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シナリオ詳細

ネイコスの昏き淵に

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――己は知者ではない。驕る勿れ。

 静かな声音でそう言った男は2つのキューブを指先で遊んでいた。
 日も昇りきらぬ肌寒い春の朝。眠たげな微睡みさえもその場には存在せずぴんと背筋を伸ばした男は聖句を唱える。
 流水に差し入れた手先は神々に触れることを許された清さを。唱える聖句は神の徒である証左を。
 ティーチャー・ティマイオスは毎日を愛し続ける。
 心根の清き慈愛に満ち溢れた者が前に立てば『ピリア』は満たされ、心根の昏き憎悪に満ち溢れた者が前に立てば『ネイコス』が満たされる。
 故に、自身の傍らに存在する者は常に清き慈愛に満ちあふれた良き仔羊だけなのだ。

「はい、ティーチャー!」
「ああ、そうなさい」
「貴方の教えを胸に、日々を清く生きてゆきます」
「ああ、そうなさい」
「神の御心に背くこと無きように!」
「ああ、それが神(あのかた)も望む事――」

 ティマイオスが口を開けば子供達は感激したように瞳へと鮮やかな光を灯した。敬虔なる神の徒、彼の天秤は傾かない。
 そうだ、ネイコスが満たされた存在は魔女なのだ。アドラステイア――子等にとっての『平等の楽園』を穢す存在なのだ。

「悲しい知らせがある。下層に住まう娘が昨夜の礼拝に来なかった。
 念の為、私は彼女の様子を伺ったのだ……だが、ああ、なんという事だろう――『ネイコス』が満たされて!」
 ティマイオスの悲痛なる叫びに子供が引き攣った声で叫んだ。
 ネイコスの魔女が居る。アドラステイアに、僕らの『たった一つの家』に!
「ティーチャー、魔女を処刑にしましょう。疑雲の渓に落とすだけではまだ足りないでしょう?」
「ティーチャー、聖獣様の餌にしてしまうのは如何でしょうか。ああ、それだと聖獣様に穢らわしいネイコスが触れてしまう!」

「「ああ、そうだ! ティーチャー、彼の者を最も苦しい『魔女の書』での処刑を科しましょう!!」」
 縄で引き摺り、四肢を千切って燃やせば良い。体の中に存在する『ネイコス』を分断し一つ残らず別々の場所に捨てなくては。
 そうしなくては人間の死骸に纏わり付いた憎悪が離れることは無いのだから!


「胸糞悪ィ話だが聞いていくか?」
 煙草を踏み躙ってからサントノーレ・パンデピスはそう言った。白髪交じりの疲れ切った表情の男はアドラステイアの調査を行っていたらしい。
「内通者――ってのを用意するのには随分と時間が掛ってな。ラヴィちゃんをそう何度もあんなクソッタレの国にぶち込む訳にゃいかない。
 まあ、ある程度『危険度の高い大人』を見張ってりゃ其れなりに情報は手に入れられる――っつー、訳で危険度の高ェ大人の話だ」
 アドラステイアは子供達ばかりの国だ。だが、少数の大人達は『指導者』としてティーチャーやマザー、ファザーと呼ばれている。
 彼等に従い大人になってゆく子供達。サントノーレが目を付けたのはティーチャー・ティマイオスという名前の男だった。
 彼は『アルケーの天秤』と呼ばれる魔力筺を手にしている。それらは其れ其れが彼の相対した存在の感情を察知して『ピリア』と『ネイコス』と名付けられた液体で満ちる仕組みなのだそうだ。
 ピリアは慈愛の心を、ネイコスは憎悪の心を――そう伝えられているが其れが事実であるかを確かめる術はない。
 憎悪の心を持った悪しき存在をアドラステイアは許容しない。つまり、ティマイオスが『黒(ネイコス)』だと判断した存在は処刑の対象となる。
「アドラステイアの下層の女の子――名前はシェーリアちゃんだったか――が『魔女裁判』の処刑台に立つ。
 現場は疑雲の渓だ。そこまで彼女を引き摺って連れてくんだとさ。谷に突き落とすわけじゃ無く、引き摺ってきて傷だらけになった体を分断し、炙り、骨を別々の場所に捨てる」
 残酷すぎる行いだ――だが、それを子供達は是としていた。
 ネイコスが込められた体を一カ所に纏めておけば、その憎悪が『バケモノ』を作り出すと彼等は信じている。
 故に、ティマイオスは子供達に『魔女の書』と呼ばれる処刑方法を提案し全ては教えの通りだと指示しているのだという。
 教えに書かれているならば心は痛まない――なんて、『クソッタレで最低』な行いだろうか。
「人間、嫌になることぐらいあるだろうよ。俺だってそうだ。好きなコーヒー豆が売り切れてりゃ苛立つ。煙草が切れてもそう。
 そんな些細な感情でそんな残虐な目に合って良いと思うか? 良いわけないだろ? ……だから、助けて遣ってくれ」
 少女にとっては些細な感情の揺れだったはずだ。理由は知れない。それでも――それでも、そんな風になって良い命ではない筈なのだから。

