シナリオ詳細
<Liar Break>『料理番』のマシェラド
オープニング
●禁忌と原罪
レガト・イルシオンは揺れていた。
幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』の公園に端を発する激動も、いよいよ佳境を迎えつつある。
対立し合っていた貴族たちは胸中はどうあれ結束し、その末に国王も動いた。
国王という最大の庇護者を失ったサーカス団は、今や羽をもがれた鳥も同然の状態だった。
王都から逃げたサーカス団だったが、しかし連帯を強めた貴族や民衆はこれを追撃。
イレギュラーズの活躍もあってもう彼らがレガト・イルシオンの外に出ることはできなくなりつつある。
今もジリジリと、サーカス団に対する包囲網『幻想の檻』は狭まりつつあるのだ。
そう長い時間をかけず、幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』は滅びの時を迎えることだろう。
――だが果たして、狂気の幻想楽団が自らの滅びをただ待つだけなどありうるのか。
当然、そんなワケはないのだ。
彼らサーカス団は魔種――狂気を呼び起こす悪しきもの――なのだから、むしろ今という状況こそが彼らの本領。
滅びと狂気をまき散らし、人を穢し、人を汚し、人を酔わせ、人を終わらせる。
罪を呼ぶ声を好きに放ちながら、幻想楽団は最後の、そして最悪の悪あがきを開始する。
これは、人の人たる禁忌と原罪に直面する戦いである。
●君はその味を知っているか
食にこだわりを持つならば、むしろ味に好悪を持つべきではない。
少なくとも、彼はそう考えている。
サーカス団では表舞台に上がることはほとんどない。何故なら彼は料理人だからだ。
料理とは素晴らしい。
最高の素材を、最高の道具と最高の技術によって、最高の形へと変えていく。
そして出来上がった最高の形は、『食べる』という行為によって儚くも消え果てしまうのだ。
刹那の美。
一瞬の芸術。
石や土くれで作った彫像にはない、変遷を強いられるからこその美しさがそこにはあった。
そう、変わっていく。変わっていくのだ。
出来立て即座と十秒後、その時点ですでに味に違いが生じる。
人によっては大した違いではないというかもしれないが、それこそもったいない話である。
感覚を追求するのであれば、味覚ほど追求しがいのある感覚はないというのに。
美食家を名乗るならば、食にこだわりを持つならば、あらゆる味を知っているべきだろう。
あらゆる味を知った上で、己にとっての『善たる味。美しき食』を見出すべきなのだ。
――彼にとっての『善たる味』とは『人の味』だ。
人の味を知る者は、さて、どれだけいるのだろうか。
食人は禁忌などと言われたりもするが、彼としては不思議でならない。
どうして人は、目の前にいる親しい人の味を知りたいと思わないのだろうか。
好きだから。
愛しているから。
だから相手の味を知りたい。
肉の味を。血の味を。骨の硬さを、動脈の柔らかさを、筋肉の張りのよさを、味覚を通じて確かめたい。
当然の感情ではないだろうか?
