PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>八月の彗星はハニカム構造の骨髄をゆらありゆらあり濡らして赤い海の再演です。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●理解するな
 顔がある。
 顔がある。
 黒い、黒い顔がある。
 人のように見えた。その人のように見えた存在の顔は黒いうろのように陰になっていて、顔が見えない。黒い。黒いのだ。何せ黒いのだから、まったくもって、その全貌をうかがい知ることはできない。

 ――13歳の少女である葉山千里は、いつもの定期健診を受けるために病院にいた。と言っても、命に係わる様な病を負っているわけではない。精々、少しばかりめまいや低血圧を起こしやすい、といった程度で、千里もその影響を自覚したことはもちろん困ったこともないほどに、影響の少ないものだ。ただ、念のためを、検査をたまにやっている。
 それはさておき、千里は今日も、希望ヶ浜市民病院にむかって、いつも通りに受付を済ませた。検査室は4階のB棟にあって、それはこの病院で最も高い場所でもある。千里はエレベーターに乗り込むと、4、のボタンを押した。
 扉が閉まる。ぶうん、と言う音が聞こえて、エレベーターが動く独特の重さが身体に伝わった。表示板が、カウントダウンを始める。1から2へ。3へ。そして4に到達したとき、ぶうん、と言う音が聞こえて、エレベーターが動く独特の重さが身体に伝わった。表示板が、カウントダウンを始める。1から2へ。3へ。そして4に到達したとき、ぶうん、と言う音が聞こえて、エレベーターが動く独特の重さが身体に伝わった。表示板が、カウントダウンを始める。1から2へ。3へ。そして4に到達したとき、ぶうん、と言う音が聞こえて、エレベーターが動く独特の重さが身体に伝わった。表示板が、カウントダウンを始める。1から2へ。3へ。そして4に到達したとき、ぶうん、ぶうん、ぶうん、ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶう。
 はっ、と千里が気づいたとき、エレベーターは4階で止まっていた。本当に? なんだかずっと、エレベーターがぐらぐらとグニャグニャとゆらゆらとしていたような感覚がある。刹那。或いは永劫。どれだけ乗っていたのだろう? 頭がくらくらする。眩暈かな。千里はそう思いながら、ゆっくりと開いたエレベーターの扉から、外に出る。
 昏い。
 昏い廊下だった。希望ヶ浜市民病院のB棟は新築されたばかりで、こんなに薄暗くて、汚くて、赤くないはずだった。
 でも、赤い。昏い。汚い。怖い。薄暗くて、薄黒くて、薄明るくて、真っ赤だ。
 その赤い病院の廊下の中に、うう、うう、とうめき声が聞こえる。B棟の奥には入院患者の病室が沢山あって、そこから聞こえるような気がした。
「赤い」
 病室から声が聞こえる。
「赤い世界。或いは振動する素粒子の中に映えた一粒の仙人掌。針が刺さる胸の内からすくような赤い空」
「きこえますかああ。私はずっと考えています。脳にシールドをしなさい。それはペテルギウスとオリオンの繋ぐ六角形の眼球です。貴方を見ていますよ」
 ひ、と千里は悲鳴を上げた。何を言っているのか。解らない。解らない。いや、解ってはいけない。
 千里は本能的な恐怖を感じる。否、理性でも、ここが危険だと理解していた。そもそも、ここは市民病院ではないのではないか? そうだ、確か、聞いたことがある。噂だ。最近佐伯研究所から消えた無数の人々。集団行方不明事件。それは、建国さんの作り出しだ異界に取り込まれたせいで――。
 他愛のないうわさ話。よくあるオカルト。よくある都市伝説。嘘だ。誰かの退屈まぎれの噂のはずだ。じゃあ、この世界はなんだ!?
 千里は混乱する頭で、エレベーターのボタンを連打する。動かない。動かない。エレベーターは動かない。どうして?! さっきまで動いてたのに!
 ぽん、と。
 千里の肩に手が置かれた。
 心臓が破裂するかと思うほどの衝撃を感じながら、ゆっくりと、千里は後ろを振り返る。
 看護師の女性がいた。
 真っ黒な顔をしていた。
「千の子らの獄に浸る乳褐色の檻です。閃々と輝く下唇をゆっくりと引っ張って等々と染み入ります」
 ひ、と、千里は悲鳴を上げた。
 訳の分からない言葉。理解してはいけない言葉。
 でも。
 ああ。
 わかる。
 なんだかわかる気がする。
 そうだよね。
 私達は、おなじおかあさんからうまれたんだものね。

