PandoraPartyProject

シナリオ詳細

貧者の贈り物

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――君の弟はもう永くない。

 重たくなった手足を引きずって、私は森の中を歩きます。
 ずるずるという音と共に。這いずりながらも森の奥へと。
 聞こえるのは過去の記憶。絶望を伝えたお医者さんの言葉と、希望を伝えた信じがたい噂の声音。

 ――市井に出回る薬では治しようのない難病だ。対処法が無いわけではないが、君一人では到底……

 どうすれば良いのかと聞いて。教えてもらった薬の原料となる花が咲く場所を訪れて。
 そうして。私はその花を――――――花、を。
「………………っ」
 酩酊する意識が断たれるより前に、私は頭を振りました。

 ――強力な薬効は、転じて強力な毒性も意味する。ともすれば、手に入れるより前に君が死んでしまうかもしれない。

 必死で止めようとするお医者さんを振り切る時、私は「それでも構わない」と言ったんです。
 お父さんも、お母さんも死んで。残ったただ一人の家族を守るためなら、例えこの命が失われようとも、と。
「花、花、花……!」
 絞り出すように声を出して。意識をどうにか保つ私。
 けれど、身体は既に言う事を聞いてはくれず。
 最後の一歩を踏み出しながら、前のめりに倒れる身体。眼前に在る背の高い茂みを突き破った私は、けれど、ようやく見つけました。
「……あ」
 黄橙の花弁を広げる、幾多の花たちを。
 震える手を伸ばして、そのうちの一本を掴み。私は、小さく笑いました。
 ――嗚呼、良かった。これであの子の病気も良くなる。
 元気になった弟と一緒に、また何でもない日々を過ごそう。互いを支え合って生きていこう。そう、思いながら。
 ……私は、ゆっくりと瞳を閉じたのです。


「……その子の救出を、オレ達に?」
「左様だ。救出対象である少女。その弟の側が依頼してな」
『紅眼のエースストライカー』日向 葵 (p3p000366)の言葉に対して、情報屋の少女は表情一つ変えることなく返答した。
 昼日中。ギルド『ローレット』に居る冒険者の数は然程多くない。情報屋は葵を中心として集まった8名の特異運命座標達に対して、淡々と依頼の説明を続ける。
「自身の弟を助けるため、万病に効くとされる『花』を採取に向かった姉は、その群生地に辿り着いたものの、『花』が有する毒性……呼吸器官の衰弱と幻覚作用によって意識を失い、その場所から動けずにいる。
 一先ず、その場所から姉を救出することがお前たちの依頼目標となる」
「一先ず、って言うのは?」
 質問を挟んだのは『在りし日の片鱗』ジュリエット・ラヴェニュー (p3p009195)だ。
 特異運命座標らの注目に対して、情報屋は一瞬の沈黙の後――歎息と共に答えを返す。
「……その『花』は根の部分に強い薬効を有し、乾燥させて使えばほぼすべての病気に有効な治療薬となる。
 だが反面、それは強い毒を有しても居る。先にも言った衰弱と幻覚症状に加え……動物の身体に寄生する能力も含めて」
「っ!!」
 情報屋に相対する8名の呼気が、一瞬止まった。
「推定に過ぎんが、お前達が現地に着くまでの間に姉の側は相当な比率を『花』に寄生されているはずだ。
 群生地から連れ出したのち、その状態から姉を助けるには、寄生されている部位を失くす以外に方法は無い」
「……それ、は」
『人外誘う香り』ベーク・シー・ドリーム (p3p000209)が言葉を詰まらせながらも、訥々と言葉を零した。
「ほかに方法は、無いのですか?」
「……寄生された部位は元の生体としての機能を失わないが、しかし同時に『花』の苗床にもなり続ける。
 自身の身体から生える『花』によって人事不省になるリスクを負いながらこれから先生きて行けと言うなら、私は止める言葉を持たん」
 選択権は在る。そう情報屋は言った。
 但し――その何れも、残酷な選択肢には違いないが、とも。
「話を戻す。目的である『花』の群生地には、その姉同様、『花』に寄生された動物がほかにも存在する。
 奴らを倒す……或いは逃走して、此方が都合しておいた医療施設に彼女を運び込むこと。これが今回お前たちが為すべき依頼内容だ」
 ……情報屋の言葉に対して、言葉を返す者は居なかった。
 質問等が存在しないと捉えた情報屋は、そうして席を立ち、その場から去ろうとしたが。
「……どうして、もっと早く」
 自分たちに、採取を依頼しなかったのか。
 そのような意図を込めたのであろう誰かの質問に、少女は、瞳を眇めながら言葉を零した。
「それを払える対価を持っていなかったから。簡単な話だ」
「でも、それなら弟さんが払った依頼の報酬は?」
 その言葉に、情報屋はただ一言だけ、実在する短編小説の名前を告げる。

