シナリオ詳細
フロイラインの悔恨。或いは、幸福な夢とその代償…。
オープニング
●救済の薬
鉄帝国のとある街。
街の周囲には厚く雪が積もっているが、どういうわけかその割に街は暖かな空気に包まれていた。
それもそのはず、地下で稼働する蒸気機関が発する熱をこの街では暖房として利用しているのだ。
「……とはいえ、このままでは」
街の存続も危ういだろう。
そう呟いた女医師・フロイラインの眼前にはベッドに寝かされた黒い死体が1つある。
白い肌に鋭い眼光。
身に纏う白衣には黒ずんだ血が染み付いている。
フロイラインがこの街に来たのは、今から一月ほど前のことだった。
戦場医師として活動していた彼女が呼び戻されたのは、目の前の死体……否、正しくは死体となった彼が服用していたとある薬物が理由であった。
その薬物の名は“フランシス”。
それを服用したものは、一時の間、得も言われぬほど“幸福”な夢を見られるという。
一切の不幸も苦痛もない夢の世界は、ただただ“幸せ”なものだろう。
例え、その原材料が奇妙な“黒い線蟲”であったとしても、知らなければ“幸福”が損なわれることはない。
ともすると、1度その幸福を味わった者は、原材料の正体を知っても服用を止めないかもしれない。
フランシスは、そう言う薬だ。
そして、フロイラインはフランシスの原材料であろう“黒い線蟲”をかつて戦場で見たことがあった。
それは宿主の正気を奪い、怪物へと変質させるという奇妙にして悍ましい生態を持っていた。
「また救えなかった。誰も彼も、こんな有様になって、どうして……」
黒ずんだ身体は、内出血によるものだ。
膨張した筋肉に血管が潰されたのであろう。
解剖すれば、内臓も骨も砕かれているはずだ。
それには壮絶な苦痛が伴ったことは簡単に予想が付いた。
けれど、そのような死にざまでありながら、男は満面の笑みを浮かべていたのだ。
彼はきっと、死のその瞬間まで……死した後でさえ“幸福”な夢の中にいる。
「家族の顔も、友人の顔も思い出せないまま……大切な人をその手にかけたことさえ知らぬまま息絶えるなんて」
そんなの人の死に方じゃない。
きつく歯を食いしばったフロイラインは力なくその場に座り込んだ。
握りしめた拳で彼女は何度も床を殴った。
何度も、何度も。
その手が血で赤く染まるまで、己の無力を嘆き続けたのである。
●フロイラインの嘆願
「“フランシス”を製造、販売している者たちがいる。それを捕縛し、フランシスのレシピを破棄することがフロイラインの依頼だ」
そう言って『黒猫の』ショウ(p3n000005)は街の地図をイレギュラーズへと配る。
地図には3ヶ所、赤い印がつけられている。
1ヶ所は街の南外れにある廃工場。
1ヶ所は街の中央付近にある工業ビル。
1ヶ所は街の地下にある蒸気機関の心臓部。
「以上3ヶ所がフランシスの製造工場となっている。各拠点は一般人に扮した売人に監視されており、何かしらの異変があればすぐに他の拠点へ連絡が行くようになっている」
拠点への連絡が入れば、即座にレシピを別の場所へ移す手はずは整っているだろう。
そうなってしまえば、この街で起きている悲劇は収まらない。
「あぁ、レシピのうち1つは東にある病院へ運んでくれ。フロイラインが解毒薬を造るそうだ」
フロイラインがそれを成せるかは分からない。
けれど、試しもしないままに諦めることを、彼女は良しとしなかった。
「売人たちのリーダーは“チェザ・チェレ”という名の女性だ。同時に彼女が線蟲の供給源でもある」
売人たちはナイフや銃こそ所持しているし、数も多いが、言ってしまえばそれだけだ。
ダメージは小さく受ける影響もせいぜいが【出血】程度のものだろう。
けれど、チェザ・チェレは違う。
黒い髪に、黒い肌をした女性であるが、その身体能力は異常である。
「獣のように駆け抜け、黒く長い爪で人を引き裂くそうだ。その身に宿した線蟲との親和性が高いのか、彼女と線蟲は共生状態にある」
身体の中で線蟲は増え続ける。
体内に保持できなくなった線蟲を吐き出し、それをフランシスの材料として売人たちに提供しているという。
