シナリオ詳細
<琥珀薫風>約束の剣舞
オープニング
●
燃ゆる想いは塵となり。重ねる指先不確かで。
それでも尊く願うは剣の先。伝う雫は儚き夢の如く虚空に落つる――
群青の夜空は峰を越え遠く地平の彼方へと続いていた。
散りばめられた星屑は仄かに囁き合うように降り注ぐ。
幾度同じ星空を見上げただろう。幾度月に祈りを捧げただろう。
刀匠が手掛けた至高の一振りを持って剣を舞う。
其れが剣の巫女たる己に課せられた責務。
女の腕で剣を振るう事は無理があった。だからこそ女は鍛錬を怠らず毎日木刀を振った。
村の刀匠の息子が真打を叩く時に、己が其れに見合う剣の巫女である事を望んだのだ。
二人は同じ使命を別つ相棒だった。
――――
――
「こんにちはー。成昌いる?」
「おう、今丁度昼飯にしようと思ってた所だ。どうした?」
剣巫女――宍戸佳那はお昼時を見計らって鍛冶場の戸を開ける。
にんまりと笑った佳那の手には風呂敷が提げられていた。
「えへへ。お昼一緒にどうかなって思って」
「お、おう……ありがとな」
照れくさそうに頬を掻いた森山成昌は幼馴染みの佳那に微笑む。
昔からの顔なじみ。小さい頃は泥だらけになって喧嘩もした仲だ。
それが、成長するにつれて刀匠森山を継ぐ成昌と剣巫女となった佳那の間には、恋仲と呼ぶには深すぎる宿命が紡がれてしまった。
刀匠とその剣で舞う巫女。二人の間柄は神聖な儀式によって成立する。
それ以上でもそれ以下でもあってはならない。
されど、只想うだけならばと、村人達も彼等を見守っていたのだ。
成昌と佳那は、手を繋ぐことすら有りはしなかったけれど。
それでも優しい村の人達の為に役割を全うしようとしていた。
十二の月が巡る頃。
剣の巫女は月夜に舞う。
その準備の最中、佳那は病に伏した――
「……へへ、大丈夫。私は、死なない。剣の巫女だもの。こんな苦しさ平気よ。だから、貴方は刀を完成させて。其れまでに私は元気になってみせるから」
「でもっ!」
「そんなしみったれた顔しないでよ。天下の刀匠、森山成昌ともあろうものが」
佳那の気丈な振る舞いに唇を噛みしめる成昌。
触れることさえ叶わぬ女の瞳が成昌を諫める。
「私は剣の巫女。この身が例え朽ち果てようとも、村の為に剣を舞う。
だから、己の役目を果たしなさい」
強き言葉は二人を鼓舞する祝福。そして、呪縛でもあった。
「……あぁ。必ず、最高の刀をお前に届けて見せる」
涙を流しながら拳を握りる成昌。踵を返し灼熱の鍛冶場へと向かう。
――大丈夫、ずっと待って居るから。だから、貴方の剣で私は舞うわ。
●
「其方達に錆塚峠と呼ばれる場所へ向かって欲しいのだ」
僅かに憂う眼差しを『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)はイレギュラーズへと向ける。
「先日、錆塚峠の麓で精霊を迎え入れた際にそれを鎮めるのに精一杯でな。峠の調査にまで手が回らなかったのだ」
錆びついた一振りの刀が刺さる錆塚峠は春日村から暫く進んだ場所に存在する。
かの『緑柘榴の瞳を持つ烏天狗』が住まう場所でもあった。
かつては刀匠森山一門と呼ばれた一族の鍛冶場があった峠は、病に倒れた剣巫女の無念が渦巻き人の寄りつかぬ場所となっていた。その周辺に居た村人は穢れを忌避するため現在の春日村へと移住したらしい。
「精霊を鎮める時に分かったことがあってな」
「分かったことですか?」
鬼桜 雪之丞 (p3p002312)はこてりと小首を傾げ遮那を見上げる。
「その錆塚峠の剣巫女の無念は穢れに飲まれ荒御魂となっている」
「荒御魂って、悪霊になってるってことかな?」
炎堂 焔 (p3p004727)の問いかけに「恐らくそうなのでしょうね」とクラリーチェ・カヴァッツァ (p3p000236)が応える。
「直ぐ近くまで行かねば障ることの無いものだったそうなのだが……」
遮那の視線を追うようにすずな (p3p005307)も空を見つめた。
