シナリオ詳細
血に狂い、さすらいて獣とならん
オープニング
●
深い、深い夜の事。
哨戒任務を夜勤の者と変わり、家路につく青年がいた。
時刻は遅く、人気のない道のりを、ゆったりとけれど確かな足取りで。
勤務の疲労が蓄積する体にもう少しで今日は寝るだけだと鞭を打って。
「もし。少しばかり聞きたいことがあるのだが?」
声。
青年はぴたりと足を止めた。
振り返らない。振り返れない。
確実に、後ろにいるのは生者であるものか。
時刻は遅く、人が出歩いていることなどまずありえない。
道はまっすぐですれ違った人間もなく、後ろから近付いてきた気配もなかったのだ。
「実は、人を探している」
その言葉を聞いて、青年は訝しむ。
――何となく、どこかで聞いたことがあるような気がした。
そして、同時に背筋に寒気がした。
まるで、何らかのトラウマに触れたような。
「――という者の名を、聞いたことがあるか?」
「なんだって?」
名前の部分が聞こえなかった。
いや――『言わなかった』。
直後、背中から腹部にかけて、激痛が走る。
何かが抜けていく。
バランスを崩しかけて、ふらつきながらも足を前へ。
その時になって、青年は思い出した。
「……獣」
振り絞るように、声が出た。
振り返る。何もない空間を掻くようにして、青年は元来た方角へと、歩みを進めた。
●
月明かりも街灯の類もない雪の町を、青年が歩いている。
「……獣め」
吐いてでた言葉が、空しく溶けた。
「獣、め」
繰り返すように、2度。
「獣め……」
3度。
――いや、4度、5度と。
青年は繰り返す。
おぼつかぬ足取りで、緩やかに進みながら。
抑えた掌を彩るどす黒い血。
それがすっかり致死量にも等しくなったころ。
何とか壁にもたれ掛かって、青年はその場で倒れた。
●
「通してくれ」
ユリアーナ(p3n000082)は現場を封鎖する部下に声を変えて一歩中へ。
眼下、倒れこむのは一人の青年。
「……コルト君」
言葉に嘆きを滲ませ静かに目を閉じ黙祷し、そっと目を開ける。
その顔をよく知っている。
その顔がまだ人だった頃を、文字通り昨日のこととして思い出せる。
「なんということだ」
倒れている青年の衣服は、昨日の朝方に彼が屯所に来た時と変わらない。
ただ一点、どす黒く変色した一部分を除いては。
「現場の保全を続けてくれ。
遺体は死因を究明するために屯所に持っていく」
部下へと指示を出しながら、ユリアーナは考え続けている。
●
「この町にはちょっとした怪談、のようなものがある。
まぁ『本来は夜に外を出歩くのは危ないからよせ』程度の教訓、なのだと思うが」
イレギュラーズは訪れた町の屯所で依頼人であるらしいユリアーナから、開口一番、そんなことを言われた。
「夜遅く――それも深夜に外を出歩いていると、声を掛けられるのだ『少しばかり聞きたいことがある』と。
そして、続けて人を探していること、その者を知らぬかと問われる。これは八方ふさがりでね。
『知っている』の類を答えると『どこにいるか言え』と脅され斬られ、『知らぬ』と答えれば『そんなわけがない』と貫かれる」
目を伏せて語ったそれは、あまりにも理不尽だった。
「その上、無言でも『早くいえ』と斬られる。
逃げようとすれば『逃げるという事は知っているな』と斬られる。
あまりにも理不尽だ。回避方法など、基本は存在しない。
もちろん、おとぎ話、或いは寓話の類だ」
それをあえて告げたのであれば意味があるはずだと、そんな瞳を向けたイレギュラーズに、ユリアーナが目を伏せた。
「実は数日前、私の部下の一人が夜勤と代わって家路に着いた後、刺殺された。
背中から、腹部にかけて、剣や何かのようなもので真っすぐ。
彼の血の跡が、雪に奇跡的に消えずに残っていた部分がいくつかある。
それを辿った所、彼は確かにある程度まで家路に着いてから、この屯所の近くまで戻ってきたらしい。
恐らくは何者かの情報を、私達に伝えに来たのだろう」
嘆きと悲しみ、僅かな憤りを滲ませながら、ユリアーナがイレギュラーズに資料を手渡した。
「君達には、この犯人を討伐、もしくは捕縛してほしい。
御伽噺を利用した愉快犯か、或いは何か別種の――恐ろしい者なのか分からないが。
このことは、我々は関わらない方がいいと判断した。
何とか抑え込んではいるが、部下の多くは冷静さを保てていない。私達では腕が鈍る」
その瞳に確かな怒りを滲ませながら、ユリアーナは静かに君達を見据えていた。
- 血に狂い、さすらいて獣とならん完了
- GM名春野紅葉
