PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>むしばみの國

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●侵食の月
 其は《信仰》を顕わした。

 祓い給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え――

 《母》は神で在った。
 《母》は自らの命を雫と化し黄泉津を産み給うた。
 《母》の命により育まれし万物の命は心を宿し、生命の軌跡を紡ぐ。
 《父》は産み落とされた子らを育んだ。國の抱きし大地の癌に御身蝕まれようとも。

 第一の子は瑞と云ふ。
 神意の瑞兆は黄泉津の草木を茂らせ花啓く。
 枯れ泉は湧き出て蓮華は車輪が如く花咲かす。
 中天彩る天つ雲は揺蕩う流れに平穏の気配を宿す。
 其は神の愛し子。

 第二の子は五ツ柱なりて。
 神意に随ひ國を護る。其は守護者なる。
 土行司りし泰平の獣。
 木行司りし芽吹きの大樹。
 火行司りし炎帝の娘。
 水行司りし不死と生殖の翁。
 金行司りし白帝の獣。
 神意と共に歩み進む命脈を紡ぐ地を護りし《母》の子ら。

 常闇をも祓う神をも咒え、曙光を求めんとする者へと祝福を――

●『侵食』
 希望ヶ浜の空高く、ネオンライトと眠らぬ東京の夜空にぽかりと穴が空いたように見られた。
 其れは天体の異常観測に他ならない。月食か。ビル灯りで滲んでいた月が姿を消したのだ。だが、其れだけでは無かった。
 月は一向に戻らない――
 姿を隠し、二度とは微笑まぬとでも言うように。

「今日も月が見えないねえ、花丸ちゃん」
「そうだね、って、あ、そぞろさん! また花丸ちゃんのチュロス齧ったー!」
 楽しげに希望ヶ浜市街を歩いている樹茂 そぞろは「隙有りじゃん?」と可笑しそうに笑った。
 食べ歩きに誘われた笹木 花丸(p3p008689)は拗ねたように唇を尖らせて。
 少女二人きり。夏の日は長い。
 希望ヶ浜はビル灯りのあるお陰で夜をそれ程に意識することはないが、こうにも月が『返ってこなければ』気にもなる。
 街灯の下でガードレールに凭れていたそぞろはaPhoneの通知に気付き「花丸ちゃーん」と何気なしに呼んだ。
「ん? どうしたの?」
「なんかね、ひよちゃんが早くカフェに来いって。ローレット遠いじゃん。タクシー使うベ?」
「……歩こうよ」
 ひよちゃん――音呂木ひよのがそぞろを気に掛けていることは知っている。彼女は特異的による夜妖に好かれ易い性質なのだ。
 それは精霊士が精霊に好かれやすいという体質と同じだ。そぞろは夜妖を意識外で『理解』して、其れ等に愛されている。
 ひよのがそぞろを呼んだ。つまりは夜妖絡みの何らかの事件が発生する可能性があるから避難しろ、と言うことだろう。
「あ、花丸ちゃん。追記でね、何かあってからじゃ遅いからお迎えを寄越すって。えーと……あいなしさん?」
「愛無(あいな)だ。やあ、君がそぞろ君か?」
 恋屍・愛無(p3p007296)の姿に花丸は手を振った。イレギュラーズ同士其れなりに現場で顔を合わせることがある。
 愛無も花丸も希望ヶ浜には知り合いがいた。
 愛無はと言えば澄原病院の院長・晴陽が気がかりで病院看護師の青庭 乃蛙に差し入れを渡してきた帰りなのだという。
 偶然近場を歩いているイレギュラーズは居ないかとaPhoneにひよのから通知が入ったことで迎えに訪れたらしい。
「あいなちゃんだね。よろしくー。あたしはそぞろん」
「なら、そぞろん。行こうか。この『月(よる)』は奇妙だ」
 月が昇らない。
 否、月はそこにあった。街の灯りの中でも負け時に輝いた星達がぽかりと穴を開けていたからだ。
 数日間も続くその風景。
 人々が慣れきってきた、その刹那に――

 ――♪

 message
 青庭 : 月が奇妙な動きを見せました。院長が注意をするようにと。

 月が、光を帯びた。否、それは月などとは呼べぬ眩さだ。明るすぎる光が姿を見せる。
「……太陽みたい」
 呟いたそぞろの手を花丸はぎゅと握った。そうしなくてはならないとさえ思ったからだ。
 希望ヶ浜は狭くも人の身で在れば十分に広い。その中に点在する『建国さん』には気をつけていたはずなのに。
 月に気を取られて居たのかも知れない。見上げていた月だけは其の儘に空は紅色に染まる。ぐにゃりと風景が歪む。
 看板に描かれている文字列が変化する。あもよ、あもよ、おいでなせ。その言葉を口にするそぞろは首を捻った。
「花丸ちゃん、あいなちゃん、此処……どこ?」
 目の前に広がっていたのは慣れきってきていた『建国さん』の異世界であった。

●『着信』
「もしもし、聞こえますか? 私です。ひよのです。『囚われ』ましたか?
 希望ヶ浜には建国……日出神社とそれに連なる豊小路は無数存在します。其れ処か地蔵に様々なモチーフ。
 何処が入り口になっているかも分かりません。それだけその力が増してきているのかも知れませんね。

