PandoraPartyProject

シナリオ詳細

死が二人をわかつまで

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●聖なる祭壇といけにえの娘達
 娘をのせた籠がかつぎあげられ、ゆっくりと歩き出す。
 担ぐ男達は祝詞のようなうたを口に出し、階段へと歩を進めていく。
 磨かれた石でできた階段にはひとつひとつ名が刻まれているが、それはどれも同じ人物の名だ。華盆屋善衛門。この村へ多額の出資を行い、村の祭事のみならず衣食住や行政に至るまでを実質的に支配した権力者だ。
「ケイノスケ」
 籠の中から声がする。若く、細く、しかし絹織物のようにしっかりとした芯のある女性の声だ。
「私のことはわすれね。きっと、ケイノスケならいいひとがみつかるから」
「ボタン……」
 先頭にたち籠を担いでいたケイノスケは、相手の名を思わず口に出した。
 ケイノスケとボタンは幼いことからの親友だった。
 周りの子供より大型だったケイノスケは腕力も強く、当然のように村の子供のボスになれたが、隣の家でよく機織りの手伝いをしているボタンにだけは頭があがらない。
 安っぽい優越から弱い者いじめをするケイノスケにコラッと拳を振り上げたボタンに頭を叩かれ、弱いひとをいじめる男はサイテーだよと叱られたときなどは、それまでうけたどんな拳よりも胸をいためたものだ。
 共に育ち、時に何かを間違えそうになったときや、家族が怪我や病気にみまわれたとき、畑の不作で飢えがおきたとき。いつも手を取り合ってきた。一緒に年を取り、いつか夫婦になるのだと、ケイノスケは勝手に思っていたのだが。
 祝詞が終わるころ、階段をのぼりきる。
 立てられたお社はぴかぴかに磨かれ、そこに籠は置かれた。
 籠には、生贄を意味する紋様が刻まれていた。

●がららぼんのゆくえ
「ありがとう。役に立ったわ」
 うやうやしく頭を下げる老夫に背を向け、ティスル ティル(p3p006151)は引き戸を閉じた。小鳥のさえずりと風に木の葉がうたう山の中の一軒家。
 ティスルは腰に下げた竹製の水筒をひらくと、中身の水をあおった。
 豊穣郷カムイグラにて、神逐の戦いが終わってからはや半年あまり。
 この中でついに遭遇することになった羅刹十鬼衆ノ三『衆合地獄』は、いわばティスルの宿敵であった。
 豪商人であり人格者で知られた彼は高天京のみならず豊穣郷各地にコネクションを持っていた。それは彼の『コレクション』を作り出すための下地にすぎなかったのだが。
「高天京を襲った『天女』の群れはかなりの規模だったわ。天女の作成に少なからず人間数体を要するなら、それだけの数の女性をどこかから調達したはず。村々から攫うだけで事足りるとは思えないわ」
 水筒にふたおし、腰へと戻す。
 ティスルは話に出た村攫いの天女がららぼんの足取りを追うことで、その真相を解くべく動いていた。がららぽんの特性は非常に単純で、巨大な口によって村人を周囲の物体事のみこんで確保し、どこかへと運搬するというものだ。
 本体にも相応の自衛能力があり、遭遇当時はイレギュラーズ一部隊が協力してやっと一体を倒し斬れた程度だった。
 死の運命をわずかに回避できる通称『パンドラ復活』をもつイレギュラーズであったからいいものの、仲間の死に直面しかねないほどの強さがあったものだ。
「ううん……」
 当時の戦いを思い出し、頭を押さえるティスル。
 いつからだろう。思い出すたび、彼女の髪は毛先からスゥっと黒く淀んだ色がのぼるようになった。『衆合地獄』が自分を狙うがための呪いなのか、それとも自らがかの悪逆を討たんとするがため沸き上げる力なのか。あるいは、その両方か。
「ともかく、情報は集まったわ。もう一度、仲間をあつめなくっちゃね……」

