シナリオ詳細
【水都風雲録】敵は朝豊にあり!
オープニング
●雷鳴と暗闇の中で
ビシャーン! ゴロゴロゴロ……ビシャーン! 暗雲の下、沙武(しゃぶ)城を包み込む様に雷鳴がひっきりなしに轟く。
その沙武城の最上階には、玉座に傲然と座する男と、その前に跪く四人の将がいた。辺りは暗く、ただ稲光だけが彼らの顔を一瞬だけ照らし出す。
「坂下 道源(さかもと どうげん)めが討たれたのは、知っておるな? 故に、水都(みなと)のみ切り取りが進んでおらぬ。
貴様ら四天王を呼んだのは、道源に代わって水都の切り取る者を決めるためよ」
玉座の男のやや苛立ちを交えた声に、四天王と呼ばれた将達は恐縮しつつも昂りを覚えずにはいられなかった。
そも、彼ら四天王からすれば、道源は武にこそ長けていてもそれだけの男でしかなかった。加えて、四天王の中では一番の新参と言うこともあって、道源が水都攻略を命じられたのは他の四天王達にすれば面白くない話でもあった。その道源の代わりに水都攻略を成功させれば、軍功は自ずと他の四天王よりも大きなものとなる。四天王は、こぞって我が我がと水都攻略に名乗りを上げる。
玉座の男は四天王をぐるりと見回しながら思案して、やがて一人の男の前で視線を止めた。
「貴様の力ならば、寡兵でも問題は無かろう。見事、水都を切り取ってみせよ」
「ははァッ!」
玉座の男に選ばれたのは、老術師といった風体の男だ。名を、坂上 宮増(さかがみ みやます)と言う。宮増は内心でしてやったりと歓喜しながら、主である玉座の男に恭しく頭を垂れた。
●老将の出陣
豊穣では治政を壟断せし天香・長胤が討たれ、霞帝による統治が始まった。だがそれに伴う混乱もあってか、豊穣全体に対する高天京の影響力は弱まっている。
豊穣の一地方である沙武では、覇権を望んだ領主が四天王と呼ばれる将を使い、周囲への侵攻を始めていた。そのうち東の水都では、領主朝豊 重蕃(あざぶ じゅうばん)と言う犠牲を出しながらも、跡を継いだ娘の朝豊 翠(みどり)(p3n000207)がイレギュラーズの力を借りることにより、魔種にして沙武の将である道源を討ち侵攻を退けることに成功していた。
再度沙武が侵攻してきたとの報に、水都領都朝豊にいる翠や重臣達の間に緊張が走る。沙武の動向を見るに再侵攻があるとは予想されていたが、ついにこの時が来たのだ。
ただ不可思議であるのは、侵攻してきた沙武軍の数が前回よりも大幅に少ないことである。前回を下回る寡兵で攻め込んでくるぐらいであるから何かあるのかも知れないが、攻め込まれたなら迎え撃たないわけにはいかない。
「前の様なことがあるやもしれませぬ。念のため、神使に救援を求められなさいませ。それまでの間は、この爺が時間を稼いでみせましょうぞ」
白い顎髭を貯えた、禿頭の老人が沙武軍の迎撃に名乗りを上げる。先代重蕃の親友であり、翠の守役でもあった、武智 十兵衛 瑞雲(たけち じゅうべえ ずいうん)だ。老いてはいるが、その身体は未だ並の若者よりも隆々としている。
「爺……どうか、無事で帰ってきて下さい。父上に続いて、爺まで喪ったら私は……」
「心配めさるな。翠様がお世継ぎを設けられるまで、儂は死にませぬよ」
「……爺!」
翠の身を案じる視線と言葉に、老人は揶揄を交えながら、カラカラと笑って応える。カアッと頬を染める翠に慈しむ様な視線を向けると、瑞雲は翠の元を辞して沙武軍の迎撃に向かった。
●返り忠の報
――それから、数日の後。
「敵は朝豊にあり!」
瑞雲の檄が、水都軍に響き渡る。その目に正気は無く、ただ暴力的な狂気だけが宿っていた。同じ狂気を目に宿している水都軍の兵士達は、その言葉を疑うことなく気勢を上げ、朝豊へと進んでいく。その後方には、宮増率いる沙武軍の姿があった。
「武智様、返り忠! 沙武軍と共に、此処に向けて進軍中!」