 佐伯製作所の操所長から連絡がありました。どうやら、その『月』ですがR.O.Oにも同じものが昇ったようです。
 ええ、異常気象は真性怪異の仕業であったのだろう、と。そういうことです。
 希望ヶ浜で祀られている『日出建子命』……正式には國産みではなく、國造りの神だそうです。
 そしてヒイズルで祀られている『豊底比売』。此方が國産みの母。
 夫婦の神である其れ等の二柱により、月が昇ったのでしょう。怪異が活性化しています。
 あの『侵食の月』は現実には怪異の活性化と狂気を。そしてヒイズルでは更なる狂気を齎すそうです。
 ですが、ゲーム内ではクエストをクリアすることでその影響を阻むことが出来る。それは現実にも有効ではないでしょうか。

 ……そぞろは其処に居ますか?」
「ひよちゃん! 勿論いるよ」
 笑ったそぞろは怯えているのだろう。花丸の背に張り付いた状況だ。
「申し訳ありませんが、その子は一般人です。花丸さん、愛無さん、彼女を連れて真性怪異の異世界を抜け出して下さい。
 ……そぞろ、私渡したお守りは持っていますね? その鈴の音が屹度、カフェ・ローレットまで導いてくれますから――」
 ひよのはこれ以上の通話は苦しいと電話を切った。
 さて、オーダーは一般人で或るそぞろを連れて異世界を抜け出しカフェローレットへと向かうことである。
 鈴の音に随うだけならば今までの異世界とも変わりない。

 だが――『怪異が活性化』している、と言う。

 背後より何ものかが近付いた。そぞろが怯えた声を上げる。
 人為らざる、人。形は人間であれどのっぺりとしていて顔もない。それが一様に其れを指さした。
 愛無がそうと顔を上げる。

 べちゃり。

 何かが顔に落ちた。赤い、赤い。
「――血?」
 べちゃり。
 ざあざあと降り出す血潮の雨、その向こう側へと目指して走るイレギュラーズの前に立っていたのは――

「良いお参りで御座います。神使殿」

 黄泉津瑞神、そう呼ばれた黄泉津の守護神の『幻影』であった。

GMコメント

 夏あかねです<半影食>も次のフェーズへ。
 帝都星読キネマ譚は<半影食>(希望ヶ浜)と<月没>(ヒイズル)で同時進行していくようです。

●成功条件
 ・全員での元世界(カフェローレット)への生還
 ・『樹茂 そぞろ』の無事

●異世界
 日出建子命が作り出した異世界。空は赤くそまり、血の雨が降注いでいます。天には光を僅かに輪郭に取り戻した月が昇っているようです。
 月は『侵食の月』と呼ばれており、真性怪異の侵食度を顕わしているようです。それが眩くなるほど怪異が強くなります。
 皆さんが怪異を倒すこと(現実側。ROOではクエストクリア)で侵食を僅かに遅らせることが出来ます。

 顔がのぺりと何もついていない人型がうろうろとうろつき回り、非常に危険で有ることが分かります。
 どうやら怪異が活性化しているようです。
 イレギュラーズの前に立っている黄泉津瑞神の『幻影』は本能的に戦闘を避けた方が良いと皆さんは感じるでしょう。
 故に、逃げて下さい。『彼女』の気配を非戦闘スキル等で察知して回避し、カフェローレットへの道を辿って下さい。
 カフェローレットへの道は鈴の音を頼りに進んで下さい。
 ただし、『疎通系スキル』は効果を齎しません。この空間は怪異によるものです。皆さんに友好的な存在は居ないと考えて下さい。

●黄泉津瑞神(幻影)
 神威神楽の守護神。彼女の幻影はイレギュラーズを追ってきます。
 その外見は幼神というよりも幾分か成長し10歳程度の少女にも見えます。攻撃を行う事も可能ですが『侵食の月』の所為で強力なユニットになっています。逃げるが勝ちです。

●貌のついてない白い人影
 のっぺりとしています。人のような人ではないような。そんなフォルムをしており、だらりと腕を垂らして歩き回っています。
 複数存在しており皆さんを追いかけ回してきます。掴まったらどうなるかは分かりません。
 あもよ、あもよ、おいでませ。あとびはあついか、おかんこかけた。くさわけすすめやひもいずる。
 ……どういう意味でしょうか?

●音呂木の鈴
 そぞろが握って居るお守りから聞こえます。帰り道が近づくほどにその音色は大きく澄んで聞こえるようです。
 離れれば音が聞こえなくなります。ダウジング装置みたいなものです。

●樹茂そぞろ
 一般人。笹木 花丸(p3p008689)さんの関係者。夜妖に好かれやすい体質です。餓鬼憑き。
 餓鬼が怪異を退ける力を持っていますが、この異世界の中ではその能力も万能ではないようです。
 保護対象であると考えて下さい。戦闘能力はありません。

●Danger!(狂気)
 当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●侵食度
 当シナリオは成功することで希望ヶ浜及び神光の共通パラメーターである『侵食度』の進行を遅らせることが出来ます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

  • <半影食>むしばみの國完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年09月14日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
眞田(p3p008414)
輝く赤き星
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

