけ、ね?」


 狼の世話係が帰ってこない……それを聞いたラグナルは「また世話係の奴らが遠出してるんだろうな」、と思った。
 これは結構よくあるというか、バレたら大目玉だが、言っても聞かないのが子供というものである。かくいう自分もまた勝手に群れを抜け出しては、こっぴどく父と兄に叱られたものだった。どこへ逃げようともベルカがかぎつけて、ストレルカがぴょんと走ってくる。
 ところが、今回は様子が違うらしいのだ。
 足跡を見つけてたどっていく。それすらも途切れた後、追跡はベルカの鼻頼みになった。
 白樺の木に、何かが突き立てられている。血液のついたナイフで粗雑な皮が留まっていた。
 嫌な予感がした。
『人と狼は預かった。金を持ってこい』

「身代金が用意できないって、どういうことだよ」
「用意できないわけではない。”用意しない”だ」
 こういう時に族長が出す命令は決まっていた。「見捨てろ」というものである。
 負けたものが悪い。油断したものが悪い。ルールを破ったものが悪い。
 少数を切り捨てて先に進め、強くあれ。
 それがリーダーの務めである、と。
 そして、報復はきっちりと。すべてを血祭りにあげることであがなわれる。
「何も丸腰で挑めというわけではない。武器は用意した」
「……」
 正直に言うと、ラグナルは、少し期待しなかったわけでもない。
「立場上助け船を出すことはできないが、これで助けろ、ってことか?」と。
 けれども、渡されたものは樽いっぱいに詰まった火薬だった。
「もろとも、ってことかよ」
「取引の場所は丘の上だったな。これがあれば、雪崩を引き起こすことができるだろう。密猟者ごと一網打尽にできるはずだ。ノルダインの矜持は果たしてこい、息子よ」
 投げつけられたのは挑発に使われたナイフだ。
「待ってくれ、まだ若い狼がいるはずだ。そりゃ、大きな損失じゃないか?」
 ラグナルが交渉に狼を持ち出したのは、そっちのほうが早いと思ったからだ。一族にとって狼は何よりの財産で、たびたびは人の命よりも重かった。
「優れた狼は置き去りにしても戻ってきた。先代もそうだった。屍のほうを数えたほうが早い戦場から幾度となく戻ってきたものだ」
「まだ訓練も受けてないのに」
「いいか、生き残った者が強いのだ」

GMコメント

布川です!
族長の言っていることを要約すると「味方ごと全部やってこい」なわけですがそういうわけにもいかないよね、というやつです。

●目標
・『耳折れの』ヌガー、および密猟者たちの確保
・狼と世話係の奪還

●場所
 ヴィーザル地方ノルダイン、小高い丘の上。
 周囲にはもう少し高い山がそびえたっています。

●敵
ずるがしこく凶悪な密猟者です。彼らなりの矜持はあるようですが、モットーは「生き残った者が優れている」です。

密猟者『耳折れの』ヌガー
 シルヴァンスの白兎。耳は折れているのではなく、片耳ちぎれています。鉄帝国に追われてきました。兵糧つきかけたころにノルダインの一般人と遭遇、世話係と仔狼を人質にしました。
 高めの命中&高威力がウリです。ただし手数は少なめです。

密猟者×10
 密猟者です。弓がほとんど、槍が数名。素早く機動力があります。

●状況
・取引相手はラグナル、もしくは武装していない若者(非戦闘員らしく見えるといいでしょう)
・取引先に指定されたのは見晴らしの良い丘です。
ただ、潜伏の心得などがあれば接近できるでしょう。
露骨に武装をしていなければ供のフリも可能です。
・要求は金と食料。族長が良しとしなかったため用意できませんでしたが、ラグナルがなんとか半分ほどは集めてきました。
しかし足りません。工面したりごまかしたり値切ったりしてください。
・人質2人、仔狼5頭。仔狼はつながれているだけですが、訓練を受けていません。
 目立ったけがはないようですが、精神の消耗と凍傷が危ぶまれます。
 人質は非戦闘員の少年少女ですが、戦闘能力はありません。ただ、仔狼の安全を優先して行動します。
・密猟者たちは、取引を終えた後、スキーで離脱するつもりの模様。
 荷物はどこかにおいてあるのか、身軽です。

