シナリオ詳細
海洋ギャング“ルッチ・ファミリー”。或いは、海底ファイト・クラブ…。
オープニング
●海洋都市の裏稼業
薄暗い部屋。
葉巻をゆるりと燻らせながら、巨躯の男は「ふむ」と呟く。
仕立ての良いスーツを纏った筋骨隆々とした男性だ。
背丈は2メートルに近いだろうか。
短く刈った髪と、剃り上げた眉、そして細く鋭い瞳。
男の顔には、額から左頬にかけて深い裂傷が残っていた。
「ヘルヴォル……その男、確かにワダツミの元幹部って言ったんだな?」
低く、唸るような声で男は問う。
視線を向けたその先には、パンツスーツを着込んだ長身の女が立っている。
長い赤髪を背で1本に括った女だ。
スーツの上からでも分かるほどに、筋肉質な体形をしている。
どこか気だるげな態度で、女は顎を掻きながら足元に置いた鉄鎚へと視線を向けた。
「あぁ、いや……ボス。わりぃんだけど、その噂を聞いたのは部下でね。っても、只者じゃないのは確かだったが」
「だろうな。さもなきゃお前の鉄鎚をバターみてぇに一刀両断はできねぇだろうさ」
なんて、そう呟いて彼はにぃと獣のような笑みを浮かべた。
「そいつの容姿……覚えがあるぜ」
と、そう言ってボスと呼ばれた男は額の傷に指を這わせた。
「向こうは俺のことなんざ、覚えちゃいねぇだろうが……ワダツミを抜けて、どれだけ経ったか。まだ生きてやがったか」
「あん? 何言ってんだよ、ボス」
「恨みを晴らすべきか、それとも取り込むか? いや、上手く利用できりゃ……あぁ、考えが纏まらねぇな」
「おい? ボス? 聞いてんのかよ、ボス・ルッチ!」
「あ? っと、わりぃ。話の途中だったか……」
「頼むぜ、ボス。あんたがぼやぼやしてっと、アタシら部下も困るんだよ」
組織ってのはそういうもんだろ、と。
そういってヘルヴォルは嗜虐的な笑みを浮かべた。
彼女は生来、戦うことが大好きだった。
そして、己の暴力性を最大限に発揮するため、海洋の国でボス・ルッチの率いるギャングに与することにしたという経緯があった。
ギャングという強大な組織の元でなら、暴力を十全に行使できると、そう考えたから。
今回もそうだ。
ボス・ルッチから次の標的を貰うために、彼女はボスの私室を訪れているのだ。
十夜 縁(p3p000099)から受けた傷が癒え、得物である鉄槌の修理も完了した。
前回は不覚を取って敗北したが、今度こそは勝つ気でいる。
命を取らなかった縁の甘さを、後悔させてやるのだ。
何度負けても構わない。
最後に生きていた者が勝者だ。
「って言っても、2度目はねぇけどな」
「勝てる算段でもあるのか?」
「いや、ねぇ。ねぇけど、今度は最初から全力で行く」
「おいおい、ヘルヴォル。俺ぁ、お前の腕っぷしを買ってんだぜ? 私怨で死なれちゃ困るんだがよ」
頭を掻いて、ルッチは呟く。
彼がヘルヴォルを部下に迎えて、何年だろうか。
長くもないが、短くもない時間が経った。
彼女の性格もおおむね把握しているし、扱い方も心得ている。
だからこそ、ルッチは困っているのだ。
(何かしらガス抜きをさせてやらねぇと……勝手に出ていきかねねぇよな)
どうするか、と。
数分ほどの沈黙の後、ルッチは葉巻の火を消してヘルヴォルへと視線を向ける。
「よぉ、それならアレだ……その男を“ファイト・クラブ”に招待してやりな」
男……縁の正体を確かめるため、そしてヘルヴォルのストレス解消のためには、それが一番冴えたやり方に違いない、と。
ルッチはそう判断したのだ。
●ようこそ、海底ファイト・クラブへ
「ったく、いつの時代、どこに行ってもギャングのやることは変わらねぇな」
手にしたした紙片を揺らしながら、縁はそう呟いた。
「会員制のファイト・クラブね。金儲けの一環……裏稼業ってこったろうが」
ルールは無用。
血で血を洗う暴力の祭典。
場所は海洋。
とある港の近海、海の底に沈んだ船の中にそれはあるという。
ギャング……ルッチ・ファミリーの所有するその船は改造を施されている。
酸素の供給や浸水対策は万全であり、船内には円形の闘技場が設けられているそうだ。
闘技場を囲むように金網が張られており、観客たちはその外側からファイターたちの戦いを観戦するという。