リプレイ


 まるで地が脈動するような違和感。天より降注いだ紅色は枯れることなく音を立てた。
 その異空間の中で、『ヘリオトロープの黄昏』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は息を詰らせた。
 木茂 そぞろと共に食べ歩きを行っていたという『人為遂行』笹木 花丸(p3p008689)と合流した『神異の楔』恋屍・愛無(p3p007296)が異空間に囚われたと言う音呂木ひよのの一報を受けて急行したイレギュラーズ。ジルーシャもその一人である。
 赤い雨は煩わしく傘でも持って来た方が良かったかと冗談を言う余裕をも持ち合わせた心算であった。何処までも続いていくかのように錯覚させる道に、ふと白い髪の少女が立ち竦んでいた。地を見下ろして、和装の幼い娘が蟻の数でも数えているかのような仕草である。
『この様な場所でなければ』否、『この様な場所であっても』ジルーシャは、イレギュラーズは幼児が迷い込んでしまった可能性を危惧するだろう。一人きりで座り込んでいる子供。それを双眸に映して真っ先に『その少女こそが恐怖の象徴である』などと考える事はない。
「こんな怖い場所に女の子一人じゃ危ないわよ。アタシたちと一緒に帰りましょ」なんて、言葉を紬掛けたジルーシャは差し出そうとした手を引っ込めた。
 どくりと心臓が早鐘を打った。冷や汗が滲み、震えが止らない。花丸は「その姿、しっかり見た事あるよ。けど『何処か違う』よね」と少女に問い掛ける。

「良いお参りで御座います。神使殿」

 すくりと立ち上がった白い娘の眸が笑っている。丸いびいどろの瞳だ。癖の付いた白い髪は大きく揺らぎ、ふわりふわりと風に踊るかのようである。
「……強制招待しておいて良いお参りも何もないと思うんだけどな。えっと…、黄泉津瑞神さん?」
 その呼び名に、体に鬩ぎ合っていた恐怖が何であるか合点がいったと『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は少女の姿を眺めていた。
 遥か海を隔てた地に存在して居た異国。神威神楽と呼ばれたその場所の守護を行う大精霊――神霊――の一柱。『国産みの女神の第一の娘』ともされていた神威神楽の座す島『黄泉津』の名を冠にした瑞兆の獣。それこそが黄泉津瑞神その人である。
「……花丸ちゃん達の知ってる瑞さんじゃないよね、アレ。それに何て言うか……アレはヤバい。これも浸食するような月のせいなのかな?」
 瑞神は動かない。だが、花丸はそぞろの手を握りしめて一度、後退した。震える指先が花丸に縋るように強い力で握り返される。
「ヤバいのは確かだね」
 囁いた『Re'drum'er』眞田(p3p008414)は後方を確認した。のっぺりとした人。人のようで、人ではないような、何か。
 譫言を話して右往左往と目的もなく動き回っている人影はまだ此方には気付いていないだろうか。どくんと音を立てた心臓に逃げ出す機会を逃しては鳴らぬと脳が警鐘を鳴らしている。
「黄泉津瑞神か」
『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)の囁きに、眼前の娘は微笑んだ。神威神楽(げんじつ)と比べれば幾分か成長した姿である。
 幼さを滲ませた白髪の娘ではない。背丈も伸び、自由闊達に動き回る10代の年の頃。それ程の姿に現実の黄泉津瑞神がなろうとするならば途方もない年月を過ごさねばならない筈だ。錬はそれが『偽物』である事に容易に気付いている。幻影だ。先には黄龍の幻影が顕現したとも聞いている。
『とんでもないもの』が出てきたものだと錬は小さく笑った。
「侵食の月と血の雨、まるで月の涙みたいだな。異世界全てが敵に回ってるとはおっかない話だが、絶対にやり通して見せる」
「可笑しな事を仰いますな」
 錬の言葉に、首を傾いだ『瑞神』はそのびいどろを瞬かせる。奇妙なことに、彼女の瞳の色は不定だ。瞬く度に色彩を変えている。
 ジルーシャはあおいろを眺めたときはその身に感じる重圧が些か少ないことに気付いていた。だが、今はあかいいろ。空から降る雨の如き、こきあけの。
 天差す茜と緋々で染め上げたかのような深いその色は錬を見詰めて離しはしない。
「我ら『■■■■』の神霊が神使殿にとっての敵になる事など有り得ますまい。あなた方がわたしにとっての『救うべき存在』でありましょう?
 此の地が恐ろしく感じるのであれば、あなた方の勘違いでありましょう。わたしたちは等しく、遍く命を愛するべしとして生まれ落ちた神霊(かみのこ)です。どうぞ、此方へいらっしゃい。わたしが抱き締めてあげましょう」
 そう、と手が伸ばされる。愛無が「後方へ」と叫んだ。瑞神を目にしているジルーシャはかたりと歯列の音を鳴らした。

 ――逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。

 帰り道を探さなくちゃ鳴らない。頭が痛い。まるで酷い頭痛だ。アレに触れては鳴らない。あれに触っては鳴らない。
 赤い空も、血の雨も、異空間も、歩き回っている変なゾンビのような存在も。恐ろしくて堪らないのに。その中でも平常にも見えた彼女がどうして此程に恐ろしいのか。

