PandoraPartyProject

シナリオ詳細

まだ宵ながら、明けぬるを

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「春に、また――お会いいたしましょう。わたしを慈しむあなた様」
 そう告げた乙女は紅色の瞳をすう、と細めた。獄人たる『客星』の御子に合わせ、柘榴色の角を己に飾った美しき精霊はこの地を彼と共に治める日々を愛し、尊び、眠りの冬を越える事を願っていた。
「有里耶」
「はい。何でございましょう。わたしを慈しむあなた様」
「……君は知っているだろう? 精霊(かみさま)と呼ばれし存在と我々には命の物差しが違うのだと」
「……ええ、存じております」
 乙女は――有里耶は気づいていた。
 年老いて皺の刻まれたその腕が、桜の大木を撫でる心地よさ。うっとりと目を細めながらも、聡い女は目を逸らさぬ様に男を見遣る。
 慣れ切った男との別れが今年は違った意味を孕んでいるという事等、とうの昔に気付いていた。
「有里耶」
「……何時だって待っております。わたしを慈しむあなた様。
 あなた様が、もう一度この地に訪れるその時まで、わたしは、客星を護り続けましょう」

 ――季節が何度巡ろうとも、彼はもう二度とは戻ってこない。
 それでも、彼が愛した此の地を護り続けたいと女は願っていた。獄人であった彼が護り続けた辺境の此の地を。
 夏の気配を孕んだ雨露が天より毀れ落ちる。狂い咲いた八重紅枝垂。
 風に揺らいだその花は、桜雨となり散らしていく。花が咲いている間だけ、女はその姿を覗かすことが出来た。
 妖の気配が程近い。見ている事しかできない事を酷く悔んだ。

 あなた様の愛した地がけだものに蹂躙されて行く。ああ、ああ、見ている事しかできぬこのからだなど――
 所詮、わたしはただの精霊。大した力もございません。
 せいぜい出来るのは、八重紅枝垂を狂い咲きさせる程度。
 それでも、あなた様の愛したこの場所を、唯、護りたかったのでございます。


 客星の座と呼ばれしその場所は神威神楽ならではの神話が残されていた。
 その地を護りし精霊の娘の悲恋。稀人たる己を愛してくれた彼との恋は余りに苛烈で、余りに悲哀なるものであった。
 故に、その地には彼女を祀る社が建てられた。戀ひしと彼を求めた彼女が此の地に幸いを齎してくれると信じて。
 境内に残されし八重紅枝垂。季節を狂わし咲き誇るその時に、彼女が目覚めると今も物語られながら――

「――と、語られる物語の精霊がいる、と」
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の問い掛けに頷いたのは山田・雪風 (p3n000024)であった。
 神威神楽も梅雨の季節となった。夏にも近付くその頃に、ある辺境の山に八重紅枝垂が狂い咲いたのだという。
「八重紅枝垂が咲くときにだけ、その精霊が顕現すると言伝えられているんだけど。
 今、狂い咲いたと言う事は屹度、その地に何かがあったのだろう、って。それで調査したんだ」
 無数の妖がその地に現われた、という。だが、精霊はかみさまなどではない。その妖を退ける事は難しいのだろう。
 妖は花を食す。卯の花も腐る長雨に、養分を失いその地へと辿り着いたのだろう。
 花々が季節を外して咲き誇る『客星』と呼ばれた辺境をその無尽蔵なる胃袋で喰らい尽くす。
 自然の摂理でありながら、その地を愛した精霊には耐え難かった。
 護り手であった獄人の青年は死して長らく。精霊が育んだ花々が夜闇に紛れて喰らい尽くされて行く。
「物語の通り、精霊は獄人の青年に恋をしたんだって。
 稀人――ううん、人でもない彼女を、ただの精霊を『かみさま』と呼んで尊んでくれた。それから、彼は長く生きる彼女と愛を育んだんだって」
 それでも、残された精霊にとって、その愛は縛り付ける呪いの様だった。
 忘れてしまいなさいと彼が死した後に村の人々は言った。彼と同じ血を引く娘は死した兄を愛し続ける精霊が不憫であった。
 彼の為に此の地を護りたい。そうやって願う彼女は、己が力を振り絞り、此の地と共に死んで行く。
 八重紅枝垂が枯れた時に彼女は消え失せてしまうだろう。それでも、此の地を護る為に彼女は残り僅かな力で花開いた。
「……妖が荒らし回っている。それで、精霊が失せてしまうのはあんまりな話だ」
 ベネディクトの言葉に雪風は頷いた。
 愛しい人のために、花を咲かせて――寿命を縮めてまでも、助けを呼んだ彼女。
 雨で流されていく花弁に、己の無力さを感じながら。それでも、彼の為に彼女は待ったのだ。
「夜になると現われるっていう妖を倒してきて欲しいんだ。
 精霊にとって、あの地は愛しい人の愛した土地で――彼との思い出の場所だから。
 ……昼に、『客星の地』に向かってみて欲しい。屹度、彼女と……精霊『有里耶』と会えるから」