●生贄の村
「ヌガサキ村はこの地方の盆地に古くからある村で、土地神信仰をもっているの。
 土地神の怒りに触れれば畑は不作となり病がはびこるとして、毎年祈祷を行っているのね。
 けれど四年前におきた飢饉から、祈祷のやりかたが変わったの。この村に出資をして裕福さをあたえていた華盆屋善衛門の言葉によって、山の神(フチャーリ)に生贄をささげることで豊かさが保証されると信じるようになったの。
 実際、村の若い娘を生贄にすることで畑は実り、病もせず、村人は豊かになったわ。その裏に、華盆屋善衛門――いいえ、羅刹十鬼衆『衆合地獄』による暗躍があったとも知らずに」
 衆合地獄とは女性を魔術的に改造することで『天女』という妖怪を作り出す能力をもった魔種である。
 その力をもってすれば、病や作物の生長をあやつることも不可能ではないのかもしれない。実際、マッチポンプ的にもたらされたと知らずに村人たちは二年に一度ずつ村の娘を生贄に捧げることをよしとしていた。
 姿も形もない、山の神へむけて。

「そして衆合地獄は、『山の神(フチャーリ)』をも実際に作り上げてしまったの。
 これまで捧げられた娘達を『素材』にしてね」
 木の机に巻物がひろげられる。小屋のなか、たいまつの炎に照らされたのは無数の腕と三つの首をもつ怪物だった。
 腕にはそれぞれ刀や錫杖や槍といった武器が握られ、首はそれぞれ笑ったり歌ったりしている。
 美しい翼をはやしているが、白と黒がいり混ざったようなまだら模様をしていた。
「『山の神』があげる歌は人々の意識を少しずつ洗脳して、生贄を捧げ続けることに疑問をもたせないようにしてる。
 村の人々の目を覚まさせるには、『山の神(フチャーリ)』を倒すしかないわ」
 ティスルはドンと机を叩き、今まさに行われようとしている生贄の儀式をおもった。
「皆の力を貸して。もうこんなこと、続けさせちゃだめ」

GMコメント

●オーダー
・成功条件:『山の神(フチャーリ)』の撃破
・オプションA:ボタンの生存
・オプションB:ケイノスケの生存
・オプションC:その他村人たちの生存

 生贄の儀式が行われている最中に乱入し、これを中止させます。
 させる方法は自由ですが、乱入して『やめろ!』と説得することで彼らを止めることは可能でしょう。
 山の神(フチャーリ)の歌による洗脳をうけているとはいえ、微弱なものなので、説得による効果が見込めます。
 ここで説得に失敗した場合、彼らは必死で皆さんを追い返そうとするためこの後の戦闘において敵として加わります。(戦闘力は皆無ですが、ブロックや回避ペナルティに確実な悪影響を及ぼします)
※追加情報:フチャーリの洗脳は一日に一度行われる定期的なもので、次の洗脳が行われるまで半日はかかります。説得中の強制割り込みや影響の強化が行われることはありません。そもそも、邪魔が入らない想定で行われているようです。

 儀式が部外者によって中止させられたことを察すれば、間違いなく山の神(フチャーリ)は社に隠していた姿を現しこちらを排除しようとするでしょう。
 これと戦い、倒すことが必要になります。

 生贄の籠は強固な呪術によって閉ざされており山の神(フチャーリ)を倒さなくてはPCたちが開くことはできません。また不思議な呪術によって置いた場所から動かせないようになっているようなので、戦いは彼女を巻き込んで行うことになるでしょう。
 もし籠(とその中の娘)を放置していた場合、フチャーリに喰われフチャーリの強化や回復に利用されてしまうかもしれません。
 籠を守りながら戦うことになるでしょう。

●エネミーデータ
・山の神(フチャーリ) ×1
 衆合地獄によって作り出された偽りの神です。
 偽りだけあって神威をもたないただの怪物ですが、戦闘力はかなり高く簡単に撃退することはできないでしょう。
 特にBSへの耐性や回復能力があり、EXAの高さや自然回復能力をもつため、搦め手が通じにくい敵でもあります。
 OPで説明されたように無数の武器と首をもち、攻撃レンジや種類に隙がありません。
 また、場合によって【混乱】【狂気】【魅了】といった精神系BSを使うことがあります。精神耐性をもったりBS回復能力をもっていると効果的に対抗できるでしょう。

・失敗作 ×複数
 フチャーリが戦闘状態に入ったことで召喚されるアンデッド系の妖怪たちです。
 肉体構造がどこかおかしい女性達のアンデッドで、名前の通り衆合地獄が天女作成において失敗した際にできた存在たちです。
 フチャーリと比べ戦闘力が大きくおとり、BSもわりと通じやすい相手です。
 ですが放っておくと集中攻撃による回避ペナルティの増加やブロックによる陣形の封殺などかなり厄介な立ち回りをされてしまうので、フチャーリと引き離して戦う手段を考えましょう。
 基本的には肉体を武器化しての戦闘を行いますが、なかには自爆などの乱暴な攻撃方法をとるものもいます。ご注意ください。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