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年05月10日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
10人のイレギュラーズは依頼人から言われた通り、町の中を歩いていた。
「おとぎ話の物語のような存在……愉快犯なのか、ザントマンのような存在なのか……」
月明かりに照らされる『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は微かに足元を見る。
敵が愉快犯なら捕らえるだけでいい。もしそうでないのなら――ここで倒さなくては。
均された街道を踏みしめた足は、微かな雪の残滓を感じさせるしっとりとした感触がある。
「伝承が形に……まるでザントマンみたいだね」
『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は、その一方でふと思う。
「それにしても……」
思い浮かべたのは、依頼人の事だ。
「ユリアーナさんはよく厄介事に巻き込まれるなぁ」
思わずそう言葉に漏らした。
「あのコルトさんって人は、最期に危機を伝えようと、命を振り絞って屯所に行こうとしたんだね……」
足を進めるマルク・シリング(p3p001309)はぽつりと呟いた。
屯所の近くにまで戻って死に絶えたというコルトなる人物は、きっとそうだったのだろう。
その思い、意志を、覚悟を無駄にはできない。
手に握る杖に力がこもる。
「全く、こんな死に方なんてやりきれねぇよなぁ。死んだ方が新たな都市伝説にすらなりかねない」
『黒花の希望』天之空・ミーナ(p3p005003)はぽつりと呟いた。
遺体となった被害者に会ったミーナは、彼へ告げてきた。
終わらせる――相手が何であろうと、確実に終わらせる。
それが彼への手向けであるはずだ。
「怪談めいた話、ねぇ。うさんくせぇ。生存者もいねぇんだろ?」
呟く『月夜に吠える』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)は歩みを進めながら月夜に映える黒髪を掻いていた。
この手の寓話であればその胡散臭さも一種の味なのだろうが、それにしてもそれが実際に起こるとなると不審きわまる。
「怪談……御伽噺にそっくりの存在ね。
なんというか、鉄帝国らしい御伽噺という感じだけれど……」
少しばかり考えながら、『月花銀閃』久住・舞花(p3p005056)は違和感があった。
「彼が屯所付近まで戻れたという事は、背中に一撃を加えた後に止めを刺さなかった……」
それは模倣犯なのだとしたら不自然だ。今回の彼は死んだが、運よく生き延びてしまえば最後、自分の正体が露見しうる。
人が苦しみながら死んでいく様を見て快楽を得る異常者の類であれば、敢えて致命傷であっても即死させないこともあるのだろうが。
(……あるいはそう、例のザントマンのような)
考える。それはなんともあり得る可能性に思えた。
「お伽話や寓話とは時に理不尽なものですが……」
微かな反響を頼りに進む『永久の新婚されど母』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)も疑問があった。
(或いは寓話にかこつけて血を流す以外の意図があるのでしょうか……)
――いずれにせよ、自分達のやるべきことはただ一つだ。
「わたくし達のやるべきは凶行を止める事ですね」
そう呟く耳に、微かな異音があった気がした。
「――もし。少しばかり聞きたいことがあるのだが?」
月夜に不意にその声が響いた。
マグタレーナは思わずピクリと動いた。
気配は感じられなかった。
不意に言葉を聞いて、一瞬にして気配が背後に現れた。
「……おいおい、こいつのセリフ、聞き覚えがあるぞ? っつーかお前……」
警戒と共に散らばったイレギュラーズの中、振り返ったルナは目の前にいる男?を訝しむように見た。
姿だけであれば、獣種のようだが――濃密な気配は獣種のそれには到底思えない。
「ただの獣種じゃねぇな……?」
構えたルナを無視して、そいつが視線をマグタレーナに向ける。
「人を、探している」
御伽噺通りの言葉が続く。
「貴方の探し人は知りませんね」
それに答えたのは、舞花である。
ぎらりと月明かりの下で獣の眼が妖しく輝いて見える。
「そうか、知らぬか……おかしな話だな――私は見つけたぞ。
来ると思っていた。いつかは来るとな! だが、こんなにも早くとは思ってもみなかった!