 ――りぃん。

 鈴の音が響き、瑞神が動きを止めた。自慢げに唇を吊り上げて『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は「さっすがひよの先輩の鈴! ヤバヤバ系には効き目ばっちり!」と笑みを浮かべている。そぞろのお守りを一時的に借り受けたのだろう。
「いやはや、こういうヤバヤバ系のカミサマにはよく会いますなあ!
 石神の■■■とか逢坂の■■■とかさあ。そういうの鎮める巫女さんとか置いたほうがいいんじゃないの? なんてな」
 にい、と笑った秋奈はじわじわと後退することを促した。音呂木の鈴で不意を打てるのならばこの隙を付くしかない。
「秋奈がなるか?」
『雨上がりの少女』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)がそう揶揄えば秋奈は「のーさんきゅう!」と笑みを零した。
「……んじゃ、こっからマジメな話ね。このままみんなでウェイウェイやってんのもいいんだけど。
 そーは問屋と先輩が降ろさないぜ! ……んじゃ、この神おま持ってゴール探すべ。おけまる?」


 無事にその『御前』より逃げ果せた。エクスマリアはふうと溜息を吐く。怯えるそぞろの身を最優先に守りながらカフェローレットに――希望ヶ浜での自身らの拠点に、向かわねばならないか。
「豊穣の神の影法師が、練達に現れる、とは……否、豊穣でなく、ヒイズルから、か?
 虚構から、現実への侵蝕。混沌はそんな荒唐無稽さえ、『肯定』する、か」
 肯定されなければ消え失せる。それはエクスマリアでなくとも知っている話である。肯定されているから故にこんなにも荒唐無稽な話が罷り通っているのだろう。
「瑞神様の前からは逃げることが出来ましたけれど……」
 周りに蠢く人影が自身らを取り巻いて変えることを許さないように感じられる。『カモミーユの剣』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)は皆で固まって決して逸れぬようにしなくては。そう決めるように仲間達を振り返った。
「希望ヶ浜の依頼……異世界の雰囲気が、正直怖くって苦手に思いがちだけど。今回のは……なんだろう。
 赤い空と血の雨と。怖いというよりも……嫌な、場所だね。不安に駆られるのは一緒だけど…あの月もやたらと目に付いてしまう」
「ええ。あの月は『妙』です。 血の雨が降る世界ですか……長く留まるのも危険な感じもしますね。まずはこの窮地を切り抜けて脱出すると致しましょう」
『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)は先程まで見せた全力の疾走をおくびにも感じさせず落ち着いた雰囲気でそう言った。震えるそぞろは不憫でならない。
「ねえ、何が起こったんだろう……ここはどこなんだろう……」
 不安げに呟くそぞろの腹がぎゅうと鳴った。彼女は怪異に好かれやすいのだという。怪異に好かれながらも怪異を退けるが為にその身に救う夜妖が作用しているのか。
「此処は……いいえ、此処のことは知らぬ方が良いでしょう」
 そう背を撫でる沙月は彼女の前では戦闘も何もかも出来る限り避けてやろうとそう感じていた。そもそも、瑞神もそうだが、周囲に見えた『のっぺりとした何か』との戦闘で得るものが少ないことは見て分かる。
「さて、どうしたものか。何にせよ、この空間から出ねばなるまい」
 愛無は上空より現在地を把握していた。成程、カフェローレットとは随分と離れた場所になる。駅を2つ分位は歩くことになるだろうか。地理は現実とは違わぬ様にも見えたが『歩き出せばそうともいかない』のは確かだろう。異世界というのは、怪異の世界というのはそう言うものなのだ。
 涙を浮かべているそぞろをまじまじと覗き込んでから花丸はすうと息を吸った。手を繋ぐ。そうして彼女を落ち着かせるために、微笑んで。
「……大丈夫っ! こんな時こそ花丸ちゃん達にマルっとお任せっ!
 そぞろさん、貴女は絶対私が守ってみせるから。だから先ずは……出口に向かって、走るよっ!」
「花丸ちゃん、あいなちゃん、それから、みんなも。ご、ごめんね。役に立たなくて……」
 泣き出しそうな顔をしたそぞろにジルーシャは首を振った。精霊達の声は聞こえない、ソレだけで不安になっている自分が『可愛い女の子』の前で泣きべそを掻いているなんて格好悪いではないかとでも言うように。
「安心なさいな! アタシ達が守ってあげ……あっ、キャ―――――――ッ!? 何か来たわよ!?
 ちょっとおおおお、みんな、は、走りなさいよ!!!! 追いかけてきてッ、追いかけ!? アンタ顔ないのにどうしてこっちに来るのよォッ!」
 勢いよく走り出したジルーシャの叫び声にそぞろとシャルティエが顔を見合わせて吹き出した。
 どの様な空間であれども、他人の驚く声が、一点して清涼剤のように感じることはある。彼はその点、『日常』を象徴するように叫び続けるだけだ。
「彼方へ往きましょう。『何もなさそう』です」
 感情を探知するシャルティエが逃げる先を指さした。得体の知れない相手である以上は、捕まることも出来る限り避けておきたい。
 沙月は強化した『幻影』の力で其れ等の人影の興味を避けないだろうかと考えた。『ローレットダンボールI』が仲間達の気配を薄れさせる。
 幻影に向かって群がっていく白い人影の様子を眺めながら、恐ろしいものを見たように沙月は眉を寄せた。