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●羅刹十鬼衆とは
 豊穣郷カムイグラで猛威を振るう魔種組織です。高天京への進撃に失敗した彼らは地方自治体に対して静かな侵略を行っています。
 都の復興に追われるカムイグラにとって対処できない悪であり、放置すれば必ず人々に災いをもたらす脅威なのです。

  • 死が二人をわかつまで完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年08月17日 21時45分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ティスル ティル(p3p006151)
銀すずめ
彼岸会 空観(p3p007169)
アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.
鏡禍・A・水月(p3p008354)
夜鏡
オニキス・ハート(p3p008639)
八十八式重火砲型機動魔法少女
幻夢桜・獅門(p3p009000)
竜驤劍鬼
アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)
不死呪
星芒 玉兎(p3p009838)
星の巫兎

リプレイ

●妖花狂咲
 ヌガサキ村へと至る道は少ない。
 山の間に切り拓かれた獣道同然のでこぼこ道を抜け、隣村から数えおよそ一日ほどかけてたどり着くという不便な場所にあった。
 領主からもなかば見放され、そこそこの年貢さえ納めれば喰うには困らず、欲張って外の世界に出さえしなければ安全に暮らせる。そんな村だった。
 『フチャーリの生贄』を除けば。
「生贄……ですか……」
 村へ続く、決して歩きやすいとは言えない山道を進む『鏡越しの世界』水月・鏡禍(p3p008354)。
 否定的な考えが多いことは分かっている。が、その時その場所の社会にとって、考え抜いた上でそうすることが最善であったというケースもまた少なくない。だから、『生贄を捧げる』という文化自体は否定しない。
「けど、知っておいて見捨てられるような性格では残念ながら無いのですよね……」
 今回は別だ。その必要が、本当にあるのかどうか。
「偽物の神様なんてボッコボッコにしてやるデス」
 『不死呪』アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)は胸にさがったドッグタグを手に取り、その表面に刻印された文字を指でなぞる。
 理解はできないが、『よくない』ということだけは直感でわかった。
「神威神楽の民は、良くも悪くも素朴です」
 『神使』星芒 玉兎(p3p009838)はやがて視界のあけた道の先に目を細める。扇子の上にぽわりと浮かんだ魔術発光体を消去すると、木造家屋のまばらに並ぶ農村が姿を見せた。
「神を知っていながら、神に触れるすべを多くの者が持ちません。それゆえに、姿を見せた神もどきに欺かれてしまうこともある。特に、高天原から遠く離れた田舎で暮らす民は……あまりにも素朴で、あまりにも脆弱ですわ」
(民を奪うのみならず、玩弄するか……)
 胸中の言葉はあえて口に出さず、パチンと扇子を閉じる。
 『撃劍・素戔嗚』幻夢桜・獅門(p3p009000)が「まぁなあ」とつぶやいてあたまをかいた。
「安定した実りがもたらされるとしたら受け入れちまうものか?
 けど、人を喰うやつは大体ろくでもない存在だと思うぜ。うちの村ならそんなよく分からんものに頼らないけど……」
 そう語りながら、故郷を思う。
 南部の辺境。高天原から離れた土地故に四神結界の加護を受けず、ヌガサキ村のように魔に支配されるリスクをもつ。実りは豊かなれど、それが日照干ばつや大雨洪水によって一年の実りをまるごと失ったら、どうなるだろう。
 蓄えを損ない、他の助けを得られないとしたら。
 その確実な解決が得られるなら、家族友人村の民すべてが飢えて死ぬより、一人の娘の犠牲を選んでしまうのだろうか。
 そんなことはないと、信じるところだが……。
「飢えは、心を弱らせちまうんだな……」
「それでも。誰かを犠牲に得た富は、いつしか自らを犠牲にするものとなる」
 『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は仕込み杖であることをもはや隠しもしなくなった大きな錫杖刀を取り出し、鞘から抜いた。しゃりんと錫杖にかかったリングがぶつかり、清い音を立てる。
「故に、この様な儀式は止めねばなりません」
「……だな」