GMコメント

 日下部あやめと申します。

●目標
 妖の討伐

●客星の座
 かくせいのざ。神威神楽の郊外に位置する神域とされた辺境の山に存在するお社です。
 昔々の御伽噺で精霊がその地を浄化したとされてお社が建っています。本来の物語は精霊と護り手の青年の悲恋でした。
 獄人の青年は死して、長らくを八重紅枝垂となった精霊が過していました。
 花々が季節外れに咲いて長雨を受ける小さなお社です。
 その中でも一等美しい八重紅枝垂が精霊・有里耶です。

 夜になれば花を喰らう妖が姿を現します。できるだけ社と此の地を整えたまま、討伐してあげて下さい。

●花喰い妖 5体
 名も知れぬ妖です。大鼬を思わせます。花の蜜を吸い、根を喰らい、花弁で己を着飾る習性を持っています。
 紫陽花で飾られたその身体。長雨で花が減り、此の地を訪れたようです。
 花を喰らう度に体力を回復し続けます。客星の座は花々が咲き乱れているために彼等は常時回復しているような印象となります。

●精霊『有里耶』
 客星の座に咲き誇る八重紅枝垂は彼女の化身です。その力動くことの出来ない精霊。花を咲かせる力を有しています。
 彼女の力によってこの場所には様々な花が季節を問わずに咲き誇るようです。
 愛した人の為に、此の地を護り続けています。彼が、この世にいなくとも。己の力が尽きるまでは花とともにありたい。
 そう願い続けます。それが『彼との約束』。
「あなた様が、もう一度この地に訪れるその時まで、わたしは、客星を護り続けましょう」

 昼間に訪れることで彼女と会うことが出来ます。不安に思っている彼女を安心させてあげて下さい。
 愛した人が死した事に気付いている聡い彼女一人は、深い悲しみを抱いて居ます。
 それでも、此の地を護りたい。しかし、彼女一人では護り続ける事はできないのです。

●護り手の一族
 獄人一族。『客星』の程近くの村に住んでいます。有里耶の愛した男の家族やそれに連なる子孫が護り手ですが、神威神楽であった動乱以来怯えてしまって外に出ておりません。
 彼等の中に、宵(よい)と言う名前の少年がいます。有里耶の愛した青年に良く似た少年です。
 少年が八重紅枝垂の狂い咲きに気付き、助けを求めてくれたそうです。
 視したことを知りながらも彼を待ち続ける有里耶にとって宵は、一つの『おわり』を与えてくれるかも知れません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • まだ宵ながら、明けぬるを完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年06月30日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳
江野 樹里(p3p000692)
ジュリエット
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
八重 慧(p3p008813)
歪角ノ夜叉
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
ブライアン・ブレイズ(p3p009563)
鬼火憑き
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標

