PandoraPartyProject

シナリオ詳細

雨の下にひとりぼっち。或いは、外には夏の雨が降って…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●この雨にやられて
 夏の始まり。
 雨の季節。
 ところは練達、再現性東京。
 しとしとと、数日降り続けた雨のせいか、町の雰囲気は陰鬱かつ、酷く淀んだものだった。
「辛気臭ぇな。誰も彼も、足元ばっかり見て歩いてやがる」
 湿った髪をかき上げて、ニコラス・コルゥ・ハイド (p3p007576)は吐き捨てるようにそう言った。
 雨の中、外を出歩く者は少ない。
 そして、ニコラスのいう通り、誰もが何かに怯えるように身を竦め、陰鬱な顔で足元ばかりを見て歩く。
「仕方ないだろ。空がこんな有様じゃぁな」
 そう言ってカイト (p3p007128)は視線を空の方へと向ける。
 灰色の厚い雲。
 絶え間なく降り注ぐ雨粒に辟易したのか、ほんの小さな溜め息を零す。
 時期柄仕方のないこととはいえ、この季節は僅かばかりの青空も見えなくなるせいで、どうしても町全体の雰囲気が暗くなるものだ。
「理由はそれだけでは無いのでしょう。誰もが皆、怯えているのです」
 と、そう言って日車・迅 (p3p007500)は足元に落ちた新聞を拾う。
 濡れてインクの滲んだそれの一面には、満面の笑みで笑う少女の写真が掲載されていた。
 けれど、煽り文句や本文は“笑顔”とは程遠いものだった。
「“5人目の失踪。またしても少女が姿を消した!!”ね……これが、一週間ぐらい前の新聞か」
 迅の手から新聞を取ったニコラスは、忌々し気に顔を歪めてそう告げる。
 
 一行が町を訪れたのは、件の“連続少女失踪事件”の調査のためだ。
「犯人の手がかりはなく、未だに失踪者は増え続けるばかり。家族や友人の気持ちを思えば、何の手掛かりも得られていない現状が悔しくて仕方がない」
 シューヴェルト・シェヴァリエ (p3p008387)は唇を噛み締め、思わずといった様子で言葉を漏らす。
 町を訪れてから3日ほど。
 行方不明の少女の居場所は分からないまま、つい昨日も新たに1人が姿を消した。
 行方不明になるのは決まって10歳前後の少女ばかり。
 雨の日に、傘を差して外に出たきり戻ってこないというものだ。
「ちっ……。とにかく、俺たちまで辛気臭い面しててもしょうがねぇ。ここからは手分けして探すぞ。せめて、これ以上誰も行方不明にならなることが無くなるよう、警戒も怠るな」
 ともすれば暗くなりがちな声音を、無理に明るいものへと変えてニコラスは言う。
 口元に浮かんだ小さな笑みは、彼らしくもなく弱々しいが、それでも多少は場の空気を明るいものへと変えられただろうか。
「どれだけか細い可能性だとしてもそれが活路を開くのならば……」
 誰にも聞こえぬように呟くその言葉こそ、ニコラスの矜持に他ならない。
 未来を掴み取るために。
 そう決意し、雨に濡れることも構わずニコラスは町を駆け回る。
 迅も、カイトも、シュヴァリエも。
 夜も深くなるまで、彼らは調査を続けた。
 そんな彼らの努力をあざ笑うかのように……。
 翌日未明、少女の遺体が公園の花壇で発見された。

