シナリオ詳細
<半影食>ゆめかわワンダービーチ
オープニング
●
――クーヤさぁ、知ってる? 裏面行く方法。
「うらめん? 何の? ふたとかそういう話? あー、さっきのクソNoob、またリスポ」
――ワンショ余裕だし、キルレ儲けじゃん。いや裏面、この世界の。
「……は? え。あ、バック。そっち居る、アーマーのやつ」
クーヤはナイトの言葉――裏面という言葉を即座には理解出来なかった。
少年達はボイス通話越しに、ゲームを楽しんでいる。
騒々しく階段を上がる音と共に、やってきたのはクーヤの妹、モモだ。
「クー兄またそればっかやってるし。ママ、下でキレててマジ耳やばいからさあ」
「お母さん、なにキレてんの」
「にーが悪いんじゃん。洗い物の約束出来てないとかそういうので、しかも宿題の話に飛んだし」
――モモの声するじゃん。
「ナイト君じゃん。それワンダービーチじゃなくて? 裏面の」
モモがマイクをひったくる。
――ワンダー?
「裏面、ゆめかわワンダービーチ。昨日ぱんつべで言ってたやつ。Be課金(びかきん)が」
「うるせえからあっちいってろって、返せよマイク」
「あ?」
「痛って、てめ蹴んな。おーいー! デスったし」
――いや裏面、ビーチ? 話めっちゃ面白えんだって、明日学校で見せるわ。
「そういうのいいから」
山下空弥(やました くうや)、山下桃奈(やました ももな)、斉藤闘人(さいとう ないと)は、練達は再現性東京2010街『希望ヶ浜』に住む中学生だ。
趣味はボイスチャットをしながらの、TPSやサンドボックスゲーム。将来に夢なんてないから、楽そうだという理由でP-Tuberと書いておいた。そんな、ありふれた子供達である。
無論、子供達が熱心に視聴している本業側(キャロ・ル・ヴィリケンズ(p3p007903))辺りは、そんな甘いものではないことを重々承知だが、日々『楽しい』を届ける『アリス』は、きっと口には出すまい。
それはともあれ。
分かりやすいインドアな子供達だが、この日、この放課後、三人は駅近くの雑居ビルに来ていた。
「クッサ」
ラーメン屋から漂う豚骨のにおいに、モモが鼻をつまむ。
開店前の夜の店や人気の無い消費者金融の前を足早に通り過ぎ、閑散とした健康食品のショップにたむろする数名の老人を横目に、狭い階段を上った。
「んで何が裏面なんだよ」
「この階段、四段のぼるだろ? いいからやってみろって」
手順は少し複雑だ。階段を四段上り、降りる。これを四度繰り返す。
それから屋上へ続くドアの前で四回ノックする。右で四、左で四。
するとカチャリと、勝手にカギが開く。
ドアを開けずに振り返れば、そこはもう『裏面』だ。
見えるのはビルの谷間ではなく、朝焼けとも夕焼けともつかぬ空だった。
下には、パステル画のような砂浜と海が広がっている。
「え、マジ。やばくね」
「ネットに書いてあったやつだから、大丈夫だって。そのドアから戻れるってあったし」
ナイトが指差した先に、ドアはなかった。
「え」
さっきまで、あった筈だった。
「位置情報。Wifi繋がってねえじゃん」
「裏面にはないでしょ。え、地図みれね。ギガ残ってんのに」
子供達は慌てふためき、それから青ざめた表情であちこちをうろうろとし始める。
「かげひとさんに見つかったら、殺される……カメラ、動画にしないと。あ、充電一しかない」
「そういうのいいから!」
「もうやだよ……」
三名の捜索願が警察署に届けられたのは、それから数時間後の事だった。
●
普久原・ほむら(p3n000159)は、空調の風を避けるように、奥まった席へ陣取った。
ここはカフェ・ローレット。希望ヶ浜における、いわばローレット支部だ。
ほむらは紅茶とサンドイッチのトレーをテーブルに置き、鞄を横の座席へ乗せ、aPhoneを取り出す。