「腕自慢を集めて戦わせる。観客たちの連れて来た子飼いの荒くれ者たちを戦わせる……そして、目障りな奴をとっ捕まえて、嬲り殺しにする、ってところか?」
紙片には、対戦相手の名簿があった。
その中にあるヘルヴォルという名には聞き覚えがある。
以前、ある商人の護衛依頼で縁が斬った女の名前だ。
「奴の鉄鎚は痛かったな。【ブレイク】に【必殺】だったか? それと、神秘攻撃を無効にする装飾品も持ってたか」
前回、ヘルヴォルと交戦したのは港付近の空き地であった。
今回の戦場は闘技場。
遮蔽物が無い場所の方が、ヘルヴォルは実力を発揮できるのだろう。
「それにルッチか……ご丁寧に【体勢不利】や【封印】【致命】付きの格闘技を習得している、なんて情報付きかよ」
よほど腕に自信があるのか、それとも何か別の狙いでもあるのだろうか。
「闘技場は浸水してんのか。膝丈程度と浅いようだが、足場がいいとは言えないな」
ヘルヴォルやルッチは、水場での戦闘にも精通しているのだろう。
さもなければ、わざわざ闘技場を戦場に選ぶことはないはずだ。
「残る6人は、拳や剣、棍を武器とする腕っぷし自慢ね……」
と、そこまで行って縁はちらと集まっている仲間たちへと視線を向けた。
「今回の見世物は8対8の団体戦ってことらしいが……誰か興味のある者はいるか?」
いるなら一緒に連れてくぞ、と。
どこか疲れたような調子で、縁はそう告げたのだった。
「ギャングに目ぇ付けられると……面倒なんだよ。しつこいからな、連中は」
- 海洋ギャング“ルッチ・ファミリー”。或いは、海底ファイト・クラブ…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年04月30日 22時25分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●海底闘技場
海洋。
とある港より船で数十分の場所。
海底深くに沈んだ巨大船の内部に造られた闘技場では、非合法な賭博が実施されていた。
試合と賭博を仕切るのは、海洋のギャング“ルッチ・ファミリー”である。
「おいおい、挑戦者に駆ける奴はいねぇのか? これじゃ賭けが成立しねぇよ」
黒いスーツにサングラス。
巨躯に禿頭といった“いかにも”な風体の男がぼやく。
「そうは言ってもな。ルッチ殿が出張るのなら……なぁ?」
「然り。闘技の名を借りた処刑だろう? 今日の出し物は」
「袖の下代わりに挑戦者に賭けてもいいがね」
などと、身なりの良い男たちが言葉を交わす。
ルッチ・ファミリーと繋がりを持つ商人や貴族などである。
はぁ、と深いため息を零す禿頭の男。彼とて金持ちたちの気持ちは良く分かる。自分たちのボスであるルッチの実力は本物だ。今回は戦闘狂で知られるヘルヴォルも参戦する。
この海底闘技場に足を運ぶ者たちは、誰もがルッチ・ファミリーと関りを持つものばかり。ルッチたちの実力も十分に理解している。
それを知ってなお挑戦者に賭けるような者がいるとすれば、よほどの間抜けか、或いはよほどの賭け狂いだ。
「なるほど……では、私は挑戦者にこれを」
そんな彼らの間を抜けて、1人の女性が禿頭の男へ近づいた。
手には革の小袋を持っている。
「えぇ、これも試練。神が与えたもうたチャンスを最大限に生かし……」
金を得ましょう。
そう呟いた女……『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)の瞳は、暗い狂気に輝いていた。
海底闘技場。
膝の丈まで水のたまったその場所に8人の男女が立っている。
中心に立つのは、短く刈った黒髪に筋骨隆々とした体躯の大男。ルッチ・ファミリーのボスを務めるルッチその人だ。
隣に立つ長身赤毛の女の名はヘルヴォル。背後に並んだ6人は、ルッチ・ファミリーの中でも武闘派で鳴らした特攻隊の猛者たちだ。
大歓声の中、悠遊と歩み出てきた8人。
相対するは『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)を始めとしたイレギュラーズの一行だ。こちらは嘲笑とブーイングに包まれての入場である。
ヘルヴォルは眉間に皺を寄せ、観客席へと視線を送った。