●もうちょっと踏み込んだ事情(要約)
鉄帝国に追い立てられたシルヴァンスの密猟者によって被害が出る形になれば、双方の弱みになるだろう、ということで、少々の犠牲はやむを得ない、むしろよい口実になると考えられているようです。

●登場
ラグナル・アイデ(p3n000212)
ヴィーザル地方ノルダイン、代々狼を世話するノルダインの一族。
仔狼を失いたくはないし、仲間ごと族長の言う「殲滅」は行いたくありません。
主人に命じられた狼は仲間であろうとも敵と指定されたものを攻撃するでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 仔狼の足跡に惑う完了
  • GM名布川
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年09月19日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
エステル(p3p007981)
耀 英司(p3p009524)
諢帙@縺ヲ繧九h縲∵セ?°
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す
柊木 涼花(p3p010038)
絆音、戦場揺らす

リプレイ

●リーダーの務め
――判断を誤れば、すべてを失うことになる。
「どちらも納得できません!!」
 ラグナルははっと我に返った。柊木 涼花(p3p010038)の一声。涼花の声には雪を融かすような熱がこもっていた。
「……」
「生き残った者が強い、その理論には賛同できません」
 エステル(p3p007981)はきっぱり言った。
「んで、改めて聞くがよ。アンタはどうしてぇんだ?」
『月夜に吠える』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)はラグナルに問いかける。
「それが一族の長の選択に抗うとしても譲らない覚悟はあるのか」
「……正直言って震えてるよ。何をしても間違ってる気がする……」
「一族には一族のルールがある。長の選択を非情という奴もいるだろうが……そういうもんなんだ」
「……」
 ラグナルは迷う。
「ラグナル様、リーダーの務めとは冷徹を極めるのデスネ……ケレド、生き残った者が強者なら生き残る為に取れる手段が多い事もまた強者の印、という事ですよね」
『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)は力強く頷いた。
「今日のボクはラグナル様の手段のヒトツですから! 存分にお使いくださいネ」
「手段、か……」
 手段。自分たちにとって、狼は手段だ。だが、何かにつけて力を貸してくれるイレギュラーズを手段と割り切ることができないように、そこには感情がある。
「人質も狼さんたちも奪還して、敵は懲らしめましょう! ……わたしにできるのは支援だけですが、皆さんお強いですから! 精一杯支援させていただきます!」
「もちろんアタシたちも行くわよ、当然でしょ?」
『ヘリオトロープの黄昏』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は、なんでもないことのようにゆったりと微笑んだ。
「ええ、なんとかなりますよ。いえ、なんとかしてみせる、でしょうか? どちらにせよ、やることは変わりませんからね」
『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は小さな小箱を開いた。あたたかさが満ちる。
「どうして……」
「だって前に言ったじゃない。『アンタ自身を信じなさい』って」
 狼たちはじっとこちらを見て、判断を待っている。
「ベルカ」
 ベルカを呼び、ジルはぎゅうと抱きしめた。ベルカは黙って身を寄せる。
(アンタたちの力を少し貸して頂戴ね)
「族長さんの考えもわかるけれど……アタシたちは、アンタを信じているからここにいるのよ、ラグナル」
「……頼りにしてる」
「……フフ、なーんて、カッコつけちゃったわね。さ、早く皆を安心させてあげましょ♪」

「ヌガー達なぁ。どうにも、まだ掴み切れねぇ。地図を貸してもらえるか」
『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)はあらましを聞いて唸った。指が地図の上をなぞる。
「チビを攫った、脅迫状を出した。
つまり、計画的かもしれねぇってことだ。
村が取る対処についてもある程度調べが付いてるんじゃねーか?」
「……たしかに……なーんか余裕があるな」
「しかも追われてる状態で悠長に取引なんざしてるのが解せねぇ。
足が着くようなことをしてる理由もわかんねぇ。
もう一つ、何か狙いがあるかもしれねぇ。例えばだ」
 英司の指はトントンと鉄帝のルートを指し示した。
「取引を鉄帝の追手に見せて、仲間だと思わせて離脱する、そういった事情だ」
「……なんだって?」
「まあ、可能性の一つってところだ。警戒して損はねぇ」
 ここは周りを取り囲む極寒の地。
 油断のならない同盟に囲まれた立地。
 一族の長であるためには、盤面を見通すように、この場を見なくてはならないのか。いくつもの可能性を導き出す英司に、ラグナルはうなる。
「……つっても、女子どもか。ったくよ……」
 ルナは顔を背けた。どんな表情をしていただろうか。そういうもんなんだ、と言ったルナの言葉と裏腹に、おそらくは気の進まない表情だったのではないか。
 けれども、見えない。