それから消音モードであることを確かめ、ゲームのアイコンを指でタップした。ロード画面では、可愛らしい少女達が頬を染めて見つめ合っている。健全なゲームだが、人にはお見せ出来ないやつだ。
「なんですかそれ! 可愛いじゃないですか!」
「う、うわぁっ!?」
画面を覗き込んだしにゃこ(p3p008456)に、ほむらは慌てふためき、椅子から転げそうになった。
「大丈夫にゃ? ここって涼しくて気持ちいいにゃ」
「あ、ど、どうも。えと、てか。しにゃこさん、と。アリスさん? で、ですね。あ、は、は……」
「はーいこんにちは、皆のフリータイムのお供、アリスちゃんだにゃ!」
「げぇっへっへ、今日は可愛いがいっぱいじゃないですかー!」
「あ、配信、いつもみてます……」
「ありがとーにゃー♪」
ほむらがきょろきょろと見回せば、イレギュラーズが集まっている。
なにも涼みに来た訳ではなく、仕事の話をしに来たのだ。
「あー、じゃあ。先にそっち、やっつけちゃいましょうか」
練達では国家事業R.O.Oのプロジェクトが進行している。
だがバグにより異常な情報増殖を起こし、ネクストと呼ばれるゲームのような異世界が形成された。
今回の依頼はそこからやや外れるが、どうも何者の思惑か、ネクストの影響がこちらの世界へ染みだしているのではないか。希望ヶ浜が巻き込まれているのではないかという疑いが生じたのだ。
――インターネットでは、オンラインゲームに閉じ込められたといった、荒唐無稽な噂が広がっているようですが。如何でしょう、専門家のご意見は?
――昨今、青少年のゲーム中毒が問題になっておりまして。そういった影響が子供達の心にですね――
大型テレビモニタの中では、オールドメディアが無責任に事件をあおり立てている。
ネクストに取り残された多くの人が、戻ってくることが出来なかったという事件である。
世間では佐伯製作所大量行方不明事件と呼ばれていた。
R.O.Oのシステムエラーなど、希望ヶ浜の人々には関係ない話なのだろう。
神秘は秘匿すべし。この街のすべては、架空の『日常』にある。
「それでひよのさんが言うには、『無害であった神が急速的に影響を強くしている』みたいな」
ほむらは仕事内容についての解説をはじめた。
日出建子命(ひいずるたけこのみこと)、通称を『建国さん』と呼ばれる存在は、希望ヶ浜で幅広く信仰・認知される『国産み』の神だ。
どうやら件の『行方不明事件』がネットワーク上で多数の人に『考察』され、『異世界に連れて行かれた』という論が強く支持されたことにより、『建国さん』による異世界が急速に形成されたのではないかと。
その異世界には日出(ひいずる)神社を出入り口としているらしい。
子供達が行方不明になったビルは、屋上に建国さんが祀られている。そこから行くならまだしも、おかしな方法で入り込んだ子供達は、帰ることが出来なくなってしまったという訳だ。
今回の依頼は、その異世界の調査と、行方不明になった三人の子供達の捜索である。
詳細は追って相談すればよいだろう。
「まあ、えっと。それじゃあ、そんな感じで。なんとか捜索してみましょうか」
よろしくお願いしますと、ほむらはぺこりと頭を下げた。
ただし。神異にだけは、決して触れないように――。
- <半影食>ゆめかわワンダービーチ完了
- GM名pipi
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年08月30日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
見上げれば、夕焼けとも朝焼けともつかぬ空。
「なんだか変な感じの場所だね」