●異界病院潜入
 カフェ・ローレット。そこにあるテーブルに、イレギュラーズ達は集められていた。
「……本当に、大丈夫か? 体調の不良や、その、心身の状態は――」
 と、『練達の科学者』クロエ=クローズ(p3n000162)は高槻 夕子(p3p007252)にそういう。夕子の様子が、些かおかしい時期があった。あれは確か、きさらぎ駅と呼ばれるタイプの異界に取り込まれてからだ。
「もー、気にし過ぎだってクロエっち。ほら、全然元気」
 ケタケタと笑う夕子に、クロエはまだ心配げな様子を見せつつ、しかしふぅ、と息をつくと、今回の事件について語った。
「葉山千里と言う少女が、病院から姿を消した。警察は誘拐、失踪の両面から調査をしている。
 噂では、昨今の大量行方不明事件の一つではないか、とも噂されているな。
 それは、ある意味正解だ」
 クロエが言うには、『R.O.Oに取り込まれたテストプレイヤーたちの事件』は、希望ヶ浜では『謎の大量行方不明事件』として扱われているのだそうだ。そして、『謎の』と冠すれば、その謎にあれこれと理屈をつけたがるのが人間だ。人は、謎を謎のまま残しておけるほど心強いものではない。そこに、いわゆる非科学的な、荒唐無稽な、理論的ではない理屈であろうと、理由をつけずにはいられない。
 そうして希望ヶ浜の人間がつけた謎の答えが、『日出建子命(ひいずるたけこのみこと)』、通称を『建国さん』の異世界に連れていかれた、と言うものだったらしい。
 結果、『建国さん』、つまり神なる真性怪異はその動きを活発化することになる。実際に建国さんは異世界を形成し、多くの行方不明者、つまり『R.O.Oとは関係ない、本当の謎の行方不明者』を生み出しつつあったのだ。
「今回の千里と言う少女も、その『建国さんの異世界』に囚われたものと思われる。
 そして、先行偵察にむかったものによれば、彼女が取り残されているのは異界の病院。そして中には、以前きさらぎ駅の異界でも発見された、『くろいかおのひと』と呼称された怪異は徘徊しているらしい」
「へぇ、皆いるんだ」
 と、どこかとろん、とした様子で夕子が言う。クロエは息をのむと、
「夕子。キミは本当に、『大丈夫」か?」
「ん? 『大丈夫』だよ? みんなおなじおかあさんからうまれたんだものね」
 クロエはしばし、眉を曲げた。前回の異界巡りの影響はまだ根強いのだろうか……夕子がこの依頼に参加するのは、夕子にとっても危険な行為かもしれないが、しかし依頼に参加するか否かは、夕子の意思次第だろう。
「どしたのクロエっち? 顔怖いよ? お腹でもすいた?」
 ふと、いつもの調子に笑う夕子。クロエは短く息を吐いて、
「わかった。ひとまずキミを信じるが……とにかく、今回の作戦は、この異界病院に侵入し、葉山千里を救助、離脱するというものだ。
 『くろいかおのひと』との交戦はなるべく避けてくれ。戦えないことはないと思うが……極力、接触による影響は避けたい。
 千里はどこに行ったかはわからない。すまないが、しらみつぶしに探してくれ。
 我々は、建国さんの塚から異界へのゲートを開いて、病院入り口に侵入する。そこから千里を探し、その後は、この袋の封をはがして、中の鈴を鳴らしてくれ」
「なぁに、これ?」
 夕子が不思議気に言うのへ、
「オトロギの鈴だ。これを鳴らせば、異界から放り出される。脱出の手段だよ。
 千里を見つけ次第、と言ったが、くれぐれも、皆の安全を最優先してくれ。
 ……その。命に優劣をつけるわけではないが。君たち自身の命が、最も重要だ」
「大丈夫! みんな見つけて、無事に帰って来るよ!」
 夕子は笑う。クロエは些かの不安を抱きつつ微笑み。
「では……よろしく頼む。くれぐれもきをつけて、行ってらっしゃい」
 そう言って、イレギュラーズ達を送り出した。

