PandoraPartyProject

シナリオ詳細

彩海の水面

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 清涼なる海風が射干玉の髪を浚っていく。
 波間に煌めく陽光の反射と耳を擽る海音に身を委ねれば、母なる揺り籠を思わせるだろう。
 郷愁という名の懐かしさに琥珀色の目を細めた。
 数度瞳を瞬き『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)は白い砂浜を見渡す。
 この浜は天香が所有する避暑地にある。日差しを遮るように育てられた木々の間、爽やかな風がながれる場所に天香の別邸が建てられた。そこから道を下ればすぐ砂浜が広がる風光明媚な立地。
 心置きなく海が満喫出来るこの地を遮那は気に入っていた。

「わぁ……広いッス。これが全部、プライベートビーチですか」
「ぷらいべーと?」
 使い魔の望を小脇に抱えた鹿ノ子 (p3p007279)が浜辺を見渡すように左右に首を振った。
「この浜辺を天香家が所有してる事に驚いたッス!」
「そうだな。私も此処は静かで気に入っている。だから、其方達を連れてきたのだ」
 兄達と共に夏の暑い時期をここで過ごした思い出が蘇る。忙しい兄も此処に居た時は穏やかな表情を見せてくれていたのだ。
 そんな思い出の地に友人達を連れてくることが出来て、遮那は感慨深い思いを胸に抱く。
 また、ここで楽しい思い出を紡いで行けたなら。
 爽やかな気持ちで琥珀色の視線を白い砂浜と青い海へと向けた。

 鹿ノ子が羽織りを置いて一歩前に出た瞬間、遮那の顔が硬直する。
 愛らしい水着が彩る背中その終着点に視線が釘付けになった。
 ――大きな毛虫が付いている。
 臀部の布が一部破れて、大きな毛虫が付いているではないか。
 今はまだ刺されていないようだが、毒針でも持っていたら大変だ。
 遮那は咄嗟に自分の羽織を脱いで鹿ノ子の背後へと近づく。
 そして、羽織ごと鹿ノ子を後ろから抱きしめた。
「……ぁ」
 鹿ノ子は一瞬、何が起こったのか理解出来ず琥珀の瞳を見開く。
 力強い腕に抱きすくめられているという事実に思考が追いつかない。
「遮那さ……?」
「落ち着いて聞いてくれ鹿ノ子よ。其方の背に大きな毛虫がついておるのだ。毒針があるやもしれぬ、私がそっと取り除くからこのまま動くでないぞ」
「毒針……わ、分かったッス。じっとしてるッス」
 遮那に抱きしめられた鹿ノ子が微動だに出来る筈もなかった。顔の近くに感じる息遣いだとか片腕の力強さだとか毛虫が背に付いているだとか、色々な事が同時に起こりすぎて耳がじんじんと赤くなった。
 手を胸元で握り絞めて真っ赤になった顔で、ぎゅっと目を瞑った。
 掛けられた羽織の中に遮那の手が入り込み、毛虫を探っている。
「いま、取ってやるからな」
 背中の肌がざわつき、毛虫からの解放を待ち望んだ。
 されど。

「ひゃ……!?」
 遮那の手が掴んだものは、尾てい骨から小さく伸びた鹿ノ子の『尻尾』だった。

 ――――
 ――

「おや、遮那さんどうされました?」
 白い砂浜に遮那が蹲っているのを小金井・正純 (p3p008000)が気がつき駆け寄る。
 その傍らでは困った様にオロオロと眉を下げる鹿ノ子が見えた。
「何かあったのか?」
 正純の後ろから御狩 明将も心配そうに遮那の横に膝を着く。
 だが、次に聞こえてきた声に明将と正純は首を傾げた。

「……本当に、済まない。鹿ノ子よ」
「大丈夫ッス! ちょっとビックリしただけッスよ。だから、顔を上げてください」
 遮那は心痛な面持ちで――土下座をしている。
「一体何が?」
 正純は鹿ノ子に視線を上げて、この土下座の詳細を問うた。
「ええと、遮那さんが毛虫と間違えて僕の尻尾を掴んでしまっただけッス」
「あ、あー…………。なるほど。普段は服で隠れていますからね」
 優しい微笑みを浮かべ、正純は遮那の肩に手を置く。