「『フチャーリ』も、前にカムイグラを襲った天女の一部なんだよね?」
 『八十八式重火砲型機動魔法少女』オニキス・ハート(p3p008639)はぞっとしないなとつぶやいて、生贄を捧げるための催事場への坂道を上り始める。
 カムイグラでおきた大戦争のおり、羅刹十鬼衆なる魔種集団が手を組み東西南北それぞれより大軍隊で侵攻するという事件がおきた。百鬼夜行、子鬼津波、決死隊、そして天女。
「人間の体を好き勝手に弄繰り回す悪趣味な奴……。これ以上被害を増やさないように元を絶たなきゃいけないけど……」
 放っておけば、次々に犠牲は増える。
 以前発見した『がららぼん』のような物理的に人間を拉致回収していくパターンならまだしも――。
「木を隠すには、と云うものでしょうか。
 村の風習に乗じて実験材料の収集を行えば、確かに事の発覚を遅らせることが出来ます……」
 剣に手をかけ、いつでも抜けるようにする『plastic』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)。
 彼女の死線は、この事件を最も強く追っている(そして追われてもいる)『幻耀双撃』ティスル ティル(p3p006151)へと向けられた。
 階段をのぼるたび、彼女の美しい紫髪が毛先から黒く染まっていくのがわかる。いまや八割以上が黒く、そして表情すらどこか残忍なものへと変わりつつあった。
 吸血鬼を狩る者は吸血鬼をよく理解し、吸血鬼の思考ができるという。吸血鬼に侮られぬように服装や言動も吸血鬼に寄り、あまりにその生き方が理解できすぎたために人になじむことができなくなり、ついには吸血鬼におちることすらあるとも。そしてそれは、悪魔のみならずあらゆる世界のあらゆる悪に共通することである。
 ゆえにティスルの豹変ぶりに不安を抱きもしたが……。
「今できることをして。取り返しのつく分は、なんとかしましょう」
 何よりも強く浮かぶ決意のまなざしを、いまは信じることにした。
 ティスルが液体金属の指輪を親指で撫でると、飛び上がり回転する刀へ変えた。柄をキャッチし、ブンとふる。
「フチャーリは倒す。村のひとたちも、できるだけ助ける。皆、お願い……」

