シナリオ詳細
恋は友情よりも憎悪に似ている
オープニング
●未遂
先の豊穣の呪詛騒ぎの裏側で、高天京では後に組紐心中と呼ばれる六件の入水自殺が起きていた。
いずれも手段は同じで、美しい組紐でもってお互いの手首を縛り、身を投げるというしだいだ。華美な見た目に反して組紐は丈夫であるから、一度手首を縛り付けてしまえばそうそう解けることはない。そのため六件が六件とも、”幸運にも”、三途の川を渡った。その行き先が閻魔の御前であろうと、本人たちは幸福であろう。
さて、いま大川のほとりを一組の男女が歩いていた。時刻は夜。女のほうは堂々としたものだが、男のほうは人目をはばかるように時折あたりを見回している。
男は売れない筆で妻子を食わせている劇作家だった。初めて書いた世話物の脚本だけが人気を呼んだが、その後は鳴かず飛ばず。もともと少ない才能を工数ばかり多くて安い仕事で枯渇させていった。いまでは義理と人情の木っ端仕事で、劇作家の体面は守っているものの内実は火の車だ。
女は男の熱烈な愛好者であるとともに少なからぬ金銭的援助を男へしていた。方々への借金が積み重なる男に対し、女が尻ぬぐいをして回る日々。そこまでされて男がほだされないはずもなく、いつしかふたりは道ならぬ仲になった。これでもうすこし男が図太ければ開き直って別の道を歩むこともできたのだろうが、あいにくと男にそんな度胸はなかった。作家特有の思い込みの激しさで自分を追い詰め、ついには自死を決意した。男は女へ、ツケで買った組紐を渡し、一緒に死んでくれるよう頼んだ。女は喜んでこれを受け、涙ながらに来世でまた出会いませうと指切りをした。男はたまらず泣き崩れ、その勢いで大川のほとりまでやってきたのだ。
大川はそう呼ばれるとおり広く深く、おだやかに見えて流れが速い。深夜の川はくろぐろと墨を流したよう。河口へと歩いていくだけで地獄へたどりつきそうな静かな迫力がある。やがて男女の行く手に、橋が見えてきた。あそこから飛び降りませうと女は、はしゃいだ声で言った。そうだなと男は返したが、その肝は冷えていた。一時の熱情は雄大な川の前に消え失せ、かさかさした現実的な打算がよみがえっていた。男は歩きながらこっそりと息を止めてみた。すぐに胸の奥から不快感がせりあがってきた。両目をかっぴらいても強くなる一方だ。舌が上あごにくっつき、のどの辺が窮屈な思いがする。耐えようともせず、男は呼吸を再開した。
苦しいだろうな。
男は考えた。そして恐怖した。これまた作家特有の想像力で空想に浸ってみた。暗く寒く冷たい水の中、意識が飛ぶまで窒息の苦痛に苛まされ、明日の朝にはどこかの岸辺に打ち上げられて瓦版のネタにされ世間の耳目をにぎわす最後の栄光に……もしかしたらそれすらないかもしれない。この巨大な川の奥底に沈み、海まで流されてそれっきり。男は身を震わせた。急に命が惜しくなった。しきりに髷を直し、女の胸元からのぞく組紐を見やった。そもそもおれはこの女をあいしていたか? 男の胸に黒雲が沸き返った。苦労を共にしてきた妻やかわいい盛りの子どもの顔が脳裏をよぎった。
だが女は待ってくれない。ずんずんと先へ進んで橋へ着いてしまった。さあ手をくくりませう。女は自分の左手首に夜目にも鮮やかな組紐を巻き付けた。そして男に手を出すよう誘った。ここへきて男は気づいた。べつに死にたいわけではなかった。ただただ何もかも嫌になってご破算にしてしまいたかっただけだという事に。冷や汗がわきを濡らす。どうなさったの、何を遠慮していらっしゃるの、さあさあ。女がじれて男の腕をつかんだ。男は、女を突き飛ばした。反射的であるがゆえに勢い良く、加減もせぬまま。女の体はもんどりうって欄干を越え、橋から落ちていった。
●幕間
豊穣にあるローレットの支部で、『無口な雄弁』リリコ(p3n000096)は受付に座り過去の報告書を紐解いていた。同じ孤児院の院生、魔種につけ狙われる兄貴分の『孤児院最年長』ベネラー(p3n000140)のためだ。彼を狙う魔種を討つために何かしら対抗策があればと試しているのだった。リリコたち孤児院の一家は、とあるイレギュラーズの庇護下に居る。しかしそれにいつまでも甘えていられないというのが、子どもたちの共通認識だった。リリコが物憂げにこぼす。