「ねえ、吉野君。遮那さん達と上手く行ってるの?」
「上手くって……そりゃ勿論」
 タイム (p3p007854)の問いかけに柊 吉野は視線を逸らす。
 青の洞窟は差し込んだ光に海底の色彩が反射する幻想的な空間だ。
 前を行く正純と明将を見遣る吉野は気まずそうに唇を噛みしめた。
「多分、大丈夫なはずだ。それより、そっちはどうなんだ? その体調とか」
「あらら、心配してくれるの? 嬉しい。この通り全然健康よ?」
 にっこりと微笑んだタイムに、言葉選びを間違えたと顔を真っ赤にする吉野。
 その様子を聞いていた正純は明将の頭を優しく撫でた。
「なんすか」
「いいえ、何でも無いですよ明将」
 青の洞窟に広がる色。彩海の水面――

「ほっほっほ、夏祭りをゆっくり楽しんでくると良いのです」
 浅香・喜代は別邸の玄関から咲花・百合子 (p3p001385)と姫菱・安奈を送り出す。
 安奈は浴衣、百合子はいつもの白いセーラー服を着ていた。
「戦いも無く、のんびりと過ごす日々はむず痒いが、何となく誰かが平和であるというのは良い物だと思う様になってきたかもしれぬ」
 美少女らしからぬ考えかもしれないそれを同族の前で吐露するのは勇気の要ることである。
 だが、この姫菱・安奈はそれを許容してくれる。
 そこが自分とは違って良い。
「なあに、束の間の『休息』も修行の内ぞ。百合子殿」
「た、確かにな。よし、屋台の端から端まで全制覇だ!」
「おう。望む所よ!」

 橙色の提灯がゆらゆらと揺れていた。
 隠岐奈 朝顔 (p3p008750)は人混みに入るのを躊躇うように眉を下げる。
「どうしたのだ朝顔。行かぬのか?」
「えっと、私が行くと小さい子供とかが視界に入りにくくて、怖いんですよね。蹴っちゃいそうで」
 人混みというものはいくら気を付けようとも、大人の影により小さな子供を隠してしまう。
 幼子を傷つけてしまうぐらいなら、自分が我慢した方が良いのだと朝顔は微笑む。
「そうか……なら、今夜は私が其方の前に居れば問題無いな?」
 普段は朝顔が前に出てくれるけれど。誰かを傷つけてしまうのが怖いというのなら、その憂いを払うのが遮那の役目であろう。
「では、往くぞ。向日葵」
 皆が居る前ではあまり呼ばないその名を。今日だけは口にして。手を差し伸べる。

 夢見 ルル家 (p3p000016)は縁日の喧噪にはぐれそうになる遮那へ咄嗟に手を伸ばした。
 伸ばして伸ばして、人混みの中に離れていく遮那の姿。
 人が沢山居るのに独りぼっちになってしまった焦燥感が胸を締め付ける。
 こんな思いをするようになったのは、何時からなのだろうか。
 小さな感情の揺れ動きに涙が出そうになるのは何故なのだろう。
 後ろから背を押され、足が絡む。転びそうになる身体。
 されど、重心を崩したルル家を力強く支える腕があった。
「ルル家!? 大丈夫か!?」
「遮那くん」
 今度ははぐれないように、しっかりと繋いだ手――

GMコメント

 もみじです。カムイグラの夏。
 遮那と夏の思い出を綴りに行きましょう。

●目的
 夏を満喫する

●ロケーション
 天香の別邸がある避暑地。
 青い海と白い砂浜が広がるプライベートビーチがあります。
 海沿いに進むと、青の洞窟があります。
 また、近くの村で縁日があるようです。

●出来ること
 基本的に一人ずつの描写を行います。場所は絞った方が濃い描写になります。
 もちろん、皆でわいわいしても分散しても大丈夫です。

【A】海水浴
 青い海で泳ぐ事が出来ます。
 砂浜を歩いたり、波打ち際で揺られてみたり。
 冷たいかき氷なんかも用意されています。分け合ってみたり。
 別邸には喜代婆がいてくれますので、美味しいご飯なんかも食べられます。