ぽつりと呟いた『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)に、『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は、ただ一言「ああ」とだけ返した。雑居ビル屋上の鳥居を潜ると、そこには荒唐無稽な空間が広がっている。
そこは波打ち際であった。
背には、人ひとりが立ったままどうにかくぐれる程度の朱塗りの鳥居があり、眼前には薄桃と薄紫を基調としたパステルカラーの世界が広がっている。
「ゆめかわじゃないですかー!」
両手を広げた『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)の言葉通り、ネットロアによると、ここは『ゆめかわワンダービーチ』と呼ばれている。曰く『裏面』、また曰く『異世界』。
「シュピは仕事をこなします。そのために来たのですから」
淡々と述べた『シュピーゲル』DexM001型 7810番機 SpiegelⅡ(p3p001649)に一行が頷く。
練達では国家事業R.O.Oのプロジェクトが進行していたが、作り上げた仮想世界――無辜なる混沌のコピーにバグが発生し、歪なゲーム様に変貌していた。カムイグラのおかしな模造品『ヒイズル』には怪物『夜妖』が現れ、また現実世界の希望ヶ浜にもこうして『奇妙な空間』が出現していた。
これがそれぞれの世界に存在する二つの真性怪異による仕業だと判明するのは、今から少し先の話だ。
「R.O.Oの影響がこっちに出てるんだって? それとも順序は逆なのか?」
ルカの言葉は、『怪異とは何か』という現象に踏み込むものであった。
「ROO……ゲームの影響が混沌にも出ているなんて、希望ヶ浜の性質が原因なのかな?」
横では『新米P-Tuber』天雷 紅璃(p3p008467)もまた首をひねる。
この地で悪性怪異夜妖と呼ばれる都市型の怪物達は、多くが人の思念に影響を受けている。
人が『考えるから生まれる』のか、それとも『元から居るものが思念を拾い上げる』のか。
「はっきり言って全然わかんねえな」
卵と鶏の問題じみた考えを、ルカと紅璃は一旦脇に置いた。
世界の仕組みはさておき、『やること』は決してややこしくはない。
一つはこの異世界に来てしまった子供の救出。
もう一つは異世界を観察して情報を持ち帰る事。
ならば方法は――
●
「はいどうも! P-Tuberのアリスです! という訳で、今日は噂の『裏面』にやってきていますにゃ」
仲間達に広告ティッシュを配る『P Tuber『アリス』』キャロ・ル・ヴィリケンズ(p3p007903)ことアリスは、希望ヶ浜における著名な動画配信者である。
「はいどうもー、同じくP-Tuberの紅璃です! 今日は超大御所とのコラボということでね。不思議な場所の調査だけどやる気MAXだよ!」
大先輩とのコラボは流石に緊張もするが、P-Tuberとして無様はさらせない。
「きゅぴーん☆ さらに同じく新人PTuberのしにゃこちゃんでーす!」
アリスが構えたaPhone(最新機種)のカメラに、紅璃としにゃこが入り込む。
お次は――
「はーい♪新人PTuberのミキでー…げほっ、げほっ」
諸事情で顔出しNGの『ダメ人間に見える』佐藤 美咲(p3p009818)は顔を隠しつつ挑むが、いや。
(あ、キッツ。陽キャっぽい声出すのなかなかハードル高いっスわー…)
まあ、少なくとも顔バレしたい(してよい)職業ではない。それにこうした作業にはアシスタントというのも必要なものだ。その辺りも抜かりないのである。
「シュピは上空からの撮影でフォローします」
SpiegelⅡもまた、電子妖精にカメラを渡し、上空から撮影させる。死角は埋めておきたいところだ。