ああしかし、だから彼はサーカス団で表に出ることはほとんどない。
特に、客をもてなすことなど絶対にない。
何故なら、彼にとって『客をもてなす』とは、『客を食材にして料理を作る』に他ならないからだ。
人とは最高の食材である。
しかし、禁忌だのなんだのというくだらない常識的価値観によってそれがあまりに知られていない。
なんともったいないことか。
幸い、今、サーカス団は窮地に陥っている。上からの命令で好きに暴れていいとのことだ。
ならば、彼がやることは決まっていた。
「さぁさ、まずは素材の味を知っとくれ。料理ってのは、自分が味を知るところから始まるもんさ」
とある村。その往来で、パンと手を打ったその男の名はマシェラド。
幻想楽団の料理番のうちの一人だ。
村の人々はマシェラドを不思議そうに見つめた。でっぷりと太ったコックが往来で変なことを言いだしたのだ。
否が応にも目立つというもの。
しかし、村人たちの失敗はそこですぐに逃げなかったことだ。
「ママー」
「あらあら、どうしたの?」
マシェラドを指さした女の子に応じ、母親は振り返るなり女の子の腕に噛みついていた。
女の子も、母親の首に噛みついていた。
血が派手にしぶく。だが母娘は噛み合うのをやめない。それどころか互いに互いの肉を食いちぎり、咀嚼する。
「う、うま……、うまぁ~い……!」
母親が恍惚とした表情で肉を飲み込み、首から噴き出す血を止めないまま絶命した。
女の子の方も、食いちぎられた腕から白い骨が覗いているにも関わらず、無心になって母親の肉を味わい続けた。
「どうだい、美味いもんだろ。人間ってのは。なぁ? そう思わんか? なぁ?」
互いに共食いを始めた村人たちを前にして、マシェラドがパンパンと手を打って嬉しそうに言った。
「だが生で食うだけじゃとてもとても、料理とは呼べんよなぁ。ちゃんとした料理の方法も教えてやるからなぁ!」
人の味の良さを広めたい。
彼の中にあるのはその一心だ。
幻想楽団の逃走も、今となってはさしたる意味もなく、ただ純粋に広めたいのだ。
人という食材の美味しさを。もっとみんなに知ってもらいたい。
そんな一料理人の純粋すぎる思いが、村に地獄絵図を生み出していた。
●禁忌を侵すがゆえの邪悪
「今度ばかりは、言葉がないね……」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)より伝えられたその情報に、イレギュラーズは揃って顔を青くした。
「……共食い? 殺し合いじゃなくて、か?」
「そう。共食いだよ。知り合い同士で、友達同士で、家族同士で、相手を料理して食べ合って、らしい」
そのテーブルに集まったイレギュラーズ一同、息を飲んだ。
「すでに村が一つ壊滅した。到着した衛兵達の中には、そこに広がっていた光景を目にして気絶した者もいるとさ」
話を聞いているだけでもげんなりする。
それを実際に目にした衛兵の受けた衝撃たるや、まさに想像を絶した。
「できる限り情報を集めたけど、標的はサーカス団の料理番マシェラド。……魔種と見ていいだろうね」
滅びと狂気をまき散らす存在――魔種。
噂には聞いていたが、こうして具体的な話を聞くとやはり強烈な印象だ。
「マシェラドはすでに移動して、次は滅びた村の近くにある街に現れるだろうね。それなりに大きな街だ」
村を滅ぼしたのは、マシェラドの『現在の呼び声』に違いないだろう。
今度はそれが、より人の多い街で展開される。
果たして、どれだけの犠牲者が出ることになるのか。事態は急を要していた。
「とにかく現場に急行してくれ。今の時点でももう遅いかもしれない。だがこれ以上遅くするわけにはいかない」
いつも見せている余裕などかけらもなく、ショウは皆にそう告げた。
「頼んだぜ、イレギュラーズ……」
- <Liar Break>『料理番』のマシェラドLv:3以上完了
- GM名天道(休止中)
