シナリオ詳細
<現想ノ夜妖>帝都星読キネマ譚
オープニング
●
カンバスの上に広がる薄桃色の頬に触れてみる。
指腹の感触は乗せられた色の重なりを返すけれど。
少女にとってそれは柔らかく繊細な肌のように思えた。
どうしたら触れあえるのだろうか。
ピンク色に染まる頬。潤む瞳。高鳴る鼓動。
――少女は恋をしていた。
少女『桂崎祥子』は窓の外を見遣る。
青い空には薄く雲が掛かり、鳥が羽ばたいていった。
祥子は窓枠に手を置いた。留め具を外し力を込めると、蝶番の軋む音と共に外の風が入ってくる。
心地良い海風が髪を揺らせば、祥子がお気に入りの『バレッタ』に指を添えた。
これは商人をしている父親が買って来てくれた渡来品だった。
祥子の家は木製の洋館で、彼女が履いている靴は編み上げの『ブーツ』。
着物の中に着込んだ『ブラウス』には繊細な『フリル』がついていて祥子はこれを着るのが大好きだった。何故なら、カンバスの中に描かれた『彼女』の『ワンピヰス』も同じフリルがついているから。
この先の通りに出来た『煉瓦』作りの建物は最近完成したばかりの『カフェー』だ。
ガラスの向こう側ではハイカラな衣装を身に纏ったマダム達が珈琲を飲んでいるらしい。
祥子は『彼女』と共にカフェーで談笑する自分達を想像して、胸を切なくときめかせた。
華やかなりし帝都の夜。
霞帝、天香、建葉による三位一体の政は国を善く治め、巫女姫姉妹が伝えた海向こうの風習は、帝都に新しい文化を花開かせた。
善き政治に続き、航海王国(セイラー)との貿易は、神光の地に新時代を開いた。
――文明開化である。
港近くには異人街が作られ、海を見下ろす丘には赤煉瓦の洋館が肩を寄せ合う。
この地に骨を埋めることになった異人さんの墓地を向こうに、馬車道を路面電車が駆けた。
タイル張りのモダンなビルヂングに、電線が蜘蛛糸のように巡り――コスメチックは疎いらしい。ナッチョラン! ハイカラさんをみならいたまへ。道行くモガの装いは羽織袴ならずワンピヰスではあるまいか。
ぼうっと浮いた水銀灯や、ちかちかとしたネヲンは、夜さえ知らぬほど明るい、そんな都会の街。
カフェーではオムライスやフライが人気を博し、眼鏡曇らす苦学書生は久方ぶりのライスカリー(ごちそう)に汗を吹きだした。おハイソな山ノ手のモガは上等な生地のアッパッパを自慢げに見せつけながら、アイスクリンを乗っけたメロンソーダを楽しんでいる。
彼女が眺める硝子窓の向こう。国内初のエレベエタアを備えるデパアト玉出屋は今日も忙しく――
時は諦星(たいしょう)十五年――ヒイズルの夏。
――――
――
「祥子居ない!? どういう事だ。お前、何でちゃんと見て居なかったんだ!」
机をドンと叩いた祥子の父――泰三は怒りに震えていた。
目に入れても痛くない様な可愛らしい愛娘が忽然と姿を消したのだ。
幼くして母親を病気で亡くした娘を、泰三は不自由無く暮らせるように愛情を注いだ。
貿易の仕事で海外に出る時も多かったが、信頼出来る使用人に任せていれば安心だと思って居たのに。
「申し訳ございません。旦那様。ですが、お嬢様はお部屋から出られた様子が無いのです」
「部屋から出ていないだと? どういうことだ? でも姿が見えないんだろう!?」
泰三は使用人と共に祥子の部屋へ向かう。
金属のドアノブをくるりと回し、木製のドアを開いた。
「祥子! 隠れているのか祥子。余り父さんを心配させないでおくれ」
泰三は祥子の部屋を見渡す。繊細なベージュの模様が入った壁紙と腰壁。出窓にはドレープのカーテンが掛けられ、机の上にはお洒落なランプが飾られている。ピンクのシーツが掛けられたベッドを捲っても誰も居ない。そのベッドの下を覗き込んだり、クローゼットの中を調べても祥子は見つからなかった。
「だ、旦那様……これ!」