GMコメント

 いらっしゃいませ。

●成功条件
 出来る限り速やかに葉山千里を救出、脱出する。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!(狂気)
 当シナリオでは『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●状況
 希望ヶ浜市民病院へと訪れた少女、葉山千里。彼女がエレベーターから降りると、そこは『建国さんの異界』でした。
 異界に問われた彼女は病院内を逃げ回っています。内部には『くろいかおをしたひと』と名付けられた怪異が存在し、内部を徘徊しています。
 あまり長々と異界に取り込まれていては、どのような影響があるかわかりません。出来る限り速やかに、千里を救出してください。
 異界病院は、A棟とB棟がある中規模の総合病院です。4階建てで、千里は最初はB棟の4階にいたようですが……。
 内部には、病院にある施設は大体あります。手術室、診察室、入院病棟……。
 あ、院長室には近づかないでください。だめです。きょうはおかあさんがいます。なにがあってもほしょうはできません。
 作戦決行時刻は不明。病院内は薄暗く、明るいのか昏いのか分かりません。明かりがあると良いかもしれませんが、無くても大丈夫です。

●???怪異:『くろいかおをしたひと』
 怪異の類です。真性なのか悪性なのか、それとももっと違うものなのか、さっぱりわかりません。解る必要はありません。解ってはいけません。
 戦闘能力としては、神秘属性の、黒い影のようなものを利用した攻撃を行ってきます。戦闘能力は決して高くありませんが、接触することによる汚染についてを警戒してください。

●葉山千里
 十三歳の少女。心臓の検診を受けに病院に来ました。
 TOPの状況だと割と致命的な状況に見えますが、一応あの後ちゃんと逃げ出して、正気を保っています。
 とはいえ、何が起こるかわかりません。はやめにたすけてあげてください。

●音呂木の鈴
 オトロギの鈴、とクロエが言ったアイテムです。神聖文字の描かれた封筒に封じ込められ、どこか清浄な空気を感じます。
 千里を救出した後、或いは救出を断念したのち、この封筒の封を破り、中の鈴を鳴らすことで、その瞬間に強制的に異界から放り出されます。つまり、脱出できます。
 皆さんには、『二つ』貸与されています。どのように使うかは皆さんにお任せします。

 いじょうです。
 それでは、みなさん、おねがい、します。

  • <半影食>八月の彗星はハニカム構造の骨髄をゆらありゆらあり濡らして赤い海の再演です。完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年08月31日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
高槻 夕子(p3p007252)
クノイチジェイケイ
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
ウルリカ(p3p007777)
高速機動の戦乙女
アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.
眞田(p3p008414)
輝く赤き星
ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)
無銘クズ
山本 雄斗(p3p009723)
命を抱いて

