PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<現想ノ夜妖>誰ゾ罪アリ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●黄昏に沈む景色
 ある晴れた日の夕方だった。
 硝子越しに店内を差す西日は淡くオレンジを帯びている。
 昼のピークは過ぎ、夜のピークはまだ至らず。
 その喫茶の中には客がなかった。
「いらっしゃいませ」
 ちりんとなった鈴に合わせて店主が顔を上げれば、そこには洋風のスーツに身を包んだ男たちが数人。
「あぁ、ここだここだ――そいつだよ」
 その中央、青年が店主に向けて顎を使って指し示す。
「ええっと、何名様でしょうか?」
 店主の妻であろうか、壮年に差し掛かった女性がそう問えば。
「お前ら、全員そいつら殺しちゃって」
「え……?」
 店主が聞き返すよりも先、男達が銃を抜き、店内を銃声が響き渡った。

――――――――
――――
――

「お父さん、私もお店手伝うよ――ぉ?」
 ウェイトレスの衣装に着替えて店内に足を踏み入れた少女は、思わず足を止める。
「え――なんで? なんでこんな……」
 グルグル回る視界で、少女は恐る恐る歩き出して、父がいるはずのカウンターを覗き込み、ぺたんと腰を抜かして倒れこんだ。
 そこには、血が渇き始めた父が一人。
「いや、いや……いやぁぁぁああああ!!!!」
 そのまま母だった物も視界に映して――少女の絶叫が店内に響き渡った。

●ミカエリ様、ミカエリ様、どうかこの恨みをこの身に代えて叶えてください
 一面に咲き誇る黒百合の園。
 書生風の青年は封筒を握り締め、きょろきょろと辺りを見渡した。
 少しばかりの時間を経て、やがて青年は苛立ちを露わにして舌打ちし、忙しなく周囲を歩く。
 近くを通る拡声器から屋台の声が響いている。
 周囲にいるのは、軍服のような物を着込んだ男が6人ほど。
 彼らは一様に、青年を守る用に立っている。
 取り残されたような公園の外では、華やかなりし夏の帝都の喧騒が待っている。
 きっと、流行の最先端たる自慢の自分をアピィルし、モダンなカフェーで暇をつぶす。

 華があれば影がある。
 夜妖と呼ばれる異形の物、悪性たる怪異の牙が、今ここに。

「おい、貴様が俺を呼んだのか」
 立ち止まりて、青年が声を上げる。
 視線の先には、いつの間にか立っていた女が一人。
 矢絣模様に彩られた着物を着込み、スカァトなる異国衣装を思わせる袴に身を通し。
 頭にリボンを付けて、さらりと黒い髪を下ろしていた。
 さて、いつからそこにいたのか定かならぬその女。
 けれど、青年は数の有利にあるいは自身に驕り声を張り上げる。
「貴様、聞いているのか、この俺を誰だと思ってる!」
「鶴木家の正晴さまでございましょう」
 小さく言葉にして、女性が一歩前に出て。
「存じ上げております。忘れるわけがございませんわ」
 青年が怪訝に顔を歪めて、眼を細めれば。睨み返すような真紅の瞳が青年を射抜いている。
「おい、止まれ小娘、貴様のような田舎臭い女が俺に近づくな」
「本当に、貴女様はあの時から変わらない。
 許さない、許さない――ミカエリ様、ミカエリ様、どうか私の願いを聞き届けください」
 真紅の瞳が胡乱に輝き、ボディガァドが青年を庇おうと動き――黒百合が紅く染め上げられた。
「カカカカ! タノシイ、タノシイ、タノシイ、ニゲルカ、ニゲロ、カカカカ!
 キキトドケタゾ、キサマノネガイハキョウトイワナカッタカラナァ!」
 壊れたように笑った女性がいつの間にか握っていた長刀を振るい、青年の身体が切り裂かれた。

