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シナリオ詳細

夏が来るんだよ。或いは、漆黒の一角獣…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●その生物、剛力につき
 曰く、その生物は黒く輝く、鋼の如き肉体を持つ。
 曰く、その生物は、鋭く巨大な1本の角を備えている。
 曰く、その生物は6本の強靱な脚を持ち、自身の20倍は重たいものを容易に引きずり歩くという。
 
 上記に述べた謎の生物“漆黒の一角獣”が、練達近くの森で発見されたらしい。
 暑い時期にしか現れないというその生き物を、発見し、捕獲するのは難しい。
 時にはかなりの高値で取引されることもあるという。
 首都セフィロトの郊外に住む研究者“ドクター・ストレガ”は、その話を聞き大いに湧いた。
 黒いドレスにウィッチハットといった、まるで魔女のような格好をしているが、彼女は正しく“研究者”だ。
 とくに機械開発を得意としており、その発想は実在する生物より得ている場合が多かった。
 そんな彼女が「近隣に珍しい生物が存在する」という噂を聞いて、一体、何を考えるだろう。
「ふぅむ? 話を聞く限りだと、かなり力強い生物のようだね。しかし、自重の20倍は重たい物を動かせるとは……6本の脚に由来する怪力か? それとも、全身の筋肉が異常なほどに強靱なのかな?」
 見てみたい。
 調べてみたい。
 噂を聞いたストレガの脳内は、瞬く間に好奇心に支配された。
 今すぐにでも研究所から飛び出して、森へと調査へ向かいたい。
 “漆黒の一角獣”を捕獲し、その生態や体の仕組みを細かく研究したい。
 そうして得たデータを活かせば、人々の生活に役立つ機械を作れるかも知れない。
 研究者として生きる以上、人類の進化や利便性への貢献は避けて通るべきものではない、とストレガはそう考えている。
 例えば、大重量の荷物を運搬できる機械を開発すれば、流通はより効率的になるだろう。
 また、家屋の建造に役立つこともあるかもしれない。
「あぁ、そう言う未来が来てほしい。皆の労を、もっともっと減らしてあげたい」
 何かに酔ったような笑みで、ストレガはうわごとみたいにそう呟いた。
 けれど、彼女はすぐにその表情を曇らせる。
 ストレガが研究所を離れ、森に向かうことはできないからだ。
 そのことがひどく残念で、そして悔しくて仕方が無いのだ。
 何しろストレガは貧弱だ。
 体力もないし、筋力も並以下、慢性的な寝不足により足取りだってふらふらだ。
 そんな状態で、この暑い中森へ向かえばどうなるか?
「十中八九、数時間も持たずに倒れる。倒れて、そして息絶える」
 そんな自信が彼女にはあった。
 とはいえ、せっかくのチャンスを不意にするのはいかにも惜しい。
 そこで、彼女は考えた。
「イレギュラーズといったか。彼らに協力を要請するのがいいだろうね」
 森の中には危険が一杯潜んでいる。 
 “漆黒の一角獣”が、人類に友好的とも限らない。
 もしも戦闘が発生したら……そう思えばこそ、イレギュラーズへの依頼というのは、まさしく冴えた考えであるとストレガはそう判断したのだ。

