シナリオ詳細
<ナグルファルの兆し>黒鳥は囀(うた)う
オープニング
●
シャンデリアの明かりが室内をほんのりと照らしている。
執務室らしきその部屋の中で、男が一人いた。
「お父様、お元気でしたかしら?」
濡れ羽鴉のようなしっとりとした艶がかった黒の翼をした女が陶然と笑う。
「アダレード……なんだその翼は?」
驚いた様子の男の手から、ぽろりとペンが外れて机に落ちる。
「ふふ、お父様も仰っておられたでしょう?」
それに対して女――アダレードはくるりとその場で回る。
「これが私の天啓、ですわ」
「……ふむ、そうか。貴様のあの美しき翼こそが私が貴様を身請してやった理由と忘れたか?」
「あら、怖いですわ、お父様。
うふふ……でも、そんなに怒らないで下さいませ」
机に指を添えてつーっと遊ばせながら、男に近づいていく。
「ねぇ、お父様? お父様は仰っておられましたわよね?
誇り高き貴族は誇り高くあるべきだと。
ねぇ、お父様? お父様は天啓の事をどう思っておられるのですかしら?」
腕を、頬を擽って笑う。
「私にその言葉を語るか……」
「ふふ。私はもう、お父様とご一緒に死ぬ気は無くなってしまいましたの。
だって――もう私はお父様の養女でなんていられないでしょう?」
「――ほう、では俺をどうする?」
唐突に粗野な声に移り変わり、傲慢さを露にする。
そんな男をアダレードは静かに微笑み、後ろから抱くように手を前へ。
「どうもしませんわ。ふふふ、折角ですもの。私は私で、生きたいようにやりたいように生きたいのです。
お母さまにお話しすると、あの方は泣いてしまわれるかもしれないでしょう?」
「――ほざくな、娘」
「ええ、ほざきますわ。娘ですから。さようなら、お父様。
――きっともう、お会いすることもないでしょうから」
そう言ってアダレードが男の頬にキスをして――その気配は掻き消えた。
「――ふん、可愛げのない女になったことだ」
そう言って振り返った男は、足元をちらりと見て、そこに落ちた一枚の羽根を拾い上げて蝋燭の火に当てた。
ちりちりと燃える羽がやがて芯だけを残して――ぼう、と溶けた。
その全身を闇が蠢いて、狼のような影が躍る。
「……あなた? 誰かいるのですか?」
男の部屋に、線の細い女性が姿を見せる。
「なに、気にするな。それより、明日から私は兵と共に暫し出かけることになる」
振り返った男は立ち上がると女性の方へ歩み寄った。
「構わないか?」
心配そうに見上げる女の頬を擽るように触れて、男は彼女を抱き寄せた。
●
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)はあまり芳しくない調査の報告を見ながら、少しだけその表情に不快感を見せていた。
アダレード・オークランド。白獅子なる偽勇者に近い輩と共に行動していた女である。
白鳥を思わせる純白の翼を持つ飛行種の女だった。
(ここまで全くそう言った印象の者がいないことがありますか?)