「うーん、海洋ギャングは良い思い出がないんですよね……あいつらすぐ見世物にしようとしたりしますし」
「今まさに見世物になってるけどね。さて、悪縁は早々に断ち切って祝杯と行こうか」
『人外誘う香り』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)と『若木』秋宮・史之(p3p002233)の2人が苦笑混じりに言葉を交わした。
「海水…………もしかして燃えないやつなのです???」
困惑の表情を浮かべる『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)は、手に灯した火炎と足元の水を見比べていた。
自慢の業火も、これほどに水の満ちた空間となれば思うようには燃え広がるまい。
「まさか、私が剣闘士の真似事をすることになるとは思わなかったけれど、これもまたいい経験だわ」
『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)は赤い髪を撫でつけ呟く。
怜悧な瞳に、確かな戦意の炎が滾った。
それを一瞥し、十夜は疲れた吐息を零す。
「“か弱いおっさん”はこの手のモンは一番苦手なんだがねぇ」
「十夜さん、また絡まれてて大変だな」
「ったく、勘弁してほしいぜ」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)に苦い笑いを返した十夜。さてと一拍間をおいて『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)へ視線を向けた。
「おう。遺言の交換は済んだか?」
と、そう問うたのはルッチであった。
静々と1人、クレマァダが前へ出る。
「何だあいつ? 嬲り殺しにされる気か?」
などと、観客たちが笑い声をあげた。
そのこえはクレマァダの耳にも届いただろうか。しかし彼女は、観客席を一瞥さえせずルッチ・ファミリーを睥睨した。
「ふん。浅ましい面構えじゃ。我をコン=モスカと知って招いたのならば、軽率であったぞ」
試合開始のベルが鳴る。
それと同時、クレマァダは腕を掲げた。
ごうと渦巻く魔力の奔流。
足元に溜まった水が、沸騰するかのように波打ち始めた。
「――神威、限定再演」
海嘯。
その一言を合図とし、すべてを飲み込む猛き波濤が闘技場を飲み込んだ。
●ルッチ・ファミリー
「ちっ……滅茶苦茶しやがる!!」
「ボス! 手下どもが流されたぞ!」
「分かってる! が、勝手に戦わせるしかねぇだろ」
大津波の後、その場に留まっていたのはルッチとヘルヴォルの2人だけ。残る6名の組員たちは、津波に流され闘技場の後方へと追いやられていた。
しかしボス・ルッチとヘルヴォルには、流された手下たちへ意識を回す余裕がない。
「どうも。また会っちまったなぁ、嬢ちゃん。傷の具合はもういいのかい?」
鎚を振るうヘルヴォルの眼前に、狂暴な笑みを浮かべた十夜が迫る。刀の背で鎚を受け流しつつ、彼はヘルヴォルへ言葉を投げた。
「おかげさまで絶好調だ! ってか、命ある限りはいつだって絶好調だっての!」
叫びを返し、ヘルヴォルは膂力を用いて強引に鎚の軌道を曲げてみせた。
鎚の先端が十夜の頬の肉を抉る。
一方、時を同じくしてルッチの眼前には史之が迫った。
「力自慢みたいだけど、おまえみたいなのは何人も見てきたよ。力だけじゃどうにもならないってことを教えてやる」
「てめぇみてぇな賢しらぶった若造は何人も見て来た。どいつもこいつも、力任せに叩き潰してやったがな」
抜刀の勢いを乗せた史之の斬撃。
ルッチは握った拳をハンマーのようりに振り下ろし、それを真正面から迎え撃つ。鋭い刃が拳を裂くが、骨と筋に阻まれ止まった。
「うぇ!?」
目を見開いた史之の手首を、ルッチの拳が強かに打ちのめした。
波に流され、水面を漂うたいやきが1つ。
甘い香りを撒き散らすそれはベークであった。
「……たい焼き?」
「でかいたい焼きだ。美味そうだぞ」
「いや、っても人だろ、あれ?」
「人があんなに美味そうなもんか。人に化けたたい焼きだ」
「人に化けたたい焼き? 人が化けたたい焼きじゃなくてか?」
「お前、たい焼きに化ける人なんていると思ってんのかよ?」
