PandoraPartyProject

シナリオ詳細

悪に与える鉄鎚。或いは、ケダモノには哀れみを…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●Kiss me demon
 ホームレスを襲う酔漢を、己の拳で殴り倒して追い払ったあの日。
 幼き日の、ある寒い夜、彼は『正義』を自覚した。
 
 悪とは何か。
 正義とは何か。
 己の『正義』を自覚した彼が、まず初めに考えたのはそれだった。
 正義とは、人道的かつ正しい行いだ。
 悪とは、人道に背いた許されざる行いだ。
 例えば、酔いに任せてホームレスの老人へ暴力を行使した男は悪だ。
 そして、それを殴り倒した己の行いは正義そのものであっただろう。
 後日、件のホームレスは何者かに暴行を受け、命を落とした。
 それを成した何者かは悪だ。
 そして、彼の正義をその何者かは無駄にした。
 彼の正義に真っ向から喧嘩を売る許されざる行いだ。
 だから、探した。
 犯人を捜し出して、長い時間をかけて殴り殺した。
 人を殺すという行為は『悪』であろう。
 けれど、彼に殺された暴漢もまた、見知らぬ他人を殺した『悪』だ。
 悪人だ。
 悪人を殺した自分は、ならば『悪』と呼ばれるべきか?
 否。
 断じて、否!!
 悪を誅した己の行いは正義そのものではないか。
 ならば。
 そうであるならば、己の殺しは正義である。
 己こそが、正義の味方に違いない。

 詐欺師を殴って、憲兵へと突き出した。
 騙された老婆は、彼に感謝の言葉を告げた。
 誘拐された娘を救け、犯人たちを叩きのめした。
 娘の父は感謝の涙を流しながら、お礼といって彼へ大金を差し出した。
 殺人犯を追いかけて、その報いを受けさせた。
 遺族たちは彼を讃えた。
 テロリストたちをたった1人で制圧した。
 人質として捕らわれていた者たちは、彼を英雄と崇めてくれた。
 その地を治める老いた領主は、彼こそが正義の体現者だと言った。
 しかし過程で、娘が1人亡くなったことが悔やまれる。
 けれど、それは必要な犠牲だった。
 正義を行使するためには、それ相応の『悪行』が求められる。
 悪行を成していない者を、彼が誅することは出来ない。
 だから、彼女には死んでもらった。
 そうするほかに術はなかった。
 結果として、テロリストたちは皆捕縛されたのだ。
 死んだ娘は、正義の礎となれたことを喜ぶべきだ。
 だと、いうのに……。
 娘の父母は彼に向ってこういった。
「どうしてもっと早く来てくれなかったのか。そうすれば娘は死なずに済んだ!」
 人間とは身勝手なものだ。
 助けの手を差し伸べない者よりも、助けの手を差し伸べたけれど、それが十分でなかった者へこそ、恨みや怒りを向けるのだ。
 英雄たる自分になんてことを言うのだろうか。
 それは許されざる行為だ。
 だから――した。
 英雄を悪しざまに罵るなんて。
 それは許されざる『悪』だと、彼の正義はそう判断したからだ。
 
 生まれながらの超人体質。
 彼がそのことに気づいたのは『正義』の味方を志して、数年経ったころだった。
 銃で撃たれても、ナイフで刺されても、傷はすぐに【治癒】した。
 毒をはじめとした状態異常も、長く彼を苦しませることはない。
 常人を遥かに凌駕する筋肉を持ち、どんなに高い位置にだって跳躍できる。
 その脚で放つ蹴りは、人の身体をボールみたいに弾き【飛】ばした。
 【防無】かつ【必殺】の拳は岩を砕き、金属の板を陥没させる。
 その気になれば、空を飛ぶことだって思いのままだ。
 正義の味方として活動する時、彼の肌は鋼のような白銀色に染まる。
 その身体能力と肌の色から、人は彼を“シルバー・バック”とそう呼んだ。

●I don't give a damn
 幻想の地方都市“デトリカ”。
 幻想の地でも頭1つ抜けて悪人が多く、それに伴い犯罪者の捕縛件数の多い地域だ。
 各地から流れ込んだ悪党たちが多く潜み住んでいるせいか、街の治安はあまりよくない。
 窃盗、強盗、暴力沙汰は日常茶飯事。
 悪党にとっての楽園であり、そして地獄でもある。
 
