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シナリオ詳細

桜花の惑い

完了

参加者 : 5 人

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オープニング


 天色の空に薄桃の花弁が一片待って行く。
 ゆるり、ゆるりと風に乗る桜の欠片は目の前を通り過ぎて行った。
 師走は小さく溜息を吐いてその花びらを追う。
「折角の桜並木なのに、難しい顔してますね。桜はあんまり好きじゃないです?」
 隣で屈託の無い笑顔を向けてくるのは卯月だ。茶色い髪が陽光に透けて薄らと光る。
「……いや、桜は好きだぞ?」
 桜は好き。その気持ちに偽りは無いのだと師走は頷く。
 されど、美しい桜が舞い散るきせつになると、どうしても思い出してしまうのだ。

 ――蘇芳の赤が畳の隙間に入り込んでいく。
 じわり広がる血の池の上、俯せに倒れる卯月と愛しき姫の姿。
 その二人の上に、ひらり舞い落ちる桜の花びら。
 赤い血溜まりの中に落ちて、浸食されていく。
 幾度、夢に見ただろう。忘れ得ぬ光景。忘れてはならぬ戒め。
 思い出すだけで、喉の奥がひりついて息をする事さえ儘ならない。
 それは罪の意識なのだろう。自分が操られ卯月を後ろから斬り愛しき姫さえもこの手に掛けた。
 忍びとして有るまじき所業だろう。そのような大罪を犯した自分が生きながらえて良いはずがないのに。
 だから、自刃を選んだ。守るべき者を守れなかった罪から――逃げたかったのかもしれない。
 あの時頭領である鬼灯が来てくれなければ卯月の後を追い自らも命を絶っていた。
 当時の心境としては、正直なところ、救われたくはなかったのだ。
 この先の未来を罪を背負って行かなければならないという重圧に打ちひしがれた。
 されど。それでも。この隣に居てくれる幼馴染みの笑顔が再び見られるなら、自分にも救いがあるのだと思えたのだ。

「師走、師走ー?」
「あ……えっと、なんだ?」
「ぼーっとしてますね? 何か考え事ですか?」
「いや。大丈夫だ」
「そうですか? そういえば、この先の茶屋『かなで屋』の桜餅が絶品らしいんですよ!」
 卯月は頬を染めて嬉しげに師走へと笑顔を向ける。
「桜の香りがして、甘くて美味しいらしいんです!」
「誰かから教えてもらったのか?」
「ええ、この前偶然に高天京の茶屋で遮那様にお会いしまして、このかなで屋の桜餅はとても美味しいと教えて頂いたんです」
「その情報は頭領に報告してあるのか?」
「……まだですね! 先に師走と一緒に来てみたかったので」
 屈託の無い笑顔。警戒心の無い卯月の表情。
 その背には師走が付けた傷跡が残っているというのに。
 本来であれば、自分を殺そうとした相手を隣に置くことなど出来るはずも無いのに。
 卯月は以前と変わらず師走の傍で笑顔を向けた。
 それに何れだけ救われただろう。そして同時に罪悪感で押しつぶされそうになる。
 彼が後ろに立たれるのを嫌うのも全部自分のせいなのだ。
 忍としてウィークポイントを作ってしまったことは、師走の罪なのだ。

 ふと、桜の香りが強く漂う。
「ねえ師走、聞いてます?」
 師走を覗き込むように卯月が首を傾げた。
 二人の間を一片の桜の花弁が横切る。
「あ、桜のはなびら……え?」
 それは、一片、二片と増えていき、二人の視界を覆った。
「何だ、これは!? おい、卯月、大丈夫か!」
「やめてください、放し……」
 払っても払っても薄く色づく花弁は増え続け、吹雪の様に一面を覆い尽くす。

『――彼は貰っていくわ』

 はっきりと師走の耳に届いた声。
 桜吹雪の合間に見えた卯月は意識を失ったようにぐったりとしている。
 それを抱きかかえるは、桜模様の入った着物を纏う少女。
 師走は息を飲んだ。
 卯月を抱える邪悪なる妖の姿は、何処か愛しき姫を彷彿とさせるものだったから。