「あん? じゃあ聞くが、人に化けるたい焼きならいるってのか?」
「食ってみりゃ分かんだろ?」
「あぁ」「そうだな」「喰うか」「喰おう」
「食べないでくださいね……?」
少年のような声音でもってたい焼きが言う。
ベークは【ギフト】によりたい焼きの形をしているだけだ。甘い香りを漂わせているが、実際のところ喰っても鯛の味がするだけ。
焼けば美味いが、生のままではどうだろうか……。
先行したベークへ迫る男たち。剣が、棍が、硬い拳がベークを襲った。【怒り】を付与された男たちの目には、もはやベークの姿しか映っていないのだ。
「食べ物じゃあないんですよ!! 生き物なので!!!!!」
殴打されつつ、ベークはたまらず怒鳴り返した。
「馬鹿言うじゃねぇ!!! 生き物ってんならだいたい焼けば食えるだろうが!!」
「おい、俺は生のままいけるが?」
「温めなおした方がいいんじゃねぇか⁉ 腹壊したらどうする!」
「おい、火はねぇか?」
調理方法は焼きに決まりそうである。
「火ならここにあるのです。いい感じに合法的に焔をまき散らしていいんですよね?」
パチン、と指を弾く音。
どこか暗い笑みを浮かべたクーアの放った無数の火球が、轟音と共に降り注ぐ。
熱波に煽られ、クーアの髪が激しく踊った。
悲鳴を上げ、逃げ惑うギャングたち。
波に攫われるベーク。
水蒸気が視界を白に塗り替える。
「こんな所で言うのも無粋かもしれないけれど、命はもっと大切にすべきではないかしらね?」
流されてきたベークをそっと抱き上げ、ルチアはそう呟いた。
降り注ぐ淡い燐光が、ベークの負った傷を癒す。
「そうですか? ここは闘技場。競い合い高め合う事は、神もお咎めにはなられない事でしょう。それとも、戦うことに恐れでも?」
「臆した訳ではないわよ。平和的な解決が望めないなら、刃を交わすのもやむを得ないでしょう」
ライの問いに言葉を返し、ルチアはベークを海に戻した。
傷の癒えたベークは、自身の役目を果たすべく蒸気の中へと泳いでいった。
「それなら重畳。では、参りましょう。父と、子と、聖霊の御名によって……amenってね」
胸の前で、ライは素早く十字を切った。
旋回する棍がイズマの頭部を殴打した。
脳を揺らされ、イズマの視界が激しくぶれる。
飛びかけた意識を繋ぎ止め、イズマは地面に足を付けて踏みとどまるが、追撃とばかりに棍の一撃が眉間を穿つ。
額が割れて血が零れた。
「正々堂々、スポーツマンシップで……と言うにはいささか暴力的すぎるな」
剣を一閃。
組員の胸部をイズマの剣が引き裂いた。棍の突きがイズマの脇腹を穿つ。イズマは1歩前に踏み出し、刺突でもって男の脇を刺し貫く。
血で血を洗う闘争だ。
それを見て笑い、歓声をあげる観客たちのなんとあさましいことか。
「盛り上がったなら、それはそれでよし……だけど」
「もたもたしている暇などありませんよ」
一条。
宙を疾駆する魔光が、構成員の腹部を抉り意識を刈り取る。水に沈む棍を足で払いのけ、現れたのはライだった。
荒い呼吸を繰り返すイズマへ、淡い燐光が降り注ぐ。それを成したルチアへ黙礼を返し、イズマは倒れた男へと視線を向けた。
飛沫を散らしクーアが駆ける。
組員へと肉薄し、その顎へ向けサマーソルトを叩き込む。大きく状態を仰け反らせ、男の身体は空高くへと跳ね上げられた。
「空まで打ちあげてしまえば、地も水も同じなのです!」
「雑な戦い方をすれば足下を掬われるのは道理じゃな」
高くへと舞う男の巨躯を睥睨し、クレマァダはくっくと肩を揺らした。
それから彼女は、すぅと空気を肺いっぱいに吸い込んで、静かに……静かに歌を紡いだ。
ふんぐるい むぐるうなふ くつるう るる=りえ うがふなぐる ふたぐん ♪
奏でられる不吉な歌声。
闘技場全体へと響くそれは、組員たちを“魅了”した。
大上段から振り下ろされる鉄鎚を、十夜は1歩、前へ踏み込み回避した。
鉄鎚の柄が十夜の肩を打ち据えるが、鎚に当たることに比べれば負うダメージも軽微なものだ。
「はっ! だが、こんだけ近いと刀は振れねぇぞ」
「あぁ、それな……何も斬るだけが芸じゃねぇんだ」
手放された刀が、闘技場に突き刺さる。
十夜は空になった手を、ヘルヴォルの襟へと伸ばした。