●いつまでも続かない
 数日ぶりに雨が止んだ。
 頭上に視線を向けてみれば、ほんの僅かだが青空さえも覗える。
 けれど、それを喜ぶ気にはなれなかった。
「刃物で斬られたわけじゃないね。ねじ切られている……のかな、これは。【必殺】や【崩落】はほぼ確定だね」
 なんて、土に塗れた少女の遺体を覗き込みシキ・ナイトアッシュ (p3p000229)は囁くようにそう告げた。
 処刑人として、多くの首を刎ねて来た。
 そんな彼女が言うのなら、その見立てに間違いはないのだろう。
「っ……」
「おい、大丈夫か?」
「……うん。平気。少し、雨の音が聞こえただけ」
 ニコラスの問いに、シキは笑顔でそう返す。
 雨の音。
 『自分は人を殺した』と認識する度に、シキはその幻聴を聴く。
 雨など、夜明け前にはあがったというのに。
「それにしても、酷いものだね。死体は土に混ぜ込まれている。わざわざバラバラにした死体を撒いてから“加工”したんだ」
 ほら、と。
 星影 昼顔 (p3p009259)の指さした先には、塊になった土がある。
 少女の死体のその一部、球状に形成された土塊がちょうど目の部分に詰め込まれていた。
「何かの作品のつもりか、それとも彼女は“はずれ”だったってことかな……」
「どういうこと、だ?」
「エクスマリア氏。それにエル氏も……戻って来たんだね」
 公園へと戻って来たエクスマリア=カリブルヌス (p3p000787)とエル・エ・ルーエ (p3p008216)の姿を認め、昼顔は難しい顔をする。
「どうかした、か?」
「あぁ、いや……拙者の予想でしかないんだけれどね」
 と、ほんの少しの間、口の中で言葉を転がしてから昼顔は自身の考えを語る。
「姿を消したのは一定の年齢の少女ばかり。決まって雨の日の犯行だろう? こういうことをする奴は何か1つのことに固執する傾向にあるんだ」
「何らかの“条件”を満たしたから、連れ去られた、か。そして、彼女はその“条件”から外れてしまった」
 だから、処分されたのだろう。
 解体し、その後、形成に至った理由までは分からない。
 けれど、少女が命を落とした理由の一端をエクスマリアは理解した。
「他に行方不明となった8人はまだ生きているかも、な。“はずれ”と判断されれば、こうなるのだから」
 未だ消息の知れぬ8人に関しては、現状まだ“はずれ”と認定されていない可能性が高い。
 “はずれ”と認定されれば、その者は命を落とすのだろう。
 逆に言うなら“はずれ”と認定されない限りは、命を取られることがないということだ。
 もっとも、エクスマリアや昼顔の予想が当たっているとも限らない。
 そして、それはつまり“あたり”を引くまで行方不明者は増え続けるということでもある。

「待ってください。それって少女たちが“人”に攫われたと仮定した場合の話ですよね?」

 昼顔の話に耳を傾けていたエルは、ふと思い出したようにそんなことを呟いた。
 皆の視線が集中するのを確認し、エルは次の話を述べた。
 それは、公園に来る前に彼女が聞き取ったある噂話についてのことだ。

 足音も響かない雨の中。
 クスクスと、声が聞こえる。
 クスクスと、クスクスと笑う声がする。
 周りに誰もいないのに聞こえてくる笑い声。
 小さな子供の声のようにも、老いた老爺の声のようにも聞こえるという。
 その声を聞いてしまえば、もうおしまいだ。
「雨が終わると消えてしまう」
 まるで雨が人を拐ったかのように。
 或いは、雨に食われたかのように。

「っと、そうか。“夜妖”の可能性もあるか……」
「はい。エルはそう思います」
 ニコラスの目を覗き込みエルは言う。
 人間の力で、少女とはいえ人体をねじ切ることは難しい。
 けれど、それが夜妖であればどうだろう。
「不自然に血が少ないのもエルは気になります。【滂沱】と流れた血液は、一体どこへ行ったのでしょう?」
 降りしきる雨に流されたのか。
 それとも、別の方法で抜かれたのか。
「どちらにせよ、調査をする必要がある、な。これ以上、被害を増やさないために」
 そういったエクスマリアは、死体の顔へ手を翳す。
 優しく、その目に詰まった土塊を取り除くとそっと瞼を閉じさせた。
 ざらり、と。
 その指先に、何かが付いた。
「それは乾いた血か?」
「鉄の粉……にも見えるな。錆か?」
 エクスマリアの手を覗き込むようにして、シュヴァリエとカイトは言葉を交わす。