「そんな! 嘘でしょう!?」
「旗印に、紅の蛇ノ目が見受けられました! 間違いはないかと!」
長きにわたって亡き父を友として臣として支え、自分を慈しみ守ってきた守役が寝返ったと言う報に、翠は我が耳を疑った。だが、瑞雲のものである白地に紅い蛇ノ目紋の旗印が確認されたと聞いて、翠はペタリとその場にへたり込んだ。
しかし、家臣達の呼びかけに翠はすぐに我に返る。そしてよろよろとよろけながらも立ち上がると、出陣の用意を命じてから、イレギュラーズの方を向いた。
「……お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ありません。
お聞きになられたように、最初よりも状況が悪くなってしまいましたが……いえ、なればこそ、この水都を守るために神使様のお力をお貸し願えないでしょうか?」
既に沙武軍迎撃に軍を割いているため、次で敗れれば水都を防衛する兵力は尽きる。そうなれば、水都は沙武に蹂躙されることになるだろう。翠としては、そんな事態は何としても防がねばならない。
イレギュラーズ達としても、魔種を将とするような勢力をのさばらせるわけにはいかない。故に、翠の懇願とも言える依頼に応えることにした。
- 【水都風雲録】敵は朝豊にあり!Lv:20以上完了
- GM名緑城雄山
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年06月22日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談8日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●複製肉腫の軍を前に
一度は領主自身と言う犠牲を出しながらも、イレギュラーズ達の力を借りて隣領沙武による侵攻を退けた水都。だが、四方に勢力を拡大せんとする沙武は、再び水都にその魔の手を伸ばしていた。
再び救援を求めてきた水都の依頼を受け、ローレットから赴いたイレギュラーズは水都軍と共に沙武軍と対峙する。その中には、新しく水都の領主となった朝豊 翠(みどり)(p3n000207)の守役、武智 十兵衛 瑞雲の紅の蛇ノ目の旗印もあった。
「沙武め、余程水都が欲しいと見えるで御座るな……。
翠殿も家臣の力を借りて、領主として成長なされておいでだったのに、また奪うのか……彼女の父親の様に、今度は最も親しい守役を!」
前回も水都への救援に参じていた『傷跡を分かつ』咲々宮 幻介(p3p001387)は、苦々しげに顔をしかめながら沙武の軍勢をも見やると、憤りを交えて叫んだ。
(翠殿は、覚悟を決めておられる様子……だが、本当にそれで良いので御座るか?
領主といえど人の子……なれば、願いを口にするのは恥では御座らぬ)
戦乱の中で敵味方として対峙する以上、例え親兄弟であろうと喪う覚悟はしなければならない。当然、守役も同様である。翠はその覚悟を決めたようではあるが、幻介は納得がいかないままに、心中で問うた。
沙武軍の中に紅の蛇ノ目の旗印がある理由が、瑞雲が肉腫に感染させられたからとなればなおさらだった。
(遮那君が複製肉腫になった時、私は絶望して必死に助けようとしてた。きっと翠さんも、あの時の私のように……)
『天色に想い馳せ』隠岐奈 朝顔(p3p008750)も、幻介と同様に、翠の心中を慮っている。
(複製肉腫になった人は、あの時の遮那君のように苦しんでる。私は……皆を助けたい)
かつての経験から肉腫に感染した者の苦しみを知る朝顔は、それだけに複製肉腫とされている瑞雲を、水都の兵を、そして沙武の兵すらも救いたいと願っている。
(……だから純正肉腫、貴方は邪魔です)
複製肉腫の兵達に囲まれて未だ姿の見えない敵将坂上 宮増に、朝顔はキッと鋭い視線を向けた。