「可能な範囲で、私もお金と食料を工面してきました」
「ど……どれだけお人よしなんだ」
『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は微笑んだ。
「どうしても不足する分は、上層部分にだけお金や食料を詰め、下層部分には砂を詰めることで、見た目と重量を他と同じにした樽や袋を混ぜておきますわね」
「はい?」
 聞き違いかと思った。
「ゴツゴツした荷であれば、石を詰めて手触りを似せるのもいいでしょう。あ、この石なんてどうでしょうか?」
「いいと思いますっ! あ、これはどうですか? 重いですよ」
 うなずくリュカシスは、すごい岩をもぎとってきた。
「中心部の荷物に混ぜておけば、多少の誤魔化しがききそうですわね。ぼさっとしないで手伝ってくださいませ。ふーう、これで足りますね」
――自分は世界を知らなさすぎるのではないだろうか。ありとあらゆる意味で。

●雪の上に潜む
「スキーで逃げるなら、下方だ。別の何かが仕掛けられるなら、山側ってことになる。
常に警戒しよう。狩人は、弓より罠の方が厄介なんだ」
 言われて気が付く。視野が狭くなりすぎている。
 交渉の前から戦いは始まっている。
「っと、耀さんの言っていた通りですね」
 ひょいと小石を投げてトラバサミを回避するウィズィ。これは、鉄帝からの追っ手を警戒しての罠だろう。
 ジルは、白い吐息を布で覆い隠す。気配すら消して、雪に紛れ込んだ。
 呼ばずとも漂う精霊の気配。くるりと指先で合図をすると、風向きは変わる。耳をそばだてると、風に乗って会話が聞こえてくる。
『まあ、最悪……ガキはどうなろうとも』
『……逃げ……うまくやれば』
 そうはさせない、と、ふたりは視線を酌み交わした。
 ウィズィの合図に従い、ジルは歩いた。ジルの精霊が雪を払い、ウィズィが足跡を消す。
「交渉、上手くいくでしょうか?」
「そうね……」
 キャンキャンと小さく吠えていた仔狼が、何かに気が付いたように黙る。
「ふふ、いい子ね」
 仲間の匂いに気がついたのだろう。
「ここなら、よく見えますね」

「確証は無いが、何か罠が仕掛けられてるかもしれない」
「……」
「もし、だ。鉄帝の軍隊と遭遇したとして、潔白を証明出来るか?」
「潔白、かぁ……この『脅迫状』、じゃだめだろうな」
「偽造できるからな。まあ、印象ってのはだいじだからな、ハッタリでもいい。要するに、コトが起きた場合は一目で”被害を受けた側”だと証明するくらいはできるか?」
「なんだ、そういうことか。俺だって、腐ってもノルダインの男だぞ? チビどもが頑張ってるってんならな」
 一目で敵同士だと分かるくらい、戦闘に巻き込まれろ、ということだ。
 実際、密猟者を追いかける鉄帝軍人たちはいた。戦闘からはまだ離れてはいたが、もしも安全に後方に下がっていたのなら言い訳は必要だろう。――ラグナルの立場もある。
 依頼人ではなく、「当事者」であることは必須だった。
 エステルは地形を確認する。白い雪に覆われているせいで分かりづらいが、この場にはたしかに勾配がある。それにより、逃走ルートはおおまかにわかった。
……おそらく、人質がいるとすればあちらだろう、という木立もあった。
 そこには、ウィズィとジルがいるはずだ。

