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シナリオ詳細

<半影食>ふたがり、たどり

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『諦星』の余波
 絶えず流れ続けるワイドショー。飽きもしない世間の荒波は、余程退屈していた様にも見える。
 午後二時過ぎのワイドショー。大きなフリップに面白おかしく、並んだ文字は希望ヶ浜で日常的に見かける佐伯製作所の名であった。

 そこはまるで――《東京》であった。

 ある旅人は驚愕し、その地を目にして歓喜に打ち震え涙をした。まるで故郷が其処には存在して居たからだ。彼等は剣も魔法も蔓延るモンスターさえ存在しない世界からやって来た。何の因果か、特異運命座標としてファンタジー世界に召喚された彼等に唐突に武器を持って人を殺せと乞う混沌世界はどう考えても異質であったあろう。
 だが、そんな彼等を受入れる。それが再現性東京<アデプト・トーキョー>。
 スマートフォンの通知メッセージを眺め、定期券を改札に翳しエスカレーターを昇る。到着を告げる電子音を聞き電車に乗り込んだ味気ない毎日を。この世界では有り得なかった尊い日常を。英雄に何てなれやしない人々にとっての当たり前が――時代考証もおざなりに日本人が、それに興味を持ったモノが作り出した故郷。
 その中の一つ、2010街『希望ヶ浜』も例には漏れない。だが、そんな日常にも密やかな毒が存在する。
 悪性怪異:夜妖<ヨル>と呼ばれた影たる存在に秘密裏に対抗する者達を育成する学園――『希望ヶ浜学園』
 ローレットのイレギュラーズは希望ヶ浜学園の生徒や講師として招致され希望ヶ浜での生活を楽しんでいる者も居るだろう。
 だからこそ、君たちとて知っている筈だ。

 ――佐伯製作所 大量行方不明事件――

 佐伯、と言えば練達の実践の塔 塔主の佐伯操その人だ。佐伯女史は他塔主と共にある大規模プロジェクトに携わっていた。
 それこそがProject:IDEA――『Rapid Origin Online』である。
 そのテストプレイヤーに佐伯製作所の所員や夏休みを利用するアルバイターが大多数参加した。
 だが、『参加者の大半が未帰還』の儘である。R.O.Oのシステム暴走により塔主達の制御より外れたネクストはテストプレイヤーのログアウトを不可としている。その救出にローレットも一枚噛んでいた。
 だが、フルダイブ型ゲームから帰還できません。そんなアニメやマンガのような絵空事をこの地域の人々は信じない。
 日々続くバッシング、救出された者達の治療を行う澄原病院への取材、希望ヶ浜は『有り得もしない可笑しな出来事』に熱狂していたのだ。

「……『神異』ですか?」
 確かめるように、その言葉を紡いだのは澄原病院院長の澄原 晴陽であった。夜妖憑きと呼ばれる憑依型『悪性怪異』の治療を専門とする若い女医は疲労の滲んだかんばせを苦渋に染め上げる。
「はい。なじみが確かにそう言っていました。彼女が最初にそれに気付いたのは彼女が夜妖憑きであったからでしょう。
 私に秘密にして居たのは、音呂木ひよのは真性怪異に嫌われる――まあ、『血』ですね。私は神社の巫女ですから」
 音呂木 ひよのは希望ヶ浜に古くより存在する音呂木神社の正統なる後継者である。故に、他の『神様と称される』真性怪異には毛嫌いされる事が多いのだそうだ。故に、そうした存在と接触する際には彼女にまつわるものさえ持っていれば帰還率が上昇するとさえ言われている。
「確かに、貴女は音呂木の巫女ですから。詳細を水夜子に調べさせましょうか」
「いえ、水夜子さんはR.O.Oの側を。どうやら……『これはR.O.Oのヒイズルと呼ばれる地域にも関連がある』みたいですから」

 ――帝都星読キネマ譚<現想ノ夜妖>に新規イベントが発生しました。
 ――天香遮那の足取りを追い、真意を問いただしましょう。

 ディスプレイに表示されていたというクエストを確認した晴陽は「確かに」と囁いた。
「佐伯先生とも相談をしました。
『諦星(たいしょう)』はなじみさんが入り込んだ怪異の巣にも似た状況に陥っているのではないかと。
 そもそも、神威神楽(カムイグラ)と呼ばれる地域のベースは日本史においても古い時代をベースに文明が進んでいると認識して居ます。ですが、この様に大幅な変化は……『いくらゲームと言えども混沌世界を取り込んで進化しているはず』のネクストが此程までに変化するとは考えがたい」
 タブレットに届いた佐伯 操からのメールを流し見てから晴陽は「関連はあると考えても構わないでしょうね」とそう言った。
「ヒイズル側に希望ヶ浜でお祀りする神の影響があるのかは分かりません。
 ですが、現実では『無害であった神が急速的に影響を強くしている』のでしょう。
 この異界はあらゆる場所に入り口が構築されていました。
 ……その神様は『日出建子命(ひいずるたけこのみこと)』、通称を『建国さん』です。
 希望ヶ浜には無数の寺社が存在し、親しまれている国産みの神様ですね。日出(ひいずる)神社とネクストのヒイズル。
 その名前の関係性だけでも気にはなりますが……『佐伯製作所大量行方不明事件』の考察で多く支持される異世界に連れて行かれたという論で『建国さんの異世界が急速に構築されて』いるのではないでしょうか」
 そして、その異界は怪異のものだ。怪異のものである以上、その地には様々な怪異が蔓延っていることだろう。
「一先ずはこの怪異を『抑える』べく、皆さんにお願いしましょう」