「敵を調略して軍を増やし大軍と化す……なんてありきたりでありふれた戦略だけど、流石にあの方法では僕はあれを常道とは言えないね」
『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)は、敵を肉腫に感染させて自軍の兵とする宮増のやり様に嫌悪を滲ませながら独り言ちた。いくら戦乱の最中とは言え、許せる限度を超えている。
(僕も肉腫には思う所もある。微力ながら、張り切って参戦させて貰わなきゃね)
そんなことを考えながら、身体を十分に解すべく準備運動を行うカインだった。
「複製肉腫にして味方を襲わせるなんて、酷いことするものね。純正肉腫ってのは、性格悪くないとなれないのかしら?」
『幻耀双撃』ティスル ティル(p3p006151)が、憤り混じりに首を傾げる。ティスルの呈した疑問は、順序が逆だと言うべきだろう。性格が悪いから純正肉腫になるのではなく、純正肉腫だからこそ邪悪であり、何の咎もない者達を肉腫に感染させていくのだ。
何にせよ、純正肉腫がいるならティスルは倒すまでだ。駒を作って遊ぶような宮増は、なおさらのことである。
「んー、『複製』になっちまったか。肉腫と戦うのはこれが辛いよな……」
徳利に口を付けて天甜酒をぐびぐびと呷りながら、『撃劍・素戔嗚』幻夢桜・獅門(p3p009000)がぼやく。だが、昏倒させて戦闘不能にすれば肉腫から解放されて救出出来る可能性があるのが救いだ。
「この数相手だから全部救うとはいかないかもしれねぇが、一人でも多くの兵が翠さんの所に戻ってこれるよう頑張るぜ。
とりあえずは……厄介な事をしてくれたあの大将から斬るとするかな!」
徳利の中の酒を全て飲み干すと、獅門は腕で口を拭い、気合いを入れた。
「……さて、困りましたね」
『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)がそう口にしたのは、複製肉腫となった瑞雲や水都の兵を斃しても構わないとは言われたものの、実際にそうすると次に侵攻があった際に対応が困難になってしまうことにあった。
ならばと、無量は瑞雲や水都の兵のみならず、宮増の兵をも出来る限り殺めることなく活かし、味方に付けることを目指す。
「救(ころ)す事こそ至上としていた私が。ふふ、面白いものですね。生と言うものは」
自身の有り様の変化が可笑しくて堪らないと言った様子で、無量は微笑みを浮かべた。
(純正肉腫と複製肉腫の軍……肉腫を放ってもおけないし、水都が落ちるのも許しておけないね。
敵は……狂気的、だな。飲み込まれないように戦おう。水都を守りきるよ)
微笑みを浮かべる無量とは対照的に、ごくりと生唾を飲み込みながら緊張した面持ちを見せるのは、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)だ。
イズマにとって、純正肉腫との戦闘は今回が初めてである。しかもその純正肉腫は、自らが感染させた複製肉腫を軍として従えているのだ。だが、それだけにこのような軍が水都を落とすのは許せない。イズマは決意と共に、腰に差している細剣『ノクターナルミザレア』の柄を、ギュッと握りしめた。
「――さて、今回の仕事は、攻め寄せる肉腫を撃退する事だ」
『仁義桜紋』亘理 義弘(p3p000398)は、ルーティーンのように、今回果たすべき仕事を口にして確認する。
「操られているとは言え、味方だった奴等に一撃食らわせるのは心苦しいが、領主さんの心境に比べれば軽いもんだ。
悪いが、気合いいれて殴らせてもらうぜ!」
対峙する瑞雲や水都の兵に告げるように言い放つと、義弘は胸の前でパン! と掌に拳を叩き付けた。
「また攻め込んで来る連中が居るのね……何度やって来ても同じ事、って解らせてあげるわ!