「あぁ……姫、姫。卯月を連れて、行かないでください。卯月は……卯月は」
 まだ死んでいない。死んでいないのだ。
 自分が殺してしまったのは愛しき姫だけ。
「連れて行くのであれば、俺に……」
 卯月と少女に必死に手を伸ばす師走。伸ばして伸ばして。
 されど、決して届かぬ指先に。
 師走の慟哭が桜の吹雪に木霊した――


「頭領、助けてください。卯月が、卯月が!」
 師走は己の上司である黒影 鬼灯 (p3p007949)の元へ駆け込んだ。
 いつも物静かな師走が血相を変えて助けを求めてきたのだ。何か大事があったのだろうと鬼灯は彼の肩に手を置く。
「落ち着け。何があった」
 鬼灯の腕に縋り付くように頭を寄せて、師走は口を開く。
「卯月が何者かに攫われました。俺の不注意で……」
 腕を掴む師走の手に力が入った。
「師走先生……」
 顔色の悪い師走の額へとハンカチを当てる星穹 (p3p008330)は心配そうな瞳で彼を見つめる。
 弟子である星穹の顔を見て、師走は思いとどまる様に長い息を吐いた。
 師事してくれている彼女の前で取り乱すのは些か問題があるだろう。
 落ち着けと心に言い聞かせ顔を上げる師走。
「それで、何があったんだ?」
 アーマデル・アル・アマル (p3p008599)の声に師走は頷く。
「失礼しました。卯月と高天京郊外の茶屋『かなで屋』に向かっている最中に、桜の妖とみられる少女に遭遇しました。どうやら敵の狙いは卯月だったようで……桜吹雪に目が眩み、気付いた時には攫われてしまいました」
「成程な。そりゃ大変だ。今すぐ助けにいかねーとッスね」
 日向 葵 (p3p000366)は師走の言葉に立ち上がった。
「我楽多、任務だ。卯月を助けに行く」
「はい。分かりました。頭領」
 人形のように微動だにしなかった我楽多 (p3p008883)が鬼灯の指示で動き出す。

 ――――
 ――

「卯月! 卯月! しっかりしろ!」
 幻影の城の中、小さな姫とそれを守るように立ちはだかる卯月の姿に師走は叫んだ。

 連れて行こうというのか。これが迎えだというのか。
 桜の花びらが舞うこの戦場。あの日と同じ光景。
 なればこそ――

GMコメント

●目的
・敵の撃退
・卯月の救出

●ロケーション
 幻影の城の中。大広間です。
 卯月の記憶を元に作られているため、二人にとっての忘れ得ぬ光景の場所です。
 広い畳と高い天井なので戦うには十分な広さがあります。
 明かりも問題ありません。

●敵
○『幻吹雪』桜姫
 師走達が守護してきた愛しき姫の形をしています。
 嘗ての姫が守られる存在であったのと同じように、最初は奥で震えています。
 ですが、戦場に居る生物から生気を吸い取る悪い妖に違いありません。
 強さはそこそこ。桜吹雪で敵を翻弄し枝で攻撃してきます。
 近~遠距離の攻撃を仕掛けてくるでしょう。

○卯月
 桜姫に操られています。
 身の丈ほどもある大盾で桜姫を庇い、攻撃をしてきます。
 背後を取られるのを嫌います。
 桜姫を撃退すれば元に戻るでしょう。

●味方
○師走
 目の前に広がる光景に心を苛まれています。
 操られ卯月と姫を討った、あの日のやり直しだからです。
 今回は意識もあるので一太刀浴びせる度に、苦悩することでしょう。

●ポイント
 今回は心情寄りの依頼かと思います。戦闘はさっくり目で行きましょう。
 卯月や師走の行動や心情をプレイングに記載しても構いません。
 おまけの茶屋シーンもお楽しみください。