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年06月28日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●魔種隔離すべし
駆けつけたそのとき、今まさに共食いが始まろうとしていた。
「そら、何を遠慮してるんだ。目の前の御馳走を我慢する必要があるかい?」
街の往来で人々を前にして、常軌を逸した言葉を告げているコック姿の太った男。
あれに間違いない。
せわしない足音が八つ、街の入り口へと突っ込んで直ちにコック姿の男を囲もうとする。
「……おや?」
その男――マシェラドは気づいてやってきた連中の方を向こうとした。
「おじ様、わたし達と遊びませんか?」
そこに『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)が甘く誘う。
マシェラドの意識がその瞬間、確かに利香へと注がれた。そして街の人々の方へ走る影がある。
「さぁさ皆々様御照覧!」
そこにいた二十人全員の目に留まる位置、そこへとすぐさま移った『猫鮫姫』燕黒 姫喬(p3p000406)が声を張り上げた。
「本日の演目はおどろおどろしい人殺しの料理番と哀れな街人達の悲劇譚――!」
「おお……」
その声に意識を惹きつけられて、男の一人が喉を鳴らす。
フラリフラリと二人、三人、四人、さらにさらに、人々が姫喬の方へと寄り始めた。
マシェラドと街の人々、ひとまずの分離がここに成功する。
そして間を置かず、イレギュラーズはコック姿の魔種へと攻撃を開始した。
「人同士を食わせ合うなんて、そんなの料理なもんか。パパさん料理教室から出直しな!」
一喝と共に『多重次元渡航忍者』獅子吼 かるら(p3p001918)が灼熱の火炎を解き放ち――
「ありったけを……、ぶつけてやるぜ!」
『鳶指』シラス(p3p004421)が超高速の魔力弾で別方向からマシェラドを撃った。
二度の攻撃が魔種の丸々肥え太った身を直撃する。
「お、ゥ?」
マシェラドの動きが鈍った。
そこに、漆黒の鎧竜が大きく踏み込んで、
「料理されるのは、オマエのその醜いツラだ!」
『終焉の騎士』ウォリア(p3p001789)が放った横薙ぎの一閃が、空中に炎の軌跡を残す。
マシェラドの身が真っ赤な炎に包まれて、周囲の空気がバチンと爆ぜた。
「何だい、あんたらは? 邪魔をしないでくれないかね?」
だが、マシェラドは揺るがずそこに立っていた。
これぞ魔種。人の形をしながらも、人とはあらゆる意味で隔絶した脅威。
「おーっと、そうは言わずにこっちに付き合ってくれないかい?」
『眠り羊』灰塚 冥利(p3p002213)がマシェラドの前に立って彼の行く手を阻んだ。
そして足を止めたコックの背後へ、リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)が迫って剣を振りかぶる。
「此処までです。この国に、人々にこれ以上の手出しはさせない!」
剣に込められた魔力が、一閃と共に解放された。
激音。マシェラドがいかにも面倒くさそうな表情を浮かべる。
「痛いじゃないか。何なんだ、オイ」
そこへ、盾を前に構えた『駆け出し』コラバポス 夏子(p3p000808)が突っ込んでいった。
「僕らイレギュラーズよ? 知らない? 人肉より良い食材!」
盾を使った強打が、マシェラドを打ち据える。
七人のイレギュラーズによる魔種包囲網は、今のところ完全に機能していた。
だがこの戦い、易くはない――
●『料理番』の脅威
「柔らかそうな肉だ、美味そうだなぁ……」
「一口だけ、一口でいいんだ……!」
「喉が渇いたのよ。血を飲ませてよ、少しだけでも!」
姫喬を前にして、【呼び声』にあてられた人々はご覧の有様だった。
「イカレすぎでしょ……!」
喰われる側の感覚はいかにも不快。さすがの姫喬も顔をしかめる。