 都市の外れ、寂れた橋の下には2人の女が並んでいた。
「その理由の1つがヒーロー“シルバー・バック”の存在ね。依頼でもないのに命賭けで悪党どもとやり合うなんて酔狂な御仁もいたもんだわね」
 ふぅ、と紫煙を燻らせてコルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)はそう呟いた。
 燻る紫煙は灰色の空に掠れて消える。
 曇天。
 今にも雨が降り出しそうな、暗く寒い夕暮れ時。
「確かに彼は行使する正義に報酬を求めてはいない、よ……でも、本人が求めずとも、周りが彼を勝手に崇め、富と名声を与えてくれる、の」
「はぁん? そりゃいいや。民衆にとっての英雄で、都市の誇示する戦力ってわけか?」
「そういう側面もあるだろう……ね。事実、デトリカが崩壊せずに済んでいるのはシルバー・バックの存在が大きいと思う」
 膝を抱えて地面に座ったアリス・アド・アイトエム (p3p009742)は、ぼんやりとした目で空を見上げてそう言った。
 それから彼女は、ふと思い出したという風に視線をコルネリアへと移す。
「ちなみに、それは数年前までの話、ね」
「あん?」
 煙草の灰を足元へ落とし、コルネリアは首を傾げる。
「どういうことなのだわ?」
「正義だって……腐敗する時は腐敗する、ってこと。富と名声と力を得た結果、彼の正義は、すっかり歪んでしまったの」
 そう言ってアリスは、新聞を広げて一面記事を指さした。
『正義のヒーロー“シルバー・バック”大活躍!!』
 そんなキャッチが大々的に記されているのが目についた。
 文章へ視線を走らせてみれば、そこに並ぶは美辞麗句。
 シルバー・バックを褒め讃え、崇め奉るかのような言葉が綴られている。
 気持ちが悪い。
 まるで信仰に狂った狂信者が書いたような文章だ。
「ここまでくると笑えないわね。どうかしてるんじゃないの?」
「うん、どうかしてるんだろう、ね。こんな風に書かないと、担当記者は……翌日には、川に浮いてしまうんだって」
「……あ?」
「殺ってるんだよ、シルバー・バックが。少しでも機嫌を損ねると『悪』として、殺されてしまう。そして、なまじ力を持つものだから、誰もそれに文句を言えないの」
「あぁ、なるほど。そういうわけか」
 合点がいった。
 そう言ってコルネリアは、自分の足元へ煙草の吸殻を捨てた。
 それを靴底で踏みつぶしながら、口元に凶悪な笑みを浮かべる。
 煙草の吸殻を踏みつぶしているコルネリアの脚を、じぃとアリスが見つめているが、その視線にも彼女は気づいていないようだ。
「民衆の不満は高まって、今やシルバー・バックは“正義の味方”にして“恐怖の象徴”ってわけね」
「そして、シルバー・バック自身もそのことを自覚している……ここひと月ほどの間に、シルバー・バックは活動を活発にしたよ」
 ケチなチンピラから、地下に潜む殺人鬼、暗躍する犯罪組織。
 悪事の大小を問わず、シルバー・バックは己の定めた『悪』を片端から潰し始めた。
 正義の暴走。
 力の誇示。
 かつての栄光を再び手に入れるため、彼はおかしくなってしまった。
 つまりはそういうことだろう。
「欲に溺れたか、阿呆が……それでアタシらが呼ばれたってわけね」
 正義狂いの元・英雄を抹殺すること。
 それが、今回の依頼の内容だ。
「対象は現在、都市中央部にあるホテル・サンタナに宿泊中、だって。普段は鋼鉄製のヒーロースーツを纏っているけど、就寝時はどうかな?」
 行く?
 そう問うたアリスへ、コルネリアは獣のような笑みを返す。
「寝込みを襲って、野郎を1人蜂の巣にすればいいんだろ? 仲間もいないようだし、ささっと済ませちまおう。英雄様に鉛弾のプレゼントをお贈りしてやらなきゃね」
 なんて、言って。
 新たな煙草に火を着けながら、コルネリアはそう言った。