「何だ? どうした」
泰三は部屋の壁に飾られたカンバスを見遣る。
これは、絵を描くのが好きな祥子が気に入っている絵葉書と同じ作者が描いたものだ。
カンバスを売って来た商人は胡散臭そうな人物だったが娘が気に入っている作者のものならばと買い取ったのだ。実際に娘はこのカンバスに描かれた絵を気に入っているようだった。
買い取った時には、絵の中には少女が一人しか居なかった。
だが、今はもう一人描かれている。祥子そっくりの女の子だ。送ったバレッタも鮮明に描かれている。
祥子が描き足した可能性もあるだろう。
けれど、少女達が絵の中で『動いている』事は有り得ない。
「――まさか、祥子なのか!? 絵の中に取り込まれてしまったというのか!?」
しかも、少女達は何かに怯え逃げているようだった。
こんな非現実的な事が有り得るのだろうか。絵の中に取り込まれてしまうなんて。
だが、泰三の背に冷や汗が流れる。嫌な予感がする。
絵の中の逃げ惑う少女達が、追いかけて来た影に掴まり。
――腕が取れた。
泣き叫ぶ様子が描かれている。
――足が取れた。
血みどろになって逃げようと這いずり回っている。
――胴が切り裂かれた。
絶望が彼女達の目に浮かんでいる。
――最後にはカンバスが全部、真っ赤にそまってしまった。
そして、黒い影はカンバスの中から腕を伸ばし、泰三の襟を掴む。
引き摺られ抵抗するも、ずるずると真っ赤なカンバスの中に飲み込まれた。
●
あれば影あり、陽あれば陰あり。華やかなりし帝都の夜にうごめく妖があった。
その名は――夜妖(よる)。
「夜妖?」
小さな妖精テアドールは小首を傾げ『子猫のしっぽ』廻(p3y000160)を見つめた。
猫耳尻尾に『ハイカラ』な袴と着物を着た廻はテアドールを頭の上に乗せる。
「えっとですね。僕達の住んでいる場所では妖怪とかモンスターの事をそう呼ぶんです」
テアドールはR.O.OネクストのNPCである。通常であれば不用意に無辜なる混沌の情報を与えてしまえばバグとして削除されてしまう可能性がある。だが、このテアドールは通常のNPCとは異なり廻やイレギュラーズを『外の世界』から来たと認識しているらしい。
夜妖とは混沌の練達に存在する一区画、再現性東京2010街『希望ヶ浜』におけるモンスターの総称。
たとえば、幻想国ではゴブリンやコッカトリスといった魔物も夜妖のうちである。けれど、希望ヶ浜では
夜妖に一定の傾向が垣間見える。根も葉もない噂、空想、怯え恐れ、喜怒哀楽の感情。
或いはただの勘違い。そうした人の思念を元にした怪異が多いのは、人が沢山居る都会ならではだろう。
――ならば、京もまた同様ではないのか。
文明開化が起こり、人が急増した帝都に潜む怪異は夜妖そのものなのだろう。
しかし、何故『神光に現れた怪異が夜妖』と呼ばれ、また突如現れたのかは謎の侭だ。
その原因を解き明かす為にも、イレギュラーズは陰陽寮の『神使』となり夜妖と戦う。
「あー、俺も何かこう格好いい服着てみるかな。いかにも陰陽寮の『神使』って感じのさ。
なあ、お前も着てみるか? 袴にブーツ。軍服も格好よくね?」
何時もの紫色のシャツを捲り、『神光に足を踏み入れた』龍成(p3y000215)が視線を上げた。
龍成達が訪れたのは――『高天京壱号映画館』。
中に入れば薄暗くひんやりと冷たい。
「ようこそ。高天京壱号映画館へ」
「歓迎するわ」
廻達にぺこりと挨拶をしたつづり(p3n000177)と、その隣で僅かに視線を落としたそそぎ(p3n000178)が迎えてくれる。
「わぁ。凄い。文明開化って感じだね」
この高天京壱号映画館は、双子姫の夢を元に『陰陽頭』月ヶ瀬 庚(p3n000221)が作り上げた渾天儀『星読幻灯機(ほしよみきねま)』が置かれている場所だ。
「これが、星読幻灯機か?」