【B】青の洞窟
 洞窟の中は光が反射して幻想的な青色に染まっています。
 船を漕いで入って行きましょう。
 洞窟の奥には仄かに光る石があるのだとか。
 お揃いに加工してみるのもいいですね。

【C】縁日
 近くの村では縁日が行われています。
 浴衣を来て出かけてみましょう。
 金魚すくい、水風船、輪投げ、型抜き、串焼き、お面
 縁日でかき氷や焼き菓子を食べながら歩いたりしてもいいですね。
 迷子にならないように手を繋いで行きましょう。

【D】花火
 夜には花火が上がります。
 星空に咲き乱れる花火を一緒に見上げましょう。
 別邸からゆっくりと見るのもよし。浜辺を歩きながら見てもよし。

●NPC
○『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)
 豊穣の大戦で天香の当主と成り日々精進しています。
 今回は夏の避暑地へ羽根を伸ばしに。
 何処へでもついて行きます。

○柊 吉野(ひいらぎ よしの)
 遮那に仕える獄人の少年です。
 タイムさんの関係者です。

○御狩 明将(みかり あきまさ)
 遮那の友人です。八百万です。
 大戦の折焼け出された所を拾われました。
 吉野とは少しぎこちない雰囲気です。
 正純さんの関係者です。

○望
 遮那の使い魔。狛犬の姿で伝書鳩の様な役割を担っています。
 豊穣の錆塚峠の麓で遮那に鎮められた精霊です。
 もふもふです。鹿ノ子さんの関係者です。

○姫菱・安奈(ひめびし・あんな)、浅香・喜代(あさか・きよ)
 天香家の家臣。遮那を見守っている家族のような存在です。
 百合子さんの関係者です。

  • 彩海の水面完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2021年08月08日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
鬼桜 雪之丞(p3p002312)
白秘夜叉
鹿ノ子(p3p007279)
豊穣の守り人
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
隠岐奈 朝顔(p3p008750)
未来への陽を浴びた花

リプレイ


「流石天香家、このような別邸と避暑地があるとは」
 白い砂浜を見渡し『星の救済』小金井・正純(p3p008000)はほぅと溜息を吐いた。
「……私泳げないんですが」
「そうなのか?」
 正純の隣に立つ『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)は彼女の顔を覗き込む。
「あ、ええ。その日焼け止めとかも塗らないとですし」
「手伝うか? 背中とかに塗るものなのだろう?」
「ああいえ、遮那さんのお手を煩わせずとも自分で塗れますので、ええ!」
 遮那の視線から逃げる正純。
「だ、大丈夫ですから! ちょっとこの水着背面の装甲に不安があるのでゴニョゴニョ。明将! 明将に塗らせますので!」
「何で、俺が」
 急に矛先を向けられた御狩 明将が眉を寄せる。
「なんですかその顔は。主君に日焼け止め塗らせるわけにいかないでしょう」
 ブツブツと文句を言う明将に陽に焼けて熱々になった義手を見せる正純。

 しばらく遮那と明将が遊ぶのを見守っていた正純は別邸へと戻ってくる。
「あ、喜代さん。泳ぎ疲れて帰ってくるだろうあの子たちのために飲み物やタオルをお預かりしても宜しいですか?」
「はいはい。構いませんよ。この婆も手伝います故」
 正純と喜代婆が準備を終えた頃、遮那達が海から帰ってくる。
 タオルと飲み物を手渡して、涼しい場所でかき氷を一緒に食べるのだ。

「ふふ、懐かしいですね。初めて天香邸にお邪魔して、遮那さんとお会いした時もこうしてかき氷を食べていた気がします」
「そうだの。あのかき氷美味かったの」
 あの頃と比べて遮那の身長は随分と伸びた。
「遮那さん、ちょっと立っていただいていいですか?」
「うん?」
 言われるまま正純の前に立つ遮那。以前は見下ろしていた視線も今では顔を上げなければ疲れてしまいそう。
 悪い夢が僅か過り、正純は悟られぬよう一歩後ろに下がった。
 表情には出さぬけれど心臓に棘が刺さったように内側が冷える。 
「やっぱり、大きくなられましたね。身長、抜かれちゃいました」
「何だか、不思議な感じがするのう」
 変わって行くもの。変わらぬもの。其れ等を抱えて過ごしていく。