GMコメント

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

●ミッション
正義の味方“シルバー・バック”の殺害

●ターゲット
・シルバー・バック
正義の味方。
驚異的な身体能力を有する『己が正義の狂信者』。
180を超える背丈と恵まれた体躯を有している。
彼は『悪』を許さない。
彼は『正義』を行使する。
人々に感謝されることが気持ちよかった。
悪人を誅することに快感を覚えた。
長い年月、正義を行使するうちに彼の正義は歪んでしまった。
今ではすっかり「正義の味方という名の悪党」に成り果てた。
※シルバー・バックは【飛行】能力を有しており、またBSにかかりづらいという特徴を持つ。
※シルバー・バックは自身に【治癒】を付与する能力を持つ。

ジャスティス・スマッシュ:物中単に特大ダメージ、防無、必殺
 白銀色に輝く拳。音を置き去りにして放たれる必殺の一撃を耐えた者はこれまで1人もいなかった。  

ジャスティス・パニッシュ:物近範に大ダメージ、飛、必殺
 風よりも速く跳躍を繰り返し、敵の急所を蹴り貫く。あまりの速さに分身しているようにさえ見える。

●フィールド
幻想の地方都市“デトリカ”
その中央区画が今回の戦場となる。
ターゲットであるシルバー・バックは高級ホテル“サンタナ”の最上階(4階)に宿泊している。
サンタナ周辺には、他にもレストランや宿、ブティックなどが並んでいる。
サンタナの正面には大きな通り。
サンタナの後方には、貴族の住む屋敷が立ち並んでいる。
時刻は夜となるだろう。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 悪に与える鉄鎚。或いは、ケダモノには哀れみを…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年07月17日 22時05分
  • 参加人数6/6人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)
復讐者
メリー・フローラ・アベル(p3p007440)
虚無堕ち魔法少女
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤
※参加確定済み※
アリス・アド・アイトエム(p3p009742)
泡沫の胸
※参加確定済み※

リプレイ

●英雄の話
 夜もすっかり深まる頃に、彼らはホテルを訪れた。
 暗い中、足音も立てず扉の前に立つ手合いだ。
 滲み出る剣呑な気配からも、彼らが所謂“厄ネタ”と呼ばれる類の者であると、ホテルの主人は即座にそれを理解した。
 直観。或いは、生物としての本能がそれを嗅ぎ取ったのか。長いことホテルのオーナーなどやっていると、自然とその客が“どういう存在”なのか、なんとなく判別できるようになってくるのだ。
「あぁ、オーナー。いい夜だな」
 白いスーツを着た美丈夫は、気安くそう声をかける。
 スーツの左脇が膨らんでいるのを見て、オーナーは思わず身を固くした。
「俺はローレットの使いだ。君達を正義という名の恐怖から開放するためにやってきた。そこで折り入って頼みがある。俺達が動いている最中に宿泊客を寄せ付けないないでほしい」
 スーツの男……『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)がその言葉を告げた時、オーナーの脳裏に1人の“英雄”の姿がよぎった。

 人気の失せたエントランスに、5人の男女の姿があった。
「ぶははははは! 正義のわるもの退治って何だコレ!」
 カラカラと笑う『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)。態度とは裏腹に、彼女の手は腰に差した刀に触れている。いつでも抜刀できる姿勢を崩さないまま、チラと横目で上階へ続く階段を見た。
 ジェイクの交渉により、ホテルの従業員や“善良な一般客”は既に避難を終えている。現在、ホテルに残っているのは殲滅対象である“シルバー・バック”をはじめ、ある日暴漢に襲われても何ら不思議でない者ばかり。
「わたしを撃った警官を思い出して胸糞悪くなったわ」
 不機嫌そうな顔をして『汚い魔法少女』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)は窓の外へと視線を移した。
 そこにいたのは、こんな夜更けに人目を避けてそそくさと道を駆けていく男。彼はメリーの視線に気づくこともないまま、路地の裏へ消えていく。
 高級ホテルというだけあって、外の通りからホテル内部を覗くことは出来ない仕様になっているのだ。
「……正義の味方がなぁにやってんだか。ロクでもねぇやつなのだわ」
 換気口の下に座った『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)が、ふぅと細く紫煙を燻らす。
 その隣では、ホテルの見取り図に視線を落とすジェイクもいた。
 2人の間に置かれた灰皿には、数本の吸殻がくしゃりと折れて転がっている。
「それで、そっちは何をやっているのだわ?」
「……罠。罠、仕掛けてかかったところをみんなで襲う……」
 階段の影から顔を覗かせ『泡沫の胸』アリス・アド・アイトエム(p3p009742)はそう言った。赤い髪の間から覗く紫の瞳は、どんよりと濁っていた。感情の滲まぬ声音で淡々と、アリスは殺意の高い罠を設置していく。

