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シナリオ詳細

業火に飲まれるルサールカ。或いは、絵画に魅入られた少女…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●業火に飲まれるルサールカ
 幻想。
 とある地方の小劇場。
「これは……厄介なことになった」
 陰鬱とした雰囲気漂う劇場の前に、1人立ち尽くす影があった。
 厚手のコートに身を包み、極彩色に染めた髪を背中でくくった男とも女とも判別の付かぬ顔立ちの人間。
 名を“ゲルニカ”という画家である。
 どこか遠くを、ともするとこの世ではないどこかを覗き込むかのような眼差しで劇場を凝視し、ゲルニカは足元の鞄へ視線を落とす。
 画材や絵筆が満載された鞄の隅に、折りたたまれた一枚の紙が収められていた。
 それはどうやら、新聞の切り抜きであるらしい。
「一足遅かった。自分の描いた絵で……不幸になる者なんて、観たくなかったんだけど」
 はぁ、とため息を一つ零してゲルニカは新聞の切り抜きを手に取った。
 一面記事を飾るのは、ある年若い劇団員の姿であった。
 赤い髪に、白い肌。
 赤いドレスを纏った彼女が何の役を演じているのかは分からない。
 つい最近になって、急に頭角を現し始めたという劇団員“カルメン”。
 彼女の躍進には、ゲルニカの絵が関係していることは間違いないだろう。

 ゲルニカの絵は持ち主に不幸をもたらす。
 そう噂され始めたのは、一体どれほど前からだったたか。
 その噂を耳にして以来、ゲルニカは自身の絵を回収する旅に出た。
 自分の絵で、誰かが不幸になるなど耐え切れないのだ。
「半信半疑だったけど……こうして、目の前にそれがあると、ね」
 ゲルニカがモチーフとしているのは、死と破滅、廃退、廃墟、終焉といった暗いものがほとんどだ。
 今回、カルメンが手に入れたのは業火に焼かれる咎人を描いた作品『業火に飲まれるルサールカ』である。
「何か異変が起きる前に……と思ったのだが、手遅れだったか」
 劇場へ向けてゲルニカはその腕を伸ばした。
 直後、ゲルニカの腕は見えない壁に弾かれた。
「……っ」
 つけていた手袋は焼け焦げ、白い肌には火傷の痕。
 熱量を持つ見えない壁が、ゲルニカの侵入を阻んでいるのだ。

●ゲルニカの絵画を奪取せよ
「カルメンさんは、誰もいない劇場で1人、劇を続けているみたいです」
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は、暗い顔をしてそう告げた。
 ゲルニカの絵画から、どういった着想を得たものか。
 劇場の異変が起こる直前のカルメンは、まさに“命を燃やす”ような演劇を続けていたという。
 観る者の視線を奪い、魂を震わせる彼女が出演する演目は連日満員御礼であった。
 だが、ある日……。
 ある夜、カルメンが1人、劇場の舞台に立っていた時にその異変は起きた。
 ごう、と。
 カルメンに声をかけようとした劇場スタッフの腕が、突然に燃え上がったのだ。
 否、スタッフの男だけではない。
 劇場にいたすべての人が、その熱波を感じたという。
 そうして、彼らはカルメンをその場に残し全員が劇場から逃げ出した。
 今も熱波は収まらず、近づくものを焼くという。
 ただ1人。
 舞台で役を演じる少女、カルメンだけを例外として……。
「症状を見る限り【業炎】や【不運】の状態異常を受けているみたいですね。侵入者に対して自動で影響を及ぼすのか、それともカルメンさんの意志によるものかは不明ですが」
 どちらにせよ、無傷のままに劇場を踏破しカルメンの元へ辿り着くことは困難を極めるだろう。
 正面扉を抜けた先にエントランスフロア。
 そこから左右に道が続き、二階へと移動すれば観客席へと辿り着く。
 すり鉢状に造られた観客席から見下ろした1階部分に、半円形の舞台があるという形状だ。
 1階のどこかから、直接控室や楽屋、舞台へ向かうことも可能だろう。
「とはいえ目的はカルメンさんを討伐することではなく“業火に飲まれるルサールカ”を回収することなのです」
 カルメンがおかしくなった原因も、劇場を包む不可視の火炎の発生源も、おそらくはその絵画であろう。
 小劇場とはいえ、それなりの広さがある建物のどこかから、件の絵画を回収するのはきっと大きな労力を必要とするはずだ。
「ゲルニカさん自身は、ある程度近づけば絵のある大まかな位置や方向が分かるらしいですが……」
 戦闘力を持たないゲルニカを劇場に連れて行くのは、当然ながらそれなりに危険を伴う行為と言わざるを得ない。
 その点をユリーカも懸念しているのか、どこか暗い顔をしていた。
「絵画を視ると【魅了】【恍惚】に見舞われる危険もあるので、そっちも注意が必要です」
 カルメンの妨害に対応しつつ絵画を探す。
 今回の任務は、およそそう言った内容となるだろう。

GMコメント

●ミッション
ゲルニカの絵画『業火に飲まれるルサールカ』を回収する。

●ターゲット
・カルメン
紅い髪に赤いドレス。
何かを演じる劇団員。
夢見る瞳で舞台に立ち、観客もいない劇を演じ続けている。
絵画の影響を受けており、現在正気を失した状態にある。
また、劇場内に不可視の火炎を放つことが可能であるようだ。

燃え上がる情熱の炎:神中単に大ダメージ、業炎、不運
不可視の火炎。
※カルメンの視界外、劇場内のターゲット1人に向けて放つことも可能。その場合はダメージが大幅に軽減される。

・『業火に飲まれるルサールカ』
炎に焼かれる女の姿が描かれた絵画。
劇場内のどこかに隠されているようだ。
絵画を視た者に【魅了】や【恍惚】の状態異常を付与する性質を持つ。


・ゲルニカ
旅の画家。
長い髪を後ろでひとつに括っている。中性的な見た目をしており、性別不詳。
死と破滅、廃退、廃墟、終焉などをモチーフとした絵を得意とする。
つい昨今、各地でゲルニカの絵が“不幸を呼ぶ絵”として噂されはじめたことをきっかけに、回収の旅に出ることにした。
自身の絵によって不幸な目に遭う者がいるのなら看過できないというのがその理由である。
実際、持ち主の多くは行方不明になっていたり、既に死去していたりするらしい。
ともすると、ゲルニカの絵はある種の魔道具や呪いのアイテムになりかけているのかもしれない。


●フィールド
幻想のとある小劇場。
正面扉を抜けた先にエントランスフロア。
そこから左右に通路が続き、階段を上って二階へと移動すれば観客席へと辿り着く。
すり鉢状に造られた観客席から見下ろした1階部分に、半円形の舞台がある。
1階のどこかからでも、控室や物置部屋、楽屋などに移動できるようだ。
エントランスや通路には、絵画や美術品が飾られている。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
 

  • 業火に飲まれるルサールカ。或いは、絵画に魅入られた少女…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年05月17日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
浅木 礼久(p3p002524)
海賊淑女に愛をこめて
グレン・ロジャース(p3p005709)
理想の求心者
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
ドゥー・ウーヤー(p3p007913)
海を越えて
長谷部 朋子(p3p008321)
蛮族令嬢
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

リプレイ

●業火に飲まれたルサールカ
 業火に飲まれたルサールカ。
 画家、ゲルニカがその絵を描いたのは、今から10年ほど昔のことだ。
 二十歳にも至らぬ若き日のこと、ゲルニカは画材を買いに出かけた先で建物火災に巻き込まれた。出火の原因は今をもって不明のままだが、あの日、炎に焼かれて亡くなった者の人数は10を超えると聞いている。
 身元の分かった死体が9。
 そして、身元不明の女性の死体が1。
 紅色の火炎と、濛々たる黒煙の中で、ゲルニカは炎に焼かれ、踊るようにもがきながら息絶えていった少女の姿を視認した。酸素の不足と炎の熱で朦朧とする意識の中、助けの手を差し伸べることもできないまま、ゲルニカは少女が倒れるのを見ていることしかできなかった。
 やがて、ゲルニカは意識を失い、次に目を覚ました時には病院のベッドの上だった。幸いなことに大きな火傷は負っておらず、また後遺症の心配もないそうだった。
 火災の現場から生還したのはゲルニカ1人。
 あの日、意識を失うその寸前に目の前で倒れた少女の名は、終ぞ知ることは出来なかった。

 暗い劇場。
 廊下を駆ける4人の人影。
 視界が歪んだその瞬間、『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は咄嗟に顔の前で腕を交差させ、歩を止める。
 ごう、と空気の唸る音。
 交差させた四音の腕が、焼かれたように爛れていく。
「大丈夫、か?」
 四音の足元、小柄な少女が言葉を投げる。
『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の声音は淡々としたものではあるが、四音を心配しているのだ。その証拠に、エクスマリアの豊かな金髪は意思を持つように蠢き、四音の背を支えている。
「ご心配なく。皆さんの命を癒し守るのが私の使命。必ず守ってみせます」
「そう、か……っ、また、来る」
 エクスマリアが注意を喚起する声をあげた。
 【温度視覚】のスキルにより“見えない火炎”の発生位置を視認したのだ。
「……明日午前公演のチケットを買っておいたというのに。何が悲しくて予定を前倒しにしてまで俳優と遭わなきゃならないんだ」
 苛立たし気に舌打ちを零し『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)は見えない炎を意にも留めずに前へ出る。
 高熱に景色が歪み、セレマの美しい顔や、肌が焼けた。爛れた皮膚に血が滲む。一瞬、痛みに顔を歪めたセレマであるが、焼けた皮膚がじくりと蠢き爛れた肌組織があっという間に再生していく。
「……この手の冗談を好む魔性に、憶えがないでもないが」
 ほっそりとした指輪に手を触れ、セレマはポツリと言葉を零す。セレマの契約している悪魔の中に、絵画に関係した性質の悪いものがいるのだ。
「なんにせよ油断はできないよ」
 石製の大戦斧を肩に担いだ『蛮族令嬢』長谷部 朋子(p3p008321)が、セレマの後に続いて進む。1階最奥、通路の奥に見える分厚い扉に刻まれた「STAFF ONLY」の文字を見据えて、朋子は笑う。
「さぁ、張り切っていくぞー!」
 扉の先は、劇場の舞台に繋がっているはずだ。
 今回の騒動を引き起こした原因、その1つである劇団員が今もそこで舞っている。己の意志によるものか、それとも絵画に操られてのことかは不明ではあるが、どちらにせよ朋子の行動は変わらない。
 腰を低くし、石斧を背後へ振りかざす。
 呼吸を止めて、強く1歩を踏み込めば足元の床にミシと小さな罅が走った。
 一閃。
 石斧の一撃が、鍵のかかった分厚い扉を打ち砕く。

 盾を構えた『我が身を盾に』グレン・ロジャース(p3p005709)に庇われながら、ゲルニカは急ぎ通路を駆ける。
 一階の通路を抜けて、2階へと向かうゲルニカは階段に躓き姿勢を崩した。
 転倒しかけたゲルニカへ、素早く腕を差し伸べてグレンは笑った。
「足元にお気をつけてどうぞ?」
「む。すまない」
 キザな仕草にさしたる反応を示すことなくゲルニカは姿勢を正すと、再び階段を登り始める。
「待て、グレン。目指すべきは2階ではなく控室じゃないか?」
 先へと進むグレンとゲルニカを呼び止めて、『海賊淑女に愛をこめて』浅木 礼久(p3p002524)はパンフレットへ視線を落とす。
 事前に入手したパンフレットに従うのなら、2階には観客席以外に目立った設備は存在しない。今回のターゲットである「業火に飲まれるルサールカ」はカルメンの私物だ。となれば、その在処は控室や楽屋となるはずと礼久は予想していた。
「うん。劇場から人々の避難が問題なく行われたことから、彼らが通った道筋には絵画は置いてないんじゃないかな」
 そう言って『海を越えて』ドゥー・ウーヤー(p3p007913)は、チラとゲルニカへ視線を送った。
「うぅん、それはそうかもしれないが……」
 礼久、ドゥーの言葉を受けたグレンは、困ったように頭を掻いてゲルニカと2人の顔を交互に見やる。
「絵は上の階にある……気が、する」
「上って……」
 長い前髪に隠れて様子は窺えないが、ドゥーはきっと困惑に目を瞬かせているのだろう。
 頭が小さく、上下左右へ揺れていた。
「近くに行けばゲルニカが分かるのでしょう? それなら、正直どこにあるかとか見当もつかないから手当たり次第探せばいいじゃない」
 カツン、と。
 硬質な音を鳴らして前に出たのは『剣靴のプリマ』ヴィリス(p3p009671)である。刃の付いた義足で床を叩きながら、ステップを踏む彼女は、そのままタタンと階段の踊り場へと歩み出る。
「必要なら私だけでも先に行って、劇場を走り回るわよ! 天井や壁くらいならこの剣靴があれば床も同然だもの!」
 悠然と。
 静かに両の腕を広げた彼女の姿が、窓から差し込む月の光に照らされる。
 まるでスポットライトを浴びた、銀幕の中の星の如く。
 口元に笑みを浮かべたヴィリスの提案に、グレンはしばし思案した。

●上演中はお静かに
 窓から差し込む月明かり。
 誰よりも先に階段の踊り場に駆け上がったグレンへ向けて、ドゥーは怒鳴った。
「グレンさん! そこ! 危ない!」
 ドゥーの瞳は、ほんの一瞬景色が揺らいだのを見逃さなかった。
 【ハイセンス】で強化されたドゥーの瞳は、周囲の景色の僅かな変化も察知できる。その声を聞いたグレンは、盾を構えた姿勢のまま後ろへ下がった。
 その広い背で背後に続くゲルニカを押す。
「う、ぉ……!?」
「悪ぃな! 誰か支えてやってくれ!」
 見えない業火がグレンを焼いた。
 その大半は掲げた盾で受け止めるが、元よりそれは視認できない不定形の炎である。盾で防いだ顔や胸はともかくとして、腕や腹部には大きな火傷を負っている。
 皮膚の焼ける異臭が漂い、グレンは痛みに顔を顰めた。
 けれど、グレンの献身によりゲルニカは火傷を免れた。このまま階段から落ちれば無傷とはいかないだろうが、高い足音を鳴らし跳んだヴィリスがゲルニカの腰に腕を回す。
「ちゃんと捕まっててね? 乗り心地はあんまり保証しないわ」
 階段を蹴ったヴィリスの踵が火花を散らす。
 重さを感じさせないステップ。
 ゲルニカの身体を引き摺るように、ヴィリスは階段を駆け上がっていく。足場の悪い階段で、これ以上攻撃を受け続けないための措置だ。
「あなた、指示を!」
 チラと背後へ視線を投げたヴィリスは、礼久へと指示を仰いだ。
 礼久は手元のパンフレットへ視線を落とし、ほんの一瞬思案する。
「追撃……っ!」
「ちっ。舞台に向かった皆は大丈夫なのかしら?」
 ドゥーの視線が、新たな火炎の発生を捉えた。
 階段を昇り終える直前、ヴィリスは停止。
 その前髪を熱波が撫でた。前髪の一部が焼け焦げ、頬が焦げた。滲む血も、すぐに蒸発して渇く。
「モタモタしている時間はないか。ゲルニカ、絵画は?」
「駄目、だな。客席の方だとは思うが……」
「客席へ迎えヴィリス! 足を止めるな、狙い撃ちにされる!」
 先行したヴィリスに指示を出しながら、礼久は2人の後を追いかける。
「けっこうひどい火傷だね。それだけゲルニカさんの画家としての力がすごいってことなのかな?」
「さぁな。だが、しかし、自分が丹精込めて描いた絵が誰かを害すとなれば心中穏やかじゃないだろう。俺も自分が作った料理が誰かを苦しめてたら胸が痛むぜ。割と、マジにな」
 ヴィリスや礼久に遅れること数秒。
 グレンとドゥーは、ようやく2階へと至る。

 ゴムの焦げる異臭が満ちた。
 否、それは人の皮膚が焼ける臭いだ。
 不可視の火炎に焼かれた皮膚や、焼け焦げ、炭化し、崩れるように剥離する。
 剥き出しになった筋繊維が、熱に収縮して千切れた。
 それもすぐに炭化し、崩れる。
 人体が、無残なまでに破壊されつくした末に、残ったものは焦げた骨。そのうちに守られている臓腑も、じわじわと水分を失い渇いていくが、しかして“ソレ”は生きていた。
 1歩。
 前に踏み出した足が崩れて、転倒する。
 じくり、と。
 肉が蠢き、失われた脚は再生した。
「ごきげんよう。お嬢さん。観客風情が舞台に上がるなんて失礼な話だとは思うけども……キミのせいで明日のチケットがただの紙切れだ」
 焼けた頭部が再生し、青い髪が生えそろう。
 火炎に焼かれながら、セレマは前へ。大仰な仕草で胸に手をあて、静かな湖畔に囀る小鳥のような声音で言葉を紡いだ。
『恋は放浪の子、規律など知ったことではないわ!』
「なるほど。たしかにそうだろう。僕たちは単なる観客だ。君たち演者のやることに。外野がとやかく言葉を投げつけるなど無粋の極みだ」
『えぇ、えぇ。私が好きになったら、せいぜい用心することね!』
「なに、構わない。腹いせというわけじゃないが、ボクと幕切れまで付き合ってもらおうじゃないか」
 差し伸ばされたカルメンの手を、セレマはそっと取ったのだった。

「うわぁぁっ!! セレマくんが燃えてるっ!」
 石斧を背負ったままの姿勢で朋子が叫した。
「あ、いや、いつものことか」
 けれどすぐに冷静さを取り戻し、朋子は石斧を担ぎなおす。
 セレマがカルメンを引きつけているその間に、彼女を打つ心算だ。そうでなくとも、朋子たちに意識を集中させていれば、カルメンが絵画捜索班を襲う余裕も無くなるだろう。
『恋! それは、掴んだと思えば逃げてゆき、自由になれたかと思えば掴まれるもの!』
 舞台のうえでくるりと回るカルメンは、セレマと位置を入れ替えた。
 石斧を振り上げたままの姿勢で朋子は急停止。
 その眼前で不可視の火炎が爆ぜ、朋子は姿勢を崩して転倒した。
「う、ぎ!! 熱っ!」
「すぐに治療をいたしますね。火傷の治療も勿論できますので、どうぞご安心を」
 ゆったりとした裾を優雅に翻し、四音は頭上へ腕を掲げる。
 リィン、と鐘の音がなった。
 脳裏に響く幻想の音色。
 降り注ぐ淡い燐光が舞い、朋子の身体に降り注ぐ。
「カルメンさんの命を奪うのは皆さんの本意ではないでしょうが、些か火力が強すぎますね」
「っ……手加減してる余裕は無さそう?」
 火傷の失せた顔を撫で、朋子は深いため息を零す。
『黒い目がお前を見ているぞ! 恋がお前を待っているぞ!』
 ぱっ、とセレマの手を放し、カルメンは声も高らかに叫ぶ。
 ごう、と不可視の業火が唸りセレマの身体が燃え上がる。セレマの左右を通過した朋子、そして刀を構えたエクスマリアがカルメンへ迫った。
「たった一人の舞台とは、なんと独り善がりな……それとも、『ルサールカ』が観客、か?」
 エクスマリアは至近からカルメンの瞳を覗き込む。
 どこまでも深い闇のようなエクスマリアの虚ろな瞳。視線を通じて注ぎ込まれた魔力の渦が、カルメンの精神を激しく揺らした。
「朋子」
「あいよっ!」
 振るわれた石の大斧が、カルメンの胴を激しく打った。

●ノーモア絵画泥棒
 明かりの消えた観客席。
 駆けこんだ5人の視界には、舞台で踊るカルメンたちの姿が映る。
 セレマの身体が焼け焦げた。
 倒れたセレマの頭上を跳び越え、石斧を担いだ朋子が迫る。
 カルメンはその場でくるりと身体を回転させて、朋子の斧を回避する。直後、焼かれた朋子の身体が砕けた木っ端の中に沈む。
 逆方向から駆けたエクスマリアの刀が、カルメンの腕を深く切り裂く。
 飛び散る鮮血。
 カルメンの上気した頬を、朱の雫が伝って落ちた。
 一介の劇団員に過ぎないカルメンが、皮膚を裂かれる痛みに慣れているはずはない。けれど彼女は、痛みに顔を顰めることも、悲鳴を上げることもなく、ただ朗々とセリフを告げた。
『恋! 恋! 恋! まぶたを閉じても、それは決して私の脳から消えはしない!』
 景色が歪む。
「絵を回収するまで、カルメンは決して止まりません。誰か、速く絵画を!」
 仲間たちへと回復術を行使しながら、四音が叫んだ。
 2階の観客席へ仲間たちが現れたのを見て、そこに絵画があると判断したのだろう。
「ゲルニカっ!!」
 ヴィリスが叫ぶが、ゲルニカは静かに首を振る。
「ここにあるのは、間違いないが……」
 ステージを囲む半円形の暗い客席。
 その何処かに、絵画があるのは間違いないが正確な場所は分からない。
「ゲルニカには俺がつく。絵画が意志を持つとするならば、縁のあるゲルニカを強く拒むことも考えられるからな」
 そういってグレンは、ゲルニカの護衛へとまわる。
 無言のままドゥーと礼久は左右へ分かれて観客席へと散っていく。
「絵画が直接襲ってくるってことも……ありえるのかなぁ?」
 暗闇の中、目的の絵画を捜索するのは至難であろう。けれど、戦闘が長引けば長引くほどにカルメンと相対しているメンバーの消耗が激しくなるのは間違い。
 事実、ヴィリスは持てる力のすべてを使って、縦横に観客席を飛び回っていた。
 その視線が、時折舞台へ向いているのは、一体どういう心境ゆえか。バイザーに覆われた彼女の瞳からその感情を知ることは出来ない。
「っと、それどころじゃない」
 探さなきゃ、と。
 そう呟いて、ドゥーは舞台の方へと向けて駆けていく。

 血を吐き、踊るカルメンが朋子へ熱い視線を向けた。
 気づいた時には既に手遅れ。チリ、と熱を感じた瞬間、朋子の身体が焼け焦げる。
「い、っつ」
 カルメンの顔色は変わらない。
 けれど、血を吐いていることからも分かる通り、大きなダメージを負っていることに間違いはない。
「早く止めなきゃ」
 役を演じ続ける限り、カルメンは劇を止めないだろう。たとえ、その命が失われても……。

 戦闘の音。
 皮膚の焼け焦げる異臭。
 焦りは無い。【平常心】を失っては、冷静な判断も出来なくなる。
「……関係者席」
 パンフレットへ視線を落とした礼久が呟いたその言葉。
 パンフレットによれば、この劇場には関係者席が存在していた。おそらく、1階にある控室から直通の階段を使って、そこへ移動できるようになっているはずだ。
「あそこか……」
 ゲルニカの絵画には【魅了】や【恍惚】を付与する効果があるという。
「ドゥー!! 右方向へ進んでくれ!」
 近くにいたドゥーへ、礼久はそう指示を送った。

 鮮やかな赤。
 けれど、暗い印象を受ける絵画がそこに置かれていた。
 炎の中で悶える少女のシルエットが、まるで踊っているかのようだ。
 脳が揺れた。
 ずっと見ていたい。
「あ、いや……」
 絵画に見入るドゥーはしかし、すぐにその思考を払い絵画へ布を覆いかぶせた。
 直後……。
『私は自由に生き、自由に死ぬの! 恋の熱に身を焦がしながら!』
 歌うようなカルメンの声が、劇場全域に響き渡った。
 振り返るドゥーの視界が揺らぐ。
 不可視の火炎が彼を襲う、その刹那……。
「通さねぇ。極限まで高めた抵抗力で、呪われた絵だろうと魅力的なレディだろうと弾いてやるさ」
 盾を掲げたグレンの身体が、不可視の業火を受け止めた。

 絵画を抱えたゲルニカを庇い、ヴィリス、ドゥー、グレン、礼久の4人が観客席を後にした。たった1人の観客さえもいなくなったその場所を、カルメンは茫然と眺めていた。
 カルメンの右手には朋子。その肌には大きな火傷の痕が残っている。
 左方向から駆け込むエクスマリアの刀が、カルメンを襲う。
「あ」
「命は、取らない」
 一閃。
 その刀が、カルメンの胸部を斬り裂いた。
「カーテンコールは……」
「残念ながら、これで終幕だよ」
「そ、う……」
 ポツリ、と。
 零れたセレマの言葉。
 崩れ落ちるカルメンは、どこか満足そうな顔をして意識を失いその場に倒れた。
 だくだくと流れる血を止めるべく、四音がそこへと駆けていく。
 降り注ぐ燐光が、カルメンの傷を塞いだ。体力の消耗が激しいため、きっと起きるまでに数日の時間を必要とするが、命に別状はないだろう。
「しかし、ゲルニカか。用心しておくべき、かも、な」
 誰もいない観客席へと視線を送って、エクスマリアはそう呟いた。

成否

成功

MVP

セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年

状態異常

長谷部 朋子(p3p008321)[重傷]
蛮族令嬢

あとがき

お疲れ様です。
「業火に飲まれるルサールカ」は無事に回収され、カルメンの劇は終幕となりました。
依頼は成功となります。

絵画を回収したゲルニカは、次の絵を探しどこかへ旅立っていきました。
ともすると、いずれまた逢うこともあるかもしれません。
この度はご参加ありがとうございました。

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