GMコメント

こちらのシナリオはリクエストシナリオとなります。

●ミッション
雨夜の行方不明事件の解決

●ターゲット
・雨夜の神隠し×?
ざーざーと、雨が降る。
ざーざーと、ざーざーと、雨が降る。
降りしきる雨が地面を濡らす。
足音も響かない雨の中、クスクスと誰かの笑う声が耳朶をくすぐる。
少女のようにも、老爺のようにも聞こえるそれが耳に届いて……。
雨が止んだ、その時に誰か1人が姿を消した。

正体不明。
雨夜にまつわる噂話。
【必殺】【滂沱】【崩落】の状態異常を付与することは判明しているが、威力、距離など詳細は不明。


・行方不明の少女たち
姿を消すのは決まって10歳前後ほどの少女たち。
雨の夜、傘を指して出かけて行ったっきり、彼女たちは帰ってこない。
確認されているだけで9人。
うち1人は、バラバラの死体として見つかった。


●フィールド
練達、再現性東京。
蒸し暑く、雨の止まない日が続く。
少女たちの住んでいた区画には、工場や空き地、団地、一軒家などが立ち並んでいる。
団地と工場、河川の中間にある小さな公園でバラバラ死体は見つかった。
・団地の並ぶ区画
・工場、倉庫の並ぶ
・一軒家の並ぶ区画
・団地と工場を隔てるように河川敷
・団地の外れ、河川敷からほど近い場所に公園がある

※連日起こる失踪事件に辟易し、近隣の住人たちは気が滅入っている
※また、誰が子供たちをかどわかしたのかも不明なため、疑心暗鬼に陥っている者も多数
※警察や有志の大人たちが見回りを行っているが、成果は芳しくないようだ


●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 雨の下にひとりぼっち。或いは、外には夏の雨が降って…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年06月20日 21時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
エル・エ・ルーエ(p3p008216)
小さな願い
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
星影 昼顔(p3p009259)
陽の宝物

リプレイ

●悔しくてやりきれない
 雨が降る。
 ざーざー、ざーざーと、雨が降る。
 それは生ぬるく、地面を濡らす。
 人気のない公園に、『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は1人立ち尽くす。
「やりたい事がどんだけあったろうな」
 少女の死体は既に回収されている。
 花壇には、現場維持のためビニールシートがかけられていた。
「どこのどいつか知らねぇし、何を考えてるかもわからねぇ。何が面白くて嗤ってやがる」
 けれど、ただ1つだけ。
 痛いほどに。
 苦しいほどに。
 理解できることがある。
「怖かったよな。苦しかったよな……お前も、残された親も。けど、死んじまえばそれで終わりだ」
 二度と恐怖を感じることもない。
 痛みに涙を流すこともない。
 悲しみは、いずれ時間が薄れさせてくれるだろう。
 だが、しかし……。
「死人は人を殴れねぇ。だから……後は俺に任せとけ」
 低く、獣が唸るようにそう告げて。
 ニコラスは公園を後にする。
 雨粒が、彼の頬を伝って落ちた。

 工場、倉庫の並ぶ区画をニコラスと『雨は止まない』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は並んで歩く。
「こんな寂しい雨の中で、誰かが泣いているのだとしたら。あぁ、助けにいってやらなくちゃ……もう誰も、雨の日に泣いて欲しくなんかないんだ」
 辺りに人の気配はなかった。
 先だって遺体となって見つかった少女には、赤い粉が付着していた。それは錆に似ていたと『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は言った。
 錆といえば、鉄の多いであろう工場が怪しい。
 そう考えたニコラスとシキは、まっすぐ工場へやって来ていた。

 カイトと『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)は静まり返った住宅街を訪れた。
 このころになると、少女が姿を消すのは決まって雨上がりと既に世間に広まっているため、辺りには人の気配はなかった。
 それどころか、住居の中から笑い声の1つも聞こえない。
 怯えているのだ。
 恐れているのだ。
 自分の娘や息子が、ある日突然姿を消してしまうことを。
「やな話もあったモンだな。一人で居たら間違いなく『連れてかれる』手合の」
「……いったい何が潜んでいるのやら。まあ何であろうとこれ以上の犠牲者は出させません」
 足を止めた迅は視線を団地の掲示板へと向けた。
 そこに張られてるのは行方不明になった少女たちの顔写真。その数は3枚。実際は10名ほどの少女が姿をくらませているため、此処に張られているのはそのうちのごく1部でしかない。

