シナリオ詳細
幸良淵のタキタロウ。或いは、伝説の人食い怪魚を釣りあげろ…。
オープニング
●伝説の魚
豊穣。
幸良淵と呼ばれる淵に、その魚は住むという。
曰く、その魚は何百年も昔から、その川で生きて来たらしい。
長い年月を経る中で、成長したその魚は体長5メートルを超えた。
龍魚という、長くよく曲がる身体に鋭く長い牙の並んだ口腔を持つ肉食の魚だ。
他の魚や川面に落ちた鼠やリスを主な餌とするらしいが、体長も5メートルを超えた今ではその対象が大型の獣や人にまで広がっていた。
いつしかそれは、淵の主と称されるようになり“タキタロウ”という名もつけられた。
7人……。
タキタロウが、この数年間に喰らった人の数である。
「……もう、何度目になるだろうね?」
淵の畔の大岩に、1人の女が座っていた。
簡素な衣服に身を包み、編み笠を被った若い女だ。
その手には見るからに頑丈な木で造られた釣竿が握られている。
一般的な竹や木で出来た釣り竿よりも、一回りか二回りほども太いだろうか。ところどころに黒い鋼で補強が入っているけれど、それなり異常によくしなる。
どうして、それほどに頑丈な釣竿を作ったのか。
それは、タキタロウを吊り上げるためだ。
彼女、コサメの父親は2年前にタキタロウに喰らわれた。
帰って来たのは、半ばほどでへし折れた釣竿1本だけだった。
「そっちも生きるためだもんね。弱肉強食ってのは、厳しいものだ」
コサメの父はタキタロウの餌になった。
コサメの父はタキタロウとの勝負に負けたのだ。
だから、食われた。
弱肉強食。
強い奴が喰い、弱い奴が喰われる。
父だって、もしもタキタロウを釣りあげていたなら、その肉を喰らったはずだろう。
「釣り人と魚の勝負は命がけ。うん……わかってるよ」
そんな父の弔いであるからこそ、コサメはこうして半年前から毎日のようにタキタロウを釣りに来ていた。
父の思想に則るのなら、タキタロウへの復讐は“釣り”で成さなければならない。
父が釣り損ねたタキタロウを釣りあげることこそが、何よりの弔いだ。
仏壇に供える線香もよりも、花よりも、タキタロウを釣りあげたという報告こそがきっと父の一番望むものだろう。
●幸良淵
依頼主は、コサメの住む村の老人たちであるらしい。
高齢者の多いその村の老人たちにとって、コサメは孫のようなものだ。
そんなコサメが父を失い、酷く悲しんでいることを知っていた。
そして、父の復讐を誓いタキタロウを釣り上げようとしていることも。
「だが、タキタロウは体長5メートルに近い怪魚だ。既に7人喰らわれていることからも分かる通り、そんじょそこらの魚類とはわけが違う」
龍魚。
それは、長い年月を生き、高い知性を備える妖の名であると『黒猫の』ショウ(p3n000005)はそう告げる。
川の上流にある幸良淵。
川幅が50メートルを超えるちょっとした湖のような区画がタキタロウの縄張りだ。
淵の東側には滝が存在しており、その付近でコサメは毎日釣りをしているという。
「タキタロウがどこから来たのかは分からないが、どうやら幸良淵を終の住処と決めているらしい」
幸良淵は、よく肥えた魚が多く生息している淵だ。
コサメの住む村の者たちも、タキタロウが現れるまではよくそこで魚を釣っていた。
丸々と肥え、脂の乗った淵の魚は良い値段で売れるのだという。
「タキタロウは状態異常に対する高い耐性を持つ。また【体勢不利】や【無常】【封印】といった状態異常を付与する技も持っている。その辺りは、長い年月を生きるうちに身に付けた、生き残るための術なのかもしれんな」
ショウ曰く、村の老人たちはコサメに危険な真似をさせたくないそうだ。
しかし、同時にコサメが釣りあげて来てくれる幸良淵の魚は、村の食糧や資金源になっているのも事実である。
だからこそ、老人たちはコサメに強く言えないでいた。
それに、コサメの復讐を諦めさせることも違うとそう考えていた。
辛い思い出は時間が解決してくれる。