龍成が幻灯機を覗き込む。それは夜妖が起こす悲劇を予知するという、新しいカラクリ装置。
巫女達はそのほしよみキネマに希望の光を見た。
海の向こうからやってきた『神使』――イレギュラーズが『夜妖を祓う』と。
巫女達のお告げに従い、『中務卿』建葉・晴明(たけは・はるあき)は、中務省直轄の陰陽寮にて、イレギュラーズを『神使』として迎え入れたのだった。
廻達がこの高天京壱号映画館へ訪れたのは夜妖を祓う為。
ここは豊穣ではない。神光(ヒイズル)と呼ばれる歪な模造品。
その中で大規模なイベントが発生したのだ。
『――新規イベント『帝都星読キネマ譚』現想ノ夜妖が開催されました』
星読幻灯機(ほしよみキネマ)が伝える『未来』を元に、帝都を脅かす夜妖を退治する。
神使となり、起こりうる悲劇を未然に防ぐのがイベントの目的だ。
ネクストから発信されたイベントの告知を受けた練達上層部は、これまでと同様にイレギュラーズへゲーム攻略を求めたのだ。
特に今回は『夜妖を祓う』という内容である。
希望ヶ浜の『祓い屋』燈堂一門にも応援の要請が来たのだ。
当主である暁月の代理として廻と付き添いの龍成がこのイベントに参加するためダイブした。
「じゃあ、やってみせるわね」
そそぎは試写室のビロードのカーテンを開ける。
カタカタとなる渾天儀『星読幻灯機』――ほしよみキネマが銀幕へ、活動写真を映し出す。
描かれたモノクロームの惨劇。
カンバスの中で少女達が無残に殺されていく様が鮮明に投写された。
真っ赤に染まる画面に、そそぎはつづりの袖をぎゅっと握り、口を引き結ぶ。
これは『未来』だ。
此から起こる未来。変える事の出来る結末だ。
「これはカンバスの中に居る夜妖の仕業です。絵の中に人を取り込んで殺してしまうんです」
「こんなの、あんまりよ。だから、お願いするわ。絶対に彼女達救ってきて」
つづりとそそぎは哀しげにイレギュラーズへ視線を上げた。
悲劇を祓うため、イレギュラーズ達は現場へ向かう。
●
逃げなきゃ。逃げなきゃ。
やっと貴女と会えたのに。こんなの嫌よ。
お揃いのバレッタをつけて、ワンピヰスを着て、通りのカフェーに行くんだから。
一緒に行くんだから。こんな所で死ぬのは嫌。
誰か助けて。お願い――
- <現想ノ夜妖>帝都星読キネマ譚完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年07月28日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
赤煉瓦の倉庫を抜けて来た潮風が髪を揺らす。
蒸気機関を乗せた車の後に、黒い煙を吹かせたガソリン車が視界を横切った。
『爆弾魔』アレキサンドライト(p3x004247)は視線を右に振る。
木造の建物は和風建築で厳かな雰囲気を醸し出していた。
今度は首を左に向ける。其処には伝承で見るような煉瓦作りの洋館が建っていた。
「文化が混ざり合っているんですね」
カラフルな着物と袴にブーツの組み合わせも可愛いし、軍服も捨てがたいとアレキサンドライトは頷く。
「男と違って女性アバターは着飾るのが楽しいのが良いですね」
「女性アバター?」
首をこてりと傾げる『子猫のしっぽ』廻(p3y000160)がアレキサンドライトに瞳を上げる。
「いえ。何でもありませんよ。廻さんが随分と可愛らしい姿になっているなと」
「あれ? リアルの僕を知ってるんですか? ……もしかしてその白薔薇の眼帯」
「いえ。何でもありませんよ」
白薔薇の眼帯なんてものはよくある装備である。リアルの詮索は良く無い。良く無いのだが、廻はアレキサンドライトの手を自分の頭に乗せた。自然にもふもふと撫でられる感覚は多分きっと『友人』のそれだ。
「おや、可愛らしい子猫だね。ふふ、よろしくね?」