「……それで、ベルンシュタイン様がおっしゃっていた件につきましてですが」
ギルド長の声で視線を上げる。
「実はですね、これまでの調査が行き詰って居まして、少しばかり視点を変えてみたところ」
「なんです?」
「はい、護送をお願いして保管場所を改めたあのナイフの封印した場所へ、容姿の似た女が姿を見せたようなのです。
ただ……その女は、漆黒の四翼を持ち、窺った容姿とはまるで違うのです」
「……ありがとうございます。少しばかり、行ってみます。
ローレットへの依頼をお願いします」
立ち上がったリュティスに、ギルド長があっけにとられた様子を見せた後、頷いた。
●
シンと静まった、石で作られた洞窟の奥深く。
吹き抜けから降りてくる初夏の陽光が祭壇を照らしている。
そこで8人のイレギュラーズと1人の女が相対していた。
「ふふ、見つかってしまいました。
これはナイフの回収は難しそうですね?」
陶然と、女が笑っている。
漆黒の四翼が羽ばたき、ハープでも持つように握る弓に尋常じゃない魔力が揺蕩っている。
「ねえ、黒狼の勇者さん、それにその従者様――」
「そこまで手放せないものなのか、あれは」
その言葉に合わせるように、ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は油断なく武器を構えた。
「ええ、そうなのですわ。退くとはいえ、どうせタダで行かせてくれないでしょうし、
そうですわね……少しばかりお話ししましょうか。それが撤退の手土産ということで、ね?」
一切の隙を見せず、アダレードが笑っている。
- <ナグルファルの兆し>黒鳥は囀(うた)う完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年05月31日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「何れはまた出会う事もあるだろうとは思っていたが……
やはり、あのナイフには俺達と戦う事になっても奪い取るだけの価値があるという事か」
足を踏み、『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は静かに言葉に変える。
「ふふ、早い再開に驚かれてますの?」
くすくすと笑いながら女はその場で弓を鳴らす。
「俺達が警戒をしているのは十分に予想出来た筈だ。その上で敢えてこの場に姿を現した……その思惑程度は喋って貰おう」
仲間の方へ視線を送ったマナガルムが視線を女に向ける。
「それに何に使うかもわからない代物を安々と手放す訳にはいきませんね。
諦めてお帰り頂きましょうか」
自らも弓を構えながら『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は冷ややかにアダレードを見る。
「うふふ、それで何からお話します? 何からお答えしましょうか」
くすりと笑ったアダレードが小さく首を傾げた。
緩やかに不敵に笑うその女は、傲慢さを隠さない。
(関わってないから分からないのが本音だ~が。魔種かぁ……いやー久しぶりだな~)
その様子を見る『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)は、敵を見て一つ溜息を吐いた。
「ヤダな~成るべくして成っちゃった感あんだわ」
その言葉を聞いて、アダレードがくすりと笑ってみせる。
(とは言え我等が隊長にメイド長からの招集とくりゃ顔を出さないワケにもいかんの)
夏子はくるりと槍を振るう。
「――随分と、お綺麗な翼をしているんですね。
嗚呼、まるで僕の抜け羽の様で……素敵が過ぎるみてぇですが」
最速で疾走し『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)が戦場を駆ける。
美しき青い翼が羽ばたき、抜け落ちた羽が黒く変色する。
空を踏みしめ虚光の槍が爆ぜる。
最速の翼によりもたらされた傷は芯に入らない。
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ」
吐いて出た皮肉に対して、アダレードが笑みを隠さない。
皮肉を受け取ってないんじゃない。
「青い鳥の貴方。貴方の翼も素敵ね? 青から黒なんて、白から黒へ変じた私と一緒じゃない」
――むしろその逆だ。この女は、分かってそう返したのだ。
皮肉は、皮肉になると分かってないと言えないことだ。
「……いい度胸してんじゃねぇですか。」
ハンスは静かに青筋を浮かべた。
(反転した偽勇者に儀式用のナイフか。情報を見れば見るほど毒のような娘だな)
ギターを鳴らし、歌いながら『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は敵の方を見る。
「それでは踊ろうか、お嬢さんよ!」
「うふふ、ダンディなおじ様なこと。でもごめんなさいね、おじ様。
私の趣味としては少々お歳を召してらっしゃるご様子。流石に父ほどの年の差の方は困りますわ。
20年ほど前でしたらぜひご一緒したいのですけれど」
アダレードは笑って答えた。
「じゃあ、俺とならどうだい? 物騒な物は置いて、お茶でも一杯。美しいお嬢さん、君の事をもっと知りたいな」
アダレードの方へ走り抜けた『不沈要塞』グレン・ロジャース(p3p005709)は断られる前提で声をかけた。
そんなグレンの顔をアダレードが覗き込んだ。
「ええ、お兄さんならそれもいいですわね。でも、ごめんなさい。
そんな風に物々しい装備でいるのに、こちらだけ武器を手放すなんて、間抜けなこと出来ないわ?
女はちょっとは間抜けな方がいいって言いますけど――ね」
「そちらの思惑がどうであれ、魔種は我々の敵だ。加減はせん、この場で討ち取る心算で行く……!」
じりりと槍を構え間合いを整えるマナガルムが槍を払い、アダレードへと斬撃を繰り出した。
振るわれた穂先を防ごうとしたアダレードとマナガルムの間に合った薄氷の守りが砕け散り、斬撃が到達する。
「美しい黒鳥を堕とさねばならないのは悲しい運命だぜ」
「うふふ、高く美しく舞う黒い鳥はなかなか落ちないものですわよ?」
合わせるように動いたグレンが立ちふさがると、アダレードが笑いながら静かに弦に手を添えた。
「オークランド家とナイフ……今ミーミルンドを中心に幻想を騒がせている件と、関係があるのだろうか」
マルク・シリング(p3p001309)はその様子を見据えて仲間達へ助言を伝えつつ、視線をアダレードへ向けた。
「お父様の方は、あるんじゃないかしら。ふふ、ミールミンド卿と手を組まれたかったみたいですし。
それにしても、お国に乱を起こすだなんて、お父様も血迷ったことをされること。
三大貴族や勇者の皆様を敵に回して勝つおつもりなのですから。流石に憐れですわ。
まぁ、単独で兵を挙げたオランジュベネよりはましでしょうけれど」
真っすぐに敵を見据えたマルクに対して、アダレードがたおやかに笑んでそう返してくる。
あくまでも、父親はそうだと伝えながら、彼女は油断なくイレギュラーズを見渡す。
「貴女が魔種だとしても敵は一人。それに、こっちには頼れる仲間が揃ってるんだ。
やってやれない事はない筈だよっ!」
拳を握り締めてアダレードの後ろへと回り込んだ『人為遂行』笹木 花丸(p3p008689)に、ちらりと視線を向けてアダレードが嗤った。
「ふふ、準備はよろしいかしら?」
「ダンスパーティーに興味はあるみたいだね? 踊りたい相手、見てみたい踊り。
彼だけでいいの?」
視線で彼――グレンを示しつつ前に出て構えを取った夏子にアダレードが微笑みかける。
「こちらにもいてくださるなんて。
ふふ、舞踏会でしたらお相手に悩まなくて済みそう」
静かに笑んだ敵の魔力が増幅していく。
「それでは皆様。――殺すのなら、ちゃんと着いてきてくださる?」
手に添えられた弦が離れ、矢が放たれた。瞬間、氷の刃が円形状に戦場を劈いた。
咄嗟の判断で身体を動かし、防御する。勢いを殺した刃がグレンの刃を浅く裂く。
●
「醜き白鳥の君。あのナイフ、貴女にとってはただ大狼の遺産という訳では無い筈だ。
教えてくださいな、天啓を得た者とは総じて語りたがりなものでしょう?」
遥か遠くより、青き彼方を描く青薔薇の往路が斬り開かれる。
駆け抜けたハンスが防がれた薄氷を足場に舞い上がり、返すように虚光の槍となって駆け抜ける。
「ふふふ、そうですわね。正直なお話をしてもよろしい?」
複雑な軌道を描いて薄氷の合間を掻い潜り貫かれた腹部を軽く抑えたアダレードが、同時に弦を弾いた。
氷の刃がハンスを握るように舞い踊り、微かにその身に傷を増やす。
「実のところ、あの遺産はさほど重要ではないのですわ?
ええ、お父様にとっては重要かもしれませんけど。私にとっては実のところ、さほど重要ではないの」
「……以前からの話であればナイフに執着されているようですが、さほど重要ではないなら、何の為に求めているのでしょうか?」
グレンの背後に立つリュティスの言葉に、アダレードが笑みの質を微かに変える。
「さぁ、私からすれば……そうね、大方、ただの魔術触媒にしかならないでしょう。
ええ、実際のところ、別に要らないのですわ」
「……その口ぶりから察するに、貴女とお父様の目的は別なのでしょうか?」
「ふふ。どうかしら? もしかすると手段が違うだけかもしれませんわよ?」
応酬の連撃を受けながらも、彼女の表情は変わらない。
「ナイフの逸話でも良いのですが……何かあったりするのでしょうか?
それも話さないというのなら、滅するのみです」
「それでしたら、あれはオークランドの家宝ですわ。
オークランドは獣と密通し、その身に獣の呪いを受けた家。
あのナイフには『美しき獣が脅され犯され殺された積年の恨みが染みいている』のですわ。
まぁ、本当に獣だったのか、今日でいう獣種の方々だったのかは定かではありませんけれど」
肩を竦め、アダレードが首を振った。
「太陽の子ら……太陽の下を(忌々しくも歩く人の)子ら、ってところですわね」
「アンタは力を手に入れてもまだ、使われるままなのか?」
ギターを奏で、美しき金色の闘志を仲間へともたらしながら、ヤツェクはアダレードに視線を向けた。
「どういうことかしら、おじ様?」
「お父様とやらに使われて、魔種になってもまだ誰かに使われるままなのかと聞いている」
それは、ヤツェクのひっかけである。『傲慢』の魔種であれば、使われているままであれば気が済むまい。
それに、誰かからの命令を受けているのかどうか、野心のようなものがあるのかどうかさえ見えればそれでよかった。
「ふふ、お父様に使われていた覚えも、誰かに使われている覚えもないですけれど。
でも……そうね、私が知らないだけで私を利用している誰かの掌で踊っているだけなら――ふふ、それもよろしくはなくて?
どうせ、その手合いにはいつでも使われるしかないでしょうし」
(……独断での行動ということか?)
微妙にはぐらかされたようにも思えたが、言葉の要素を切り取ればそう取るしかなさそうだった。
(追撃の余力を奪うとすれば、まずは回復役を狙ってくるのが定石……だが、アダレードの攻撃はむしろその逆。
『そうそう倒れなさそうな俺や花丸、夏子なんかを狙っている』。何故だ?)
敵の攻撃は、グレンの読みとは異なっていた。
相手が間抜けなのであればそれでいいが、アダレードはそう言った類ではなさそうだ。
なにせ、自分で『間抜けな女ではない』と言ったのだし、事実、語る言葉から知性の高さは感じられる。
「とはいえ、情報はお嬢さんに取っても大事なはず。簡単に話す物は、此方に渡したい内容。
……つまり、鵜呑みにゃできないわけだ」
思考しながら、グレンは敵の方を見据えていた。
「ふふ、確かにそうですわね。私は正直にお答えしているつもりですけれど」
聖剣を払い、自らの意志を力に変えて生み出された斬撃は、薄氷の薄いところを砕いてアダレードを傷つける。
「レディとのダンスは歓迎だが、踊らされるのは勘弁だぜ。
リードするのは、紳士の役目だろ? ……それとも、強引なのはお嫌いかな?」
「たしかに。ダンスは男性からの方が嬉しいですわね」
淑女の笑みをはぎ取らせるにはまだ時間が足りなさそうだった。
大雑把なアダレードの攻撃は、どことなく徐々に洗練されている気もして。
「俺が一番気になって居る事は、その目的だ!
──魔種となり、得た力でお前は何を為す、アダレード・オークランド!
その力は、やがてはその身を破滅させる力に違いあるまい」
跳びこむように動いたマナガルムが、槍を閃かせアダレードの首筋めがけて駆け抜ける。
切っ先は強かにアダレードの首筋を裂き、そのまま翻された穂先を以って彼女を貫く。
「聞いて理解出来るとは思っていない、納得が出来るかも解らない──が、それを聞く権利はあるのではないか?」
「素敵な事ですわ。黒き狼の勇者様。理解できるとも納得できるとも思わなくてもなお、それでも聞いて見せるなんて。
たいていの方はできないでしょうから」
はぐらかすように笑った彼女が傷跡の残る首筋に手を置き、撫でてその手に視線を向ける。
「ふふ、まだ決めていないと言ったら、嘘だと思われますかしら?