●茜色に沈む
 映写機が終わりを告げる音を立てる。
「先輩たち……このクエストに行くんッスね」
 隣で一緒に映像を見ていた少女――レアが君達に声をかける。
 その表情は酷く暗い。
「ほしよみキネマ――夜妖が起こすであろう未来の悲劇を予知することが出来るカラクリ装置。
 つまりは、あれはこれから起こる悲劇ッスね。
 両親を殺された憎しみを晴らすため、加害者を殺すために怪異を頼った女の子」
 悲痛に揺らぐ顔を上げて、レアが君達を見た。
「先輩……あの子の事を、助けてほしいッス。
 僕は復讐をするほど憎い相手がいないから分からないッス。
 でも、先輩たちのおかげで今回は復讐せずに済んでも……
 次は、次の次は――いつかはきっと、復讐しようとすると思うッス」
 まるで見たことでもあるようにそう言って、立ち止まる。
「ミカエリ様、あの手の夜妖に会ったことがあるんっすけど、そいつは望んだとおりに願いを叶えてくれるわけじゃなかったッス。
 あの時はたしか……死に分かれた恋人を蘇えらせてほしいって願いに、『腐敗する死体のまま動かして生き返った』って言い放ったッス」
 そう言って彼女は眼を閉じる。
「お願いするッス、先輩たち。あの子のためにも、未来を変えられる今ならきっと、間に合うはずッス」
 言い澱んだ彼女は、何かを後悔しているようでさえあった。

GMコメント

 こんばんは、春野紅葉です。
 ちょっとした不思議なお話です。

●オーダー
【1】クエストクリア
【2】朔良の説得を行ない、復讐に区切りを付けさせる。

【2】は努力目標です。


●フィールド
 無数の黒百合が咲き誇る円形の公園です。
 特に入り口から最も遠くに1輪咲く巨大な黒百合の花には異様な迫力があります。
 戦闘開始時、フィールドには被害者とそのボディーガード、および朔良が存在します。

●エネミーデータ
・ミカエリ様
 対象の持つ何かの見返りとして、願いを1つなんでも叶えてくれるという怪異です。
 差し出したものの大きさの分だけ、叶える願いは大きいものとなります。
 ただし誰も『願っている通りの叶え方をしてくれると言っていない』のがヤなところ。
 現実世界で似たような怪異に出会ったレア曰く、『誰かを生き返らせてくれという願いを受け、その相手をゾンビとして動かした』例があるとのこと。

 今回は下記の朔良の身体に取り付いています。
 【変幻】、【多重影】、【追撃】、【スプラッシュ】のうち幾つかがつく長刀を振るっての近距離戦闘、
 【飛】、【崩れ】系列のうちいくつかがつく風を操る妖術のような中~長距離戦闘を用います。
 怪異本来の能力により物攻、EXA、命中、反応が高く、取り付いた先が少女のためHPや物攻、防技、抵抗がやや低めです。

・マジナイの欠片×3
 ミカエリ様よりも小柄な、影で出来たような長刀装備の女学生風の存在。
 【毒】系列、【呪い】などを付与してきます。

・朔良
 ミカエリ様に乗っ取られている被害者であり、加害者。
 かつて鶴木家に両親を殺されました。
 その時の憎しみをミカエリ様に付け入れられ『今後の自分の人生』を代償に、
 鶴木家の子々孫々まで祟ること、現時点の生き残り全ての根絶やしを要求しました。

 クエストクリアだけであれば、ミカエリ様を倒せば大丈夫です。
 しかし、それだけだと彼女は『必ずや別の方法や何かに縋ってでも復讐を成し遂げる』でしょう。
 今後の彼女を願うなら、彼女に折り合いをつけてあげることも重要です。(これを【2】の達成とします。)

●NPCデータ
・鶴木 正晴
 鶴木家の次期当主であり、今回のクエストの被害者。
 一見すると書生風の優男ですが、こう見えてエゴイストの愚図野郎です。
 朔良の両親が殺されたのも、彼が『あそこのカフェーの店主が僕を嗤って子ども扱いした! 不快だから殺して!』と言った結果起きたものです。