●華盆屋善衛門の石段
 この村に家を建てたのも、田畑に強い品種をもたらしたのも、そして娘をのせた籠を提供したのも、みな華盆屋善衛門という商人だった。物腰が柔らかく丁寧で、広く商いに通じた彼はこの閉鎖的な村の発展に大きく、そして切り離せないほどに寄与していた。
 彼の提唱した土地神が死体の継ぎ合わせだとわかっても、彼らはそれを飲み込んだかもしれない。
 鈴による洗脳がなくても、目を背けたかもしれない。
 それほどに、華盆屋善衛門という男の力は都から隔絶された辺境集落や村に働いていた。金による飴と怪物による鞭である。
 だが、それでも。
 そうだとしても……。
「大事な儀式を邪魔してごめんなさい。でも、大事な話なの」
 刀をもった女――ティスルの声が静寂を場を切り裂くかのように響いた。
 低く祝詞をあげていた人々もそれをとめ、籠をおろし儀式をはじめようとしていた人々も足をとめた。
「なんだ、あんた……」
 がたいのいい若い男が、籠を守るように立った。ケイノスケという男だ。
 ティスルは一歩踏み込み、思わず身構えた村人たちの顔を見回す。
「ねえ、山の神(フチャーリ)様と会った人はいる? あの神様の体が何でできているか思い出してみて」
「少なくとも、贄を捧げている相手。其れが神ではないことは確かですよ
 女人の血肉を集め、怨嗟が造られた異形の形。
 其れが神の名を騙るものの正体なのですから」
 ティスルのあとに続いて階段をのぼりきったアッシュが、鳥居のしたを潜りながら『Mistarille.』を地に引きずるすんでのところでとめる。
「バチ当たりなことを言うんじゃねえ! 山の神(フチャーリ)がお怒りになったらどうしてくれんだ! 何のために生贄を――」
「生贄とは本当に必要なのでしょうか?」
 村人のひとりが反論しようとしたところで、鏡禍が喰い気味に、そして強く声をあげてそれを阻んだ。
「生贄を捧げたから上手くいった、捧げなかったから上手くいかなかった。それは全部『偶然』なのではないでしょうか。
 ただ良いことがあった時にしたことを繰り返してるだけ、そして今では悪いことが起きるとも限らないのに良いことがあった時のことをしようとしている。
 村の、生贄になった人の周りの人々に悪いことを起こしながら。
 これが本当の平和でしょうか? 少なくとも僕はそう思いません!」
「そ、そんなことはねえ!」
 別の男が歯をむき出しにして威嚇の意思を見せた。
「華盆屋さんはこれで村が守られると言った。えらい商人さんが言ったんだ! これで、村が豊かになる。飢えてみんな死ぬよりマシだって――」
「その豊かさって、大事な家族を生贄に捧げても欲しかったものなの?
 そもそもそんな風に生贄を求めるものは本当に神様なのかな……?」
 オニキスの言葉に、威嚇の意思を見せた男は怯んだように口を閉ざした。
「そういう神様だって、いるかもしれねえ……知らないだけで……」
「だと、しても」
 玉兎が静かに前へ出た。
「そもそも――なぜ華盆屋という男は神様の求めを知る事が出来たのでしょう? 代々に渡って、神様を奉じてきたあなた方でさえも知らなかった、知らされなかった求めをどうして?」
「それは……えらい……商人さんだから……」
 これを、権威論証という。権威によって裏付ける帰納的推論であり、疲弊し思考を停止した人間ほどこの状態に陥りやすいという。
 だがひとたび論理の内容に焦点があたれば、薄々と感じていた矛盾に気付いてしまうものだ。
「今すぐにわたくし共を信ぜよとは申しません。どうか見定めてください。これより姿を現す者が、真にあなた方が奉じた神様かどうかを。
 もしその上で『神』を信ずるならば、その時はわたくし共を贄として彼の怒りを鎮めるがよろしいでしょう」
 それでも! と食い下がろうとする男達がいた。よく見れば、女性の姿はひどく少ない。
「なんのためにこれまで生贄を捧げてきたんだ! これをやめるなんて……!」
 一貫性の原理という心理状態のひとつだ。ひとは態度や言動を一貫したものにしたいという心理。であると同時に、かけたコストが膨大になるとそれが大損だと分かっても続けてしまうコンコルド効果にも似ていた。
 だがそれも、否を唱える人間が一定数現れることで収まる。
「貴方たちの求める富とは、豊かさとは、隣人を贄として与えられる物だったのですか?」
 無量のにらみつけるような視線に、打ち鳴らされた錫杖の音に、村人たちがびくりと身をすくめた。
「目を拓きなさい。欲で覆われたその視界を拭いなさい!」
「そうだぜ」
 獅門が剣を下ろし、手をかざして訴えかける。
「それは本当に神様なのか? 華盆屋ってやつが言っているだけで、神様が直接実りを約束したわけじゃないんだろ?」
「…………」
 静かになった村人たちのなかで、ケイノスケが絞り出すように言った。
「もうやめよう」
「ケイノスケ!」
 叱りつけるような声を出したのは、顔つきからして彼の父親だろう。
「よそもののことを信じるのか!?」
「あの商人だって同じよそ者だ! 正直、俺にだってこの人達が言ってることが本当だって信じ切れたわけじゃねえ。
 けど、どっちも信じられねえんだ。ほんとにボタンが死ななきゃ俺たちゃ幸せになれねえのか!? どうしてもか!? 他にやり方はねえのか!?」