「……あの魔種は自分がパワーダウンしていることを知っている。だからなんらかの強引な手段に打って出る、きっと」
「そうだね」
すぐとなりでリリコを見守っていたベネラーが相槌を打つ。
「あの魔種の狙いは僕、そのためになりふりかまわない行動にでるよね」
ベネラーは自分の胸を抑えた。冷たい心臓を。
彼の肉体には魔種の施したビースチャン・ムースの呪いと、それに対抗する父の封印が同居している。だがいちど封印は破れ、孤児院は大惨事となった。あのときの吸血衝動を思い出し、ベネラーはぞっとした。あれが、あの悲劇が、二度とないとは言い切れないのだ。なにせ元凶の魔種が目覚めたのだから。
リリコは集中し、次々と報告書を読み込んでいく。大事な兄貴分の命が懸かっている。必死にもなろうというものだ。だから気づくのが遅れた。その気配に。
手元に影がさし、リリコは顔をあげて小さく息をのんだ。目と鼻の先に女が立っていた。生乾きのぼさぼさの髪と、まだどこかじっとりしている小袖が異様な雰囲気だ。なによりその気迫。目をらんらんと光らせ、おこりに憑りつかれたかのように震えている。女は口を開くなり機関銃のようにしゃべりだした。
「ここ、受付でしょう、あなた情報屋でしょう! ねえ、あなた女よね! だったら私の気持ちをわかってくれるわよね! 依頼を受けてくれるわよね! 神使はお金さえ払えばなんでもしてくれるって聞いたわ! ちがうの!?」
「リリコ、僕がお話を聞くよ」
ベネラーが妹分の肩をやさしく叩いた。席を代わり、肩をいからせる女へ緊張を帯びた目を向ける。
「はい、こちらへいらした以上はどなたでもお客様です。ご用件をどうぞ」
「あなた男じゃないの! そのうえ子どもじゃないの! 他の人に代わって、さっきの子でもいいわ!」
「最後まで必ずおつきあいしますのでご容赦ください」
ベネラーが頭を下げる。だが女は眉を吊り上げ、支離滅裂でわけのわからない暴言を並べ立てた。
「おやあ、こいつは勇ましい依頼人だーな。ガキ相手にそうカッカすんなよ」
不意に声を掛けられ、女の勢いが途切れた。憤怒の形相で、話へ割り込んできた極楽院 ことほぎ(p3p002087)をにらみつける。ことほぎは涼しい顔でそれを受け流した。
「で、なんだってんだ?」
ことほぎは飄々とした態度を崩さない。それどころか苛立ちに満ちた場の空気を味わってさえいる。とつぜん女の瞳から、噴き出すように涙があふれた。よく見れば子犬のような哀れさを誘う目をした女だった。打って変わってめそめそと泣きながら女は袖で目元を押さえた。
「私には深く愛し合う人がいるの。なのにその人、かどわかされて監禁されてしまったの。あの人を助けたい。なにがなんでも救い出したい。愛しあう二人が引き裂かれるなんてそんなことあっていいはずないでせう?」
「へえ、どこで缶詰めになってるんだ?」
「自宅よ」
自宅にかどわかされて監禁? ことほぎは隠しもせず眉を顰めると、ベネラーへ目くばせした。裏を取ってこいの合図だ。女は涙をこぼしつつかきくどく。
「ああかわいそうな由三郎さん。理解のない妻と足手まといなだけの子どもに捕まって苦しんでいるに違いないわ。私、もう由三郎さんが哀れで哀れで、だけど私たちの仲を悪く思う人たちが邪魔をするために家の周りをうろついているから、とても助けることができなくて……お願いです、お願いです、どうか由三郎さんを助けて私のもとへ連れてきて。おつうの味方だと言えばすべて通じるはずだから」
おつうの左手首からは、きれいな組紐がだらりと垂れていた。
●真実は万華鏡
「よお、ちょっと誘拐してみねー?」
ことほぎはあなたへまぶしいくらいの笑顔を見せた。これからいたずらをするかのように口調はかろく、表情は明るい。
「やることは簡単、用心棒をぶちのめして家のどこかに隠れているターゲットを引きずり出し、依頼人へ渡せばおしまい。な、ラクショーだろ?」
足を組んで座ったことほぎは地図をあなたへ見せた。高天京のはずれにある民家だ。二階建ての木造建築で、こぶりな作り。板塀で囲まれており、猫の額ほどの庭がある。一階は畳の間が二つと台所と納戸。二階は寝室におしいれ、子ども部屋。