GMコメント

夏あかねです。設定委託で頂いた関係者さんです。

●成功条件
 シェーリア嬢の保護

●疑雲の渓
 アドラステイア外に存在する魔女裁判が行われる場所です。
 そこまでシェーリアは縄で引き摺られて遣ってきます。後方は崖が、シェーリアはアドラステイアの子供達にぐるりと囲まれて泣きじゃくっています。
 渓に子供達が到着後直ぐに突入することが可能です。渓から落ちた場合、助かる保証はありません。

●シェーリア(保護対象)
 アドラステイアの子供。例えば、朝ご飯のパンがちょっと固かったり、珈琲牛乳が売り切れだったり、おやつのフルーツが期待と違ったり。そんな些細な感情の揺れを『ネイコスの魔女』だと認定されて処刑にあうことになりました。
 年齢は12歳。胡桃色の瞳の可愛らしい女の子です。ですが、現状はロープで引き摺られ傷だらけの姿で泣きじゃくっています。

●アドラステイアの子供達 8名
 聖銃士みならい。魔女裁判を担当する子供達。ティーチャー・ティマイオスの教え子。
 『魔女の書』に従って『ネイコスの魔女』を断罪しに来ました。イレギュラーズに対しては容赦はしません。
 何故ならば、アドラステイアの外の存在は彼等にとって等しく『敵対者』であり『ネイコスの魔女』だからです。

●参考:ティーチャー・ティマイオス
 戦う事はありません。子供達の先生。『アルケーの天秤』と呼ばれる魔力筺を手にしたアドラステイアの指導者の一人。
 心根の清き慈愛に満ち溢れた者が前に立てば『ピリア』は満たされ、
 心根の昏き憎悪に満ち溢れた者が前に立てば『ネイコス』が満たされる。
 その教えの元、子供達に接しています。ネイコスで満たされた子供達は等しく『ネイコスの魔女』と呼ばれます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • ネイコスの昏き淵に完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年05月07日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
白夜 希(p3p009099)
死生の魔女

