シナリオ詳細
不幸づくしのフローレンス
オープニング
●
「ねぇ、どうして?」
君が泣く。だから、僕は君に笑いかけてみる。
ほろりと零れ落ちた涙は宝石のように綺麗で、あふれ出した雫に僕はそっと触れた。
熱を帯びた瞳が潤んでいるのが、溜まらなく愛おしい。
「君のせいじゃないんだよ、これはあの人たちが悪いこと」
そう言ってなぐさめてあげると、君の瞳からまたぽろぽろと雫が零れ落ちた。
嬉しそうなその瞳は甘く蕩けているように見えて、だから、僕はとびきりの笑顔でこう言うんだ。
「あのひどい人たちは君のことを苦しめたかもしれないよ。
でも大丈夫、僕が懲らしめてあげたから」
拭ったばかりの血に塗れた剣で君を殺す。
君を殺す。
君を殺したいんだ。
君が泣く、君が鳴く。
その日のために、僕は君を愛してあげる。
僕が君を囲ってあげる。
あぁ、こんなに愛おしい君のために、僕はきっといつか君を殺す。
ねぇ、フローレンス、僕が君を守ってあげる。
縋って欲しい。縋ってくれ、君の目が僕だけしか見なくなった時、僕が君を殺す日なんだ。
「わたし、わたしばかりなの……」
「うんうん、そうだよね……君ばっかりがこんな目に遭うのは悲しいだろう」
「わたしばかり、わたしばかりが会ってしまうの。どうして? わたしはただお父様やお母様と――」
「それを気にしちゃいけないよ。
お母さまもお父様も、君がそう涙するために君を僕に預けたわけがないじゃないか」
また悲し気に涙する彼女を抱き寄せて、このまま手折ってしまいたい衝動がじわじわと溢れ出す。
けれどダメ。まだダメだ。
まだこの子には、お父様とお母様の残ってる。
潰さなきゃ。上書きしなきゃ。じゃないと僕だけを見てなんてくれないんだ。
「ねえ、フローレンス、別の町に行こう。君のことを知らない町へ。
君の美しい髪を、君の美しい瞳を、全部全部知らない町へ。
そうしたら、君はきっと、そんなに悲しまなくて済むはずだよ?」
「……」
黙して涙する彼女の艶やかな白髪を撫でつけて、僕は静かに告げる。
返答はない。けれどそれで構わない。
鼻腔を擽る汗の香りが燃え上がる想いを溢れさせてしまいそうで。
僕はそっと唇を彼女に合わせてみた。
あぁ、この唇が紡ぐ声が僕の名前だけになればいいのに。
潤んで蕩けた瞳が、いつも僕だけを見てればいいのに。
ずっとずっと燃え上がる衝動を、僕はいつまで抑えようか。
●
「フローレンスという、商家の娘がいます。
幻想――レガドイルシオン王国を故郷として、家族と共に商いの為にラサ傭兵商会連合に移住してきた一家の生き残りです。
この娘の周囲ではいくつかの不幸が起こっていて、ご家族を失ったこともその1つなんです。
それゆえか、『不幸づくしのフローレンス』などとあだなされてしまっているほどに」
情報屋のアナイスが静かにそう告げた。
「その多くは偶然であったり、巻き込まれたもの。不幸体質、とでも言いましょうか。
そんな彼女を狙う傭兵がいました。やがては奴隷にでもしようというのでしょう。なにせ美少女ですから」
手渡された資料には1人の少女の情報が記されていた。
「つまり、今回の仕事は彼女を守れ……と?」
問いかければ、アナイスは複雑な表情を浮かべる。
「間違ってはいませんが、間違っています。
実はその傭兵達が殺されたのです。そして――彼女の行方も分かっていません。
何者かに拐われたと見るのが自然でしょう。彼女を救ってあげてください。
最後に彼女らしき人物を連れて移動する人物が見つかっている場所が――ここです」
示されたのはラサの北方。森を越えた先に記された町の1つ。
●
「わたし、わたしばかりこんな思いをするのはどうしてなの?」
少女はぽつりとつぶやく。
頼りない中肉中背の優男が、家の外を見ている。
(あぁ、どうして、どうしてなの。またなの? また誰かがわたしを――)
震え始めた身体をギュッと抱きしめて、少女は小さく縮こまる。
「フローレンス、怯えないで……君が怯えているのを見るのは、僕はどうしても忍びないよ」
じっと男が見つめている。
何度見ても慣れぬ寒気がする真っすぐな瞳が射抜いている。