次に廻の頭をもふもふするのは『夜告鳥の幻影』イズル(p3x008599)だ。
この姿はリアルのイシュミルの姿である。廻とイシュミルは面識が無かった様な……と考えて、首を振るイズル。燈堂家での戦いの折に会っている。それもかなり念入りに身体の様子を見た。
大丈夫。きっと大丈夫。言わなければ分からない。目隠しもしているし。それに現実の事に触れるのは宜しくないみたいだからとイズルは廻に視線を向けた。
「あっ、イシュ……あ、あー。イズルさん。えへへ。その節はどうもありがとうございました」
「…………いや。大丈夫」
これは。イシュミルと勘違いされたのではないか。どうしよう。誤解が生まれている。かといって、中身がアーマデルだと弁解すると『何でイシュミルの姿なのか』と問われてしまうのではないか。マズイ。色々とマズイ様な気がするので、ここは誤解を解かずにおこうとイズルは廻の頭を撫で回す。
「廻殿に龍成殿にテアドール殿ははじめまして、かな。どうぞよろしくね」
ふわりと微笑んだ『可能性の分岐点』スイッチ(p3x008566)は廻と『神光に足を踏み入れた』龍成(p3y000215)に視線を上げる。そして、廻の頭の肩に乗っている『妖精』テアドールに手を差し出した。
「――はじめまして。僕はテアドール。良かったら僕とお友達になってくれませんか?」
「ああ、もちろんだよ」
金色の粒子を煌めかせながら、テアドールはスイッチの手を取った。
スイッチはテアドールを肩に乗せ、ヒイズルの町並みを見渡す。
「それにしてもヒイズルに来てから驚きの連続だ。こういう文化を大正ロマンって言うんだってね? とても興味深いよ。この空気感、俺は好きだな」
「はい。大正ロマンという文化に相当します」
テアドールはスイッチの言葉に頷く。僅かに固い言葉使いは、丁寧な敬語を使っているのにも関わらず幼い印象をスイッチに与える。『剣であった』自分だからこそ分かる何処か型に嵌った違和感。
これは人間の模倣だ。そういう気配をテアドールからは感じたのだ。
「でも、この文化レベルの違いに加えて夜妖だなんて。しかも女の子が大変な目に合うっていうなら助けに行かないとね。こっちの世界の夜妖がいかほどのものか、見せてもらおうか」
スイッチの隣で眉を寄せる『闇祓う一陣の風』白銀の騎士ストームナイト(p3x005012)が僅かに視線を落とす。
「夜妖か」
カムイグラに相当する世界で夜妖が現れる。これも何者かの悪意の産物なのだろうかとストームナイトは依頼人が住まうの洋館へと足を踏み入れた。迎え入れてくれた執事も心痛な面持ちの父親も、とてもゲームのNPCとは思えない思考と心情を持ち合わせている。実は何処か別の世界へのゲートが開かれたと言われた方が納得が行くぐらいである。
だからなのだろうか。仮想世界とはいえ、人が不幸になるのを見過ごすなんて出来る訳がない。
ストームナイトは廻達へ視線を流す。龍成とは初対面。色々と噂は聞いているがこうして一緒に行動出来るようになったのは行幸だろう。
「廻殿、龍成殿、テアドール嬢。今日はよろしく頼む」
「はい!」
「少女たちの絶望の未来、必ず断ち切ろうではないか」
ストームナイトの言葉が『うさぎははねる』アマト(p3x009185)に届く。
ヒイズルは大正ロマンの国だからとアマトも袴とブーツでこの場に来ていた。
「着なれないけど、どうですか? 似合いますか?」
「はい。とっても可愛いですよ。アマトさん」
「えへへ。廻様もとっても可愛いのです」
小さな二人がころころと笑い合う姿に、張り詰めていた場の空気が少し和らぐ。
「娘をお願いします」
「大丈夫ですよ。アマトたちに任せて」
アマトは父親の肩をぽんと叩いて励ました。これより起こる悲劇は星読幻灯機に映し出され、それを未然に防ぐために自分達がいる。悲しい涙をを無くす事が出来るとアマトは少女の部屋にあるカンバスを見遣る。