「その爪には【疫病】【廃滅】【必殺】が付与されている。彼女が現在どこにいるかは不明だが、警戒は必要だろうな」
可能であればレシピと一緒にチェザ・チェレの存在もこの世から滅してしまいたい。
フロイラインは、人の死を望まないであろうが、それでもだ。
「最後に1つ。地下へ向かう場合は気を付けてくれ。蒸気機関を破壊してしまうと、街のインフラが壊滅的な被害を受ける」
と、最後にそれだけ言い残してショウは依頼の説明を終えた。
- フロイラインの悔恨。或いは、幸福な夢とその代償…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年06月27日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●突入開始
時間だ。
そう呟いたのは誰だっただろう。
「どこにもこういう話は転がってるもんだな」
そう呟いたジェームズ・マクシミリアン(p3p009897)の視線は、ビルの壁に背を預けている白い髪の男の方へと向いている。
その男は満面の笑みを浮かべていた。
夢現。
彼は今、幸福な夢の中にいるのだ。
そして、きっとこれから先もずっと……。
「いやはや、話を聞くに大変恐ろしい薬ですが、薬を使うのは自己責任と言いますか……」
「まー、珍しくもないでごぜーますね。どこへ行っても人間達のやる事はおなじようで」
笑う男の使った薬の名は“フランシス”。
『青き砂彩』チェレンチィ(p3p008318) の言うように、依存性が高く、身の破滅を招く劇薬だ。現実を生きることに疲れた者たちにとって、それはまさしく救いであろう。たとえ死に至るとしても、それまでの間は幸福な夢に身を浸していられるのだから。
けれど『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)の言うように、そういった薬物の開発や流通はさほど珍しい話ではない。
誰かがそう言う薬を作って、別の誰かがそれを使って、他の誰かが取り締まる。
その繰り返し。
そして今回、イレギュラーズが取締役を任された。
ならば仕事をこなすだけ。
それぞれの武器を手にした3人は、音も立てずに工業ビルへ乗り込んでいく。
銀の髪を靡かせ踊る女が1人。
躍動的なステップを刻む彼女の名は『剣靴のプリマ』ヴィリス(p3p009671)。鋼の義足に取り付けられた鋭い刃が、硬い地面を叩いてカツンと高い音を鳴らした。
場所は街はずれの工場。
その一角に集った男たちの中央で、ヴィルマは踊る、踊り狂う。
誰もが、彼女から目を離せない。
誰もが、身体を動かせない。
次第に思考が【狂気】に蝕まれていくのを自覚しながらも……。
「倒す必要はないしこれで動きを止めておくわ」
「1人ぐらい残しておいてくれ。レシピの在処を吐かせなきゃならねぇ」
『月夜に吠える』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)はそう言うと、地面に落ちた白い錠剤を拾い上げた。
ヴィリスに見入る男の1人が落としたものだ。
おそらくそれが“フランシス”で間違いない。
人を覚めない夢へ誘う劇薬だ。
それはきっと、さぞいい額で売れたのだろう。
「どこの国だろうと一歩裏を覗きゃ、こういうもんが出回るもんだわな」
なんて、そう呟いてルナは1人の男へ近づく。
その頭部を雑に掴んで上を向かせると、摘んだ錠剤をその口元へと近づけた。
低く唸るような声で、ルナは問う。
「こいつを口に突っ込んだらどうなるだろうな? 散々見て来たし、よく知ってんだろ?」
永久に覚めない幸せな夢を見続けるか。
檻の中で、長く続く現実を生きるか。
選ばせてやる、とルナは言う。
薄暗がりに閃く細剣。
短い悲鳴と血飛沫が舞う。
「フランシスのレシピはどこだ?」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は、倒れた男へそう問うた。男の喉元に突き付けられた剣先が、皮膚を裂いて一筋の血を流させる。