●公正取引
「……ありゃあ、狼じゃねぇなあ」
 密猟者たちは双眼鏡をのぞき込んだ。
 どうやら、武装している様子はない。

「約束通り、持ってまいりましたわ。ご確認下さいまし」
 ヴァレーリヤが堂々と進み出る。ラグナルは英司の教えを思い出しながら、なんとか真似してみる。
――誤魔化しはするが、嘘はつかないことだ。
「ああ、俺たちは最大限努力をした」
――弱みを握らせるな、笑え。あたかも作戦の一つでもあるように。見せかけでもいい。必要なのは態度だ。
「望みの品です! これが欲しければさっさと人質を返しなさい!」
 リュカシスが大声を上げる。ローブがはためき量を隠した。
「ううん……?」
「金貨だ。おいこりゃ、けっこうな量だぞ!」
「同盟から借りたんだ」
 荷馬車いっぱいの食料を持った涼花が前に出た。
「なんだ。そんな仲間がいたのか」
「旅の仲間だ。足りなくて、協力してもらった」
 すんすんとウサギは鼻を動かすが、悪い気配はしない。ルナの工作によるものだ。
「ああ、吟遊詩人か?」
 ルナは立ち上がり、荷を示す。
「限られた時間で集めた」
「ふん、だろうな。だが、足りないんじゃないか?」
「なんだって?」
 用意した額は『足りている』。難癖だ。
「今冬に向けて大規模な狩りと取引にでている。彼らが戻ってくればさらに増やせるが、それはつまり我が一族の戦闘部隊の帰還でもある。そうなれば、穏便な交渉で済ませられる保障はしない」
「まあ、いいだろう。……よし、それじゃあこっちに」
 ヴァレーリヤは首を横に振った。
「荷物は、人質と交換。後で解放すると言われても、貴方達が必ず約束を守ってくれる保証がない以上、これだけは譲れませんわ」
「おい、そりゃないだろ」
「交渉に応じないならば、この場で荷物に火を放って処分します」
「げっ」
 どうやら、ホンキらしかった。
「村に物資の多くを出していますし、交渉決裂に備えて防備を固めていますから、村に略奪に行っても却って損をする結果になるかと。
何も手に入らないよりは、これを手に入れて逃れる方が良い選択ではありませんこと?」
(ここからなら、届きますネ……)
 リュカシスは厚手のマントの下に武器を隠す。ヴァレーリヤもまた、慎重に司祭服の下の武器を探った。
 英司が歩み出る。馬車の荷を下ろそうとする。
 キン、とクリスタルをはじくような違和感。
「ほうぼう、頭下げて回ったんだ。義理は通すよな?」
「ふうむ、いいだろう」
「俺たちにとって、狼は命より大切だ……」
 密猟者が合図で連れてきたのは、全員ではない。
「今しているのは交渉事です。反故に出来るのは一度だけ」
 エステルが言った。
「……」
「その一度で、地の果てまでも追いかけられ、喉元を食い破られたいですか?」
「お前たちの大切なものはなんだ?」
「……生き残ることさ」
「反故なら殲滅、成立なら弔い、殲滅です。OK?」
 エステルが言った。
 相手は武器を抜きかけている。
 その時だ。

 思わぬ死角から、爆裂音が響き渡る。
 ウィズィのたたき付けた、「安心安全の」星夜ボンバー。
 それに気をとられて耳をぴんと立て、だが、そのときには黒い獅子が地を跳ねている。
 密猟者どもは光に目がくらむが、ルナの感覚はそれだけではない。
(俺の武器は反応と機動力。初手の奇襲が一番いきる)
 ルナは、雪を掘る仔狼の首筋をくわえてほうりなげる。その軌道はやさしく弧を描き、ジルの腕へと収まった。結構、大きいのであるが。
「いい子ね」
 ジルの声は何も聞き漏らさない。
 かすかな鳴き声も、雪の軋みも。……彼らが震えていることも。
(騒いじゃダメよ)
 唇に指をあててウインクし、白い布をふわりとかぶせる。その香りをかいで、わかった。味方だと。
 ベルカのにおいだ。
「よく頑張ったわね。もう大丈夫よ、アタシたちの後ろに隠れて、離れないでね」
 仔狼たちの綱を切って、ジルは立ち上がった。
「ちっ」
 密猟者が一人、子供の手を引いた。盾にしようとする。
「決裂ですか、では、ここからは御者ではなくイレギュラーズです」
 そうなるとは思ってましたけど、と。
 エステルの赤い回路が光を帯びた。機械部位である赤い回路を光らせ、腕輪が槍へと集束する。
「くっ……」
「さあ、Step on it!!  逃さないぞお前らっ!」
 ウィズィは勇ましく名乗りを上げ、敵陣へと斬り込んでいった。
「ラグナル様は人質の確保・防御を優先、ベルカ、ストレルカ、子狼の誘導を。やりますよ」
 オオン、と狼たちがエステルに吠えた。
「ウワー! すごく速い!」
 瞬きする間に、戦場は刻一刻と姿を変える。
 リュカシスは飛び上がり、かんじきで雪を踏みしめた。ルナの誘導に従って。鉄の鎖爪はよく体を支えてくれる。
 最優先にすべきは、人質の保護だ。タイプJ、鉄の翼を広げてグライダーのように素早く空を飛んだ。
「わぁ……!」
 マントで子どもをくるみ、リュカシスはパッと笑顔になる。
「もう大丈夫だよ! 怖かったよね、よく我慢されましたね。すぐに終わらせるから安心してね」
 そして、ルナへとパス。ルナは素早く子供ふたりを抱えて、背に乗せる。
「ガキは任せててめぇらは自分の足でラグナルの方へ逃げろ」
 ルナが示した言葉に反応したのは、子供よりも狼たちだった。引っ張るように離脱していく。