 河川敷を歩む幼い少女が1人。
「犯人は、人か、夜妖か……いや、人が、夜妖を生む。或いは夜妖が、人になる。どちらでも、あり得る、か」
 黄色い傘が雨粒を弾く。
 長い豊かな金髪は、湿気を吸ってなまめかしくも輝いていた。褐色肌に小さな体の『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は実年齢はどうにしろ、見た目だけなら姿を消した少女たちと同年代に見えるだろう。

「そうだな……先日見つかった死体からしておそらく夜妖の仕業と考えたほうがいいだろう」
 片手に持った“aPhone”へ向け、『幻想の貴族騎士』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)は言葉を落とす。通話相手はエクスマリアだ。
 エクスマリアから幾分離れたバス停にシューヴェルトは待機している。
 ちらと空を見上げれば、厚い雲の向こう側に僅かな光が透けて見えた。
 もうじき、雨があがる。
 雨があがれば人が消える。
「……そろそろか」
 くすくすと。
 シューヴェルトの耳に、幽かな笑い声が響いた。
 笑い声に目を剥いたシューヴェルトの前を、黒いコートの男が1人、通過した。

『標的を発見した。河川敷へ来てほしい!』
 『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)の持つ“aPhone”からシュヴァリエの声が鳴り響く。
 最新版の10なので音は非常にクリアであった。
「来たよ。行こう」
「はい。エルの方でも、確認できました」
 昼顔の言葉を受けた『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)が深く頷く。エルがエクスマリアへ付けていた【ファミリアー】の鼠の視界を通し、エルが見たのは狂笑を浮かべた1人の中年男性の姿だ。
「……ひいろ、お願い。僕に飛ぶ力を!」
「エルは、こわい雨の日が、続くことを、止めたい、です」
 昼顔の傍を飛び回っていた炎の鳥が、彼の背へと取りついた。ごう、と空気が唸ると同時に昼顔の背に火炎の翼が現れる。
 飛翔する昼顔の後を追って、エルが駆けた。
 伸ばされた太い腕、広げられた大きな手。
『綺麗な目だ。あの日、俺に優しい言葉をかけてくれた時と同じ……』
 エクスマリアの首に手をかけ、そう呟いた男の顔。
 鼠の視界を通して、エルは確かにそれを観た。

●狂笑の黒い男
 垢っぽく、薄汚れた肌。
 ぼさぼさに伸びた手入れされていない髪。
 口元はべったりとした髭に覆われているし、纏うコートも泥や埃に塗れている。
 背丈は2メートルに近いだろうか。
「ぐ……ぁ」
「綺麗な目だ。君が見ていてくれるなら、俺はまた立ち上がれる。ほら、もっと大きく目を見開いて……あの時みたいに、優しい言葉を……」
 大きな手で、エクスマリアの細い首を締め上げる。
 ギリギリと肉が締まり、骨が軋んだ。
 小柄なエクスマリアの身体が地面を離れた。バタバタと足を藻掻かせ男を蹴るが、大したダメージを与えられてはいないようだ。
 暴れる拍子に、エクスマリアの懐から定期入れが落ちた。
「……不幸を呼んでくれるなら願ったり、だが」
 定期入れを一瞥し、エクスマリアはそう呟いた。
 