 ――即ち、「賢者の贈り物だ」と。


 その商人は、ある民家を訪れていた。
 其処は近隣の街から離れた場所に在り、若い姉弟が農作業をしながら暮らす小さな家であった。
 商人は定期的にその家を訪れては、彼らの収穫物などを買い取って町で売りさばく生活を送っていたのだ。
 しかし、此度商人がこの家を訪れたのは、そうした商売が目的ではなかった。

 一昨日の事だ。弟が重篤な病気に罹り、姉はそれを助けるために薬草を取りに行ったらしい。
 床に臥す弟はそう話し、同時に商人へ頼みごとをしてきた。
 ――自分の薬代や食糧など、蓄えをすべて渡すから、それで得た金を冒険者たちへの依頼に充てて欲しい、と。
 弟の話では、彼の姉は薬草を取りに行って丸一日帰ってきていないため、捜索依頼を出してほしいから、とのことだった。
 ……今にも力尽きそうな弟からさらに蓄えを奪うのは商人からすれば躊躇われたが、その者とて生活に余裕があるわけではなかった。
 果たして商人は願いを聞き遂げながらも、最低限の水や食料をせめてもの情けとして残し、町に向かったのだった。

 そうして、現在。
 近隣の『ローレット』の人間に依頼を届けたことを伝えるため、商人は再び、姉弟の住む民家を訪れていた。
 扉を叩き、彼らの名を呼ぶが、帰ってくる声は無い。
 ――「或いは」。
 その可能性に対する覚悟を決めて、商人はゆっくりと民家の扉を開ける。
 ……そうして、その可能性は的中した。
 寝台の上で眠る「ようにした」弟の目蓋をそっと閉じてやった後、商人は沈鬱な表情で俯く。
 同時に、こうも祈った。せめてこの青年の願いを込めた依頼だけは、どうか、果たされてほしいと。

GMコメント

 GMの田辺です。この度はリクエスト有難う御座います。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『少女』の救出。

●場所
 ラサ外縁。鉄帝との国境付近に在る山岳地帯。時間帯は昼過ぎ。
 森林に囲まれているものの、障害物にはなり得ない程度。太陽も見えているために光源も不要です。
 戦場となる場所は下記『瑶草』の群生地となっており、PCの皆さんは各ターンに於ける自身の行動開始時、確率で【窒息】【混乱】の状態異常を付与されます。
 これは『瑶草』の花粉が齎す効果であるため、呼吸をサポートするアイテム、非戦スキル等で効果の軽減、或いは無効化が可能です。

●敵
『寄生体』
 下記『瑶草』によって寄生された森の動物たちです。数は20体。
 能力は命中と回避、また移動速度に寄ったもの。反面体力や防御力は多くありません。
 単純にそのスペックと数だけで言うなら「勝利できない」レベルではありますが、彼らは自身に寄生している『瑶草』によって常時【窒息】【混乱】の状態異常を付与されており、これをうまく利用した上で戦えば全滅させることも可能ではあります。
 また、彼らから逃げることも可能ですが、それぞれの個体ごとに五感のいずれかが優れているため、撹乱する方法を組み立てておかなければ容易に追いつかれます。

●その他
『瑶草』
 戦場である場所に生えていた花に、情報屋が便宜的な名前を付けたものです。正式名称は不明。
 花粉には幻覚症状や呼吸器官障害などの毒性が在る反面、根の部分を乾燥させて粉末状にすれば有効な薬になる特性を持っています。
 また、周囲の動物に寄生する能力も有しておりますが、これによって開花した『瑶草』は他の動物に寄生することは出来ません。
 そういった薬効と、「群生地に近づかない限りは大きな被害も無い」という理由もあって、現在までこの花は対処されることなく放置され続けていました。