「絵に取り込まれちゃうって、絵の中って、どんな感じなんでしょう?」
警戒をしながらアマトは絵に近づいた。
「絵の中にか……ふむ」
「イズルさん何か分かりますか?」
アマトは背後に立ったイズルへと振り向く。
「いや、異界化した絵画や本のことをちょっと思い出してしまってね」
「不思議ですね?」
「ヒトの想いや想像を集めやすい絵画や本は、夜妖を生み易いのかもしれないね」
アマトとイズルがカンバスを覗き込むのを同じように『魔法人形使い』ハルツフィーネ(p3x001701)が見つめる。
「星読キネマによると。わざわざ父親が来るのを待ってから、殺したようですね。悪知恵の働く夜妖のようです。遠慮なくぼこぼこにしましょう」
指先を握り込み、真剣な眼差しでカンバスを見つめるハルツフィーネ。
その隣に立ったのは『結界師のひとりしばい』カイト(p3x007128)だ。
「だいすきなえにとじこめられた……なぁんて歌もあるけどな。閉じ込められた後は一体どうなってんだろうな」
カイトは真っ黒な手が少女達を追い詰める様子が描かれたカンバスを睨み付けた。
「ま、こんな地獄絵図は誰だって願い下げだが……皆、準備はいいか、行くぞ!」
カンバスに触れたカイトの合図と共に、イレギュラーズは絵の中へと飛び込んでいく。
●
絵の中は縦横無尽の通路が張り巡らされていた。
されど、スイッチのレーダーはこの夜妖の空間では上手く機能し、最短距離で少女達の元へイレギュラーズは到達する。
ストームナイトの視界に少女達の姿が見えた。
そのすぐ傍まで迫り来る黒い手。
「いたいけな少女たちを狙う邪悪な妖よ! これ以上の狼藉は許さん!」
真っ黒な闇にストームナイトの光輝の剣が掲げられる。そして、体勢を低く保ったストームナイトは地面を踏みしめ、聖なる槍の閃光を解き放った。
「雷鳴轟く光剣よ。その力、聖なる槍と変じ悪しきを貫く一閃となれ。
――穿たれる聖槍(セレスティアルランス)!!!!」
闇を貫く一筋の光は少女達に迫る黒い手を一瞬にして焼き尽くす。
ストームナイトが切り開いた道にスイッチが滑り込み、少女達の元まで走り込んだ。
「もう大丈夫だよ!」
「あ……」
震える少女達を慰めるように微笑んだスイッチは、駆けつけてきたハルツフィーネに頷く。
「正義のクマさん見参、です。怖いものは全て引き受けますので。離れないで下さいね」
ハルツフィーネはテディベアをカバンから取り出して少女達に渡した。何の能力も持たない普通の人形だけれど少女達の恐怖心を和らげる事は出来るだろう。
「これを抱きしめていてください。悪夢じみた光景にはキュートなお供が必要なのです」
手渡されたクマとお互いの顔をを見合わせ安心したようにぎゅうと抱きしめる少女達。
その様子に瞳を細めたハルツフィーネはくるりと向き直り、手をゆっくりと広げた。そこには白く光る糸が現れ、瞬く間に空間へ広がる。白く光る糸の中で生成されるのは戦闘用のテディベア(魔法人形)だ。
クマはハルツフィーネの元を離れ黒い手の群れへ突き進む。
「がおー!」
黒い手を威嚇するように腕を振り上げたクマ。このクマはハルツフィーネの代わりに戦闘を行うのだ。
クマの戦闘操作に集中するため、ハルツフィーネは少女達と一塊になる。
スイッチはハルツフィーネ達を背に守るよう機械の翼を広げた。
「ここは一歩も通さないよ!」
四方から迫り来る黒手を打ち払うスイッチ。守りに徹するということは、それだけスイッチの手傷が増えるということでもある。肩で息をしながらそれでも少年の心は折れない。
肩に乗るテアドールがスイッチの傷を回復する。
「まだ行けますでしょうか」
「うん、大丈夫。なんたって俺には頼りになる仲間が居るからね!」