ぐい、と締め上げるように襟を掴んだ十夜は、ヘルヴォルの脚へ自分の脚を絡ませると、引き寄せるように体制を崩した。
ヘルヴォルの視界が反転。
空が下へ、地面が上へ。
気づいたときには、顔面から水へ叩きつけられていた。
「がぼっ……!? て、め」
「わりぃな。鉄槌の攻撃が厄介なのは身を持って知ってる。できりゃぁ食らいたくねぇのよ」
ゴキ、と。
鈍い音が響いた。
それはヘルヴォルの肩が外れた音だ。
額は割れ、鼻はひしゃげ、眼鏡のフレームも歪んでいる。
夥しい血が、史之の顔面を赤に濡らした。
「俺みたいな、なよっちいのに主導権握られて楽しい?」
煽りを入れるが、その脚元は震えている。
度重なるダメージが、史之の体力を大きく削っているのである。
とはいえそれは、相対するルッチも同様だ。
裸の上半身には無数の裂傷。
顔面には一閃、深い傷が刻まれている。
「あぁ、愉しいね。一見、弱っちそうな奴でも、戦ってみりゃこれが案外強かったりするんだ。だから喧嘩はやめらんねぇ」
握った拳も血で真っ赤に濡れている。
正眼に刀を構えた史之へ向け、ルッチは何のためらいもなくまっすぐに突っ込んで行く。
大きく振り上げた右の拳。
放たれるは渾身のストレート。
「っ……!?」
構えた刀の刃が拳を裂くが、意にも介さずルッチは史之の顔面を力いっぱい殴打した。
仲間同士で殴り合っている組員たちへ、降り注ぐのは無数の火球。
ガトリングの掃射染みたその猛攻を受け、組員2人が地に伏した。
「次! 水中でも衰えぬ、ねこの全速力を見せてやるのです!」
「一応死なないように加減せよ。まぁ、見たところそれなりに頑丈なようだが」
残る組員の数は2人。
足元へ向け、剣を振り下ろしているその者たちへ、クーアとクレマァダは駆けていく。
「まぁ、戦闘力は腕っぷしだけじゃないってことだな」
トン、と振るった剣の柄で男の首筋を殴打した。
イズマの接近に気づかないまま、ベークへ攻撃を集中していた男の末路は、悲鳴もあげる暇もないまま水に沈むというものだ。
さらに一条。
ライの放った魔光によって、もう1人の組員は意識を失した。
「ただ倒せば良い……実に分かりやすい場所ですね」
「様式も規模も随分と違うけれど、元の世界にあったコロッセウムというものに似ているわね」
ぱ、っと燐光を振りまきながらルチアが告げた。
暖かな光が仲間たちの傷を癒す。
「いてて……助かります。APはたくさんあるというほどありませんので」
ざば、と水を掻き分けて身を起こした巨大たい焼き……否、ベークであった。
終始、組員を引き付け続けたことにより受けたダメージは膨大だが、適宜回復をしていたためか、見かけほどに大きなダメージは負っていないようである。
●闘技場の流儀
片腕で鎚を握ったヘルヴォルは、痛みを堪え鎚を振るった。
自身の身体を軸として、高速で鎚を旋回させる得意技だ。けれど、片腕しか使えぬ今のヘルヴォルでは、その技の真価は発揮できない。
事実、十夜はヘルヴォルの攻撃をひらりと回避し続けている。
「もう止めときな」
手にした刀に紫電が奔る。
かつて、ヘルヴォルに地を舐めさせた一撃だ。
「へっ……その技は、前にも見た」
「そりゃお互い様だ」
「そうかい。じゃあ、これなら……どうだ」
斬られた痛みを思い出し、ヘルヴォルは頬を引き攣らせる。けれど、獣のように笑ってヘルヴォルは鎚を肩に担いだ。
姿勢を低く。
脚に力を込めて、跳んだ。
鎚を十全に振り回せないというのなら。
ただ1撃。
速度を乗せた一撃を、敵の脳天に打ち付ければいい。
「っ……!?」
「ぉぉぉおおお!!」
怒声が響く。
鎚を握る腕の筋肉が悲鳴をあげた。
構わない。
一撃、叩き込めればそれでいい。
けれど、しかし……。
「……ちっ、届かねぇ」
土壇場で習得した練度の低い技が、十夜に通るはずもなく。
胸部を裂かれたヘルヴォルは意識を失い、地に伏した。
【パンドラ】を消費し立ち上がった史之は、朦朧とする意識の中でどうにかルッチの姿を捉える。
イズマの剣を捌き、クーアの火炎を体で受け止め、クレマァダの頭を掴んで振り回す。
血塗れのまま、笑い狂うその姿はまさに戦鬼と呼ぶにふさわしいものだった。
「うわ、ひどい暴れよう……」
「生粋の喧嘩狂い(バトルジャンキー)なんでしょ、たぶん」