間違うことなどあろうか!」
びりびりと張り付くような濃密な殺気が溢れだす。
「その悍ましき輝き――パンドラァ!!」
咆哮を上げるように、怒号の如き声が響き渡る。
良いしれぬ不快感を覚えながら、イレギュラーズ達の方も構えた。
「私らが捜し人か――いいぜ」
続けて告げたミーナは剣を構え獣へと啖呵を切ると、マグタレーナと獣の間に割り込み堂々と構えた。
「――さぁ、殺してみろよ、私はそう簡単にはやられねぇからよ」
獣の眼に苛立ちのようなものが見えた。
「のっけから殺る気まんまんといったところだね……」
その言葉に答えるように、『雷はただ前へ』マリア・レイシス(p3p006685)はその身を紅く描く。
「それはこちらも同じことだ」
放電する雷がやがて紅より変じてより蒼く、より洗練されてその身を包み込む。
(ユリアーナ君……君の部下の仇は取る……)
怒りを滲ませ、それでも刃が鈍るからと耐えた友人の顔を脳裏に浮かべ、マリアは静かに敵を見る。
「そこな物問いの獣に、一つ聞きたいことがある」
静かに大小二振りの愛刀を抜いた『けもののわたし』観音打 至東(p3p008495)は獣へ問う。
「――おまえは、わたしの探し人を知っているか?」
同じように、殆ど同義の言葉を敵に告げて、閃く双刀が妖しく月明かりを反射した。
「逸話の獣、とても強い化物…ふふ、いっぱい斬りあえそうだねぇ」
その獣を見ながら『蔵人』玄緯・玄丁(p3p008717)は薄らと笑う。
(似てる……似てるのかな? 似てないよ。きっと)
その瞳が前の何かを見ながら、じっと動きを見る。
「教えてよ、その剣は何のために握ったんだい?」
納めた妖刀に手を添えた。
「その言動、やはり肉腫でしたか。
ですが、私達の方もあなたを探していました。逃がしませんよ」
静かに、舞花は剣を構える。
(この世に御伽噺や噂なんてそれこそ数え切れないほど存在してる。それがこんな風に形を取るなら……)
会敵した瞬間、サクラは剣を抜いていた。
こちらを見ていない敵は目の前に。
(本当に世界の滅びはすぐそこまで来てるだね……)
改めて思う。
「頑張ろうね、スティアちゃん!」
先に友人に声を変える。
「これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかないから――いくよ、サクラちゃん!」
それに答えるように頷いて、スティアは魔力を籠めた。
術式が展開され、その身を中心に輝く聖域を生みだしていく。
効率化の進んだ魔力制御を以って、セラフィムを起こす。
月の魔力を吸い、反射するかのように輝きを見せた魔導器は、飽和した魔力の残滓を羽根に変えて地上に舞い散らせていく。
●
最速で動くルナが走り出す。
複雑な軌道移動を以って駆け抜けたルナは、獣へと突撃する。
足を踏みしめ、駆け抜ける。真っすぐな突撃は慣性を伴って獣に叩き込まれる。
その身の衝撃を防ごうとした獣へ、慣性より齎される本命の衝撃が叩きつけられた。
眼前で敵の事を見据え、静かに跳躍、後方へと跳ねるように後退する。
誇れる戦い方でなかろうが、それでいいのだと、ルナは闇に紛れるように駆け抜ける。
臆病者には臆病者やり方があるのだから。
バチリと雷霆が爆ぜる。
「私の特技は精神力を削ること。……それしかできなくとも、それだけならイレギュラーズ1の自負がある!」
紅は蒼く――白く。放電する光は月夜をまるで昼間のように鮮やかに照らしていく。
「受けろ――」
踏み込み、跳ぶ。刹那、其れは一条の稲妻となりて戦場を劈いた。
蒼き輝きは真っすぐに獣の身体を貫いて、獣の身体を足場に蹴り飛ばし、もう一度。
それはさながら雷の檻のように幾つもの軌跡を描いて、そのたびに轟く雷鳴は咆哮のように駆ける。
やがてそれが大輪の花を咲かせる頃、マリアの動きは停止する。
「――雷吠絶華」
(もしも御伽噺の具象化なら、ただ単に刀剣状の武器による刺突斬だけとも限らない……さて)
舞花は冷静に剣を構えた。
翻弄される敵の動きを捉え、後はそこを突くのみ。
冴え冴えとした軌跡は鮮やかに緩んだ獣の身体を縫い付ける。
玲瓏たる銀の閃光が終わる頃には、その身の動きがさらに鈍くなっていた。
「パンドラァァァ!!!!」
獣が絶叫する。