リプレイ


 狂い咲いたその花は、白雪の如き儚さに。白露の如き強かさに。春霞みの如き絢爛さを兼ね合わせる。
『客星の座』――その地に座した精霊は。

「悲恋の伝説……か。確かにそうかもしれん。だがこれは悲劇ではない。いや、悲劇にはさせない」
 幾重にも自分の言葉を言い換えて。固い決意を胸にした『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)は呟いた。
 エーレンにとって人為らず者と人との戀心に触れる機会は多かった。故に、彼女の悲哀を其の儘にはさせまいと決意をしたのだろう。
「悲恋話に登場する女精霊にしては随分と毒が無いな。
 気に入った男を頭からバリバリと食べるとか、そういう連中なら元の世界で嫌と言うほど覚えがあるけどよ」
 ジョークを重ねた『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)はけらけらと腹を抱えて笑ってみせる。冗談だと『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)に笑いかければ彼は柔和に笑みを返した。
「わかってるって、今回の相手は"お上品"なんだろ? きっと美人に違いない! やる気も上がるぜ!」
 そのかんばせに滲んでいた僅かな気配。それはベネディクトが内心に抱える寂寞と同じであったのだろう。
 彼と彼女は生きる時間を違えていた。娘にとっての刹那の瞬きは男の一瞬であったのかもしれない。それでも触れも出来ない指先を合わせることを願ってしまったのだ。互いを思い合った彼等は、一方は逝き、一方は孤独を知った。それが悲恋と称され終わってしまうのはどれ程に寂しいか。
「叶うなら、今日の日を以てこの物語が良き終わり締め括られる様に」
 その呟きにブライアンはちら、と視線を溢してから頷いた。冗談半分の陽気さを飲み込んだ心は『花の最期』を知っていた。
 枯れない花も無ければ、人は何時か死ぬ。それが定命と云うならば。足掻いても精霊の望みは叶わない。必要なのは彼女と共に悲しむことではないと、知っていた。
「異種族故に互いの寿命差が枷となる……彼女の痛みが伝わるからこそ、このまま終わらせない。必ず救ってみせます」
 澄んだ青い空の色を。その双眸に宿した『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)はゆっくりと客星の地へと踏み入れた。
 ざくり、と土の音を立てる。「綺麗な花じゃねぇか。季節は外れてるが立派なモンだ」と、『仁義桜紋』亘理 義弘(p3p000398)は手を伸ばす。
 それが精霊がいのちを燃やした結果であれば、花を愛でる気も僅かに薄れる。命短し恋せよ乙女とは云うが、それがこんな形で燃え尽きることはどれ程に悲しいか。
「ご案内を申し上げる。八重紅枝垂の精。我々はこの地の妖を討伐すべく遣わされた。願わくば一時の御目通りを」
 地を護りし精霊――土地神へと尽す礼はエーレンにとっての必須事項であった。青年の声に、淡く桜が舞う風が変わる。
「有里耶様は此方にいらっしゃるのでしょうか」
 桜吹雪の中を進みその名を呼んだのは『ジュリエット』江野 樹里(p3p000692)。射干玉の髪を煽った花風の向こう側に真白の娘が姿を現した。舞い散る花々の中で静謐讃えた紅霞の眸が憂いを乗せる。
「……あなたが神使と称させる者ですか」
「ああ。初めまして、俺はベネディクト。貴女が助けを求めていると聞いて、力を貸しに来た」
 静かな自己紹介の傍らで『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)は頭を下げる。此方を伺う眸に、値踏みする色が宿されたのは其れだけこの地が大切だからだと感じさせて、唇を噛む。
「……素敵な場所ね? 夜になれば、此の地を襲う妖を倒すわ。けれど、その前に……アンタの話を聞いても良いかしら?」
 悪戯めいて微笑んだ『ヘリオトロープの黄昏』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は琥珀色の瞳に穏やかさを讃えた。
 戀(こい)とは――いとしいとしといふこころ、と『解いて』行く。心に蓋をした恋など必要は無いのだ。正解なんて何処にも無くて、大切なのは航海をしないこと。
 誰に何を言われようとも。精霊と人であるからと、諦めてばかりでは何処まで行っても幸福になどなれないから。
 ――しあわせな恋でした。
 そう、彼女が言えるような。堂々と胸を張って『彼』を愛していられるような、おはなしになることを。そう、願って。