そして人々は狂気を瞳に宿し、彼女へ襲いかかった。
この数、捌ききれるか。いいや、捌く。それをやりきらねばならない。
「ええい、ままよ!」
自分を食物として求める人々の方へ、姫喬は自ら踏み出していった。
――マシェラドを倒せば全てが解決する。
それを理解しているからこそ、イレギュラーズは攻撃を重ねていた。
「そぉーれ!」
夏子が掛け声と共に大盾でマシェラドを痛打。
「お、っとと……」
「隙あり、行きます! ――雷迅翔!」
側面より死角から飛び込んだ利香が全力の一撃をさらに浴びせて、次にリースレットだ。
「動きは遅い。これなら!」
大きく構えた剣に宿る強烈な魔力。
振るった一閃より威力は迸り、マシェラドの身を楽器として派手な爆音が奏でられた。
やった、と、内心に自身への喝采が湧きかけた。
しかし巻き上がった土埃の向こうからぬっと伸びてきた腕が、リースレットの腕を掴もうとしてくる。
「な……!」
「させ、ないっての」
間一髪、カバーに入った冥利がその腕を掴み返して勢いのままにマシェラドを投げ飛ばした。
「あいたたた……、腰を打ってしまったじゃないか」
マシェラドはその身を自分の血に染めながらも、こんな風に平然と言うばかり。
とても戦闘の渦中にあるように見えないが、だからこその違和感がささやかな畏怖となってイレギュラーズの胸を圧す。
「いいや、行ける。このまま畳みかければ事は成る」
ウォリアが力強く断言する。
ただの鼓舞ではない。この重装の戦士の中には確固たる自信があった。
七対一。
状況は想定通りに推移している。
マシェラドは確かにただならぬ存在だが、そんなことは最初から分かっているし、彼からの攻撃も受け止めきれている。
ゆえにこのまま押し続ければ、苦戦はしても敗れることはまずありえない。
そう、状況がこのままであったならば――
「う、あァあああああああ……!」
絞り出すかのようなその悲鳴は、マシェラドを囲む七人のいずれでもなく、その外からのものだった。
『呼び声』に狂わされた二十人。それが大挙して姫喬一人に押し寄せていた。
長い黒髪を振り乱しながら、彼女はそれでも何人をすでに組み技で失神させていたが、焼け石に水。
人々は次々と彼女に噛みついて、それがゆえの悲鳴であった。
「――姫喬ちゃん!? 今、行きます!」
「こらこら、新鮮なのは僕でーす! 良い野菜食ってるから美味いぞー!」
利香と夏子の二人が、姫喬のカバーに入るべく走り出した。
そのとき、マシェラド包囲網に大きな穴ができてしまう。
「さてさてこっちから行けそうだね」
「だから、待てって」
だがシラスが素早く回り込んでそれを阻んだ。
反応を待つまでもなく、彼はマシェラドの腹に触れてそこに破壊の魔力を注ぎ込む。
ビクン、と、丸い体が震えたところにさらに斜め後方の死角からリースレットが追撃を仕掛けようとした。
「どこにも行かせません!」
「ああ、そこだね」
だがマシェラドは見ていないのに手だけを動かして彼女の顔を鷲掴みにした。
「う、あ……!」
「いい加減、おじさんも怒っているんだよ。ちょっと静かにしてくれないかい?」
低い声で言うマシェラドの全身から、得体のしれない威圧感が溢れ出た。
「やらせるかってんだい!」
リースレットを掴む魔種の手に、かるらが叫んで思いっきり体当たりをした。
マシェラドは倒れこそしなかったが手の力が一瞬緩んだ。もがいていたリースレットが拘束から抜け出す。
分かれ目は、まさにその刹那――
「灰燼となるがいい!」
燃えさがる剣を手に間合いを狭めるウォリアに、
「このまま、ここで釘付けになってもらうよ」
マシェラドを逃がしてなるものか、と、その動きを邪魔しようとする冥利。
包囲を作る五人全員がほぼ一か所に集まってしまっていた。
集まって、しまっていた。
「ヤバい!」
直感が働く。シラスは皆にすぐさま散開するよう叫ぼうとした。
だが、遅かった。