 澄原病院からオーダーがイレギュラーズの元へと届けられた。
 一先ずは異界の中を探索して来て欲しいという。異界の中に存在するであろう日出神社に音呂木の鈴をお供えして帰還して欲しいのだそうだ。
 そして、案内役というのが――

「私じゃ不服かな?」

 にんまりと微笑んでのは綾敷なじみ、否、『悪性怪異:夜妖<ヨル>猫鬼』である。
「大丈夫だよ。神異に触れないように歩いて行こう。聞けば、君たちが遊んでいるゲームだっけ? R.O.Oにも関係があるんだろ。
 日出神社に、ヒイズルと言う国かあ。怪異って名に、地に、血に、そうやって脈々と受け継がれる。
 どうだろうね、どうだろうね。
 その国と今回の騒動は関係があるのかな? 私が知っているか? やだな、知らないよ。だって、私は君たちの味方だもの」
 なじみの傍でちりん、と鈴が鳴った――

GMコメント

 夏あかねです。名付ければ『帝都星読キネマ・別譚』
 さて、現実はどの様にして仮想世界に影響を及ぼすのでしょうか。

●目的
 ・日出神社に『音呂木の鈴』をお供えにいく。
 ・異世界を散歩して状況を澄原晴陽へ報告する。

●『異世界』
 どうやら日出建子命を祀っている日出神社より異世界に出入りできるようです。
 ……其れだけ容易に出入りできるようになっていれば一般人が紛れ込んでる可能性もありますね?
 空は真っ赤に染まり、文字はちぐはぐ。文字化けしていれば『ちあええ』など理解不能なものばかり。建物も知っているようで知っていない、崩れているようで崩れていない、違和感ばかり。
 この異界では霊魂疎通系の能力は使用する事ができません。何故ならば、存在する者全てが怪異に該当するからです。それでも強行して使用することは出来ます。出来ますが、どの様な状況に陥るかは分かりません。
 ご存じの希望ヶ浜の筈なのに方向感覚は狂い、帰り道を失うような、そんな違和感を覚えます。
 ただ、皆さんは浄き鈴の音を耳にするでしょう。それは、帰り道を示してくれるような――そんな場所です。
 相変わらず『路』がわかりにくいのでなじみが案内してくれます。行く途には下記のようなモノがあるようです。

 ・崩れた石段
 ・沢山のお地蔵様
 ・水音がやけに響いて聞こえる路地裏
 ・何時の日か聞いたことのある誰かが呼んでいるような気配
 ・希望ヶ浜では余り見ることのない古びた建築(いつ頃のでしょうか?)

●『音呂木の鈴』
 音呂木神社のおまもりの鈴。その浄い音色を真性怪異は嫌っているそうです。
 この鈴を置きに行く理由は『一先ず怪異の力を弱めるため』だそうです。

●綾敷なじみ(猫鬼)
 猫鬼と呼ばれる悪性怪異:夜妖<ヨル>が取憑いている所謂、『夜妖憑き』の少女。
 その代償は言葉を喰われること。なじみは衝動的に言葉を口にする少女ですが、その言葉を猫鬼は喰らって糧にして居るようです。
 ですが、この異世界ではなじみの表面に猫鬼が出てきている為、猫鬼との対話が可能です。
 なじみと猫鬼は共存し、『ある意味』仲良しのようです。なじみの意志を汲み猫鬼も皆さんの味方です。
 俊敏に戦闘を行う事は可能です。ですが、それ程強いというわけではないでしょう。

●佐伯製作所 大量行方不明事件とは?
 佐伯製作所とはaPhoneやインターネットを希望ヶ浜に提供する佐伯 操(練達三塔主)の研究施設です。
 つまるところ、希望ヶ浜ではそう呼ばれていますが、R.O.Oの実験に携わった人々が大量に行方不明になったという話です。

●日出建子命
 ひいずるたけこのみこと。建国さんとも呼ばれる国産みの神様です。親しまれています。
 日出神社は希望ヶ浜の各地にも存在し、其れに纏わる史跡も多くあります。それが出入り口のようです。
 ひよの曰く無害で普通の神様の筈ですが……。

●報告先→澄原晴陽
 澄原病院の院長。夜妖憑き専門医。若き天才女医。
 異世界を歩き回った後、内部の情報などを彼女に報告してあげてください。

●Danger!(狂気)
 当シナリオでは『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。神様はそういうものですよね。

 それでは、いってらっしゃい。

  • <半影食>ふたがり、たどり完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年08月25日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
物部・ねねこ(p3p007217)
ネクロフィリア
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
一条 夢心地(p3p008344)
殿
バスティス・ナイア(p3p008666)
猫神様の気まぐれ
越智内 定(p3p009033)
約束