けれど男は嗤うばかりで、イズマの問いに応えを返すことしない。
「無駄であります」
ごしゃり、と。
男の後頭部を殴りつけながら『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)は言う。
意識を失い倒れた男の懐からは、小瓶に入った錠剤が転がり落ちていた。
「下らんでありますな。こんなもの、手を出すのが悪い。例えそこにどんな理由があろうとも」
瓶を踏み割り、エッダは告げた。
淡々と。
念入りに錠剤を踏みつぶし、視線を通路の奥へと向ける。
場所は街の地下中心部。
蒸気機関をインフラに使う街らしく、通路はひどく蒸し暑かった。
「エッダ君、イズマ君、ここから先は可能な限り見つからないように行動しよう。暴れるのは見つかってからでも遅くないさ」
頬に付着した血を拭い『雷はただ前へ』マリア・レイシス(p3p006685)はそう言った。彼女の足元には、意識を失った男が1人。
イズマが尋問しようとしていた男の方は“フランシス”を服用していて、話を聞ける状態でなかった。一方、マリアに尋問を受けた男の方は、理性を保っているようだった。
果たして、それは幸福だったか、不幸だったか。
拷問に近い尋問の結果、その男はレシピの在処をマリアへ告げて、それっきり意識を失ったのだ。
否、意識を失うことを許された……と、そう言うべきか。
「では、先を急ぎましょう」
イズマを先頭に、3人は通路をさらに奥へと進む。
●フランシス
【爆裂クラップス】
行動の速度と精度を上昇させるスキルの名だ。
チェレンチィは自身にそれを付与すると、工業ビルの廊下を歩く1人の男に近づいた。
「なっ……!? てめ」
「お静かに」
タン、と。
短い音がして、男の胸部にナイフが突き立つ。怒声をあげようとしていた男の口は、チェレンチィの手に塞がれている。
ごぼり、と血の泡を吐き男は意識を失った。
命こそ繋いでいるものの、生きてはいる。
生きているだけだ。
放置すればいずれ死ぬし、暫くの間、彼が目を覚ますことも無いだろう。
「これでは話が聞けませんね。レシピの在処は売人たちを戦闘不能にして聞き出すしかなさそうですが」
「次の奴を探そう。周辺の人通りが多いってことは、レシピを持ち出されたら人混みに紛れられかねないってことだ。つまり、どうせビルから誰も逃がすわけにはいかないからな」
スモークを貼られた窓から、外の様子覗いながらジェームズは言う。
別の拠点を襲撃している仲間から、合図が送られていないかどうかを確認しているのだ。
キリ、と手と手の間に糸を張り、ジェームズは2階へ続く階段へと視線を向けた。
上階から聞こえる話し声と足音がジェームズの耳に届いたのだ。
「先手を取ろう」
展開された数本の糸が階段の途中に張り巡らされた。
警戒もせずに階段を下りてくる者がいれば、気づかぬうちに糸に絡めとられるだろう。
「見てわかる通りだが、閉所の方が糸ってのは便利なのさ」
糸に手足を絡めとられ、床に倒れた男が1人。
その隣には、手足をへし折られた男が意識を失い倒れている。
先ほど、2階から降りて来た男たちただ、先手を取られ混乱しているうちにエマの【ショウ・ザ・インパクト】によって壁に叩きつけられたのだ。
チェレンチィのナイフに刺された男と違い、そう遠くないうちにこちらは目を覚ますだろう。けれど、目を覚ましたところで彼を待っているのは手足を折られたことによる激痛のみだ。
レシピの在処や敵の数といった情報なら、まだ起きているもう1人から聞けばいい。
「薬物に踊らされるだけの芥に興味はごぜーません。売人も末端……有象無象どもばかりでありんしょうが、それはそれ。意思の輝きはいかほどで?」
男の顔を覗き込み、エマはくっくと肩を揺らした。
糸のように細められたその瞳を見て、男は背筋が粟立つのを感じた。ならず者として、幾度も鉄火場を潜って来た“フランシス”の売人が、だ。
「……あ、な」
「くふ、くふふ、くふふふ」
男の眼前に掲げられたエマの手に、闇より黒い魔術回路が輝いた。