穢れが増幅の兆しを見せた為、精霊が気になって近づいた折、引きずり込まれたらしいのだ。
「どうやら穢れが増幅したのは何者かの介入があったようなのだ」
「何者かの介入って……どういう事なんやろか?」
蜻蛉 (p3p002599)の金瞳は遮那の言葉を待つように揺れる。
「精霊を浸食していた物から察するに、恐らく何か呪術が仕掛けられたのだ。私はこれを『紫屍呪』と呼んでいる」
「一体誰が、何の為に?」
リア・クォーツ (p3p004937)が眉を寄せるのに遮那は首を横に振る。
「それを特定するのは現段階では難しいだろう。だから、一先ず其方達には私と共に錆塚峠へ向かって剣巫女を鎮めてほしいのだ。その間に私は『紫屍呪』を解呪する」
錆塚峠には錆び付いた刀が刺さっている。
それは森山成昌が打ったとされる太刀であった。穢れの中それを引き抜き一人ずつ剣舞を舞う。
たった一人では成し得ない紡ぐ想いを舞に込め荒御魂となった剣巫女を鎮めてほしいのだと遮那は語る。
そうすればきっと思い出す。辿り着く。
錆塚峠の錆び付いた刀は森山成昌の意志そのものだ。
森山成昌の刀を届けられなかった無念。
宍戸佳那の剣舞を踊れなかった無念。
果たせなかった約束を、神使(イレギュラーズ)の力で繋ぐのだ。
生涯をかけて成した約束。
架け橋を紡ぎ――
- <琥珀薫風>約束の剣舞完了
- GM名もみじ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年06月01日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費300RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
鮮やかな新緑の息吹が山の中を駆け巡る。木々は歌い、新たな命が育つ季節。
されど、錆び付いた刀が刺さる錆塚峠は寂しく。
月明かりが柄の鉄に鈍く反射していた。
暗がりの闇夜に灯火を掲げ『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は眉を寄せる。
「こんな風に囚われて、この場所に縛られて……誰もこんな事を望んてなんていなかったはずなのに」
錆び付いた刀に触れる焔。その瞬間に湧き上がる呪いの怨嗟。悲痛な叫びが焔の耳に届く。
「呪いも何とかしなきゃだけど、それ以上に二人をこのままにはしておけないよ、解放してあげよう!」
岩に突き刺さった刀に力を込める焔。錆び付いてしまった刀身なれど込められた想いは伝わってくる。
「己が役目を全うするために生きた二人……ですか」
春日村に伝わる錆塚峠の伝承を『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は思い返していた。遺された想いを有るべき場所に還す。それが自分達の役目だと胸に手を当てた。
クラリーチェの視線の先には焔が持つ一振りの刀。
「すみません。剣舞の前に、刀を持つこと自体初めてでして」
「そうなん?」
彼女の戸惑いに『暁月夜』蜻蛉(p3p002599)が首を小さく傾げる。
「私が持つのは聖具やそれに類するものであり、戦うことはあれど『武器』を持つことはなく。握り方や舞い方をご指導いただければ有難いのですが……」
「ええよ。大丈夫。それぐらいやったらすぐ出来る様になるから安心してなぁ」
クラリーチェの肩を優しく撫でる蜻蛉。元々派手に動く事が苦手なクラリーチェだが、仲間の助力があれば気持ちは『剣巫女』へと伝わるはずだと頷いてみせる。
クラリーチェの手の内に視線を落としながら蜻蛉は月瞳に憂いを浮かべた。
こんな姿になってまで愛しき人を待っている。呪いが掛けられているとはいえ、留まり続ける程の想いが剣巫女の中にはあるのだ。ならばと蜻蛉は月の瞳に光を宿す。
「だから……はよお此処からあの人のとこへ行こな」
錆び付いた剣柄を指でなぞり言葉を零す蜻蛉。