男の周囲に濃密な闇が放たれ収束。
雄叫びと同時、獣の剣が奔る。
二度に渡る斬撃が前方にいたイレギュラーズに傷を奔らせた。
収束し、滞留する闇が獣の周囲に纏わりつく。
「天義の聖騎士、サクラ。推して参る!」
サクラは改めて宣誓を告げると共に、サクラは敵の前へ出た。
刹那の間合い、踏み込むのとほぼ同時、聖刀を払う。
最速で打ち出される桜花の斬撃は桜色の火花を散らし強かに獣に傷を付ける。
希望の剣に魔力を籠める。青の刀身が鮮やか魔力を反映して淡い輝きを湛えていく。
ミーナは希望の剣を両手で握ると、微かに蒼い軌跡の残る獣の身体へと剣を入れた。
鮮やかな色の尾を引きながら駆け抜けた斬撃は、その色とは逆に呪いを刻み付け、災厄を齎す斬撃。
敵の眼がミーナの眼とかち合った。
ふらり、玄丁の身が獣の前に出る。
「間違えて死神の肩を叩いたね」
月明かりに照らされること無き影が戦場へ駆け抜ける。
残像はなく、けれど影のみを残す神速の斬撃は、瞬く間に獣の身を切り裂いて傷を深めていく。
己が身に微かな反動――けれどまだ深淵には至らず。
聖域の輝きがより一層と強くなる。
包み込まれた仲間たちの疲労感を取り除く温かな聖域が放たれる。
続けるように、スティアはセラフィムに魔力を注ぎ込む。
温かな光がスティアを中心に照らし出され、残滓が花弁を象り舞い踊る。
花の触れた場所の傷が瞬く間に癒えていく。
マルクはスティアの様子を見て、杖に魔力を収束させる。
杖をペンの代わりに描いた術式は周囲に美しき聖域を描く。
鮮やかな光と供に、強烈に癒していく。
美しき癒しに照らされて、傷口が閉じていく。
先程の攻撃は、前衛に届く連撃。
(連撃は厄介だけど、射程は短い……それだけが攻撃手段ってことはないだろうけど)
静かに敵を観察する。この敵がどう出るのかは、まだ分からない。
とはいえ、敵の在り方からはどういう攻撃なのかはなんとなしの察しは付けてある。
(……あとはどんな範囲攻撃があるかどうかだ)
マグタレーナが手に握る弓へ、静かに魔力が収束していく。
「おとぎ話の住人でない現実にいきるものならば――己自身の命の音を鳴らすものならば、その姿を見ずとも狙い撃ちましょう」
詠唱は呪言へ。その目が何を映すこともなかろうと、生き物は完全な無音を為すことなどほぼ不可能。
それが戦闘の始まった今であればなおさらの事。
あとはもう、弓を弾くだけ。
脳裏に浮かぶ光景は空間を把握し――放たれた矢は真っすぐに獣の身体へと吸い込まれていく。
防御動作に移る時を与えず、魔力矢は静かに撃ち込まれた。
「おまえの謂れ、今宵、この村正が斬り、この村正が貰い受け仕る」
割り込むように前へ。
「――とて、そう上手く行けばようござるなぁ……」
乙女の算段はくるりとその身を躍らせる。
撃ち抜く二刀は獣の命を縫い付けるべくおおよそ隙の大きなその身に突きを描く。
「なにせ、おまえの命を欲す者らは、そら大勢おるがゆえに」
軽く、トン、と着地すると共に、至東は静かに敵に告げる。
●
獣の周囲に、闇が蠢きだす。文字通りの闇だ。深淵のような闇。
ぎらつく獣の眼は会敵の頃より濃密な殺意に満ちている。
「おいおい、隠し玉か?」
ルナは思わず口に漏らす。
爆ぜるように駆けたルナは再び突撃を叩き込む。
それは二つの流星の如き連続の一撃。
二つに一つの猛撃。真っすぐに駆けた打撃と合わせるように、敵の剣が閃いて、ルナの身体にも傷が浮かぶ。
「――す、――す、――す、――パンドラ――許さぬ」
その全身が夜のような闇に包み込まれ、爆ぜるように動く。
「呑まれよ、呑まれよ、薄汚れた光どもめ」
その瞬間、イレギュラーズの足元にぽっかりと穴が開いた。
それに抵抗したミーナは、獣の眼を見てその目が自分を見ていないことに気づいた。
「――そういうことか。まぁでも、もう一度こっちに意識を向けさればいい話だな!」
穴から跳躍し、健在を示すように体を大きく晒す。
「私を殺す前によそ見するなんていい度胸だな!」
振るわれた剣に合わせるように、ミーナは劫火絢爛を打ち付け、同時に横から叩きつけるように青き聖剣を薙ぎ払う。
「ついに本気ってことだね……」
紅の放電を強め、マリアは静かに深呼吸する。
スパークが爆ぜ、雷光は駆け抜ける。