「気兼ねなく遊べるの、さいこう!」
 一瞬だけ見えた遮那の寂しそうな顔を見なかった振りをして『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)は務めて元気な声を上げた。
 自分はいつも通り元気に過ごす。それが誰かの救いになることを知っているから。
 ひんやりとした洞窟は一面が青に彩られて幻想的な光を映し出す。
「どうしてこんなに海が青く見えるのかしら?」
「洞窟の入口から入った光が水底に反射してそうなるらしい」
 柊 吉野はタイムの問いかけに櫂を漕ぎながら応えた。

「このあいだ暗殺者に襲われた時は驚いたわ。春日村や錆塚峠の様子もまた改めて見に行かなきゃね」
「そうだの」
「あの時一緒だった明将さんとはお友達なんでしょう? 彼も元気? 仲が悪いって訳ではないのよね?」
 幻想に居た頃より明将に対しての態度が全く違ったとタイムは吉野を見つめる。
「いや……」
「ん、んん? どうしたの吉野さん。遮那さん、わたしったらマズい事聞いちゃったかしら!?」
 気まずそうに頬を赤く染める吉野は言葉を詰まらせた。
「……仲が、悪いって訳では無いけど」
「まあ、出会いは最悪だったからのう」
「思い出すだけでも腹が立つ」
「あらあら。その話し、今度じっくり聞かせて欲しいな」
 眉をゲンナリさせた吉野だが、タイムが知りたいならばと「また、今度な」と言って櫂を回す。

「タイム危ないぞ?」
「だいじょぶだいじょぶ! わ、冷たくて気持ちいい~」
 船から身を乗り出すタイムを遮那が支える。
「大人の方がはしゃいでるぜ」
「タイムは可愛いからの、ふふふ」
「もう、そんなに笑わないでようっ」
 頬を膨らませたタイム。遮那と吉野の笑い声が洞窟の中に響いて。
 洞窟の奥まで進んだ船を浮かばせて、浅い場所にある光る石を三人で探す。
 三人お揃いの御守を見つけ、手に乗せればほんのりと優しく光っていた。
 和やかな時間の流れに、目を細め――


『白秘夜叉』鬼桜 雪之丞(p3p002312)は面と向かって話すのは初めてだと遮那に恭しくお辞儀をした。
「改めて。拙は鬼桜 雪之丞、と申します。呼び名は、どうぞお好きに」
「よろしく頼む雪之丞」
 他の皆とは違い雪之丞は遮那の事を知らない。だからこそ話しを聞いてみたいと思うのだ。
 縁日の橙色が視界に揺れる。
「どうでしょうか」
 雪之丞は狐面を被ってこてりと首を傾げた。
「似合っておるよ雪之丞」
「遮那様も、お面。似合っておりますね」
 朗らかな笑顔で笑い合い。祭りを堪能する二人。

 縁日の金魚を大切そうに見つめる雪之丞はカランと下駄を鳴らし振り返った。
「最後にひとつ。この縁に、友人と、呼んでもいいでしょうか」
 この世界に来てから幾年か経つけれど、化生の身故に。未だ『友人』とは縁を結ぶ事が難しい。
「少なからず親しくして頂ける方は居るのですが、遮那様との切欠を頂けたら嬉しゅうございます」
 僅かに寂しそうな瞳が遮那を見上げる。
 それが捨てられた子猫のようで切なくなる。
 その悲しみが癒されるなら、否、友達になる事は難しくなんて無いのだ。
 大丈夫だと言うように遮那は雪之丞へ笑顔を向けた。
「そんなに堅苦しく無くても良い。様でなくても構わぬ。其方は私の『友』なのだろう?」
「……はい。では、遮那さんと。呼び捨ては、何やら気恥ずかしいですから」