いざ、勝負よ!」
幻介と同じく前回も水都の救援に赴いていた『狐です』長月・イナリ(p3p008096)は、呆れながら溜息をついた。魔種である将を討ち取って敗北させたのに、また水都へと攻め寄せてこようとは。だが、それならそれで、敗北を以て無駄なことだと知らしめるまでである。
『御柱ブレード』の刃先を沙武軍の方へと向けて、イナリは高らかに告げた。
「良い天気だ。まさに晴天。絶好の戦争日和ってわけだ! さあて、蹂躙に行くとしようぜ、HAHAHA!」
晴れ渡った空を仰ぎながら、『ドラゴンスマッシャー』郷田 貴道(p3p000401)は豪快に笑う。諸々の事情など我関せずと言わんばかりのその笑いは、宮増によって複製肉腫とされた瑞雲や水都の兵とこれから戦わねばならないイレギュラーズ達の気分を、いくらか解して楽にした。
●瑞雲を引き剥がし、宮増への道を開く
横陣、と言うよりはただ横に広がっただけの宮増の軍を、水都軍は魚鱗陣で迎え撃った。宮増の軍がただの横陣であるのは、下手に統率を取って複製肉腫に陣形を敷かせようとするよりは、肉腫の戦闘力による力押しを狙っているためだ。一方、水都軍が魚鱗陣を敷いたのは兵の数と質共に沙武軍に劣っているために、戦力を集中させつつ、敵の攻勢を持ち堪えるのが狙いだった。
魚鱗陣の最前にいるイレギュラーズは、両軍が交戦を開始すると、無量を除き宮増の軍の中へと突き進んでいった。敵将であり、純正肉腫である宮増を討つためだ。
「瑞雲殿、貴殿の忠義は複製肉種程度でどうにかなってしまう程の、安いものだったで御座るかな……そんな筈は無かろう!?
思い出せ、武智 十兵衛 瑞雲! お主が本当に『守るべきもの』を忘れるな!
その為の露払い、水先案内人は……拙者達が務め、導いてやる!」
「ウグッ……ウァァ……!」
術士風の老人宮増、そしてその前に立ち塞がる禿頭の老人瑞雲を発見すると、幻介は呼びかけながら『命響志陲 ー瞬絶ー』の刃に虹のような七色の光を纏わせつつ、必死になって瑞雲に呼びかけた。その叫びに瑞雲は苦しげに頭を抱えるも、肉腫の支配から脱するには至らない。
やむなく、幻介は愛刀を振るって七色の光を飛ばし、兵達の頭越しに瑞雲に叩き付ける。その光を受けた瑞雲は、正気を失った目をギロリと幻介に向けた。
「皆の邪魔はさせない……そこは、空けてもらうよ」
「手加減はできねぇからな。全力でやらせてもらうぜ」
宮増と瑞雲までの道を作るべく、そこまでの間を塞ぐ複製肉腫の兵士達を除こうと、カインは邪悪を灼く聖なる光で包み込む。邪悪を裁く光に包まれて身を灼かれ、兵士達が悶え苦しんでいるところに、義弘が飛び込んで豪腕を振るう。台風のように義弘の周囲を吹き荒れる拳が、兵士達を次々と殴りつけていった。
複製肉腫が相手とは言え、今回ばかりはイレギュラーズ達に彼らを助けるべく手加減などしている余裕は無い。そんなことをして戦闘が長引けば、それだけ他の複製肉腫と交戦する水都軍の兵士達の被害が増えたり、肉腫に感染するリスクが上がるのだ。
ともあれ、複製肉腫達がカインの放った聖光に灼かれ、義弘の拳を次々と受けていくと、宮増と瑞雲への道が微かながらに開けた。
「HAHAHA! ミーとバトルをエンジョイしようじゃないか!」
「な、何だ貴様は! この脳筋ぐわっ!」
その道を縫うようにして貴道が宮増に迫り、ジャブで牽制してからのストレートを叩き込む。純正肉腫とは言え肉弾戦を得手としない宮増は、迫り来る肉体派の貴道に罵声を浴びせる間もなく、顔面に拳を叩き込まれて鼻血を出した。
「……貴方達、死ぬ気で生き残って水都に帰ってきなさい!