「必要であれば我が半身であるSpiegelⅠも出せますが」
それはそれで映(ば)えるのかもしれないが、どうしたものか。
果たして。『かげひとさん』が映像に映らないのであれば、安全は増す筈だが――
「P-Tuberかー」
「なかなかハードル高いですよね、さすがに……」
ふと呟いた『†死を穿つ†』ワルツ・アストリア(p3p000042)に普久原・ほむら(p3n000159)が答える。いわゆる『ゆっくり』派のワルツはPTubeには詳しくないが、顔芸とトークが上手くて、普通は出来ないような面白いことをやっている人達というイメージはある。
頂点は相当儲かるらしいが、そうだとは言え、顔出し放送なんて中々決行出来ない。
ただ楽しいなら、陽キャの研究をさせてもらおう。
さてこの依頼、別に純粋な配信動画の撮影仕事という訳でもない。
そもそもしにゃこに至っては、最近までPTuberという言葉すら知らなかった。これは可愛さを世界中の人々に知らしめる絶好の機会だと考えたのは、ひとまずさておき。
「とはいえお仕事だからね」
紅璃の言葉通り。一行がこうした振る舞いを行っているのは、この亜空間に出現する怪物『かげひとさん』は、PTuberの撮影中には出現しなかったという噂話に起因する。都市伝説的な怪物は噂話通りの性質を持つことが多く、今回はこうするのが、敵とのエンカウントを減らし、最も安全であろうと期待されたためだ。
「アリス先輩の画と被らない部分が多々あるからみんな複窓同時視聴してねー!」
紅璃も動画撮影を開始する。
「しっかり協力していこうにゃ!」
噂の内容が内容である故に、配信動画映えする撮影を行う必要がありそうだが、本業(アリスと紅璃)が居るのはなんとも心強い。そのうえアリスは大御所だ。
「KAWAIIシーンを撮りまくって再生数稼いじゃいますよ!」
そんな訳で、再生数ブーストの為にも衣類には気を配らねばならない。
しにゃこが服の下に着込んでいたのは、水着。ピンクの縞々!
「あっ、ちょっと待ってね服脱いじゃうから。こういうのでいいのかな?」
「あー……、たぶん。依頼書には迷ったら水着的な情報が……一応、私も着てはきてて」
(意外と大胆、いや仕事熱心……?)
ワルツがチラ見する中、焔がずいずいとほむらに近付いた。ダブルほむらか。
「ほむらちゃんも水着着て来てるの? それなら一緒に水着で映ろうよ!」
「あ、あー……」
「この前のやつカッコよくて似合てたし! 手伝うよ!」
ぽぽんと服を脱ぎ、水着姿の焔はほむらをさっそく脱がしにかかる。
「あー! ちょ、くすぐったいので」
「ほむっ、ほむっ!」
「さぁ、ほむらさんも映って映って!」
(なるほど、そういうものなのね)
「あ、あっ、ちょっ」
目を光らせるワルツに、ほむらが水着姿になったや否や、腕を引くしにゃこ。
それはそれとして、ワルツもまた浴衣を着込んでいる。デザイナーに丸投げしたものだが、帯やアクセサリーに至るまで、ワルツの魅力を引き立たせている。まさに「神業コーディネート」であろう。
自分でも似合うとは思うが、しかし。ほら、顔出し撮影したいかどうかは、また別の話な訳で。
ほむらの視線に気付いたワルツは、つい頬を緩めて手を振った。
しかしあの水着姿で全国放送デビューって。
(……やっぱり結構大胆な子よね!)
「ふむ。撮影なので水着がいいと。水着と撮影の関連性は不明ですが。それも任務に必要なら従います」
SpiegelⅡもかなり大胆な水着姿を披露する。さながら渚の天使であろう。
「色んな可愛い子が映った方がきっと再生数も稼げます!」
そう、それは真理。
「それも必要なら」
あくまで淡々とSpiegelⅡは答えるが――
「あーいや、私、魂がおっさんなので」
「中身が男ですって?何言ってるんですかこんな可愛い水着着といて!