スイッチの視界に入ってくるのはイズルだ。
少女達を背にしながら扇型に蛇腹剣が攻撃範囲を示す。敵味方関係無く巻き込んでしまうR.O.Oのレンジにおいて一点から多点に対して扇型に広がりを見せるイズルの攻撃はとても有効に作用した。
イズルを基点に一掃された黒手の群れ。それを維持するようにカイトの結界術が張り巡らされる。
「七星結界――極天の加護」
自身の中に陣地を構築し、結界の精度を高めたカイトは氷柱を手に黒手へ迫った。
楔状にした結界印を黒手へと撃ち放てば、忽ちに敵の身体を氷呪が覆い尽くす。
冷気纏しカイトの呪剣は黒手を次々と破砕した。
「数だけ多い相手なら、それこそ速度の利が必要だろ?」
「そうだね」
カイトの言葉にアマトが頷く。
「一応結界師の端くれだからそこらは理解してるさ」
先に動く事の出来るカイトが敵の動きを封じていく様は正しく結界師と呼ぶに相応しいだろう。
「このたくさんの手をなんとかするのですよね? よーし!」
アマトは耳をぴこぴこさせて辺りを警戒しながら、マジカル★イースターエッグを掲げる。
少女達や仲間を傷つけないように遠くの黒手達を狙うのだ。
「聖なる卵から生まれるのは、守りたいって心。女の子を苛めちゃだめなんだから!」
アマトのイースターエッグから溢れる光は戦場を包み。
「響け――想いのラプソディ!」
反響した爆砕の音は黒手を盛大に巻き込み霧散した。
「さて」
アマトの心地良い爆砕音に頷くのはアレキサンドライトだ。
「夜妖を祓い少女を救う。その為には目の前の気味悪い手を爆弾で吹き飛ばさなければ行けませんね」
この空間自体が夜妖そのものだ。数が多ければ長期戦になり、長く戦っていればそれだけ少女達が傷付く可能性がふえてしまう。
「任せてくださいROOの俺は爆破……そう破壊は得意なのです!! うじゃうじゃ沸くのであれば好都合なのです!!!!」
ストレス発散といわんばかりにアレキサンドライトは敵の中心に入り込み、吹っ飛ばしていく。
「ははっ! 気持ち悪い腕どもめ、俺の爆弾の餌食になるといい!!!!」
アレキサンドライトの爆破の煙が晴れ現れたのは『無政府共産主義者』赤井・丸恵(p3x007440)だ。
真っ赤な催涙剤を詰めたグレネード弾を黒手目がけて解き放つ。
敵に着弾した弾は爆発し周囲を赤く染め上げた。
――――
――
ハルツフィーネが操るクマの周りに群がった黒手達をカイトは見遣る。
「魔法人形ってのはダメージがそのまま操者に跳ね返るんだな。大丈夫かハルツフィーネ! 俺の回復は必要か? まあ、いざとなったら俺が肉壁にでもなって……」
「いいえ。廻さん達が回復してくれます。それよりも一気に叩いて魔核を出現させましょう!」
「確かに。そっちの方が効率がいいな。踏ん張れよ!」
カイトはハルツフィーネを信じて黒手の殲滅に当たる。
「それにしても。レディに対して非紳士的な手ですね。これが噂に聞く痴漢、というやつでしょうか。お二人も気を付けないとダメですよ」
不安げな瞳を揺らす少女達を安心させるようにハルツフィーネは微笑んだ。
「テアドール殿、ハルツフィーネ殿の支援頼む!」
「はい。お任せ下さい。ストームナイトさん。戦略の要であるハルツフィーネさん及び、スイッチさんの回復に重点を置いて処理構築をしています」
先ほどより機械的な受け答えをするテアドール。戦闘に集中しているのだろう。
「廻殿、龍成殿、夜妖の専門家としての助言があれば聞こう!」
ストームナイトの言葉にイズルは龍成を見遣る。チーム戦でどの程度戦い慣れているのか。少人数とフルパーティでは戦い方が変わるのだとイズルは龍成に視線を送った。
「まあ、俺は夜妖の専門家じゃねーけど。魔核が現れんのは、もうすぐだろうな」
「僕もそう思います。散り散りになった黒手が一箇所に集まってきています。核を守りたいという生存本能だと思います」
