PandoraPartyProject

シナリオ詳細

『後夜祭』

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●その痛みからさようなら(2021/1/〇〇)
 アドラステイア、疑雲の渓。空高くから舞い降りた傷だらけの天使――『魔種ブラン』としてローレットの討伐対象となったミサ・ブランは不格好に着地すると、ちぎれかかった翼に指を添えた。痛い、辛い、死にたくない、怖い、何故私が。
 汎ゆる痛みと辛さ、恐怖と敵意が渦巻いてその思考を埋め尽くす。遠くから足音が聞こえてくる。全身を這い上がるような寒気は死に瀕した恐怖ではなく、近付いてくる存在に対する純然たる恐怖だろうことは分かっていた。……きっと私は、子供のままではいられない。

 彼女は多分、母を愛していた。ドミールのことは……わからない。愛ではなかった。
 少なくとも母を捨てた血縁上の父親はこの世にいていいワケがない程のクズであり、そんな男から捨てられた母はその生き方はどうあれ正しかったのかもしれない。けれど、『ここ(アドラステイア)』では母もドミールも間違っていた。
 ミサは自己肯定をしたいわけではなかった。でも正しさは欲しかった。
 母が売られ自分と共に路頭に迷った事実を受け容れられなかった。
 正しさを追い求め、天義の歪みに触れ、そして絶望を覚える最中、アドラステイアの子等に出会った。
 ミサは聡明であった。洗脳とは、得てして聡明で賢明で、それを自覚する者をこそ強く惹きつける。
 ……ゆえにミサは、母と己に等しく愛を注いでくれたドミールの真心を受け容れられなかった。
 ゆえに彼女は、母の生き方を、つい先日まで苦しく尊く気高い殉教者の道だと信じていたそれを、姦淫と堕落の果に自分という不幸を放り出したクソのような人生だったと感じてしまった。
 ――なら、そんなクソから生まれた自分がきれいになるためにはどうすればいいのか?
『簡単なこと。あなたはまだ子供なのだから何も考えず、幸せを掴んでいいのですよ。そのためにはまず、腐った大人を滅さねば』
 マザー・エクィルはそう教えてくれた。だからそうした。
 賢しらに世界を語ることや道理を説くことをマザーはよしとしなかった。あの人の道徳観を知り、それをなぞり、嗚呼母とドミールは愚かなのかと思うことこそが処世術であった。
『己は赦されべきだと思っているのだろう。そうなって、成った果てがそれだ。どこまでも哀れな餓鬼め』
『例え俺らを殺した所で──生きてる限り、てめえの責任(つみ)は残り続ける。だから終わらせてやるよ。死ねばチャラだ』
 イレギュラーズの声が脳裏で響く。
 許されないのだろうか。この姿を得て、罪をさばいてきた己は。
 責任を負っていないのだろうか。
「随分と手酷くやられたものですね」
「……マザー」
 足音を立てて現れた相手、マザー・エクィルはミサを一瞥すると、深く溜息をついて首を振った。
「あなたは『大人』になってしまったのですね。外の者達の言葉を多く浴びせられ、あのとき自害をも選ぼうとしましたね?」
「私を逃したのは貴女だったのですか、マザー……私は」
「質問に質問で返すのですか? 感心しませんね」
 ミサはマザーの言葉にビクリと身を縮めて言葉を打ち切った。ミサが今の姿になって、それから今日この日に戻ってくるまでとは違う、刺すような鋭い視線。あの視線を向けていた相手を知っている。
 ドミールを見ていたときのような……冷たく濁った目。『穢れを見ると目が濁るのですよ』といつか教えてくれた。なるほど……自分は穢れであったのか。
「私はあなたを愛せない。あなたは私を信じられない。これはとても宜しくないことです。ですが、私はあなたを愛せないので――」
 マザー・エクィルが指を鳴らす。
 せり上がったのは棺桶。まるで命をもっているかのように蠢いたそれはミサを引き入れると、そのまま倒れ込む。内側から力がかかっているようだが、魔種とはいえ魔力が枯渇し瀕死の体の彼女ではとてもじゃないが開けそうにない。
「あなたの力をお借りします。命を預かります。その心も、私の舌の上に」
 ミサはついぞその言葉の意味とマザーの顔を見る機会を与えられなかったが……その口元は、三日月のように弧を描いていた。
「ですが聖獣の残骸を得物にするという発想は素晴らしかったです。あなたに最期まで幸あらんことを」
 思ってもない言葉が、ミサの知る最期の言葉である。