 雷が落ちた。
しかし、光らない。暗闇がはじけ、禍々しい騎士鎧姿へと英司は姿を変える。
 英司の深く踏み込んだ一撃。慣性を叩き込んだタマを刈りとる一撃にヌガーはくぐもった声を出した。機械のように急所を自動的に狙う。
「わかりました。一番偉いのは……こっちですね!」
 銀雪の上、ウィズィのハーロヴィット・トゥユーが閃いた。切れ味は抜群。可能性を開くようにもう一撃。
「ただじゃ逃がしちゃくれないか」
「よそ見している暇はありませんよ?」
 その一撃は大きく気をそらす。人質が逃げる時間を稼ぎ、余計なことをしないようにけん制する。ウィズィが動けば動くほど、仲間たちは動きやすくなる。
 可能性を引き寄せる。もう一撃。
「仮にもこの極寒の地で生きてきた人たちを人質にしての交渉、本当にうまくいくと思いましたか?」
 エステルは知っていた。こうなることを。生き残った者が強い、そのためならばなんでもする。
 それは、否定しなければならない考えだったから。
「警戒が足りませんね。そんなだから行き当たりばったりの計画で、盗賊の域から出られないのです」
 一撃を阻めどももう一撃が。魔力を帯びていた一撃が。結界術は、触れればすぐに燃えていった。
 涼花の奏でる勇ましい音楽が、戦場を巻き込んで空気を塗り替える。飛びすさぶ雪を、かれそうな声を振り絞り涼花は熱を帯びる。
 英雄のための歌。
「守ってあげてね」
 ジルの呼び出した小さな妖精が、敵の武器にまとわりついた。引き金を引かせずに一発が空を切る。
「わたしにできることは支援、ですが」
 雪に目のくらんだ子供が思わず近寄ったのは、ヌガーの銃声の方にではなかった。
 涼花の奏でる、音色のほう。
 どうして、といわれれば、暖かい音だったからだ。すべてをかき消すような戦場でなお、心惹かれたのだ。
「できる限りのことを、全力をお約束します」
 微笑み、手を差し伸べ、戦場に立つ。
「避難確認、よし、ですわね!」
 子供と狼が避難し終えたことを確認したヴァレーリヤは大きくうなずいた。
「ラグナル様、気を付けてください」
「はい?」
「どっせえーーい!!!」
 ヴァレーリヤはメイスを振り下ろした。
 地面が揺れる。
 ものすご勢いで雪が滑っていた。聖句を唱える姿は恐ろしく聖職者っぽかったのだが。いや、仲間を、会ったことのないような子供をかばうような勇ましい横顔はきらきらと炎に輝いている。
 メイスから炎が吹き上がり、松明のようにあたりを照らしている。ロクに鑑賞したこともないが、宗教画を思い出した。
「あ、あぶねえ……」
 飛んでいた英司は、ぽいとラグナルを放り投げる。
「助かった……っと」
 盗賊の一撃を受け止めるラグナル。
「気を抜くのははやいですわよ!」
 エステルは対等にヌガーと渡り合っていた。相手取りながらも、一歩引いて狙撃手を撃ち落としていく。
「ありがとうございます、エステルさん」
 エステルの治癒の光を受けたウィズィが再びナイフを振るった。
「ええ、逃がすわけにはいきませんから」
 ふわり、と良い匂いがして、それが一気に途絶えた。
 ジルが召喚した存在が、紫香を喰らった。満足げに涼花の演奏に勇ましい音を重ねた。
「形勢不利か」
「逃がしはしません」
 逃走の気配を察したエステルは高く飛び、美しい槍が敵を縫い止める。
「いいか、この先に行けば」
 だがそこにはリュカシスがいた。
「逃がしません! 勝負です、はあーーーーっ!」
 リュカシスの放った一撃は、外れた、かに思えた。いや、狙ったのはやはり地面だった。バランスを崩し、スキー板がばらばらに砕けている。
 世界がひっくり返るような一撃。
「ちゃんと『生きたまま』捕らえてラグナル様の父上に引き渡しましょう」
 