 持ち主に不幸をもたらす定期入れ。
 それを所有していたのは、エクスマリアだけではなかった。
「くっ……」
 エクスマリアへ向け駆け出したシューヴェルトの足元で、河川敷の地面が揺れた。
 長く続く雨によって地盤が緩んでいたのだろう。
 地面が崩れて、舗装された道に穴が空いたのだ。それに足を取られたシューヴェルトは、ほんの数瞬、出遅れた。
「あれは……夜妖か?」
 腰に差した刀を引き抜き、シューヴェルトは目を細める。
 雨に紛れ、気づかれないうちに至近へ迫ったその隠密性はなるほど確かに大したものだ。エクスマリアの抵抗を押さえ、首を絞めるその怪力や打たれ強さも常人離れしているだろう。けれど、その外見や、感じる気配はどうにも人に近しいように思われる。
「いや、関係ないか。どうであろうと突き進んでいくまでだ」
 地面の崩落により無駄に失った時間は数秒といったところか。
 その隙に、エクスマリアは男によって連れ去られていくが、まだ追いつけないほど離されたわけではない。
 そして、何より……。
「つらら、齧って!」
 霜の跡を地面に残し、疾駆する氷の兎が1羽。
 エルの生命力を糧に喚ばれた召喚獣“つらら”が、指示に従いまさしく脱兎と男へ迫る。エクスマリアを抱え、去っていく男の足元へ迫るとほんの刹那の間もおかず、その踵に喰らい付いたではないか。
 鋭い棘が、氷の歯が、男の厚い皮膚を貫き、血を流させた。
 たまらず男は姿勢を崩しその場に転倒。
 その拍子に、エクスマリアの小さな体は投げ出され、濡れた地面に転がった。
「あ……ご、ごめんよ。ねぇ、お嬢ちゃん、だいじょう……」
 足の怪我を放置したまま、男はエクスマリアへ向けて腕を伸ばした。
 その指先が、金の髪に触れる直前、ごうと空気が唸りをあげてエクスマリアの身体は火炎に包まれる。
「風よ吹いて。皆に恵みを齎す為に。炎よ燃えて。皆の苦境を焼く為に!」
 苦痛を焼き尽くす火炎を孕んだその風は、昼顔が巻き起こしたものだ。
 熱波に気圧され、男は思わず手を引いた。
 多少の距離を取ったまま、昼顔とエルは男の動向を見張る。
 元より彼らは前衛ではない。
 あくまで補助に徹するというのが、2人の共通認識にして基本行動であった。
「戦うのなら、エルは後ろから、攻撃します」
 自身へ【パーフェクトフォーム】を付与したエルがそう問うた。
 直後、リィンと鐘の音の鳴り響く音。魔力を孕んだ燐光と火炎の吹き荒れる中で、エクスマリアが身を起こす。
 男に締め上げられた首からは、滂沱と血が流れているが、それもじきに塞がるだろう。
「っ……マリアが抑える。気を付け、ろ。攻撃された瞬間、マリアはこいつの姿を認識できなかったから、な」
「あぁ、僕もだよ。確かに存在に気付いていたはずなのに……エクスマリアへの接近を許してしまった」
 エクスマリアが前方を、追いついてきたシューヴェルトが後方を塞ぐ。
 前進も後退も阻まれた男は、ぐしゃりと顔を歪めてみせた。それはまるで、今にも泣きだしそうな表情にも見える。
「どうして? どうして、皆、僕に酷いことばかりするんだろう……」
 なんて。
 男はさも、自身が被害者であるかのような声音と表情で、そんなことを言ったのだ。
 直後、シューヴェルトの視界から男の姿が消えうせた。
 まるで、空気に溶けるかのように……その存在を認識することが出来なくなった。
「なっ……!? エクスマリア氏!」
 昼顔が注意を喚起したが、間に合わない。
 再び伸ばされた男の手が、エクスマリアの首を掴んで……男はそのまま、何処かへ向けて駆けだした。

 身を寄せ合ってしゃがみこむ、10名ほどの少女たち。
 彼女たちの流した血で、埃だらけの汚い床はべったりと濡れていた。
 かなり消耗しているのだろう。見たところ、見張りの姿などはないが、誰1人として逃げ出そうとはしていない。
 それどころか、少女たちは笑っていた。
 怯えた瞳の、不格好な笑顔を浮かべていた。
「これは……一体、どういうことだろうね?」
 シキはそう問いかけたが、実際のところすでに答えに辿り着いている。
 笑っていないと、殺されるのだ。
 笑えなくなったから、公園に捨てられていた彼女は死んだのだ。
 涙を流す瞳は不要と、眼窩に泥を詰め込まれたのだ。
「……悪りぃな。助けるの遅くなっちまってさ」
 強く握ったニコラスの拳から、ぽたりと赤い血が零れた。
「私は連絡手段持ってないからニコラス頼んだ」
 仲間への連絡をニコラスに任せ、シキは一足先に倉庫内部へと向かう。長く、極限状態に置かれていた少女たちと相対するなら、男性であるニコラスよりもシキの方が不安や恐怖を抱かせにくいだろう。
「さぁ、逃げよう。大丈夫、守るのそんなに得意じゃないんだけどね? とかいってらんないからさぁ」
 もう、両親のもとに帰してあげるよ。
 そう告げるシキを見つめる少女たちは、けれどやはり怯えた顔で笑っていたのだ。