青き稲妻は静かに闇の中へと突っ込んだ。脚が闇の向こう側を強かに蹴りつけ、跳ぶ。
跳ね返るように跳んだマリアは今度は路地の壁へと着地するとそこを足場に駆け抜けた。
初撃の闇に呑まれた一人である舞花は、闇の中で深呼吸すると、静かに太刀を入れた。
斬撃は真っすぐに闇を断ち割り、それを伝いその向こう側――獣に炸裂する。
這い出た外で、勢いのままに太刀を向ける。
機敏な動きで敵がその斬撃を躱すのとほぼ同時、ついでの斬撃は既に裂いていた。
蓄積する連撃が徐々に本性の動きを絡めとっていく。
「未だ頂きは遠くても! 鍛え上げた技と力はそう簡単に破れないよ!」
言葉にするのとほぼ同時、サクラは移動を始めた敵の方へ一気に加速、その眼前に躍り出た。
その勢いを殺すことなく、剣を閃く。それは風雅を極めし足捌きより到達した眼前で、獣が目を見開く。
それを横目に、納めなおした居合が駆け抜けた。
(相手の土俵で長時間闘うわけにはいかないし、ここから一気に決めないと……)
各々の手段で持ち堪える仲間たちの様子を見ながら、スティアは思考を進めていく。
「でもまずは……幻想福音の回復力、見せてあげる!」
セラフィムがより一層の輝きを放つ。
温かな聖域の輝きが邪気を払うのとほぼ同時、それの音色は戦場に響く。
美しき幻想の音色は、それを耳に入れた仲間の傷を美しく癒していく。
マルクは静かに観察を続けている。
(今のは何度も受けると拙いね……)
敵の攻撃の攻撃はその殆どを既にみた。これこそが隠し玉なのだと信じたい。
(あの剣で近くを斬る攻撃が2つ、次にさっきの闇の穴に落とす攻撃。
あと……さっきのミーナさんの口ぶりからすると、あの闇で自分の身体を包むのもスキルの一種なのかな?)
魔力を高め、聖域の術式を描くマルクは、その一方でもう一度、考えていく。
(でももし、まだ何かあるとしたら……)
本当にあるかどうかわからない。けれど、追い詰めてなおやらないという事は、それが本当の『とっておき』なのだろうというのは想像に難くない。
マグタレーナは、瞳を開けこそせずとも、周囲の仲間たちの状況から敵の様子が変わったことを察していた。
静かに弓を構える。敵の音は、ほとんど存在しなくなっていた。
頼りになるのは敵のものではなく、仲間達の物。
剣戟の音が響いている。そちらに向け、静かに矢を番えた。
放たれた魔力の矢は真っすぐに駆け抜け、仲間の攻撃を受けて隙が生じていた部分を貫いた。
「これより本番でござるな……止め仕る」
真っすぐに駆け抜けた至東に合わせるように敵が双剣を走らせる。
それに合わせて跳躍した至東の眼には、そこが見えていた。
滲む殺気を、殺意を抑えることなくなお滾らせ、打ち込むは連撃。
斬撃はさながら終息を知らぬとばかりに尾を引いて。
次の太刀さえそれの内であるかの如く。濃密な殺意を乗せた双刀は全く同時に敵を斬り上げ、斬り伏せる。
「それが本気かい? ……力を隠して戦えるって思われるのは傷付くなぁ」
挑発と共に、玄丁はもう一度前へ。
傷は多い。けれどこの身にとっても真骨頂はここからだ。
踏み込み、敵の影さえ飲むように黒啜が鳴いた。
変幻を為す斬撃は連続する猛攻に足を取られた獣の身体を打ち貫き、納まった太刀は再び流すように影を引いて連撃を齎した。
●
獣の動きは追い詰めるほどに洗練されていく。
それはさながら獣の妄執のようで、あるいは獣の本能のようで。
双方に傷は深く、多く。けれども戦いは続いている。
「――終わらせてやる、終わらせてやる! かははは! ここまで痛めつけられたら、さぞいい一撃になるだろうなぁ!」
舌なめずり一つ。獣の手に握られる双剣がより濃い闇を飲み込んでいく。
月明かりさえ飲む重厚な闇が、2つの剣身を包み込む。
「恐れよ、パンドラ、悍ましきパンドラよ、愚かなるパンドラよ」
集束する闇、闇――闇。
それが刹那の瞬間に爆ぜ、前衛を呑んだ。
確かな三度の痛みを覚え、収束した闇に獣が嗤う。
「くはは、ははははは!」
哄笑が響く。
「そのおぞましき光ごと叩き伏せてくれる!!」
輝くパンドラの光を睨みつけ、哄笑のままにもう一度――
「げふっ」
――けれど、それが放たれることはなかった。
声にもならぬ何かが敵から漏れている。
失敗(ファンブル)――などではない。