リプレイ

●異界へ
 希望ヶ浜市民病院によく似たその建物は、異界に存在するこの世ならざる建物である。
 その一階入り口に到着したイレギュラーズ達は、その病院の持つ禍々しい雰囲気に、僅かに緊張感を抱いた。
「……ふん。異界化した病院の中で追いかけっこか。まるでゲームのようだ」
 『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は、病院を見上げて鼻を鳴らす。元の世界では、仙狸厄狩――厄狩りを務めていた仙狸である汰磨羈だ。その経験から、この中に潜む厄の気配をひしひしと感じとっている。
「建国さんとやらは、余程の現代かぶれとお見受けする」
「そうだね、人探しのホラーゲームみたいだ。けど、やっぱりこういう病院は……何度きても慣れないね。やっぱり怖いよ」
 『Re'drum'er』眞田(p3p008414)が言うのへ、『plastic』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)が応えた。
「ええ……一目で分かる此の凶の気配。赫い赫い、歪な世界。長く身を浸すべきではありません。
 此処を脱した時、仮に器は無事だとして。心が無事である保証は出来ないでしょうから」
 アッシュの言葉に、眞田はひえ、と声をあげた。
「脅かさないでほしい……いや、きっと脅しじゃないんだろうね。大変なお仕事だ」
「女の子が、こんな危ない所に囚われてるんだよね? 正義の味方として、しっかり助けてあげなくちゃ」
 『ヒーロー志望』山本 雄斗(p3p009723)がそう言った。少女を助けるという状況に些か心が高鳴るものだが、しっかりと仕事に取り組まなければならないという意識も持ち合わせていた。
「えっと……2チームに分かれるんだよね? 病院も、A棟とB棟があるかあら、2チームでローラー作戦、徹底的に探す、って」
 雄斗の言葉に、ウルリカ(p3p007777)が頷いた。
「はい。この状況では、それが最も効率的でしょう。
 救助対象の位置は不明のまま……同時に、自由に動き回る可能性も否定できません」
「一丸となって探していては、すれ違いになってしまう可能性があるな」
 汰磨羈の言葉に、ウルリカは頷く。
「はい。それ故に、2チームによる、しらみつぶしの探索が一番かと」
「いやぁ、オトロギの鈴なるものがありましたたすかりましたな!」
 『良い夢見ろよ!』ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)が言った。
「なんでも、封筒の封を破って鈴を鳴らせば異界から脱出できるとか……便利! 前に異界に探索に来たときに欲しかったですぞ!
 そういえば、クロエ殿も言っておられましたが、夕子殿はあれから調子は如何ですかな? またもや黒い顔の怪異でありますが――」
 そう言うジョーイへ、『クノイチジェイケイ』高槻 夕子(p3p007252)はくすくすと笑った。
「あれね? もー、クロエっちは心配しすぎなんだから。きさらぎの話からどんだけ時間たってると思ってるのよ。
 ごかげつもたてばおかあさんもきっとわらってゆるしてうけいれてくれるから」
「そうですな! 五か月もたてば――今何て?」
 ジョーイが尋ねる。刹那、夕子の顔はとても黒く見えたような気がした。
「ん? 大丈夫だよ?」
 気のせいだ。夕子はいつもの調子だ……。
「ふむ。どうやら時間も無い様だ。急がねばなるまい」
 『神異の楔』恋屍・愛無(p3p007296)が言った。内心、この様な状況に興味はあるが、しかし長居すればミイラ取りがミイラになる可能性は充分以上にある。相手は怪異。触らぬ神に祟りなし、と言う事ではあるのだ。
「とにかく、出発しよう。オトロギの鈴を」
 愛無は、預かっていたオトロギの鈴を、アッシュに渡した。もう一方は、汰磨羈に預ける。何方も、危機的な状況に関しては対応力は高いといえるだろう。
「クロエ君も言っていたが、最優先にするのは僕たちの安全だ。僕たちが向こうに取り込まれてしまうのが最悪と言えるだろう。
 だから、いざと言う時は速やかに鈴を鳴らしてほしい」
「ええ、わかっています」
 アッシュは、赤黒い夜空を見上げて、呟いた。
「ここはあまりにも……」
 その呟きは、生ぬるい夏の風に溶けて消えた。