なるほどそれは真なのだろう。
復讐は何も生まない。
知った風にそう言う者もいるだろう。
だが、村の住人たちの考えは違った。
復讐でしか、拭えない心の澱というものは存在するのだ。
「というわけで、お前たちに頼みたいのはコサメの“復讐”の手伝いだな」
その結果、コサメの復讐が失敗に終わったとしても、それは仕方のないことだ。
それが弱肉強食ということなのだから。
「まぁ、鮭だの鰻だのエノハだのドンコだのも釣れるそうだが……そっちはリリースするなり、食うなりしてくれ」
なんて、言って。
ショウは部屋の片隅へと視線を向けた。
そこには人数分の、竹で出来た釣竿がある。
それなりに頑丈ではあるらしいが、タキタロウを釣りあげるには些か心もとないものだ。
- 幸良淵のタキタロウ。或いは、伝説の人食い怪魚を釣りあげろ…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年07月28日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●幸良淵の主
豊穣。
山奥にある幸良淵。
澄んだ水と、豊かな土地。
肥えた様々な魚の暮らすその場所に、1匹の大魚が住むという。
名をタキタロウというその魚は、龍魚という種の長く生きる肉食の種だ。
中でもタキタロウは、数百年を生きた全長5メートル超えの化け物魚。その捕食対象は、河川に暮らす他の魚だけでなく、時には獣や人にまで及ぶのだという。
これまで、多くの人を喰らったのだろう。
例えば彼女……コサメの父もタキタロウに食われた人の1人であった。
簡素な衣服に、ボロの網傘。
手にはいかにも頑丈そうな竿を握った若い女は、チラと背後を見やって告げた。
「村の爺様や婆様が雇ったんだって? 追い返すのも、皆に悪いからさ、手伝わせてあげるけど……でも、釣りとかできるの?」
8人の男女、イレギュラーズへ問うた彼女は、疑問であるという態度を微塵も隠さず首を傾げた。
そんな彼女に手を振り返し『甘いくちどけ』金枝 繁茂(p3p008917)は欠伸を一つ。
「あっ、ハンモは釣りとか興味ないから後ろで日傘おったててのんびりしてるから☆」
口ではそう言うものの、いざとなれば竿を引く手伝いぐらいは行うつもりであるようだ。また、繁茂の胴とコサメの胴は太い綱で結ばれている。
タキタロウを釣りあげる際、繁茂が淵に落下しないよう備えているのだ。
「いいけどさぁ。っていうか、絶対釣りしたことない人も混じってるでしょ? えっと、そこの……」
「初めまして、コサメさん。ウチはイレギュラーズの形守・恩じゃ。この道に命を賭けたお前さんの手伝い、させてくれなぁ」
はんなりと、上品な所作で口元を隠して笑う彼の名は『柳暗花明の鬼』形守・恩(p3p009484)。小柄で華奢な体躯であれど、タキタロウを弱らせるための攻撃手段を幾らかではあるが有している。
人は見かけによらないと、理解するにはコサメはいかにも若すぎた。
「命がけってわかってるのかなぁ」
「えぇ、もちろん。復讐については思う事がないと言えば嘘になりますが、貴女のことは応援したいですからね。万事抜かりなく」
「コサメさんがそれをお望みであれば、僕らは協力しますッスよ!」
なんて言って、『天色に想い馳せ』隠岐奈 朝顔(p3p008750)と『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)は、揃って淵へ跳び込んだ。
勢いよく跳んだように見えたが、思いのほかに水飛沫は上がらない。おそらく“そのような”着水を行ったのだろう。
「跳び込むし……火とか起こしてるし」
川の畔で火を起こしている『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)。そして、せっせと薪を運ぶ黒衣の男『零れぬ希望』黒影 鬼灯(p3p007949)をじろりと見やって、コサメは言った。