 打ち上がった花火を見上げる遮那に雪之丞は伝う。
「縁とは交わり、結んでは、解け、離れるものですから。貴方との縁が、長く続くものであることを、願ってます……ですから、友となったからには、長生きして頂きますから、お覚悟を」
「これは、誠意を持って応えねばならぬな! それを見守る其方も決して死ぬでないぞ」
 新しい友と交わす約束。夏の夜の思い出。


「鬼灯くん、あれはなあに?」
 腕の中の章姫に後で買いに行こうと『零れぬ希望』黒影 鬼灯(p3p007949)は目を細める。
 黒い羽織に白い胴着に身を包み。豊穣の祭りを楽しむのだ。
「遮那さん、お誘いありがとう! 縁日ってすごいのねぇ!」
 夏の思い出は遮那を慕う子らに任せ、自分は年上の男として遮那を甘やかそうと肩に手を置いた鬼灯。
「遮那殿が食べたい物や遊びたい物を好きなだけ選ぶと良い。全額俺持ちだ」
「いや、それは」
 首を振る遮那におどけながら鬼灯は言葉を投げる。
「なに、俺が貴殿を年相応に甘やかしたいのだ。普段あれだけ立派に執務をこなしているのだから今日くらいはいいだろう? 護り忍の我儘を聞いてくださらぬか」

「そうだ。遮那殿。改めて紹介しよう。暦の一角、師走だ」
 鬼灯の影から怖ず怖ずと出てくる師走の手を取る遮那。
「あ……師走です。暦の一人……なんですが俺より卯月の方が話し相手には相応しかったんじゃ、それより俺なんかが天香の縁日に来ていいのか、あ、やばい死にたい」
「……まあ、彼はこういってるが優秀な男でな。貴殿の救出作戦の折にも居合わせたんだがこうして紹介するのは初めてだろうから」
「そうか。ありがとう師走」
 握った手は力強く。琥珀の瞳は真っ直ぐに師走を見つめた。
 
 鬼灯は旅人で豊穣の常識は知らない。
 けれど遮那はまだ15歳の子供なのだ。重い責任をその肩に背負っている。
 責任感の強さに押しつぶされてしまうかもしれない。
 そんなとき、弱さを見せられない大切な女の子達ではなく。
 気負い無く相談できる相手も必要だと思うから。
 その役ぐらい担える護り忍であれたらと思うから。


「実を言えば縁日で遊んだことがないのだ」
『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)は姫菱・安奈へ視線を上げる。
 元の世界では祭りを主催する側で、こうして役目無く遊ぶ事が無かったから。
「故に、だ。エスコートを頼んでもよいだろうか?」
 前までは誰かと祭りに行きたいなんて思いもしなかったのだ。
 だって、そんな我欲、知らなかった。いけない事だと思っていた。
「ああ、勿論であるぞ。共に行こう。百合子殿」

 林檎飴の赤さに目を輝かせる百合子。宝石のような美しさを一口食めば甘酸っぱさが広がる。
 次に百合子が立ち止まるは綿あめの屋台。ふわふわの雲が重なって行くのを興味深そうに眺めていた。
「そっちの綿あめも気になるのか?」
「綿あめ! これも飴か……もしかして向こうの兎や亀の人形も!?」
 パチンパチンと柔らかい飴を切って形を整えて行く飴職人の手さばきに百合子は感嘆の声を上げる。

 祭りの喧噪から遠ざかり海が見える高台にやってきた安奈と百合子。
 あれだけ賑やかだった熱気が遠ざかる。百合子は不思議な感覚を覚え胸に手を当てた。
「ああ、そうか。安奈殿、聞いてくれるか。とても「美少女」らしくない事なのだが……」
 言いづらそうに間を開ける百合子の次句を安奈は見守る。
「…………『私』は、きっと寂しかったのだろう。人の輪に入れない事が、皆と同じように自分の意見や心情を吐露する事が出来ない事が……孤独で居る事は辛い事ではなかったのでずっと気づかなかったのだ」
『生徒会長』以外の行動原理なんて『自分』の存在意義が無くなってしまう様な気がして怖かったから。
 この思いさえ、誰かが考えたものなのではないかと、心の奥底が濁る。
「否、皆に望まれたようにあるのが楽だったからからかもしれぬ」
「そうか。寂しかったのか。よく、独りで頑張ったな」
 百合子の身体を安奈の腕が優しく包み込んだ。
 そして思い知る。
「だから……今、やっと、やっと! わかった……っ!」
 今まで知覚できなかった感情はこんなにも傍で、止め処なく流れていたのだと。
 小さな小さな『産声』は安奈の耳にしっかりと届いた。