 シルバー・バックは英雄だ。
 彼の住む街“デトリカ”では、どんな悪党だってその名を聞けば震えあがった。
 勇敢にして苛烈。
 正義を行使し、悪を砕く銀の拳を持つヒーロー。
 誰もがシルバー・バックを讃え、頼った。
 そんな声に応えるべく、シルバー・バックはあらゆる悪を誅し続けた。己こそが正義の体現者であると、そんな誇りはいつしか驕りに成り果てたけれど……。
「へぇ〜『悪』だと消されちまうんですかー。おっかないですねー……フフフ」
 天井裏に伏せたまま『《戦車(チャリオット)》』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)は、眼下の部屋へ視線を落とした。
 上等な調度品が揃えられた広い部屋。天蓋付きの大きなベッドで、静かに眠る偉丈夫の姿。ベッドの脇のテーブルにはシルバー・バックの装備品が無造作に放り出されている。
「では殺られる前に始末しますかー」
 カチ、と。
 脳の内で、スイッチの入る音が鳴る。
 長くしなやかな脚で天井板を踏み抜くと、重力に任せピリムは落下。気配を察知し、眠っていたシルバー・バックは目を覚ましたが、その時には既にピリムは抜刀を終えている。
 一閃。
 無言のまま、シルバー・バックの胴へ目掛け斬撃を撃ち込む。

●正義の話
 筋肉質ながらも、細く引き締まった体。
 ベッドの上で身を捩らせて、シルバー・バックはピリムの斬撃を回避した。鋭い刃で皮膚が斬り裂かれたが、厚い筋肉を裂断するには至らない。
 ベッドのスプリングを利用し、シルバー・バックは勢いよく上体を跳ね起こす。勢いを利用し、固く握った拳による殴打をピリムの腹部に叩き込んだ。
 弾丸のようにピリムの体が後方へ跳ぶ。
 厚い壁にぶつかった彼女は、血の跡を壁面に残しながら床へ落下。シルバー・バックはサイドテーブルに置いた銀の装備品へ手を伸ばす。その腕は、肘辺りまでが鋼銀色に染まっていた。
「っ……あ。あー失敗しちまいましたねー」
 腹部を押さえ、血を吐きながらピリムは立った。
 瞬間、ピリムの眼前に何かが迫る。
 それは、跳躍からドロップキックを繰り出したシルバー・バックに他ならない。数メートル程の距離を刹那に詰めてからの、躊躇ない全力攻撃だ。
「ぅっ……ぎぁ!?」
 刀の鞘を翳して防ぐが、衝撃までは殺せない。壁に後頭部を打ち付けたピリムは短い悲鳴をあげながら、咄嗟に身体を横に倒した。
 先ほどまでピリムの頭があった位置をシルバー・バックの拳が撃ち抜く。壁が砕け、大きな穴が空いたその中へ、ピリムは体を投げ入れる。
「ったぁー。いきなりですかー」
「よく避けたな……正義である俺の寝込みを襲うなど、許されざる悪行だ。ゆえにお前は悪党なのだろう」
 名を名乗れ。
 淡々と、油断もないままシルバー・バックはそう言った。
 ここで命を散らす悪党とはいえ、名前ぐらいは聞いてやろうという、シルバー・バックなりの温情であったのかもしれない。
「あー……どうもこんばんはー、私ピリムと言いますー」
 見ての通り悪党ですよ。
 なんて。
 嘲笑混じりの名乗りをあげて、ピリムはくるりと踵を返す。
 床に血の雫を零しながら、彼女はその場を逃げ出した。