 エクスマリアが連れ去られた。
 その報告を聞いたカイトと迅は、男の進行方向から目的地を予想する。およその予想通り、男は倉庫へと向かっているようだ。
「倉庫ではニコラスさんとシキさんが子供たちの救助に当たっているはずです」
「子供らの衰弱が激して時間がかかりそうって言ってたか」 
「では、身体を張って時間を稼ぎましょう。その気になれば盾の1枚くらいにはなれると思います!」
「最悪始末しちまってもいいわけだしな。同業者だからこそ容赦はしてやれないし……まぁ、どれだけ『楽しかった』かも分かるが」
 河川敷から倉庫へ至る道の真ん中で、迅とカイトは肩を並べて振り返る。
 視線の先には、エクスマリアの首を掴んだ男の姿があった。意識をしっかりとそちらへ向けておかなければ、すぐにでも見失ってしまいそうな気配の薄さに怖気が走る。
 10名を超える少女を誘拐し、けれど1度も見つかることのなかった理由がそれなのだろう。他者に認識されないほどに気配を薄くすることが、男の備えた能力というわけだ。
「……お前は『警句』にして真実は猫箱行きだよ。サヨナラな」
 カイトと迅には目もくれず、男は倉庫へ向かって走る。その顔面へ向け、カイトは1枚の呪符を放った。空を斬り裂き、疾駆する符からは闇夜よりなお濃い“黒”が溢れる。
 男の身体を覆い尽くした黒は、瞬間、正方形のキューブを形成。数多の苦痛を内部の男へと与え続けた。キューブから伸びた腕には、ぐったりとしたエクスマリアが掴まれたままだ。
 自力での脱出は難しいとみて、迅は地面を蹴って跳び出す。
「今、助けます!」
 男の肘へ拳を打ち込み、迅は言う。
 長く強い力で掴まれていたせいか、エクスマリアの首は皮膚が裂け、血がとめどなく溢れていた。
「僕から、この子を奪わないで。僕にはこの子が必要なんだから」
 ミシ、と軋んだ音がして黒のキューブが砕け散る。内側からキューブを破り出て来た男は、左の腕で迅の手首を握りしめた。
 バキ、と。
 骨の砕ける音がした。
 裂けた皮膚から、骨の欠片が突き出している。血に濡れた手を押さえ、迅は思わず動きを止めた。
 直後、迅の側頭部を男の拳が殴打する。
 衝撃で、ほんの一瞬意識が飛んだ。その隙を突いて、男は再び走り出す。
 足止めのため、カイトは呪符を構えるが……間に合わない。
「同業者が幅きかせてるのは『面白くない』んだけどな」
 カイトの顔面を男は掴み、容赦なくその手に力を込めた。
 ミシ、と骨の軋む音が鳴り、カイトのかけたバイザーに罅が走る。
 指が食い込んだこめかみの皮膚は裂け、流れた血でカイトの頬から首にかけてが血に染まった。呻くカイトを力任せに放り投げ、追いかけてくる迅の足止めに使う。
 エクスマリアを引き摺ったまま、男は倉庫へ向かって行った。
「また、僕に優しい言葉をかけておくれよ。あの時みたいに。そうすれば僕は、また頑張れるから」
 なんて。
 朦朧とする意識の中で、エクスマリアは男の零した言葉を聞いた。

●全てが狂い始めた日
 かつて、彼には友がいた。
 親友だった。
 あの日、裏切られ多額の借金を負わされるまでは、心からそう信じていた。
 雨の季節。
 職も、金も、済む家も失い1人きり。
 衰弱し、病に侵された身体に6月の雨はひどく染みた。
 