 夜空の彩花に『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)の顔が照らされる。
「……その浴衣、ルル家さんとおそろいだったりするッスか?」
「いや? この肩掛けは揃いだが、浴衣は片身替わりといってな。二色の生地を使っている。気になるならこの肩掛けは仕舞っておこう」
 そう言うと遮那は肩掛けを懐の奥に仕舞い込んだ。
「お二人が並んで歩いていると……お似合いだなぁって、ちょっと思ったッス」
「そうだの。彼奴は背を預けられる親友だからの。私に気負いせぬしな」
「……だめですねぇ、僕。遮那さんの前ではいい子でいたいのに……」
「どうした?」
 視線を落とす鹿ノ子の顔を覗き込み首を傾げる遮那。
 自分と誰かを比較して、優劣をつけるなんてこと微塵も興味は無かったのに
 嫉妬の棘で視界が赤く染まってしまう。囚われて身動きが出来なくなる。
 優しい言葉も固い約束も染み出した血(こころ)に不安を覚える。

「遮那さん……遮那さんは、神ヶ浜の恋の歌をご存知ッスか?」
 豊穣の地に伝わるその歌は、慣れない異国の文化で。意味を理解するのに苦労したけれど。
 恋の歌なのだと教えて貰ったから。
 ――ぬばたまの 夏の夜に出る 蛍火は 神ヶ浜にも 恋ひ渡るかな。
「あれを聞いて、僕は、自分には蛍火は似合わないなぁって思ったんッス」
 闇夜を小さく飛んで行く灯では足りない。鳴かぬ蛍ではいられない。
 鳥も風も月も咲き誇る花でさえ、鹿ノ子の想いを語るに能わず。
「僕、ずっと花火になりたかったんッス」

「……ぬばたまの 夏の夜に咲く 極彩の 和火と散りても 君の瞼に」
 この恋が、夏の夜空に咲く色取り取りの花火のように、一瞬で燃え尽きてしまったとしても
 貴方の瞳に焼き付くことさえできたなら、僕はきっと後悔などないでしょう。

「我儘を言うなら、僕、遮那さんの隣がいいです。結婚とかお付き合いとか、そういうのはよく分からないけど……生きていくなら、貴方の隣がいい」
「そうだな。私も鹿ノ子が隣に居てくれると心地よい」
 遮那は鹿ノ子の指先に触れて瞳を伏せた。
「だが、結婚の話しは待ってほしいのだ。朝顔と今年一年誰も選ばないでほしいと約束をしておる。だから、縁談なども断っておる」
「……ぁ、縁談。た、確かに来ないわけは無いッスよね」
「恋や愛が分からぬ内から、全く見知らぬ者と縁談と言われてもな。今はまだ考えられぬのだ。それは相手にも失礼だし、誠実では無いような気がしてな。それに今の私には兄上が市井の出身である姉上を傍に置いたような権力の土壌が無い」
 己の無力さは遮那自身が一番よく知っている。当主といえど。否、当主だからこそ内外の圧力をひしひしと感じているのだ。自分だけの力ではどうしようもない重圧に親しき者達を晒したくない。
 世界を救う神使達の輝きを失わせたくないと思ってしまう。
 されど、だからこそ。夜空に咲く花を見上げる今だけは、何者にも縛られぬ遮那と鹿ノ子でありたい。

「――ひさかたの 光眩き 夏の日の 伝う言の葉 忘れ得べきや」
 一年前のあの日。夏の日差しよりも鮮烈な、生涯忘れる事なんて出来はしない『輝き』に出会ったのだ。


「……あれから1年経つんですね」
 青の彩りに船を漕ぎ『天色に想い馳せ』隠岐奈 朝顔(p3p008750)はぽつりと零した。
 洞窟の奥には光石がありそれを取りに行く最中、ギィギィと櫂の音が反響する。
 朝顔は前を向きながら思考の波に囚われた。

 きっと己の苦しみを伝えれば遮那は慰めてくれるだろう。
 だが、それは苦い思い出になるかもしれない。遮那には笑っていてほしいのだ。
 だから小さな演劇をする。少しでも遮那が見てくれるように。
『有る所に笑顔がとても似合う素敵な男の子に恋する少女が居ました。彼女は願います。どうか彼の最愛になれますように、と』
「向日葵?」
 立ち上がった朝顔は遮那に微笑み掛ける。
『少女の願いが叶うよう、神様は『心に寄り添い、苦難を支えよ』『焦らず。最愛を求めるならゆっくりと育め』と助言をしました』
「演舞、か?」
『けれど少女の不安と焦燥感は増すばかり。”彼が熱を帯びた目であの子を見ている気がする””あの子の本音を知ったら、私より大切にするに決まってる!”』
 悲痛な叫びが青の洞窟に木霊する。
『何せ、少女は自分が嫌いで自信がありません。自分を守りたいという少年の言葉すら、それは本当に私だから?と疑ってしまいます』
『ついに少女は自分の恋心に耐えきれず、焦燥感と嫉妬に塗れた海に落ちてしまいました』
 朝顔の身体は青の飛沫を散らしながら海の中へ沈んで行く。
「向日葵!?」
 驚いて身を乗り出した遮那の目の前に煌めく飛沫を纏った朝顔が水面から勢い良く飛び出した。
『けど彼が私に声をかける度。見つめてくれる度。何度でも飛び立てるんです』
 遮那の頬に手を当てて、天色の瞳で見つめる朝顔。
「ねぇ遮那君。君が別の人を選ぶんじゃないかと。私は怖くて焦って失敗してしまう。けど、君が私を選んでくれるなら。いつまでも側に――こんな風に君と私の負の感情を輝きへ。涙も笑顔に変えてみせるから」

 ――どうか私を選んで欲しい。

「約束を覚えているか。新年に其方は私に約束を取り付けただろう」
 ――選ばないで。今年一年は待って欲しい。
「縁談も来ているが全て断っている。其方との約束があるからな。誰も選ばないということは、其方も選ばれないということだ。だが、それは其方の望むものではないだろう?」
 遮那は琥珀色の瞳を僅かに伏せて水面に視線を落とす。
「それにな、選ぶという意味が分からぬのだ。其方は選べ選べと急かすけれど、何を選べというのだ。天香に嫁ぐということか? だが、それは私の一存では決められぬ。何故なら私は天香の長だからだ」
 八百万の貴族にとって獄人を娶るということは、内外から強烈な反発を買う。
 それはカムイグラという国の歴史そのものであるから、簡単に意識を変えられるものではない。
 特に八百万の貴族の中で育った者は獄人を同じ人間として見て居ない現実がある。
 明将と吉野の確執は、明将の『何気ない一言』が発端だった。
 気高き八百万の血に獄人が入り込むなど考えられない。それは位の高い貴族の一族ほど顕著だ。
 遮那が獄人に対して差別意識を持っていないのは市井の出身だから。差別を受ける孤児の側だったから。
 差別意識の変革。それが簡単に行くのであれば、姉も兄も死ぬ事は無かった。
 いつか遮那が見た夢の様に、二人仲睦まじく寄り添って幸せに過ごしていただろう。
 されど現実はそうではない。
 その事実を獄人である朝顔に伝えた所で悲しませるだけ。

 けれど、朝顔が選択を求めるのならば遮那はきちんと伝えるべきだと判断した。
「私は其方と共に笑い合い時に励まし合いながら過ごす事が出来れば幸せだと思っていた。友人というには余りにも其方の存在は大きい。だが、嫁ぐというならば話しは変わってくる。それは簡単なものではない。周りを納得させられるだけの土壌が必要だ」
 真剣な表情。朝顔の言葉を真摯に受け止め遮那が返す『誠意』。
 それは正に『心に寄り添い、苦難を支えよ』『焦らず。最愛を求めるならゆっくりと育め』という助言の真意たるものだった。


 握られた手を握り返し、『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)は緑柘榴の瞳を上げる。
「初めて手を握ったのは遮那くんが居なくなるかもと思ったあの時でしたか」
 戦いの最中離れて行く『友』の手を握ったのは怖かったから
 このままもう会えなくなるのではないかという単純な恐怖。
 随分前に必要無いと『捨てた』はずの感情。
「今こうして楽しそうな顔を見れる事が本当に嬉しいんです」
 嬉しい――自分が零した言葉に心の奥がザラリと砂を食む。

 ルル家は手を離し遮那を後ろから抱きしめた。顔を見られぬように。背に押しつけて。
「遮那くん。遮那くんは立派ですね」
「まだまだ兄上には遠く及ばないがな」
「いいえ。それだけじゃないです」
 出会った時から懸命に我武者羅に。誰かの為に邁進する姿。それは。
「かつての拙者に似ていました」
 希望に満ちた『普通の女の子』だった頃の自分。
 目も眩むほどの輝きを放つ瞳は羨ましくあった。要らないと諦めたものを持っていたから。
「拙者は遮那くんが思ってるより、ずっと弱いんです」
「ルル家が弱い?」
「はい。とてもとても弱いですよ。拙者は。強く見えるなら、それはズルをしてるだけなんです」
 罪の意識に耐えきれなかった弱い自分が選んだ生存手段。偽りの強さ。
 それが今になって瓦解しようとしている。
「遮那くんだけじゃない。ヴィオちゃんにも、リズちゃんにも、アレクシア殿にも。拙者は偽りの自分で接している」

 そんな自分を、どうして好きになれようか。
 ――嫌いで嫌いで大嫌い。
 対等で居られぬ自分が誰かに好かれて良いはずが無い。

「ルル家」
「どうか、今は振り向かないで下さい……」
 涙は流れないはずなのに、遮那の背には暖かな染みが出来ている。
 強く強く抱きしめて。
「でも今のままじゃいけないと思ったんです」
 歯を食いしばる。
「今の拙者は自分を好きになれないんです。今の自分では遮那くんに相応しい自分と思えないんです……」
 だから。
「本当の自分ともう一度向き合ってきます。拙者が戻ってこれるように約束をして貰えませんか?
 遮那くんとの約束があれば拙者は必ず帰ってきますから……」
 ルル家は遮那の背中で顔を擦って、小指を差し出す。
「帰ってきたら聞いて欲しい事があるんです」
 指を絡ませ約束をする。例え今の自分から『嘘』が消え去ったとしても。
 この恋(きもち)だけは嘘じゃないと言い切れるから。
 だからその時。
 もう一度、有りの儘の自分の言葉を伝えるから。

 離れる小指、踵を返すルル家に手を伸ばし。
(待て、ルル家! ならば私は誰を頼ればいいのだ! 誰に背を預ければいい!?)
 そう言いかけ、しかし遮那は唇を引き結ぶ。それは親友の覚悟と誓いを穢す言葉だから。
 だから、その手を掴まず。遮那は琥珀の瞳を上げる。
 遮那は決意した。決意と共に言葉を選んだ。
「分かった。ならば、武人として私は其方を送り出す」
「遮那くん?」
 振り向いたルル家の瞳を真っ直ぐ見つめ、遮那は言葉を紡いだ。

「ルル家よ。其方が本懐を遂げるまで、天香の敷居を跨ぐことは許さぬ――!」

 それは門出の言葉としては物騒であった。されど、別れの言葉としては優しすぎた。
「はい……お世話になりました。夢見ルル家、お暇申し上げます。お元気で」
 深々と頭を下げたルル家は今度こそ踵を返し、遮那の元から去って行った。

 群青に星と月明り。
 橙色の提灯と縁日の喧噪が遠ざかっていく。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 夏の日の思い出は深く刻まれたことでしょう。

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