●ほしよみキネマ
 https://rev1.reversion.jp/page/gensounoyoru
 こちらは帝都星読キネマ譚<現想ノ夜妖>のシナリオです。
 渾天儀【星読幻灯機】こと『ほしよみキネマ』とは、陰陽頭である月ヶ瀬 庚が星天情報を調整し、巫女が覗き込むことで夜妖が起こすであろう未来の悲劇を映像として予知することが出来るカラクリ装置です。

●情報精度なし
 ヒイズル『帝都星読キネマ譚』には、情報精度が存在しません。
 未来が予知されているからです。

※重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。

  • <現想ノ夜妖>誰ゾ罪アリ完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年08月07日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シャドウウォーカー(p3x000366)
不可視の狩人
梨尾(p3x000561)
不転の境界
ザミエラ(p3x000787)
おそろいねこちゃん
じぇい君(p3x001103)
オオカミ少年
マーク(p3x001309)
データの旅人
ベネディクト・ファブニル(p3x008160)
災禍の竜血
きうりん(p3x008356)
雑草魂
ダブル・ノット(p3x009887)
ヒーラー

リプレイ


 月明かりとネオンが暗がりにて取り残されし公園を微かに照らす。
 うすぼんやりとした光景の中、やけにはっきりとしたその光景に、イレギュラーズは脚を踏み入れた。
「鶴木って人もだいぶ性格の悪いんだけど、末代まで呪ってやるのもやりすぎな気もするんだよね……」
 呟く『不可視の狩人』シャドウウォーカー(p3x000366)は公園の中に足を踏み入れる。
「だれ……ですか」
 星読みキネマで見た少女――朔良が振り返る。
(復讐は何も生まないとしても、人は合理さだけで生きてはいけない。
 とはいえ……このままだと、このクエストで終わりそうな気がしない)
「気持ちは分かります。自分だって家族が殺されたら復讐します。
 雑念の無い状態で華族の墓参りができるように……近況を伝える時に笑顔で話せるように」
 武器を握る『ただの』梨尾(p3x000561)は少女へ声をかける。
「……でも俺は貴方の復讐を止める」
 その言葉に朔良が動きを止めた。
「俺には血の繋がらない子が一人いる。
 子供が俺の敵討ちだ! 復讐だ! という気持ちは嬉しい。
 ……だが、父親として我が子がその手を血で汚すのは嫌だ」
「それは……素敵なことですね……でも、邪魔しないでください。
 ……どうか、どうかミカエリ様」
 朔良はそう言うと、梨尾から視線を外して再び前を向いて、何かに祈りを捧げ始めた。
「おい、あんたら何者だかしらねえが、 褒美は出す! てめえらも俺を助けな!
 ったく、誰だか知らねえが……この田舎者の娘にゃあ、死んでも死に切れねえ目に合わせねえとよ!」
 そう言って、男がせせら笑う。