●最後の旋律は狂騒めいて(Present-)
 アドラステイア外周部に、魔種らしき敵が現れたと報告が入ったのは4月も末のある日のことだ。
 「らしき」、という何処か謎めいた言葉に首を捻った一同であったが、『マザー・エクィルと思しき姿を確認した』という言葉が続けば否応なしに反応する者はいる。
 グドルフ・ボイデル(p3p000694)、マルク・シリング(p3p001309)、エッダ・フロールリジ(p3p006270)、そしてタイム(p3p007854)の4名はその意味を直感的に理解した。
 直立し、多脚戦車よろしく這い回る棺桶。幽体のような影を纏って現れたそれが何者であるのか。
 そして、歪ななにかを手に手に現れたアドラステイアの子供達の無邪気さの正体がなんであるかを。
 最早彼女は逃げないだろう。逃げる手足がないのだから。
 最早『あれ』は隠す気など無いのだろう。愛しい子等であってもそうしてしまう程度には。

GMコメント

 長らくおまたせして申し訳ありません、ミサの顛末に関してはどう転んでもこれで最後となります。
(Present=現在、です)
 当シナリオに関しては拙作『収穫祭』『謝肉祭』に詳しいですが、特に読まなくても問題ありません。

●成功条件
・『棺獄呪体ブラン』(本体・霊体)の撃破
・子供達の半数以上の撃破
・(オプション)マザー・エクィルの撤退(子供達の全滅)

●棺獄呪体ブラン(本体)
 一般的な六角形の棺桶に杭のような六足、正面に据えられた小窓から伸びる、先端に口を備えた触手のようなものが不気味な特徴を持つアーティファクト。内部に『魔種ブラン』を格納しており、彼女の肉体と能力を半ば乗っ取る形で動いている模様。
 神秘攻撃に若干の耐性あり。HPそれなり、物攻・防技高め。反面回避は低め。
・捕食衝動(自付・副・防技上昇(微)、攻撃に『HP吸収(中)』付与)
・暴食切断(物至単・ダメージ大。失血・恍惚・必殺)
・副顎捕食(物近単・ダメージ小~中、反動(中)・連。防無・Mアタック(大))

●棺獄呪体ブラン(霊体)
 棺桶に格納された『魔種ブラン』の霊体。肉体の主導権をほぼ失っているが、本体の痛覚と接続しており非常な苦しみを味わっている。2つ揃って魔種であるため、双方完全に殺害しないといけない。
 物理攻撃に若干の耐性あり。HPは若干本体よりも少ないがAPが多め。抵抗・回避高め。攻撃力はそこまででもない。BS型。
・叫び(神超単・無策・狂気)
・恐慌(神中範・不吉・窒息・復讐(小))
・一片の慈愛(自付・光輝(中))

●子供達×10~15
 アドラステイアの信者である子供達です。
 手に手に不気味な造形物――おそらく聖獣の肉体の一部――を持って襲いかかってきます。
 基本的にスキルの無い通常攻撃のみですがレンジ様々。そこそこ連携し、マザーを守ります。

●マザー・エクィル
 詳細不明。
 全体強化の付与や治癒スキルを使用することは判明していますが、それだけです。
 攻撃に回る可能性は低いですが、不用意に手を出さないことも賢い選択です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • 『後夜祭』Lv:30以上完了
  • GM名ふみの
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年05月15日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し

