PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>ぐんだりやしゃ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ぐんだりやしゃ
 赫々たる空が落ちてくるかのような圧迫感を感じさせた。
 看板に書かれた文字列は全てが意味を通さない。

 ――けりな。

 その意味は何だろうか。傾いだ看板のネオンがばちりと音を立てた。
 赤澤 幸那は怯えたように肩を竦める。鞄を抱き締めて身を屈め、出来る限り物陰を移動して帰り道を探り続ける。
 希望ヶ浜を歩いていたはずが、似た光景は徐々に時代を遡る。木造家屋が建ち並んだその光景は『東京』から掛け離れていて。

 ――けりよ。

 意味が分からないと幸那は唇を震わせた。スカートの裾をぎゅうと握りしめて涙でぐしゃりと歪んだかんばせをハンカチーフで拭う。
 先程まで帰路を辿っていたはずなのに。
 部活動の帰り道、少し違った道を進んでみようと巫山戯ただけだった。
 ふと、電柱に貼りつけられた文字列に気付き幸那はまじまじと其れを見遣った。

 ――神異に触れるな。

 神異……?
 それはどういう意味だろうか。理解をする前に、背後から気配を感じて少女は電柱の背後に隠れる。身を隠しきれるわけがないとわかりながら縮こまり、その気配が過ぎることを願う様に。
「るろろろあろ」
 それは人の声だっただろうか。何と言っているのか聞くことも恐ろしくて幸那は俯いた。
 赤い空、変貌する景色。
 そして、南方より現われたのは八本の腕を揺れ動かした憤怒の形相をした男であった。

●introduction
「――と、言う噂話を耳にしたので情報提供をさせて頂きに参りました」
 穏やかに微笑んだ御園 彩花に炎堂 焔 (p3p004727)は「有難う!」と溌剌とした返事を返した。
 再現性東京2010。
 現代日本を模倣して作成されたこのフィールドに棲まう御園 彩花は希望ヶ浜学園では無く外部の学園に通いながらも悪性怪異:夜妖<ヨル>を許容している『協力者』である。
 ミッション系お嬢様学校という閉鎖的な学園の白百合達が囁き合う噂話には闇が潜む。
 その一遍が希望ヶ浜を巻き込むある事象に縺れたと言うのだ。スマートフォンのニュースアプリに表示されたゴシップ記事。

 ――佐伯製作所 大量行方不明事件の真実とは!?

 真っ当に存在する真実から目を逸らし虚飾し、嘘で塗り固めた日常に塗れている者達の想像力は豊かそのもの。
 彩花は通知を消去してから溜息を吐いた。こうした事件から派生したとされる夜妖の気配が日常を脅かしているからだ。
「ねえ、彩花ちゃん。神咒曙光(ヒイズル)って呼ばれる場所が希望ヶ浜にもあるって本当?」
「はい。正確には『日出神社(ひいずるじんじゃ)』ですが……建国さんと呼ばれる神様を祀っていらっしゃいますよ。
 夏になると地域のお祭りとして縁日が並ぶので幼い頃から親しみを持っている市民も多いのではないでしょうか?」
「へえ……」
 神咒曙光(ヒイズル)と日出神社。そのネーミングの共通に焔は僅かな引っかかりを覚えた。
 R.O.Oの神咒曙光(ヒイズル)――ネクストでのカムイグラ――は大きく姿を変容させているのだという。そして、その地にも登場する夜妖。関連を疑わずは居られない。
「その日出神社ですが、様々な噂が出ているのはご存じですか?」
「ああ、うん。えーと……『日出神社に行った子が帰ってこない』『行方不明になった』とかでしょ?」
 頷いた彩花はそれは真性怪異の異界構築に巻き込まれたからだろうとそう言った。
「この坂を下った南方に建国さんをお祭りする社があるのです。そこでクラスメイトが行方不明になったと噂を耳にしまして。
 どうやら、異界に迷い込んでしまっているようなのです。その救出をお願いしても良いでしょうか?」
「うん。勿論だよ! 彩花ちゃんのクラスメイトさんは普通の女の子なんだよね?」
「はい。名前は赤澤 幸那さんです。私も『仲良し』の方ではあったので心配をして居るのです」
 悲しげに肩を竦めた彩花に焔は任せてと胸を張った。
 異界へは入り込まねば情報はない。
 早速と坂を下ろうとした焔へと彩花は「こちらを」と差し出した。
 リン、と。
 鳴ったのは音呂木神社の鈴だ。『音呂木』は真性怪異に嫌われている。その性質を利用してお守り代わりに持ち込むらしい。
「どうか、無事に帰ってきて下さいね」