 ――あもよ、あもよ、おいでませ。あとびはあついか、おかんこかけた。くさわけすすめやひもいずる。

「……何か言っていたようだが」
 愛無はそう呟く。頷いたのはエクスマリアも同じだ。耳を欹てていた眞田はドリームシアターを使用して沙月が作る『幻影』に小細工をして居た。
「よく分からない言語だなあ……何だよそれ」
 聞いて良かったのかとぼやいた眞田は嘆息する。気味の悪いところだ。ソレが赤ければ、大地も蠢くような気配をする。まるで『今、作られている最中の世界』にでも入り込んだかのような違和感だ。ゾンビの次は脱出ゲームを強いられるとは何ともホラーゲームの連続だ。分からないことばかりであれば好奇心は擽られる。だが、好奇心は猫を殺す。それで殺されてしまえば、負けな気がしてならないのだ。
「意味分からないけど、どう?」
 先程の『白いのっぺり』が告げていた言葉に花丸と秋奈は「ん~」と唸った。二人とも分からないという表情だ。
「理解をして良いのかは定かじゃない。意味なんて理解する必要は無いのかも知れない。
 怪異には人の理屈は通じない。けど、気にはなるのは確かだ。……『意味がありそう』な言葉であるのは確かだしな」
 錬が首を捻ればゼフィラは「ああ、少し考えてみても良い。行く先を探索する間にでも」とそう言った。二人が式神などで探索や囮を作り出し、そぞろが居ても『平和に動ける』道を探す間の鳥渡した謎解きの時間だ。
「日も出る、とは、建国さんとやらのこと、か?
 あも、というのが母親を意味するなら、現実の世界へ、もう一柱の神を呼ぼうとしている、のか?
 もしそうなら、大変なことになる。確証はないので、言葉は覚えておき、あとで校長辺りに聞いてみるのもいいだろうが……」
 エクスマリアが首を傾げば『あも』というのは母親であろうと愛無も同意した。
「元となったのはイザナミとイザナギ。そしてヒノカグツチだろう。そうした存在は『世界作成』のベースになりやすい。
 特に希望ヶ浜は『作られた』世界だ。怪異の歌は母の再生と二神の再会を願う歌か? ヒイズル、希望ヶ浜の二つの世界の統合?」
 愛無は考えた。ヒノカグツチという神は母神を殺した存在だ。その生まれも、生まれ落ちる際に火傷を残したという伝承に基づく。
「『くさ』や『ひ』は如何、捉えるべきなのか。
 しかし、ヒイズルにしろ希望ヶ浜にしろ『神』の有り様に。伝承の内容に少なからず違和感を覚える。神格の交換や混合がされているのか?」
「ひよのパイセンは『作られた世界では様々な伝承が混ざる』ってー感じのことを言ってたよん?」
 愛無は成程、と頷いた。確かに希望ヶ浜というのはもとより存在した場所ではない。旅人達が自身らの知識を持ち合わせて作り上げた『再現性』の都市なのだ。
「確かに。石神地区の神様だってそうなんだよね。色んな神様の伝承を混ぜ合わせて、信仰するベースを作ってるって……。って、これもひよのさんから聞いたことではあるんだけどね」
「いいや、ひよのくんの知識ならば大いに役立つだろう。
 それに猫鬼は、この世界を『とある真性怪異になる存在が作り出す場所』と呼んだ。名を呼ばなかったのは言霊なのだろうが」
 名を呼べば、それの存在を認めてしまうことになる。
 此れまで、特異運命座標が情報を与えられて幾度も名を呼んだ存在が――現実世界では『存在して居なかったはず』の存在の名を呼んで肯定したことが。この世界の急成長と侵食を早めていたとするならば。
「……実に良く出来ている」
 日出建子命の『妻』が現実に存在して居ない。だと、言うのに。その妻の存在を仮想空間(ひいずる)で記されてから自身らは豊底比女について語る事があった。それはひよの達とて同じだろう。ふとしたときに豊底比女がなんたるかを考えた。
 そうして、偽神の存在を許容していたのならば――人を利用して伝播していく『神様』というのはなんと恐ろしい存在であろうか。