人の綺麗な心を弄んだ輩の事は気になるけれどまずは目の前の彼女を救うのが先決だろう。
「果たせなかった約束は呪いでしかないのか。死んだ者に救いは無いのか」
拳を握り込んだ『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)はそんなこと無いと自分の言葉を自ら否定するように首を振った。
「せめて、その生き様が、その想いが、無駄ではなかったと言えるように」
自分達が想いを紡がなければならないのだ。
「そうですね。果たせぬ約束、お二人の無念……増幅されたとは言え、穢れが溜まるほどとは如何ほどのものか」
想像に難くないと『一人前』すずな(p3p005307)は藍瞳を逸らす。
「剣を執るものとして……想いを繋ぎ、蘇らせてみせましょう。
そして、送り出してあげたいものです――長き縛りから解き放たれたお二人を」
穢れを増幅する術を仕掛けた下手人の事は引っかかるが、今は目の前の剣巫女を救う事に注力したい。
「剣舞なんてやったことないけど……まぁ、なんとかなるか。魂を鎮めるためにも、成し遂げなきゃいけないものね」
重苦しい旋律が『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)の耳に木霊する。目の前の剣巫女から感じる悲嘆の呪い。頭痛がないのが余計に嫌な気分にさせる。目の前の『もの』は美しくないと本能が告げるのだ。
「朽ち果てて尚、残る想い。それは、とても純粋で、眩しいものですね」
それだけに、それを穢すものは、許し難いのだと『白秘夜叉』鬼桜 雪之丞(p3p002312)は指先を帯刀する双剣に這わす。
「同時に、道は違えど、刀を振る者として憧れも抱きます。洗練された動き。一途な想い。拙が刀を振るう理由に、何の不足がありましょうか」
邪気を祓い、剣巫女の想いを成就させる為に振るう剣ならば。
いくらでもこの身を捧げようと雪之丞は胸に誓う。
「想いがこんな形になって現れるなんて……剣巫女はよっぽどの無念だったのね。
それを利用して呪いまで。もう、いやになっちゃう」
小さく溜息を吐いた『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)は先導する『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)を見遣る。
「遮那さんが解呪法を知っていて助かったわ。今日はお願いね。頼りにしてるから」
「ああ。タイム達も剣舞と守りを頼む」
差し出された遮那の手をタイムはしっかりと握る。遮那に会えたことが素直に嬉しくて顔が綻ぶタイム。
彼女の目線より随分と高くなった視線。握った手も筋張って肩幅もしっかりしてきた。
会う度に逞しくなって行く遮那の姿に驚いてしまう。
「どうした? 不安か?」
「う、ううん、なんでもないの」
生きて行く上で背負う義務。人と人を結ぶ縁であったり、逆に分かつ事もあるだろう。
「わたし達の役目は解けてしまった紐を結びなおすこと。だって二人ともまだここに在るんだもの」
「ああ、そうだな。必ず成功させよう」
その声に反応して使い魔の『望』が遮那の頭に乗っかる。
『助かるよ。僕の故郷だからね』
望は錆塚峠に住まう精霊だった。それが剣巫女の穢れと紫屍呪の影響で暴れ遮那と『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)に助けられたのだ。
「なるほど、望くんが巻き込まれた呪術の正体はこれだったんッスね。
事情が分かったのなら、しっかり鎮めてあげましょうッス!」
『ありがと、鹿ノ子。みんな』
頭の上に乗っていた望を小脇に抱え込んだ遮那。それを鹿ノ子がわしゃわしゃと撫で回す。
遮那はその光景に目を細め鹿ノ子の頭を緩く撫でた。
「二人の無念を晴らせるなら、勿論お手伝いします! けど呪い、ですか……」
顎に指を置いた『天色に想い馳せ』隠岐奈 朝顔(p3p008750)は知人の事を思い出す。