精緻であり、禍々しい魔力回路に、どんよりと濁った暗い瞳。
目の前に立つ女性にとって、自身の命など路傍の石ころほどの価値も無いと理解し、男は思う。どうすれば、この場を生きて切り抜けることができるのか、と。
「な、何が目的だ……」
「“フランシス”のレシピだ。その在処を教えろ」
「吐かないのなら、それでもかまいません。他にも人はいるのでしょう?」
都合6つの冷たい瞳に見据えられ、男は即座に情報のすべてを吐くことに決めた。
暗闇の中に火花が散った。
暴漢の1人が銃の引き金を引いたのだ。
「ちっ……ちまちまと鬱陶しい」
血の滲む肩を押さえ、ルナは呻いた。
レシピの在処が判明し、ルナとヴィリスは倉庫の1つへ訪れている。そこには、10を超える男たちが詰めていた。
蒸し暑く、そして甘ったるい臭いが充満している。
「気分が悪くなりそうね」
脚の刃を壁に突き立て、ヴィリスはそれを数メートルほど駆け上がる。
ヴィリスの軌跡をなぞるように、幾つもの銃弾が壁を穿つ。その度に火花が上がり、壁が砕けた。
見かけよりも脆い。
老朽化が進んだ古い倉庫を使っているのだろう。安く買い上げるためか、それとも“重要施設ではない”ことをアピールするためか。
「レシピが無くなればいいんでしょ? 火を着けてしまってもいいんじゃない?」
壁を蹴ってヴィリスが跳んだ。
銃弾に頬を裂かれながら、一瞬の間に敵へ接近すると左の脚を軸に、身体を大きく旋回させる。インパクトの瞬間に左足を振り抜くことで、強烈な一撃を男の顎へと叩き込んだ。
「ぐ……」
歯を食いしばり、男はぎりぎり意識を繋ぐ。
直後、追撃が男の側頭部を襲った。
倒れた男を一瞥し、ヴィリスはルナの背後へ回る。放たれた無数の弾丸は、身体を張ってルナが止めた。
「残りの薬の処分もかねて火を放つってのは同感だ。だが、レシピは確実に破棄しておかなきゃならねぇ」
血を吐きながら、ルナは吠える。
大音声が空気を震わせ、無理矢理に悪漢たちの視線を奪った。その隙を突き、ヴィリスは床を蹴って疾駆。身を低くして男たちの最中を駆け抜け、倉庫の奥へと辿り着いた。
薬を精製するための炉や釜、各種薬剤が雑多に並ぶその場所へ駆ける勢いもそのままにヴィリスは蹴りを叩き込む。
「やってくれ、ヴィリス!」
「言われなくても」
ヴィリスの蹴りが、火の灯る炉を蹴り砕く。
飛び散った薬剤に火の粉が落ちて、ごうと火炎が広がった。
「く、薬が!」
「レシピだけでも持ち出せ」
慌てふためく悪漢たちはヴィリスへ向けて銃弾を放つ。
背や脚に銃弾を受けながら、ヴィリスは転がるように退避。その間に、男たちの何人かが火炎の中へと飛び込んでいく。
後を追うルナの前にも、数人の男が立ちはだかった。狙撃中を構えたルナへ男たちは果敢に殴りかかっていく。それほどまでに、彼らにとって“フランシス”のレシピは重要なものなのだろう。
男の1人がファイルを抱えて、火炎の中から飛び出した。
そちらへ向けてルナは銃の引き金を引くが、射線上に躍り出て来た別の男が身体を張って銃弾を防ぐ。その隙、レシピは倉庫の外へ持ち出されてしまう。
ヴィリスが後を追いかけるが、逃げた男を1人で追うのは大変だろう。
「あー……仕方ねぇな」
後方へ跳んだルナは、短銃を取り出しその銃口を頭上へ向けた。
焼け落ちた屋根から覗く黒い空へ向け、ルナは弾丸を撃ちあげる。遥か空へと飛翔した弾丸が、夜空に閃光を撒き散らした。
細剣による薙ぎ払いが、2人の男の胸を裂く。
意識を失い倒れた男へ視線を送り、イズマは頬の血を拭った。頬や腕、腹部には幾らかの裂傷を負っている。地下に詰めていた悪漢たちの犯行が、思いのほかに激しかったためだ。
「レシピは発見したか? フロイラインの元に届けるまでが任務だぞ」
「レシピならここに。フロイラインに渡せたことが確認できるまでは死守するであります」
自身の胸元を軽く叩いてエッダは言った。
「あの混戦の中、レシピを回収するなんて流石だね、エッダ君」
額に滲んだ血を拭いつつ、そう言ったマリアへエッダは呆とした視線を向ける。