リプレイ


 春の暮れから初夏にさしかかろうかという季節だというのに、その地を吹き抜ける風はどこか乾いていて寒気すら感じさせた。霊体が上げる金切り声、棺桶から漏れ出る軋みを交えた音響。不気味な雰囲気を隠しもしないアドラステイアの遣い達は、ただそこにいるだけで周囲の気温を下げるかの如き不気味さを伴っていた。
「死に損ないを取り逃がしちまったツケが回ってきたってワケだ。ったく、よりによって一番面倒くせェ展開にしやがって」
「魔種になった後も、その生命を喪った後も……その死を弄ぶんだね、アドラステイアは」
 『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は風に乗って流れてくる金切り声を耳にしつつ、呆れたような、諦めたような調子で声の発生源に視線をやる。
 マルク・シリング(p3p001309)もそれに倣う形で視線を向けるが、グドルフとはその視線の意味合いが異なる。どこか憐れむような、その状況に心からの憤りを覚えているような……そんな表情だ。
「『死』とはまた異なことをいうのですね、あなた達は。彼女はまだ、私達のために働きたいと、戦いたいと言っているのです。それを止めることは、私にはできません。求められれば受け容れなければ。違いますか?」
「このような姿にしてまで命を弄ぶのは、織り込み済みということですか」
 『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)はマザー・エクィルの言葉、そして魔種を抱えた異形の棺を忌々しげに睨めつける。こんなものを用意し、あまつさえ自らを信じて助けを求めた少女をその中に封じ込めるなど、常軌を逸しているとしか言いようがない。そんな『織り込み済み』を、果たして容認できるか? 否である。
「ミサ・ブラン……あの少女がここまで堕ちましたか」
「――曲がりなりにも己の意志で敵となっていた以前ならともかく。今のお前には怒りも湧かんな」
 『天地凍星』小金井・正純(p3p008000)は魔に堕ちる前の彼女を一度目撃している。あの時の姿はただの哀れな、親を売って己の利とした小娘である、ぐらいの認識だった。よもやここまで人道を離れようとは、想定もせず。
 だが、『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)は違う。外道となり、魔に堕ち、狂ったような表情で戦場から哀れに逃げ果せた小娘の姿を覚えている。少女がそうなった一連の事態を覚えている。
 今はもう、嘆きの叫びを上げるだけになったそれは、小娘というには禍々し過ぎはするのだが。
「……あのとき、倒せなかったから、ブランはこんな姿になったの?」
「そんな訳ねえだろ。こんなクソを生み出すクソ野郎が、死んだ位で手駒を手放すかよ。アドラステイアのレン中は特にな」
「うん。……助けられなかったのは僕たちの責任だ、リュコスさん1人のものじゃない」
 『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は目の前の状況、『ブラン』の成れの果ての姿に絶句せざるを得なかった。彼女の末路が、己の不手際のせいではないか? そう自罰的になるのも無理からぬ事である。だが、そうではない。グドルフとマルクはその事実を心得ている。2人のみならず、全員が、だろうが。
「あなた達の努力がどうあれ、私達の許へ訪れ、許しを請い、その姿を得た彼女の意志は此方側にあります。であれば、最初からこの子にはこう生きる以外の道なんてなかったのです」
 喝采を! そう叫ぶように告げたマザーの声に、子供達は無表情で拍手を重ねた。ゾッとするような統一感、感情の亡き者達の称賛は酷く空虚で不気味だった。
「ああ……」
 『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)はその光景を目にし、諦念を以て吐息を漏らした。最早言葉も交わせない。過ちの所在を伝えられない。マザー・エクィルとは相容れない。子供達を思えばこそ一縷の理解もあったろうが、そうでないなら交わす言葉はない。
 そして、あの子供達も。同じ轍を踏まぬように、丹念に■■さねばならない。
「常に正しい選択なんて出来るもんじゃねぇ。人は間違えるモンだ、人は洗脳(きょういく)されるモンだ」
 だから、子供の責任は、そう育てた大人が引き受けなければならない。『救海の灯火』プラック・クラケーン(p3p006804)はそう告げ、意志を秘めた籠手ごと拳を握りしめた。
「俺は大人じゃねぇけどよ。そんな大人になりたいから。大人みたいに、悪い事したテメーらを拳骨で叱ってやるよ」
「神の僕は正しくあらねば。神の声は正しく聞き届けねば。私達に過ちは許されません」
 『だから過ちなどなかったのだ』と、マザーは暗にそう告げる。アドラステイアの子供達は過ちなどおかさない。だから、間違っているのは外の人間なのだと教えるために、彼女はついてきたに過ぎない。
「皆さん、この国は未だ奈落の底にあります。彼等を、そしてこの国の人々を――奈落(このよ)から引き上げるために力を尽くすのです」
 その言葉が何を意味するのか。恐らくここにいるイレギュラーズで気づかぬ者は居ない。
「アドラステイア(あなたたち)は、許してはおけない」
「今度こそ、ここで止める」
 正純とマルクの、意識の芯から漏れ出た言葉は各々の魔力として収斂される。最早幾許の猶予もなく、激しい敵意が戦場に渦巻いた。