「大丈夫、大丈夫だよ、フローレンス。また誰かが来たみたい。
だから、僕は少しだけ出てくるね」
そう言って優男が家の外に出ていくのを見て、フローレンスは両手を耳に当ててぎゅっと目を閉じた。
- 不幸づくしのフローレンス完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年07月16日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
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木造の扉が開き、中肉中背の男が顔を出す。
一見するに年の頃は20代か。
「だれだよ、お前ら。ここは僕と僕の大切な大切な姫君の愛の城だぞ!」
「でやがったなクソ野郎。なにが愛の城だ」
剣を抜いて近づいてくる男――エフラインに『竜剣』シラス(p3p004421)はいつでも動けるように後ろに控えながら注視する。
自らの内側に滾る魔力を活性化させて、描くは嵐の如き突撃戦術。戦いを有利に進め抑え込む驚異の戦術。
「傭兵をやっつけてフローレンスちゃんを助けてくれた、っていうのとはちょっと違うのかな?
その後でこんなところまできてるんだもんね……よくわからないけど、あんまり良くない状況なのは確かみたいだし、早く助け出してあげないとだよね!」
カグツチを握り締める『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は、エフラインから原罪の呼び声をひしひしと感じとる。
「そうさ、僕はフローレンスを守る騎士! 愛しき姫君を守るためにここにいる!
そのために盗賊まがいの傭兵があの子を攫うのを耐えられなかったんだ!」
魔種が声高らかに笑う。
(不幸づくしのフローレンス……さん……少しだけ……なんだか似てる気がする)
エフラインの後ろ、家屋へ視線を向けながら『竜首狩り』エルス・ティーネ(p3p007325)は親近感を覚えていた。
(だから、じゃないけれど……一刻も早く連れ戻さなきゃ、よね!)
大鎌へ変質した氷砂の指輪を握る手に、自然と力が入る。
(理解とは大事だ。より、闘志を燃やせるか)
真っすぐにエフラインを見据える『絶海武闘』ジョージ・キングマン(p3p007332)は、その後ろの家屋にも視線を投げかけた。
感じ取る原罪の呼び声に相手が魔種であることを確信して拳を握る。
「俺はキングマン。ジョージ・キングマン。ローレットより、魔種を討ち、フローレンス嬢を救うために来た」
ジョージの言葉に、構えたエフラインからそれまでより明確な敵意が覗く。
「ローレット……そうか、君達がローレット! 僕の邪魔をするか、ローレット!!」
激昂するエフラインの後ろ、家屋の閉め切られていたカーテンが揺れる。
ここからは見えないが、誰か――恐らくはフローレンスの視線を感じた。
(好いた女性を守ると聞くと良い事のように聞こえますが……)
拳を握る『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)は敵を見ながら、敵意に対応するように構えを取る。
「フローレンス殿はもう十分傷つきました。これ以上の不幸は無用です。
貴方を殴り倒して彼女に平穏を取り戻してみせましょう!」
「いいや! 僕が! 僕の方が彼女の平穏を守ってやれる!」
宣言した迅に合わせてエフラインが続ける。
(さてと、魔種との直接戦闘は初めてですが、しっかり終わらせますか)
魔種とその後ろを見ながら『影』バルガル・ミフィスト(p3p007978)はくたくたなスーツの襟を正す。
これまで受けてきた案件でも、魔種が関わっていたものはある。けれども、その場合でも基本的には魔種以外の敵と戦うことがほとんどで、正面から魔種と相対するのは初めてに等しい。
「嬢ちゃん! 今回は、嬢ちゃんにとって久し振りのラッキーだ。
これまでの不幸が誰かの意図するものなら、今回の幸運が俺達の行動によるものでも、理屈の上じゃあ問題はねぇ!