●おまけ
 戦闘が終わったら茶屋『かなで屋』で、落ち込んでいる師走や、けろりとしている卯月に言葉を掛けてもいいでしょう。
 遮那曰く、かなで屋の桜餅は絶品です。

○茶屋『かなで屋』
 ゆっくりと流れる小川に面した茶屋です。
 小川沿いに桜並木が素晴らしいです。
 座布団の置かれた椅子に座って寛ぎましょう。

○メニュー
 桜餅、わらび餅、おはぎ、水ようかん、氷菓子、味噌田楽、
 ところてん、焼きおにぎり、焼きもろこし、釜飯など。
 ひやしあめや甘酒、お茶や果実を絞ったものなどがあります。
 ありそうなものが有るので安心してください。

  • 桜花の惑い完了
  • GM名もみじ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年05月07日 22時05分
  • 参加人数5/5人
  • 相談8日
  • 参加費300RC

参加者 : 5 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(5人)

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
※参加確定済み※
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
※参加確定済み※
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
※参加確定済み※
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
※参加確定済み※
我楽多(p3p008883)
白兎
※参加確定済み※

リプレイ


 深き紺青に浮かぶ月が、開け放たれた障子から畳へと灯を落とす。
 緩く吹いた風に、桜の花びらが乗って、ひらひらと目の前を横切った。
『零れぬ希望』黒影 鬼灯(p3p007949)は紫水晶の瞳を座敷の奥へと向ける。
 桜刻印の大盾と隅に鎮座する幼き姫。
「ごきげんよう、桜花の姫君。いや、妖と言うべきか」
 座敷の奥の少女へと言葉を向ける鬼灯。それを遮るように一歩前に出たのは卯月だ。
 卯月の瞳は光を無くした様に虚ろで。いつもの朗らかな笑顔は消え失せていた。
 鬼灯の隣で師走も小さく息を飲む。
「卯月――!」
 いくら呼びかけても卯月の表情は変わらない。幼姫に操られているのだろう。
 師走は眉を寄せ、ぐっと盾の取っ手を握り絞めた。
「卯月を手に入れた気になっているようだが、彼は俺の部下で『暦』の一人で、師走の大切な幼馴染だ。
 貴様なんぞにくれてやるものかよ」
「卯月さんを返して!」
 鬼灯の腕の中で章姫も声を張り上げる。
「彼はいつもにこにこしてて、桜餅が大好きなのよ! そんな、苦しそうな表情をさせないで! かわいそうよ! はやく、卯月さんを返して!」
 怒りを露わにする章姫を懐に入れて左腕に巻き付けた襷で落ちないように自身へと結ぶ鬼灯。
 この戦場では何処かに避難させるよりも懐に居てくれた方が安全だからだ。

 鬼灯は隣に立つ師走へと視線を流す。
「なあ。師走、貴殿が辛いなら攻撃には参加しなくても構わない」
「……でも」
「だが俺は貴殿にこそ、この悪夢をうち払って欲しいと考えている。あの日をもう一度繰り返すのは辛いだろう。俺と出会った時に貴殿は自刃しようとしていたくらいだからな」
 鬼灯の言葉に視線を上げる師走。
 記憶にあるのは血溜まりの中に倒れた卯月と愛しき姫の姿。けれど、こうして戦ったのだろう。今、卯月の意識が無くて良かったとさえ思う。だって、またあの日を繰り返して傷付かずにすむのだから。
 目を背けられるなら今すぐこの場から離れてしまいたいとさえ思うのだ。
 血溜まりの中に倒れる卯月と愛しき姫の姿を見たくない。
「……だが、今の貴殿は強い。どれだけ努力を重ねてきたか俺と卯月がよく知っている」
 目の前に広がる光景に手が震えてしまう程、臆病な自分に向かって、鬼灯はそんな事をいうのだ。
「アレは貴殿が愛した姫ではない。貴殿の大切な者を奪い、苦しむ様を愉しむ畜生だ」
 鬼灯の言葉と師走の表情に『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は只ならぬ気配を感じて頭を掻いた。
 一口に助けるといっても、随分と訳ありらしい。この光景そのものが師走のトラウマなのだろう。
 けれど敢えて葵は師走に問う。
「んで、アンタはどうするんスか。この恐怖を越えるために戦うか、それともただ怯えて尻尾巻いて逃げる、か。そら辛ぇだろうし、逃げてぇだろうよ……でもっスよ、それで得られる物は何もねぇんだ」
 葵の言葉に師走は息を飲む。
 怯えているのを言い当てられたからではない。
 得られるものが何も無いという言葉に忌避感を覚えた。
 折角、助けて貰った命。自分と卯月の命。それが無くなってしまうかもしれない恐怖に胆を冷やした。