水都を守るだけなら私たちでもできる。けど、あの領主様を安心させるのは、貴方たちだけの役目でしょ!」
我ながら無茶苦茶なことを言っていると、ティスルは感じる。自分達は手加減抜きで攻撃しておいて、生き残れというのだから。
それでも、一人でも多く生き残って欲しいと言う願いを込めながら、ティスルは自身の血と魔力を用いてその手に創り出した紅い結晶からなる長槍を、一本、また一本と投擲する。紅の槍は複製肉腫達を次々と穿ち貫いていき、そのうちカインの聖光と義弘の拳を受けている三体が力尽きて倒れた。
「こ、この……っ!」
宮増は貴道に殴られた顔を押さえつつ、痛みを堪えながら式神を召喚しようとする。だが、強烈な痛みに集中を乱されたのか、術の発動に失敗して何も出来なかった。
「ええい……貴様がきっちり盾となっていれば……!」
そう宮増に罵られた瑞雲は、幻介に駆け寄ると野太刀を振るい、強かに傷を負わせた。
「さあ、俺が相手だ! 来い、そう簡単には倒れないぞ!」
「複製肉腫達と式神を囲み自分は高みの見物とは、良いご身分ですね? 純正肉腫。
……まずは貴方を、舞台に引きずり下ろす!」
「ええい、鬱陶しい奴らめ……だが、その手には乗らぬぞ」
イズマは宮増へと距離を詰めて自らの存在を誇示し、朝顔は遠くから天色の刃を放って、宮増の敵意を煽り立てようとする。だが、宮増の周囲の複製肉腫はギロリと狂気に侵された目をイズマに向け、朝顔の天色の刃は宮増にザックリと傷を負わせたものの、宮増が我を忘れて敵意に囚われることはなかった。
「こいつで、縛り付けてやるよ!」
「うぐっ……何じゃ、これはっ……!」
宮増の身体を痺れさせて動きを封じようと、獅門は次々を邪剣を振るう。宮増は度重なって襲い来る剣閃に斬り刻まれて傷をさらに負い、急に自由が効かなくなった身体に困惑した。
「私の攻撃は、一撃一撃が致命打よ! 生半可な回避や防御なんかぶち抜いて、直撃させてあげるわ!」
イナリは稲荷神の式を身体に降臨させて身体能力を強化させると、『御柱ブレード』をブゥン、ブゥンと縦に横に振るっていく。すると、『御柱ブレード』の刀身から次々と斬撃が飛翔して宮増の脚を斬り、その生命力と共に気力をも削っていった。
「武智軍の方々の過ちは、私が濯ぎましょう。故に、己の成せなかった事象のみを認め、罪の意識を焚焼し楽邦へと帰せよ」
他の仲間達と共に宮増の元へと向かわなかった無量は、複製肉腫とされて戦わされた罪を忘れて楽邦、即ち本来居るべき水都へ帰れと説きながら、魚鱗陣の先頭で左右から迫り来る複製肉腫の兵士達に向け柄に遊輪(ゆうかん)の付いた愛刀を次々と振るう。
(この広い戦場の、全てとは言わぬ。けれど、この手の届く者は必ず救ってみせる)
敵を決して殺めることのない慈悲の斬撃は、シャン、シャンと錫のような音色を響かせながら、複製肉腫の兵士達を斬ると共にその動きを暫時の間止めた。
●宮増を、討つ!