「ってことは、あのわんさかしてる所に攻撃を叩き込めばいいんだな?」
ストームナイトは翡翠の瞳を敵群へと向ける。
「はい!」
「少女たちよ、安心するがいい。もう間もなく、君たちから不幸は祓われる!」
ストームナイトは囚われた少女達に背を向け剣を掲げた。
「皆、行くぞ! あそこへ集中攻撃だ!」
「おお――!」
闇の中に現れる魔核。
解き放たれるは、救世主たるイレギュラーズの剣尖。
煌めく七色のパーティクルを散らし、黒き手の怪異は討ち滅ぼされた。
●
大正ロマンの町並みをイレギュラーズは歩いて行く。
通りにあるお洒落な商店には袴やブーツ、モガの衣装が並んでいた。
「この衣装どうですかね?」
「可愛いと思います!」
アレキサンドライトが試着室から一歩前に出る。
着物に袴とブーツ。それにレースのストールを纏った美しい姿に廻は手を叩いた。
「でも、それって女装……?」
「いえいえ。違いますよ龍成さん。この身体は女性。だから女装ではありません。それよりも、龍成さんは廻さんみたいに可愛い格好をしないんですか?」
廻を抱き上げたアレキサンドライトは耳や尻尾を撫で繰り回す。
「そういうのは俺には似合わねぇよ。可愛いヤツが着れば良い」
「だから、美少女アバターを作るんですよ」
「俺が美少女に? それ、ぜってぇ揶揄われるヤツだろ、おい、ラク……アレキサンドライトよお」
アレキサンドライトの頭をわしわしと撫でて溜息を吐く龍成に廻がくすりと笑った。
「でも、廻殿のヒイズルでの衣装、とてもよく似合っているよ」
廻のほっぺをぷにぷにと突くスイッチは新しい衣装を身に纏っている。書生風のマントに少し刺繍の入った袴姿はスイッチに良く似合っていた。
「龍成殿も軍装はこちらに来てからだよね? かっこいいなぁ。色んな人達がお洒落を楽しんでる気がする。いい街だよね」
「ああ、ありがとよ。お前も似合ってるぜ。スイッチ」
スイッチの隣ではハルツフィーネが棚を見つめて居た。
「この国にはクマさんに似合いそうなアクセサリーとか、ありますか?」
ハルツフィーネの傍には桂崎祥子とマーガレット・ハワードが仲良く手を繋いでいる。
「そうね。テディベアにはやっぱりリボンに付けるブローチやペンダントトップがいいかしらね?」
「白いクマさんなら、青色や赤色の石がついたものがおすすめよ」
「折角だからクマさんもヒイズル流でおめかし、させたいですからね」
きゃっきゃとどれが良いか選んで行くハルツフィーネと祥子とマーガレット。
「これが、もだん? たいしょーろまん?」
この三人にアマトが加わって、ほんわかな雰囲気が流れる店内。
「マーガレット様はどこから来た方なのでしょう? 前の持ち主の人? マーガレット様の家族の方は心配してないのでしょうか? マーガレット様はこれからどうされるのでしょう?」
「そうね。マーガレットの家はこれから探す事になるわね」
「でも大丈夫。私達はずっと友達よ」
アマトはその言葉ににっこりと笑う。
併設されたカフェーからは紅茶の良い香りが漂ってくる。
「そろそろ、無事に帰って来たお祝いしよっか! 俺はクリームソーダが飲みたいなぁ。あと固めのプリンが食べたいかも」
スイッチが少女達をエスコートしてふかふかのソファ席に移動するイレギュラーズ。
「お嬢さん達は何か好きなものはあるかな? 甘いものもいっぱいあるみたいだよ。折角怖い思いから解放されたんだから、ちょっとくらいはしゃいでもバチは当たらないよ」
メニューを祥子達へ渡すスイッチ。
このカフェーは祥子が住まう洋館と同じような作りをしていた。
「洋館の雰囲気も食器も、なかなか趣があって良い、ですね」
和の要素が所々に見える洋館にハルツフィーネは顔を綻ばせる。