「タキタロウは西京焼きでいいか? 淡泊な白身には味噌が合う」
「ゴリョウ殿が居るとはいえ、それほどの大魚、捌くのも一苦労だろうな」
釣り上げる前から、タキタロウを調理する気でいるようだ。
大丈夫かな、と瞳を曇らすコサメの裾を、誰かがちょいと引っ張った。
「んぁ?」
「村人さん達の気持ちもわかるわ、大切な人を失うのはとっても悲しいことだもの」
絹糸のような金の髪。
白い肌には染みの1つも見当たらぬ、あどけなさを残した幼女。
名を章姫という、鬼灯の妻たる生人形だ。
彼女も焚火を手伝うつもりか、その腕には一束の木枝が抱えられている。
「それはそうだけど……あ、生木をくべると煙が出るわ」
数本、まだ乾ききっていない木が抱かれていたので、コサメはそれを取り除く。
そうこうしているうちに、森の奥からズシンドシンと、重たい音が鳴り響き……。
『よぉ、豚の旦那の飯はうめぇぞ』
巨大な影が現れた。
人にも似た形状をした鉄の塊。その腕には水の満ちた樽が抱えられていた。搭乗する『倫理コード違反』晋 飛(p3p008588)の声がスピーカーを通じて聞こえた。
驚くやら、呆れるやら、感心するやら、感謝するやら。
どうにも言葉を続ける気にもなれないコサメは、好きにして、とそれだけ言って、竿を大きく振りかぶる。
ぱちゃぱちゃと水面が跳ねた。
じわり、と澄んだ水が濁った赤に染まっていく。
ほんのりと香る血の臭い。
船に乗った『断ち斬りの』蓮杖 綾姫(p3p008658)が撒いたそれは、獣の血を混ぜた薪餌だ。臭いに惹かれ集まって来た小魚が、水面を激しく波打たせる。
エノハやドンコ、深い位置には鰻や鮭の姿も見える。
「綾姫殿は此度の依頼どう思う?」
ぽつり、と。
零すように、そう問うたのは鬼灯だった。
それに対し、綾姫は水面を見つめたまま答えた。
「私に復讐という行為の是非を言う権利はありませんよ。何せその復讐の果てに世界を滅ぼしたのですから」
「……然様か。暦にも復讐の依頼は来る。それで心が晴れた者も確かにいた」
それと同時に、新たに誰かの恨みを買って、哀れな骸を路傍に晒した者もいる。
やって、やられて、やり返されて。
復讐とはそういうものだ。
●水底より来る
木洩れ日に顔を照らされて、繁茂は瞳を細めて唸る。
その視線の先では、淵に糸を垂らしたコサメが何かを釣り上げていた。
きらり、と光を反射するのは手の平サイズのエノハであった。
あれはたしか、天ぷらや塩焼で食べるのが美味いとゴリョウが言っていただろうか。
先ほどから釣れるのは、そう言った魚ばかり。タキタロウが針にかかる気配はなかった。
「釣れないね~」
「……主だもん。そう簡単に釣れるなら、苦労はないよ」
「そっか。まぁ、そうだよね~」
「っていうか、繁茂さんは本当に何もしないんだ?」
「ハンモの出番はまだ後かなぁ。最悪引っ張られても命綱で繋がってるし安心して復讐してね~。応援してます☆」
そう言って繁茂は再び静かに目を閉じた。
光ひとつも届かない。
暗く、冷たい水の底。
身じろぎのひとつもせずに、それは遥か水上より来た生き物たちを観察していた。
淡い桃と緑の長い髪を靡かせながら、その少女はゆっくりと、けれど確実にタキタロウへ近づいて来る。
暗闇に目を凝らし、静かな場所で耳を澄まして。
どうやらそれは……鹿ノ子は、タキタロウの居場所におよその当たりを付けているらしい。
ピタリ、と。
水底に足を付け、鹿ノ子はじぃと暗がりに潜むタキタロウへと視線を向けた。
それから彼女は、頭上へ向けて手を振った。
タン、と地面を蹴飛ばせば、砂煙が舞い上がり視界を灰に染め上げる。
長い髪を躍らせながら、鹿ノ子は一直線にタキタロウへと接近。
獲物の方から寄って来たのだ。
本来ならば即座に喰らい付くところを、けれどタキタロウは長年の経験から思いとどまった。
タキタロウは、跳ねるように上昇すると鹿ノ子から距離を取る。
『っ……一度でダメなら連続で行くッス』