場所は閑静な住宅街と言ったところか。あまりぼやぼやしていると検非違使が来てしまうだろう。
「依頼人によれば、ターゲットこと恋人の由三郎がここにラッチカンキンされているから助けてほしいとよ、けなげだねえ、おっと、お涙ちょうだいにゃまだ早い」
ちっちと指を振り、芝居がかったしぐさで腰に手を当てる。
「裏をとってきたベネラーぼっちゃんによると、由三郎は妻子持ち。依頼人のおつうは不倫相手。来世で添い遂げようと心中しにいったが、由三郎が寝返った。で、おつうの復讐にビビり散らかして護衛を雇い、自宅に籠城してるってのが真相だ。だがまあ、そんなことオレたちにゃ関係ない。オーダーはオーダーだ。依頼人のお願いはー」
\ぜったーい/
- 恋は友情よりも憎悪に似ている完了
- GM名赤白みどり
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年09月01日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●夜話
物悲しい遠吠えが連鎖して月夜に響く。
透徹した月光は砂の一粒にまで影を励起させ、雲の道を歩いているようだ。先頭を行くのは悪名高き『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)だ。黒髪を跳ね上げ、上機嫌で口を開く。
「誘拐ってやってみたかったんだよなー。暗殺とか放火の依頼は結構あんだケド、誘拐ってあんま見ねェし? 渡りに船ってカンジ!」
その声音はこれから起こる凶事を、心から楽しんでいる。
「押し込み強盗も兼ねて由三郎探しだな。ちゃちゃっと行ってさっと片付けようぜ。オレと行く人この指とーまれ」
「えいっ♪、ふふ、マリカちゃんが一番乗りだよ!」
上背のあることほぎの指を取る代わりに、『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)が抱きついた。
「マリカちゃんも活躍してみせるからね! ネクロマンサーとしてさ、こういう依頼は見過ごせないもんね♪ 新鮮な死体にありつけないかなあ、期待で胸がドキドキするぅ☆」
ふたりはころころ笑いながら道を行く。傍から見れば無邪気な友達同士に見える。不気味なほどに。
一歩後ろを行くチュチュ・あなたのねこ(p3p009231)は小さく、meowと鳴いた。足音を立てない歩き方は彼女独特のものだ。大きな帽子があるかなきかの風に揺れ、付けしっぽがゆらゆらしている。チュチュは夢見るようにつぶやいた。
「一途な愛ってすてきよねえ。おつうには幸せになってもらいたいわ」
「あーわかりますーその気持ち。欲しいものはどんな『手』をつかっても自分のモノにしてーですよねー。まあ私の欲しいものは『脚』なんですけどねー、由三郎たそ以外は、皆、脚頂いてもいいんですよねー?」
「『脚』、ねえ。あなた脚が好きなの?」
ゆるく首を回したチュチュに『《戦車(チャリオット)》』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)が早口で喋りだす。
「そうですねやっぱり脚ですよ、脚、特に太ももがいいんですやっぱりふとももでその人の価値は決まると思うんですよ男でも女でも不明でもなしでもぜんぜんかまいませんけど私的にいちばんぐっとくるのはやっぱり女の脚ですねまあ心に刺さったら誰のでもかまわないんですけど!」
「はい、ストップストップ。ストーーーップ」
『無限陣』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)が割り込んだ。やわらかそうな銀髪からはこれまたやわらかそうな狐耳がのぞいている。下肢は見ているだけでうっとりできそうな銀狐のしっぽが存在を主張していた。それをぴんと立てながらマニエラはついでに指を立ててピリムをなだめる。
「さすがにそのトークを聞き続けるのは苦行の得意な私でもつらいぞ。これから襲撃だ。脚を取るのはかまわんが夢中になってくれるなよ。なにせ私は体力回復ができないからな」