「此の地の異変にあなた方が気付いてくださったのですか?」
「いいえ、地を護りし宵と名乗る少年に、遣わされました。客星に座する八重紅枝垂の精よ。必ず社と花を守り抜くことを誓います」
 静かに頭を垂れたエーレンに精霊は「有里耶で構いません」と柔らかな声音で告げた。その名は彼女の愛した人が彼女を呼んだ名であったそうだ。
「アリヤ――Hey! アンタが噂の精霊サン? ワォ !想像してたより百倍はキュートだなオイ! 見惚れるぜ!
 アンタを愛した男っていうのも中々イイ趣味をしてる! ……で、だ。俺たちは依頼を受けてアンタの助けに成りに来た。どうだ?」
 あの村から来たんだ、と微笑んだブライアンに有里耶は「あの村に」と驚き瞳を見開いた。目が覚めて護り手の『彼』が去ってから――孤独が身に寄り添っていようとも、彼の思いが受け継がれているというのか。
「わかるか? アンタを想うヤツは、アンタがずーっと待ってる男だけじゃあないのさ。
 少し待ってな。この綺麗な景色を食う無粋な連中をぶっ飛ばしてきたら、証明してやるよ――アンタは独りじゃないってなァ! ハッハー!」
「わたしは一人ではないのですか」
 乙女の、問うた言葉に慧は「ええ」と頷いた。彼女が此の地を護ってきたからこそ、此の地は『二人の愛した場所』であったのだろう。
 だが――此の地を愛する人々は彼と彼女の二人だけでは無い。彼の一族は此の地を愛し、慈しみ麓に棲まっている。二人の心を護るが為に。
「お二人が愛したこの地は今も有り、この地を愛する人々も増えたのだと思います。
 あなたの為にも人々の為にも、風情のねぇ散らせ方はしませんよ……誰かとの思い出の地を守りたい、ってのには少し共感もありますしね」
「そう、そうなのです」
 慧は「え」と顔を上げた。目を見開いた女の白い頬につうと涙が伝う。何かを思い出したように万感が溢れ出し。
「わたしは『此処に存在(あり)や――』……故に、私は里共に住まいし精霊、有里耶、と。
 ああ……わたしを慈しむあなた様、今日に至っても、わたしはあなたが共にと願った里と『存在(あった)』のですね」
 彼女の涙を見て、ベネディクトは彼女の思い慕うという『彼』の事が気になった。どの様な人であったのだろうか――
「不安、だったのですね。……人と精霊の在り方は違うもの。
 人と精霊と受理の狭間に揺蕩うものとして、その在り方を私は肯定しましょう」
 樹里は有里耶の涙を眺めて目を伏せた。ジルーシャは唇を震わせる。
 在り方。ありや。存在の肯定が、彼女という存在を愛してあげられるならば。
「人々が忘れろというのならば、むしろ彼の愛した景色……彼の愛した貴女は此処に在るのだと、咲き誇り。逆に人々の記憶に焼き付けてやるのです。
 忘れてくれるな、と。ここに貴女達が愛したものはあるのだと。最期に笑って、散り往くその瞬間まで――えぇ、えぇ。私は、それを肯定しましょう」
「けれど、有里耶ちゃん。時分のことも、大事にしてね? アンタは、アンタの好きな人にとって大事な存在なのよ。
 だってこんなに綺麗な場所(さくら)なんだもの。きっと空の上……有里耶ちゃんの好きな人からも、見えている筈よ。
 だから……ね、顔をあげて頂戴な。大丈夫、アンタも、アンタの想いも、絶対に無力なんかじゃないわ」
 ジルーシャの言葉に、はらはらと舞い散る紅の色に白が混じった。それが、彼女の感情を表すように、乱れては散って、揺れて落ちて往く。
「わたしを慈しむあなた様――見えていらっしゃるの、ですか」
「ええ、有里耶ちゃんの好きな人は、きっとこの桜が好きよ」
 涙を流さないで。そうは云わなかった。美しい、桜。愛おしい景色。その命が尽きたことも彼にとってはどれ程の悲しみであっただろうか。
 ――有里耶が一人になって仕舞う。
 そんな風に彼は後悔したのだろうか。死に別れると言うことがどれ程の傷になるのかを、知っているからこそ。
「貴女が彼と交わした『約束』を守る為、尽力致します。美しい花は人の心を癒してくれる。
 貴女はただ、そこに居るだけで尊く人の心を動かせる存在です。……だから、どうか自棄にだけはならぬ様に。貴女を支えてくれる人達の為にも」
「ええ」
 ルーキスは、頷いた彼女にできるだけ早く終わらせると願った。その横顔を見遣った義弘は彼女はもう、永くは無いのだろうと感じていた。
 美しすぎた季節外れの桜は、彼女の命を吸うように咲き乱れる。助けを求めたその花が――『有里耶』が終わってしまう可能性とて程近い。
 ベネディクトは問うた。不躾な質問かも知れない、と。憂いの色に滲んだ切なさに義弘は目を逸らさずにはいられなかった。
「……貴女に残された時間は、如何ほどあるのでしょう」
 女は――困ったように、笑った。幾許も持たないだろう、とは言えなかった。その花が咲き続けることはそれだけ女の身体を喰らうていくようなものだったからだ。