だから、幸運に恩を感じる必要は無いぜ!」
ガンブレイズバーストを握り『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)はカーテンの向こう側でこちらを見ているであろう少女に向けて声をかける。
「あの人を探すのに関係のないこととは言え、話を聞いてしまったからには見過ごすわけにもいきませんね」
泥のような光輪を戴く『砂漠の蛇』サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)は汚穢の檻や光輝の冠より粘ついた音を立てながら昏く輝く泥を溢れ出させていく。
掌を掲げて魔術を行使せんとするエフライン目掛け、迅は踏み込み前へ。
「好いた女性を守ると聞くと良い事のように聞こえますが……。
本当に彼女を守るのであれば災いが彼女に触れる前に払うべきでは?」
「そうだ――だから僕が彼女を守るためにお前達を潰すんだ!
あぁ、そうすればきっと、フローレンスの眼には僕しか映らない!」
歓喜の笑みを零すエフラインは魔術の行使を中断し、防御体勢を取る。
迅はその姿勢を縫うようにして、アッパーカット気味に撃ちあげた。
追撃するように踏み込む脚に力を籠め、掌底を叩きつければ敵が飛ぶ。
「どうやら、彼女を手に入れるために彼女を傷つける……碌でもない人物のようですね!」
「一途と言ってほしいね!」
構えなおした迅へ、エフラインがキッと視線を向ける。
「フローレンス! アンタの不幸は今日までだ、ローレットが約束してやる!
だからあと少し気を強く持って!」
カーテン越しに彼女がこちらを見ているのを感じ取っていたシラスも、同じようにフローレンスへ声をかける。
「約束! 約束なんてさせるか! 見ているのかい、フローレンス!
耳を貸しちゃだめだよ、フローレンス!」
声を張り上げたエフラインへ、シラスはそのまま視線を向ける。
「悪いがおしゃべりをしに来たんじゃあないんでね」
突きつけた指先が閃光に輝き、炸裂した光は気を取られたエフラインを大きく打ち据える。
「ぐぁぁ!? め、眼がまぶしい……ぐぅぅ」
目を覆いつくしながら絶叫するエフラインの身体を閃光は2度に渡って打ち据える。
「俺は、悪趣味な色男が嫌いでな。その綺麗な顔面が崩れても、文句を言うなよ!」
走り抜けたジョージはエフラインと家屋の間に入るように移動する。
重心を乗せ、ジョージは深く身を屈めてエフラインの顔面へ拳を叩きつけた。
幻想を、あるいは竜をも穿つが如き拳がその端正な顔を軋ませ、ぐらりと揺るがした。
「ぼ、僕の顔を殴るなんて! 君にはこの気持ちが分からないようだ!」
よろめきながら立ち上がったエフラインがジョージを睨む。
「壊れた物は直らない。失った者の代わりなんて居ない。
ハッ。クソが。笑えねえんだよ」
舌打ち一つ。ブライアンはエフライン目掛けて名乗るように身を晒す。
そのまま、ガンブレイズバーストを構えながら敵の隙を見る。
「その通り! だから壊れてほしいんだ! あぁ、フローレンス!
誰でもない僕だけに壊されてほしい愛しき君!」
ブライアンの言葉に答えるように立ちあがり、家屋の中にいるであろうフローレンスへ向けてエフラインが高らかに声を上げる。
「大切だから守ろうとしてる……っていうわけじゃないみたいだね。
大好きな人をいじめるような悪い人はボク達がやっつけちゃうよ!」
その横を通るようにして、焔は走った。
「愛しきあの子が僕を見てくれる! 彼女が苦しみ、恐れ、怯え、それでも僕しかすがるもの無く泣きつく! こんなに心地よいことが他にあるか!」
目を見開き愉悦に笑うエフラインへ近づき、薙ぎ払うようにカグツチを振るう。
紅蓮の炎が、咄嗟に構えたエフラインの魔方陣の防御を貫き、その肉体をかすっていく。
開始された戦闘を横切るように、エルスは走り抜けた。
「貴様ァァァ! フローレンスに何をする気だ! ええい! 邪魔だ!」
エルスは激昂する魔種を無視して家屋の扉を開いて足を踏み入れる。
「フローレンス……さん……ね? ふふ、なるほど……ね。
貴女は不幸なんかじゃないし、やっぱりそういうのって、誰かが後ろにいるもの、なのね?」
不思議そうに宝石のような綺麗な瞳でこちらを見るフローレンスへ、エルスは微笑みかける。
それに呼応するようにしてバルガルは鎖槍に力を込めた。
槍の穂先は禍々しく、闇に覆いつくされ深く深く呪詛に埋められていく。
振り抜かれた死滅の必殺鎗は、まるで蛇か何かのように蛇行しながら駆け抜け、エフラインの身体に絡みつきながら呪いと闇をもたらしていく。
汚穢の鎧のまま、サルヴェナーズはエフライン目掛けて向かっていく。
そのまま腕を払うようにして振り抜けば、手刀のようになって槍状となった贖いの贄がエフラインを穿ち、続けるようにして放たれた蹴撃もまた、泥の槍による刺突となって魔種を抉り取る。
撃ち抜かれたエフラインの身体に毒々しい呪詛が浮かび上がっていく。
●
(やはり、想定通り敵は連撃を得意としないようですね)
多少の射程の不利を気にせず、範囲内に魔術を行使する魔種を見ながら、バルガルは冷静に敵の分析を進めている。
放たれたカースドチェインは鮮やかなに伸び、魔種の身体に傷を刻む。
華麗にして優美なる斬撃は天国へと敵を誘う七つ光。
死滅の呪いを帯びた七光がエフラインへ振り抜かれた。
「僕の邪魔を――するなよ!」
激昂したエフラインの魔術――炎の魔弾が円周上に降りそそぐ。
焼き付ける炎の中からジョージは真っすぐにエフラインを見据える。
「生憎だな。俺に炎は効かん!」
散り付く炎の熱を物ともせず、静かに言い放てば、エフラインの顔はますます歪む。
眼帯を払う。
蛇の如き盾に割れた双眸が胡乱に魔種を見る。
サルヴェナーズは魔種をたしかに視界に抑えた。
「蛇女がッ!!」
エフラインの視線が、サルヴェナーズに集束していく。
蛇に睨まれたように震えた魔種がソレを振り払うようにサルヴェナーズを見据える。
「ふざけやがって……せっかく、ここまで来たんだ!
あの子が僕のことだけを見るようにするのに、どれだけの時間がかかったと思ってる!」
崩れ落ちそうになる魔種がぎろりと睨む。
「あの子の親を殺し、親類縁者から遠ざけ、傭兵を雇って誘拐するよう差し向けて!
やっと、やっとだ! やっとここまで! ここまで来たんだ!
もう少し、もう少しであの子は僕を見てくれるはずなのに!」
「下種がッ!!」
迅は握りしめた双拳をエフライン目掛けて叩きつけていく。
その双拳密なるは雨の如く、飛翔する虎の如く獰猛な拳を以て、再びエフラインの顎を捕らえて突き上げた。
「ごふっ!?」
よろめいたエフラインへ追撃となる正拳を打ち込めば、魔種がたたらを踏む。
「僕の願いを、下種と言ったか貴様!」
それが怒りに触れたのか、魔種は叫ぶ。
「下種以外の何物でもねえよ、お前は」
魔力を指先へ集束させたシラスの遠距離術式が再び火を噴いた。
眩き閃光は、威力と速度を供えた基礎の基礎ともいえる術式。
だが、そうであるからこそ、磨き上げられたただの閃光は奥義にも等しく。
苛烈にエフラインの身体を焼いていく。
「聞いたな! 全ては、コイツの悪事。コイツこそが、仇。
だからこそ、気を保て! 必ず、その不運の連鎖を断ち切ってやろう!」
確かに聞いた言葉に、ジョージは声を張り上げた。
それは、フローレンスへ聞こえるように。
ブライアンは不愉快さを顔に滲ませながらエフラインへ接近すると、紅蓮の炎を帯びたガンブレイズバーストを叩きつけるように斬り払う。