「今のお前には怒りも湧かんな。つくづく哀れな餓鬼め」
「――――!!」
 エッダの踏み込み、その鋭さは雷光のそれにほど近かった。悲鳴にも似た霊体の叫びはしかし、本来持つ魔力を発揮することを許されない。されど、『棺獄呪体』本体は霊体の意志に沿うようにエッダへと間合いを詰め、苛烈な一撃を繰り出してくる。表情を変えずに受け止めた彼女は、そのまま本体目掛け拳を構えた。
「拳骨で叱ってやる、っつったろ」
 足を止めた本体目掛け、プラックはその身を黒く染めて連撃を叩き込む。シンプル、しかし重い一撃は棺を僅かに浮かせ、続く二撃目でその杭足を地面に埋もれさせた。ギチギチと軋む音は苦鳴か、はたまた怒号か。
「弱者から叩き、強者を圧し潰しなさい。彼女を」
「おらおら、邪魔すんじゃねえぞガキどもッ!」
「あなた達個人に恨みはありませんが――後ろにいる方には、とても強い憤りがあります」
 マザー・エクィルの指揮は、しかし言葉半ばで途切れ、霧散した。子供達を奮起させるに十分な『言葉の魔力』を伴っていたが、意味を持つ言語となる前に、グドルフの大音声がそれを薙ぎ払ったのだ。
 言葉と共に子供達をマザーの側へ押しやり、魔種から引き剥がしたその一撃は彼等、彼女等の目を引く似十分だった。だが、それでは足りない。グドルフの一撃を逃れた者達に放たれたのは、正純の『星火燎原』が放った五月雨の矢。武器目掛けて打ち込まれたそれの威力は尋常のそれではなく、そして外す道理もない。武器のみを狙うという埒外の一射は、それを破壊せしめること叶わず、しかしその半数以上を取り落とさせるに至った。
(グドルフさんとエッダさんは……大丈夫、十分に魔術が効いてる。少なくとも、すぐには倒れない)
 タイムは猛攻に出た仲間達を交互に見つつ、己の付与術式が打ち破られていないのを再確認する。
 治療、付与、治療、魔力補填――彼女の感情の中で渦巻くのは誠意を込めた殺意だ。されど、彼女の理性はただひたすらに仲間を支え、癒やす。一同が一切の気兼ねをせず、戦場がイレギュラーズにとって瑕疵なく働くための状況を生み出すこと。
「あなたの涙を止められる人はもう、いないから……せめて」
「この手で与えた戒めのもと己の不義を悔い、罪を認識なさい」
 タイムが自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐのと同期して、アリシスの槍が戒めの秘跡を成就させる。狙ったわけでもなく、ただ純粋に。棺を叩いたそれは、その動きを縛り付けるべく暴れまわった。
「あんなに体が大きいと、支える手足が何本かなくなったら動きづらくなるかも……?」
「名案、かもしれないでありますな。自分が足止めしますので、足の一本程度は潰して頂くと致しましょう」
 魔種の猛攻が続く中、突如としてそれがバランスを崩したのはリュコスの一撃によるものだった。加速力にあかせた強引な一撃は、堅牢な魔種の本体、その足をも揺らがせた。エッダはこれ幸いにと本体に拳を叩きつけ、その意識を己へと引きつける。……前回のように、リュコスが敵の格好の的になるのは、御免蒙るのだから。
「君達は哀れかもしれない。けど、その行いは許せるものじゃないんだ」
「わたしたちは哀れじゃない。わたしたちは、『許されている』」
 マルクの神気閃光は、過たず子供達の身を灼き、その裡にある歪みを暴くかのように痛めつける。動きが乱れ、不調に追い込むその波長は間違いなく相手にとって無視できぬ打撃となっている筈だ。だが、少年少女の目に宿る狂気はそれだけでは止まらない。感情のぶつけ合い、翻っては信念の押し付け合いは、より強く己を信じ、より激しく相手を指弾する図々しさこそが分かれ目となる。
 彼等はマザーの存在に、その狂気に飲まれ前進しているのだ。……治癒の波長よりも、狂奔を煽る術式が重ねられて、命を削って、それでも、なお。
「――ワ、」
 霊体が、意味のない悲鳴の中からひと紡ぎの理性を縒り合わせて声を発する。それはつまり、エッダの夢想の拳による撹乱が『何らかの理由で』解けたことを意味する、が。
「ワタシハ」
 成人女性を思わせる霊体が少女のそれへ変容する有様は、果たして一同にどう映ったものか。
「哭いているのか。今更。喪ったものの意味に気付いたのか。今更」
「そうかい、拳骨を何度も何度も受けて、もうそろそろ――何が悪いか気付いた頃かよっ!」
 エッダの拳が雷を纏う。
 プラックの姿が黒一色のそれから、流水をまとった構えへと変質する。
 それは然るに両者の魔力量の低下を意味するが、もうひとつ、理解できることがある。
 ――それだけひたむきに、彼等の拳と信念がひとりの魔種とぶつかりあった、その響きこそが霊体の声を取り戻させたのだ、と。
「……いよいよ、ただのバケモンになっちまったか。これがヒトを蹴落としてまで生き延びてきたやつの末路だと思うと、涙が出ちまうね」
 人としての理性、魂の本質。そんなものを取り戻しても、ガワは『あれ』だ。グドルフは心からの哀れみを籠めて山賊の斧と山賊刀を突きつける。涙などとうに、流せぬ相手に。
「私がサポートするから、止めないで」
 タイムは、絞り出すように2人に告げる。
「私達が、あの子を、この手で――終わらせてあげなくちゃ」
 彼女の涙を拭えないなら、今目元に溢れるそれも、拭ってもらおうなどと考えるな。
 その一瞬を、次の術式の準備に回せ。
 彼女の心の叫びがなくとも、イレギュラーズは得物を握る手に一層の力と覚悟を籠めた。流れた血すらも抱えるように。