GMコメント

 日下部あやめと申します。宜しくお願いします。

●目的
 赤澤 幸那を連れて異世界を脱出する

●『異世界』
 それは紅色に染まり、落ちてきそうな程の圧迫感を感じる希望ヶ浜に出来た異世界です。
 建国さんの社を入り口として繋がっているようです。入り込むと、昭和初期を思わせる希望ヶ浜の風景が広がっています。
 理解不能な文字列が看板には描かれており、明らかに急増された異世界のようです。
 脱出経路は何処からか聞こえる鈴の音が示してくれるそうです。
 『ぐんだりやしゃ』を退けながら、外まで逃げ果せて下さい。

●『ぐんだりやしゃ』
 悪性怪異:夜妖。異世界フィールドの中に存在します。とても強力な夜妖のようで、八本の腕に憤怒の形相で追いかけてきます。
 この地域の守護者であるのか、立ち入った幸那を、そして現われた障害を赦す気は無いようです。
 どの様な攻撃を行うかは不明です。

●赤澤 幸那
 御園 彩花(炎堂 焔 (p3p004727)さんの関係者)のクラスメイト。普通の女の子。バトミントン部です。
 彩花曰く「元気いっぱいの可愛らしい女の子」です。ラケットを背負っており名前を呼べば直ぐに振り向いてくれるでしょう。
 護るべき護衛対象です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!(狂気)
 当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <半影食>ぐんだりやしゃ完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年08月29日 20時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

リプレイ


「どうにも落ち着きの無い国よね。仮想世界だと騒いでたと思ったらまた夜妖、と。まるで相関が無い話だったらいいんですけれど、ねえ…」
 唇に音乗せて。『薔薇の名前』ゼファー(p3p007625)の吐いた溜息は憂いの色を帯びていた。
「ROOは向こうの世界のことだけと思っていたけれど……夜妖の仕業なのか、それとも他になにかあるのか……」
 指先は唇をなぞる。悩ましげに首を捻った『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は隘路に入り込んだかのような何とも奇妙な心地に陥って居た。
「ROOには練達は存在しないはずだけど……神咒曙光と日出か。この事件を追っていけばROOに夜妖が出る謎も分かるのかしら……っと、ごめん、今はそんな事どうでもいいわね」
 相関関係がある以上、捨て置ける内容ではない。特に、神咒曙光(ヒイズル)で尽力する者達を多く見てきた『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)にとっては、だ。
「ううん。気になるよね。けど……焔さんの知り合いのお友達の救出ミッションでもあるんだし、花丸ちゃんも気合を入れて頑張らなきゃっ!」
 怖がってなんか居られないと拳を天へと突き立てて。『人為遂行』笹木 花丸(p3p008689)は異世界に踏み入ろうと仲間達を振り返る。
 その仕草と共に揺らいだ射干玉の髪。紫苑の眸はやる気に満ちあふれている。そうねとゼファーは頷いた。
「今までも噂が形になって夜妖が産まれたりもしたけど、ここまでおかしなことが沢山起こるなんて……っと、今はここに迷い込んじゃった幸那ちゃんを助けるのが先だよね!」
 頑張るね、と。『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)がやる気を出せばその頭をぐしゃりと撫でたリアが揶揄うように笑みを零す。
「異世界に囚われた子を早く助けなきゃね。大丈夫よ、焔――あたしが付いているじゃない」
 頑張ろうと一歩踏み出すアレクシア。怯えた様子の『ヘリオトロープの黄昏』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は肩を竦めて息を吐きだした。
 男性(オネエ)として女性陣を支えてあげなくては――なんて思いながらもシチュエーションが恐ろしい。
「ちょっと、神社に出るおばけって反則じゃない!?
 だってそういう場所には、幽霊やゾンビは近づかないのが普通でしょ!? おばけ界にも最低限のルールはあるべきだと思うのアタシ!」
 その言葉にふ、と笑ったのは『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)。彼の云うとおり『おばけ』にももう少し気遣い頂きたいものだ。
「……なんて騒いだって仕方ないのはわかってる。わかってる……けど、うううっ……!
 もーヤダ、早く幸那ちゃん見つけて、こんな怖い場所さっさと出ましょ! ぐんだりやしゃってなによ!」
「ぐんだりやしゃ……軍荼利夜叉明王かな? 確かお祖母様の故郷の神様? みたいな存在だったかな?
 完全に同じものじゃないだろうけど、真正怪異に近いものなのかもそうだとすると倒すのは難しそう……
 とは言え! やってみないとわからないからいざとなったら頑張ろう!」
 サクラにとっては祖母の故郷にまつわる神様やそれに類する者の名を冠している夜妖だった。
『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)にとってはそれは異文化からの発展による存在だ。ドラマにとっては希望ヶ浜も旅人も、別の分科形態から発展した異世界である。そして、踏み入れたこの異世界さえも――
「この紅色に染まった世界は中々圧迫感があって、嫌な感じがしますね。
 再現性東京の所謂一般人の方は再現性東京の外すら知らない方もいるようですし……。
 このような場所に一人紛れ込んでしまったら、とっても心細いでしょう。早急に見つけ出し、元の世界へ帰してあげましょう!」
 ぐんだりやしゃ――それがサクラの云うとおり神に類する者なのだとすれば?
 どの様な存在なのだろうかと叡智の図書館(のうみそ)は僅かに心躍らせるように。