鋼の籠手に覆われた腕をゆっくりと掲げ、ピースサインを作っていった。
「ぶい」
レシピを回収した3人は、気絶した男たちをその場に残し急ぎ地上へ引き返す。
地上へと戻った3人は、街の東側にある病院へ走る。
そこで待つフロイラインに“フランシス”のレシピを渡すためだ。
しかし、そんな3人の前に2人の男女が現れる。1人は白い髪をした男。
もう1人は、黒い肌をした筋肉質な女性であった。
「あはぁ? あの人たち? 侵入者はビルの方に来たって話じゃなかったぁ?」
「あ、あぁ、間違いねぇよ。変な連中がビルで暴れてんだ。だが……」
「臭いがするねぇ。あの人たちから“フランシス”の臭いが。拠点にでも行かなきゃ、こんな濃い臭いが染み付くことはないよねぇ?」
すんすんと鼻を鳴らして女……チェザ・チェレは言う。
焦点の定まらぬ視線に、笑みの形に緩く開かれたままの唇。黒い肌の下で、何かが蠢く。
それはチェザ・チェレの皮膚を突き破り、身体の外へ。
血に濡れた黒い線蟲が、まるで鎧のように腕を覆った。
「あはぁ」
「は? 何で、俺」
「用済みだからぁ」
軽く腕を一閃させて、チェザをここまで案内して来ただろう男の頭を潰す。
頭部を失った男の身体が地面に倒れ伏すのと同時、駆けだした影が2つ。
赤雷を纏ったマリア。
線蟲で腕を覆ったチェザだ。
「悪いけど加減は出来ない。覚悟して向かってくるがいい!」
「いらないよぉ」
マリアが蹴りを放とうとしたその刹那、チェザは1歩前へ踏み出す。
「っ⁉」
マリアの足に激痛が走った。見れば、チェザが親指の付け根部分を踏みつけているではないか。
ミシ、と骨の軋む音。
親指の骨が砕けたのだ。親指に力を込められなければ、蹴りに十分な威力は乗らない。
無論、踏みつけ程度で骨を砕くのは容易ではないが、線蟲によって強化されたチェザの筋力がそれを可能にしているのだ。
痛みによろけたマリアの顔面に、チェザの膝が叩き込まれる。
「っ……ぁ!?」
鼻血を噴いて、マリアの身体が仰け反った。さらに追撃とばかりに、チェザは線蟲に覆われた両腕を振り上げたが……。
「あはぁ」
「哀れでありますね……おぞましい笑顔を浮かべて」
ゆらり、と。
踊るように、チェザの背後へ回り込んだエッダの拳が大上段より振り下ろされる。
まるで鉄鎚の如き一撃を頭に受け、チェザの身体が地面に伏した。
●チェザ・チェレ
黒い拳が籠手を打つ。
人間を凌駕した強靭な膂力による一撃だ。
けれどエッダは揺らがない。
まるで地面に根が生えたかのように、道の中央に立ちはだかったままチェダの連撃を捌き続ける。
「あは、あはははは! たぁのしぃなぁ!!」
「楽しい? お前の意志はそこにあるのでありますか」
「あはぁ、もちろ……ぐっ!?」
にやけたチェダの顔面に、鋼の拳が突き刺さる。
前歯がへし折れ、鼻は砕けた。
顔面を血に濡らしながら、けれどチェダは笑っている。
「虫の寝床として生きていくのも終わりであります。喜べよ」
淡々と。
そう告げたエッダの肩を、チェダの拳が打ち抜いた。爪のように形を変えた線蟲が、エッダの皮膚を深く抉る。
「エッダさん、レシピを届ける余裕はない。ここで破壊する」
「了解でありますよ」
懐からファイルを取り出したエッダは、背後へ向けてそれを放った。レシピを取り戻すべく、チェダは地面を蹴って跳躍。
けれど、チェダの身体が地場を離れるより先に駆け寄ったマリアが足の甲を踏みつけた。
「お返しだよ」
チェダの足を踏んだまま、マリアは体を縦に旋回。その顎へ爪先を叩き込む。
マリアの蹴りが、エッダの拳がチェザの両脇を打ち抜いた。肋骨の砕ける音が響き、チェダは思わず身体をくの字に折り曲げる。
「あぁ、チェザが吐き出す線蟲もまとめて葬らなければ、終われないな」
背後へ引いた細剣に、黒い魔力が纏わりついた。
刺突と共に放たれたそれは、地面を抉りながら直進。レシピファイルを千々に引き裂き、さらにはチェダの身体さえもを飲み込み、喰らう。
イズマの放った【黒顎魔王】に引き裂かれ、血を吐きながらチェダの身体が地に伏した。けれど、線蟲によって体が強化されているのかそれほどの重症を負ってなお、彼女はまだ生きている。