天啓で卵から孵ったばかりのこの身に」
「僕は君が聞いたその『天啓』に興味があるね。君は『誰の呼び声を聞いて魔種に反転した』のかな?」
「誰だと思います? 目星くらいなら付けてらっしゃると思いますけれど」
マルクの問いにアダレードが小首をかしげてそう答えた。
「反転したという事は、呼び声の影響を受ける程度には、近くには魔種がいた事になる。
それはオークランド卿なのか。僕らの知らぬ誰かなのかな?」
「ふふ、お父様ではないとだけ申し上げますわ。
だって――子が親をわざわざ貶める理由なんてそうそうないでしょう?
――いえ、ある所にはあるでしょうけど。
貴方がたが知っているかどうかについては……人によると思いますわよ?
貴方なら特に。……会ったことはないでしょうけれど」
魔方陣を描き、築かれた聖域の光の向こう側、じっとマルクを見据えてアダレードが静かに笑みを浮かべた。
マルクはその言葉に眉をひそめる。
「うーん、ダンスパーティは楽しいですけれど、そろそろ飽きてきましたわね」
ぽつり、アダレードが呟いてイレギュラーズの後ろ――祭壇を見据える。
その手が弦に触れるよりも前、夏子はその視界を覆いつくすように前に立ちふさがる。
「レディを退屈させちゃって……申し訳ない限りだよ。
でも、退くって事は我々を甘く見てないって事……ならどうして、俺を優先して攻撃するんだろ?
やるなら、回復役とか、先手を取れるハンスとか幾らでもいるでしょ」
「どうだと思います?」
刹那、夏子の全身を覆うように姿を見せた氷の刃が一斉にその身を貫き、パンドラの光が輝きを放つ。
光の向こう側、返すように夏子が振るったグロリアスが強かにアダレードを穿ち、彼女の眼が見開かれた。
「退くとは言えど、タダで退くとは確かに言ってなかったね」
「嫌ですわね、なんだか気に食わない光ですわ」
受けた傷の痛みか、パンドラの輝きを見たからなのか、アダレードの表情が微かに歪む。
「ねえ、見逃す代わりに今度デートしてくれない?」
「素敵なお話ですけれど。デートはお断りするしかないですわね。
遊ぶのでしたら、構いませんけれど」
「魔種になって力を手に入れたんだとしても、
手勢を連れずに一人で此処に来た理由を教えてもらってもいいかな?」
花丸は拳を構え、真っすぐに撃ち抜いた。
力強く撃ち込まれた打撃はその殆どの勢いを殺されながらもアダレードの身体に衝撃を叩き込む。
振り返ってくるアダレードと視線を合わせながら、花丸は拳を構え続けた。
その身に傷は多く、血が流れ出る。それでも、構えは解かなかった。
「貴女からは殺意があまり感じられなかった。
もちろん、こっちが手緩かったら銀麗のナイフを奪っていこうって心算だったんだろうけど、
それだけじゃないんだよね、貴女は」
「ふふ、たしかにそうですわね。
私がここに来た理由――それは皆様と戦ってみるためですわ」
アダレードが笑う。その笑みが、今までの感情を覆い隠すための小道具ではないことは明確だった。
そして、不意に『アダレードが速度を上げた』。
それはハンスでさえ思わず遅れるほどの文字通りの最速。追撃を振り切り、空へと舞い上がる。
「今まで手を抜いてたってことですか……つくづくムカつきますね」
油断していたつもりはない。それでもハンスが一瞬ながら出遅れたのは敵が今まで手を抜いていたからに他ならない。
つまり、この女は今までイレギュラーズよりも敢えて遅く動いていたことになる。
初速こそ速かったが、舞い上がった後の速度を見れば、水をあけられるほどの違いじゃない。運(ダイス)が絡んだ程度か。
「ええ、私はナイフなんていりません。ええ、お父様の計画なんて潰れてしまって構いませんわ。
――だから、私は貴女達の前にきたのです。『本気で殺すつもりでかかってくる皆様がどれぐらい強いのか』。
それに、『今の私の身体がどれぐらい通用するのか』。あとついでに『加減の分からぬこの身体を慣らすに手っ取り早い方法』も。
それって、本気で殺し合えばわかるでしょう? 流石に、死にそうになれば感覚も分かることですし」