「幸那ちゃーん、どこにいるの幸那ちゃん! いたら返事をして!」
 ジルーシャは声を掛ける。天蓋の朱色は圧迫感さえも感じさせる。焔は鳥籠から小さな小鳥を放った。その首にはお守り代わりに鈴を付けている。ちりん、と音鳴らし空より幸那を探す焔は走り出す。
 アレクシアと共に進むリアは旋律を聴いていた。何処ぞより響く不協和音は怪異の所為だろうか。頭が割れそうなほどの痛みに襲われながらもリアは進む。
 五感を活かしてドラマは周囲を見回した。空が落ちてくるような紅の色。ここまで異質であれば、青空が恋しくなるものだと嘆息し。
 レトロなテレビに走る砂嵐を一瞥する。人気も無いのに生活感を感じさせるこの空間に練り歩く『ぐんだりやしゃ』――果たして、それは何をしているのだろうか。
 精霊に出てきて頂戴と声を掛けたジルーシャは傍らに立っていたドラマにぎこちなく囁いた。
「ねえ、……これは冗談よ? 冗談でも思ったんだから、聞いて欲しいだけなんだけど……」
「はい、どうしました?」
「精霊の皆に力を貸して欲しいと思って竪琴を弾いていたの。ええ、だって、一番心強い味方でしょ?
 ……こっちの声でおばけの方も呼び寄せちゃったりしないかしらね!?」
 唇が戦慄いた。榛の色が恐怖に潤む。ぱちりと瞬いた赤色の眸は「異世界なら有り得なくはないかも知れませんね?」と悪気も恐怖も一縷も乗せず。
「キャーーッ、ど、どうしましょう!?」
 慌てるジルーシャの声を聞きながらアレクシアは小さく笑う。これだけ人間味の溢れる自分たちならば幸那も安心してくれる筈だ。
 寧ろ、警戒すべきは此方側なのだから。人捜しをして居る手前、それが本当に人間であるかを確認しなくてはならない。
 何が有るかもわからない。それこそ、人の理なんて一分も通さぬような異常事態。人為らざる者ばかりが跋扈するこの世界で。
 少女の背中に声を掛けたらそれが夜妖でした、なんてことがないとは限らない。
 まるで、その世界を散歩するように。ぐんだりやしゃに見つからないように静寂に、音を控えて。
 ゼファーが歩き回る『地点』をも把握していたのは花丸の広域の視界。天より見下ろすかのような神の視点で『見つけたくない相手』を探し求め――憤怒の如き赫々たる炎をその眸に映した。
 はた、と。その目が合った気がする。勢いよく肩が跳ね上がる。来る――見た事に気付かれたのだ。
「逃げて」と花丸が叫んだ。頷き、サクラは走り出す。足跡の痕跡を探したいが『ソレ』を避けるのが一番だ。
 一度は逃げ、早期に幸那を見つけなくては。小鳥が鳴いて焔に知らせるのは『ぐんだりやしゃ』の襲撃だ。
「迂回して、幸那を見つけましょう。どうやら、それを逃れれば見つけられそうですもの」
 ゼファーに頷いた。サクラは痕跡のあった地点を伝達し、迂回する。
 低い屋根が立ち並ぶ。坂道を塀が連なる道では見通しも悪いが、広域を俯瞰する花丸と焔の小鳥が視界を補佐し続けた。あくまで見ないように、それを意識してナビゲーション代わりに進み続ける。
 ジルーシャはやっとの事で胸を撫で下ろし、息を潜めるようにそろそろと進み出す。助けて欲しいと願う幸那の位置はアレクシアも認識済みだ。
「あっちに行こう。大丈夫かな?」
「うん。大丈夫そうだよ」
 花丸の視界を頼りに進み出す。リアは感じる旋律の中で弱々しくも悲しげに――そして恐怖がアダージョに奏でられることを感じ取る。
 進む道程の空は燃えるように赤い。息を飲むほどの赤に、イレギュラーズでも感じる圧迫感を一般人の少女はどのような心地で感じているのだろうか。
 ドラマは「急いで見つけてあげないと行けませんね」と静かな声音でそう言った。
 ずん、と地が響く。その音が一度離れたのは焔の鳥へと向けぐんだりやしゃが寄っていったからだろうか。
 それが囮になっている間に、一行は走り出す。旋律(かのじょ)の場所は分かっている。その場所まで、唯一直線に。