幻介によって瑞雲を引き剥がされ、カイン、義弘、ティスルらによって周囲の複製肉腫の兵士を倒されると、宮増を護る者はいなくなった。宮増は貴道の拳によってほぼ動きを封じられ、常人ならとうに死んでいておかしくないようなダメージを受ける。だが、さすがは純正肉腫と言うべきかそれでも生き存え続けて、辛うじて動けた際には無数の式神を召喚し、接近戦を仕掛けてくるイレギュラーズ達に強かにダメージを与えた。
一方、瑞雲を引き剥がして宮増から遠ざけた幻介は、瑞雲によって深手を負うことになった。これは、距離を取りすぎると瑞雲は幻介への攻撃を諦めて宮増の元へと戻ろうとするため、後退する距離をほどほどに抑えて相手せざるを得ず、しかも幻介が瑞雲を生き存えさせようとして手加減を試みた結果、剣を交える時間が長くなったからだ。
水都軍と沙武軍全体の戦況は、中央付近では複製肉腫の動きを封じる無量の援護もあって、水都軍の兵士達はよく持ち堪えていた。だが、沙武軍の右左翼が前進して魚鱗陣の左右も交戦状態に入ると、じわりじわりと水都軍の兵士達は押され始めていた。
(さすがに、沙武の迎撃を名乗り出ただけはあるで御座るな……)
満身創痍となり、荒い息をしながら、それでも幻介は身体の力を振り絞って神速を超えた不可視に近い一閃を繰り出した。抜刀した瞬間さえ見えないのに、チン、と鞘に納刀した際の鍔が鳴る音が響く。同時に、瑞雲は脇腹を打たれたかのように大きくよろめいた。一瞬の間に、幻介は瑞雲の脇腹を刀の峰で強く打ち据えていたのだ。
だが、瑞雲はこれまでの幻介の攻撃でダメージを受けていながらも、まだ倒れない。
「外道め! 何としてもここで倒す!」
カインはあり得たかも知れない自らの可能性をその身に降ろして自身を強化すると、存在するかわからぬ『神』の呪詛を宮増に放つ。不可視の呪詛は宮増にダメージは与えたものの、宮増を呪詛で縛り付けることは出来なかった。
「ああ。悪いが、ここで死んでもらう」
カインに続いて、義弘の掌打が宮増を襲う。掌が宮増の胸板に触れた瞬間に、義弘は敵を内部から破壊する『気』を宮増に送り込んだ。内部から身体を破壊される感覚に、宮増は悶え苦しむ。
(ち……まさか、気力がリミットとはな)
貴道は肩で息をしながら、基本のワンツーで義弘の『気』によって悶え苦しむ宮増の顔に拳を叩き付けていく。顔を拳で打ち抜かれた宮増は、グギャッ、と無様な悲鳴をあげた。
「あはは、まだ倒れないのね。なら、いくらでも貫いてあげる! いくらでも撃ち込んであげる!」
ティスルは両手に紅い結晶の槍を生み出すと、立て続けに宮増の胸を目掛けて投げつけた。二本の紅の槍が、ドスッ、ドスッと宮増の胸板に深々と突き刺さる。宮増はカハッと血を吐いたが、やはりまだ倒れない。
その宮増は、さすがにこれ以上は厳しいと判断して逃走を図ろうとしているのだが、今回も貴道の拳による衝撃から立ち直れずに動けないでいた。瑞雲は幻介に斬りかかるが、幻介は瑞雲の野太刀を紙一重で回避する。
「純正肉腫! 貴方が何をしようとも、私の攻撃は貴方まで届くんですよッ!」
自らの身が反動で傷つくことも厭わずに、朝顔は想い人の愛刀の兄弟刀『裏打薄翠』を手に、渾身の力で以て宮増に斬りつける。既に身体中傷だらけの宮増の胴が袈裟に斬られ、また新しい傷が増えた。
「例えどんなに傷つこうとも、いや、だからこそ、俺は貴様を討ってみせる!」
複製肉腫の兵士達に集られたこともあり既に満身創痍のイズマは、『ノクターナルミザレア』をビュン! と縦に大きく振るった。その一閃は雷をも斬るような勢いで宮増へと飛び、宮増の胸から下腹を真っ直ぐに深く斬り裂いていく。
「大将を生かしておくと、また厄介なことをしでかしてくれそうだからな! ここで、死んでいけ!」
イズマが刻んだ傷に重ねるように、獅門は上下から同時に斬りつけた。否、超高速で刀を振り下ろしてから斬り上げたために、同時に斬りつけたように見えたのだ。さらに同じ斬撃を重ねられた宮増の傷は極めて深く、大量に流れ出てくる血がなければ内臓さえ見えたことだろう。
(まだ、気力切れを起こさないのかしらね?)