コックの全身から解き放たれた強烈な炎がイレギュラーズ五人を巻き込んだ。
「まずは『直火』で一回焼いておこうかな」
天を衝くほどの火柱を作りながら、しかし『料理番』の物言いはあくまでも日常然としたもの。
恐るべき魔種の脅威がいよいよイレギュラーズに牙を剥いた。
●不壊ならずとも不屈なるもの
そして一分。
現況はただ一言『惨憺』であった。
「それ、私を行かせないんじゃないのかい? どうなんだい? んん?」
「余裕ぶってくれるじゃないの……!」
マシェラドが動く。相対するのは冥利だ。
伸びくる魔種の手を刻んだステップによってかわし、マシェラドの隙を誘う。
そこへシラスとウォリアが左右から攻撃を仕掛けようとした。
「このォォォ!」
「踏み躙ってくれる――!」
だがマシェラドはまずシラスの攻撃をすいとかわしてその胸ぐらを掴み、彼をブン投げる。
「ぐォ……!」
投げた先には、ウォリア。
無論、攻撃モーションさなかだった重装の騎士にそれをかわせる道理はない。
ならば、と、ウォリアは何とかシラスを受け止めようとした。
だがマシェラドも一緒に突っ込んでくる。
「ぬ……!?」
「固そうな肉はよく叩いておかないとなぁ」
魔種の痛烈なタックルが、まともに二人を巻き込んだ。
吹き飛ばされたシラスとウォリアは建物の壁に激突し、そこに大穴を開けて崩れる瓦礫の下敷きになってしまう。
「さて、もういいかな」
「行かせるもんか、と……!」
「しつこいんだよなぁ」
回り込もうとする冥利へ、マシェラドが手をかざす。
噴き出した強烈な寒波が彼の身を凍てつかせ、動きが止まったところに岩のような拳が振るわれた。
ガシャンと、人を殴ったとは思えない音がした。
血を散らしながら冥利は地べたに這って、壁の穴の向こうで二人は埋まったまま動かない。
「皆さん!?」
「ちょっと冗談じゃないね……」
そのとき、リースレットとかるらは同じ迷いを抱いていた。
治すべきか、攻めるべきか。
共に他者を治療するすべを備えている。しかし治せばその間、マシェラドを完全にフリーにすることになる。
ゆえに迷った。そして、土壇場でのその迷いは致命的だった。
「お前さんは結構やってくれたね」
みたび、マシェラドの手がリースレットへと伸ばされる。
かわそうとするが遅れた。肩を掴まれて、直後に襲いくる不快感。そこから、
「調理はあとでするから、その前に血抜きをしておこう」
パッと火花が散るように、リースレットの全ての傷から鮮血が噴き出した。
「あ……」
「こ、の……!」
血だまりに伏したリースレットを見て、かるらが激昂する。
だが彼女一人に何ができるだろう。果敢に攻め込むも、待っていたのは『直火』の灼熱。
身の何割かを無残に炭化させて、かるらもまた地面に転がった。
「やっと静かになったかい」
肩をすくめるマシェラドの耳に、少し離れた場所から喧騒が聞こえてきた。
狂える民衆が食欲に駆られるがまま、姫喬へ、夏子へ、利香へ、押し寄せているのだ。
皆が人の肉の味を覚えようとしている。躍起になっている。人が持つ食への探求心の現れだ。
「あぁ、ダメだよそんな勿体ない。下拵えもなしに生で齧るなんて見てられないな」
自分が教えてやらねばならない。人の味と、人の食し方とを。
マシェラドはその顔に満面の笑みを浮かべていた。
「さぁ、忙しくなるぞ。もっともっと、人の味を広めないとなぁ!」
「……そんなの御免こうむるさ」
笑う彼に水を差す声があった。
立ちはだかったのはいたるところから黒い煙をあげている者――かるらだ。
「どれだけ美味しかろうと、オマエの言う料理なんて独善的な自慰行為でしかないよ」
「何だって……?」
半ばかすれながらも絞り出されたその声に、初めてマシェラドは驚きを見せた。
だが次に喋ったのはかるらではなく、冥利。
「ああ、君の料理なんて食べるどころか目にする価値もない」
「応とも」
そして応じたのは、ウォリアだ。