リプレイ


『胸くそ悪い話』と冠を付けて語られたその一件に『絶海武闘』ジョージ・キングマン(p3p007332)は「本当だな」と返す事しかできなかった。
「目に見えて分かり易い指標を示す、というのは洗脳教育をする上で、そして魔女裁判をする上でとても有効なのは確かです。
 実際がどうなのかは兎も角、それを見せる者がそう教え、その通りになればそれは事実として扱われるのですから……連帯感と洗脳を深める為に見せしめの処刑を行うなら、処刑方法は残酷であればあるほど良い」
 言葉を連ねれば、善悪はさて置けど『洗脳(きょういく)』の指針としては随分と出来が良いとさえ『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は感じていた。
「随分な仕上がり様、アドラステイアの少年兵育成は徹底していますね」
「ああ。この行いは、選別。間引き。都合のいいように教育し、作り変え、不確定分子は排除する。……まるで、工場か何かだな」
 そうジョージが喩えれば、嫌悪を剥き出した『メサイア・ダブルクロス』白夜 希(p3p009099)は「酷い」と呟いた。希にとってアドラステイアは看過出来ず、理解の出来ない場所だ。道理から外れた存在は『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)にとっても理解の外だ。
「アドラステイアの子供たちは、みんな被害者。
 判断力と選択肢の乏しいうちに危険な薬を与えられて、指導者の意のままに操られる。……そんなの不幸。
 だから多くを助けたい。――『わたしがそれを望むから』」
 師の言葉を借りるように。ココロの決意の傍らで、マルク・シリング(p3p001309)は悩ましげに首を捻った。
「アルケーの天秤……おそらくは恣意的に結果を生ずるような、何らかの仕組みがあるんだろうね」
 アルケーの天秤。そう呼ばれた『アドラステイアのティーチャー』の所有する道具(アーティファクト)。それがどのような物であるかは定かではないが、アリシアの云うとおり『連帯感と洗脳を高めるため』の手法としての『魔女の書』か。
「この処刑自体にも何かしら意味があるかもしれんが……まるで、見ているとカムイグラで聞いた蠱毒を思い出す。
 つまるところ、邪魔する理由には、事欠かないという訳だ」
 ジョージの言葉に小さく頷いて『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は声を震わせる。
「微かな感情の揺らぎも許さないなんて酷すぎる。
 何を企んでいるか知らないけど思い通りになんてさせてあげない……絶対に救出して邪魔してあげるんだから!」
 決意だった。小さな感情の揺れ動き。朝ご飯のパンが固かったことやおやつが期待と違ったこと。朝、起きるのが気怠い日だってあるだろう。
 そんな日常の些細な変化。揺らぎとも呼べないような生活の分岐。指折り数えた後に『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の輝く底なしの瞳は憂いの青を乗せた。
「ほんの僅かな、瑕疵とも言えないような揺らぎだけで、魔女と糾弾し、罪だと叫ばせる、か。
 子を導く者の悪意は、許されては、ならない。子に涙を、血を流させるなど、あっては、ならない」
 ――弱者を排他し、強者として立ち回る。
 そんな奴等が嫌いだと『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は呟いた。本人の自覚など此処には関係など無く、『他者か見れば批難される』行動を『大人』の言いなりで行うこの街は救い難い場所なのだ。
「――今度もスマートにお姫様の救出をさせてもらうさ。他のガキどもに殺しをさせないためにもな」


 引き摺られるように一人の娘が街道を進む。周囲を取り囲んだ子供達は聖銃士ですらない『見様見真似』で魔女を裁く唯の幼児のようにも見えた。
「さっさと歩け、魔女」
「おい、ネイコスで歩くことも忘れたのか」
 誹る言葉は毒のように響く。啜り泣き胡桃色の瞳が悲嘆に暮れる。昨日まではシェーリアと呼んで笑いかけてくれた友達が、少しの時間で異端者を見るような悍ましい瞳を向けてくる。
「レノ……アレッサ……」
「呼ぶなよ魔女。ネイコスで名前が穢れるだろ」
 蹴り飛ばされて、少女が呻く。ロープが撓り、地に叩き付けられるように転がった。その体が離れた刹那、