彼が保護した奴隷にも呪いが掛けられていたのだ。
「もしかしたら、コレを解呪すれば……尚更頑張らないとですね!」
天色の瞳に希望宿し、朝顔は遮那へ視線を向ける。
「信じてるけど、そっちも気をつけて下さいね! 二人を救った後、すぐそちらに向かいますから!」
「ああ、向日葵も気を付けるのだぞ」
掲げられた遮那の拳に同じようにコツンと拳を合わせ、祭壇へと向かう朝顔。
●
月明かりに照らされる祭壇。領域を隔てるは四隅から張り巡らされる結界。
「さて、肝心要の舞。いくら想いが肝要とは言え、いきなりはいどうぞと言われても戸惑うでしょうからね。一応焔さん、蜻蛉さん、私が先に舞わせて頂きましょう。まずは焔さんでしょうか? 私は蜻蛉さんの後に参ります」
「そうだね。どう舞ったらいいのかわからない人もいるみたいだからボクが先に舞ってみるね」
すずなの言葉に、錆び付いた刀を手に前に出るのは赤き髪を靡かせる焔だ。
剣舞の経験こそ無いが、刀を使った奉納神楽は舞うことが出来る。
「本当は佳那ちゃんにこれで舞って貰いたくて打たれたものなんだろうけど、使わせてもらうよ」
互いに相手の事を想って居るのに、このままでは苦しみ続けるだけ。
剣の背に月灯が走り、焔の身体を赤の妖気が包み込む。
呼応するように剣が僅かに輝きを取り戻した。
「お願い! 紫屍呪なんかに負けないで! こんな呪いなんて切り払って!」
焔に迫るは魑魅魍魎の影。雪之丞は彼女を守るように火鈴を打ち鳴らす。
「――凜と、響け。これより誰一人として、舞を止めること能わず」
焔の剣舞の背に雪之丞の鈴鳴りが響き、儀式は灯る――
「まずは怨霊たちをなんとかするッス! いくッスよ僕の真骨頂!」
大太刀を振るい鹿ノ子が戦場を駆けた。突進し突き上げ、畳みかける斬撃。
「見ていてください遮那さん! 今の僕は、あの頃と違って非力じゃないッス!」
響き渡る鹿ノ子の声に頷く遮那。鹿ノ子も遮那もあの頃より随分と成長した。共に歩んだ。
焔から錆び付いた刀を継ぐのは蜻蛉だ。清めの酒を懐に忍ばせ、結界の中へ入っていく。
剣を片手に、月瞳を閉じ思い浮かべるは剣巫女の姿。
愛しき人が打った刀を手に、静謐の空気の中、月明かりが照らす美しい横顔。
「思い出して、佳那さんが一番したかった事やないの?」
月夜の剣舞は息を吐く事さえ忘れてしまいそうな程。華麗なる剣尖は空を切り。蜻蛉がその身に降ろすは剣巫女の思いと切なる願い。
「錆ついてしもてるけどええ刀よ、さぞかし波紋も綺麗やった事でしょう」
祓え給い、清め給え――
どうか静まりますようにと祈る蜻蛉は柄を両手で握り、魔を振り払うように宙を裂いた。
「――想い人の鍛えし刃で舞えぬ無念。刃を届けられなかった無念」
儀礼用の剣舞ではないから魅せるようなものでは無いと照れたすずなは今は無く。
藍瞳は月明かりに静謐を宿し、剣先が空気を震わせた。
一振りする度に錆び付いた太刀が僅かに輝きを取り戻す。
「剣士としてその遣る瀬無さは少なからず理解出来ます故……!」
目の前の巫女が鎮まり、生前の――否、昇華出来なかった未練を、今一度深く思い出して貰えるように。
二人の想いに届くように。刃に全てを乗せて、すずなは舞うのだ。
風牙はすずなを守るように寄ってくる怨霊を打ち払う。
「こっちの方がいいか?」
可能な限り多くを巻き込めるように身を沈み込ませ、烙地彗天で刺突するのだ。
その様は血を啜る蛇龍にも似た様相であった。
蜻蛉達の剣舞を手本にタイムは祭壇へと上がる。
緊張した面持ち。されど、真剣な想いは通ずると信じて。
「想いは目に見えない、不確かなものだけれど。誰だって胸にの中に強い炎を抱いてる」
剣がゆっくりと月明かりを浴び錆の欠片が剥がれ落ちる。
「その情念を残し呪いにあてられ、消える事も出来ずにいる貴女の本当の姿を見せて」
弧を描く剣尖。
――わたしを見て。わたし達の舞を見て。思い出して。あなたの舞を。剣巫女の祝福を。