『少女』
 本依頼の救出対象である少女です。年齢は10代後半。
 難病に罹った弟を助けるため、万病に効くと言われている『瑶草』の採取に向かいましたが、群生地に辿り着いた後、それが持つ毒によって意識を失い、現在は行動出来ずにいます。
 更に、彼女は既に『瑶草』に寄生され始めてもいます。参加者の皆様が到着した頃には四肢の殆どと片目に侵食を受けている状態。
 群生地から距離を取れば今以上の侵食を受けることは有りませんが、既に侵食された部位を治療することは叶わず、今後も『瑶草』が咲き続けるようになります。
 これを避けるには、侵食を受けた部位を「取り除く」以外に方法はありません。
 また、彼女を救出後、対話を行うかどうかは皆さんの自由です。(行わなかった場合、どうなるかは「不明」です)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、どうぞよろしくお願いいたします。

  • 貧者の贈り物完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年05月17日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
泳げベーク君
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
ロロン・ラプス(p3p007992)
見守る
カルウェット コーラス(p3p008549)
旅の果てに、銀の盾
ジュリエット・ラヴェニュー(p3p009195)
ゴーレムの母
松瀬 柚子(p3p009218)
超絶美少女女子高生(自称)
エドワード・S・アリゼ(p3p009403)
太陽の少年

リプレイ


 ――泥を呑むかのような、吐き気を覚えた。
 此度の依頼、救出対象である少女が居るとされる場所に向かう8名の特異運命座標達の中で、殊に顔色を悪くした『ドキドキの躍動』エドワード・S・アリゼ(p3p009403)が、ぐっと胸元に拳を当てる。
「依頼主の弟……最後まで自分のねーちゃんの無事を祈ってたんだろうな……」
 依頼主である、少女の弟。
 元は救出対象である少女が救わんとしており――今や、それが叶うことなき者。
「今回、オレたちが助けたとしても、ねーちゃんは生きていくこと自体が辛いだけなのかもしれねえ……けど」
 ……それを理解していて尚、弟は自らの蓄えを擲って、姉である少女の救出を願ったのだ。
「女の子、助ける……。弟のこと、とか、うん、考える、あと」
 懊悩は止まない。
 それを自覚しながらも、理性で以てそうした思考を振り払った『新たな可能性』カルウェット コーラス(p3p008549)は、唯愚直に前だけを見据えたまま。
「とにかく、生きて帰る。これ以上、不幸、なる、ダメ絶対」
「うん。早く……必ず、見つけ出そう」
 応えるのは『無垢なるプリエール』ロロン・ラプス(p3p007992)。一般的なそれより効果を強めた広域俯瞰の効果を持って周辺捜索の効率を高める水体は、それでも言葉とは裏腹に、刹那だけその姉弟に想いを馳せた。
(……依頼主が故人になってしまったのなら、ボクが優先するのは託された望みの方だよ)
 厳密には、この依頼の目標を達成したとて、それを喜ぶ者は既にこの世にはいない。
 それでも。「ならばこの依頼に意味など無い」と思う者は――少なくとも、今この場に居る者の中で一人として居らず。
「ええ。つまらない結末なんて、認めないわ」
 私が手を貸すんだもの。そう言葉を継いだ『在りし日の片鱗』ジュリエット・ラヴェニュー(p3p009195)は、事前に情報屋が言っていた物語の名を思い出す。
 出身を異とするジュリエットにとって、その名は聞き知れない。それでもその内容がどういったものかは想像がつく。
 ――想いあって、失いあって。大方そんなところでしょう……?
 ちりと蟀谷が疼く。「灰色の世界を耐える兄妹の如き記憶の灯り」が、そんな陳腐な不幸を吹き飛ばせと叫んでいるように思えた。
「……まぁ、人がゴミのように死ぬ光景も気持ちのいいもんじゃありませんし。依頼なんだからやるしかないんですけどね」
 なんだかなぁ、と歎息交じりに呟いたのは『人外誘う香り』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)。
 悪意は何処にもなかった。ただ、運命が悪戯しただけ。
 ヒトがどれほど幸福を目指して、善意ゆえの行動をしたとしても、それに報いる者は何処にもいない。その事実を体現したかのような依頼に、「気分のいい話ではないですねぇ」と、再びのため息をベークは零した。
「……救いがないほど確定情報だらけだことで」
 同様に、『超絶美少女女子高生(自称)』松瀬 柚子(p3p009218)も。
 上空から広域を探査するロロンに対し、彼女は自身の周辺を精査している。少女が通った痕跡、或いは襲撃が予測される獣たちの足跡などを移動と同時に行いながらも、浮かべる表情は辟易そのものだ。
「今も十分苦々しい感じなんですけど、さっさと行かないとちょー後味悪い事になりそうです」
「ったく……賢者の贈り物とは上手く言ったっスよ、クソったれ」
 誰かに向けて言ったわけでは無かろうが、柚子の言葉に対して『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)が吐き捨てるようにそう応えた。
 生き物を捕えて、寄生して、永遠に苗床にし続ける花。
 それを薬の材料にするべく、少女が取りに行ったと聞いたとき、葵は頭を痛めたものだ。それは勇気ではなく、蛮勇、或いはただの無謀であると。
(……今じゃ、何もかもは救えない。けれど)
 若し、少女がもっと早く、自分たちを頼ってくれたら。
 叶わない仮定に対し、歯を強く食いしばって葵は頭を振る。それとほぼ同時。
「……見えました」
「来ましたよ!」
 ロロンと柚子。その言葉が並んで響く。
 一方は花畑。そしてその外縁で倒れている、一人の少女の姿。
 他方は獣たち。身体中に蔦と花を巻き付かせた、滑稽で醜い多くの姿。
「少女の事とか、彼奴らの事とか、考えることは沢山あるッス……けど」
 毒の花粉を舞わせる花たちを前に、ひゅっと呼吸を止める『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)。
 獣たちが冒険者たちを目掛けて駆け出すのと同時、彼女もまた相対する獣たちに向かって走り出す。
 呼気と共に吐き出したのは、彼女が常に語る一言。
「――――――いまはただ、前進あるのみッス!」