リプレイ


「また此処にはこれるから」

 それは『プロメテウスの恋焔』アルテミア・フィルティス(p3p001981)がこの『異空間』に踏み入れたときに綾敷・なじみ (p3n000168)から――否、彼女に憑いている悪性怪異:夜妖<ヨル>の『猫鬼』から告げられた言葉であった。
「……まさかこんなに早く再突入する事になるなんてね?
 希望ヶ浜で蔓延している都市伝説を考えれば今後も来る事になるでしょうけど、まずはこの予防策を完遂しないとだわ」
 予防策。そう、それは予防策でしかないのだ。
 鈴を置けば、異界を異界の儘で抑えられる。『一先ず怪異の力を弱めるため』と言うことは現実にまで如実に染み出すのを一定の間、控えさせるという意味合いしかない。
「抑えるだけでも、それって素晴らしいことだと思うかい?
 それが今できる最大の策で、今後には更にその策を上回る何かが出てくるかも知れない。それでも?」
 意地も悪く問い掛けるなじみに「それでもよ」とアルテミアは頷いた。
 噂や伝承、人々の間で行き来する情報。その観点だけで見れば、情報技術が発展し『環境も特異』な再現性東京は、人の脳をITで連ねた巨大なスーパーコンピューターの如し。それが怪異の温床になることは解りきっている。『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は自身の眼前に佇むなじみをまじまじと見遣った。
 希望ヶ浜で会う彼女とは違う雰囲気。あやかしである己と似たり寄ったり――そんな印象を受ける。
「うぐぐ……嫌な予感はしてましたけどね」
 そんななじみの様子と、此れから向かう先のことを考えて『ネクロフィリア』物部・ねねこ(p3p007217)はそう呻いた。
 Rapid Origin Onlineのプレイヤーとして日々、楽しんでいるねねこにとって、そこから派生した事件というのは看過出来ない。
「これはROOへの影響そしてROOからの影響がありそうですよねぇ……
 私的にはROO楽しく遊んでるのでこう……『怖い事』は出来る限り減らしたいのです!」
 怖いことと称せば「確かにのう!」と『殿』一条 夢心地(p3p008344)が扇でぱたぱたと己を扇いだ。
「という事でしっかり怪異を抑えると共にどれぐらい相互に影響が出てるのか調査して対策を考えるのです♪」
「うむうむ。名付けて異世界とやらの探索――異世界散歩かの!」
 バグり系怪異世界へと飛び込む心持は夢心地が一枚上手だ。オーダーに応えるために二手に分かれると決めていた。
 情報を澄原病院の晴陽院長に渡すことも求められているが、その為だからと単独行動をとってはならないと夢心地は鋭く口にして。
「この手のバグり系の怪異世界に乗り込むにあたって、避けるべき事項は大きく三つ。

 ――一、単独行動。一、無意味な破壊行動。一、長時間の滞在。

 皆でさっと行ってさっと用事を済ませさっと帰る。これが基本中の基本じゃ。まあ、麿はお散歩お散歩るんるんるん、じゃな」
 からりと笑った夢心地に誰がなんと言おうとも一人で歩いて堪るかと『凡人』越智内 定(p3p009033)は叫び出したい気持ちをぐっと堪えた。
「何だか事情が複雑すぎて訳が分からないな……日出神社と今ROOで話題になっているヒイズルの関係性たってさあ……。
 いや、ROOは元々混沌世界をモチーフにして作られていた世界だろう?
 そして日出神社は現実では豊穣にある物じゃない、練達にあるものだ。
 バグで対象とする地域がズレている? それとも、ROO世界が現実に引っ張られている……?」
 悩ましいと頭を抱えた定に『猫神様の気まぐれ』バスティス・ナイア(p3p008666)はそうだねと頷いた。恐れることもなく、慣れた様子で異世界へ向かう入り口の前に立つ。
「そうなんだよ。情報は『過剰』だ。過剰すぎてそこから選ばなくちゃならないんだ。先入観というものは人間にとっての一番の不安だからね」
 バスティスは異世界へと踏み入れた。世界が変質する。晴れ渡った夏空に差し込んだ夕焼けのような紅色はインキでも溢したかのようだった。
 足下のアスファルトが所々盛り上がり、石ころが爪先を叩く。
「建国様……日出建子命。練達の希望ヶ浜の住人の信じる国産みの神様。なんだろうね、ちょっとした既視感を感じてしまうよね。
 でも、今回それが異世界に引き込む扉となっているとしたら……R.O.Oのヒイズルとも繋がりがありそうで、なんかキナ臭いね」
「……ヒイズルと日出神社、偶然の一致で片付けるのは難しいよねぇ。
『異世界』って、R.O.Oのどこかと繋がってたりするのかも……っていうのは早計かなぁ」
 首を捻った『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)に「有り得ない事ではないよね」とバスティスは囁いた。
『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)は入り口に立ったまま、息を飲む。
「仮想世界……ただでさえ誰にも予想出来ない動きをしているのにそこに神が関わってきますか。
 神を計算することなどマザー殿でも厄介極まるでしょうし、ますます困った事になりそうですね。
 鈴の奉納に向かう異界での散策で何か助けになるものが見つかると良いのですが……」
 鈴の奉納に向かい、異界での散策を行うだけだ――だが、それが如何した事か緊張にまで変わる。シルキィは緊張するねえと囁いた。
「この鈴は、『一先ず怪異の力を弱める』力があるんだったよねぇ。
 真性怪異は鈴の音を嫌がるって聞いたけど、お供えしておくだけで大丈夫なのかなぁ?」
「大丈夫らしいですよ? なんだか、ひよのさんの持ち物とか髪の毛とか血とか持ってれば真性怪異は寄ってこないみたいですし!」
 経験ですが、と告げるねねこに汰磨羈は神が厭うて居るのだろうなと頷いた。
「――うええ……文字化けしてるし不気味だしなにここ!? ROOの世界みたい……? ROOにこんな場所ないか」
 いや、あるかも。そんな風に混乱する『希望の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)は足下を見下ろした。
 どうしてだろうか、見なくてはならない気がしたのだ。靴の下に、何かが置いて居ある。
「……ひいずる?」
「おやあ、『呼』ばれてるねェ」
 囁いた『闇之雲』武器商人(p3p001107)にアリアの肩がびくりと跳ねた。
「ふぅん。ヒイズルと日出神社。『国を産む』権能を持つなら、確かに『国を書き換える』ことは可能かもねぇ。
『神』は情報存在でもあるからね。少なくとも、我らは葛籠 神璽を識っている。だからそれらがROOに流入しているとしても驚かないけれど」
 そう笑った武器商人になじみは「それって作家先生でしょ。水夜子ちゃんが良く古書とかで探してる」と思い出すように言った。
「ううん、でも、その作家先生は関係ないんだって。ひよひよが言ってた。
 だって『葛籠 神璽』は何時だって『怪異の痕跡』を書物に記して歩いているから。建国さんは書物だと『素晴らしい神様』として記されているんだぜ」
 ひよのは言っていた――無害な神様だ、と。
 バスティスはおかしそうにころころと喉を鳴らして笑う。
「ひよのちゃんは無害で普通の神様と言っていたけれど、さて、この世界に無害で普通な存在なんて果たしてあるのかな?」