刀と共に紡がれる想いをタイムは舞に乗せた。
その背に迫る怨霊を留めるのはリアだ。
タイムとリアの間に交わされる言葉は無いけれど、それは信頼の証。頼れる人だと分かっているからライムは舞に集中できる。
「あたしにも、譲れないものがあるのよ。だから舞の邪魔はさせないわ」
怨霊如きが決してこの先に行く事能わず。剣巫女に捧げる聖域なのだから。
「……貴方達の想いを、願いを昇華致しましょう」
剣を右手に。追憶の鐘を左手に。クラリーチェは聖域に踏み入る。
凜と研ぎ澄まされた静謐なる鐘の音は、クラリーチェの舞いに深みを与えた。
静かな足の運び、黒衣の裾がヒラリと舞うように身を翻す。
剣を月夜に掲げるクラリーチェは、祈りと共に静かな剣鐘の舞を捧げた。
「どうか安らかな場所で、寄り添えますように……」
クラリーチェの鐘の音は朝顔の耳に届く。
「早く怨霊を倒せば、佳那さんに集中できるはず!」
夜明刀を翻し、流血の斬撃を怨霊へと繰り出した。この怨霊とて穢れに引き寄せられた屍だ。
こんな所に囚われているのは本意では無いはずなのだ。
「貴方達も怨霊になりたくなかったはず。今、楽にします!」
朝顔が振るう剣先は一瞬にして怨霊の残穢を祓う。
「こっちは任せて!」
焔がサポートに走り込んでくれば、それに頷く朝顔。
きっと剣巫女へ声は届くと信じて朝顔は聖域へと歩を進める。
「私は遮那君の最愛になりたい。彼の唯一に、特別になりたいって藻掻いて……。
けれど実際は心身それぞれ、助けた人が居て。私は何にもなれなくて……ズルいって思って」
背の高い朝顔から繰り出される大胆な舞。
朝顔が足を地面に乗せる度、向日葵の花びらが聖域に生まれた。
「佳那さんだってそうじゃないでしょうか。例え、この状況が仕方がないとしても。自分の代わりだとしても許したくないんじゃないかと」
共感してしまうのだと朝顔は剣巫女へと語りかける。
「どうか、声を聞かせて。貴女の望みを教えてくれませんか?」
『……望み、は』
ただ、愛しき人との約束を果たしたかった。成し得なかった未練を『剣巫女』宍戸佳那は語った。
●
リアは青い瞳を手の中の剣に落とす。
どんな舞をすればいいのか、それは彼等の旋律が教えてくれる。
余計な雑音も多いけれど聖域の旋律に耳を傾けた。
二人の声を聞き漏らさないようにリアは己の内側に向き合う。
「あたしに教えてください、あなた達の成し遂げたかったことを!
思い出してください! 貴女の中に流れる、美しい旋律(おもい)を!」
青瞳が月明かりに輝き、薄く光る剣が流れる太刀筋を走らせた。
『刀匠』森山成昌と『剣巫女』宍戸佳那から受け取る旋律に身を委ねるリア。
――約束の剣舞を、ここに果たす為に。
リアの剣先の向こう側。聖域の外にはすずなの太刀が垣間見えた。
「私の剣は攻めこそ真骨頂! リアさんが剣舞を舞っている間の邪魔はさせませんよ……!」
守りを得手とする焔も居るのだ。心配はいらぬとばかりにすずなは戦陣を切る。
すずなの閃剣が空を切る音がリアの耳に届いた。
「斬り捨てます!」
すずなの一閃に怨霊が真っ二つに割れ、残響が戦場に響く。
「森山さん、悪いがちょっとの間この刀、使わせてもらうぜ。
あんたの巫女さんのようにはいかないだろうけど、彼女の心に届くように、全力で舞うよ」
リアから刀を受け取った風牙は口の端を上げた。
聖域に立籠めていた剣巫女の穢れは仲間が紡いだ想いだけ浄化されている。
佳那を見据え、風牙は刀を掲げた。
舞なんてしたことはない。せいぜい学んだ剣の型を演じるぐらいだろう。
「だから、せめて――想いだけは込めるよ。人々の幸せを願い、厄災を斬り祓う。それがあんたの本来の舞なんだろ? 代わりに舞ってみせるからさ。そこで見ててよ」
震える剣巫女の邪気は焔が代わりに受け持つ。
傷付いていく身体なれど、蜻蛉の指先が優しく蝶を描けば滴る鮮血も消えて無くなった。
「大丈夫やよ。絶対、大丈夫」
「うん! 紡いでみせるんだから!」