「いやーつい脚のこととなるとー」
ピリムはいつもの棒読みに戻った。マニエラはそれを確認すると目をしばたかせ、小さな溜息をこぼした。
「思い込みでこんな依頼を出せるものなのかねえ……わからん、さっぱりわからん」
「人の情というのはなんともまあ、複雑に絡めば解けなくなり、激しく燃え盛れば消えることはない、度し難いものです」
マニエラの独り言に、『夏の思い出に燻る』小金井・正純(p3p008000)が相槌を打つ。彼女の胸にあるのは嫌悪と諦念。日和った男も、その男に狂った依頼人も、こんな事態になってもなお夫婦であることに執着しているおまあも。すべて平等に愚かしい。人生とは、こんなものか。この程度のものなのか。
「そうですかぁ、私は好きですよぉ、盲目的な恋」
鏡(p3p008705)が恍惚とした目で笑った。
「愚かですよねぇ、大好きですよ。そういう人がいるおかげで、私も仕事に困らない」
「こんな事件、天香の耳に入れば、いたずらにあの方のお心を乱すだけ。騒ぎになる前に、さっさと片付けてしまいましょう」
「えぇー。ちょっとは楽しませてくださいよぅ。それに、話に聞く限り彼、奥さんや子どもを人質にしても我が身可愛さのあまりあっさり見捨てるタイプでしょう? 由三郎君じゃ楽しめなさそうですからぁ、前座で我慢しておきます」
「前座……。ええ、まあ、お好きにどうぞ。あの一家と依頼人の行く末には興味はありません、と、いうより、あんまり関わり合いたくはないですね。とはいえことほぎさんのおっしゃる通り……」
「依頼人のオーダーは絶対」
それまで黙っていた『闇之雲』武器商人(p3p001107)が、唐突に口をきいたものだから、正純と鏡は一瞬身構えた。武器商人は皆の影が重なり合う後方をひたひたと歩いている。
「そうだとも。それがすべてで、それが一番さ。由三郎がどこに隠れているかわからない以上、少しばかり探すのに手間取るだろうがね」
「……」
鏡も正純も黙り込んだ。ひとつはこれ以上この依頼について話したくなかったから、さらには武器商人の存在感へわずかに動揺したから。
それぞれがそれぞれの思惑を秘めたまま夜の行軍は続く。
●
眠てぇな、と護衛の誰かが言った。酒ならあるよとおまあが言った。
「いいんだよ、どうせ時化が去ったらあの人が全部飲んじまうんだから、今のうちに祝い酒しときなよ」
「そいつはありがてぇ」
徳利をじゅんじゅんに回し飲み、男たちは気合を入れた。用心棒をかってでるくらいだから、腕っぷしには自信がある。それはつまり普段は力仕事しか能がない荒くれ者ということで、そんな彼らをおまあは近所の冷たい目からかばっていた。だからどの男たちも、おまあに恩がある輩だ。此度の騒動に駆けつけたのも、おまあの前で良い格好をしたいからに違いない。最後の男が徳利を受け取り、ぐいと煽った。その目が驚きに見開かれる。闇の奥から、鏡が駆け抜けてきたからだ。
「こんばんわぁ、お邪魔します」
男は反射的に徳利を投げつけた。鏡は気にもせずさらに走り寄る。宙でふたつに分かたれた徳利が、放物線を描いて地に落ちガシャンと鳴った。
「うわわわわ!」
迫る鏡に恐慌へ陥った男が銃を打ち鳴らす。
もとが射程の短い銃ではあるが、ろくにあたりもつけずに撃ちまくっているだけなのだからすぐに弾が切れた。いくつかが肩をかすめたが、鏡はものともせず口元に微笑を貼り付けたままだ。そのまま鯉口を切る。
「楽しい楽しい時間の始まりですよぉ」
「てめえ、何者だぁ!」
「あぁ、すみませんねぇ、夜分にこんな大勢で押しかけてしまって。アナタ方、善意でここにいるのでしょう? であれば、立ちはだかるならあっちの優しそうな人の方にするといいです」
視線で正純を紹介し、あとに続く彼女からの圧を身にしみさせる。
「彼女なら無益な殺生は好まないでしょうからぁ。私はその逆でぇ……あ、失敬ぃ」
ぷし、と濡れた音が立つと同時に、護衛のひとりの腕がもげた。
「もう斬っちゃいました」
とろけんばかりの笑みを浮かべる鏡。
正純は愛する星へ親愛と誓いを捧げたあの方の面影を重ね、その前で凶行に及ばねばならないことにすこしだけ胸の痛みを感じた。