「ケケ、ケケケ、ヤッテヤレルカ、タメシテミナ」
 からり、からりと朔良――否、ミカエリ様が笑う。
 ミカエリ様の周囲に、影が染みるように姿を見せる複数の影。
 そこへ、シャドウウォーカーが走り抜ける。
「一先ずはナントカ様とやら、止めさせてもらうよ」
 稲妻爆ぜるダガーを走らせ、跳びこむように複数の影――マジナイの欠片の1体を切り結ぶ。
 雷光迸る閃光のエフェクトと軌跡を描くエフェクトが散らばって輝く。
「あんな酷い目にあったなら、復讐心に駆られる気持ちはわかるけど……
 一族郎党子々孫々まで皆殺し、とまで行っちゃうのは流石に仕方ないでは済ませられないわね?」
 夜の闇に負けずと輝く硝子細工のような髪と瞳をミカエリ様に向けて、『硝子色の煌めき』ザミエラ(p3x000787)は緩やかに微笑んだ。
 そのまま放つ斬撃は帯びた悪性がもたらす混乱と狂気をマジナイの欠片とミカエリ様へもたらした。
「グゥ……アンタラモ、コロシテヤロウ、ネガイノツイデダ!」
 呻くミカエリ様が跳びこんでくる。
 それに対して緩やかにザミエラは受け流した。
 竜刀を握り締めて『蒼竜』ベネディクト・ファブニル(p3x008160)はミカエリ様の隣を通り抜けてマジナイの欠片の方へ走る。
 握りしめた刀に竜の魔力を籠める。苛烈な魔力と共に振り抜いた。
 打ち込む太刀筋は鮮やかに、舞うような連撃を叩きつけた。
「ミカエリ様とやらの夜妖の目的達成させたらどうなるやら分からねーし、阻止しねーとな」
 背に展開する聖晶の翼が鮮やかに七色の輝きを放つ。
 それを一種の媒体に、魔方陣を構築する『ヒーラー』ダブル・ノット(p3x009887)は、それを戦場の各地で鮮やかに輝かせる。
 仲間のデータに外付けの強化をもたらす技術。
「僕は、朔良お姉さんを僕は助けたいんだ。
 できれば、朔良お姉さんの手を汚させたくない。だから……」
 飛び出すように走り出した『オオカミ少年』じぇい君(p3x001103)は身を晒すように鶴木勢へ。
「悪いけど、つきあってもらうよ」
 短剣構えるじぇい君に正晴らが訝しむ。
「僕はお前達を許せない! しかし、裁きを下すのは僕じゃないんでね」
「あぁん? は、良い度胸だ! おい、やっちまえ!」
 正晴は指示を出してボディーガードをけしかけていく。
(復讐を願い果たそうとする人に「気持ちは判る」なんて傲慢な事は言えないけれど。
 復讐を果たす以外にも道を探そうとする事は、強欲なのだろうか)
 思いながら『マルク・シリングのアバター』マーク(p3x001309)は騎士の誓いを掲げる。
 堂々とした先生の言葉にマジナイの欠片が視線をマークへ向けてくる。
 1体のマジナイの欠片が長刀片手に突っ込んでくる。
 それを盾で防ぎ、合わせるように斬り降ろす。
「願った通りの叶え方をしてくれないのが気に入らない! ちゃんと叶えてよ! 嘘つき!」
 叫ぶ『開墾魂!』きうりん(p3x008356)はミカエリ様へ向けて叫ぶと、まるでそれへの怒りでもぶつけるように、仲間へと叩き込む。
 免疫力を向上させる生命エネルギーの塊が仲間へ注がれていく。


