PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>まくなぎ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●まくなぎ
 我が家には妙な風習がある。21時丁度になったら必ず頭を伏せなさいと言う頭の可笑しいルールだ。
 何処の家にだってルールはあるだろう? 寝る前に歯を磨きなさいだとか、何時までに風呂に入りなさいとか。そんなものだ。
 それでも、他の家にはないルールであった事で友人達にはよく馬鹿にされた。
 俺がルールを破ったのは三度。
 一度目はどうしても見たいテレビがあった為、番組予約でチャンネルが切り替わった瞬間に顔を上げてしまったからだ。
 母さんの叱り付ける声で慌てて頭を下げたから良かったのかも知れない。一瞬、テレビではない何かが目の前に合った気がしたが気のせいだったんだろうか。
 二度目は大学生になってからだった。もうそれ位になれば21時なんてまだまだ遊んでる時間だろ? 時計を見てなかったんだ。
 21時が近付いた時にたまたまスマホの着信が合ったから俯いた。それでも、目の前に何かが合った気がして気がかりだ。
 それから、三度目は――ごめん、これはまだ言葉にしにくい。
 ああ、言い忘れてたんだけど、母さんは一度目と二度目の間に病死したよ。よく分からない病気だったけど、ばあちゃんにお前のせいだって叱られたんだよな。
 まくなぎしただろって。

 流れるような動作でスレッドを確認していた琥珀色の瞳の『夜妖憑き』の少年は「ふうん」と声を漏らした。
「ふうん。ふうん」
 琴都井・小糸は希望ヶ浜に棲まう普通の中学生で、怪異フリーク。少女の振りをして怪異を追いかける『アンサー』の怪異。
 夜妖『114』の幽霊電話に伝えられたパスコード。それが小糸が眺めて居たスレッドの閲覧パスであった。
 桃色を滲ませた髪を夜風に遊ばせて少年は「キミは何処に居るのかなあ」と微笑んだ。

 ――鈴、

 鳴らしたのはどの音色か。

●introduction
 再現性東京希望ヶ浜。R.O.Oによる佐伯製作所の一斉行方不明事件で日々を騒がすこの場所に琴都井・小糸は住んでいた。
 ネットニュースに並んだ嘘っぱちメディア記事はどれもコレも憶測ばかりが飛び交って、日々の暇を癒すが如く。
「ボクらの街は眠らない。いつだって、どこだって、娯楽を求めて嘘に生きていくんだよ。
 嘘を好むのは人間だけじゃ無いんだ。だって、夜妖(ばけもの)は日常の影に潜んで生きてるんだから!」
 微笑んだ少年は一見すれば少女と見紛う愛らしさを有していた。脚をぶらりと揺らしてカフェローレットでアイスカフェモカをストローで啜る姿は幼い少女そのもの。彼が幽霊電話と呼ばれる怪異に憑かれた情報屋でなければ一時の癒しにでも鳴ってくれただろうか。
「キミ達は『佐伯製作所』の研究にも詳しいんでしょ? いいなー、ボクは参加できなかったんだ。
 どう? 楽しい? けど、楽しいだけじゃないんだって。ええとね、おねーさんから聞いたけどー」
 ちら、と小糸が後方を見遣れば音呂木 ひよのが困り顔で頷いて居るのが見て取れた。思慮深い空色の瞳に滲んだ諦観は少年の熱意に押し負けたか、案内役を彼に任せることを決めたのだろう。
「『ネクスト2.0』のアップデートにて実装された神咒曙光(ヒイズル)のゲームイベント『帝都星読キネマ譚』が、希望ヶ浜にも影響を出してるんだってね」
 小糸にとってはネクストよりも希望ヶ浜の方がよく知る場所だ。
 例えばヒイズルと言われれば日出(ひいずる)神社。
 日出神社に纏わる怪談話がどうしても脳裏を掠める。
「日出神社の傍で人が消えた。神隠しだ! ……とか。建国さんに呪われたんだ、とか。よく聞くんだよ。
 おねーさん曰く、本当に日出神社から異世界に繋がっているんだってね。ね、ボクと一緒に散歩にいこうよ」
 黄昏時に歩いて行こうと囁いて。小糸は夜妖憑き。謎を追い求めてしまう。
「……この子は『幽霊電話』と呼ばれる怪異が憑いています。どうしてもその応えを求めてしまう。
 一人で危険な場所に送り込むよりも、皆さんと一緒が良い。それに、どうやら小糸が得ている怪異にまつわるそうですから」
 ひよのの助言に少年はにんまりと微笑んだ。バスティス・ナイア(p3p008666)は「つまりは、君を護れば良いんだね?」と問い掛ける。
「君はどうしたって応えを求めてしまうから。危ない場所に乗り込んでしまうから。
 それなら『イレギュラーズ』が一緒である方が安全だと判断したんだね?」
「ええ、ええ、そうなのです。お守りを宜しくお願いしますね」
 頷くバスティスへと小糸はよろしくね、と真白の指先を差し伸べて。