祈りとともに天星弓へ矢をつがえ、鏡の真上を狙って打ち上げる。矢は持ち主の破壊の意思に応じ、星の輝きの中でこまかく砕けてしろがねの雨となって護衛たちをしたたかに打ちのめした。
「ちくしょう、何しやがる!」
用心棒が鈍器を振り上げたところを狙い、もう一発。天つ星と名付けられた弓から放たれた矢は、こんどはまっすぐに飛び用心棒の手を鈍器に縫いつけた。
「ぐうおおお! てめえ、やりやがったな!」
よくも仲間を! と、別の用心棒が銃を取り出す。それすら弾いて正純はさらに矢をつがえる。
「星火涼々。華炎朗々。士気が高いのはこちらも同じ、容赦はしません。あなたがたはここで命を落としたいのですか?」
「まさかてめぇら神使か!?」
「気づくのが遅いですよ」
手を射抜かれた用心棒が血塗られた腕をそのまま振り上げ、正純の胸めがけて突っ込む。
「でぇりゃああ!」
「聞く耳なしですか。いいでしょう。命すら惜しくないというのならば、この言葉を送ります。痴話喧嘩は犬も食わない。好奇心は猫をも殺す」
振り下ろされた鈍器をいとい、正純は後ろへ飛び退る。巫女装束の前がはらりとちぎれてひろがった。
「言葉の意味が分かったのならばこのままお帰りになるのがよろしいかと。意味がわからなかったのなら、少し高い授業料です。他人の色恋に殉じていきなさい」
今度は手加減などしない。古代の神の名を関した一撃は、鋭く、確実に男の胸へ突き刺さり、心の臓をえぐって止まった。
「ほら、出し惜しみなんてせずにバンバン殺していこう。いい月夜だ。多少のことは月が許してくれる」
マニエラが精神を集中させる。それだけで体中に力が充填されていく。息を吸うように、水を泳ぐように、マニエラの周りには能率的な魔力の循環路ができていた。消費と充填、飢えと潤い、その2つが彼女の中で争い合い、ほどよい調和を保っている。千の軍勢を相手にしたとしても、今のマニエラならば魔力が途切れることはないだろう。
「さあ行け、往け、逝け。斬って斬って貫いて、その先にしか見えないかなたの大地まで共に行こう」
マニエラが号令をかける。鏡と正純の体に魔力が満ちる。強烈な援護を受けて、ふたりは用心棒を確実に無力化していく。そんな様子をながめてマニエラはひそかにほくそえむ。
(ああ、心が痛むなあ。本当に、本当に。ほらだってこんなに胸が踊っている)
原始のリズムがどこからか聞こえる。ブルーブラッドにしか聞こえない音色だ。心浮き立つ風の音に、マニエラは身を任せた。もはや勘と呼びたくなるするどい観察眼で戦場を睥睨し、次々と用心棒の動きを看破する。受け取った魔力を最大限行使して、鏡と正純が攻撃する。腕の次は足、足の次は腹、腹の次は……。用心棒どもはバタバタと倒れていった。
●中
「うわあああああああ!」
おまあは駆け出した。包丁を振り回し、結った髪を振り乱して。自分から由三郎を奪う者は、何もかも敵だった。康介の泣き声が聞こえる。いまはかまっていられない。目の前の悪者を成敗してやらないと。そして今度こそ親子三人、助け合って過ごすのだ。おつうの存在は知っていた。その糸目をつけない金のおかげで自分たちの生活が成り立っていることも知っていた。知っているがゆえに何も言えなかった。女としてこのうえない屈辱だった。だから由三郎が帰ってきた時、おまあはほっとしたのだ。どんな経過であれ、その男は自分たちを選んでくれたと。それが彼女の唯一の誇りであり、支えだった。
だがそれは無駄なあがきだった。少なくともマリカにとっては。
「ハロハロハロウィン☆ トリックウィズトリートぉ♪」
ばっと両手を広げれば、クッキー、クリーム、ケーキにマカロン、様々なお菓子の幻影が宙に踊った。それはすぐに名状しがたい黒い霧に変わり、生者への怨嗟が場に響く。ゴーストキャッスルの主は言った。
「ふふっ、どーぉ怖いよね? 怖いよね? いいんだよ、びびっちゃっても! それが自然な反応だもの☆」
けれど、おまあの血走った目は周囲の幻など意に介さない。まっすぐにマリカへ突っかかっていく。
「あれぇ、この程度じゃ平気ってコト? それじゃ遠慮なく攻撃しちゃおうかな♪」