 己が正義の狂信者。
 シルバー・バックはまさしくそういう存在だ。
 彼は自身の思想や行為になんら迷いを抱くことはない。
 彼は一切の悪を許しはしない。
 愚直に、純粋に、自身の定義した“正義”を遂行するために、身体を鍛え、技を磨いた。
 生まれながらの超人体質は、天が彼に“正義”を成せと与えたものと、そう信じて疑わなかった。
 彼の持つ力の1つが、先にも見せた鋼の拳だ。
 鋼鉄よりもなお硬い腕は、いかなる障害も打ち砕く。
 そして、もう1つが飛行能力であった。
 翼も持たないシルバー・バックは、しかし宙を駆けるように飛翔する。
「ジャスティィィィス!!」
 右の拳を振り上げて、シルバー・バックはピリムに迫る。階段を転がるように降りていくピリムだが、1階を目前にとうとうシルバー・バックに背後へ迫られた。
「スマァァァァッシュ!!」
 鋼の拳がピリムの頭部を撃ち砕く。この技で、これまで何人もの悪党を滅して来た。
 当然、ピリムもそうなるはずだった。
 勝利を確信し、シルバー・バックは口元に薄い笑みを浮かべる。
 彼自身も気付いていない事実であるが、かつてシルバー・バックが胸に抱いた正義は既に歪みきっている。今、この瞬間、シルバー・バックの脳裏を占めるは“悪をこの手で打ちのめしたい”というひどく暴力的な衝動に他ならない。
 けれど、しかし……。
「ぬぅっ!?」
「私1人じゃ、とうてい敵いそうもねーので」
 数に頼らせてもらいます。
 口元を血で真っ赤に濡らしたピリムは、酷薄な笑みを浮かべてそう告げた。

 腕に巻き付く無数の糸が、シルバー・バックの放つパンチを減速させた。
「毒糸……色んなとこに仕掛けたから」
 カウンターに腰かけたまま、アリスが告げる。
 ぐるり、と視線を巡らせば他にも数人の人影がそこにいた。全員が剣呑な、悪党らしき気配を纏った者たちだ。
 なるほど、つまりこれは悪の反逆だ。
「女の子……殺してる……でしょ? 許せない」
 アリスの指には、数本の赤い糸が繋がっていた。ピン、と張り詰めたそれを弾けば、シルバー・バックの皮膚が僅かに裂ける。
 シルバー・バックは腕に力を込めることで、巻き付いた糸を引きちぎった。
「罠を張るとは姑息な真似を。だが、この程度の罠で私は止められんぞ」
「分かってる……でも、何度も食らったら……無事じゃ済まない……でしょ?」
 切られた糸を床に落とした。しかし、アリスの手繰る糸はまだまだ幾つも残っている。
 1歩、シルバー・バックが前に出た。
 その足首にアリスの糸が絡みつく。鬱陶しそうに表情を歪め、シルバー・バックが視線を落としたその瞬間、彼の眼前に向けコルネリアが何かを放る。
「よぉ、アンタがシルバー・バックかい?」
 アリスが放ったそれは1本の煙草であった。
 それをキャッチし、シルバー・バックは眉を顰める。見たところ、何ら変哲のない安物の煙草だ。爆薬や毒の類が仕掛けられている風でもない。
「こんな夜更けに急いでお出掛けか。また誰かを救いに行くのか、はたまた正義を執行する為に手を汚すのか……まぁ、そう焦らずにまずは一服していっちゃどうだい?」
 なんて、コルネリアが告げた瞬間、火薬の爆ぜる音がした。
 シルバー・バックが、煙草に顔を近づけた瞬間、その先端を1発の銃弾が通過する。
 首を傾けることで、シルバー・バックはそれを回避。
 視線を銃撃犯……ジェイクへと向ける。
「火がいるだろ? え?」
「……煙草は好かん。何なんだ、貴様ら。先ほどから俺をおちょくるような真似ばかりしおって。何が目的だ」
「目的は1つだ。俺は俺の正義を執行させてもらう」
 再度、銃声が鳴り響く。
 ジェイクの放ったその一言が、シルバー・バックの琴線に触れた。無言のまま、シルバー・バックは跳躍した。
 踏み込みの衝撃で床は砕け、余波でテーブルや椅子が倒れる。
「悪党が、いけしゃあしゃあと正義を語るな!」
「やかましいぞ。責任を取り取らせる事が俺の正義だ!」
 銃声と、殴打の音が鳴り響く。
 銃と拳による至近距離での撃ち合いは、ほんの十数秒ほどで終わりを迎えた。
「っぐ」
 側頭部を強打され、ジェイクが床に倒れたからだ。しかし、シルバー・バックも無傷とはいかない。見れば、その脇腹や首下には幾つもの銃痕が穿たれている。
「アーマーさえあれば、この程度のダメージなど……」
「それをさせないために、こんな時間に訪ねて来たのさ。真夏のクリスマス、お仕置きのプレゼントをどうぞ、ってな」
 シルバー・バックに休む暇は与えない。
 ジェイクの造った隙を突いて、背後へ迫った秋奈による猛攻がシルバー・バックの背を裂いた。
「……おイタが過ぎるぞ、娘」
「ってか、あの程度でマジ切れとか、シルバー・バックちゃん。さみしい正義だったんだな」
 鋼の拳を握りしめ、吐き出すようにシルバー・バックはそう言った。
 殺意と加虐の色が滲んだ狂暴な瞳で秋奈を補足し、ノーモーションから高速の殴打を解き放つ。
 けれど、秋奈は構えた刀の腹でそれを受け流し、逆にシルバー・バックの肩を斬り裂いた。
「戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 有象無象が赦しても、私の緋剣は赦しはしないわ!」
「っつーわけで、そろそろ神様にお祈りの1つも捧げておきな。アンタはここで沈むんだからよぉ」
 秋奈の刀を回避するため、シルバー・バックが宙へと跳んだ。
 瞬間、襲い掛かるは無数の銃弾。
 コルネリアのガトリングによるものだ。防御の構えを取ったシルバー・バックの眼前で、秋奈の刀が閃いたのはその直後。
 顔を斬られたシルバー・バックが盛大によろけ、積み上げられたテーブルや椅子をなぎ倒す。それは事前にバリケードとして組まれたものだ。
正面扉はすっかり封鎖されていることに、当然シルバー・バックも気が付いていたがむしろ好都合だと考えていた。
悪党たちは、自らの手で逃げ道を封鎖したのだから。
 斬撃を受け流し、ガトリングの砲火を回避しながらシルバー・バックは思案する。暴力に覚えれた堕ちた英雄ではあるが、思考はいたってクレバーだ。