●夏が来たんだよ
「そういうわけで、皆さんには“漆黒の一角獣”捕獲に向かってもらうのです」
 どこかぐったりとした様子で、新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はそう言った。
 暑さにやられて、体調を崩しかけているのかもしれない。
 季節の変わり目に、人は体調を崩す生き物なのだ。
 とくに夏の初めや冬の終わりには要注意である。
 とはいえ、いかに気を付けていようと、体調を崩すときは崩す。
 季節性の変調は、ちょっとやそっとの注意、予防で回避できるものではない。
「暑いですね。でも、森に行けば少しは涼しいんじゃないでしょうか。虫とか沢山いるみたいですけど」
 でろん、と。
 テーブルに上体を投げたしたまま、ユリーカは呻く。
 突っ伏した顔の前には数枚の紙片が散らばっていた。おそらくそれは、森に生息している蟲や魔物のリストなのだろう。
「鬱蒼とした森で、人の手はほぼ入っていないのです。当然、獣道程度はあれど、人が通れるような道は存在しないのです」
 つまり、道に迷いたくないのならそれ相応の対策をすべきということだ。
 たとえばそれは、道を切り開きながら進むのであったり、定期的に木に印を付けたりといった工夫である。
「それから、鋭い爪と素早い動きのジャガーの魔物や、【猛毒】を持つ蜘蛛、幻覚作用のある鱗粉を撒き散らす蛾なんかも生息しています」
 ジャガーの爪で裂かれれば【失血】は免れないだろう。
 蛾の鱗粉を吸い込めば【混乱】状態に陥ることも考えられる。
 そういった危険な生物の存在もあり、件の森は未だ人の手を加えられていないのだ。
 そして、今回のターゲットである“漆黒の一角獣”はそんな森に生息しているのだという。
「そんな森の中で“漆黒の一角獣”と呼ばれる生物を探し、捕獲して帰るのが今回の任務の内容です」
 そこまで話し終えたところで、ユリーカはゆっくり状態を起こした。
 これを、とユリーカが取り出したのは、見るからに古めかしい本だ。
「調べたところ“漆黒の一角獣”についての記述が見つかったです」
 昔から、それは暑い季節に現れていた。
 今では珍しい生き物であるが、数十年ほど昔であればそれなりの数が生息していたらしい。
「当時は“漆黒の一角獣”同士を戦わせたりする遊びがあったとかなかったとか……漆黒の一角獣は対戦相手をすごい勢いで投げ【飛】ばしたとかなんとか……本が古くて、読み取れる情報があやふやなのです」
 正しい名称も、姿かたちも不明だが“漆黒の一角獣”の好物は本から読み取れた。
 記載されている内容によれば“漆黒の一角獣”は木の蜜や果物などの甘味を好んで食すらしい。
「なので、甘い蜜を出す樹や果物の多いところを探してみるといいかもです」
 なんて、言って。
 ユリーカは再び、テーブルの上に突っ伏した。

GMコメント

●ミッション
謎の生物“漆黒の一角獣”を捕獲する

●ターゲット
・“漆黒の一角獣”
森に暮らす謎の生物。
黒き鋼のごとき硬い体。
6本の強靭な脚。
大きな角を備えている。
好物は甘味。
自身の体重の20倍は重たいものを引っ張って歩けるぐらいには怪力。


・ジャガーの魔物
森の狩人。
素早い動きと鋭い爪や牙を備えたジャガー。
景色に溶け込む能力を備えている。

狩人の爪:物近単に大ダメージ、流血


・毒蜘蛛
拳サイズの大きめの蜘蛛。
素早い動きや、糸を使って音も無くターゲットに接近する。
森にはこいつが数多く生息している。

毒液:神至単に小ダメージ、猛毒


・毒蛾
毒の鱗粉を散らしながら飛ぶ蛾。
森には多く存在しており、人が接近すると一斉に飛び立つ習性を持つ。

鱗粉:神中範に小ダメージ、混乱


●依頼人
・ドクター・ストレガ
黒いドレスにウィッチハット。
顔色の悪い妙齢の女性研究者。
生物をモデルにした“人の暮らしに役立つ機械”の開発を生業としている。
今回、彼女は“漆黒の一角獣”に興味を持った。


●フィールド
練達、首都セフィロトの近くにある鬱蒼とした森の中。
木々が密集しており、森の中は薄暗い。
人の手が入っていないため、足場は悪い。
獣道らしきものは、ところどころに散見される。
非常に迷いやすいことで知られている。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 夏が来るんだよ。或いは、漆黒の一角獣…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年07月12日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
優しき水竜を想う
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ
暁 無黒(p3p009772)
No.696