「私達の勝ちだね」
バチバチと紅を迸らせ、マリアは静かに敵に告げた。
その様子を見れば敵がどうなったのか、その一番の要因たる彼女には理解できた。
いかに大技を撃つよう狙おうが、そもそも打つだけの魔力がないのでは意味がない。
「そういうことか……おのれ、おのれおのれおのれ!」
血走る敵の眼が殺意に満ちている。
ルナはもう一度立ち上がった。
「同じ闇の住人同士、短い付き合いだったな」
走り抜ける。損耗した力は大きい。
複雑なステップを伴う突撃は、その圧倒的速度も相まって双方向から叩きつけられたかの如く獣に衝撃をもたらした。
連撃に等しき衝撃に、獣の身体が大きくゆがむ。
「……これ以上犠牲者を出すものか!! ここで倒す」
バチリと雷撃を纏い、マリアは奔る。
ひたすら早く、蒼の軌跡へと入り込む。
獣を蹴り飛ばして、圧倒的連撃のもとで雷撃を叩き込む。
全てを失った獣にはマリアの一撃が芯にまで入り込んでいく。
「貴様、貴様だけはぁ!!」
激昂を無視して、最後の一撃が顎を捉えた。
「確実にトドメ刺さないとな……! 執念深い奴は何しでかすかわからねぇ!」
先に受けた猛攻のお返しを返すように、ミーナは剣を抜く。
青い剣へ集束する魔力がその剣身を水面のように輝かせる。
そのまま、押し込むように横薙ぎに叩き込む。
隙だらけの獣の身体を強かに剣が打つのと同時、飽和した魔力がミーナの身体を包み込む。
「まだ終わらせない!」
返すようにミーナは握りしめた希望の剣に力を籠めた。
魔力が集束していく。あふれ出した魔力は、層をなして青き剣身を包み込む。
集束と収束を繰り返す魔力を、思いっきり薙ぎ払った。
青い奔流となったそれは魔性を伴い獣の身体を包み込み、その肉体を縛り付ける。
敵の猛攻が続いている。
舞花は静かに目を閉じた。敵の動きは感じ取れる。
心は水月の如く。それは鏡に映る一輪の花ような。
美しき軌跡を描く斬撃が尾を引き、連続する痛撃となって獣の身を削り落とし。
再びその心は元の位置へ。
静かなる反撃の一閃を描くその瞬間を静かに待つ攻防の心。
「たとえお前が氷山の一角だったとしても! 何度でも! 何人でも! すべて倒してみせる!!」
サクラの握る聖刀の輝きが真っすぐに迸る。
真っすぐに叩きつける狂い咲く大輪の花の一刀が収束に向かうその一瞬、勢いはそのままに。
返す刀は終わりはまだだと振り下ろす。
隙だらけの敵の身体が傷を浮かべれば、納めた刃を放つだけの隙が見えた。
桜花の花が再び花を開いた。
(さっきのが打てなくなったってことは、ここを支え切れれば勝てるはず……!)
セラフィムの輝きを強め、スティアはそれを抑えを担う仲間へともたらしていく。
前衛を呑むあの大技はもちろん、敵が大技を撃つことはもうない。
そうだとしても、先の大技を受けた仲間の傷は深い。
美しき天使の羽根が舞い踊り、鐘の音が響く。
穏やかな幻想の福音は天よりの迎えのようで。けれど傷のみを戴いて消えていく。
「僕もその手合いなんだ」
玄丁は小さく呟いた。
変幻の刃が獣の双剣を惑わせ、隙を作る。その時を待っていた。
深くけれど短く。ほんの一瞬のもとに影が奔る。
納められた妖刀は月明かりに殺されるよりもなお速く。
敵の剣を切り裂き、流れるようにその身を突き、貫く三連撃が獣の身体に吸い込まれていく。
影が潰えるより前に納められた刀が二の太刀を撃ち込むのは、連撃が終わるのとほぼ同時であった。
変幻を思わせる連撃が、獣の身を確かに刻む。
マルクは魔力を杖に集中させていた。
敵の攻撃の種類は減っていくだろう。攻める時はいまだ。
その前に、まずやるべきことがある。
紡いだ大天使の祝福は鮮やかに、鮮烈に輝きを放ち、光輝に輝く仲間の体に残る大きな傷跡を次々に癒していく。
温かい輝きは月明かりのもとではより一層の幻想を描いている。
「さぁ行こう! もうあと少しだ!」
仲間達を、自身を叱咤するように、マルクは声を上げた。
「その身は重き石となり、やがて物言わぬ骸に――」
マグタレーナは静かに弓を弾く。
敵の言葉は多い。もはやどうして外すことなどあろうか。
詠唱は続く。静かに、滔々と。
魔力を以って描く矢は禍々しく彩られていく。集束した魔力は呪性を帯びて濃厚な闇を描く。