上昇したタキタロウを追い、鹿ノ子もまた水面へ向け上昇。
思い切りもよく身体ごとぶつかるように、タキタロウを追っていく。
自身を追う鹿ノ子を鬱陶しいと感じたのか。
或いは、その行動の怪しさよりも食欲の方が勝ったのか。
くるりと身体を翻し、巨大な口腔を限界まで開け鹿ノ子へと食らいつく。
口の端を裂かれながらも、タキタロウの牙は鹿ノ子の肩から脇にかけてを捕えた。
バキ、と。
鈍い音がして、鹿ノ子の視界が朱に染まる。
『痛……いや、ここはじっと耐える時ッスよ!』
脱出か、反撃か。
逡巡した時間は一瞬。
手首の動きで刀を抜くと、その刃をタキタロウの背に突き刺した。
『今っスよ!』
鹿ノ子の想いは通じただろうか。
暗い水底を這うようにして、巨躯の女性がタキタロウへと接近する。
その手には刀。
『死にたくないという気持ちはわかりますが……申し訳ないのですがこれも復讐です』
朝顔はタキタロウに肉薄すると、その頭部へ向け鋭い斬撃を叩き込む。
けれど、その鱗は硬かった。
斬るには斬れたが浅すぎる。
新たな敵の登場に、タキタロウは鹿ノ子から牙を抜こうと口を開いた。
弱った鹿ノ子を喰らうのは後でいい。
まずは適正存在を無力化することが優先だ。
けれど、しかし……。
『無駄ッスよ!』
鹿ノ子はありったけの力をこめて、タキタロウの上顎にしがみつく。それにより、タキタロウは顎を開くことができない。
一瞬、タキタロウの動きが止まった隙に朝顔はさらにその胴へ向け1撃を見舞った。
龍のような長い胴をくねらせて、タキタロウは全速力でその場を離れる。
行きがけの駄賃とばかりに、尾で強かに朝顔の顔面を打ち据えながら。
タキタロウが目指すのは、自身の住処たる岩陰だ。
その遊泳速度たるや、水中を進む矢の如く……水圧により、鹿ノ子は苦悶の泡を吐きだした。
一瞬、鹿ノ子の力が弱った隙にタキタロウはそれを吐き捨て……。
『っと、行かせねぇぜ!』
直後、その横面をゴリョウの拳が撃ち抜いた。
渦を巻く水流が、ゴリョウの体を浮き上がらせた。
姿勢が崩れたその瞬間、タキタロウはゴリョウの腹部へ体当たりを慣行。
浮力の助けもあるだろうが、ゴリョウの巨体を浮かせるだけの突進力は脅威であった。
内臓に痛みを感じながら、しかしゴリョウはタキタロウの鼻先目掛け拳を打ち込む。
否、正確には鼻先から僅かに右に逸れていたか。
『金枝の言った通りだ。ここで待ってりゃ、戻って来ると思ったぜ!』
硬い鱗に包まれた尾で、ゴリョウの顎を殴打しながらタキタロウはその場で旋回。
『舞台から逃れる事は許しません!』
左の方向へと進路を変えたその後を、追いついてきた朝顔が追う。
水面の揺れを視界の端に捕えた繁茂は、跳びはねるように起き上がるとコサメの元へと近づいた。
「コサメ! もう少しあっちへ移動するよ~!」
「は? え、何で?」
「タキタロウが釣れるから~」
「え、ほ、ほんとに?」
「本当だよぉ~。ハンモの手に罹れば魚を釣るのも男を釣るのもチョー余裕ってわけなんだよなァー!!」
繁茂の指示に従って、コサメは慌てて糸を回収。
駆け足で繁茂の指した位置へと向かう。
ついでとばかりにその後を、章姫も追いかけていくのであった。
水面を割った閃光は、飛の手にした双光剣のものであろう。
水面が激しく波打ち、渦を巻く。
鬼灯の操る小型船も、波に煽られ大きく揺れた。
水面に朱がたなびくが、果たしてそれはタキタロウの流したものか、それとも仲間の誰かの零した血だろうか。
「すいません、ちょっと揺れます!」
「構わん。既に揺れているからな」
鬼灯に断わりを入れ、綾姫は跳んだ。
ダン、と船体が傾ぐほどの強い踏み込み。綾姫の体は、砲弾のような速度でもって宙へと舞った。
それに伴い船体は大きく揺れるものの、鬼灯は抜群のバランス感覚でもって姿勢を維持。そうしながらも、注意深く水面を観察している。
「来たぞ」
鬼灯がそう呟いた直後、盛大な水飛沫とともに巨大な魚が水面に跳ねる。