 ――まくなぎしただろ。

 それが『投稿者』からのアンサーだった。
 小糸が常設する幽霊電話『114』には心霊相談が齎される。『俺』こと大学生の青年には奇妙なルールがあるそうだ。
 21時に顔を上げていてはいけない。それを青年は『何者か悪い者と目が有ってしまうから』と考えていたらしい。
「この男の人と待ち合わせしてたんだ。21時過ぎに、日出神社の近くで。場所は彼の指定だよ?
 そしたら、消えたんだ。だから、異世界に連れて行かれたんだと思う。目を見開いて『まくなぎしただろ』って言ってた」
 まくなぎ。
 瞬き、目配せ。そうした意味合いを持っている。何者かと目を合わせて目配せし合ったとでもいうのだろうか。
「彼を連れ戻さなくっちゃ。
 希望ヶ浜の一般人だもんね。おにいさんには罪が無いんだ。だから、救ってあげなくっちゃ」

 ――21時に顔を上げるな。まくなぎしただろ――

「それにね、希望ヶ浜の特待生の皆。R.O.Oってゲームにも繋がっているなら……異世界を歩き回って少しでも『得れるもの』を探すのも良いと思うんだ」
 微笑んだ少年は目をぱちりと合わせて人命救助は使命ですと冗談めかして囁いた。

GMコメント

 日下部あやめと申します。どうぞよろしくお願いします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●目的
 ・青年を連れての異世界からの脱出
 ・まくなぎからの逃走

●異世界
 其れの色は赤く染まる、希望ヶ浜の一地区を思わす異世界です。
 異世界に入り込むと集合団地の一室に出ます。802号室。
 1階まで下り逃げ果せねばなりません。バラバラの時計が各部屋や廊下に設置されており、時計はズレています。
 つまり、どのタイミングで21時になるか分かりません。aPhoneの時計さえも全員の時間がズレているようです。
 団地の何処かに青年はいます。彼は小糸が鈴を渡したために、鈴の音をたどり探し出して救出してあげて下さい。

●悪性怪異:夜妖『まくなぎ』
「21時に顔を上げるな。まくなぎしただろ」
 そう言われるある青年の家系に纏わる怪異です。如何したことか風習なのか、何者なのかは分かりませんが、それは彼の家系に纏わり付いた怪異だそうです。
 それが出現した際に、青年とまくなぎは共に異世界に取り込まれました。
 それは何時でも顔を上げれば目の前に存在します。まくなぎと目を合わせると数秒の間からだが硬直してしまいます。
 21時丁度に顔を上げていると――

●『青年』
 まくなぎに纏わる家系。希望ヶ浜学園の大学に通っています。国文専攻。
 小糸に心霊相談を行い、実際に21時の怪談を見て貰おうとした際に『まくなぎ』ごと異世界へと引き摺り込まれました。
 お守りで渡された『音呂木の鈴』が彼を正気に保っているようです。

●琴都井・小糸
 バスティス・ナイア(p3p008666)さんの関係者。希望ヶ浜の中学生。夜妖憑きの少年。
 少女の振りをして、怪異の情報を集めています。『コード:アンサー』と名乗り、怪異には本来の名を晒しません。
 謎に対しての探求を行ってしまう衝動が代償。小糸はドンナ危険な場所でも夜妖に突き動かされて潜り込みます。
 今回の同行者。ひよのの鈴を持っています。1Fまで降りた際に帰り道を察知出来るようです。

●Danger!(狂気)
 当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

 それでは、恐ろしい怪異の団地を歩き回って人助けを。

  • <半影食>まくなぎ完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年08月27日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
バスティス・ナイア(p3p008666)
猫神様の気まぐれ
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
糸色 月夜(p3p009451)