放たれた矢は真っすぐに、けれどそれは存在するともしれぬ『神』が齎す呪いとなって獣の身体を更に強く蝕んでいく。
「――終わらせるでござるよ」
至東の目が昏く。すぅ、と細められた双眸は本質を覗かせる。
感覚は鋭く。決して消えぬ誰かへのとめどなき殺意を更に鋭く。ただ切っ先に乗せて。
一太刀目、踏み込みと共に放たれた斬撃は真っすぐに獣の身を穿ち、大きく開いた首筋へ、二の太刀を滑り込まさせることなど容易く。
三の太刀を振り下ろして、終焉へ、終わりは一つ。
天へ舞った小太刀を捨て置き、踏み込みの刹那へ集束した殺意を叩きつける。
斬撃は黒き殺気を帯びて斬り上げ、降ってきた小太刀を握るやそのままに振り下ろす。
血飛沫が静かに舞い散った。
ルナは最後の力を振り絞った。
跳躍を一つ。真っすぐに駆ける。
突撃に伴う慣性が獣に衝撃となって叩きつけられ、次いでとばかりに叩きつけた双撃に獣の身体がぐらりと揺らぐ。
「悍ましき輝きめ……その輝きが、その輝きが――おのれぇええ!!
それは獣の遠吠えであった。
纏わりつくような殺意に満ちた誰か一人でも道ずれにせんばかりの重厚なる殺意であった。
「殺してくれる――必ず、必ず――一つでも多く!」
血走った眼、その全身に死相を滲ませながら、獣が雄叫びを上げた。
振るわれた双剣が閃く。
殺意の乗った攻撃は鋭く。けれど、それでも致命傷に至るほどの重さは存在しない。
舞花はそれを以って理解する。
もうこれは自分達を殺すことなど叶うまい。
殺意に満ちたその目の潰えるまで、一撃を叩き込むだけでいいのだ。
放たれた斬撃をその身に微かに受けて、返す刀を振り抜くのと同時、もう一太刀を振るう。
それは既に先の先、その先。なまくらと化した斬撃では到底かなわぬ斬撃。
静かに閃く銀閃が獣の身体を削り――連撃が開始される。
蒼の閃光が駆け抜ける。
真っすぐに射出された閃光に対するように獣が剣を振るい、斬り下ろす。
しかしそれは本物には非ず。幻影がさくりと裂けた。
「これはユリアーナ君や彼女の部下の分だ」
バチリ――鮮やかな紅の閃光は正反対の方角にあった。
帯電する雷の殆どは拳へと集束する。
鮮やかな拳打が真っすぐに獣の膝に、肘に、手首に叩き込まれる。
たっぷりの疲労感と、眼に見えて多い傷。
もはや傷と呼ぶには浅い攻撃。それでもまだ殺気だけは一丁前だ。
「どこまでも執念深い奴だ……」
もう一度、ほぼ残る魔力の全てを束ねて、ミーナは一つ息を入れた。
集中し、思いっきり振り下ろす。鮮やかな輝きを引いて、死をもたらす呪王の太刀が振り下ろされる。
炸裂した斬撃は青いオーラを放出し、勢いに乗せてもう一度振り抜いた。
魔力が空気に溶けていく。
聖刀を納め、サクラも集中力をかき集めていた。
疲労感はある。大技はもう不可能だ。先ほどの連撃が少々重かった。
それでも――手はある。
踏み込み身を屈め、払う。美しき剣閃は鮮やかな火花を散らし、芸術的な洗練された斬撃を放つ。
二の太刀を撃ち込み、大きく見えた隙へ参の太刀を叩き込んだ。
スティアが魔力を籠めると聖域が輝きを強める。
聖域の輝きは疲労の嵩む仲間たちの魔力を、気力を取り戻させ、微かに残った邪気を払い落とす。
再び降り注いだ魔力の花がスティアの周囲を埋め尽くし、温かな輝きを放って周囲に癒しを齎していく。
「もう少しだよ、頑張ろう!」
仲間の力が充実していくのを見ながら、スティアは激励の声を上げた。
マルクは魔力を杖の先へ集中させていく。
充実した魔力は集束と収束を繰り返し、やがて大気を歪めるほどに濃密なソレへと到達していく。
「これがオマエが探していたイレギュラーズの力だ!」
やがてスパークを起こし始めた魔力を、マルクは開放した。
ゴウ、と空気を震わせる音が響き、大気を軋ませながら真っすぐに駆け抜ける。
真っすぐな弾丸と化したそれは獣の右腕を消し飛ばした。
「悔恨など無いのでしょうが、今まで流した血の重みと痛みを少しでも味わって頂ければ幸いです」
敵の射程の関係上、マグタレーナが狙われることはあまりなかった。
息も絶え絶え、回避行動さえ危うそうな敵へ、静かに構えた。
「……ええ皮肉ですけれど。或いは獣から少しでも人に近づき死ねるでしょうか」
たおやかに、不死の王の伴侶たる女は、死を待つ獣へその道標を引いた。