例え元男だったとしても貴女はもう立派な美少女です! しにゃが保証します♪」
「あ。ああー……」
てんやわんや。
「はーい。じゃあ。そんな訳で。準備が整った所で、早速すすめて行くにゃー♪」
ともあれその辺は、アリス(本業)がどうにか上手くまとめたのである。
●
「そしたら、あとは早く見つけてあげよう!」
焔の述べた通り、こんな様子で撮影を続けながら、イレギュラーズは目標地点と思われる雑居ビルへ進軍を開始した。焔が神の使いで小鳥を召喚し、偵察させようと――
「えっ。居る。見たよ、たぶん。かげひとさん」
一行に緊張が走り、焔はすぐさま眷属を帰還させる。何をされるか分からない。
「あー、これは。ちょっとヤバいかも」
レーダーを展開しようとした紅璃が、首をぶんぶんと横に振った。
「これは聴覚も危ないかもっスかねえ」
美咲もまた直感する。怖気が走る何かが、周囲を取り囲むようにうじゃうじゃと居るのだ。
この場所ではおそらく、何かをより多くを見ようとしたり、知ろうとしたりするのは――危険なのか。
とはいえ調査も仕事の内だ。こうしたことも貴重な報告にはなる。
「あー、なんか、分かってきた気がするぜ」
ルカが呟く。つまりP-Tuberの撮影というヤツから外れれば、おそらく戦闘になる。
このノリを継続することが必要そうだ。
とはいえ、どうすればいいのか。話をふられれば何か言うようにはするし、ホストといったものであれば家業の一端ゆえ出来なくもないと思うが。なかなか難しい。
ひとまず深く考えずに、自然体で臨むとしよう。
「あー、そうだな。変わった風景で中々飽きねえな。気温も丁度良い。何より周りは綺麗どころの水着が多いからこりゃ約得ってなもんだ」
「なんかいましにゃだけ外しませんでしたか?」
「気のせいじゃねえか? まあ俺の水着も仲間の約得になりゃ良いんだがな」
「あ、じゃあついでにルカ先輩も映しましょう……しにゃには良さがわかりませんが」
「うるせえ」
そう。水着コンテスト準優勝(ルカ)の力を使って再生数を稼ぐのだ。
「あっ、他にやった方がいい事とかあったら言ってね!」
「おっけーっスよ。カンペとか出しますんで、そこは」
「作戦があります」
「なになに?」
「ごにょごにょ」
「おっけー! 任せてよ!」
しにゃこの作戦に頷く焔。
撮影やら脚本やらはひとまず専門家や美咲等に任せ、焔達は面白おかしそうな様子で砂浜を歩く。
「しにゃこ、へますんじゃねえぞ?」
「だれがですか!?」
「あー、それかこういう動画?だとへましたほうが面白ぇのか?」
からかうルカ(無論、水着姿だ)に、しにゃこが頬を膨らませる。
「ところでほむらのその格好、どっかで見た覚えがある気がするんだけどなぁ……?」
「え、え。い、いやあ、気のせいじゃないですかね、さすがに」
「イマイチ思い出せねえな。まあ、いいか」
「はい! そんな訳で。ゆめかわワンダービーチ。波打ち際だよー! パステルカラーの波!」
時折アリスと映しあいつつ、紅璃もまたビーチを進んで行く。
こういう地道な努力が、ファンサービスに繋がるのだ。
また別角度から撮影する美咲の後ろで、ワルツは黒子として光源に徹していた。無論、すぐに愛銃(Cauterize)を抜き放てるようにしながら。美咲達のあんな報告があった以上、油断は出来ない。してはならない。
いつでも戦闘出来るようにしているのは、他の面々も同様だ。仮にこのまま戦闘が発生しなかったとしても、それは結果論にすぎないのだから、そのあたりは入念にやる必要がある。
ともあれ、よい画には光とエフェクトは必要不可欠って。
「私のほう見るんじゃないわよ!?」
ビーチを抜け、異様な景色の中にぽつりと佇む雑居ビルを目指して、一行が進むのは林だ。
「っと、わっ!?」
小枝に足をとられたほむらがよろめく。
「今です! むぎゅー!」
「ちょ、えええ」
「うん! むぎゅー!」
支えるようにすかさず抱きつくしにゃこと焔。
「――!?」
ワルツもついに近づき、ほむらのわきばらをつんつん。つまみ。
「あっ、ちょっ」
変な声をあげて身をよじる。
だがワルツ。陽キャに染められそうなら†闇†に連れ戻す覚悟も出来ている。