「暗がりにも気をつけましょうか。きっと、あれだけの存在です。隠れている可能性もあります」
 裏通りを抜ければ空き地が存在した。開けた空き地には幾重にも土管が重なった場所もある。どうやら様々な我楽多が廃棄されている場所なのだろう。
 ドラマはふうと息を吐いてから周囲を眺めた。この辺りから声がするとアレクシアは呼び掛けることを仲間に乞うて。
「幸那! 貴女を助けに来たわ! あたしは希望ヶ浜学園の教師よ! すぐそっちに行くから!」
 見つけた人影が砂を掻く。じゃり、と足先を覆っていた運動靴が砂を蹴り飛ばしその足先だけが暗がりから覗いていた。
 空き地の土管の影に姿を隠して居たのだろう。蹲っていた少女が頭を抱える。
 直ぐさまに近寄りたいリアを留め、アレクシアは静かに問うた。それが本当にそうで在るかを確かめたくて。
「幸那ちゃんであってるかな?」
「う、うん……」
「幸那ちゃん! 彩花ちゃんから貴女が居なくなったと聞いたの!」
「彩花さんから……?」
 アレクシアとサクラの声を聞き、そろそろと顔を出した幸那は知っている名前に安堵したのだろう。だが、見えた姿は見知らぬ少女達。
「あら、驚かせたかしら」
 そう微笑んだジルーシャは「大丈夫よ、アンタを助けに来たんだから!」と微笑んだ。武装は敢て見せないまま。こんな変な世界で武器を持った誰かと出会うなんて恐怖でしかないだろうから。
「あ、あの……だ、誰……なんですか? こ、ここは、どこ……」
「私達は彩花さんにお願いされて助けに来たんです。もう、大丈夫ですよ。一先ず落ち着いて下さい」
 微笑んだドラマは暖かな飲み物をそっと差し出して幸那の背を撫でた。出来るだけ彼女を落ち着かせてやらねばならない。
 怯えていれば判断能力も落ちる。これまでどれ程に恐ろしい想いをしたのだろうか。背負っていた筈のラケットは遠い場所に投げ捨てられている。物陰に隠れる際にぐんだりやしゃに向けて投げ付けたのだろう。
 一度、認識されたものを取りに行くのは危険だろうか。ジルーシャは辛うじて『安心できた』精霊に「見てきて頂戴ね」と囁いて。
 ゼファーは小さく息を吐く。幸那がこれからパニックにならないと云う保証はないからだ。
「私達は貴女を助けに来たわ。助けには来たけれど、アレとはどれぐらいやれるかは正直分かんないからね。
 それなりに慎重にやりたいの。分かってくれるわね?」
 その問い掛けに彼女は大きく頷いた。彼女を優先し出来るだけの接敵を避ける。その為の準備は万全だった。
 出来る限り声を掛けることも控え、確かめて彼女を逃す算段も付いている。その為には幸那の協力も必要なのだと言い聞かせて。
「は、はい。がんばり、ます……」
「それじゃあ、幸那ちゃん。行こう。じっとしてたらアイツが来ちゃうから」
 ね、と微笑んだ花丸は『空』より見て居て理解した。此方を探している。明らかに。人の気配を求めて、あの赫々たる炎が。
「お守りになるならボクがもってるよりもいいと思うから。彩花ちゃんから預かったんだ。とっておきだよ」
 焔が微笑んでポケットから取り出した鈴を幸那はぎゅうと握りしめた。澄んだ音色は心地よい。
 ああ、だからこそ――『ソレ』は嫌っているのだろうか。ずんと地に響いた足音に幸那が怯えたように頭を抱える。
 怯えた音色に「大丈夫よ」と背を撫でてリアは幸那を支えた。その体を支えることくらい孤児院の子供を抱き抱えるのと一緒だと、少しばかりの軽口を交えて少女の体を鈴の導く先へと進ませる。
「安心して。絶対にその鈴を離さなければ、元の世界に返してあげる」
「ほ、ほんと……?」
「ええ。嘘を吐かないわ。ね、焔」
 微笑むリアに焔は大きく頷いた。追い縋るそれから逃げ切る命がけの鬼ごっこ――なんて、笑えもしない事を本気でやるのだから。