「全く醜いものよ。姿も、声も、何もかも。その魂、食うに値せぬ」
「お前さんたち……」
呆然となるマシェラドへ、立ち上がったリースレットとシラスが強い怒りを叩きつける。
「もう、これ以上、この国の人達に手出しなんてさせない……!」
「どうした、俺達はまだここに立ってるぜ。……食ってみろよ、オラァ!」
命を燃やし、魂を滾らせて、イレギュラーズは立ち上がる。
そして再び五人に囲まれたマシェラドが、その目を大きく見開かせた。
「何なんだ、お前さんらは……!?」
●逸脱と超越
そしてまた彼女たち三人も限界を超えてなお立ち続けた。
「食わセろ!」
「食ワせロ!」
「食わせテよォォォォォ!」
民衆が群がる。
人の味を知りたい。そんな純粋かつ単純な動機が、彼らをここまで狂わせている。
「ははん! 一昨日来なよ、糞餓鬼様共!」
だが二の腕を噛みちぎられ、真っ白い骨を露出させながらも姫喬は民衆へと痛快に啖呵を切った。
「今日の演目はね、まだまだ終わりゃしないんだよ!」
骨幾本が折れて身が軋む。
流れる血に意識が遠くなりかける。
だが耐える。
だが耐える。
「おっとどこに行くのかな? 僕らより美味しい食材なんてここにはないんだよ? 知ってた?」
夏子もまた声を張り上げ注意を引き付け、人々の目と手と食欲を自身へと集め続けた。
だがその足元には血だまりができている。
ずっとずっと、ひたすらに自分を食べようとしてくる民衆の攻撃に耐え続けているからだ。
少しでも弱気になれば即座に心は折れて戻れなくなる。
だが耐える。
だが耐える。
「こんなに美味しそうな私がいるのに、他に目移りしちゃうんですか?」
利香もそうだ。
彼女の身から香る女の色に、男どもは連なり群がり獣となって集まってくる。
掴まれ、殴られ、喰らいつかれてもなお、やむことのない激痛の中で利香は己の性を誇示し続けた。
目が霞む。
意識も白みかけて、今にも気を失いそうだ。
だが耐える。
だが耐える。
マシェラドが仕留められるそのときまで、街の人々同士が『共食い』を始めないように、三人は絶えず自分という餌を与え続けなければならない。
まさに地獄のような状況だ。
それでも三人が耐えられるのは、ひとえに仲間への信頼あってのことだった。
イレギュラーズは、魔種には負けない。そう信じているから。
だから――
「おォォおおおおおおお!」
かるらが咆哮と共に文字通りマシェラドに喰らいついた。
太った男の喉元に、己を歯を突き立てたのだ。
勢い余って幾本か歯が折れる。それほどの力で、彼女は噛みついていた。
「ぎ、ああああ!」
マシェラドが悲鳴をあげた。噛みちぎった肉を吐き捨て、かるらは魔種に向かって言う。
「腐ったブタのクソみたいな味だ」
「違う、違う! そうじゃない! そんな食い方は全然違うんだ!」
訴えるマシェラドの言葉に耳を傾ける者など、もちろんいない。
そう。
彼に向けられるのは意識でも耳でもなく、刃、それのみである。
二つ目の咆哮は、シラスのもの。
「死っ……ねェ――――ッ!」
かるらが噛みちぎったその傷口に得物を突っ込んで、全霊全開の魔力攻撃をブチ込む。
「ごッ……、けは!」
魔種が喉の奥から、くぐもった声を漏らす。
幾度それを叩き込んだか。もはやシラス自身覚えていない。
しかし、ここまでの積み重ねがあったからこそ『料理番』の頑強は打ち崩された。無駄ではなかった。
「ひっ、ひぃぃ……!」
マシェラドがフラフラと街の方へ逃げようとする。が、その眼前に冥利が立って、
「行かせは、しないよ!」
烈風の速度でマシェラドを投げ飛ばす。
肥え太った体が見事に宙へと飛ばされて、待っていたのはウォリアとリースレット、二人の剣士であった。
「終焉をくれてやる。――灰燼に帰すがいい!」
「この一撃で、終わってェェェェェェェ!」
敵意を超えて、漲るものは決意と願い。逸脱の狂気を、今、超越の勇気が凌駕する。