そしてワルツは自身の指を見つめる。今、すべすべで、ちょっとやわらかかった。
「あ、それも再生数稼げそうですね!」
そう。しにゃこの作戦とは「百合営業百合営業☆」。
「はい注目。ちょっと刺激が強いかにゃー。このまま林を進んでいくにゃー」
時折幻影のマークを出しつつ、アリスが解説しながら進めていく。
後で動画編集する時に便利ということもあるが、同じ場所を何度も通ってしまったり、見落としに気付いたり、帰りに迷わないようにするためでもある。一挙両得だ。
ここまで、敵影はなし。
美咲はあえて仲間に注目することで、視点を変えて安全性を確保している。
この異様な空間で、もし撮影組が何かの影響を受けたら、すぐさま『引き戻す』ためだ。
「今度はあっちを撮ってみましょうか!」
しにゃこもまた視点を変える。
敵意をさぐろうとしても、辺り一面だ。怖気が走りそうだが、それでは可愛くない。
夢中で撮影させているように見せながら、そしらぬ顔で仲間を迂回させるのだ。
「さて、この上か? まるで廃墟か神隠しだな」
いよいよ、雑居ビルだ。ルカが親指で示すのは階段である。
「それじゃあいよいよ、この階段をのぼっていきますにゃー」
アリスの先導で、一行は階段を上っていく。
二階。灯りも人の気配もない店舗が並んでいる。
三階。やはり同様。まるでたった今、人が消えてしまったかのような、一種異様な光景だ。
そして――
けたたましい悲鳴に、一同が息を飲む。
●
「はいどうも、P-Tuberのアリスです! 皆よく頑張ったのにゃー! めっちゃ偉い!」
悲鳴の主――壁に背を預け、腰を抜かした子供達はアリスをぽかんとした表情で見つめていた。
「び、びびった」
「え、てか本物?」
「え、まじで? 撮っていい!? あ、電池切れた」
「っぶね、かげひとさん来るじゃん」
「そういうのいいから」
「本物のアリスですにゃー! こちら【広告ティッシュ】です、良かったら是非是非どうぞ」
アリスは子供達を見つけたら、元気づけようと決めていた。功を奏して良かった。
情報ではこの子達は『アリス』のファンであることが分かっており、一人一人を大切にしたいから。いや、なによりもアリスでなく『キャロ』である自分自身にとっても、この子達は守るべき存在なのだ。
「うおおお! 本物だ」
「ありがとうございます」
「それからこっちは同じP-tuberの天雷さん」
「はいどうもー、同じくP-Tuberの紅璃です!」
「きゅぴーん☆新人PTuberのしにゃこちゃんでーす!」
子供達が立ち上がる。
「ふっふっふ、ほらほらアリス先輩との画は撮ってあげるから後で私のアーカイブを見に来るんだね!」
「え、まじ!? 見る見る」
健康状態に問題はなさそうだ。
「よく我慢してたな。やるじゃねえか」
ルカは頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「んだよ、やめろって」
「そんだけ元気がありゃ大丈夫だな」
「はい芋キャンプはおしまい。ガキんちょ共、頑張ったわね。家に帰るわよ!」
「大丈夫だよ、ボク達は強いんだから! ちゃんとお家まで送り届けてあげるからね!」
ワルツと焔の言葉に、子供達が元気よく頷いた。
子供達はTPSといったジャンルのゲームが好きらしく、ワルツとしては好き同士、気にかけてしまう。
さて、これだけのメンバーがいるのだから、帰りはチュートリアルのようなものだろう。
「皆でちょっと遊びながら帰ろうか」
焔の提案である。確かにこれまでの経緯を考えるに、そうするのが最も安全であろう。
まあ、敵が出たらダンボールで子供達と隠れていよう。美咲はそう考えるが、なんだ。ホラー定番の死亡フラグめいているじゃないか、などと思いながら。
一行は再び波打ち際へ戻ってきていた。
「そういや、最近の子ってどんな動画見てるんスか?」
飽きさせないよう、美咲が子供達に尋ねる。
「私はアリス」
「Be課金とか、最近あんま見てないけど」
「あー、Be課金。最近はそういうのが流行りなんスねー。その人、他にどんな動画上げてるんスかー?」
「炊飯器でハンバーグ作ってた」
「ブロッククラフトやってたり」
「よーし!」
焔が波間を駆ける。