●探索
 さて、イレギュラーズ達は2チームに分かれて出発した。
 A棟を、一階から上にむかって探索するAチーム。そのメンバーは、夕子、ジョーイ、眞田、アッシュ。
 Bチームは、B棟を屋上から下に向って探索する。そのメンバーは、愛無、ウルリカ、雄斗、汰磨羈。
 かくしてAチームは一階正面入り口から/Bチームは慎重に外壁を飛行して昇り、屋上出入り口から、それぞれ侵入する。
 どちらも共通した事だが、中はどうにも薄暗く、赤黒く汚れた外壁が、清潔さを思わせる白をくすませ、不気味な雰囲気を醸し出している。まずはAチームから描写していこう。正面入り口から侵入したAチームは、総合受付の、広い待合室に到達した。
 歪んだ音で、ぴんぽん、と音が鳴る。電光掲示板に、患者番号だろうか、だが文字化けした意味不明な言葉が躍っている。
 縺??繧、縺翫°縺ゅ&繧、縺溘a縺ォ……どれも判読は不可能だ。
「ひええ、滅茶苦茶いますな、くろいの!」
 ジョーイが小声で悲鳴をあげる。待合室には無数の『くろいかおをしたひと』が座っていて、時にはよろよろと歩き回り、受付にむかっては、
「土星の環から響く九番目の脊椎に創唱」
「薬学的見地のらせん階段を飲み込んでください。します」
 などと訳の分からない言葉のやり取りをしてから、薄汚れた袋を受け取って、また座席に戻っていく。
「おくすりもらってるんだねぇ」
 夕子が言った。
「なるほど、総合病院の受付だね」
 眞田が頷く。
「ここは慎重に行かないといけませんね。これだけの数に一気に襲われては、身体も、心も、持たないでしょう」
 アッシュの言葉には、仲間達も同意するところだ。パーテーションで区切られた空間に身を隠して、一行は気づかれぬように、歩を進める。パーテーションに貼られたチラシにも、意味不明な言葉が並んでいる。例えば――、
 縺翫°縺ゅ&繧薙′縺阪※縺?∪縺吶?ゅ♀縺九≠縺輔s縺ィ縺?▲縺励g縺ォ縺?◆縺?∪縺励g縺??ゅ&縺?◆繧薙?縺?◆縲ゅ%縺?j繧薙?縺?◆縲ゅ♀縺ィ縺?&繧薙?縺、縺阪r縺ェ縺後a縺ヲ縲√♀縺九≠縺輔s縺ィ縺翫←繧翫∪縺吶? ――と言った感じに。
「何が書かれているかさっぱりですぞ……」
 ジョーイが言う。アッシュが頭を振った。
「分からない方がいいです。逆に、読めるようになったら教えてください。きっと危険です。撤退を進言します」
「寒気がしてきたよ。いつも思うんだ、こういう時、見えすぎるより少し見えづらい方がいいんじゃないかって。
 今実感してる……今は、聴覚だけど。ずっと、彼らが何か言ってるのかが聞こえるんだ」
「なるべく聞かないようにしてください。でも、重要そうな音は聞き逃さないで」
「難しいねぇ、やってみるけど」
「やな空気……なのにおかあさんにつつまれてるみたい」
 夕子の言葉に、ジョーイがぴえ、と泣いた。
「だ、大丈夫でありますかな? 吾輩をびっくりさせようとしてます?!」
「とりあえず、異常は感じられません。問題は無いと思います」
 アッシュが言うのへ、夕子が笑った。
「もー、大丈夫だってば」
「ええ、信じています。さて、先に進みましょう。ファミリアーに偵察させます」
 アッシュが手のひらを包み込むようににぎると、その掌の上に小さなクロアゲハが生み出された。それを放つと、ゆらゆらとクロアゲハ蝶が、病院内を飛んだ。虫程度の出現なら、くろいかおをしたひとも気にしないのだろうか。此方の様子に気づくことは無く、それは幸いだった。