 厭な予感がすると『死ぬまで死なない』星穹(p3p008330)は胸を押さえる。
 彼女の胸の中に渦巻く焦り。
「どうして」
 こんなにも焦燥感にかられるのだろうか。落ち着けと言い聞かせるように小さく息を吐いた星穹。
 居場所が無くなってしまう恐怖は誰の心にも巣くっているものだろう。
 其れに救われたと自覚するものに取っては代えがたい拠り所となる。
「……師走先生は、失わせない。私が必ずお護りするのだから。貴方が。嘗て私を救ってくれたように」
 星穹の小さな呟きは『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の耳にも届いた。
 忘れ得ぬ光景は、癒えずに刺さったままの棘(きず)となって、深く心に根を張るものだ。
 師走にとってはこの月明かりに桜舞う座敷が忘れたくとも忘れられぬ柵なのだろう。
 耳を塞ぎ目を閉じて、この場から逃げ去りたいと思っているのかもしれない。
 傷を開きたくないと感じているのかもしれない。
 それでも。
「納める為、開かねばならない傷なのであれば……その一助となるよう努めよう」
 蛇剣をホルダーから引き抜いたアーマデルは金瞳を桜姫へと向けた。
「『桜に攫われそう』とはよく使われるフレーズだが……本当に攫いに来るヤツがあるか」
『白兎』我楽多(p3p008883)は頭に乗せた兎を通して視覚を得る。
 座敷の奥に座る桜姫に向けるは明確な敵意だ。
「自分の居場所をくれた人達に酷い事をするのであれば、私は容赦しませんよ?」
 我楽多は白の鋼糸を手から滴らせ、桜姫を見遣る。
「……暦の皆さんは、私に居場所を下さいました。その居場所をくれた恩人が今苦しんでいるなら
 私は助けない訳には行かないのです」
 師走は我楽多や星穹の気持ちをしっかりと受け止めた。
「嫌でもやるしかねぇんスよ、まずは一歩っス」
 葵の言葉に振り向く師走。肩に置かれた手が何と頼もしいことか。
「大丈夫っスよ、ここには頼れるトップがいる、慕ってくれる部下がいる。暦っつーチームだって、困った時はお互い様なんじゃないスか?」
 唇を引き結ぶ師走は心を落ち着かさせるために深く息を吐いた。
「だろ、鬼灯。オレに出来るのは師走の背中を押すくらいっスから、これくらいは言わせて欲しいっス」
「ああ。何の為の暦だ。何の為の頭領だ――師走もう一度聞く。戦えるか」
「――はい! 俺は、卯月を守りたい」
 師走の言葉に鬼灯は頷き、一瞬紫の瞳を伏せた。
「さあ、空繰舞台の幕を上げようか」
 桜の花びらが視界を覆う様に舞い上がる。