 戦いは続いていた。
 ノットがパチンと指を鳴らすと、光晶翼が強烈な閃光を放った。
 七色の輝きはマジナイの欠片とボディーガードの周囲に膨大なデータとして発生する。
 それはまるで処理落ちを狙うように、一帯へ停滞をもたらす。
 きうりんが髪の毛の一部を梳くようにして取り出すと、それは瞬く間にきゅうりの姿を取る。
「それ食べて元気だして!!」
 それは翡翠の恵みを蓄積した生命力の塊。
 前線、ミカエリ様との戦いで傷を負った仲間達へめがけて、それを投擲する。
 キャッチされて一度口に入れば、蓄積した生命力が瞬く間に疵を癒していく。
 シャドウウォーカーは残りのマジナイの欠片へ爆発的な速度で肉薄。
 エフェクトが毒々しいナイフを抜き放つと同時、そのエフェクトを引きながら斬撃の軌跡が紡がれる。
 勢いをそのままに跳躍して一度後退。残像の如きグラフィックのブレを引き起こしながら放つ第二撃は、遥かな遠くから超高速で肉薄する奥義。
 双剣から放たれる強烈な斬撃はまさしく死神の名に違わず。
 圧倒的な高速連撃にマジナイの欠片が切り刻まれ、ばらばらに砕けては影になって消えていく。
「ケ? ケ? ケ ――」
 バグったような笑い声と共に、長刀を振り回したミカエリ様がそのまま真っすぐに上段から長刀を振り下ろす。
「目を覚ましてください! こんな事をしていたら、貴女まで命を失ってしまいます。
 天国にいる貴女の両親はそんな事を望むわけないじゃないですか! 両親の残した喫茶店を貴女が守るんです!」
 受けるじぇい君は声を振り絞る。
 重い長刀の攻撃を高い防御技術で抑え込むも、鋭い斬撃は二度に渡ってその身を削る。
 ミカエリ様の連撃の幾つかはベネディクトの身体をも打ち据えている。
 多くの傷が浮かぶ体は、それ故にソレを可能にする。
 竜刀を鞘に納め、深呼吸。
 全身からあふれ出す殺気にも似た闘志は逆鱗に触れられた竜の如く。
 竜眼が熱を持ち輝いて、膨れ上がった闘志のままに振り抜く斬撃は、ただの一刀をして二度に及ぶ苛烈な斬撃を生み。
 勢いに任せて暴れる竜の如き追撃をも見舞う。
 ミカエリ様から一度距離を取るようにして後退したザミエラは、跳躍と同時に放つ旋風の刃を放つ。
 不可視の斬撃はミカエリ様に傷を与えると同時にその身体を縛り上げる。
 その勢いに乗るように、ザミエラは再びミカエリ様へ肉薄する。
 じぇい君と同様にミカエリ様と肉薄するようにしているのはマークだ。
 自らの剣に誓いを立て、幾度となく繰り返してきた斬撃を以って斬り降ろす。
 珍しくないただの斬り降ろしに対して反応の遅れたミカエリ様の身体を強かに斬りつける。
(今は朔良さんに憑りついてるが……
 本体は別にあるのか、朔良さんが気絶したらミカエリ様が出てきて倒せるのか……)
 梨尾は思考する。
 狂ったように――あるいは狂ったままに攻めかかるミカエリ様の動き。
「アハッ」
 瀕死であるのは明らかながら、変な方向に首を傾げたかと思えばびょうと駆けるミカエリ様から視線を外して向けるのは遠くに見える一輪の大花。
 その花は何故か傷を負っていた。
(一応、殴っとくか)
 焔傘から放たれた炎は地を這い一輪の黒百合に炸裂――幻影の炎が燃え上がる。
 深淵の焔がソレを焼き尽くしていく。
 その瞬間――
「ギャァァアア!? アツイ、アツイアツイアツイィぃィアア」
 断末魔の叫び。一輪の花が燃えて尽きていったかと思えば、ふらふらし始めた朔良の身体が膝を屈して倒れこんだ。


 戦いが終わりを告げた後、イレギュラーズはまだ公園にいた。
「うぅぅ……んん……」
 起き上がった少女は、周囲を見渡してその視線が最後に彼女の標的へ向き、眼を見開いた。
「奴は君の願いを自分の面白い様に解釈して、君の身体を乗っ取っていた。
 だから、奴は俺達が倒した……君の言葉を聞きたい。君は今、どうしたい?」
 目を覚ましたことを確認したベネディクトは状況を説明するように少女へ告げる。
「ごめんね。理不尽なのはわかってるわ。
 ある日突然大切な家族が意味もなく殺されたことも、その復讐のために全てを捧げようとしたのに見ず知らずの連中に邪魔されるのも」
 ザミエラはそんな少女の前にしゃがんで微笑む。
「貴女の事情は知ってる。復讐自体は否定しないわ。
 その上で、鶴木家の人間全てを殺すのは看過できない」
「ど、どうして? ……誰にも言ってないのに」
 少女の声は震えていた。
「復讐して恨みを買い、我が子に危険が迫るよりは俺より一秒でも長生きしてほしい。
 それが無理ならきっぱり忘れて好きに生きてほしい。
 ……泣き顔より我が子の笑顔の方が親としては見たい」
 それは梨尾であって梨尾の言葉になかった。
 父として――そうあろうとする者としての言葉に他ならない。
「笑顔になんて、なれません。忘れるなんて――もっとできません!」
 朔良は梨尾の言葉を頭を振って否定する。
「死者はもう話せないが……四十九日過ぎてもあの世から見守る事はできる。
 だから自身を犠牲にするような復讐は止めろ。貴方が死んだら、誰がご両親の墓に好物を供える?」
 重ねた梨尾の言葉に、朔良の表情が曇る。
「それに両親の喫茶店はどうする? 畳むとしても自らやらねば。
 残ってる思い出は何も知らぬ他者が踏み躙り、すべて無くなる。
 復讐するとしても……死なないでくれ」
 更に言葉を重ね、そのまま少女の手を取った。
「君が理不尽に何かを奪われたまま、終わって欲しくない。
 辛い記憶でも、お父さんとお母さんを思って、生きて欲しい」
 続けるように、ベネディクトも告げる。
 復讐は何も生まないわけじゃない。
 それは誰かにとってはスタートでも、あるいはゴールである時がある。
 それは、よく知っている。だからこそ、これはエゴだ。
「二人を覚えておけるのはキミだけだから」
「君が憎いのはどこまで? きっと鶴木の家系全部じゃないはずだよ
 彼だけが性悪で他の人は善人な場合だってあるよ。
 だからもう一度考え直して、君が手を下したいのは……誰?」
 シャドウウォーカーは朔良にそう問いかけて、そのまま視線を後ろへ向けた。
 そこには縛り上げられている正晴の姿があった。
「私が……憎いのは……」
 少女はへたりこんだままにそれに合わせて視線を動かしていく。
 転がされている正晴を朔良の前へ連れて行きながら、きうりんはそんな彼女の様子を見て首をかしげる。
「んー。『復讐してすっきり! 明日からまた頑張ろう!』って思えるなら私的には復讐もありだと思うんだけど、キミからはそんな感じしないんだよねぇ」
 復讐は自身の気持ちに区切りをつける手段の1つ。それ自体を目的にしてしまったら、それが癖になり、余計に心を蝕む。
 それを分かっているからこそ、今の彼女のままでは復讐も疑わしい。
「こ、こんなことをして、許さないからな! 俺が殺してやる! 殺してやるぞ!
 どうせ俺の罪なんて親父がもみ消してくれる! 誰だか知らねえが、てめえを必ず見つけ出して殺してやるからな!
 お前みたいな田舎の小娘一匹より、俺の方が価値があるんだ!」
 正晴が絶叫する。怯えと怒りに満ちた声だった。
「ちょっと黙ってなさい」
 ザミエラはその言葉を聞くや静かに彼へ蹴りを叩きつけた。
 綺麗に急所に入った蹴りに男が呻く。
「このままじゃあ、あなたの家族、あなた自身、それに家族が残したカフェ、このクズ野郎に奪われたものを何一つ取り戻せないわよ?」
 再び朔良に振り返って、ザミエラは諭すように告げる。
「あなたが、お父さんとお母さんが与えてくれるはずだった愛情の分だけ幸せにならないと、ただ無意味に奪われて、無意味にやり返して、終わり。
 それどころか途中で失敗して死ぬかもね。それで満足できる?」
 現実を突きつける。鋭く、静かな口調で。
 ザミエラの問いかけに、少女は理解したのか分からないまでも顔を俯かせた。
「正晴達は貴女の好きにすればいい。しかし、出来れば貴女には手を汚してほしくない」
 彼女には殺してほしくない。そう思えこそすれど、それはじぇい君のいわばエゴ。