「厄の塊だ。昔……元の世界で、厄の生み出した異界に乗り込んだことがある。まさにそう言った……悍ましいな」
 汰磨羈がそう言って、口元を腕で覆った。濃密に香る厄の気配。それは、すえたような、かびくさいような、独特な臭気となってあたりに漂っている。
 B棟屋上から侵入したBチームは、B棟4階へ。ここは、検査室や入院患者室があるフロアのようだ。希望ヶ浜市民病院が元となって異界と言う事もあり、基本的な構造は、それに準じているらしく、案内板らしきものも――文字は案の定全く理解できなかったが――あって、それと形状はある程度一致している。が、それも今のところは、だ。
「敵の懐となれば、いつでも形状を変化させることなども容易いだろう。だが、千里君が現実でも検査室へ向かっていた……つまりB棟に居るのであれば、異界とは言え、B棟に居る可能背は高い。
 ……心配なのは、院長室だ。夕子君も言っていたな、おかあさんとやらが居るらしいが」
 愛無の言葉に、雄斗が声をあげる。
「その、おかあさん、って言うのが、建国さんなのかな?」
 愛無は頭を振った。
「分からない……だが、異常な存在であることは確かだろう。興味はある。が――」
「近寄るのはやめよう」
 汰磨羈が言った。
「見つからなかった場合の最終候補としよう。これだけの厄の気配だ。恐らく、千里も本能的に避けるだろうな」
「確かに、僕もそう思う」
 雄斗が言った。
「なんていうのかな……すごく嫌な感じがする。なんて言ったらいいのか分からないんだけど……」
「第六感と言うものでしょうか? 私にはわかりませんが」
 ウルリカが言う。
「ですが、私の危機感知を司る機能が警戒を促しています。此処が危険だという事は解ります。
 汰磨羈様、病室内を透視願えますか? 流石に病室内には千里様はいらっしゃらないと思いますが、念のため」
「わかっている。皆はその間に警戒を頼むぞ」
「汰磨羈君、釈迦に説法だが、あまりくろいかおをしたひとを直視しないようにな」
「ああ、心得ているよ……」
 汰磨羈が病室内を覗いて回る。果たして、その中にはベッドに横たわる無数のくろいかおをしたひとたちの姿がある。何かを言ってるが、意味不明すぎて理解できず、その意味の不明さがより恐怖をあおる……。
 その時、かた、かた、と言う音が廊下に響いた。刹那、皆が身構える。廊下の向こうから、手押し車を圧してやってくる、看護師風のくろいかおをしたひとの姿が浮かび上がった。
「隠れ……いえ、この位置では見つかります」
 ウルリカがそう言った瞬間、雄斗は動いていた。その手を強くつきだす。刹那、放たれたオーラのと轟砲が、押し車ごと看護師を討ち貫く。が、看護師ははじけるようにその黒い影を解き放つと、雄斗へ向けてその影を放つ! 鋭い刃のような影が雄斗の身体を傷つけた刹那、脳髄に意味の分からない言葉が濁流のように流れ込み、その意識を金星の海に浮かぶ3センチの魚の背びれに描かれた脊髄へと????
「う、っぐ……!」
 雄斗が眩暈を感じたようにうずくまる。ウルリカは雄斗をかばうように立ちはだかると、その手を突き出した。
「精神攻性対象の速やかな排除を以て安全を確保します。攻撃開始」
 放たれたエアハンマーが、看護師を叩き伏せ、空気の圧力で押しつぶす。ぐちゃり、と影のように、泥のように地にはじけ、そのまま消えていく。
「無事か!?」
 愛無が駆け寄るのへ、雄斗は頷いた。
「大丈夫……だけど、気持ちわるい……なんだ、これ……目の前がぐわぐわする……」
「呪を流し込まれたか? 致命的なものではない様だが……なるほど、これは何度も遭遇していてはこちらの身が持たんな……。
 ウルリカ、やはり病室内に千里は居ない様だ」
 汰磨羈の言葉に、ウルリカは頷く。
「はい。では、少し休んでから行きましょう。私が先行しますので、後に続いてください」
「ウルリカ君、君も無理はするなよ」
 愛無の言葉に、ウルリカは頷く。
「了解しました。それより、雄斗様は――」
「大丈夫」
 そういって、雄斗が立ち上がる。
「これくらいでやられたら、ヒーローにはなれないからね」
 気丈にも笑う雄斗。ウルリカはゆっくりと頷いて、
「では、参りましょう……くれぐれも、無理はなさらないように」
 そう言って、進み始めた。