 言い返す言葉がないようで、他の村人たちも苦しい顔でうつむいている。
「わかった……話し合おう。今日の所は、儀式をとりやめに……」
 父らしき男がケイノスケの肩を叩いた、その時。
「ナ・ラ・ヌ」
 無数の声がした。
 枯れ果てた喉から無理に絞り出したような、何日も飯を抜いた老婆のような声が、何人分にも重なって、地をゆらさんばかりの音量で響いた。
 ドッ、という音とともに巨大な石碑の岩がどかされ、その内側より折りたたまれた怪物が現れた。無数の腕と三つの首をもつ怪物である。
 と共に、身体部位の欠損した腐乱死体たちがよろめきながら、ある者は身を引きずりながら内側より這い出てくる。
「あの顔に、あの腕に、見覚えが本当に無いのか? あんな姿をしたやつが神であるものかよ!」
「皆様、ここから逃げてっ」
 剣を構える獅門。アオゾラも同じように身構えると、恐怖や驚きのあまり棒立ちになっている村人たちに魔眼の催眠術をかけた。はじかれたように彼らは階段をかけおり、儀式の場から逃げ出していく。
 唯一逃げ遅れたボタンを助けようと、ケイノスケが籠を破壊しようと叩いている。
「此処は危険ですから……」
 逃げてください、とアッシュが言おうとした所でフチャーリは太くふくらんだ足で跳躍。籠を狙って無数の手が繰り出される。
「――!」
 自らも跳躍し、フチャーリへ剣を叩きつけるアッシュ。
 籠の中からその様子を察したボタンが悲鳴をあげるが、アッシュはフチャーリの腕を剣でうけながら呼びかけた。
「下手に外に出るほうが危ないですから……もう暫く、御辛抱を。
 わたし達が、必ず守り抜いて見せます」
 そうした動きをフォローするためか、アンデッドたちが籠めがけて走り出す。
「本を正せばあなたも贄にされた者だった」
 無量の剣が閃きをおこし、空間ごと切り裂いたのではと思えるほどの斬撃によってアンデッドたちの肉体を真っ二つに切り裂いた。
 その脇を回り込んで走るアンデッドたちだが、玉兎がヒュンと閉じた扇子を振ると星型の魔術発光体がアンデッドへと直撃。
 意識を操作されたアンデッドは急速に振り返って玉兎へと狙いを定めた。
 それだけではもちろん足りない。アオゾラはアッシュの援護をすべくフチャーリへと挑みかかった。
「山の神様を抑えるデス」
 大量の腕がアオゾラの肉体をむしるように破壊していくが、それにも耐えながらしがみつき動きを止める。アオゾラたちの意識を混乱させようと手に持った鈴を打ち鳴らし始めるフチャーリ。
「無駄デス」
 が、アオゾラはそれを吹き払う呪術を予め自らに仕込んでいた。
「アンデッドの人たちは任せてください!」
 その間に鏡禍は籠へ駆け寄ろうとするアンデッドたちめがけて鏡の妖術を展開した。
 まるで仇敵に出会ったかのように鏡禍をにらみつけ、群がるアンデッドたち。
 そのすべてに対して、鏡禍は手鏡から不自然に反射した光を槍の形にねじり、それを掴んで振り回した。
 アンデッドたちを振り払うには充分……だが、鏡禍の防御を押しつぶせるだけの数が相手にはあった。
「長くは持ちません。早く!」
「っし――!」
 獅門は己に気合いを入れると、振りかざした剣に鬼の気を込めた。
 野山で獣や賊を相手に振り回した剣は彼独特の型を作り、彼独特の気を作った。そしてそれは今、見知らぬ誰かを守るための刃となって発動する。
「ティスルさん、一緒に頼む!」
「私も準備はオッケー。一緒に行くよ!」
 オニキスはがちがちと激しい変形を終えた『マジカル☆アハトアハト』の狙いをフチャーリへと合わせた。
「接地アンカー射出。砲撃形態に移行。砲身展開。バレル固定。超高圧縮魔力弾装填――」
 固定砲台と化したオニキスが、そして獅門が。
「発射(フォイア)!」
 全く同時に力を解き放ったその瞬間。
「指の骨ひとつ残してやらない。華盆屋善衛門」
 ティスルは真っ黒に染まった髪を乱し、やや長くなった前髪で片目を隠した。
 目が見開かれ、剣にどす黒く淀んだ呪詛が巻き付いていく。
 それは体全体に巻き付いたようにも見えた。
 オニキス、獅門、同時着弾。そうしてえぐられたフチャーリの背に、ティスルの剣が深々と突き刺さった。
「――この大地より去(い)ね」

●神をなくした村
 フチャーリを倒したことで、村は生贄の風習から開放された。
 あんなものを見てしまっては、とてもではないが華盆屋善衛門を信用することはできなかったからだ。後に弔った元アンデッドの死体たちが、自分たちの肉親だと知ればなおのことだろう。
 彼らは何か礼をしなければと言ったが、獅門たちはそれを断った。
「金はもう貰ってる」
「私達は所詮傭兵。礼を言われる筋合いはありませんわ」
 そんなふうに、冷たく突き放したという。
 もしかしたらそれは、この村に第二の華盆屋善衛門を作らないための優しさだったのかもしれない。
 誰かの支配や借りではなく、自分たちで考えて生きていくための。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――ミッションコンプリート
 ――今回の事件を調査し、獲得した『女性』たちのルートを洗い出しています

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