「あは、あははは。たの、たのし……」
「それは重畳。では、お覚悟なさいませ」
虚ろな瞳で空を見上げるチェダを見下ろし、その顔面へエッダは鋼の拳を叩きつけたのだった。
逃げる男を追うヴィリス。
その後方に続くルナの身体は、幾らか焼け焦げている。
倉庫の火事に巻き込まれたのだろう。
「くそ。いつまで追って来るつもりだ」
背後をチラを一瞥し、男は悪態を吐くが……反撃する気はとうの昔に失せている。
ただ、逃げることしかできないのだ。
逃げて、逃げて、逃げ延びて。
チェザ・チェレを連れて別の街へ拠点を移す。そうすれば薬の売買チームを再起できると、彼はそう信じているのだ。
けれど、しかし……。
「いつまでって? ここまでさ」
すれ違った痩身の男が、そう告げた。
気づけば男の手から持ち出したはずのファイルが消えうせている。
「な、いつの間に!?」
「そんなことも分からないから、三下なんでごぜーますよ」
耳朶を擽る女の声。
直後、首に衝撃を感じ男は意識を失った。
倒れた男を見下ろして、ジェームズ、エマ、チェレンチィは追って来るヴィリスとルナへ合図を送る。
「よぉ、助かったぜ」
「おバカな薬もこれで終わってくれるといいのだけれど」
レシピは奪った。
3つの拠点も既に落とした。
後はレシピをフロイラインの元へ運べば、それで任務は終了だ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
レシピは無事に回収し、フロイラインの手に渡りました。
また、薬の供給源であるチェザ・チェレの討伐も完了しました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
“フランシス”のレシピ×3の破棄(うち1つはフロイラインの元へ届ける必要がある)
●ターゲット
・チェザ・チェレ×1
黒い長髪、黒い肌をした筋肉質な女性。
いつも薄い笑みを浮かべており、どこかふわふわとした話し方をするという。
その身にはフランシスの原材料である“黒い線蟲”を宿しており、蟲の力を借りた常人離れしたタフネスと運動能力を誇る。
線蟲爪:物近範に大ダメージ、疫病、廃滅、必殺
両の手に展開した黒い爪による斬撃。
・フランシスの売人たち×?
フランシスの製造、販売を担うチンピラたち。
銃やナイフを保有している。
各拠点に10~20名ほどが待機しているようだ。
暴漢の暴力:物単中に小ダメージ、出血
・フロイライン
鉄帝国の戦場を渡り歩く女医師。
彼女は命を救いたい。
兵士であれ、平民であれ、貴族であれ、貧者であれ、区別なく目の前でそれが失われようとしているのなら手を差し伸べずにいられない。
今回は“フランシス”に侵された者を治療するため鉄帝国のとある街を訪れた。
・フランシス
街で最近出回っている薬物。
服用したものに幸福な夢を見せる効果があり、飲用を続けるとフランシス無しでは生きられないようになる。
また、服用を続けることでフランシスの見せる夢から目覚めることはなくなり、最終的には体内で線蟲が増殖。
筋肉を肥大させ、しばらくの間、宿主を暴走状態に陥らせる。
●フィールド
鉄帝国のとある街。
街の地下には膨大な数のパイプが張り巡らされており、絶えず蒸気が循環している。
蒸気のおかげで街はいつでも暖かく、街の住人たちはそれを生活に利用している。
街の東側には病院があり、フロイラインが待機している。
フランシスの製造工場は以下の3ヶ所。
・1ヶ所は街の南外れにある廃工場。周囲に人の気配はない。
・1ヶ所は街の中央付近にある工業ビル。周囲は人通りが多い。
・1ヶ所は街の地下にある蒸気機関の心臓部。街の地下、心臓部は中央部から僅かに西へ寄った位置にある。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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