「キャ―――ッ!? ヤダったらこっち来ないでよもう!」
 ジルーシャの声が響いた。地を蹴って、竪琴が音鳴らせば魔力が縄へと変化しぐんだりやしゃの足を捉える。
 それが異形だと知っている。見なくったって恐ろしい存在なのは確かなことなのだから。
 ――だって、怖いもの! 怖いもの! 怖くないわけ無いもの!
 それでも、ジルーシャは一人で逃げ出すことはしなかった。女の子達が頑張っているのだから頑張らなければ格好付かない。
「だ、大丈夫よ……! 幸那ちゃん、安心しなさい、ね?」
 先程まで叫んでいたとは思えぬような。そんな背中を見せるジルーシャにドラマは頷いた。
「出口はもう少し、ですね。鈴の音が激しいですから。……だから、あんなにも勢いが増して」
 此方を逃すまいと追いかけてきたのだろうとドラマは囁いた。その勢いは烈火の如く。複数の腕を振り回し、その憤怒を満ち溢れさせる。
 怒りを眼前から受け止めたならば身をも焦がされてしまいそうなほどの。その勢いを『見詰める』事が憚られてドラマは目を伏せる。
 リアが幸那の腕を引いた。「え、」と息を飲んだ少女の体を抱き締める。紺色のスカートがふわりと宙を踊った。
 リアにとっての最優先。それは幸那を護りきる事、そして幸那がぐんだりやしゃを見ないことだ。誰かの為の盾となることが信念ならば。ソレを揺らがせる相手はここには居ない。
「せ、先生?」
「大丈夫よ、あたし達がちゃんと守るから安心して。そうでしょう、焔!」
 リアの言葉に焔は頷いた。彩花から頼まれた彼女の友人。そして、護るべき一般市民。大丈夫だと手を広げ、焔は「リアちゃん、行ける?」と問うた。
「ええ。何時だって」
 ドラマが蒼い刀身を持つ魔術礼装を展開する。言葉に為ずとも実戦訓練で味わった師の力を具現化するように瞬時に速度を身に付けて。
「行って!」
 花丸は足を止めた。砂利を踏み締めて鈴の音を聞く。ああ、後少しなのに。これだけ至近距離に居れば足を縺れさせる幸那を安全無事には運び出せない。
「鬼さん此方、鈴鳴るほうへ……なんて言ってる場合じゃなさげね?」
 揶揄うようにゼファーの唇が釣り上がった。たったひとふりの槍でも、その白い指先には好ましい。振り切れるだけ相手の足を止めることを目的にしなくてはならないか。言葉なんてなくとも、ゼファーが花丸に同調したことは直ぐに分かる。
 ならば、と。腰かた刀を抜き取ってサクラは凜と構えた。騎士は決して挫けない。眼前に存在する人為らざる者でさえも、相手であれば斬り伏せるのみ。
「さぁ、ここは私達に任せて先に行って! すぐ追いつくから!」
 サクラが踏み出すと同時に、背後でアレクシアの結界が花咲いた。梅と桃。障壁は堅牢なる花弁となる。花々を咲き乱れさせたクロランサス。