「師走の動向は鬼灯の指示に任せるっス」
「ああ」
 桜姫を倒そうにも、それを庇う卯月がどうしてもネックになってくるだろう。
 葵は卯月を傷つけないように大盾の上部へとボールを蹴りつける。
「正直、師走が困ってる様子を見て他人事には思えなかったんスよ」
 葵もサッカー部のキャプテンでチームを引っ張っていた。部員の面倒を見なければならなかった。
「キャラが濃い連中ばっかで手を焼く事だって多々あるけど、それでも向き合う必要があるっス
 そりゃオレは暦のトップじゃねぇし関係ないわ。
 でもな、チームの仲間が困ってるならそれを見過ごせる訳ねぇだろうが!」
 叩きつけるのはボールなどではない。葵の心からの言葉だ。
 一瞬、蹌踉けた卯月の隙を突いてアーマデルは先陣を切る。
「卯月殿を連れ戻す、為に、師走殿を援護する。俺は火力出すより搦手の方が得意だから」
 桜姫と卯月が反応するより早くアーマデルで戦場へ切り込み、柘榴の如き芳しき赤を咲かせた。
 死神の系譜に添う者には優しく香るそれは。桜姫にとっては喉を焼く毒となる。
「これがいつかの再演であるのならば、終わらせねばならない者がいるだろう」
 だから、きちんと終わらせる事が出来るように。
 アーマデルは彼等を導く灯火となる。
 続くは我楽多の白の鋼糸だ。
「卯月様を傷つけたくはありませんが」
 姫をアーマデルの攻撃から守ろうと後ろへ退いた卯月に視線を向ける我楽多。
「仕方ありませんね。私は兎ですから」
 我楽多は星穹へと視線を流し、卯月へと跳躍する。
 狙いは卯月と桜姫を引き剥がし、星穹へと引き渡すこと。
「ちょっと痛いかもしれませんが、我慢してください!」
 我楽多から放たれる衝撃は卯月の身体を壁面へと叩きつけた。
 其処へすかさず割り込んだのは星穹だ。
「卯月先生! どうか、どうか気を確かに……先生!」
 星穹の声が座敷の中に響き渡る。己の身体で大盾ごと卯月を押しとどめる星穹。
「私は……星穹は、先生を失いたくはないのです貴方から。師走先生から。学びたいこと。教わりたいこと、沢山沢山、あるのです。目を覚ましてください。誰も貴方を、傷付けたくは無い。
 否。傷付けることすら、望んではいません!!」
 卯月は距離を取ろうと星穹の身体を押し返すが、倒れて尚、離すまいとする少女に足を掴まれ身動きが取れずにいた。

 鬼灯は星穹が卯月を繋ぎ止めている好機を逃すまいと桜姫に狙いを定める。
 張り巡らされた魔糸は月灯を浴びて艶やかに光った。
 逃げ場を奪うように桜姫へと紡がれる糸。
 どうして中々。か弱き姫の首をへし折るのは容易く思えた。
 けれど、これは二人の愛しき姫を模しただけの妖だ。
 決着をつけなければならないのは鬼灯ではなく。師走の方。

「師走先生もどうか思い詰めず。
 身寄りもなければ、名も記憶も、何もなかった私を救ったのは師走先生――貴方です」
 卯月を抑えながら星穹は声を張り上げる。
「私は側に居ます。誰が、何と言おうと。私は貴方の背中に憧れて、忍になることを決めたのですから」
「星穹……」
「大丈夫です、私が貴方を護ります。不屈の盾として……倒れませんわ。絶対に
 私が嘘を吐いたことがありましたか? ……ですから。安心してください、師走先生」
 星穹の言葉に大盾を握り絞める師走。
「貴方が武器を取るなら。誰かが傷付く選択をするならば、私は影として、その刃を護り続けます。
 さぁ、進んでください――師走先生!」
 動け動けと師走は自分を奮い立たせた。

 何故という桜姫の表情に我楽多は首を振る。
「……この方は、貴方以外にもちゃんと帰るところがあるんです。残念でしたね」
 今は夢見の悪い光景に囚われているけれど。卯月はこの悪夢を逃げられない現実で克服している。
「貴方も、早く帰るところに帰らないと。戻れなくなるかもしれませんよ?
 ……それとも、貴方も悪い夢を見ているのでしょうか? 寝ぼけているのなら目を覚まさせてあげます」
 我楽多の糸が桜姫を縛る。葵のボールが白銀の軌跡を描く。アーマデルの蛇剣が胴を裂いた。
 鬼灯は糸を張り、師走へと視線を向ける。
 彼が桜姫へと攻撃出来ないのであれば、己が手で葬るまでと。
 それが頭領として師走から逃げ道を奪った自分の責任であると。
 されど――
 師走の瞳は輝きを失っていない。
 辛くない訳がない。
 それでも。これは、己の過去だから。
 自分が決別しなければならない、物語だから。
 終止符は己が手で――穿たれる!