リプレイ

●夏が来たんだよ
 視界を遮る大きな葉を押し上げて、木陰を覗き込んだのは緑の目をした少女であった。
 彼女の名は『スピリトへの言葉』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)。光の翅を持つ木漏れ日の妖精である。
「なんというか、私も昔はたまに探される立場だったけど逆になってみると何とも不思議なものねぇ」
 きっと高く売れるのだろう。
 オデットも、今回のターゲットである“漆黒の一角獣”という生物も。
「一角獣、っスか……足が六つの黒いユニコーンっスかね……?」
「特徴を聞くにそれはカブt……いや、先入観を持つのは止めておこう」
 周囲に警戒を配りつつ『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)と『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は言葉を交わす。
 漆黒の一角獣は黒くて硬い体を持つ。6本の強靭な脚と大きな角。自身の20倍は重たいものを引き摺り歩くほどの怪力という。
「それってカブトムシじゃん!!」
 言ってしまった『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)は、ストッキングを振り回す。ストッキングの中身はバナナと酒と砂糖を潰し混ぜた人工の蜜である。完全に獲物がカブトムシだと想定しての装備であった。

 甘い香に誘われ、襲い来るのは何も“漆黒の一角獣”だけとは限らない。
 毒の鱗粉を撒く蛾。
 猛毒を持つ蜘蛛。
 そういった森に住まう生物たちに追い立てられて『No.696』暁 無黒(p3p009772)は一目散に木を駆け上がる。
 猫のようなしなやかな身の熟し。胸に抱えた苺は赤く、甘い香を漂わせている。
「こ、この苺は駄目っすよ~!!」
「邪魔虫さんたちを相手にする必要って、あんまりないわよね」
 鱗粉を手で払いつつ『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)は視線を『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)へ向けた。
「でも、鬱陶しいよね。毒も混乱も会長がなんとかするから、とにかく敵を倒すことに集中して!」
「……了解」
 淡い燐光を放つ茄子子を一瞥し、ヴィリスは地面を蹴って跳ぶ。
 茄子子の傍にいさえすれば、失った体力は回復し、状態異常もすぐさま治癒する。人間バッテリーのような女だと、ヴィリスは感心さえしていた。
 元より彼女は【猛毒】にも【混乱】にも掛からないのだ。ならば、小さな害虫程度、何ら脅威では無いのだろう。
 木の幹に左の脚を突き刺すと、それを軸にして右の脚を旋回させる。
 蛾の群れの最中を剣脚が通過し、それらを千々に斬り刻んだ。
 鱗粉と体液が雨のように地面に散った。それを回避するように森を駆け抜ける『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は刀を引き抜き、一閃させる。
「……どうこうなる前のストレガが私達に依頼を出すのは珍しいな。いや、良い事だ、うん」
 茂みより跳び出して来た1匹のジャガー。その前肢が汰磨羈に斬られ、血を散らす。悲鳴を上げ、地面に倒れたジャガーを見据え、汰磨羈は言った。
「まだやるか?」
 鋭い眼光。冷たい声音。
 負けを認めた密林の狩人は、尻尾を巻いて逃げていく。

●熱中症に気を付けるんだよ
 木洩れ日の中に一輪の花が揺れている。
 黄色い花だ。ふわり、と陽光が球を形成し、その周辺を飛び回る。
「こんにちは、私のお友達たち。今時間はあいてるかしら?」
 オデットの問いに応えるように、燐光はふわりと上下に泳ぐ。
「漆黒の一角獣を見ていない? もしくは甘い蜜を出す樹や果物のある場所を知らないかしら?」
 燐光は花の精霊だ。
 オデットの問いに応えるように、精霊は黄色い花へ身を寄せた。
「あぁ、そっか」
 黄色い花の蜜の味は、どうやら非常に甘いらしい。