焔色の刃がX字に交差して、マシェラドの腹を深く深く切り裂いた。
「ぎ、ああああああああああああああああ!」
獣どころではない、もっと穢れた何かの絶叫。
『料理番』は吹き飛ばされて、街の外にある大きな木の幹に激突した。
イレギュラーズが見守る中、少しの間。やがて、倒れ伏した魔種の体が震えながらも起き上がる。
「嘘だろ……」
シラスが絶望の呻きを漏らしかけた。
「ひぃ、ひぃぃぃ~……」
だがマシェラドの心は完全に折れていた。ズタボロになったその体もそう長くはもたないだろう。
己の狂気を根底から砕かれて、『料理番』は這う這うの体で街の外へと逃げ去っていった。
残念ながら、イレギュラーズ側にそれを追いかける力は残っていなかった。
「……逃がしたか」
心底より口惜し気にウォリアが呟くと、「いんや」と冥利がかぶりを振る。
「守ったんだよ、この街を」
振り返ると、向こうから「あんたら、どうしたんだ!」と騒ぐ人々の声が聞こえてきていた。
マシェラドがいなくなったことにより、民衆が狂気から解放されたのだ。
魔種の討伐こそ叶わなかったが、街を守るという目的はひとまず成し遂げられた。
そのことに、イレギュラーズは安堵の息を漏らす。
そして、
「少し、休むわー……」
そう言ったのは人々の食欲からやっと解放された姫喬だった。
ほぼ同時に全員が、その場にブッ倒れて意識を失う。
街の人々の騒ぐ声が聞こえるが、もう反応もできそうになく、ただ――
「ああ、守れたんだ……」
人々の声に、自分たちの奮闘が報われたことを実感しながら、八人はしばしの眠りについたのだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
今回の戦いは特に厳しいものでした。
しかし、皆さんの奮闘もあってこの結果に持っていくことができました。
それでは、またどこかのシナリオでお会いしましょう!
GMコメント
ご無沙汰しております。
天道でございます。
今回は全体シナリオで初の難易度Hardとかやってみました。
よろしくお願いいたします。
◆討伐対象
・『料理番』のマシェラド
でっぷり太った背の低いコック姿の中年男性です。
彼はサーカス団に参加していた魔種の一体であり、人肉料理のプロです。
村一つを全滅させて、次に人の味を広めるべく近くの街に移動しています。
今回は火急の案件であるためマシェラドの攻撃方法に関する情報はあまり多くありません。
分かっている範囲では、攻撃方法はそれぞれ、
『血抜き』、『下拵え』、『冷蔵』、『直火』、『盛り付け』。
と、いう呼び名であるようです。これ以上の情報については明らかになっていません。
ただし、魔種ということで並外れた戦闘力を持っているのは間違いないでしょう。
◆救出対象
・街の人々×20
マシェラドが訪れた街の人々はすでに『呼び声』の影響下にあります。
イレギュラーズを見ても『救援』とは思わず『食材』と見て襲い掛かってくるでしょう。
マシェラドを倒せば『呼び声』の影響も止まりますが、それが止まらない限りは常に敵対してきます。
不幸中の幸いなのは、まだマシェラドが来たばかりで街の人々同士による共食いが発生していないことです。
素早くマシェラドを倒すか撤退に追い込めば、共食いを食い止められるでしょう。
◆戦場
・マシェラドが訪れた街
まだ訪れたばかりで大きな被害は出ていません。
しかし少しでも時間が経ってしまえば規模の大きな『共食い』が発生します。
戦場となるのは街の入り口付近。往来の真ん中で、派手に戦っても支障ありません。
ただし、そこには『呼び声』の影響を受けた街の人々がいるのでご注意ください。
戦闘の時間帯は最速で日中となります。
時間帯を選ぶこともできますが、時間が遅くなるほど『共食い』は加速度的に広がっていきます。
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