リプレイ


 淀むその空間は紅色の薄布にでも覆われたのかと感じるほどに異質であった。琴都井・小糸は「準備はいーい?」と甘えた声音で問い掛ける。
「え?」
 思考が停止する。息を飲んでから『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)は驚愕にその花色の眸を見開いた。
「全然わかんない。どういうこと?」
 Rapid Origin Online――練達の実験場(はこにわ)はMMORPGを思わせる。友人達がプレイしているから、と深く考えずに進めていたゲームで『この様な事件』が発生するなどとは予想の外で。困惑したタイムは「R.O.Oのイベントがこっちに影響が出て異世界が発生……?」と小糸の説明を繰り返した。
「異世界。『また』か。
 まだあったのかよ……めんどくせェな、ひよのの手ェ煩わせンなら早めに対処したいところだが」
『神異の楔』糸色 月夜(p3p009451)にとっては音呂木ひよのが日々を忙しなく動き回っている事が心配であった。面倒という言葉とは裏腹に、彼女に気遣い異世界に赴く為の準備は出来ている。
「今回は前に来た異世界に似た世界、なのか? とりあえず、『青年』を助けれるよううまくやっていこう」
「さあ。今回はとある家庭の不可解な約束事とその怪異から発生した異世界という事かな?」
『神異の楔』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)の言葉を続けるのは『猫神様の気まぐれ』バスティス・ナイア(p3p008666)。射干玉の眼球の上に踊った金色はすうと猫のように細められる。
「もしくは怪異に憑かれた不幸な家族の話なのか……それだけの逸話から容易く異世界に繋がる……『作り出す』。
 だとすると、あたし達がR.O.Oと呼んでいるあそこも若しくは……と、今はこの世界に取り込まれてしまった青年を助けないといけないね。
 小糸ちゃん君も気を付けてね。気が付いたことがあったら教えて欲しいな」
「あはは、『ちゃん君』。うん、おねーさん達と一緒ならボクも心強いよ」
 バスティスに擦り寄る小糸は可愛らしい少女のような仕草を見せた。そうして楽しげな雰囲気で『仕事』へと赴こうとする者達とは対照的に――
「希望ヶ浜、夜妖……訪れるのも、関連する依頼を受けるのも初めてなんですが。
 何だか怖、……いえ、不気味な雰囲気の場所でのお仕事なんですね……」
『カモミーユの剣』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)は不安げに濃紺の髪先を指先で弄った。金色の眸がゆらりと揺らぐ。
「で、でもっ。人の命が掛かってるんですから、ビビってなんていられませんね……!
 此処に取り込まれた人も不安でしょうし……速く助け出さないと!」
「はい! 鉄帝にこんな恐ろしい異世界はないから、ほんとうは物凄く怖いケレド……。
 一人ぼっちの青年の方がずっと怖い思いはずだもの、早くお助けしなくっちゃ。
 ――こういう時こそ元気に行くぞ! よーし! 力こそパワー!」
 空元気でも、それが力になるはずだと『無敵鉄砲暴象』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)は『むん』と拳を突き上げた。丸い陽を溶かした光色の眸には力が込められる。
「じゃあ、おさらいね。『21時に顔を上げるな、まくなぎしただろ』」
 小糸は淡々と怪異についてを語る。聞いていた『ヘリオトロープの黄昏』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)のかんばせから色が抜けお手居ていくのに気づき『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)は「は、は」と乾いた笑いを漏らした。
「『まくなぎ』とはまるで怪談話の様ですね。得体の知れない怪異は確かに恐ろしいですが、自分はもう子供ではないので大丈夫です! ……ほ、本当に大丈夫ですから!」
 ね、とジルーシャを振り返る。ルーキスの眼前に見えた彼は衝撃を受けたように退き唇に人差指を添えている。
「21時丁度に顔を上げていると――……何、一体どうなるっていうの!? そこが一番大事な情報じゃない!!??
 ううっ……アタシおばけとかゾンビだけは駄目なのよ……! でも、困っている人がいるなら放っておけないし……どうか何も出ませんように……!」
 聞こえない程度に繰り返されるぶつぶつと吐かれた言葉。顔を上げたジルーシャは「んもぅ! 行くわよー!」と叫んだ。
 俯いて。そして、踏み入れる。清廉なる鈴音さえ遠く――小糸が開いた扉の向こう側は寂れたコンクリートの壁と無数の扉が存在して居た。
 aPhoneのマップ情報が更新された音がする。月夜が一瞥すれば『希望ヶ浜公営団地4号』の文字だけが躍っていた。


 小鳥をタイムへ、鼠をリュカシスへ。情報交換のためにと二人は互いに預け合う。振り返れば802号室の扉がきぃと奇妙な音を立てた。
「それじゃあ、行ってきます!」
 元気溌剌という言葉の似合う声音でリュカシスは堂々と宣言した。aPhoneの電波の状態が良いかは解らない。届くかは解らないが、八人は二手に分かれる。
「まずは4階まで降りましょう!」
「ああ。可能な限り『顔を上げない』ように進もうか。……歩くという都合ずっと下げているのは叶わないだろうが」
 シューヴェルトはゆっくりと歩み出す。1号室向こう側に見える階段へと先ずは向かわねばならないか。
「小糸ちゃん君も一緒にね」
「うん、ああそういえば、おねーちゃん。ボクが思いついたこと、言っても良い?」
 どうしたのとバスティスは振り向いた。『まくなぎ』と目を合わせないように気遣って視線はあちらこちらへブレる。神の啓示の如くバスティスは気付いた。瞬間に目を合わせても、動いている最中ならば気付かぬふりをして逸らしてしまえば良い。完璧に合う前に、視線を避け続ければ『合う』事はない。そんな子供騙しな小細工で小糸を見遣ったバスティスに小糸はんんと俯いたまま唇に指を当てる。
「どうかなさ――」
 階段を下ろうとしたルーキスがぴたりと止る。その様子にシューヴェルトは驚いた様に瞬いた。声などは聞こえなかった。彼は何と『まくなぎ』したというのだろうか。
「進行方向が前なら、階段を降りるときってどうしても俯いているから。
『向こうが見上げている形なら目が合う』んじゃないかなあって思ったの。合ってたっぽい?」
「……小糸ちゃん君。そういうことは最初に言おうね。ああ、けど、良かったよ。硬直するだけなら」
 狂気に至るなんて事が無いように。バスティスが溜息を吐けばルーキスは己でよかったと微笑んだ。今回の攻略の鍵は小糸だ。小糸を無事に下まで誘ってから帰り道を察知して貰わなくてはならないのだから。

「じゃあ、どっから行く?」
 月夜は頭を掻いた。もう一方の手はジルーシャがぎゅうと握りしめている。鈴の音を探すように、耳を欹てているジルーシャは「手を離さないでね」とそう言った。
「ええ、ええ、大丈夫」
 タイムはジルーシャの手をぎゅうと握る。誰が誰の手を握るか――そんな話し合いを行った四人はそれぞれがそれぞれの反応であった。
「めんどくせェ」「いやァッ、手を繋ぎましょうよ?」「わたし、中側がいいなぁ~?」「女性は真ん中の方が良いですね! 手を、つ、繋ぎましょう」
 紆余曲折あり、タイムはシャルティエの手をぎゅうと握る。
「怖い訳じゃないのよ。でもほら、……ねっ?」
「何が有るか分かりませんし……手は塞がるし動きづらくなるけど、これなら安全に動けるはず。
 そ、それじゃあ行きましょう。絶対に離さないでくださいね? ……絶対ですよ!?」
 タイムの手を握り、離さないでと俯いて懇願するシャルティエの声を聞いて、ジルーシャは「音はしないわよね」と8階フロアを進んで行く。
「……でもアレよね、目を瞑っている間に、繋いだ手が別のものに入れ替わっていたらって考えたら――あ、駄目、怖いから想像するのやめましょ」
「「ぎゃ」」
「……大丈夫か?」
 ジルーシャの呟きにタイムとシャルティエの掌の力が強くなる。大騒ぎの後方に月夜が振り返り――目を見開いた。
 団地の廊下は居室への扉が一直線に続いている。両端に階段がある。オーソドックスな型である。だからこそ、月夜が見詰めた方向に『何も存在しないはず』だったのだ。そこは空なのだから。何かが飛来した気配がした。
「……落ちた」
 月夜の呟きにタイムは「何が!?」と叫び、ジルーシャは「何なのよ!」と声を荒げる。青い顔をしたシャルティエだけが月夜が数秒の間、硬直していることに気付いていた。


「小糸様に助けを求められた青年ー! いらっしゃいますかー! 助けに来たよ!」
 4階に到着したという連絡はタイムに届いただろうか。リュカシスは鼠の鳴き声を聞きまくなぎが8階で見られた事を知る。
 8階で人の気配を感じて登ってきている所に遭遇したのだろう。其処からはするすると降りることが出来た。
 ――本当にそうだろうか。奇妙な違和感にシューヴェルトは「顔を上げればまくなぎは、居るんだろう?」と問い掛けた。
「そうだね。屹度……まくなぎっていうのは何処にでも現われるんだと思う」
 小糸の手を握りしめ、前を向かぬようにと気遣うバスティスに小糸は「音は聞こえた?」と首を傾いだ。
「いいや……。聞こえない。まだのようですね」
 音を、そして心の声を逃さぬように耳を武器とするルーキスは平常心を保ち、揺らがぬ心で進んでいた。「何を見たって心は揺らがない。大丈夫、絶対に全員で生還する」と繰り返せば、心はすとんと落ち着いた。
「ねえ、皆でバラバラで手分けするのは? ボク、其れなりにお役に……」
「いくら『鈴』の加護があるとはいえ、貴方を危険に晒す訳にはいきません。何かするなら自分が代わりに行いますので、任せて下さい」
 叱り付けるような声音で、ルーキスは小糸を留めた。帰還するためには小糸が必要だ。バスティスはぎゅうとその手を握る。
「皆、『顔を上げちゃだめだよ』」
 咄嗟に、俯いた。シューヴェルトは鼓膜が劈かれるかのような叫声を耳にした。
 上から。
 外――何もない場所を。何かが通過していく。女か、男か。そうした性別を理解することさえ烏滸がましいとでも言うような。
「……今のは、何でしょうか」
 ルーキスが呟いた。その問いに応えることが出来ない儘、バスティスは「何だろうね」と囁いた。
 適当な部屋に入ってやり過ごすのが吉か。適当日扉を開けば、荒れ果てた室内には積み上げられた新聞や本が置かれている。
 小糸がその前で立ち止まる。バスティスが声を掛ければ彼はにんまりと笑みを浮かべた。
「ううん、おねーちゃん。何もないよ」
 雨垂れのように通過するそれが小糸の動きで揺らいだ鈴で掻き消えた。
 途端に。
「ゥッッッギャァァアー! オバケ! ……アッ、自分の影だコレ! 恥ずかしい!」
 叫んだリュカシスへと思わず噴き出したルーキスは往こうと一行を促して。