「良かったですね。それなら、私は貴女は人間として殺す」


「もし、命が惜しいのであれば、引くのであれば……引きなさい」
「命を惜しむ? ……なぜ?」
「拾われた命なのに?」
「棄てられるのと、自分で棄て場所を選ぶのと、なにがちがうの?」
 グドルフと正純によって、子供達は相当数が倒れ、無事である者も片手で数える程へと減っていた。グドルフは既に魔種と対峙すべく向かい、あとはマルクと正純による掃討を待つばかり……如何に慮外の魔力があろうマザーとて、死を引き伸ばすのが関の山だ。
 だというのに、彼等は逃げようとしていない。それどころか、マザーを守るべく密集隊形へと移行する始末。
「無駄ですよ。その子達は、『あの日の赤子達』と同じです。……あなたは見た筈ですね?」
「マザー・エクィル――貴女はどこまで」
「それ以上は無駄ですよ、正純さん」
 魔種へと狙いを変えることも忘れ、激情を発しかけた正純の横を、アリシスの『浄罪の剣』が過る。それは一切の容赦なく、子供の頭部を撃ち抜いて息の根を止めた。
「もうその子達も、『ブラン』も、此方側には戻れない。因縁のある貴女は、彼女の最期を見届けるべきです。……マルクさんも」
「いいや、僕はここを放り出すべきじゃないよ」
 残る数名を照準し、マルクは神気閃光を放つ。一瞬の呼吸のうちに、2度。冷静さが呼び込んだそれは、最後の1人までも光に押し包み、そして動きを止めた。
「嗚呼酷い、本当に酷い。やはりあなた達『大人』は、何かと理由をつけて、こうしたいと願っているのですよ」
「……何がマザーだ、薄ら寒ィ。反吐が出るぜ。とっとと失せな、クソ女!」
「あなたは、忘れないから……!」
 グドルフとリュコスは、顔を向けずに吐き捨てた。最早その女が戦場にいる理由は失せた。どうせおめおめ逃げ帰るのだろう――そして、自分たちは彼女を討つ余裕などない。一瞬でも、その顔を見ることなく終わらせたいのだ。
 マザーは、笑う。悍ましいまでに歪んだ笑みと視線で一同を睨め回し。音もなく退いていく。