 りん、と鈴の音が鳴った。
 武器商人とアルテミア、汰磨羈にシルキィ、そして定が日出神社に音呂木の鈴をお供えしに往くと決めていた。
 こんなヤバい所に一般人が紛れ込んでいたら可哀想だと定は迷い込んでいる誰かがいないかと気を配り、ふと、立ち止まる。
「所で僕、夜妖……悪性怪異については分かるのだけれど神異、真性怪異ってのは何なんだい?
 真性怪異ってのもある意味神様だって言うんだろう? 神異とは何が違うんだい?」
「そこさ」
 武器商人は指さした。真性怪異とは『人知の及ばぬ存在』で在るはずだ。例えば、その存在が最初に発見されたのは石神地区であったという。
 定にとって真性怪異というのは『手を出してはいけない存在』という認識だ。其れだけに過ぎない。彼は自分が何も知らない事を知っていた。
 知らない事を羞じているのではない。知らなければ、いざという時に一歩踏み出せないからだ。
 そうやって視線を向けた先にはなじみが立っている。猫鬼。そう呼ばれる彼女――何時もの違った『友達』
 シルキィは「そうだよねぇ」と呟いた。鈴の音や猫鬼が導いてくれると言えども知らなければ何だって出来ない。
「再現性東京とR.O.Oの相互作用、その果てに出たのがコレか。
 牛弘曰く、妖かしは人によって起こるもの――その通りになってきたようだな? 無論、それには真性怪異とて含むだろう?」
 汰磨羈に武器商人は頷いた。そう。神とは情報存在だ。神とは信仰を集めてその存在を確立させる。信じる者は救われる、神頼み。そんな言葉を日常的に多用して生きているが、そもそもにおいて『神様という情報を知っていなければ』そうした行いを為す事はない。
 誰もが身勝手にも考える神様という存在を確立させて、それが力を持ったのが真性怪異。そして神様だからこそ『天変地異をも起こす凄まじい存在』であるとさえ信じられる。
「僕だって勉強はしたんだぜ? 例えばさ、石神地区ってとこの真性怪異は封印だろう?」
「ええ。土地神様として『その地域に居る限りは天変地異や祟りを起こす存在』として信じられていた――それが怪異となったから」
 アルテミアにふむ、と定は首を捻った。汰磨羈は「精霊に喩えると分かり易いだろうな」と教師を行っている常と同じように定へと論ずる。
「精霊にも、我々が使役できる精霊から大精霊まで多種多様だ。怪異も同じようにランクが分かれていると考えるのが良いだろう。
 神霊とまで呼ばれる精霊達――カムイグラの瑞神や四柱だ――に大精霊と呼ばれた地に根付いた存在――ファルベライズや銀の森で見られた――それから……普通に仕事でやってくる熱砂の精霊達のような存在。そうした『固有の存在』の力によってランクが分けられていると考えれば道理も解る」
「うんうん。『真性怪異』って言うのは倒せるか倒せないかもそれ次第ってやつなんだよねぇ、きっと。
 石神の『あの神様』は倒せない神様だった。だから、眠っていて貰うのが一番だったんだろうねえ」
 シルキィに定は成程、と頷いた。
「なら、『神異』は?」
 ――誰も、応えない。