 路傍に座る男の前に1人の少女が現れた。
 差し出された黄色い傘。
『大丈夫? 風邪引いちゃうよ?』
 きらきらとした瞳。
 無邪気な笑み。
 数ヵ月ぶりにかけられた優しい言葉。
 傘を置いて、少女は去っていったけれど……。
「あぁ、またあの子に会いたいな。また、優しい言葉をかけてほしい。そうすれば、僕はまだ頑張れる」
 そんなことを思いながら、彼は息を引き取った。
 強い願いは、やがて夜妖へと変わり……名も無き男は、雨上がりの怪異として、救われるために動き始めた。

 倉庫は既にもぬけの殻だ。
 男の攫った少女たちは、すでにニコラスとシキの手により逃がされた後であった。男は周囲をきょろきょろと見まわし、やがて小さな吐息を零した。
「いない? なんで? また、集めないと……」
「“また”なんて、ない。雨は晴れた、ぞ」
 ざわり、と。
 エクスマリアの髪がまるで炎のように激しく揺れていた。
 視線の先には床に染みついた血の痕跡。
 攫われた少女たちが流した血が乾いた痕だ。
 一閃。
 刀を振るえば、男の右腕が落ちた。
 拍子に男はエクスマリアの身体を投げ出し、苦悶の呻きを零す。地面に落ちた腕は、炭のように崩れ去る。
「あ、ぁぁ。なんで、笑って……」
「笑えねぇよ。雨に溺れる悪夢はこれで終いだ」
 左の腕が斬り落とされた。
 少女たちの避難を終えたニコラスの手によるものだ。その背後では、シキとシュヴァリエが得物を構え、男の逃走経路を塞ぐ。
「封印を付与、します。終わらせて、ください」
「少女たちは? 治療が必要なんでしょう?」
 エルによって【封印】を付与された男に行使できる力はない。その間に、昼顔は少女たちの治療を申し出た。ニコラスのハンドサインに倣って、昼顔は倉庫の裏手へ向かう。
「あぁ、そっちにいるんだね。僕は、また、笑顔を……」
 ニコラスやシキへ一瞥もくれず、男は昼顔を追いかけようと足を踏み出した。
 その胴を、ニコラスの黒剣が斬り裂いた。
「ねぇんだよ、笑顔なんざ、どこにも」
「そんなはずは……」
 胴を深く裂かれながらも、男はさらに1歩前へ。
 両腕を失い、腹部を斬られ、それでも男は動いている。人に非ざる耐久性から判断するに、やはり彼は夜妖なのだろう。
「確かに強い。執念も……だが、来名戸村の怪異に比べればどうということはない」
 刀を納め、シューヴェルトはそう呟いた。
 確かに男の持つ能力は厄介なものだ。けれど、決して“強すぎる”というほどに強いわけではない。
 そんな相手に、死者を出してしまったことが悔やまれる。視線を伏せて、シューヴェルトは告げた。
 トン、と。
 短い音がして、男の胸を刀が貫いた。
 エクスマリアの刺突を受け、男は地面に崩れ落ちる。
「もう一度、笑って……僕に、笑って。笑いかけて」
「お前には、なんにも顧みられないレベルでぐちゃぐちゃな末路がお似合いなのさ」
「その罪が許されることはありません。貴方の行いで笑顔になれる者なんて、どこにもいません」
「そんな、こと、ない。笑って、くれ……」
 失意の男に向けられたのは、カイトと迅の冷たい視線。
 彼が死してなお求め続けた少女の笑顔も優しい言葉もかけられることなく、そうして彼は消えうせた。

 雨は上がって。
 雲の切れ間に青い空が覗いている。
 遠くからはサイレンの音。
 眠る少女たちを最後に一瞥し、一行は倉庫を後にした。

成否

成功

MVP

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘

状態異常

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)[重傷]
愛娘

あとがき

お疲れさまでした。
この度はシナリオリクエスト、ありがとうございました。
依頼は成功となります。

雨上がりの怪異とその結末の物語はお楽しみいただけましたでしょうか。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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