 その権利はない。それでも、どうしても望むのなら、正晴たちで終わらせるべきだと、じぇい君は思う。
「俺としては朔良サンがどういう選択をしようが、構いやしねー。
 だが、復讐の手段として化け物……夜妖を頼る限り、俺らはそれを阻止する。
 今回みたいな方法は、賢い手段とは言えねーぜ」
 ノットは淡々と告げる。視線を向けられた正晴が恨めしそうにノットを見上げていた。
「おっと悪ぃな、鶴木サン。別にアンタを守ったわけじゃなくてあの夜妖の目的達成を妨害してただけだ。
 アンタの命とかそういうのは、俺にとってはどうでも良いんだ」
 どうせここは現実ではない。
 残酷ではあるが――ネクストで誰かが死のうが現実に影響はないのだ。
 ゆえに、いくらかノットには頓着が薄いところがあった。
「ぐ、ぐぅぅ……な、なにを言ってる!? 正気じゃない! そいつが俺を殺そうとしたんだぞ!」
 金的の鈍痛に呻きながら正晴が更なる声を上げた。
「まぁ、あれだよ。ちゃんと考えて出した答えならいんじゃないかな! キミが今後の人生で後悔しないようにね!」
 続けるようにきうりんが言えば、朔良がゆるゆると立ち上がる。
「どう転んでもアフターケアはしてあげるから! いざとなったら司法に殴り込みだね! いっしょに情状酌量の余地をぶんどりにいこう!!」
 立ち上がったばかりの少女の背中を叩くようにしてきうりんが言えば、ベネディクトが朔良の前に立つ。
「殺してそれで心の整理がつくなら、それでも良い。
 だが、殺してしまったらきっとずっと忘れられなくなる。だから、君が望むなら──」
 言葉にしないながらも、暗に『その役目』を代わろうかと告げながら――けれど。
 朔良は小さく首を振った。そして――
「皆さんにご迷惑をおかけするわけにはいきません」
 そのままふらふらと正晴の前へ行く彼女がそのままゆっくりと長刀を振り上げて正晴に振り下ろす。
 その寸前に割り込むようにマークはその間に立った。
 強かな斬撃が無防備に受けたマークに致命傷を刻む。
「どうして――」
 驚愕し声を震わせる少女に、マークは響く傷を堪えながら声を上げた。
「朔良さん、これが人を殺すって事だよ。
 殺したいほど憎いという気持ちは肯定するけれど、復讐心と『実際に人を殺す』という行為との間にはとても大きな隔たりがあるんだ」
 その限りなく小さく、しかし限りなく大きな隔たりを踏み越えたら最後、最早かつての人生とは変わってしまう。
「いかに華族の子弟とはいえ、理由も正当性も無しに殺人を犯したならば、然るべき刑罰をもってそれに報いる事もできる。
 本当にその道に進むのか、考えて、決めて欲しい」
 そう言うマークへ、仲間のヒールがかけられる。
「はは、ははは、よくやったぞ! おい、田舎娘! 貴様が不相応なことを考えるから、人が、人が死ぬぞ! あははは!」
 マーク越しに後ろの正晴が嘲笑する。動揺した少女が長刀を手放した。
 庇ったことを後悔させてくれるような言葉の一方で、マークはその致命傷を高い精神性でもって最後の1を残す。
「は?」
 その姿を見た正晴の哄笑が疑問形で止まるのとほぼ同時。
 再び長刀をとる冷静さが朔良にないのを見越したベネディクトの剣が正晴を裂いた。
 正晴が倒れるのを見届けて、ベネディクトは朔良の方へ歩み寄った。
「大丈夫だ。君は誰も殺してない。……だからもし未来が望まれるのなら、次は君の店で何かを馳走になりたいな」
「今度お姉さんの喫茶店に遊びに行くね。僕も美味しいコーヒーが飲みたいな」
 泣き笑いながらにじぇい君が続ければ、ショックを受けていた少女が顔を上げた。


 ――後日。
 クエストへ参加したイレギュラーズの下へ後日談のテキストが届いた。
 今回の一連の事件を調査した刑部省の役人は朔良がミカエリ様に魅入られたのを事件発生の遥か前に置いた。
 つまり『ミカエリ様という夜妖が引き起こした事件に加害者は巻き込まれた』ものであるとした。
 それが事実なのかは分からないが、結果として朔良には情状酌量が認められた。
 鶴木正晴はこれまで引き起こしてはもみ消してきた余罪が追及され、鶴木家は多額の損害賠償を支払うことになり事実上破産した――と。

成否

成功

MVP

ザミエラ(p3x000787)
おそろいねこちゃん

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。

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