 しん‐い【神異】 神の示す霊威。 人間業でない不思議なこと。

 言葉の意味は分かる。だが、それが真性怪異とどう違うのかと問われてもイレギュラーズは現時点で解らない。
「……その応えこそ、今回の必要な事?」
 呟いたアルテミアは悩ましげに唸るだけだった。
「ヒイズルと日出神社。とってつけたように、まあ。日出建子命という名はでっち上げられている。
 ハリボテにしか感じられないがね、さて、どうだろうか。我(アタシ)にとっては『この為に作られた』存在にしか思えないのさ」
「……この為?」
 猫鬼が耳を揺らして振り返る。興味深いのだろうか。なじみのかんばせに浮かんだ好奇の気配は普段と違い定は不思議そうにその様子をまじまじと眺めた。
「ああ、そうさ。国を生む権能を持つ。本当かい?
『何故』を連ねても答えは出ないことは或る。
 だがね、思い当たるとしたら……特性上、一度『国産み』の権能を振るったら余程のことが無ければその神威を示す機会はそれ以上無いわけだ。
 であれば――振るう機会があるとすれば、つい張り切って寄ってくるんじゃない? あの国、『日本』に近いわけだしさァ。なんてね」
 揶揄うように笑った武器商人に猫鬼は答えない。
 日出建子命。
 その神の持つ権能が國産みであるか――そして『神異』とは何か。
 迷うことなく、鈴を手に向かい続ける。武器商人は故に、猫鬼に問いたかった。
「どういうふうに国を作ったのか神話は残っているかい?」
「夫婦の神様だって言ってた。細かくはひよひよのほうが詳しいだろうね。神社の娘だし」
「なら、別名や国産み以外の権能は?」
「國造りの神様って言われてることもあるらしいよ。だから『國産みの神様』って呼ばれてるらしいってひよひよが。
 別名が建国さん? 日出建子命って呼ぶ人ってあんまり居ないもんね」
 なじみの知識は普通の女子高生程度だっただろうか。『区画整理前の希望ヶ浜の地図』を手にしている夢心地ら散策班が無事であればと願ってアルテミアは通ってきた道を振り返る。
「……イヤね」
 景色が――先程と変わったのは、きっと気のせいではない。


『散策班』と名を付ければんとも可愛らしい一行であるが、行うのは情報収集である。
 アリアは「みんなが見たいところあると思うけど、私が見たいのは建築物!」と堂々とそう言った。
「この前ROOでヒイズルに行ってきたけど、なんかここは再現性東京よりそっちに似ている気がするなあ……」
「ああ、確かに。まぁ、ROOの再現性東京っぽい処は大正ロマンっぽい雰囲気になってます。
 もしこの異世界にROOの影響が出てるならそういう大正ロマンっぽい建物や物があるんじゃないかなって事です」
 ねねこは出発前に調べた日出建子命についても仲間達と共有しておきたいと考えていた。
 状況を把握するための散策だ。事前知識も多い方が良い。
「R.O.Oには練達はありませんが、見ように寄れば再現性東京は『ヒイズル』なんじゃないかと考えたんです。
 異世界が出来た原因の神様の名前と、R.O.Oの土地名がヒイズルで共通点があるなぁって。名前って結構馬鹿にならないですからねぇ……」
 どうしてR.O.Oがヒイズルであるのかはネクストの神様(そうぞうしゅ)のみが知るのだろう。塔主達の手から離れたシステム――そして、それに元図居たアップデート。離れてしまった箱庭についてを操達も碌に把握は出来ていないことが想定される。
「でも、そうですね。……不思議な風景ではありました。
 僕自身の出身地域と大きく違うのは確かなんですが、変わった文字だらけのこの異界は聞き慣れない単語も多いながら、『建築物』にも変化が見られる」
 それが異世界を作り出した怪異の力による『歪さ』なのかもしれないと迅は呟いた。はぐれないように、そして会敵に気を配らねばならないか。
 aPhoneの電波は立っていないが、メモ代わりには出来そうだ。
 さて、お散歩係の引率こと、超方向感覚とオラクルによる天啓を活かして『方位磁石』となっている引率の夢心地。
「よいかの? 異世界の深部へと至る為の技能ではなく、今来た道に戻れるラインを維持するためのものじゃ。併せてaPhone10による動画撮影も試みる予定――ではあるが、はて」
「ん。撮れるとは思うけどその画面、まだ覗いちゃダメだよ」
 バスティスはカメラの前に一度しゃがんでからそう言った。もしもカメラという『第三の目』を通して何らか異質な者が映り込んだならば?
「うむ。気をつけておこうぞ。
 正常稼働しない可能性も当然あるじゃろうが、伝聞よりは実際の景色を見てもらった方が早いじゃろし、此処で見る必要はないのじゃ!
 そして、じゃじゃーん」