「僕より強い味方がいるんだ、折角なら取られないように頑張って殺さないと……ね」
大太刀が影を纏う。鞘の内が深淵を抱く。
最高の状態で、玄丁は静かに柄に手を置いた。
踏み込むように前へ出て、ただ夜を払う。女の泣くような甲高い音が響く。
静かに、美しく振りぬかれた斬撃は影の闇を伴い獣を包み込む。
惑い、纏い、塗り潰して、影を引く。
それは刹那の出来事である。
至東の双刀もまた、同じように半身とかした獣へと駆け抜ける。
「貰い受け仕る」
美しく払う双刀は、或いは月を望むように、或いは華に耽るように。
妖しき輝きを以って刻んでいく。
月明かりにも照らされぬ黒い残像が首に走り、昏い殺意が首を喰らいつく。
そのどちらが先だったのかは、定かにはなかった。
●
「さあて、さっそく刀身を清めねば……」
至東は伸びを一つ、呼吸を入れ、敵の亡骸よりくるりと背を向け歩き出す。
求むるは謂れであってあれの穢れにあらず。何より、震える愛刀をなだめねば。
同じけものでも、あれとは違うのだから。
「殺人事件か……」
戦いが終わった後、ミーナは依頼人のもとに訪れていた。
「あぁ、今回の奴自体は肉腫――魔種みたいなやつだったが、元になった方には『何か』があったような気がする」
ひとまずの解決に安堵した様子だったユリアーナに、ミーナが問いかければ、彼女の方は少しばかり考え始めた。
「何か殺人事件……それも未解決のものがないか探ってほしい」
「分かった。探してみよう。ただ、私の代ではそんな話は聞かない。
あるとしたら、それこそ数世代を経るような……かなり昔のことになるだろう。
寓話となるぐらいだからな……」
難しそうな顔をしつつ、頷いたユリアーナがメモを取る。
マグタレーナは今回の事件の被害者――コレットの遺体が見つかった場所へと訪れていた。
静かに意識を集中して、漂っていた霊魂へと解決を知らせる。
ふわふわと浮かぶ霊魂は、見ることのないマグタレーナにもよく感じられた。
弔いの代わりの言葉に、ふわふわと霊魂が空へと消えていく。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
どこからでも、何かの拍子に顕現する悪意……恐ろしいものです。
MVPはマリアさんへ。大技をそもそも打てない状況に叩き落とすのは正解の一つでした。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
鉄帝に出現した純正肉腫戦のハードとなります。
●肉腫とは
滅びのアークが蓄積された事により発生した『この世で生まれた、この世の異物(病気・魔物)』
非常に凶悪であり、悪意的に『滅びのアーク以外』を破壊します。
●純正肉腫とは
生まれた時から肉腫で悪意の塊。精霊種の様に顕現する事が可能です。
●オーダー
【1】『夜闇の探索者』キラー・ビーストの討伐。
●フィールド
人気のない一本道です。
民家などはありますが、時刻が時刻なので人気は一切なく、街灯の類もありません。
天気がよろしく、月明かりが辺りを照らしてくれています。
射程、間合いなどはかなり取りやすいでしょう。
遮蔽物の類はありません。
●エネミー
・『夜闇の探索者』キラー・ビースト
オープニング中に出てきた『真夜中に探し人の事を聞き、問答無用で殺しにかかる何者か』の寓話が純正肉腫化したものです。
御伽噺自体、本来は『夜に外に出たら危険』程度の寓話なので、特定の対処法のような物は存在しません。
皆さんにとっては初見ではありますが、会敵した時点でパンドラへ反応してめちゃくちゃな殺気を放ってきます。
純正肉腫と分かっていて構いません。月明かりのもとで分かる風貌は双剣を握る傷だらけな狼犬の獣種のようです。
魔種相応の高いスペックを有します。
逸話から考えるに、【必殺】、【致命】、【カウンター】の技を有し、
在り方から【復讐】、【背水】、【集中力】系統など追い詰められた方が強くなると思われます。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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