「――いこう、マリアさん。また今回も頼らさせてもらいます」
 ココロがそう言うが早いか金の髪が子供達の視界に飛び込んだ。エクスマリアが制御など外れたように飛び込み、子供達の環を乱す。
 美しくも冷たい刀身が花恥じらう程に咲き乱れる光翼を躍らせた。眩い金色をその海色の瞳に映しココロは走った。エクスマリアへと授けたのは自身の願いを込めた術式。
 拙い自分を指導してくれるエクスマリアも同じ気持ちだと、ココロはそう感じた。人は無表情だと彼女を云う。それでも、『髪は口ほどに物を言う』――絶対に助けたいという気持ちが揺るがないならば。
「シェーリアちゃん、わたし達はあなたの味方、助けにきたよ!」
 地に打ち付けられて転がった少女の眼前に飛び込んでココロはそう言う。
 激しく音を立てたのは怪盗アシカール御用達と噂のパンツァーファウスト型のクラッカー。けたたましい音に子供達が驚いたように目を瞠る。
「さて、アドラステイアの子供達。ちょうど纏まって居るとは好都合です」
 言葉を花すすきさえ与えぬように。アリシアは笑みを浮かべた。常の優美な笑顔ではない――『ネイコスの魔女』と呼ばれるに相応しい、毒を孕んで。
 永遠を言祝ぐ円環に魔力が載せられた。激しく瞬く光に子供達が瞼を降ろせば、希は己の身に宿した大槌を振り上げた。
「――行かせない」
 囁き。善の右と悪の左。慈悲と無慈悲を乗せたその一撃が豪運宿した希によって放たれる。
 運命を捻じ曲げる。一人の少女がこれから死ぬという『理不尽な神』への反骨心。運命なんて知らない、認めたくない運命は捻じ曲げるのだと心に決めて。
 前へ進み出るエクスマリアとココロを支えるようにギターを引き鳴らし強化魔術を付与していたヤツェクはジョージへととびきりの一曲を弾きならす。
「頼むぜ?」
「……ああ」
 錨をモチーフとした腕輪を揺らす。イサリビの妖気は蒼白く、漁火そのものの様に揺らいでいた。
 シェーリアの手を掴んだココロを狙わんとする子供達。其れを遮るようにジョージは堂々と声を張る。
「俺はキングマン。ジョージ・キングマン! 悪ガキども。ネイコスの魔女が、お仕置きにきたぞ!」
 ネイコスの魔女。その言葉に子供達の瞳が悍ましいものを見つけたとでも云う様にぎょろりと睨め付けた。それは、敵対の宣言だ。
 ココロの眼前に立っていた子供の双眸がジョージに向いたが、まだ足りないか。射程の長さを活かし、スティアは更に『自身らにとっての福音』をならした。
 言葉はきっと、届かない。アドラステイアは彼等にとっての『最後の地』だ。信仰心(せんのう)の下では余所者の意見など所詮は歪なノイズと変換されるだろう。
(……酷いものだね)
 シェーリアの様子を確認してから、マルクは眩い光を放った。アリシアの放つ神聖と同じ其の気配。子供達が「ネイコスの魔女め!」と叫んだ言葉にマルクは肩を竦めた。
「ほんの僅かな心の揺らぎすら絶対的な『悪』と断じる。ファルマコンは随分と心の狭い神様なんだね」
「『口にするな』!」
 子供の叱るその言葉にマルクは成程と頷いた。彼等にとって彼等の信ずる神は絶対的存在だ。その名を、冒涜的にも呼び捨て愚弄する。
 彼等にとってはネイコスの魔女らしい行動と感じられたのだろうか。言葉は届かないだろうけれど、云わずには居られなかった。
「赦しを願い懺悔すれば、それを赦すのが神の在り方だよ。だから人は過ちを悔いてより良く明日を生きようとする。
 ……けれどファルマコンは違う。その名が用いられるのは『断罪』の名を借りた殺人の免罪符じゃないか」