「正義の味方なんてだいっきらい!」
 眩い閃光がシルバー・バックの視界を白に染め上げた。
 目を焼かれる寸前、顔の前に腕を翳して光を遮る。皮膚が焼かれる痛みはあるが、針で刺された程度のものだ。戦闘の継続には何ら問題もない。
「貴方はここでイーゼラー様の元に逝って下さいましー」
「あ……何!?」
 腰から脚にかけて走る痛みと熱。
 メリーの閃光に怯んだ隙に飛び込んできたピリムの斬撃であった。
「貴様、まだ動けたか」
 身のこなしから判断するに、大きなダメージは残っているようだが、この短時間で傷の大部分は癒えていた。
「後はみんなに任せるわ。だって面倒くさ……優秀な仲間たちを信じてるから!」
 視界の隅にジェイクの治療を行うメリーの姿が映る。
 秋奈とピリムの刀を回避し、コルネリアの砲火を受け止める。そうしながらも、シルバー・バックは床を蹴って跳躍した。
 飛翔する彼は、メリーへ向かう。
 進路に割り込むジェイクの肘を裏拳で弾く。骨に罅ぐらいは入ったか。
「悪党を治療するお前も、また大罪人である!」
「だから、正義の味方ってきらい。イーッだ!」
 歯を剥いて、笑ってみせたメリーの胸部に、シルバー・バックは鋭い蹴りを叩き込んだ。