想い願い。祈りを捧げ。紡ぐ道筋を束ねていく。
「剣舞の経験はないッスけど、ううん、そこに想いを込めるのなら!」
錆が取れて鈍く光り出した太刀を手に鹿ノ子は琥珀の瞳を上げた。
何があっても前へ進む。止まぬ雨も、明けぬ夜もないのだと、迷い切り払い。
大切な人と寄り添いたいという穏やかな想い。
だからこそ守る為ならば修羅の道さえ歩んでみせる矜持。
想い乗せる剣先に月を走らせ、鹿ノ子は舞う。
時に華のように。時に嵐のように。
――いつだって、ねぇ、遮那さん。僕の想いは貴方へと向かうんです。
戦場を包む光。
クラリーチェの祈りから生まれる聖なる祝福だ。
「穢れに引き寄せられた悲しき存在を、あるべき場所に導きましょう。……さあ、還りなさい」
彼女は送り人。迷える魂をあるべき場所へ導くもの。
鹿ノ子は雪之丞に見違えるように輝きだした刀を託す。
小さく頷いた雪之丞は月明かりの刀を手に聖域へと足を踏み入れた。
代わりに出てきた鹿ノ子は怨霊を自信へ引きつけるように叫ぶ。
「さあ、もう終わりッスよ!」
――――
――
「畏み畏み。剣巫女に捧げまするは、魂鎮めの舞」
雪之丞は剣巫女と呼ばれた佳那の動きを準え、自分に落とし込む。
「例え呑まれ、荒御魂に堕ちようと、その魂に刻み込まれた剣舞は――」
何者にも侵されぬ、唯一無二なのだから。記憶が薄れようとも魂が覚えている。
合わせるように、なぞるように。雪之丞は佳那の舞を踏む。一番大切な物を思い出せるように。
「朽ち果てても尚、手放せなかったのでしょう。思い出して下さい。貴方の剣舞は、誰の為に」
――きっと、村のため。唯一人のため
雪之丞の舞に呼応する剣巫女の心。
この場で剣を舞った全員の想いを受け止め、輝きを取り戻した刀だからこそ。剣巫女の心を揺さぶれた。
彼女を縛る楔は、あと一つだけ。
タイムは遮那を見つめ頷く。
「お願い遮那さん、早く呪いを解いてあげて!」
「ああ!」
剣巫女を貶めた『紫屍呪』を解き放つ好機を逃さないと、遮那は全神経を解呪に注ぐ。
己の魔力を糧に振り払う紫色の呪術。
「――解呪。紫呪の一欠片たりとも屍と化すこと能わず。打ち払え!」
遮那が祝詞を捧げた瞬間、剣巫女を縛っていた楔が弾け、清涼な風が錆塚峠に流れ込んだ。
●
静まり返った錆塚峠に生命の息吹が花開く。
穢れを帯びて灰色だった大地に、優しい月明かりが降り注いだ。
一つ。駆け足の双葉が顔を出すせば、待ち望んでいたかのように次々と草花が広がっていく。
「見ているか宍戸佳那! お前の相方は、森山成昌は、約束通り最高の刀をこしらえたぞ!
今度はお前が舞う番だ! 応えて役目を果たせ! 悪意に満ちた邪な剣じゃない、あんたが磨いてきた、本当の剣舞を、オレと、森山さんに見せてくれ!」
「全てを果たすため 今日まで成昌さんも待っていてくれたのよ。もう見えるでしょう?」
風牙とタイムの言葉に聖域へと舞い降りた剣巫女が雪之丞を見つめる。
イレギュラーズが紡ぎ、『刀匠』森山成昌の手で蘇った月明かりの刀を佳那に渡す雪之丞。
「佳那様。最後は、貴女様です。どうか、この刀で剣舞を」
「そうだよ。佳那ちゃんにはこの刀を使って舞ってもらいたいな。刀に触れる事が出来なかったりするなら、ボクの体を使ってもいいから。だってこれは、その為に作られたものなんでしょ?」
焔が笑顔で佳那の元へやってくる。
果たせなかった未練が今の剣巫女と刀匠を形作るものだ。
「ずっと、貴女が舞うのを、お待ちしていた方がいますから」
雪之丞は二人が紡ぐ舞を見たいのだと僅かに微笑んだ。
剣は舞う。
二人の想い。二人の絆。二人の約束。
タイムは月明かりの下、花咲く舞に涙を浮かべる。
「これはね、多分嬉しくて泣いてるの」
「ええ、本当に美しい旋律だわ」
疼く頭痛に目を瞑りたくないとタイムの肩に頭を寄せるリア。
「ああ、うまく舞えねえなやっぱ。すげえよあんた……」
風牙は雪之丞と同じように剣巫女を真似て踊ってみせる。されど、縺れる足に眉を下げた。
「……終わりましたね」