 獣の相手を任せ、少女の元へと向かうカルウェット達が、去り際に一言を残す。
「ベーク、任せた!」
「はい。一先ずはこっちに誘導……」
 を。と続ける筈だったベークの眼前には、スキルを使うまでも無く襲い来る幾体もの獣の姿が。
「……ああ、嗅覚が効く個体が先んじて」
「ぬわー! 僕は餌じゃないんですよ!!」
 ギフト効果もあるゆえに或る程度予想していたものの、それでも心の準備というものがある。
 どこまでも冷静なジュリエットに対し、慌てるベークへと襲ってきたのは3体。攻撃は二次行動も絡めた4回。
 一つ一つの負傷は抑えめであるものの、情報屋が言っていた通り精度に重きを置いた攻撃は「これらが確実に蓄積し続ける」という焦燥を心に重く残す。
「救出班のカバーに入るから、あんまり長くは庇えないけど……!!」
 言葉はエドワードのものだ。決死の盾を介してベークの防御態勢が整うまでのカバーリングを買って出た彼に、黙礼だけを返したベークが、漸くスキルを行使する。
 数多の獣たちの内、目を付ける個体がさらに増えた。飛び交う牙。或いは爪たちを前に。
「そーら当たるも八卦、当たらぬも八卦!」
 その横腹を切り裂いたのは、柚子だった。
 邪剣と殺人剣。二刀に篭めた悪意の体現は、それを叩きつける獣の一頭に夥しい流血を齎して。
「ガ……アッ!!」
 さりとて、止まらず。
 獣たちの対応班に回ったエドワード、柚子、ジュリエット、そして鹿ノ子とベーク。それら全員が(ベークによる攻撃誘導を介して尚)瞬く間に身を切り裂かれていく。
 元より獣たちは、そのコンディションが十全であれば特異運命座標ら全員を相手取って勝利するレベルと言われていた。
 現在は寄生している花によってそのポテンシャルが制限されているものの、本来のそれより人数がさらに減った彼らが相手となれば有利を取るのは難くない。
 ――だが、特異運命座標達は、それを戦う前から理解していた。
「……鹿ノ子」
「はいッス!」
 ジュリエットの繊手がついと傾く。不可視の糸が縛り上げ、その挙動を止めた獣の一頭に、鹿ノ子の三連撃が叩きこまれた。
 傾ぐ敵の身体。有効打と一目見てわかる結果を確認しながら、それでも鹿ノ子の眦は苦々しく歪んで。
「……浅いッスね」
「否定はできないわね」
 高精度の命中と回避、そして移動距離に重きを置いた獣たちは、それ故に耐久性に難ありと事前に情報屋が告げていた。
 柚子と鹿ノ子。その双方の攻撃を介してなお――それが例え「当たり所が悪かった」という陳腐な理由だったとしても――一体をすら倒しきれなかったという事実は重い。
 そして同時に、「それで構わない」とも。
「……治療が始まった!」
 かけられた声は、エドワードからのものだ。
 言うが早いか、カバーリング態勢を解いて花畑の方へと向かう彼を見送り、ベークが小さく足を動かす。
「……ここからが正念場、ですかね?」
「ええ。頑張って逃げ回ってくださいねぇ」
 平時の明るさは鳴りを潜め。柚子が怜悧な口調でベークに返す。
 彼の言う通り、依頼を達成するための正念場はこれから始まるのだ。
 ――未だ意識覚束ない少女の保護と応急処置、それらを護り続ける4人の耐久戦は。