「え、それって大丈夫な水なの?」
意外と冷静な子供達。
「大丈夫だって。ほら、ほむらちゃんもそんなところにいないでこっちで一緒に遊ぼうよ!」
「え、え、いやぁ。そういうのはちょっと」
「しにゃも遊んじゃいますよー!」
「そうだよ、せっかく水着に着替えたんだから遊ばないともったいないよ!」
「それじゃあ実況するにゃ!」
変な色だが、触れるかぎり普通に海水に思える。
それにきっと「それが何であるのか」を考えなければ、害はない。気がする。
「あー……じゃあ、すこしだけなら……」
波打ち際で水を掛け合う三人。
「ほむっ、ほむっ」
熱心に観測するのが一人。
「ついたぞ」
鳥居の前でルカが振り返る。
「これ思ったんですけど、服着るときべちゃべちゃになりません?」
「……あ」
行きと同様、微かに波打つ鏡面のようなあわいをすり抜け。一行が鳥居から出ると、宵の屋上だった。
「あれ?」
けれど、水着なんてまるで濡れていやしなかったのだ。
「変な人みたいなんで、着替えましょうか」
ゲートは消えていた。ここはただの日常だ。
ラーメンスープの獣臭い匂いが広がっている。
月は静かに、けれどやけに明るく一行を照らしていた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様でした。
被害もなく、良い感じだったのではないでしょうか。
戦闘にはなりませんでしたが、そこは結果論なので、戦闘の準備そのものは無駄ではなかったと思います。また使用出来なかったいくらかの非戦闘スキルについても、同様に意義のある報告となるでしょう。
いよいよ半影月も後半戦になりますね。
MVPは帰り道の最も安全な方法を提案した方へ。
それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
異世界のお散歩と、子供達の救出です。
●目的
・異世界のお散歩(簡単な調査)
・子供達の救出
●フィールド
不思議な色彩のビーチです。ちょい病みゆめかわ系の色合い。
不思議な色の空、パステル画のような、淡い色彩の世界です。
暑くもない、寒くもない、ちょっと温かな不思議な場所。
そこにぽつんと鳥居があり、皆さんはそこに現れることが出来ます。
少し遠くに一つだけ、廃墟のような雑居ビルがあります。
ビルまでの間に、遠浅のビーチと、林などが広がっています。全部不思議な色。
子供達はビルに隠れています。
子供達を鳥居まで無事に連れ帰りましょう。
●敵
『悪性怪異:夜妖』かげひと×?
よく目立つ、真っ黒なシルエットだけの、ピクトグラム的な人影。
裏面にはかげひとが居て、見つかると殺されるという噂から生じた夜妖です。
数名のP-Tuberが撮影に挑戦したそうですが、その時には現れなかったという話もあります。
皆さんにとってはさほど脅威になりませんが、いつ、どこで、どのように出現するか分かりません。
つまり最も安全な作戦は『常時P-Tuberの配信用の撮影をするように進軍する』ことと思われます。
せっかくなので、映(ば)える服装をしていきましょう。水着でもなんでもいいので。
くりかえしますが、水着でもなんでもいいので。
●子供達
三名の子供達。ごく普通のインドア系中学生。
前述の雑居ビルの四階で身を潜めています。
余談ですが、アリス(キャロ・ル・ヴィリケンズ(p3p007903)さん)のファンです。
かなり怯えていますので、気持ちを明るく盛り上げてあげましょう。
●同行NPC
『普久原・ほむら(p3n000159)』
皆さんの仲間です。
両面型中衛バランスアタッカー。
剣魔双撃、キルザライト、光翼乱破、天使の歌を活性化しています。
一応、今年の水着を持参しています……。あとaPhone持ってます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●Danger!(狂気)
当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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