「ひ……っ、もーヤダいい加減にして、頭がおかしくなりそう…!」
 赤い雨が降注ぐ。何処を見回そうとものっぺりとした白い人影が蠢いている。恐れるジルーシャの側で秋奈は『ワンチャン良い感じ』にそぞろを落ち着かせたいと考えていた。
「ちゃんそぞろ、今年はバレンタインチョコ送った?」
「えっ」
「こーいう時だからこそ希望ヶ浜ガールズトークで日常をブイブイ言わせるもんっしょ?」
「……うん。バレンタイン、お世話になって人に渡そうと思って鞄にいっぱい買ったんだけど。食べちゃった」
 そういう夜妖が憑いて居るのだから仕方が無いのだろうがマイペースでお茶目なそぞろに秋奈はふ、と吹きだした。
 そぞろが楽しそうであるだけで安堵できる。彼女が『ここに連れてこられた』原因がその体質であれば、彼女は鈴の効果で正気を保っているだけで狂気には一番近いはずだろう。沙月は「早く帰って食事をとりたいですね」と柔らかな声音で声を掛けた。
「そうだねえ。お腹空いちゃったし」
「何が食べたいですか?」
「んー……オムライスと、あと、そうだなー……」
 悩ましげに唸りながらチョイスする彼女は普通にしていれば何処にでも居る少女だ。何処にでも居る少女がこんな異空間に居る事こそが可笑しいのだと、そう再度の確認してから沙月は武器を持たずに済む己の掌をまじまじと見詰めた。
 武器を握らぬからこそ己はそぞろの前では普通の存在だと認識して貰えるだろう。希望ヶ浜という此の特異な土地では、武器を握りしめることこそが可笑しく見えるのだから。
「こんな夢、早く醒めて欲しいね」
 そう微笑んだシャルティエは平常心平常心と何度も唱えていた。足止めする手段は皆が持っている。誰かが動けなくなったら担いで帰るという気持ちも十分だ。
「夢?」
「うん。だって、こんな怖い空間……ほら、あの白い影達も、誰かを探してるし、捕まえようとしてくるし……う、そう口にしたら怖くなってきた」
 シャルティエが小さく身震いすればそぞろはぱちりと瞬いた後、「大丈夫だよ!」と逆にシャルティエを励ました。
「皆に守って貰う立場でアレだけど、大丈夫だと思うから! だから、一緒に帰ろ?」
「そ、そうだね!」
 うんうんと頷いたシャルティエに花丸はくすくすと笑った。守って貰う立場なんて当たり前だ。
「花丸ちゃん達は戦えるように鍛えてるからね。そぞろさんが走れなくなったら抱えてあげるから」
「うん。支えるから」
 花丸とシャルティエに「ええ、めっちゃ重いぞぅ!?」とそぞろが目を白黒とさせる。自身と見た目も変わらぬ少年少女の気遣いに彼女も慌てたのだろう。
「大丈夫大丈夫、花丸ちゃんこう見えてもスッゴイ力持ちだからっ! そぞろさんを背負っても全然余裕だよっ!
 それよりもひよのさんの鈴を絶対に離さないでね。……花丸ちゃん達だけじゃなくてひよのさんも守ってくれる筈だからっ!」
 鈴が――力を与えてくれるならば。
 それだけで、耐えられる。帰路を辿る。鈴の示した『豊小路』を避けた道を。
 迷うことなく、淀みなく。しかして、その道に待ち受ける白い人影は何事かを歌いながらそろりそろりと近付くだけだ。
「良いお参りで御座います、じゃねーのよ! あっちけー! しっしっ!
 あーもうっ! てやー! 巫女アタックッ! ぶははは! 音呂木の現場巫女は多才なんだぜ?」
 纏めて散らかすように飛び出す秋奈にそぞろが「秋奈ちゃん!」と呼び掛ける。花丸と繋いだ手が解けぬように。そぞろは動けずに居た。
「だめだよ。これは花丸ちゃんたちの仕事だからね」
 何時だってそぞろを庇う事ばかりを考えている。花丸は彼女の体質の事にも気を配り『出来るだけ離れないよう』にしていた。
 勿論、彼女のお守りの中で鳴り響く鈴の音が救いのようにも感じられたけれど。それだけでは、まだ足りない。
「へへ、捕まえれるもんなら捕まえてみなってね! しっかし何でこんなとこに呼ばれてしまったんだ……」
 ぼやいた眞田は最低限の交戦で、白い人影から逃れるべく距離を取る。黄泉津瑞神はまだこの近くには居ないだろうか。
 随分と歩いた気がするがそれでもカフェローレットは遠いか。白い人影を一度退けても数が多い。幾重にも連なり遣ってくるのは君も悪い。
「鳥見……おっと発見。少し逸れても交戦は回避した方がいいか? それとも式神を使ってどかすか」
 錬はどうする、と問い掛けた。眞田は「回避できる道があるなら、そっちに。念のために音も聞いてみようか」と提案する。
 頷くゼフィラは時間稼ぎに式神を駆け出させた。細い路地を通り、白い人影を惹き付ける。
「敵の土俵で有る以上は戦いたくもありませんが……この窮地ではそうも言っては居られませんか」
 溜息を吐いた沙月にエクスマリアも頷いた。耳を澄ませて微かな音でも発するそぞろの鈴の音を辿って此処まではやって来たが、さて。

「カフェローレットだ!」
 歓喜の声を上げたそぞろの手をぎゅっと掴んでから花丸は「遠回りしよう」とそう言った。
 ゴール地点はもう見えているのに、その目前に『彼女』が立っている。揺らぐ白髪にびいろどがまぁるく紅色を讃えている。