●悪党の話
 シルバー・バックの体が分身して見えた。
 メリーを中心に、ジェイク、秋奈の3人が蹴撃のラッシュを浴びる。バリケードに叩きつけられたメリーが床に倒れた。
 椅子やテーブルを押しのけ、立ち上がったメリーの胸部をシルバー・バックの拳が抉る。
 バリケードが崩壊し、張り巡らされていたアリスの糸が千切れ跳ぶ。
「悪の芽は摘まねばならん」
 床に倒れたメリーの頭部へシルバー・バックが足を振り下ろした。
「させ……ない」
 跳び込んだアリスがメリーを庇うが、間に合わない。
 2人纏めて、蹴り飛ばされてメリーとアリスは扉ごとホテル前の通りに転がる。
「邪魔をするか。正義を妨げる行為は悪に他ならない」
「力で誰かを助けること……とてもいいこと……でも、力にのまれちゃったら……意味無い……もう手遅れ。貴方は、負ける……よ」
 アリスは重症。
 メリーも【パンドラ】を消費し、意識を繋いでいる状態だ。
「愚かな。正義は必ず勝つものだ」
 そんな2人を仕留めることなど、シルバー・バックにとっては造作ないことだ。
「だったらお前に勝った俺達こそが正義だよな」
 後頭部を狙ったジェイクの狙撃が、シルバー・バックの動きを止める。

「昔からそうだ」
 ジェイクの狙撃は、シルバー・バックの右耳を穿った。
 血を流す耳を押さえながら、シルバー・バックは言葉を零す。
「悪党どもは、背後からの不意打ちだとか、そういった卑怯な手を使う」
 背後を振り返ったシルバー・バックの眼前に秋奈の刀が迫り来る。
「いい勉強になったね。お代にあんたの首をいただくぜいっ!」
「やるものか」
 刃に頬から胸にかけてを裂かれながら、シルバー・バックは前進。秋奈の顔面に拳を叩き込み、エントランスの奥へと弾いた。
 しかし、もう1人。
 秋奈の影に隠れて迫ったピリムの剣が、シルバー・バックの脚を片方、斬り落とした。
「貴方に悪が根絶されると、私の狩る獲物が減っちゃうじゃねーですかー」
 
 片足を失いながら、しかしシルバー・バックは立った。
 有する【飛行】の能力を応用しているのか。両の拳を鋼銀に染め、戦闘の姿勢を崩さない。
 けれど、体力はもう限界に近いのだろう。
 身体に負った無数の弾痕、そして裂傷からはとめどなく血が流れている。
「アンタの正義とはなんだ。己が栄光の為の手段か。地位を得る為の養分か。それとも、名声を高める為のパフォーマンスか?」
 眼前に迫ったコルネリアは、シルバー・バックへガトリングを突き付けそう問うた。
「あまねく“悪”を誅することだ。それが何か悪いのか?」
 そう答えたシルバー・バックは吐血する。
「いいや。いいさ、なんだっていい。それがテメェの言う正義ってェならなんも言わないよ」
 吐き捨てるようにそう言って、コルネリアはガトリングの銃口をシルバー・バックの顔へと向ける。
「阿呆が、テメェはテメェの正義に足元掬われて死ぬんだ」
 背後にはアリスの張り巡らせた糸。
 左右にはピリムと秋奈が控える。
 逃げようとした瞬間、ジェイクの狙撃が襲い来るだろうことは明白。
 幾ら痛打を与えても、メリーがいれば治療される。
 血を流し過ぎた。
 脚を片方失った。
 満身創痍。
 コルネリアのガトリングから、逃れる術はどこにもない。
 だが、しかし。
「ここで正義が倒れては、無辜なる民が安心して夜を過ごせない!」
 英雄らしく、不適に笑って。
 輝く銀の拳を掲げ。
 眼前に立つ悪を撃ち砕くために……。
 
 砲火の音は、どれだけの間続いたことか。
 血だまりに沈む男の遺体へ、コルネリアは言葉を投げた。
「お前は間違いなく、悪党だよ」
 吸いさしの煙草を1本、血だまりの中へ投げ込んで。
 一行は、夜闇に紛れその場を去った。
 冥福を祈る言葉も無い。
 血だまりに沈む遺体を皆が一瞥だけして去っていく。
 それはきっと、悪党の弔い方として、正しいものであったのだろう。

成否

成功

MVP

ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)
復讐者

状態異常

茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)[重傷]
音呂木の蛇巫女
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)[重傷]
復讐者
アリス・アド・アイトエム(p3p009742)[重傷]
泡沫の胸

あとがき

お疲れさまでした。
依頼は成功です。

堕ちた英雄、シルバー・バックは無事に討伐されました。
シルバー・バックに不満を抱いていた住人たちは、安堵の吐息を零しました。
抑止力の喪失によりデトリカは今より荒れるでしょう。

この度はシナリオリクエスト&ご参加、ありがとうございました。

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