●後始末ー火の始末
 涼花の勇ましい旋律が止まり、戦闘の終了を告げた。
 全力での演奏だった。全てを救いたいという思いを込めて。
「信じられねぇ」
「苦労して捕まえたんですから、持って帰ってくださいね?」
 ウィズィがどん、とのびた密猟者を突き出した。
 何人かの密猟者と、ボスだ。
 とっちめるなり、これを鉄帝に突き出して恩を売るなり……どちらにせよ、だ。まあ、ひとまず安心といったところだろう。
「うまく、いったのか……」
 へたり込むラグナル。
「それでは、ここは始末しましょうか」
「え?」
「逃走経路に長けた拠点など悪用されるだけです」
「それがいいかもしれませんわ。ロクなことにならなさそうですもの」
 エステルがまっすぐに言い、ヴァレーリヤが賛成する。
「ちょっ」
 ルナは止めかけたラグナルの腹に一発喰らわせる。
「馬鹿か」
「それじゃあこれを持って帰って花火をするか? 次はどこでだ」
 と、ルナと英司。
「……」
 確かに、素直にこんな量の持ち帰れば、次は何に使われるか分かったものではない。
「モッタイナイ気もしますが、今なら安全でしょうしね! それに、言いつけをある程度守ったということにもなるかもしれませんね」
「決まりですわね」
 エステルはヴァレーリヤから炎を受け取り、放った。
「彼らにはいい墓土になるでしょう、……墓雪かもしれませんが」
 ラグナルは不意に傷口を押さえる。
「平気か?」
「まあな」
 流れ出る血。ラグナルが言った。おそらくは強がりではあろうがルナは言及しなかった。致命傷じゃない。必要な対価だ。
「怪我は密猟者にやられた。報復はした。ガキも仔狼も生きて帰ってきた。奴等の首とその怪我は鉄帝とシルヴァンスに示す一連の証拠。それが全てだ」
「全て」
 守れた。
……守りたいものを、守ることが出来た。おそらく、英雄だったろう。
「お前は家族を守る選択をしたんだろ。今はこれが精一杯だ。……堪えろよ」
「……守れた、のか」
 じわじわと実感がこみ上げてくる。
「多くのために、少しを犠牲にする、それは族長として正しいのでしょうね
ですが少しの犠牲でも助かるならばと立ち向かえる、そんな人に民は惹かれ、付いていこうと思うのでは?」
 ラグナルのにいちゃん、とぱたぱたとよってくる。
 仔狼は狼にじゃれついている。
「生き残った者が強い、そんなはずはありません。
現に私は今まで生き延びていながら弱い……はて、今私は、何と比べたのでしょう?」
 エステルは不思議そうに首をかしげた。

成否

成功

MVP

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星

状態異常

ルナ・ファ・ディール(p3p009526)[重傷]
ヴァルハラより帰還す

あとがき

というわけで、後味の良い結末を迎えることが出来たようです。
アフターフォローもバッチリだぜ!
村では鎖かんじきと白いマント、でっけぇ武器などが流行り始めて頭を抱えているそうです。
お疲れ様でした!

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