真っすぐな一太刀が魔種の身体に傷をつけるのと同時、トリガーを引いて爆発を起こす。
振動は爆炎を齎し、斬撃の傷を深くエフラインへ刻み付ける。
「酷い……どうしてそんなことができるの!」
カグツチを握り締めた焔はエフラインへ槍を叩きつけた。
ひっかけられるようにして空を舞ったエフラインへ向けて跳躍。
そのままカグツチを長めに握りなおして叩きつけた。
しなりを帯びた槍の穂先が魔種の身体を強かに打ち据え、落下させていく。
続けるようにバルガルも槍を振る。
風を切って撃ち抜かれる大天の裁きの刺突が狙うは魔種の関節。
すべるように飛ぶ鎖鎗を巻き戻しながら、くるりと振るう。
肩で息をするようになってこそいる者の、未だに底を感じさせぬ魔種を見ながら、油断なく槍を払う。
「僕はフローレンスの騎士! 負けてたまるかァァ!!」
発狂するエフラインが手を翳せば、足元から無数の氷柱が周囲を貫くように伸びる。
貫かれたのに合わせるようにサルヴェナーズの周囲に広がる泥より姿を見せた蛇と蠍がエフライン目掛けて突き進む。
幾匹も姿を見せたそれらは、魔種の身体に取り付き、その牙を、尾針を突き立てていく。
蛇眼が輝く。瞳の輝きに魅入られたエフラインが周囲を警戒するように見渡している。
きっとエフラインの視界には、無数の大蛇の群れが姿を見せているはずだ。
「こ、小賢しい蛇共め!」
絶叫したエフラインが、自らに刃を突き立て始めた。
シラスは爆ぜるように前へ。
圧倒的連撃、圧倒的爆発力を駆使してエフラインへのダメージレースを優位に進めていたが、ここからは至近戦の時間だ。
「スタートダッシュは決めたからな」
両手に魔力を集中させながら、連撃の格闘術式を叩き込んでいく。
守りを固めんとする魔種を、爪で切り刻むような連撃が刻む。
続けるように焔が走る。
紅蓮の尾を引き迸るカグツチを、真っすぐに撃ち込んでいく。
収束する火焔を真っすぐに撃ち抜けば、真っすぐな一刺しがエフラインの身体を抉る。
勢いに乗ったまま、焔はもう一歩踏み込み、槍を振り投げた。
跳ね上げられた魔種が落ちてくるのに合わせ、カグツチをもう一度撃ち込んだ。
「どうやら、もうそろそろのようですね」
バルガルも再びカースドチェインに禍々しい闇と呪いを帯びさせる。
禍々しいオーラを帯びた槍を、真っすぐに投擲する。
疾走する奈落の如き闇と呪いが蛇の如き軌道を描き魔種の身体を切り刻む。
「貴方は……とてもとても軽蔑するわ、吐き気がする……
殺しなんかで一度に終わらせるよりも、拷問をかけてゆっくりと始末したいぐらいには」
エルスは鎌を構え、その瞳に純粋な嫌悪を乗せてエフラインを見据えた。
「……けれどこれは私の私情だわ。ふふ、よかったわね?」
その瞳に宿した侮蔑をそのままに、声だけで笑って走り抜けた。
刹那の間に斬り上げれば、残像は漆黒の顎となってエフラインの身体を貫き――男の身体がぐらりと倒れていく。
「あぁ、フローレンス……僕の愛した宝……あぁ、どこへ、何処へ行く?」
倒れ伏したエフラインがうわ言のように手を伸ばす。
エルスはエフラインと家屋の間に割り込むようにして立つ。
彼女の事がこの魔種から見えないように。
「フローレンス、フローレンス、あぁ、僕を見て。
この先の未来に、キミを見る人がどれだけいる!」
虚空を寂しくつかんだその手が落ちていく。
その手をフローレンスが取ることはなく、空だけ切って、そのまま落ちていった。
●
魔種を討ち果たしたイレギュラーズはフローレンスが隠れているであろう家屋の中に入っていた。
床にへたり込むようにして座っていた少女が、仰ぐようにイレギュラーズを見る。
「……あの身勝手な男の為に犠牲になる必要なんてない。
貴女は今度こそ……貴女を生きるのよ」
エルスはへたり込むように座るフローレンスへ近づくと、そっと視線を合わせて声をかける。
震える少女の身体は折れてしまいそうにさえ感じられた。
「ぁ……ぁ……ありがとう、ございま……す」
やっと漏らした声が震えている。
どことなく、境遇的なある種の親近感を覚えて、少女をあやすように抱き寄せた。
「大丈夫? 元気はなさそうだけど怪我とかはないみたいだね、よかった」
綺麗な涙をこぼすフローレンスへ、焔は声をかける。
「今まで大変だったんだよね……でも悲しそうな顔ばっかりしてると幸せが逃げていっちゃうよ!
だからほら、笑顔笑顔! きっとこれから幸せがいっぱいやってくるんだから!」
快活な笑みを浮かべて元気づけるように笑って見せれば。
「は……はい……」
釣られるようにうっすらとフローレンスも笑みを返す。
「おう! これからの人生、もっとたくさんの幸運を味わいながら好きに生きな」
「好きな……ように?」
ブライアンの言葉に、少女は声を震わせる。
「好きな……ように……」
それっきり、口を噤んでしまう。
いきなり好きに生きなといわれても、困ってしまうのだろうか。
「あぁ、それで、辛いことがあったらいつでも言えよ。
多少の縁が繋がった分くらいは、ロハでラッキーを運ぶ役を引き受けてやるぜ」
「ありがとう、ございます」
「失ったものは戻りません。戻りませんが……悪夢は終わりました。どうか貴女のこれからが平穏でありますように」
迅は、選ぶように声をかけた。
大事なものを失い、傷ついた彼女に、どう声を掛ければいいのか、迅には分からない。
けれども、このままで放り出してしまえば、それはそれで彼女は萎れてしまう。
だから、少しでもと。その気持ちが伝わったのか、少女は小さく頷いてくれた。
「フローレンス嬢か……これから行き場はあるのか?」
ジョージは小さな少女を怖がらせぬようにやや離れた場所から声をかけた。
自分だけを認識するように追い込んだ魔種のことだ。
帰る場所がない場合も容易に想像が出来た。
「……もしなければ、俺の商会かローレットへ来るといい。
関わった縁だ。手を差し出し、不幸を脱する一歩を、手助けしよう」
ジョージが差し伸べた手へ、フローレンスが手を伸ばす。
それはきっと、『不幸尽くしな』彼女の、最初の一歩となるのだろう。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
フローレンスへの呼びかけが無ければ、彼女の反転もルートとして用意されていました。
皆様の声掛けのおかげでそのケースは起こりませんでした。お見事です。
MVPはフローレンスに寄り添うようにしていた貴女へ。
GMコメント
さてそんなわけでこんばんは。
久しぶりのオープニング公開となりました。
春野紅葉です。魔種です。多分、結構な変態なんじゃないでしょうか。
それでは早速詳細をば。
●オーダー
【1】魔種の討伐。
【2】フローレンスが無事である。
両方達成で成功とします。
●フィールド
魔種が拠点とする家屋及び家屋の庭です。
皆さんと会敵時、魔種は異変に気付いて家の外に出てきます。
基本はこの庭での戦闘となるでしょう。
●エネミーデータ
・『彼女の騎士』エフライン
魔種です。属性は不明。恐らくは色欲か強欲か。中肉中背ではあることを除けば大変な色男です。
イレギュラーズを『フローレンスに希望を与えて僕から奪おうとする邪魔者』と考え、全力で殺しに来ます。
自分をフローレンスを守る騎士と思わせるように見せていますが、フローレンスの数々の不幸の殆どは彼が仕組んだものです。
ふざけた変態ですが魔種らしく強敵です。
HP、命中、神攻、防技が高く、物攻、抵抗がやや高め。それ以外は並みからやや低め。
戦闘では【火炎】系列と【凍結】系列のBSを持つ遠距離の範囲魔術、
【邪道】【変幻】の長剣による近接単体攻撃を用います。
また一部の魔術には【飛】があります。
どちらかというと魔術の方が得意なようです。
●NPCデータ
・『不幸尽くしの』フローレンス
宝石の如き綺麗な瞳、きゃしゃな体、シミ一つない綺麗な白い肌、
指に引っかかることなくさらりと落ちる綺麗な白色の髪をした美少女です。
原罪の呼び声に晒され続けており、酷く衰弱しています。
なにより、それが相まって今にも死にそうな薄幸の佳人らしさを助長しています。
頭はいいので、エフラインがロクデナシのやばい奴であることは気づいている様子です……?
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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