マリカが手をふると、畳の間からするすると林檎の木が生えてきた。マリカはそれに腰掛け、木の陰からヌッと出てきた死神の頭をつま先で小突く。
「いっちゃえ☆」
死神が大鎌を振るう。おまあは避けようとして無様にころんだ。ごろごろと畳の上を転がり、跳ねるように飛び起きる。
「おまあさん! 助太刀しやす!」
用心棒が二人なだれ込んできた。
「せっかく気合い入れて登場したところ悪いんだが、まぁ、アレだ。ご愁傷さま?」
ことほぎの掌中で真っ黒な立方体が浮かび上がる。薔薇の紋が入ったそれを軽々と投擲する。ゆっくりと落ちてきたそれを叩き落とそうとした用心棒が、悲鳴を上げた。見れば立方体に触れた利き手が腐食したかのように色を変え、その不気味な色の痣は腕へと広がりつつあった。
「そこまで痛くはないだろ? オレの優しさに泣いて感謝しろよ。まあ不調はもりもりなんだがな」
「おのれぇ! ああどいつもこいつも、死んでしまえぇ!」
立ち上がったおまあが手近に居たピリムへ包丁を突き立てる。同時にピリムの白い髪が硬質化し、棘のようにおまあの全身へ突き刺さった。
「チュチュたそ感謝ー」
「いいのよ。あたし、ひとりじゃなぁんにもできないのだから」
チュチュはおまあへ慈愛あふれる笑みを向けた。
「あたしたちをざくざく斬るたび、あなたも痛いわよね。まるで愛し合う二人みたい。それってきっとあなたが優しいからなのよね。あなたも素敵な女性。どうか幸せになってほしいわ」
笑みは深まり、真紅の果実のよう。すきとおった実を裂け目からチラ見せして嗜虐心を煽る柘榴のような笑み。
おまあは泣いていた。泣きながら手当たりしだいに暴れまわっている。武器商人がそんなおまあの手をとった。はたから見れば軽く手首を握っているだけなのに、おまあが振りほどこうとしてもびくともしない。
「涙をお拭き、お嬢さん。いつまで泥舟にすがりついているんだい。昔話のたぬきだって、途中で気づいて逃げ出したのに、自ら進んで船頭になっちゃってまァ、哀れだねぇ」
「だまれだまれだまれ!」
おまあが包丁でざくざくと武器商人を傷つける。そのたびに足元の影がキャハハと笑いながら鋭い棘となっておまあへ反撃する。
「狙った獲物は絶対に逃したくないのが狩人の性というものですー。恋も似たよーなものなんじゃねーですかー? っつーことでひっこんでてくださいねー」
ピリムが身動き取れないおまあへ膝蹴りを入れる。よろめいたおまあは絶望に顔を染めた。包丁がその手から落ち、すとんと畳へ垂直に立った。
「ではいただきましょー」
脚を切る、そのためだけの緋刀が空気にさらされる。それはおまあの敗北を意味していた。ぶつりと二本の太ももが宙に舞う。赤を引きながら壁まで飛んでいき、濡れた音とともに血しぶきが絵を描く。そのままの勢いでイレギュラーズたちは用心棒ふたりを殺し、二階へ押しかけた。子供部屋から悲痛な泣き声が聞こえる。武器商人の衣が風をはらんだ。
「泣かない泣かない。そんな価値はない。いつの日かキミも気づくだろうよ」
「そーだよ☆ 事実由三郎はあなたを見捨ててるじゃん♪」
マリカの言葉に康介の泣き声がいっそう激しくなる。頭へキンと来る泣き声だ。しかし一行には効かない。チュチュが先んじて英霊の加護で守りを固めていたのだ。
「武器商人、派手にかましていいぞ。死なないように加減しといてやらァ」
ことほぎが意気揚々とブレイクフィアーの術式を呼び出す。
「お言葉に甘えることにしよう」
足元から影がするりとすべりでる。それはまたたくまに康介へ絡みつき、全身を覆った。時間にすれば1分もなし。だが影がひいたあとに残された康介は、言葉にしがたい悪夢を見たように泡を吹いて気絶していた。
●閑話
「ところでー」
「なんだね?」
ピリムの問に武器商人がひとまず答えた。ピリムは頬を指でおさえ、こくびをかしげる。
「気になってることがあるんですよー」
「そう、あたしも気になっていたのよ」
チュチュが帽子の端を押さえる。
「お先にどうぞー」
「いえいえ、そちらこそどうぞ」
お互いにゆずりあった結果。
「えーとではー」
ピリムはこほんと咳払いをした。
「どうやって由三郎さんを探すんですかー?」