ルチアとベークの治療を受けて、史之はゆらりと立ち上がる。
「かもね……さて、勝ってくるよ。その後は、ドンペリでもいっとく?」
なんて、冗談めかした笑みを浮かべて史之は駆けた。
ルッチを煽る余裕など、既に彼には残っていない。
大上段に構えた刀に、渾身の力を乗せて振り下ろす。
今の史之に出来るのは、ただそれだけ。
「来い!!」
クレマァダを放り投げ、ルッチは握った拳を頭上へ振り上げた。
ハンマーのように叩き落されるルッチの拳。
空気を切り裂く史之の刀。
刹那の攻防を勝したのは……。
静まり返る観客席。
けれど、直後に巻き起こるのは罵倒の嵐。
「おい! 生きてるじゃないか! しっかりとトドメを刺せ!」
「ルッチの首を落として見せろ! できないのなら、俺がやってやろうか!!」
「敗者には死を! それがここのルールだろうが!!」
降り注ぐ罵倒を浴びながら、クレマァダは観客席を睥睨した。
その顔には僅かな苛立ちが浮かんでいる。
彼女が何事かを告げようとした、その直前……。
「喧しい!!!!!」
空気を震わす大音声が、闘技場に響き渡った。
砕けた肩を押さえた十夜が観客席を睨みつけた。
8人のイレギュラーズは、誰1人として欠けることなく立っている。
地に伏したルッチ・ファミリーも全力を賭して戦った。
「ぐだぐだ言ってねぇで降りて来い。文句があるなら俺らが相手だ!」
静かな殺気を投げつけられた観客たちは、それ以上何も言えないでいる。
観客たちに動きが無いことを確認すると、イレギュラーズはルッチやヘルヴォル、その配下たちを抱えあげ、控室へと去っていく。
静寂の中、悠遊と。
「あぁ、そういえばドンペリを振舞っていただけるのでしたっけ?」
などと、ライが史之へと問いかける。
「……んなもんより、秘蔵の酒が奥にある」
それで一杯やるといい。
そう言い残し、ルッチは再び意識を失い目を閉じた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
ルッチ・ファミリーとの抗争に無事勝利しました。
依頼は成功となります。
何名かはルッチ・ファミリーに目を付けられたかもしれません。
まぁ、そういうものです。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
こちらのシナリオは『世界を回せ。或いは、儲けて何が悪いのだ…。』のアフター・アクションシナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5058
●ミッション
ルッチ・ファミリーとの団体戦に勝利する
・ボス・ルッチ×1
筋骨隆々とした大男。
幾つかの犯罪組織を渡り歩いた後、ルッチ・ファミリーを結成する。
短髪にいかつい顔立ち、額から頬にかけての裂傷が特徴。
ガタイを活かした格闘戦を得意としている。
豪拳:物近単に特大ダメージ、致命、封印、体勢不利
対象の体内にまで衝撃を伝える渾身の殴打。
・ヘルヴォル×1
港のギャング<ルッチ・ファミリー>に雇われている女傭兵、用心棒。
スーツ姿の長身女性。筋肉質な身体と、赤く長い髪を持つ。
目つきが悪く、また好戦的な性格。
天性の戦闘センスを有するが、いかんせん暴力的に過ぎるのが玉に瑕。
【神無】を付与するアイテムと、武器として鉄槌を所持している模様。
巻刈:物至範に大ダメージ、ブレイク、必殺
独楽のように回転しながら放つ殴打。
本人曰く速さ×遠心力×重量=破壊力とのこと。
・ルッチ・ファミリー構成員×6
ルッチ・ファミリーの構成員。
とくに暴力に長けた者たちであり、ファイト・クラブの常連参加者。
拳や剣、棍を武器として使用する。
拳2名、剣3名、棍1名。
●フィールド
沈没船内に設けられたファイト・クラブ。
半径20メートルほどの円形闘技場。
闘技場は膝丈程度まで浸水している。
闘技場の周辺は金網に囲まれている。
遮蔽物などは無い。
金網の外には大勢の観客たちがいる。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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