「ジルーシャさん、どうですか?」
「ええ、聞こえるわ」
 5階に辿り着いて、タイムはジルーシャへと問い掛けた。シャルティエが感じ取った恐怖。それは程近い場所に存在して居る。
 部屋の扉はぴたりと締め切られている。鍵は開いているのだろう。ドアノブの冷たい感触が掌へと伝わってくる。
「ねえ、いる!? いたら顔を上げずにお返事して頂戴な! いないのにいるとか言っちゃダメよ、泣くわよ!!」
 ジルーシャは薄く扉を開いてから叫んだ。自身の訪れに青年が顔を上げないように――ひょっとして、もう上げてしまっただろうか。
 aPhoneの時計は19時であるというのに、階段や室内、至る所に設置されている時計は21時の至近を指していた。何処で上げてもやってくる。近くの時計と動きが呼び寄せる。そんな空間だからこそ顔を下げたままシャルティエは声を探る。
「助けに来ました! 聞こえたら返事をしてください!」
 タイムは叫んだ。シャルティエが「あっちに、誰か居ます」と囁く。俯いていれば、室内からごそごそと音が聞こえた。
「た――たすけて」
 怯え竦んだその声音は、濡れそぼって不安に揺らめいている。戸をゆっくりと開いてジルーシャは青年の体をそっと支えた。
 痩せぎすの青年はTシャツとショートパンツ姿で蹲っていた。顔を上げないようにと気をつける仕草で芋虫のように蠢くのは不安ではあるが、探し出せただけで僥倖だ。
「一人でよく頑張ったわね! もう大丈夫よ、こんな怖い所はやく出て帰りましょ!」
 合図を送る。一階での合流のために階段を下り続ける。外を、何かが降って往く。手を繋いで青年の湿った掌を離さぬようにタイムはぎゅうと目を閉じた。
「気をつけてね」
「……ねえ、こんなのってズルいわよね」
 ジルーシャの囁きにシャルティエが「本当ですね」と呻いた。集合ポストは全てが開かれ時計が設置されている。かち、かち、と音を立てた全てがバラバラの時計。809号室までの全てのポストに設置された時計の針がやけにリズミカルに鼓膜へと張り付いた。
「出口はどっちでしょうか……」
「多分、あっちに」
 少しの段差がある。スロープを伝い、外への扉を開こうと月夜が扉に手を掛けて――上から降ってきた何かと目が有った。
 それは確かだ。唇からひ、ひ、と息が漏れる。どうしたことか、言葉は油を挿したかのようにスムーズに溢れ出した。
「真正怪異か神の端くれかもののけか――よォ、今日の俺の夜食。
 俺は優等生じゃねェ。見てはいけない? 顔を上げるな? うるせェ、この俺に命令すンな!!
 こっから先は化け物同士の喧嘩だ! 希望ヶ浜の人間に危害を加えるンじゃねェカス!」
 吼えるように月夜は叫んだ。室内の時計が21時を指していることにタイムは気付いて。
 背後から鈴が鳴る。りん、と。それが『音呂木の鈴』である事に気付いて月夜はふうと息を吐いた。
「事前情報からも雰囲気からも、戦うのは得策じゃなさそう……だし」
 此の儘離れよう。そうやって俯けば『まくなぎ』の気配は消える。「おや」と顔を出したのはバスティスと小糸か。
「合図ありがとうございます! 間に合いましたか?」
 リュカシスの声にタイムとシャルティエはほっと胸を撫で下ろした。実力行使をしなくて済んだだけでも安心要素は強い。
 全員が揃って団地の外に出られるかも知れない。扉に手を掛ける瞬間に鈴を鳴らし続け、勢いよく飛び出した。それでも『上』には気をつけた。
 上から、嫌な予感がする。まるで、一直線に雨が降るように、何かが降ってくる感覚。
「おねーちゃんたち。あっちだよ」
 小糸がそっと指さした。自転車置き場の隅を走り抜けて敷地の外に出ようと、そう言う。最短ルートである前の通りではなくて、敢て其方を通りたいと鈴を鳴らして。
 ガシャン。音がした。
 ガシャン。自転車置き場の屋根に何かがぶつかる音だ。
「見るな」とシューヴェルトが囁いた。「居るのね!?」とジルーシャは叫ぶ。aPhoneの時計は20時58分。最後に確認しなくてはいけない時計は屹度――

 ガシャン。音がした。
 ガシャン。自転車置き場が凹み。更に何かが固いアスファルトへと叩き付けられる。
 其方を一瞥しても何も残っていないことルーキスは知っている。
 それでも、その音は近付いてくる。此方を見てと云うように。雨の如く大地を叩いて消え失せる。
「おにーちゃん、こっち」
 前を鈴ならして走る小糸が敷地の外で立ち止まった。そちらへと、一歩踏み出せば体が軽くなる。
 異界の外へと繋がる道は、此処なのだろう。此の儘ゆっくりと顔を上げて歩いて行けば良い。
「まくなぎというのは一体何だったんだろうね」
 帰路を辿り、バスティスは問うた。シューヴェルトは首を振る。其れが何であるかは解らない。世に理解してはならない者でも存在するのだろうか。
 小糸は、 夜妖『114』は楽しげに言った。
 上から降ってくる。雨のように、誰かが。
 青年の家系は元を正せば小さな山村にルーツがあるらしい。その村では数年に一度、贄を用意し滝へと身を投げる風習があった。
 青年はその村の長の家系であり、身投げする乙女達の世話を行ってきたらしい。彼女等がちゃんと滝壺に落ちたのかを最後の最後まで世話をする村の長。
「――目を合わせておかなくちゃ、最後まで」
 小糸の呟きに「なんですか?」と問うたリュカシスは、彼が微笑んだ故にそれ以上は踏み込まなかった。
 それが彼がこの空間で得た『まくなぎ』の答えだったのかも知れない。
 もうすぐ出口だから。タイムは手を引いていた青年の歩調が徐々に崩れ、足を縺れさせる姿に首を捻った。
「あなた大丈夫、よね……?」
 確かめるように問うたタイムの手を握りしめた青年はにんまりと何も言わないまま笑って――

成否

成功

MVP

タイム(p3p007854)
女の子は強いから

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加有難う御座いました。
 21時に顔を上げてはならない、と。そんなホラーテイストをお送りさせて頂きました。
 MVPは探知と、連絡、そしていざという時の対処にまで細かく対処して下さった貴女に。
 またご縁がございましたらどうぞ、宜しくお願い致します。

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