イナリは、宮増が逃亡する可能性を防ぐために宮増の脚を集中的に狙い続けていた。そして宮増の生命力と共に、気力をも削っている。並の相手であれば、イナリの連続攻撃の前にとうに気力を消耗しきっていただろう。そうなれば、イナリの一撃は絶大な威力を誇るようになるはずであった。
だが、宮増は術士であり、しかも純正肉腫である。加えて、皮肉にも行動のほとんどを封じられた事によって、術の行使による気力の消耗はほとんど発生していない。故に元来潤沢であった気力は、その大半を消耗させられつつも、まだ完全に消耗しきってはいなかった。
そうなると、イナリの攻撃は本人も認めるとおり「軽い」。『御柱ブレード』による斬撃は宮増の脚を確かに傷つけてはいたものの、逃亡を阻止する域にはまだ遠かった。
(向こうの決着も近そうです。こちらの皆さんも、もう少し耐えて下されば……)
仲間達と宮増の戦いの様子をチラリと見た無量は、宮増が倒されるにしろ逃げるにしろ決着が近いと感じていた。既に気力が尽きて範囲攻撃が不可能となっているため、動ける範囲にいる中で危なくなっている者に押し寄せる複製肉腫を峰打ちで倒すことで、救援を行っている。
●戦の結末、翠の涙
――イレギュラーズからの攻撃を瀕死になりながらも耐え抜いた宮増は、辛うじて身体が動く機に逃走した。瑞雲の方は、幻介を一度は倒すも、可能性の力によって起ち上がった幻介によって逆に倒された。
宮増に逃げられたイレギュラーズは、追撃を諦めて残る沙武軍の兵士を倒しにかかる。
水都軍の被害は軽く、瑞雲と、複製肉腫に変えられた水都軍の兵の大半は命を拾った。沙武軍の兵士については、肉腫に感染してから長いこともあり、半ば以上は助からなかったが、それでも少なからぬ人数が生き存えた。
「爺……! 爺……!」
瑞雲の命に別状はないと聞いた翠は、瑞雲の元へと駆け寄ると、意識はないものの胸を規則的に上下させている姿を見て涙をボロボロと流しながら喜んだ。
その光景を見たイレギュラーズは、宮増を取り逃がしたことは残念に思うも、瑞雲を始め多くの命を救えたことを喜ぶのであった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
シナリオへのご参加、ありがとうございました。宮増は撃退されて沙武の再度の侵攻は失敗し、瑞雲や複製肉腫とされた兵士達もその多くが助かりました。宮増の逃走については、判定を如何するか非常に迷いましたが、このような結果となりました。
MVPは、宮増の行動の大半を【封殺】で封じた貴道さんにお送りします。
それでは、お疲れ様でした!