 一方そのころ、京と無黒は木の幹に顔を寄せて何かしらの作業に興じていた。
 見れば、苺を木の洞に押し込み、手製の蜜を幹に塗りたくったりしているらしい。
 甘い香りに誘われ、辺りには森の虫が集まっていた。
 無黒の視線は、赤々とした苺へ注がれているが……なるほど確かに、苺は非常に美味そうだ。食欲と理性のはざまで、彼の感情は大きく揺れているのだろう。
「…はっ! イケナイっす! これは皆の暮らしの為の大事な依頼っすから!」
 ぱぁん、と勢いよく頬を張り無黒は正気を取り戻す。一時の食欲で、報酬を失うわけにはいかない。
「ってか、虫が寄って来てるけど大丈夫なんすか?  BS怖いっすからね」
「大丈夫大丈夫! 会長にかかればすぐになんとかしちゃうから。いくらでも加護を分け与えてあげるよ!」
 白い衣を纏った茄子子は、にこやかな顔でそう言った。
 彼女が腕を宙に振るえば、その度に辺りへ燐光が散る。その光を浴びれば、身を侵す異常も、負ったダメージもたちまちに癒えてしまうのだ。
 どうでもいいが、夏の森を歩くには、いかにも不向きかつ暑そうな服装である。
「さぁ、これで問題ないでしょう?  それじゃあ、会長に攻撃が向かないように頑張って!痛いのやだ!」
 視線を暗がりへと向けて、茄子子は言った。
 直後、ぐるると獣の唸りが低く辺りに響き渡る。
「お出ましね」
 タン、と地面を蹴飛ばして。
 ステージで跳ねる踊り子のように軽やかに。
 ヴィリスは暗がりへと跳び込んだ。

 木と木の間を縫うように、2匹の獣が駆け抜ける。
 森の景色に溶け込むような体毛の柄は、なるほど確かに脅威であろう。加えて、俊敏な身のこなしと、鋭い爪や牙もある。生半可な者では、それに襲われてしまえばひとたまりもないだろう。
 けれど、ヴィリスはそこらの一般人や駆け出し冒険者とは一味違う。
「暗い森の中でも、密集した木々の隙間でも、こんな獣道でも駆け抜けられるわ!」
 木と木の間で足を止め、ヴィリスは大きく仰け反った。その腹の上をジャガーが通過するのに合わせ、長い脚を振り抜いた。
 踵の剣がジャガーの顎から喉にかけてを斬り裂いた。絶命し、地面に落ちたジャガーを放置し、ヴィリスは疾駆。
 背後より襲い来るもう1体のジャガーの爪を回避した。
「京!」
「あいよっ。言葉が通じないんじゃ仕方ないよね……ここはひとつ、暴力に訴えます!」
 ヴィリスの後を追うジャガー。
 その側頭部に、京の蹴りが叩き込まれた。
 ネコ科にしては大きな体躯が宙を舞い、対面の木に激しく衝突。ジャガーの体は地面に落ちて、木はへし折れて後ろへ倒れた。
「いってぇ……って、はぁ!?」
 ジャガーの爪に裂かれた脚を抑えながら、京は苦悶の声を零した。
 けれど、それも一瞬のこと。
 直後目にした、信じられない光景に、彼女は驚きの声をあげる。
「え、なにこれ?」
 倒れた木は、元々大きなダメージを負っていたようだ。
 木が倒れたその先には、巨大な何かが通過したらしい開けた空間があった。