「大正ロマン風の洋館……再現性大正の劇場なら行ったことがあったと思うけれど。それや豊穣、再現性東京との違いが気になるね」
イズルはカフェーの洋館を見渡し、侵入経路を確かめる。
「でもまぁ、しっかし大正ロマンってあんまりよく分かんねぇんだよなぁ。こういうのはノリでなんとか、って奴なのか?」
ソファにもたれ掛かったカイトは隣で神妙な面持ちをしているストームナイトを見遣る。
「どうした? しまったって顔してるぞ?」
「いや、何でも無い」
こういう場での上品な振る舞いが分からないと頭を抱えるストームナイト。騎士たるもの上流の作法を知らないなんて格好がつかないと視線を上げれば、割と普通に皆ケーキやらを食べている。
「ま、いいか」
「おう」
ともあれ、今は大正ロマンのカフェーで無事を喜ぼうではないか。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
大正ロマン『帝都星読キネマ譚』ハジマリマス。
GMコメント
もみじです。帝都星読キネマ譚ハジマリマス。
敵を倒した後は、折角なので大正ロマンの雰囲気に浸ったりしてみましょう。
●目的
・夜妖を祓い、少女達を助ける
・倒せたなら、きっと旦那様が歓待してくれるでしょう。
モダンな洋菓子と紅茶でも楽しみながら、大正ロマンを満喫しちゃいましょう。
●ロケーション
神光の帝都高天京の住宅街にある洋館。
桂崎祥子の部屋にあるカンバスの中。
カンバスの中は夜妖の領域です。縦横無尽に走る道があります。
逃げ惑っている少女達にはすぐ追いつけるでしょう。
少女達の足下から黒い手が迫っています。
●敵
『夜妖』百黒手×無数
黒い無数の手の形をした夜妖です。
美しい少女の心や、心優しい父親の怒りなどを喰らう為、カンバスの中に潜んでいます。
このカンバスを見つめると虜になるような強力な魅了効果をもっているようです。
前に広がる無数の手を無双してなぎ払い、魔核を壊しましょう。
魔核は手の数が減ってくると頭上に現れます。たたき割りましょう。
近距離からの攻撃しかありませんが、戦場自体が夜妖そのものなので何処にでも現れます。
難しい事は考えず斬りまくりましょう!
●NPC
○桂崎祥子
カンバスの中に取り込まれた少女です。
マーガレットと共に震えています。
助かったならマーガレットと一緒にカフェーに行きたいと思っています。
○マーガレット・ハワード
祥子の手に渡る前にカンバスの中に取り込まれた少女です。
海外の何処かの生まれしょう。
祥子の事はカンバスの中から見ていたので友達になりたいと思っています。
○『猫のしっぽ』廻(p3y000160)
大正ロマン風の袴に身を包み暁月の代理としてゲームのイベントに参加しています。
現実世界の掃除屋の能力は使えません。
後方から魔法や回復でイレギュラーズをサポートします。
○『神光に足を踏み入れた』龍成(p3y000215)
廻の付き添いとしてゲームのイベントに参加しています。
現実世界と同様にナイフで戦います。
○『妖精』テアドール
イレギュラーズの事を『外の世界』から来たと認識するNPC。
神光に足を踏み入れた時に出会いました。
バリアや回復でサポートしてくれます。
●戦闘後
少女達を助けた後は、父の泰三がとても歓迎してくれるでしょう。
大正ロマン風の洋館や風景を楽しむのもいいですね。
モダンな洋菓子と紅茶でも楽しみながら、大正ロマンを満喫しちゃいましょう。
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
●情報精度なし
ヒイズル『帝都星読キネマ譚』には、情報精度が存在しません。
未来が予知されているからです。
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