タキタロウだ。
その跳躍に巻き込まれ、飛の操るAG(アームドギア)が宙へと弾きあげられる。
鋼の胴には、大きな罅が走っていた。タキタロウに喰らい付かれた結果だろうか。バチバチと火花が散っているが、幸いなことに動けなくなるほどではないようだ。
「釣りあげた後は食べるのが礼儀でしょうが……というか、この魚美味しいんでしょうか?」
機械剣を振り上げて、綾姫はその鼻先へ接近。
大上段より放たれた、叩きつけるような斬撃をもって、タキタロウの鼻先を深く抉った。
タキタロウは身をくねらせて、姿勢を崩した綾姫へと視線を向ける。
開かれた大顎が、その体を丸のみにせんと迫るが、直後ピタリと巨体は一瞬空中で停止。水に濡れ、陽光を反射するそれは、鬼灯の展開した気糸であろう。
「さぁ、空繰舞台の幕を上げようか」
「お前さんでかい図体してんだからこれくらいはフェアの範疇だろ?」
水面に落下する直前、飛は棍による一撃をタキタロウの胴へと撃ち込む。さらに、岸より恩の放った鉄の矢が、タキタロウへ追い打ちをかけた。
水飛沫を上げ、飛とAGが淵へと落下。
小型船に着地した綾姫と鬼灯は、己の得物を構えなおして次の攻勢へ備える。
水に沈む飛の元へ、タキタロウの巨体が迫った。
AGから脱出した飛は、付近を漂っていた糸を掴むとタキタロウの眼前へそれを翳す。
飛を喰らうべく、タキタロウは大口を開け接近。飛はその口内へ糸につながる針をかけた。
『おい嬢ちゃんよ、こんだけお膳立てしたんだから死ぬ気で勝てよ!』
バクン、と。
飛の体がタキタロウの口内へ消えた。
「……食った! あげよ!!」
そう叫んだのは恩だった。
自身は水中へ矢を射掛けつつ、コサメの元へと駆けていく。
仲間たちの攻撃により、タキタロウは弱っている。とはいえ、長い年月を生き、人や獣を喰らって育った巨体は健在。暴れる力も引く力も強く、竿を握ったコサメの体は、綱で繋がる繁茂と共にじわじわと淵へ滑っていく。
「人の言葉が魚にも通じるかは知らぬが、この子は渡さんぞえ」
水面近くで暴れるタキタロウの眼前へ、恩は軽いステップで接近。踊るような、流れるような、そんな流麗な動作から放つ手刀でタキタロウの右目を打った。
タキタロウの意識が恩へ向いた瞬間、コサメと繁茂は力いっぱいに竿を引く。
タキタロウの体が岸へと引き寄せられるが、その際に振り回された長い尾が恩の側頭部を打ち据えた。
「う……ぬ」
よろり、と足をもつれさせ恩は淵へと落下した。
●復讐の果て
「引きあげろ!!」
小型船へ這いあがりながらゴリョウが叫んだ。
ゴリョウの巨体を引き上げるのは、先に船へ上がっていた鹿ノ子と朝顔だ。
綾姫が剣を一閃させれば、闇より黒き妖精犬がタキタロウへと疾駆する。
それを先導するように、鬼灯の放つ気糸の弾丸が宙を奔った。
黒い犬と糸の弾丸は、ほぼ同時にタキタロウのエラを穿つ。タキタロウは、大口を開け血を吐いた。それに合わせて、飲まれていた飛が吐き出される。
恩に肩を貸されながら、飛は陸へと這いあがる。
「行け、テメェの暗雲はテメェで晴らすんだよ!」
これ以上の手助けは不要だろう。
タキタロウは十分に弱っているはずだ。
「コサメ! あいつが竿に食いついてビンビン! 尻の穴に気合入れてくよ!」
繁茂が怒鳴る。
「分かってるっつーのぉ!!」
コサメが怒鳴り返すと同時に、身体全部を使って彼女は後ろへ駆けた。
釣り人と魚の勝負となれば、結局のところ我慢比べに他ならない。どちらが先に集中を切らし、体力を使い切るか。
単純な話だ。
そして、これまでタキタロウはその勝負に勝ち続けた。
だが、永遠の勝者など存在しない。
この日、タキタロウは生涯最初にして最後の敗北を喫したのだった。
巨大な身体があっという間に捌かれた。
目を輝かせ、それを眺める章姫はぱちぱちと小さな両手を打ち鳴らす。
「お魚さんがバラバラになっていくのだわ! すごいのだわ!」
5メートルという巨大な龍魚が、一口サイズの切り身へ変わる。