女は静かに嗤っている。
なるほど、たしかにこの女は傲慢じゃないか。
戦うことそのものが、今回ここに来た目的だというのだから。
「またお会いしましょう、イレギュラーズの皆様。
――ふふ、でもその前に、ちゃんとお父様を止めることですわ。
まぁ、もちろん、そちらは言うまでもないのでしょうけれど」
自分に絶対的な自信をもって狡猾に嗤う女の笑みは、日差しの中に浮かぶ赤い半月のようにイレギュラーズの眼に焼き付いた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
オークランド家の思惑と銀麗のナイフの由緒が判明したようです。
アダレード自身の思惑は……彼女の言の通りであればまだ決めていない、とのことですが……果たして。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
リュティスさん・ベネディクトさんの調査依頼により発生したシナリオとなります。
それでは早速詳細をば。
●オーダー
【1】『黒羽の天翼』アダレード・オークランドを撃退する。
【2】銀麗のナイフを奪われない
●フィールド
神域っぽい雰囲気の静かな洞窟、その最奥の開けた祭壇です。
祭壇の周囲を封印術式が何重に巡らされ、生半可な生物では無許可で触れることができません。
ただし、魔種やイレギュラーズであれば時間を掛ければぶち抜ける程度ではあります。
祭壇を中心にイレギュラーズが祭壇を囲むように布陣し、魔種と相対している形になります。
●エネミーデータ
・『黒羽の天翼』アダレード・オークランド
魔種です。前回の依頼(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5615)の後、
『原罪の呼び声』に答え反転しました。属性は『傲慢』です。
漆黒の四翼で空を舞い、黒鉄の大弓を握る姿はさながら黒い天使のようです。
戦闘スタイルは不明です。
反転前は【氷】系の魔術的な弓を用いる中~長距離アタッカーでしたが、反転後は不明です。
神攻系であることは変わらないと思われます。
なお、反転したてで加減が分からないのか、攻撃のが非常に大雑把な傾向があります。
また、戦闘においてはどちらかというと交戦より追撃の余裕を減らしたうえでの撤退を優先してきます。
そのため、どちらかというと皆さんを殺す気は無さそうです。
とはいえ、あまり手加減すると銀麗のナイフを奪われるやもしれません。油断は禁物です。
●オークランド家
下記2つの依頼に関連する幻想貴族です。
リュティスさんが管理するマナガルム領近辺に所領を持ち、
銀麗のナイフなるものをマナガルム領に隠していました。
参照する必要はありません。今のところ、何をしようとしているのかも不明です。
『<ヴァーリの裁決>銀麗なるやここにあり(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5460)』
『<フィンブルの春>銀麗狼の遺産(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5615)』
●銀麗のナイフ
封印術式の内側に存在する、鑑定に拠れば魔術触媒の類とされる美しい銀色のナイフです。
悪いことに使えそうなので発見後に封印されることになりました。
●攻略ヒント
彼女はあくまで『ミーミルンド家派の一貴族の養女』が反転したにすぎません。
あまり大規模な事を聞いてもはぐらかされる可能性が高いです。
どちらかというと彼女本人の目的や、彼女の家の目的、銀麗のナイフの所以などを尋ねることをおすすめします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はB-です。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点は多く、油断は禁物です。
Tweet