●おかあさん
 一同は、時に敵を回避し、時に撃退しながら、病院内を上へ/下へ、進んでいく。進むにつれて、深まるのは非常な不快感。より深く深淵へ、より深く狂気へと踏み込んでしまうような、そのような恐怖感だ。
「こっちはナースステーションとかがあるみたい……」
 案内板を見ながら、夕子が言う。
「となると、実務エリアかな……噂の院長室が近いかもだね」
 眞田が言うのへ、ジョーイがひえ、と声をあげた。
「あのくろいのの大ボスですか、とんでもないことになりそうですぞ!」
「当然、近寄りませんよ」
 アッシュが言う。
「余計なリスクには関わらない方がいいでしょう……千里さんがいるなら別ですが、この雰囲気は……」
 アッシュが思わず口をつぐむ。傍にいるだけでも分かる悍ましい空気。赤く、黒く、昏く、まるで、此の病院が何かの体内、胎内であるかの様な――不快な世界。アッシュはそのように、この異界を感じる。この病院に取り込まれてしまえば、きっともう、その者は手遅れだろうか。
「ナースステーションには敵はいるのかな?」
「んー、みんなはいないみたい。回診中かな」
 夕子が言うのへ、眞田が頷いた。
「なら、今のうちに中を調べよう。物陰に隠れてるかもしれないから、念入りにね」
「承知ですぞ! 鬼の居ぬ間に何とやら!」
 ナースステーションに入り込んだ一同は、すぐさまあちこちを探し始める。薄汚れたデスクの下。ロッカーの中。書類棚の影。素早く、しかし確実に探していく。
「見つからないな……!? マズい、足音だ! こっちにむかってくる!」
 眞田が叫ぶ。
「ひぇぇ! どうします!? やり過ごしますかな!?」
「いえ、もし看護師の真似事をしているのであれば、ここで隠れたところで足止めを喰らうかもしれません……迎え撃ちましょう」
 アッシュの言葉に、
「賛成、それに、あんまりここにいたら、ヤバい気がする!」
 夕子が頷く。同時、ぱたぱたと言う足音が響いて、ナースステーションの入り口から、3体ほどのくろいかおをしたひとが現れた。遭遇したとたん、ぞわり、としたおぞけが走る。
「くっ……やはり、この感覚は……!」
 アッシュが思わず怯む、脳内をかき混ぜられるかのような違和感。
「……くろいこわいくろいおんなじくろいおかあさんにあいたい……!」
 目を見開いた夕子が叫ぶ。途端、巻き起こる黒い怨霊が、看護師に襲い掛かった。怨霊は看護師の一帯に飛び掛かり、そのまま抑え込んで首を絞める。
「薙ぎ払います! 続いてください!」
 アッシュが声をあげ、手を掲げる。途端、清浄なる光が、看護師たちを飲み込んだ。同時、ジョーイが手を掲げた。
「ひえぇ、あれには近寄りたくありませんぞ!」
 放つ熱砂の嵐が、室内のあらゆるものを巻き上げながら看護師たちを飲み込む。二人の攻撃に、看護師たちが黒へとはじけて消える。残る一体に、眞田の殺人剣の斬撃が繰り出され、黒の泥へとはじけさせる。
「脱出しよう!」
 その言葉に、仲間達は頷く。同時、夕子がハッとした表情を見せて、声をあげた。
「見つかったって!」
「ほんとでありますか! では、アッシュ殿!」
「分かりました!」
 ジョーイの声に頷いて、アッシュはオトロギの鈴を取り出して、鳴らした――。

 その少し前に、汰磨羈は診察室の影に潜む千里を透視していた。
「中にいる……が、まずい! 黒い奴もいるぞ!」
「私が先に踏み込みます。一気にせん滅しましょう」
 ウルリカが声をあげ、仲間の返事を待たずに踏み込む。診察室の中には、果たして二人のくろいかおをしたひとがいる。ウルリカの脳裏がチリチリと痛む。それは、怪異に接触したが故の負担か。
「討ちます」
 ゼロ距離から放たれるエアハンマーが、怪異を壁へと叩きつけた。べしゃ、と薄汚れ壁に、黒いシミを描く。
「さて、あまり触りたくはないが……」
 そうは言ってもいられまい、愛無はその腕の擬態を解いて巨大な爪へと変貌させると、怪異を力強く殴りつけた。三叉に分かたれた怪異の身体が、どろどろと黒に溶けていく。
「千里君は?」
「その机の下だ!」
 汰磨羈が叫ぶのへ、雄斗が滑り込む。果たしてそこには、うずくまって震えている少女の姿があった。
「大丈夫か!?」
 雄斗が叫ぶ。少女は顔をあげると、泣きそうな顔でこくこくと頷いた。
「お兄さんは……?」
「助けに来たんだ。もう大丈夫だよ……汰磨羈さん! 見つけたよ!」
「了解だ! 夕子、聞こえるか! 千里を見つけた……こちらは離脱するぞ!」
 汰磨羈はそう叫ぶと、封を破って鈴を鳴らした。途端、清浄な音が鳴り響いて、世界が遠くなった――!

 気づけば、皆は小さな社のある小道に立っていた。それは、異界に侵入した入り口であり、無事に元の世界に帰ってきたのだと気づいた瞬間、どっと冷や汗が流れ出す。
「あの……いったい、何が……?」
 千里がそう言うのへ、アッシュは頭を撫でて、優しくいった。
「そうですね。怖い夢を見ていたんですよ」
 怖い夢。そう、酷い悪夢だった。出来ればもう二度と見たくない……。
 その時、温い夏の風に乗って、何かわけのわからない言葉が聞こえたような気がした。一同は、それが何なのかはわからなかったが、夕子だけが、笑顔で頷いた。
「あ。おかあさんがよんでる」

成否

成功

MVP

山本 雄斗(p3p009723)
命を抱いて

状態異常

なし

あとがき

 またね。

PAGETOPPAGEBOTTOM