はしゃぐ章姫へ笑い返すと、ゴリョウは魚の切り身を綾姫へと渡した。
タキタロウは西京焼き。
エノハやドンコは天ぷら。
鰻は蒲焼。
そして鮭は塩焼きへ、その姿を変えていく。
「綾姫、天ぷらの方はそろそろいいころ合いだろ? っと、晋よ、こっちの小物を持っていけ。焼いて酒に入れるのも良いぞ!」
テキパキと各所へ指示を出しつつ、ゴリョウは西京焼きの調理を進めていく。
マルチタスクが料理の基本だ。その点ゴリョウの手際は本職のソレに近しい。指示の通りに動く綾姫の動作も手慣れたもので、その様を見てコサメは目を丸くしていた。
「お兄さんはお料理をしないのかしら?」
くるりと後ろを振り返り、うろうろしていた恩へと問うた章姫に、何ら悪気はなかっただろう。
「ウチ、料理は出来ないのじゃよ……」
困ったような顔で答えを返した恩は、皿を手にして肩を落とした。
酒の肴と呼ぶように、古くから魚介料理は酒の共として供されることが多かった。
実際には、酒の席に出される料理全般を「肴」と呼称するのだが……。
なお、魚をかつては“うお”或いは“うを”と読んでいたのだが、肴として供されることからやがて“さかな”とそう読むようになったらしい。
閑話休題。
「復讐のために”釣る”……なんだか新しいッスね」
そう呟いて鹿ノ子は、西京焼きを口へ運んだ。
味噌の香ばしい味わいが、口内に広がり幸せな気分が胸のうちに溢れるのだ。思わず頬も緩むというもの。
「最後まで頂くのが殺した者に対する礼儀ですが……これは、食が進み過ぎていけません」
「えぇ、本当に。食べきれない分は村人にも振舞えるかな」
天ぷらを食む朝顔と綾姫。
2人は荷馬車に積まれた釣果へ視線を向けて、そんなことを呟いた。
皿に盛られた西京焼きと、小さな杯を淵の畔へと置いた。
澄んだ酒を杯へと注ぎ、コサメは淵へと視線を落とす。
それは、亡き父へと捧げる酒だ。
復讐はここに果たされた。
胸のうちでそう告げて、コサメは杯の中身を一気に煽ってみせた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
タキタロウが釣り上げられたことにより、コサメの復讐は果たされました。
依頼は無事に成功です。
また、それなりに多くの魚を得たことで村の住人たちからは多大な感謝をされました。
おめでとうございます。
この度はご参加いただき、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
コサメの復讐に決着をつける
※コサメがタキタロウに食われると依頼は失敗となります。
●ターゲット
・タキタロウ(妖)×1
幸良淵に住む龍魚と呼ばれる妖怪魚。
数百年を生きるという怪魚であり、幸良淵には数年前に住み着いた。
既に7人の人間を食っていることからも分かる通り肉食。
長い体と鋭い牙を備えた大きな口腔を持つ。
知能が高く、状態異常に対する高い耐性を持つ。
生存本能:物近範に大ダメージ、体勢不利、無常、封印
喰いつくし、暴れるし、水底へ引き込むこともする。
・コサメ
幸良淵近くの村に住む女性。
20歳前後。
簡素な衣服と、タキタロウを釣るために改造した釣竿を持っている。
タキタロウに食われた父の復讐を果たすべく、タキタロウをその手で釣りあげようとしている。
●フィールド
幸良淵。
豊穣の山奥にある河川。
その上流にある川幅50メートル超えの区画。
東側には滝があり、タキタロウはよくその辺りで目撃される。
水深については不明。少なくとも、ちょっと素潜りが得意な程度では辿り着けないほどには深い。
タキタロウのほかにも、鮭、鰻、エノハ、ドンコなどが釣れることが確認されている。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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