 花を喰いて咲き乱れる。鼬の身体に咲き誇った紫陽花を鼻先で感じた義弘はその耳で接近を識る。ずるり、引き摺る音一つ。其れさえも不快感を感じさせ。
「乙女の恋心を踏みにじる悪い子たちには、お仕置きしてあげなくっちゃ」
 漂う花の香りを感じ取りジルーシャは精霊が為に響かせる。その音色を好ましく感じ取ったのはリドル。チャーチグリムは影に潜んで小さく笑う。
 暗がりに目をこらしていたベネディクトは周囲に保護を広げてから小さく頷き飛び出した。慧が知恵を活かし、この辺りの花々ならば強かであると告げた僅かな広間だ。
 樹里の輝きを受けて、より鈍く光った青銀の槍。飛び出すベネディクトに続くのは瑠璃雛菊を飾った刀を振り抜いたルーキス。
 地を蹴り、花を喰らう妖へと接近する。毒空木、邪の道を行くならば剣さえも邪であれと師の笑う声が耳を打つ。
「――鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。これ以上花を喰いたいのならば自分たちが血の華になる覚悟はできているのだろうな」
 ベネディクトと同じく。声を張り上げて狙い定めたエーレンは地を蹴った。居合の型は変幻自在な邪剣と化して。
 紫陽花の香りが鼻先を突く、溢れんばかりのその気配にむ、と唇を尖らせたエーレンの傍らに身を投じたブライアンは『斬鬼』と銘打った大業物を振り上げた。
 最後の瞬間に納得を与えてやりたい。あの涙を流した美しき精霊を思う内心は悟られぬように盾となる。終末医療は医者の領分であろうとも『多少の心』位ならば救ってやりたいのが男心だ。
「約束したのさ。綺麗な景色を喰らう無粋な連中なんざ、さっさとぶっ飛ばしてやるってな!」
 跳ねる声音に小さく頷いて宵は支援号令を掛けた淡き花をベネディクトへと授ける。一輪の草は名を掌から生じさせた慧の花は仲間を癒す気配を讃える。
 拗くれた角は血脈の呪いによるものだ。そんな自分でも誰かを慮れると、その心に呼応した花は美しくも前線を走り抜ける騎士へと勇気を咲かせる。
 どこもかしこも絢爛に。「右だ!」と叫んだ義弘は腕力を活かして鼬へと叩き込んだ。
 花の気配が身体を包み込む。身に痺れを与えたのは花粉か――だが、ソレさえも拭い去るように義弘は吼えた。
「行かせるか――!」
「ええ。行かせません。――合いました。樹里大魔法、点火。
 一つ撃っては有里耶様の為、一つ撃っては『彼』の為、一つ撃っては此の地の為。
 届かぬものを届ける為の我が砲、その道を切り開き導く、私の在り方。
 有里耶様が悲しみに捕らわれず。最期まで自らの在り方を誇れるように……私も自らを貫きましょう」
 義弘が後方へと下がる。目映い光が、樹里(受理)の究極浪漫を放つ。祈りが通じるように全力全開の一撃。
 其の光に鼬のその身がごろりと転がり、義弘は次だと叫ぶ様に後続の鼬へと拳を叩き付ける。
「ここに咲く花は有里耶ちゃんの想いの形、アンタたちの餌なんかにさせるもんですか!」
 竪琴が音鳴らす。その音色に重なるように表せた精霊は悪戯めいて毒の気配を放つ。
「この場所は彼女らにとっての大事な場所だ。荒らさせる訳にいかない!」
 ベネディクトは叫ぶ。大鼬の花が槍の先で踊った。引き寄せて、受け止める。その身全てを盾とするかの如く。
 踊る精霊達が傍らで微笑んだ。綺麗な花だと揶揄うような、そんな気配。ジルーシャは「お花は綺麗だけれど、悪戯はダメよ?」とその声音で擽った。
 精霊達も力を貸してくれている。なんと心強いかと、月色に彩を返したベネディクトは踏み込んだ。
「喰わせぬ。これは大事な花だ。数百年に渡る想いの表れだ」
 エーレンの居合が大鼬の花を散らした。花ならば、己の剣にも宿っているとルーキスはまじまじと花を喰らう物の怪を睨め付ける。
「花を喰らいたくば、代わりに我が刃と技を喰らうといい。幾らでも差し上げましょう」
 ルーキスが引き付ける。その傍らでブライアンは行く手を遮った。消耗など度外視で、全て護る為に盾として己の身をその場に縛る。
 それは慧とて同じで会った。庭師である彼にとって無遠慮に花を毟ることは許せない。樹里は承ったというように、『全力』を其の儘に放った。
 光の奔流、溢れる一撃。
 祈りを込めた祝砲が貫く――その随に、義弘は言った。彼女の花を傷付けたくはあるまいと。
 その目が見据えた闇の奥深く、泣き出しそうな程にかんばせを歪めた精霊は感謝を捧ぎ手を組み合わせていた。
(華も心意気も守らにゃあ男が廃る。その命、しっかりと護って遣ったぜ……?)
 光を受けてひらひらと。舞踊った花弁に。
 義弘は小さく笑う。眼前の花喰らいの物の怪はぐたりと倒れ紫陽花の花散らす。
 その雨花は何処で喰らってきたのだろう。雨上がりの気配を遠ざけて――その獣ごと散り消えた。