 ――リン。

 ひよのに頼んで録音済みの神楽んほ音色。それが有事の際に再生することでいくらか効果を齎すかも実験のうちである。
 実際にひよのには神楽舞を踊って貰い、各種のデータを取りそろえて有る。バスティスに言わせれば「ひよのちゃん、痩せそうだよねー」と言うレベルでの努力の決勝だ。
「一条先生、此方ですか?」
 問うた迅に夢心地は頷いた。自身の目から見て変わったものや判断に困る者は記録しておけば良い。aPhoneは連絡機機でもあるが高度な記憶媒体でもあるのだ。中々、外部での仕様が出来ないのは『希望ヶ浜という特異的地域でのみ使用できる』代物であるからか。
「こうして録画や録音をしておけば、帰宅後にでも佐伯殿に送付して貰えば良いですしね」
「そうだね! それじゃ、文章で描写してみようかな。こういうのは得意だよ♪
 とりあえず、棄てられた感のあるこの空間を探索しつつ、もし人がいるようであれば話しかけて救助していこうかな?」
 棄てられたと表現したのはアリアの主観である。だが、それは言い得て妙だ。
 まるで創造主が完璧に作り上げたのが希望ヶ浜であるというならば中途に育った此の國を手放したかのような感覚。
「棄てた――と言うよりも真似をした、のかもしれないね」
「真似?」
「そう。急成長だよ。模倣して、それから別の中に生まれ変わろうとしている。此処が神様の腹の中だとするならば、まだ胎児の状態の世界なんだ。
 希望ヶ浜を取り込んで、模倣して、作り上げたその錯覚。それが此れから『ヒイズル』という場所に変質しようとしているなら。
 神様にとって、異質なのは誰だろう。……折角、『ヒイズル』を作ろうとしてるのに入ってくる奴等はaPhoneを手にして洋服を着てるんだよ」
 バスティスがすぅと猫の目を細めた。神様は優しく何て無い事を彼女は一番に知っている。
 アリアは息を飲んだ。ああ、そうだ。この世界で無意識のうちにイレギュラーズが警戒していたのは『同一化』だ。
 この異世界が『ヒイズルに繋がっている』と信じて疑わない。ヒイズルは――『R.O.Oは練達の作り上げたシュミレーター』であるというのに。
「……その思い込みが、案外ヒイズルを作り出すのかも知れないね。神様は、お願いに応えるものだから」
 バスティスはゆっくりと歩き出す。夢心地が持っていた区画整理前の地図で避ける豊小路の周辺にはバスティスにとって気になる者が幾つも存在して居た。
 お地蔵様や社が点在している。その当たりが豊小路――建国さんへの入り口であった場所だ――であるというならば。神の膝元は影響が多いのだろう。
「あの建物って、大正時代っぽくないですか?」
 ねねこの問い掛けに迅は「確かに」と首を捻った。
「実に現代の要素は捨て去っていますよね。どちらかといえばR.O.Oのヒイズルの様子と似ているというのも理解出来ます」
 近似例を記されたならば納得してしまいそうだと迅は唸った。
 耳を欹てていたねねこは霊魂疎通は今回はお留守番だと呟いた。なじみにも警告された。この異世界は神様や怪異による創造物だ。そもそも、疎通できる対象が少ないのも確かだが安全は保証されていない。
「ねえ」
 アリアが囁く。その声に迅は「どうかしましたか?」と問うた。
 夢心地が超方向感覚を持っている。皆、非戦闘スキルを活かしている。けれど――アリアの耳は何かの音を拾った。
「ねえ、何か呼ばれてないかなあ……?」
 気にしてはいけない。水の音がする。ぴちょん、ぴちょん。
 その音がやけに耳朶を滑る。鼓膜に張り付いて脳にまで響き渡る。アリアはすうと息を吐いた。
「気にしちゃ駄目な音かな……」
「水音、何方からでしょうか」
 アリアの視線がつい、と『路地』へと寄せられた。迅が夢心地を一瞥すれば「豊小路じゃな」と彼が囁く。
「豊小路……ですか……」
 気になるわけが分かった気がしてねねこはぐうと唸った。ひよのも、なじみも、晴陽さえも気をつけるようにと告げていた豊小路。
「気になる音だよね。
 どうして、水が気になるんだろう。不思議だね――もしかして、『水に纏わる』神様が絡んでいるのかな?」


 ――先輩。先輩ったら知りたいことは知りたいって言わなくっちゃ駄目ですよ。夢の中では何でも聞けても現でそうじゃないなら意味が無い。

 そんな言葉を思い出した。射干玉の髪、虚に細められた瞳。彼女と同じ制服の。それが定が識る現川 夢華であった。
 定はもうすぐつくよ、と告げて前を進むなじみの背中を眺める。鈴の音が、やけに五月蠅くも感じられた。
「そういえばなじみさん……猫鬼さんはさ、なじみさんとどれくらいの付き合いなんだい?」
 不思議そうな顔をしてなじみが振り返る。いや、話し方も雰囲気も違う。『なじみの顔をした』猫鬼に話しかけた。
 恐ろしくて口が軽いのもあるのかもしれない。それでも悪性怪異と呼ばれた猫鬼が彼女とは共存できている理由が気になったのだ。
「長いよ。なじみは10歳くらいからかな。その前はなじみの父親……景仁と一緒に居たんだよ」
 お父さん、景仁っていうんだ。――そんな場違いな感想を呟いた定の隣で汰磨羈は「猫鬼」と呼んだ。
「同じ猫のよしみで聞かせて欲しいのだが。御主は、"あの"猫鬼が元になった夜妖なのか?」
「知ってる?」
「知ってるも何も。それは蟲毒術の一つ。人を呪い殺し、財を奪って蠱主を豊かにする猫の霊。それそのもの、という訳では無さそうだがな」
 もしもそうであれば、なじみは今頃――そう呟いた汰磨羈に猫鬼は目を細めて笑った。
「一族に憑いている。それだけだよ。欲しい物は『欲しくなった時』に貰っていくから」
「……そうか。話を変えよう。もし、ここの『見てはいけないもの』に心当たりがあるなら教えてくれ。散策側にも伝えねばならんしな」
 汰磨羈は念には念を入れて、と考えていた。同じ猫同士。気になることはあるが、猫は気紛れあまり踏み込むことではない。
 深入りは禁物、と。夢心地に告げた立場であったアルテミアは水気も存在しないのに音がしていると目を越した。
 これだけ安全に振って居るのだから『其れを避ける』ことは容易だ。猫鬼も此方を裏切っているわけではない。鈴の音も大きく大きくなっている。
「猫鬼ちゃん、ごめんねぇ。気になる声がするんだぁ」
 シルキィの言葉に、なじみは「なあに?」と不思議そうに振り返った。
「こは異世界の中、視聴嗅覚が当てになると良いけどって思って聞いてたんだけど、あれは……迷い込んでるかもしれない一般の人かも……」
「ねえ、シルキィちゃん。その判別って付く?」
「どういうことかなぁ?」
「だって、なじみさんたちは異世界に飛び込んで、誰が迷い込んでるか知らないんだよ。
 それが怪異じゃないかどうかって判別は付く? ……一人で行っちゃダメだと思うよ。なじみさんは、優しいから教えてあげる。鈴を握って、もう一度聞いてみて」
 なじみの言葉にシルキィは頷いた。手にした鈴を握りしめて耳を欹てる。

 ぴちょん――――キャッキャキャアアアアアもうすこしだったのにぃ……―――ぴしょん――――――

「ひ、」
 喉奥から引き攣った声が漏れた。シルキィの顔色を確認してからアルテミアは「猫鬼さん。よく分かったわね?」と問うた。
「猫の勘」
「おやまぁ。絹の娘は呼ばれてしまったのかい。
 ……気をつけようか。『聞いて』探している間は戦う必要もないのさ」
 もしも誰かに声を掛けるなら「もしもし」と空に訪ねれば良い。此方の声に反応して追い縋ってくるならば。それは人で在るはずだ。

「もしもし」

 武器商人が空へと声を掛けた。

「……あれ?」

 聞き覚えの或る声だ。弾むように、その声が近付いてくる。
 武器商人は「猫神サマじゃないか」と笑った。どうやら散策班は『豊小路』を避けて散策していたために一行が日出神社へと辿り着く前に合流を果たしたのだろう。
「実は、アリアさんが水の音が聞こえると言ったので其方を避けて来たら、此処へと辿り着いて。凄い鈴の音ですね……」
 迅が耳を塞ぐようにそう呟いた。アルテミアは「そうね、凄いわ」と猫鬼を振り返る。
「そりゃあ、そうだよ。――到着したよ、ほらここが」
 なじみが石段を登る。決して真ん中は通らない。端を弾むように駆け上がっていくその背中を追いかけて汰磨羈が昇る。続き、夢心地が進み、ねねこがぜいぜいと息を切らした。
「ま、まだ昇るんですか……?」
「そう。境内に入る前に礼をしてね。頭をそこから上げないで。傍に何かが通っても『見ちゃダメ』」
 猫鬼の言葉に「どうして?」と定はよく回る口でそう言った。理由を聞きたくは無かったが、つい聞いてしまった。
 それで恐ろしい事を言われてしまったならば定とねねこは俯くことしか出来ないというのに。
「……今は見ちゃダメ。取り込まれたくないならね」
 猫鬼は『敢て言霊にはしなかった』
 その意味に気付いてからシルキィは俯く。夢心地は少しばかり皆が笑ってくれるように大仰に俯いて中へと進んだ。ちょこちょこと小鳥が歩むような仕草でそそくさと進んでいく夢心地の背中にアリアが小さく笑う。
 そうしていてくれるだけで安心を感じられるのだ。「ここ」と猫鬼が指定したその場所に鈴を供える。境内をい見て回りたいと告げる武器商人になじみは首を振った。
「此処は危ないよ」
「そんなにかい?」
「うん。アルテミアちゃんに殴られたいなら見ても良いかも」
「えっ」
 突然己の名前が出て驚愕したアルテミアは医療技術を活かした物理的衝撃で正気に戻すことは考えていた。
「ねえ、なじみさん。……仮にも相手は『神』の名を冠する存在、ある程度の礼節は必要じゃない? 拝むのはどうかしら……」
「建国さんだから、うん、別に拝んでも良いと思う。けど、アルテミアちゃん『好かれちゃうよ』?」
 ぞうと背筋に厭な気配が走った気がしてアルテミアは首を振った。汰磨羈は猫鬼に脱出しようと囁く。
 そそくさと石段へと向かい、階段を駆け下りた。汰磨羈は振り向いちゃダメとなじみの言葉に頷く。行きとは違う道を辿るのだという猫鬼に随って一行はずんずんと進んだ。
「あの、なじみさん――」
「ふむ、ここは『豊小路』じゃないのかのう?」
 アルテミアと夢心地の疑問に「敢て通るよ」と猫鬼は応えた。
「ここは危険なんじゃなかったのか?」
「頑張ってるから、猫鬼さんが少しだけ、見せたいなって思っただけ。此れを見たら走って。
 何に声を掛けられても応えちゃダメ。足を止めないで。ずっと走って。外に出て『私』に声を掛けてね」
 猫鬼の声に汰磨羈は不思議そうな顔をして頷いた。ねねこは「解りました」と言いながら経験したことのある気がするパターンにげんなりとした表情を浮かべる。
「ならば、参りましょう」
 迅は意を決して猫鬼の後に続いた。足取りの軽いバスティスに緊張を滲ませるシルキィ。
 定は「猫鬼、あれって」と囁いた。