 少女の治療班は4名。挙動の速い葵と治療を担当するロロン、そしてそれらを庇うカルウェットとエドワードである。
 現状、多くの獣たちを相手取る戦闘班がその編成を瓦解させる前に。真っ先に動いたのは葵だった。
「先に行くっスよ!」
 パーティの中で特に秀でた反応速度を十全に活かし、戦場を疾駆するウォーカー。
 妨害として働きうる獣たちの注意を戦闘班が引いていることもあり、少女の元には難なく辿り着くことに成功する。
「オイ目ぇ覚ませ!助けに来たっスよ!」
「いや、良い。……意識が無いのが、逆に幸いしたかもね」
 麻酔や痛み止めの必要が省ける。遅れて辿り着いたロロンはそう零し、自身の体内に少女を取り込み、蔓草が巻き付く四肢の内、凡そ『取り返しのつかない』部位の切除を行った。
 断面は即座に凍結させて出血を防いだものの、それでも体力の著しい消耗は避け得ない。見るからに顔色を悪くした少女の顔を見て、カルウェットが痛ましげな顔の中に、それでも決意を覗かせつつ呟く。
「どうか、手術に耐えられる、体力を。
 ……神様、お願いします」
 聖躰降臨によって底上げされた体力と、ロロンのミリアドハ-モニクスによる賦活は確かに奏功したが、それとて一時的な復調に過ぎない。
「こっちはオッケーだ! 下がるぞ!」
 であれば、後にすべきは医療施設への迅速な搬送。
 葵の掛け声を受けて仲間たちは転身の構えを見せる。後は今なお襲い来る獣たちから距離を取って逃げおおせるだけ。
 ――それだけが、この依頼に於いて、およそ最も難しいなどと、誰も思いはしなかっただろう。
「……マズいわね」
 原因を真っ先に理解したのはジュリエット。次にロロンが。
「『引き離せない』……!!」
 先にも言った通り。
 獣たちが秀でているのは命中と回避、そして同時に移動速度だ。
 四肢の大半と目を切除、摘出した彼女は、常にその体力を削りつつある。それをロロンとカルウェットが逐次回復、付与を行うことで致命的な事態を先延ばしにし続けている状況なのだが。
 ……それは逆を言えば、パーティ全体の移動速度は、少女の延命にどうしても必要であるこの二人の機動力に依存する、ということでもある。
「『猪鹿蝶』、打ち止めッス! 攻撃方法は他にもあるッスけど……」
「私はもう少し保ちますけど、そもそも長期戦を想定してないですからねぇ。この状況に甘んじてたらジリ貧ですよぅ?」
 腕に噛みついた獣の顎を、もう片方の手で握る大太刀が刺し貫く。
 ところどころを朱に染めた『極彩』を纏う鹿ノ子の言葉に、巨大なクラッカーで敵の五感を封じていた柚子もまた気だるげに言葉を続ける。ジュリエットもギフトを介して創造したゴーレムを囮にしようと考えるが、それもほんの僅かに獣たちの動きを揺らがせる程度に過ぎない。
 花に全身を侵された少女の容態を慮り、その為の処置を先んじて行ったことで、確かに少女は本来のそれより花の侵食を受けることなく戦場から離脱できている。
 が、それによって難易度が増した逃走時のアウトラインが詰め切れてなかったことが、この苦境を招いていた。
「……オレが、この子を運べれば」
 少女の回復と容態の維持。それを行うカルウェット達から葵が搬送を交代して、全速で目的地である医療施設へ向かう。
 それは一種の賭けだ。少女がそれまでの間に死亡するリスクが余りにも高すぎる以上、現状の葵では取ることのできない選択肢でもある。
「……ううん。なら、仕方がないですね」
 逃走に於いて殿を務め続けていたベークが、その言葉と共に足をぴたりと止める。
「足止めします。携行品もあるんで人よりは耐えられると思いますし」
 その言葉に、首肯を返して同じく足を止める幾名の仲間たち。
 ロロンは少女を包む球体状の身体を微かに揺らして、そのまま足を止めずに移動する。カルウェットも僅かに逡巡を見せたが、ぐっと何かを堪えるようにして、ロロンに続き駆け出して行った。
 獣たちは幾らかの傷こそあれど、その数をほぼ減じていない。それらを前にして、しかし、エドワードは。
「……ねーちゃんを助けるまで」
 特異運命座標達は、救うべき人を、救いたい人を護るために、怯むことなく挑み出た。
「最後の最後まで相手を受け止めて、ぜってー倒れねぇ!」