 唇にのせたコリス・ラディアータ。火花の如く中空を煌めく攻撃魔術がぐんだりやしゃの体へ飛び込んだ。
「天義の聖騎士、サクラ。参る!」
 地を蹴って。放つは読み難しく避け難しく、凡百理解さえ及ばぬ鋭き剣戟。ロウライトの聖刀に乗せた鋭い一太刀。
 腕の一本が受け止める。びり、と腕が痺れたのはサクラの側。固い、重たい。強いのは確かだ。
「イヤね、鬼ごっこなら10くらい数えて頂戴な」
 ゼファーは囁いた。停滞に留め、そして『ぐんだりやしゃ』を討つ機は次にとっておく。異界なんていう『アチラ』のフィールドでのおイタは望んでいないのだと体を翻せば、花丸が鋭い勢いで拳を突き立てた。
 バルムンク。決死の一撃は幻想をも穿つ竜の如く。花丸の拳を受け止めたぐんだりやしゃが一気に少女の体を地へと叩き付けた。唇を噛んだ花丸を補佐するアレクシア。飛び込むドラマを一瞥し、後退するジルーシャは「3つ数えたら、行くのよ」と焔とリアに囁いて。
 竦む幸那の体を支えた焔は「走るよ」と声を掛ける。
「け、けど、みんな……」
「大丈夫。皆……ボクの友達は吃驚するほど強いんだから! 3、2――行くよ!」
 幸那を支えて焔とリアは走り出す。先に逃げ果せるだけの距離はたったの少し。体育の授業の50m走の方が苦痛だと焔は揶揄い笑う。
 そんな居彼女の笑顔に日常の中に居るようで、幸那は足を縺れながらも走り出した。重たいラケットは気付けば何処かに置き去りに。
 その華奢な体だけを突き動かして走り往く。

 残るイレギュラーズは足止めだけしてじわじわと後退する。幸那さえ逃がせたならば此方のもの。
 必要以上に理解してはならないと。警鐘を上げる脳に「そうね」と小さく呟いてゼファーは「逃げましょう」とそう言った。
 見詰めることで、呑まれることを花丸は知っている。それは有り得てはならない事だと、1の2でステップ踏んで走り出す。
 光の中へ、紅よりも青に手を伸ばすように。
「とは云え、コイツはあんまり長く見ていたくは無い奴ね。到底お友達にもなれそうにないわ?」
 その囁きに、足を止めたぐんだりやしゃの腕がゼファーへと迫った。
 じゃあねとウィンク。唇に乗せた少ない言葉のみが音となり、ぐんだりやしゃの腕が虚空を掴んだ最後――その異界には女の姿は何処にも無かった。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加有難う御座いました。
 恐ろしい相手から逃げ続ける怪異のおはなしでした。
 とても素晴らしく、ケアと惹き付ける役目等それぞれで分担が出来ていたと感じます。
 幸那さんが、何事も無かったのは皆さんのおかげですね。素晴らしい救出活動を、ありがとうございました。

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