沈黙が落ちた。
「……誰かひとりくらい案を出してくれると思ってたんだけどねぇ」
「……とても恐ろしい集団心理ですねー」
「さすがに箪笥の中にはいねェだろうし」
「しかたない、こうなったら時間がかかるけれど総当りで探すことにしよ☆」
●閑話休題
「中の人達は何をしているのですか」
正純はわめきたいのをこらえた。なにをちんたらしているのだ。そろそろ検非違使が来てもおかしくない。
じりじりしていると、由三郎を肩に担いたことほぎが飛び出してきた。
「おまあと康介は?」
「時間ねェから放置放置! まあ死ぬことはねェだろ!」
マニエラの言葉にそう返すと、ことほぎはダッシュで夜道を駆けていく。
「なんとか間に合ったようですねぇ」
鏡はくすりと笑った。
「ああ、由三郎さん……」
待ち合わせ場所で一行を待っていたおつうは歓喜に身を震わせた。
「なんとお礼を申せばいいのか……皆様には感謝しかありませんわ」
ガタガタと震えている由三郎に、チュチュが滑りよる。
「どうしてこんなことになったか、原因はわかる? ――そうよ、あなたよ」
その一言で完璧に心を折られた由三郎は、がっくりとうなだれた。
「お会いしとうございました由三郎さん、今度こそ続きをいたしませう」
おつうは左手首の組紐を由三郎の首へ巻いた。
「あ、ああいやだ! 助けてくれ! 頼むっ、たの……ぐえ」
ぐったりした由三郎。今度は手首を組紐でしばり、おつうはうれしげに笑った。
「では皆様、ありがとうございました。次の世で必ず夫婦になります」
言いながら女は男の死骸をひきずって、橋の方へ歩いていった。その背へ向けてことほぎが声をかけた。
「どーぞ、末永く、お幸せに!」
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
おつかれさまでしたー!
おつうと由三郎、こういう形の幸せもあるでしょう。
またのご利用をお待ちしてます。
GMコメント
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『豊穣』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
お久しぶりです、みどりです。
悪依頼はいいね。たのしいね。
●やること
1)家探しして由三郎を発見する
オプション)邪魔立てする用心棒6人+家族2人を倒す 生死不問
●エネミー
用心棒×6
町内の若い衆です。おまあさんの境遇に同情して集まりました。士気が高く、EXFに優れます。
至近の単体物理攻撃と、銃によるR2の神秘攻撃を併用してきます。BSはもちませんが攻撃が意外と痛いです。家の外に4人、家の中に2人いるようです。
おまあ
由三郎の妻、本当の意味での理解者です。由三郎が劇作家としてやってこれたのはおまあの叱咤激励とやりくりのおかげです。CTが高いのが特徴、包丁を振り回すR0範囲攻撃で由三郎捜索の邪魔をしてきます。【出血】【必殺】【致命】を持ちます。
康介
由三郎とおまあの子ども。子ども部屋で恐怖に震えて泣いています。この泣き声はダメージゼロの攻撃判定を持ち、R2以内のPCへ【無策】【停滞】【懊悩】を植えつけます。すくなくとも彼にとって由三郎はいい父親でした。
●戦場
由三郎の自宅
二階建ての木造建築、貸家です。フィールドが狭いためR3以上のスキルは威力と命中にペナルティがかかります。
襲撃時刻は皆さんの好きに選べますが、時間がたちすぎると検非違使が飛んできて失敗に終わりますのでパッと行ってパッと帰りましょう。また家が半壊以上、あるいは火事など、規模が大きすぎる破壊行為に及ぶと、検非違使が鬼のような勢いでやってきます。逆に言えばそこまでやらなければセーフです。悪属性ですので少々のむちゃはOK。
●その他
由三郎
おつうを恐れて自宅のどこかに隠れています。今回のターゲット。必ず生かして捕らえてください。
おつう
由三郎の熱烈なファンで、愛人。かわいさ余って憎さ百倍です。今回の依頼人。
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