「何処へ往くのですか」

 伸びる声音に、ジルーシャは「ひ、」と息を飲んだ。叫び出す事さえも許さぬ神聖。悍ましくも感じるのに、それは『当たり前に存在するもの』だとして己の体にすとんと落ちる。
 戦ってはならない。戦う気ならば逃げなくてはならない。それはそうだ。そうだろうとも。
 あれは『神様』なのだ。神様を愚弄する訳にはいくまい。眞田は「どうする」と囁いた。錬は「もう一度幻影で?」と後方を振り返る。
 出来る限り悟られぬようにしなくてはならない。眞田がするすると下がり沙月と目を合わせた。
「あの作戦でいくしかないみたいだけど」
「ええ……『上手く』騙されてくれるかが鍵ですね」
 沙月と眞田が『作戦会議』をする間にも瑞神は近付いてくる。錬は仕方ないかと足止めを狙い――
「例え守護神の幻影でもただでやられる訳には行かないからな、足を止めさせてもらうぞ!」
 かちん、と音がした。錠が外れる音か、それとも。黄泉津瑞神は足を止めない。その幻影は『余りにも神格として完成されていた』か。
 攻撃と言うものの大凡が通った気配はない。故に、本能が逃げることを奨めただろうか。
「仕方ない」と愛無は区画整理前の地図を整理して豊小路を避けた回り道を提案した。
「どうやら、そこも――ほら、豊小路だ。あれは豊小路を辿ってきているようだ」
「豊小路……ああ、『建国様』の前の通い道か。成程、その領域内なら神格は無敵か」
 錬は直ぐに壁を作り出す。その場に沙月が物言わず作り出した幻影が眞田によって動き出し――一行は避けるように豊小路とは離れた場所へと後退した。
 カフェローレットへの最短ルートには豊小路がある。鈴の音が反響してもその道を通らず進んだ方が良い。
 愛無はこんな事も在ろうかとと用意していた地図が役に立ったと息を吐いた。
「怪異の唄の解釈は分からんが、此の儘、怪異から逃げた方が良いだろうか」
「逃げよう。今回は脱出が目的だ。負傷することが足止めになる可能性だってある」
 エクスマリアの箴言にゼフィラは直ぐに頷いた。仲間達が発狂しないように。そして不要な怪我を防ぐ為にとヒーラーとして彼女は立ち回る。
「ちょ、もうッ!! 何でこんなにくるのよ!! そぞろちゃん、良いわね、振り向いちゃダメよ!」
 ジルーシャが叫べばそぞろが「はあい!」と大きく返事をする。
「あっちいけー! 音呂木の現場巫女の有り難いお言葉だー!」
 秋奈が叫べばそぞろを支えていたシャルティエが「花丸さん、お願いします」とそぞろを先に往かすことを促した。
 白き人影が迫りくる。

 ――おいでませ。

 呼び声が手招くようにも聞こえる。魔種の呼び声のような、心に訴えかける狂気。

 ――おいでませ。

 沙月はソレから逃れる様に背を向けた。愛無の示した地図を辿るだけ。錬の視界でしっかりと『道』は確認出来ている。
 眞田が音を手繰れば其方には物音もない。此の儘突っ切ればカフェローレットの裏口にまで辿り着けるはずだ。

 ――《豊底比女》は神で在った。《豊底比女》は自らの命を雫と化し黄泉津を産み給うた。

「……何?」
 ゼフィラは白い人影の言葉が変わったことに気付く。

 ――《豊底比女》の命により育まれし万物の命は心を宿し、生命の軌跡を紡ぐ。
 《日出建子命》は産み落とされた子らを育んだ。國の抱きし大地の癌に御身蝕まれようとも。

 大地の癌、とは。瑞神が孕んだけがれか。大地のけがれか、それとも――肉腫と呼ばれた存在が産み落とされた不和によるものか。
 足を止めてはならない。後ろ髪を引かれる思いでゼフィラは走り出す。
「こっち!」
 シャルティエの呼び声に頷けば、入れ替わるように錬の式が走り出す。勢いよく花丸がカフェローレットの裏口を開けば、ほっとした顔のひよのが底には立っていた。

「……おかえりなさい」


「そぞろちゃんは」
 大丈夫かな、と不安げに問い掛けた花丸にひよのは頷いた。漸く辿り着いたカフェローレットで彼女は無事に保護されたのだ。
 ほっと胸を撫で下ろせばジルーシャの膝から力が抜ける。支えるゼフィラとシャルティエは「現実に戻ったのだろうか」「本当に戻ってきたんですかね」と二人揃って周囲を見回している。
「無事ですよ。だって、私が居るでしょう?」
 自信満々なひよのに秋奈は「ちっす、真性怪異に嫌われるパイセン!」と愉快そうに微笑んで。
「……と、言うわけで、私は真性怪異『らしきもの』の異世界には入れませんからね。あと、秋奈さんは掃き掃除を」
「にゃんですとっ!?」