GMコメント
こんにちは、緑城雄山です。
天正10年6月2日、本能寺の変が起こりました。それに着想を得まして、本能寺の変のオマージュで【水都風雲録】の2本目をお送りします。
水都側は残る兵力を全て動かして、宮増の軍と瑞雲の軍を迎え撃ちます。イレギュラーズ達は、その戦いの中で将である宮増、瑞雲を倒して下さい。
●成功条件
以下の両方の達成(いずれも生死不問)
坂上 宮増の撃退
武智 十兵衛 瑞雲の撃破
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●ロケーション
水都の、沙武との領境付近の平地。時間は昼間、天候は晴天。
環境による戦闘へのペナルティーはありません。
●戦闘初期配置
イレギュラーズ達は戦場で、宮増、瑞雲を討つ役割を担います。
戦闘判定は、宮増、瑞雲らとのの距離が40メートルとなった時点から開始されます。その時点では、瑞雲のすぐ後ろに宮増がいます。
戦闘開始時点で後衛などが40メートル以上距離を取っておくのはOKです。
●坂上 宮増
沙武領主から水都攻略を任じられた、沙武四天王の一人です。実は純正肉腫です。
敵兵を複製肉腫に感染させて味方とすることで、他領への侵攻を成功させてきました。
瑞雲やその軍が宮増の軍と共に朝豊へ侵攻しているのも、彼らが宮増によって複製肉腫に変えられたからです。
術の攻撃力がやたら高く、また純正肉腫である故か生命力もやたら高いのですが、その他の戦闘能力は特殊抵抗を除きそれほど高くはありません。
自らが深く傷ついた場合、瑞雲や複製肉腫の水都軍を捨て石にして逃亡を図ることでしょう。
・攻撃手段など
式神乱舞 神/至~超/単~域 【弱点】【多重影】【崩落~崩れ※】
幾多もの札から無数の式神を召喚し、手数で攻め立てます。距離、範囲を自在に使い分けてきます。
※攻撃範囲によってBSが変動します。範囲が単の時は【崩落】、範の時は【体勢不利】、域の時は【崩れ】となります。
式神の盾 神自付 【副】【付与】
式神を召喚して自分を庇わせます。ルール的には、防御技術を大幅に上昇させる付与として扱われます。
●武智 十兵衛 瑞雲
水都の前領主朝豊 重蕃の友人にして臣下であった老将です。現領主翠の守役でもありました。
宮増によって複製肉腫に感染させられ、宮増の軍と共に朝豊へ進軍しています。
複製肉腫とされたことで肉体の限界を超えて能力を引き出されています。
能力傾向としては、攻撃力、生命力、防御力が高いいわゆるパワー&タフネス型です。
肉腫から解放するには一度戦闘不能にする必要がありますが、【不殺】もしくは後述する手加減以外の攻撃で戦闘不能になった場合、低確率で死亡します。
・攻撃手段など
野太刀 物至単 【邪道】【出血】【流血】【失血】
薙ぎ払い 物至範 【邪道】【出血】【流血】
遠当て 物遠単 【邪道】【出血】【流血】
●朝豊 翠
水都領主です。イレギュラーズと共に出陣しますが、今回のシナリオではイレギュラーズが敗北しない限りは命に危険はないものとします。
複製肉腫に変えられた兵士を攻撃するのには心を痛めますが、イレギュラーズから特に要請が無い限りは自軍の兵の命を優先し、複製肉腫となった兵の犠牲は覚悟の上で兵士達に全力で戦わせます。
●複製肉腫の兵 ✕20(6ターン経過ごとに瑞雲軍の兵1D10体が参戦)
宮増率いる軍、そして瑞雲率いる軍の複製肉腫です。能力傾向は攻撃力と生命力の高いパワー型。両者の基本スペックは同じですが、戦闘不能になったときの死亡率が違います。
【不殺】もしくは後述する手加減以外の攻撃で戦闘不能となった場合、瑞雲軍の兵は中確率、宮増軍の兵は高確率で死亡します。また、【不殺】もしくは後述する手加減での攻撃で戦闘不能となった場合、瑞雲軍の兵士は確実に助けられますが、宮増軍の兵士は低確率で死亡します。
翠に、複製肉腫を死なせない様に戦ってもらう様要請することも可能ですが、その場合水都軍の兵士達には困難な戦いとなりますので、時間が過ぎれば過ぎるほど兵士達の死傷率はより跳ね上がっていくことでしょう。
●手加減
このシナリオでは、「手加減」を宣言することによってその攻撃を【不殺】と同様にすることが出来ます。
ただし、当たり所や威力を上手く見極めなければならないため、命中と攻撃力が半減されて判定されます。
●【水都風雲録】とは
豊穣の地方では、各地の大名や豪族による覇権を巡っての争いが始まりました。
【水都風雲録】は水都領を巡るそうした戦乱をテーマにした、不定期かつ継続的に運営していく予定の単発シナリオのシリーズとなります。
単発シナリオのシリーズですから、前回をご存じない方もお気軽にご参加頂ければと思います。
それでは、皆さんのご参加をお待ちしております。
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