 話すことが出来る。人間である以上、意志があり、口が言葉を連ねていた。
「まあ、とりあえず聞いてみるけど……えっとね……別に貴方達の宗教については、まあ一旦置いておくよ。
 アドラスティアの神とかなんとか、あんまり関係なくて……当たり前のことね?
『嫌がってるんだから、やめなよ』……一体どれだけの罪があれば、そんな報いを受けることになるの?」
 希は淡々と問い掛けた。苦い笑みを浮かべて、ジョージとスティアを目の敵のように見据えるその様子を眺める。
 ヤツェクが思念を放つ銃を握りしめ構える様子を横目で見遣る。幾億の罪とたった一つの罰をなぞるように子供達の生を繋ぎ止めんと放たれる弾丸を請えるように子供はジョージへと固い剣を振り下ろした。
「『ネイコス』に満たされた。其れだけにして『それ以上にない』罪に理由を聞くの?」
 罰されて当然だと子供が言う。ココロはぐ、と息を飲んだ。シェーリアを覆い被さるように庇った彼女はぎゅう、と小さな胡桃色の瞳の少女を抱き締める。
「女の子を皆で痛みつけるなんて、悪い事だって気が付かないの?」
「『魔女』を罰しているだけでしょう?」
 その瞳に罪の色は存在しない。退路を探すように、ゆっくりと立ち上がる。震えるシェーリアに大丈夫だと言い聞かせ、立ち上がったココロを確認してからエクスマリアは『複合術式』による波濤を生み出した。
「魔女と、そう告げる『ティーチャー』を、信じているのだろう。だが、それは、免罪符には、ならない」
 不殺生にエクスマリアは拘らない。だが、誰かを殺すという事はそれが巡り巡って何時かは返ってくる。この場で無闇に殺しても、澱みが残るのは確かだ。なるべく命を奪わぬように。ココロが突破するだけの道を作る事を意識する。
(こちらが、不殺生に拘れども、その程度で、此方を見る目が変わるのは、期待できないだろう、が)
 ――それでも、諦めたくはなかった。
 まだ『聖銃士』でないならば。ただの下層の子供達であるならば、引き戻る可能性だってある。引き返せる道がある内になんとか手を差し伸べてやりたかったのだ。
「免罪符だ、罰だ、悪いことだなんて……『ネイコスの魔女』であると、我らの師が導いたのですよ?」
「ネイコスの魔女……ふふ。面白い呼び名ですね」
 アリシアは子供達の言葉をなぞってから小さく笑みを零した。ネイコスは古い神話に於ける闘争の女神であったか。アドラステイアの『愛』を乱す憎の因子とでも云うか。
(……この様子では、根を絶たない限り下手に情けをかけてもこの子らの為にはならないでしょうね。
 責任を取れないなら、むしろ敵として扱い根を断つまで無事でいる幸運に賭けた方が分が良いように思います)
 溜息しか出なかった。彼等はあくまで『信仰者』だ。何度言葉を重ねようとも其れを当たり前として教育を受けた以上、揺らぐことはないだろう。
「魔女、魔女って……貴方達はこんな非道な行いをして何も思わないの? 力無き子をいたぶるのは正義とは言わないよ!
 それに魔女だったら魔女らしく反撃とかしてくるんじゃないのかな? あの子は反撃してきたのかな?」
「反撃って貴女のように?」
 睨め付けるその瞳を受け止めてスティアはぐ、と息を飲んだ。光を放ち、リインカーネーションをぎゅうと握ったスティアは「私のように?」と問い返した。
「そうでしょう。私達は『断罪をしてあげて』罪或る生から解き放とうとしているのに。それを邪魔するのは貴女たち魔女じゃない」
 子供達が不快そうに囁いたその言葉に其れまで聞いていた希は「あー……うん」と何処か乾いた返事を返した。
「100歩譲って、それが悪いこととしよう……。
 でも、そういう数の暴力とかね、多数派が少数派が悪者って決めつけるのとかね、悪者には何をしてもいいとかね。
 貴方達の神様にも、それと貴方達にも、ファザーにもマザーにもティーチャーにも聖銃士にも……救うとか、許すって言葉はないの?」
「それが悪ならば」
 淡々とした言葉は使い古されたジョークのように乾いていた。子供達の攻撃を受け止め続けているジョージの傍らを走り抜けたココロが少女の保護は完了したと声を張る。
「分った。さて……容赦はしないが、進んで殺すつもりはない。まだ、見習いなのだろう?」
「この信仰心は正しいものです!」
 堂々と、子供が叫んだ言葉にジョージは呻いた。価値観が凝り固まって存在して居る。縋るような思いで辿り着いた『神の憤りと罰』の地、アドラステイア。逃れざる者達の、楽園。
「うーん……でも、嫌がってるよ? ……と、言っても分ってくれないのか。
 ま、いっか。アドラスティアの教えは後で詳しく聞かせて貰おうかな。
 殺すものは間違えたくないし、よく知っておきたい、覚えておきたいしね。とゆわけで、まだ暴力を振るう子には、鉄鎚の時間だ」
 持ち上がったのは虚空より来たる黒き光条。慈愛を宿した鉄槌。
 揺らぐことの無きその心の前で、アリシアは囁いた。
「では――愚かな子らよ、ネイコスの魔女の『鉄槌』をその身に受けなさい」