 ――あれは、ヒイズルにも似た風景だ。だが、ネットゲームの異質さではない。
 大正時代を思わせるテイストの建築物が連なった場所を眺める一行の前でなじみが「走って」と叫んだ。
 豊小路を辿る。
「なあに大丈夫、僕みたいな凡人相手にする程神様ってやつは暇じゃあない筈さ」
 そうやって軽口で笑った定は強烈な『不快感』が足を掴もうとする感覚を覚えていた。
「猫鬼ちゃん」
 バスティスがその名を呼ぶ。
「あれって――ヒイズルじゃないよね?」
 猫鬼は答えない。
 何かが聞こえる。汰磨羈は、迅は、何かの声から逃げるように走る。
 鈴の音が前だと告げている。アルテミアは其れだけを信じて走った。
 真っ直ぐ真っ直ぐに『駆け上っていく』感覚が襲う。
 何処へ続いているのかは解らない。大正時代から遠く離れていく奇妙な感覚が背中を追い縋った。


「わ!?」
 気付けば、目の前では驚いた様子のなじみが立っている。
「なじみさん……?」
 定は『自然にそうやって口にしていた』。どう見たって彼女は猫鬼ではない。なじみだ。
「う、うん。みんな……お帰り?」
「ただいま」
 汰磨羈はなじみの頭をぽんと撫でた。鈴の音を辿り辿り着いたのが現実だというのだから巫女様々だ。

 無事に帰り着いたならば、と一行は澄原病院へと訪れた。ひよのと晴陽が待っていた応接室は広く、イレギュラーズ10人となじみが入れるように整頓されている。
「無事のお帰りで安心しています。こう言う時に水夜子がご一緒出来れば良いんですが……申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。先輩。だって、猫鬼(なじみん)はいいこですから」
 微笑んだ夢華を見てから定はぎょっとした。ううんと唸った定の傍からそっとバスティスは歩み出す。
「歩き回って来た事をデータで撮ってあるんだけど、見てくれる?」
「ああ、そうじゃった! 晴陽よ。とくと見るが良い!」
 ほれほれ、と夢心地はデータを差し出した。そんな様子を眺めていたシルキィはほっと胸を撫で下ろす。
 全員帰れないことを考えていた。故に、誰がどのような役目を担うかも決めていなかった。こうして全員が帰れたのは『猫鬼』という保険があったからかもしれないが――猫鬼が協力してくれたことにも感謝しよう。
「晴陽せんせい、ご褒美は?」
「ええ、猫鬼さんには後程。……それで、何か気付きましたか?」
 問うた晴陽にシルキィは日出神社とヒイズルの関連について報告したい。R.O.Oに存在するヒイズルと、俯いていたが日出神社のオブジェクトは似ている。ヒイズルに存在する此岸ノ辺との佇まいとそっくりにも感じられたのだ。
「さて、真性怪異の影響が強いとは聞いていたけれどね、これならR.O.Oの影響じゃないかとさえ思えるのさ」
 そう問うた武器商人に晴陽はデータを確認しながら悩ましげに唸る。
「情報で繋がる再現性東京とR.O.O。その相互作用の果てのシンギュラリティ到達。――人工神。有り得るかもな」
 呟いた汰磨羈に晴陽は「今は結論を出せませんが、唯一言えることがあります」と。

「別に、大正時代の建築物は『希望ヶ浜』には本来は存在して居ないのです。
 ここは2010年をモチーフにして作られた場所ですから、古来の『風景』を模しているわけではないのです」
 どの時代から旅人が訪れるかさえも不明だ。『暦』通りに進んでいない。未来から訪れた旅人もいれば遠い過去から訪れた者も居るはずだ。
 文明レベルが其れ其れで違い、その中でも共通認識で時代考証もおざなりな2010年が出来上がり、こうした都市を構築しているのだ。
「大正時代。それに、最後に猫鬼とみたというこの風景。
 私は――『再現性帝都』を思い出しました。日出神社はそちらにもあった筈。
 ですが……『この異世界が現実の再現性帝都』に繋がっているわけではないならば。
 異世界の再現性帝都がR.O.Oのヒイズルに干渉し合い、希望ヶ浜に異世界の形で侵食しているのでは?」
 晴陽の問い掛けに一行は悩ましげに『再現性帝都』の映像を眺めた。再現性帝都1920の東京。
「豊小路を辿れば、そこに付くかも知れない……?」
 アリアの問い掛けに晴陽は頷いた。
 豊小路の付近に姿を見せるというヒイズルの幻影――それは『再現性帝都の日出神社』には見られたくないものが存在して居るのかも知れない。
「名前は大切です。名前は――」
 そう呟いたねねこ。

 ――倒すべき神の真名は本当に『日出建子命』であっているのだろうか?

 方塞(ふた)がり、辿り。
 辿り着くのは何処なりて。

成否

成功

MVP

アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 異世界散歩楽しんで頂けたならばうれしいです!
 MVPは警戒を怠らなかった貴女に。

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