二人の魂が儚く浄化され、清浄な空気に変わった錆塚峠でクラリーチェは小さく呟いた。
役割の為に想いを遂げることのなかった二人に祈りを捧げる。
「どうか、あちらでは二人でお幸せに」
クラリーチェの隣で剣巫女と刀匠を見送った朝顔は、この場の全ての霊に黙祷をする。
蜻蛉もまた手を合わせていた。
「ようやっと一緒になれた……ううん、ずっと最初から気持ちは一緒やったものね」
イレギュラーズのお陰で二人は願いを果たすことが出来た。それが何よりも喜ばしい事だろう。
「それにしても、ほんに綺麗な刀やねぇ」
鹿ノ子が手にした月明かりの刀に蜻蛉は視線を落とす。
「この刀は春日村の刀匠さんたちにお渡ししましょうッス。深い事情は彼らのほうがご存知でしょうし、またこの峠が賑わってくれれば、きっと佳那さんたちも喜んでくれるッスよ!」
「そうだな」
鹿ノ子と蜻蛉に頷いた遮那は大切に刀を預かる。
「呪いまで解いちゃうなんて、天香の若様も随分立派になったのですね」
「いや、これは偶然なのだ。この望を鹿ノ子と一緒に鎮めた時にだな……」
子犬ほどの望を持ち上げてリアに振り返る遮那。
「ただね、貴方の旋律、とても力強くて輝いているけど、でもどこかちょっと寂しそうなの」
背負うもの。失ったもの。まだ見えぬ未来に戸惑わないといえば嘘になる。
「とはいっても、貴方の周りには甲斐甲斐しく世話焼いてくれる子達が多いみたいですから、余計な心配かもしれないですけどね?」
悪戯な笑みを浮かべるリアに焦ったな表情を浮かべる遮那。
「それはそれとして……『紫屍呪』。この呪いの元凶は必ず見付けて潰すわ
想いを勝手に歪めて、それをほくそ笑んでいる奴が居るかと思うと、反吐が出るわ」
「ああ。誰が仕掛けたかしらねえが、気に食わねえな。ああ気に食わねえ。
人の想いを捻じ曲げるヤツは、絶対に許さねえ!」
リアの言葉に風牙が拳を握った。
残された懸念はあれど。
この錆塚峠の穢れは消え去り、美しく草花が咲き乱れる山となった。
そして、想いを紡ぐ舞は春日村の子供達へと伝わっているとのことだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
美しい剣舞と紡がれる想いを胸に。
ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。
錆びついた一振りの刀が刺さる錆塚峠で想いを剣舞に乗せて。
――『紫屍呪』も解いて二人を送り出しましょう。
●目的
剣巫女の荒御魂を鎮める
●敵
○『剣巫女』宍戸佳那
かつて剣巫女と呼ばれた女性の無念が形となったもの。
『紫屍呪』により荒御魂の性質が強くなっている様子。
また、『紫屍呪』は魔物を呼び寄せる性質を持っているようです。
暴れ回っています。
刀を使った物至単、物近列の攻撃。
剣舞による近~遠の攻撃をしてきます。
錆び付いた刀を持ち一人ずつ剣舞を舞えば刀が美しい輝きを取り戻し剣巫女も鎮まるでしょう。
○怨霊×15
荒御魂の穢れ及び『紫屍呪』に引き寄せられた怨霊です。
怨嗟の声を響かせます。近~遠の神秘攻撃をしてきます。
●NPC
○『刀匠』森山成昌
かつて天下の刀匠の一人と謳われた男の思念体。
神使(イレギュラーズ)の想いと剣舞を受け取り、錆び付いた刀を蘇らせます。
思い人である剣巫女に刀を届けられなかった無念が現世に留まり続けているようです。
○『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)
錆塚峠の穢れを祓う為イレギュラーズと共に行動しています。
何者かが剣巫女に施した『紫屍呪』を解呪する方法を知っています。
自分の身は自分で守れる程度の実力です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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