 全員を『あの地』から救い出したいと願った。だが、子供達の抵抗は激しい。数人が逃げ出すことを提案すれば、四人の子供達が身を張って突進してくる。
「人殺し!」
 ――ああ、その言葉を言うのが『そちら側』か!
 エクスマリアは奇妙な心地であった。処刑(ひとごろし)の為に、此処まで『昨日までの友人』を引き連れてきた子供達にとって、全ての悪はイレギュラーズなのだという。
「人殺し! 神は許しませんよ!」
「分っただろう? 明日、ああなるのは君や、君の兄弟家族。それでも『アドラステイア』の教えは正しいかい?」
 マルクの問い掛けに子供達は「正しい!」と叫んだ。幼いからこそ、その根幹に根付いているか。
 アドラステイア。彼等は『生活のために他人を蹴落とすこと』に慣れてしまった。錆付いた倫理観。
 明日、誰かが落ちて往く。
 自分がそうならないように敬虔たる神の徒でなくてはならない子供達。
「僕はならない!」
「どうして、言い切れるの?」
 希の問いに少年は我武者羅に拳を振り上げて言った――「僕らは、神様を愛しているから」
『アドラステアの騎士』となれば自身らは幸福に暮らせるのだと。『嘗ての禍』によって生み出された恐怖から逃れるために誰かを犠牲にし続ける。
「――そんなの、苦しいだけだよ」
 スティアは苦々しく呟いた。苦しくとも、生きる為だと決めた子供が一人、地へと伏せる。
 命は奪わない。敢て、奪わずその命を繋いで『正しさ』に導くことが大人の仕事だというようにジョージはその体を受け止める。
 四人の子供達の努力か。残る子供達は帰路を走り逃げて行く。
 泣きじゃくるシェーリアは「せんせい、せんせい」とか細い声で繰り返し心へとしがみ付いた。
「先生……?」
「ティ、マイオス、せん、せい」
 その名にエクスマリアは其れこそが『子供達の洗脳』に一枚噛んでいる奴なのだと呟く。
「子供達は、ティーチャー・ティマイオスとやらを狂った天秤ごと朽ちさせた時に、目を覚まさせてやろう」
 エクスマリアの呟きにヤツェクはそうだな、と呻いた。まだ、間に合うのであれば、何処かで更生させてやりたい。
 どれ程の時間が掛るかは分からない。依存とも言える其の信仰を和らげなければいけないのだから。
 地に転がっている四人の子供達は気を失い動くこともないだろう。どうする、と問うたヤツェクに「僕達で保護しよう」とマルクは提案した。
「アドラステイアがどんな場所かを理解しているパトロンか、それともイレギュラーズの領地でなくては危険だよ」
『見習い』であるならば、万人にとっての『普通の価値観』を見出してやれる可能性もあると信じているからこそ、そう申し出た。
「この状況を作り出した胸糞悪い『大人』にゃ、言ってやりたいもんだ。
 人の心は不思議なもんで、黒が善を為すこともあれば、白が悪を為すこともある。だから面白いんだ、とな」
 ふと、視線を送れば子供達が逃げ果せた地――アドラステイアを取り囲んだ白き壁は大いなる隔りのようにのっぺりと影を落としていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 信じる神様が違うだけで、こうも、変わるのですね。

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