 地面に倒れた無数の木。
 地下任せになぎ倒されたかのようだ。
「うぅん? 大きな何かが通過したって言ってるけど」
 傍らに浮かぶ妖精は、オデットにそう告げたらしい。妖精の知能レベルは、個体によって様々なのだ。人語を巧みに操る個体がいる一方で、大まかなニュアンスしか伝えてくれない個体もいた。
「なぁ、これ全部同じ木じゃないっスか?」
 木の幹に顔を近づけて、葵はそう呟いた。
 何かに齧られたかのような木肌。そこに滲む、琥珀色の樹液。蝶や蜂といった森の昆虫が群がっている。
「樹液が出てるな。予想が当たればこれと同じ木にヤツがいるはずっス……ってか」
 蟲の群れに手を伸ばし、葵は何かを取り上げた。
 光沢のある黒い体。
 6本の脚を蠢かせ、葵の手から逃れようとしているそれには大きな1本の角がある。まるで戦斧のような形の角でもって、その生物は外敵を跳ね飛ばすのだ。
「やっぱカブトムシじゃねぇか!!」
 “漆黒の一角獣”
 改め、森の王者“カブトムシ”はこうして見事、捕獲されたのであった。
 けれど、しかし……。
「いや……待て、葵さん。そのまま、後ろを振り返らず、カブトムシを持ってこっちへ来るんだ」
「は? 何言ってんスか、イズマ。それに汰磨羈も怖い顔して」
「まぁ……そう上手くはいかぬか」
 細剣を構えたイズマが。
 刀を抜いた汰磨羈が、ゆっくりと1歩前に出た。
 2人の視線は葵の背後……僅かに上方へ向いている。
「は?」
 バキ、と葵の背後で樹木の砕けた音が鳴る。
 ゆっくりと、背後を振り返った葵はそれを見た。
 3メートルに近い体躯。
 薄暗がりの中に浮かぶ、鋼の如き光沢の黒。
 雄々しく聳える巨大な角は、まるで鉄板のような分厚さだ。
「皆、精霊が言ってるよ。森を荒らしたことを、その子は怒っているんだって!」
「うむ。なんとなく、見れば分かるな。見るからに手ごわそうなやつだ」
 オデットに言葉を返しつつ、汰磨羈は地面を蹴って跳ぶ。
 それと同時、一角獣が角を振るった。葵へ向けて振り下ろされたその角へ刀を押し当て、力を地面へ受け流す。
 黒い角が地面を叩き、土砂と木っ端を巻上げた。
「っ……見たところ、葵さんの捕まえたそれと同じ虫のようだ。でかいのは俺が引き付けるから、急いで逃げろ」
 角へ向けて細剣を薙いだイズマだが、その顔は引き攣っていた。
 硬いのだ。
 イズマの剣でも、表面に傷を付ける程度のダメージしか通らないほどに。

 稲妻の如き一閃が、一角獣の頭部を打った。
 火花が散って、一角獣の頭部に深い裂傷が走る。しかし、硬い外骨格の一部を刻んだだけで、大したダメージには至っていない。
「これも、連れ帰るのか!?」
 地面の土ごと一角獣はイズマを掬い、その身を遥か後方へ投げる。
 人間1人を軽々放って、一角獣は6本の脚で素早く前進。狙う先には無黒の姿。どうやら、無黒の持つ苺が気になっているらしい。
「こ、好都合!!  動けなくなるまで削り切るっす!」
 苺を抱えた無黒が駆ける。
 低い位置にある角を蹴って跳躍。一角獣の腹の下へと潜り込むと、鋭い手刀を前肢の関節部分へ撃ち込む。
 バランスを崩した一角獣が動きを止める。腹の下から這い出した無黒は、木と木の間へと跳び込んだ。その後を追い頭部を旋回させた一角獣の背後へ、迫るヴィリスと京の蹴りが後肢2本を同時に強く蹴り上げる。
 ダメージこそ大したことはないが、巨体を支える脚の2本を揺らされてしまえば、一角獣の動きはさらに鈍くなる。
 その隙に、葵からカブトムシを受け取った茄子子は森の出口へ向け逃走。茄子子をガードするべく、葵とオデットもその後に続いた。
「葵君! 派手にぶっ飛ばしてやんな! 特に、角!」
「角は駄目ッス!」
「はぁ、何で!?」
「何かこう……価値が落ちるんスよ、見た目の!」
 京の合図で、サッカーボールを落とした葵は一角獣の後頭部へと狙いを付けた。
 大きく脚を振りかぶり、力の限りボールを蹴った。魔力を纏ったサッカーボールは、まるで砲弾のような速度で一角獣の後頭部へと衝突。
 爆弾が爆ぜたかのような轟音が響き、一角獣はつんのめるように地面に倒れた。
 その隙に、茄子子とオデットは一目散に森の中へと姿を晦ます。
 2人が無事に森を抜ければ、ひとまず任務は完了だろう。
「後は、生きてここを逃げ出すだけだな」
 刀を構えた姿勢のまま、汰磨羈は左右へ移動を続ける。一角獣の狙いを一ヶ所に定めさせないための工夫か。
 大男、総身に知恵が回りかね……というわけでもないのだろう。
 そもそも昆虫に脳みそは存在しないからだ。基本的には、身体に幾つもある神経節が頭脳の変わりを果たしている。巨体の一角獣でもそれは同様。
 昆虫とは、反射で動く生物なのだ。
「貴重な研究対象だ。急所は避けて……やっぱり連れ帰るか?」
「だから無理だってば。こんなの、どうやって捕まえるのかしら?」
 汰磨羈の言葉に否を返して、ヴィリスは姿勢を低くする。
「……また逢いましょう」
 茄子子に連れられたカブトムシへ、届かぬ別れの言葉を零し、ヴィリスは地面を蹴って跳ぶ。まるで砲弾のような速度で、一角獣の背に乗ると触覚目掛けて鋭い蹴りを叩き込む。
 倒すのではなく注意を引く。
 この場において、最優先すべきはそれなのだと、皆は理解しているようだ。
 