 憐れと思うなかれ。それは彼女を惨めにしてしまう。
 ただ、もっと出来ることはなかったか、かける言葉はなかったか。
 少女の思考に去来するのは、常に諦めではなく探求である。1人の人間として遇し、その生き様に意味を与えるために、唇を噛んで血が流れても、その末路から目を逸らしてはならない。
「僕には、もう彼女に手を差し伸べることはできない」
「ぼくは倒すことでしか苦しみから助けることができない。元に戻して助けることしかできない」
 マルクは、リュコスは、自分にできることを、今考えられる全てをつぎ込んで、そうすることしか出来ぬと結論づけた。それは間違っていない。
 度重なる打撃と連携で杭となった足を埋めさせ、動きを阻害し続けたリュコスの成果は今ここに成就した。
 手を伸ばせぬならば、あとはエッダ、そしてプラックと正面切って殴り合うだけだ。
「オカアサンガ、アワレダッタ」
「ご安心なさいませ。自分は、その涙の意味を知る者であります。……プラック様、グドルフ様」
「分かってるよ、悪いのは全部、大人だ」
「教育した奴が悪ィだけだわな。なら、クソガキをそこから引きずり出すのも大人の仕事ってか」
 エッダは、最早涙もなく悲鳴を上げる霊体へと照準を合わせる。最早損壊の激しい棺は、プラックとグドルフが照準する。
 一瞬の空隙の後、プラックの拳が棺の縁を割り砕く。グドルフの無骨な一撃が、棺の蓋を粉々に割り砕く。
「――ああ、星よ。そうなのですね」
 棺の蓋が砕けた奥からあらわれたそれを見て、正純の脳裏に声が響いた。
 魔種と成り果てたそれと棺を繋ぐ、蜘蛛の糸のような戒めを砕けと声がする。救えぬけれども、終わらせるために。
「その苦しみを灼き尽くし、彼女に死の安らぎを」
 マルクの声、そして放たれた聖なる一撃へと続けるように、正純の放った矢がそれらを引きちぎり。
「貴女の生に、私と戦ったという“意味”を差し上げます」
「ア、」
 エッダの拳が、霊体の中心を貫いた。

 落下する亡骸へと駆けたタイムは、受け止めきれずに身を後ろへと投げ出した。だが、それをグドルフが受け止める。
「覚えたから、あなたの最期は」
 そう、伝えてあげることしかできなくて。

「母親面して最後はこれかよ。……ぶん殴りそこねたぜ」
 プラックにとって、マザーの言動は最早許せる臨界を超えていた。余裕さえあれば、きっと彼女を強かに殴りつけていただろう。それができぬ今、彼女の名を覚えておくことしかできない。
「マザー・エクィル……貴様は殺す。必ず殺す。刀折れ矢尽きようといつか必ず殺す」
「やはりアドラステイアは許してはおけない」
 静かに紡がれた赫怒も、冷徹なまでの決心も、そして推測のはてに去来するマザー・エクィルの『正体』についても、今の彼等には必要なものだ。
 何れ来るであろう次の、そしてまたその次のために。

成否

成功

MVP

小金井・正純(p3p008000)
ただの女

状態異常

グドルフ・ボイデル(p3p000694)[重傷]
エッダ・フロールリジ(p3p006270)[重傷]
フロイライン・ファウスト

あとがき

 ミサ・ブランは人の姿による最期を得ました。皆さんのお陰です。
 アドラステイアの子供達は、歪んだまま、狂ったままですが人のまま死にました。……これは、武器破壊を最優先した正純さんの判断があってこそです。
 推論と実行、覚悟と交流。それぞれピースが嵌ってなければこの結果はなかったでしょう。多分、ミサも棺の中で首が、とかあり得たのですし。
 そんなわけで、大分いい感じでした。お疲れ様でした。

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