 ――あもよ、あもよ、おいでませ。あとびはあついか、おかんこかけた。くさわけすすめやひもいずる。

「……ですか」
 顰め面の音呂木ひよのに愛無は頷いた。怪異の歌っている歌だ。そこに深い意味があるのかは分からない。
 錬の言うとおり『理解しなくて良い』事なのかも知れない。敢て、神の名を避けるようにして会話を行っていた猫鬼のことも気がかりだ。
「おばけ、おばけ、おいでませ、ここは容易ですが。さて、『あとび』と言うのは何処かの地方での嫁行列が出た後に火を焚くそうです。
 出棺する際に火を焚く――送り火とも同じ意味合いでしょうね。二度と帰ってくるなと云う意味合いといわれていますが」
 秋奈はひよのの言葉に『?』を浮かべたまま「もう二度と帰ってくるなってこと?」と問い掛けた。
「あ、でも『熱いか』って聞いてるんだよね? 二度と帰るなって言われたのに火の熱さって感じるものかな?」
 花丸の問い掛けに「普通ならばその熱さも煙も知る由もありませんよね」とシャルティエも同意する。
「ふむ。ならば、その熱さを感じる様に帰ってきたか。おかんこかけた、というのは『ヒノカグツチ』ではと言われていたが」
「ええ、その通りだと。……いえ、婚礼に拘るのであれば、そうした意味合いを持った盃を宴に用いることがあるそうです。
『あちら』は国産みの神ということでしたね。ならば、国を産もうとして、何処かで欠ける事があった?」
 ひよのは首を捻り――「イレギュラーズと天香 遮那か」と錬は返す。そうだ。国産みの女神が『国作りの神』と交わる事で出来上がるはずだった『新たな存在』を食い止めたのはイレギュラーズと遮那である。
 天香 遮那が秘密裏に動き出したことによって、国産みの女神と呼ばれていたR.O.Oヒイズルの女神『豊底比女』が現実世界――希望ヶ浜で祭られている日出建子命と交わる事ができなかった。異世界であれど完全なる国の形を作り上げられていないのはそうした意味合いであるか。
「なら、くさわけ、というのも婚礼に紐付くのか」
 愛無の言葉にひよのは頷いてからタブレットを持ち上げた。一部始終の話を聞いていたのだろう澄原 晴陽は従姉妹の澄原 水夜子と共に資料を漁っていたようにも思える。
『先程のあとび、というのは『京都』のものでしたか。先人の集めた辞典というのは役に立ちますね』
 眼鏡を掛けて、資料を眺めて居る晴陽に「晴陽さんが手にしているソレは?」と沙月は興味深そうに眺めた。どうやら夜妖に対抗するために各地の語彙や妖怪についてを纏め上げた資料であるようだ。
『くさわけ、でしたか? 婚礼に拘るのであれば和歌山の方でそのような言葉があります。
 婚姻の最初の橋渡しをしてくれた人を草分けと言うとも聞いていますが……』
「仲人、みたいなものですかね? それにすすめや、と言っているのは……ええっと……その人もおいでってことかな?」
 首を捻ったシャルティエにジルーシャは「誰なのかしら」と呟いた。エクスマリアは彼と彼女が『交わる』手伝いをして居るのは現実と行き来しているイレギュラーズではなかろうかと考えた。
「……マリア達を呼んでいるのだろうか」
『その可能性は十分に。ひもいずる――ヒイズル、そして、陽。光に飲まれんとする彼の国に皆さんを呼び寄せたいのでしょう。
 神(ああしたもの)は強欲ですから、皆さんをも喰らい更なる……というのは考えるに易い事」
「いっ、いやあっ!? アタシ食べられちゃうの!?」
「……食べるとはいかにもな比喩表現だな」
 ゼフィラが溜息を吐けばジルーシャは「アタシは美味しいけど食べない方が良いと思わない!?」とジルーシャが慌てたように寄り添う。
「ふふ。けれど、実際に呼びたいのは誰だろうね。イレギュラーズか、それとも――希望ヶ浜か」
 R.O.Oのイレギュラーズ、というのを『現実』と置き換えれば妙にしっくりときた。ゼフィラは「美味しいばかりのこの世界が食べられてしまうかも知れないね」とそう、静かな声音で囁いて。
「なぜヒイズルでは豊底姫が祀られ、希望ヶ浜では建国が祀られているのか。双方で『主神』の名を国の名から外したのは何故なのか。
 豊底姫は、恐らく常世の神。日よりは月を連想させる。なぜヒイズルで光の影響が増しているのだろうか。なぜ建国の空間に月が登るのか。
 二つの世界の境界が曖昧になっているのか? 本来、祀られていたはずの神が意図的に歪められているのか?
 ……怨霊を御霊としたように、本来の姿を変質させようとしたのか? さあ、音呂木の巫女はどう考える?」
 愛無は己の抱いて居た考えを、ぽつりと零した。その言葉を聞きながら、口を開いたのは晴陽である。
『恐らくは、日出建子命とは希望ヶ浜で良く在る神様として祭られていただけの神でした。
 もう一方は私も聞いたことはないのです。ならば、建国さんの名とその国の名が合わさったことで本来の姿を変質させられた。
 そして、その神を利用して世界を繋ぐ空間を作り出した。あの異空間は舞台装置でしかないのです。
 ……二つの世界の境界を曖昧にするが為、あちらがこちらに侵食するための、出入り口が何処かにあるのでしょう――豊小路を辿った先に』
 どこか、と眞田は呟いた。何処にそんな物があるのか。
 何かが世界に染み出しているのは知って居れど――それは、どこに。
 日常の傍らに染み出した怪異の気配に背に伝った奇妙な違和感は、平穏を求めるものを嘲笑う為のものだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 そういえば、侵食度の数値って、最近、みましたか?

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