●夏をたくさん楽しむんだよ
 切り傷だらけ、汗塗れ。
 身体を汚す土と埃に、肌に浮いた無数の痣。
 疲れた顔をしたイズマが、よろりと森から這い出して来た。
「ひ、ひどい目にあった……」
「だが、私達の勝ちだ」
 イズマを助け起こしつつ、汰磨羈は言った。
 実際には無黒の苺と京の蜜を餌に与えて、その隙に逃げ出しただけだが。
「あ、そういやあのストッキングって」
「誰のストッキングかって……アタシのに決まってんじゃん?」
 葵の問いに答えを返す京の表情は輝いていた。
 “漆黒の一角獣”こと巨大カブトムシのビジュアルが、どうやらお気に召したらしい。
「さて、全員無事に戻ったことだし、会長は一角獣をストレガくんに渡してくるよ。めんどかったけど、マブダチだからね!」
 イズマの治療を終えた茄子子は、籠に入れられたカブトムシを持ち上げる。
 後はこれを、首都セフィロトで待つストレガへ渡せば任務は完了だ。
「ついでに苺もおすそ分けするっす。少しでも栄養つけてこれからも頑張ってほしいっすね!」
 虫かごの上に苺のパックを乗せながら無黒は言った。
 彼がストレガに合うのは初めてだ。だから、彼は知らないでいた。
 ストレガが研究に励めば励むほど、便利な機械の開発が進む。それと同時に、トラブルを巻き起こす失敗作の数も増えるということを。
「って、何やってるっすか、茄子子さん! つまみ食いしちゃ駄目っすよ!」
「大丈夫、許してくれるよ。ストレガくんと会長はマブダチだからね!」
 喧々諤々、言い争っている2人を尻目にヴィリスは虫かごを覗き込む。
「立派に生きるのよ……ネロコルヌ」
 どうやら勝手に、カブトムシにそんな名前を付けたらしい。
 “黒い角”とは、まさしくそれに相応しい名と言えるだろう。
「まぁ、ともあれ急いで離れた方がいいだろうな。アレがまた追ってこないとも限らない」
「うーん、たぶん、大丈夫かな? 森に住む精霊達に謝って、暴れたことは許してもらったし。今頃はあれも落ち着いたころなんじゃない?」
 暗がりに舞う精霊へ向け手を振りながら、オデットは言った。
 汰磨羈の不安ももっともであるが、どうにか無事に帰還を果たせそうである。
「それじゃあね! 協力してくれてありがとう!!」
 なんて。
 朗らかなオデットの声に見送られ、精霊たちは森の奥へと消えていく。
 それを見送った一行は、疲れた足取りで首都セフィロトへ引き返す。
 今はとにかく、水分を補給し、冷たいシャワーを浴びたいと。
 皆の心は、その時たしかに一つになっていただろう。

成否

成功

MVP

暁 無黒(p3p009772)
No.696

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。
漆黒の一角獣(小)は無事捕獲され、ストレガに引き渡されました。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
地元に帰れば網戸に引っ付いているカブトムシが、スーパーで売られているのを見て驚愕している昨今です。
暑い季節になりましたが、適度に水分を補給しながら乗り越えましょう。
では、また縁があれば、別の依頼でお会いしましょう。

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