 さようなら、愛しき姫。
 守れなくて、ごめんなさい。
 今度は必ず、貴女を守ってみせるから。
 だから、もう少しだけ、待っていてください。

 零れ落ちた師走の涙を、桜姫の指先が攫って。
 全てが桜吹雪の中に消えて行った――


 桜が舞うかなで屋でイレギュラーズは一息吐く。
 夜の座敷は何処へやら。気付けばかなで屋の近くで座り込んでいたのだ。
 此処に来た時と同じように青空に桜並木が続いていた。

「盾になると言うことは、人一倍傷付くと言うこと。
 ……それでも。師走先生が受けるはずの痛みを、分かち合い、減らすことが出来た」
 星穹はかなで屋の軒先に用意された椅子に並んで座る師走と卯月に胸を撫で下ろす。
「先生の心を護ることが出来たのならば、この道に後悔は、無い」
 視線を上げて一歩前に進む。卯月の目の前に立った星穹は彼に微笑んだ。
「おかえりなさい、卯月先生」
「ただいま」
 ふにゃりといつもの笑顔で笑い返してくれる卯月に星穹は安堵する。

「これで師走も少しは克服出来ればいいんスけどね。
 いや、暦の問題は暦のモン、部外者が必要以上に口出す道理はねぇな」
 葵は桜餅を頬張りながら「しかし桜餅がマジでうめぇ」と元気よく笑う。
 それは彼なりの気遣いでもあった。
「卯月も無事で何よりだ、師走には可哀想なことをさせたな」
「いえ。可哀想なんてこと無いです。あれは俺が背負うべき罪の証なんですから」
 桜餅をほおばりながら、師走は視線を落とす。
「でも、皆さん。一緒に戦ってくれてありがとうございました」
「よく頑張ったな師走、やはり貴殿は俺が見込んだ通りの男だ」
 鬼灯は師走の肩を優しく叩き目を細めた。
「卯月もよく戻って来たな……桜餅に夢中だが、聞いてるか?」
「はひ。あいがとうごあいうす」
 桜餅を口いっぱいに頬張る卯月はにこにこと笑っている。
「おい、卯月。それ口元に張り付いてるだろ」
「んん?」
 卯月の口布の下に布を入れてゴシゴシと吹いていく師走。
「どうして分かったんですか?」
「見れば分かる」
「んー、えへへ」
 二人のやり取りを見ていた鬼灯はくすりと笑い。
 このかなで屋を教えてくれた遮那に礼をせねばと思い馳せた。

「焼きもろこしか」
 アーマデルは右手に香ばしい匂いのする焼きもろこし、左手に桜餅を手にしている。
 彼にはおはぎとぼたもちの区別が付かない。どちらもモチモチとしていて甘いような気がする。
「卯月殿も師走殿もまずは食うといい、糖分を巡らせるんだ。この菓子も旨いが、霜月殿の団子もまた食いたいな」
 アーマデルは卯月と師走、それから我楽多に桜餅を手渡す。
「これが、わがし……」
 我楽多はアーマデルから渡された桜餅を兎の目を通してまじまじと見つめた。
 ぱくりと一口食めば。甘くて桜の香りが口の中に広がる。
 耳に聞こえてくる皆の声と甘い和菓子に、いつも無表情の我楽多がほんの少し笑みを見せたのだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 皆さんが奮闘したお陰で卯月は無事に帰ってきました。
 師走にとっては過去との決別が出来たのではないでしょうか。
 棘は完全には抜けきれないけれど。一つの答えを見出したのでしょう。

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