 ――滑稽な女が居たのだ。

 手に入れようもないものを身一つで掴もうとして、却って多くを失った女。
 残ったのは片腕だけの自分。目覚めて半分になった視界は絶望を如実に教えてくれて、知己から聞かされた知らせは微かな希望を粉々に砕いてしまった。
「……それでも、一先ずは、生きてるならそれで十分っス」
 どうして、そんな無責任なことを言えるのか。
 自身を救ってくれた……それも、私が助けたかった弟の依頼を承った青年に対して、私は泣きじゃくりつつ当たり散らした。
「あー……まぁ、生きてればいいことありますよ。多分」
 ボロボロの姿を隠し切れない、小麦色の肌をした少年がそう呟く。
 恐らくは死に瀕したのだろうと思われるその出で立ちを見れば、どこか頼りない言葉に対して憤りを見せることは出来なかったけれど、それでも。
「……それでも、ねーちゃんの弟は、ねーちゃんに助かってほしいって思ってたはずだぜ」
 赤毛の少年がそう呟いた。解っている。自らの命を擲ってまでそうしてくれた弟の気持ちは理解している。
 けど、ならば、それでは。自分が弟を想う気持ちは、何故誰も理解してくれないの――――――
「……そうだよ。あんたを助けたのはあんたの気持ちを見過ごした弟の勝手で、それに応えたオレ達の勝手だ。
 でも弟の奴がそう願ったのはたぶん、生きてくことが辛いことばっかじぇねぇってわかってたからだ!」
 赤毛の少年が私の手を握り、叫ぶ。それに続いて、碧と桃の髪色を持つ少女も、祈るように。
「押し付けはしないッス。でも、生きていてほしいと思うッス。
 ――生きてさえいれば、きっと、何か見つかるはずだから」
 ……それが独善的な願いだとしても。そう理解していながら、しかし、目の前に立つ冒険者たちは私に願う。
 損なわなかった命を大切にしてほしいと。けれど私は、未だ。その想いを受け止め切ることが出来ないまま。
「……それなら、死んでしまった弟さんに直接伺ってみましょうか。
 あなたが望むなら出来るみたいですよ、どうします?」
 眼帯の少女が、悪戯っぽい笑みでそう呟いた。
 指し示した先には、髪も瞳も真紅に染まった少女の姿。「あなたね……」と胡乱げな視線を眼帯の少女に向けるその人は、ため息を一つ置いて言葉を継いだ。
「……私は、私が手を貸す物語でつまらない結末が嫌なだけよ」
 勘違いはしないで頂戴ね。そう言った真紅の少女に、私は息を呑む。
 それは確かに今の私の望みで。けれど同時に恐れても居ること。
 今、仮に彼に会えたとしても。このぐちゃぐちゃの心でいる私は、果たして自分を見失わないまま、彼と言葉を交わせるだろうか。
「ボクは、人並みに想いを抱けるとは思ってないけど」
 だからこそ、どんな形でも、抱いた思いは、抱ける想いは大切にしてほしいな。そう、困ったように水体の少女らしき人は言った。
 とりとめがなくとも、混乱してもいい。想いを交わせる最後の機会を恐れずに。そう伝えられた私へと。
「……君にも、ターフェアイトの力がいくように」
 角の生えた子供が、微笑みながら、私の手に自身の手を重ねた。
 その子はそれ以上、何も語らなかった。自身では理解しえないと感じただろう私の想いに、安易な言葉をかけることをやめて、それでもただ、寄り添い続けようと。



 滑稽な女が居たのだ。
 たくさんの想いを、大きな一つの想いを受け取って。
 多くを失った身を、漸く一歩進ませただけの、愚かな女が。

 ――お願いできますか、と少女は言って。

 応える冒険者たちは沈黙と共に、姉弟の微かな再会を彩った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)[重傷]
泳げベーク君

あとがき

ご参加、有難うございました。

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