「終わったよ、妖があの場所を荒らす事はもう無い。……会いに行ってあげてくれないか? 彼女はずっと待っている様だから」
 ベネディクトの問い掛けに宵は驚いた様な顔をし、そして直ぐに戸惑いをそのかんばせに浮かべた。
「事態に気付いて、助け求めてくれたことにまず感謝を」
 いいえ、と首を振った少年に慧は「大事な事っすよ」と穏やかに告げる。彼がいなければ自分たちは此処には来なかったからだ。
「全く荒らされずにというのは難しいっすから、荒らされた場所を復活させるのは護り手の一族の仕事になるでしょう。
 ……これからも精霊とこの地を支えるってのは、宵さん達だからこそできることっす」
 慧へと照れくさそうに宵は笑った。客星の座に『昇る』事を進めるルーキスは有里耶が待っていると、囁いた。
「彼女の時間は愛した人が死した時から止まっているのでしょう。だから伝えて欲しいのです。彼女を想い、護る人間が今も居るという事を」
「紅枝垂様は僕と会って、悲しみませんでしょうか」
 そのかんばせが彼に似ているから――その理由に気付いてからベネディクトは「大丈夫さ」とその背を撫でた。
「お前にとっちゃ、その顔が思い出させるかもと思うのかも知れないが……大丈夫だ。あの精霊は強かだ。それに、残された時間くらい、好きに使わせてやれ」
 義弘に、宵は頷く。上る道は平坦ではない。それでも、舞う桜の花が誘うように優しくて。
「人の命は短いが、想いはこうして繋がっている。良ければこれからも彼らと社を見守っていかないか。
 ……こう、信仰の祭りとかしたら元気にならないか、神様というのは」
 告げるエーレンに宵は「紅枝垂様は、お喜びになるか分かりませんから」と肩を竦めた。彼女に問うて、花を愛でる日が来るのも良いのかも知れない。
 樹里は「ほら。待っていますよ」と微笑んだ。途惑う宵に「シャンとなさいな」と背筋を叩いてジルーシャは進むようにと促して。
「貴女が彼と過ごした日々は『呪い』なんかじゃ無い。忘れる必要も縛られる必要も無いんです。貴女を想う人達と共に、どうか末長くこの地を見守って下さい」
 宵の背をそっと押したルーキスは彼の背を見送る。精霊達がジルーシャの演奏に合わせて、彼の手を引いて進み行く。
 花咲くその場所に、『嘗て彼女が夢に見た』光景を広げるように――舞い落ちる花々。

「わたしを慈しむあなた様……ああ、どうして……。
 あなた様のこころは、あなたに繋がり、里と共にわたしは未だ会ったのですね」
 まだ宵であった気分であった。けれども、その夜はもう明けて――新たな命が芽吹くその歓びに。
 舞踊った花々は、彼女の命。「紅枝垂様」と呼んだその声に、精霊は微笑んで。
「今暫く、私は此処で眠りましょう。季節が巡り春が来たならば――また、お会いしましょう。わたしを慈しむあなた様方」
 乙女の視線が、神使へ向けられて、その紅玉の眸が花瞼に隠される。
 花は――瞬く間に静けさを取り戻し消えていた。指先で拾い上げたそれさえも、形を残さず白雪のように融けて。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加有難う御座いました。
 彼女にとって、幸せなおわりとはじまりがきたのではないでしょうか。

 またご縁が御座いましたら、お会い致しましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM