シナリオ詳細
オルプニノンに奏でて
オープニング
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セピア色の風景に、何時だって存在したのは彼女だった。
飛行種の貴族。海種とは隔たれた立場の彼女だ。
美しい翼を持ち、常に堂々としていた彼女と遠く分かれたのは――随分昔のことだろう。
――よろしくて? 私は待っておりますわよ。
貴族である彼女は大号令に赴く者達を送り出すだけだった。それでも、彼女の指先が震えている事は気付いていたから。
「大丈夫ですよ」
そう声を掛けた。
「大丈夫。直ぐに帰ってきますから。こんな海なんて越えて、レザン様に『新天地』をお見せしましょう!」
レザン様、と幾度も繰り返して迫りくる幽霊船を発見したと物見台から連絡が入った。
アンデッドが乗って居るであろう船。此の儘、アクエリアに上陸を許すわけには行かない。
……だが、どうしてアクエリア総督府に駐在する者達はその幽霊船に手を出すことが憚られた。
レザン様と呼ばれていた者に心当たりがあったからだ。
直ぐにその『心当たり』へと連絡を入れれば其方へ向かうという連絡があった。
レザン・ジェラート・コンテュール――それは、コンテュール兄妹の祖母に当たる人物であった。
●
アクエリア――その地に上陸を果たしてから一年が経過している。
あの、死の香りを漂わせた海洋王国大号令を思い返してはカヌレ・ジェラート・コンテュールは無力感に苛まれた。
堂々と指揮を執り民の死を受け止めるのは女王陛下の役目。
彼女と対立する立場であれど協力し、民を率いた兄の後ろ姿を見て居れば、自身が如何に物知らずな令嬢であったか。
兄は不凍港ベデクトやバラミタ鉱山の定期的な視察を行う計画を立て、日々忙しそうにしている。
対照的なコンテュールの令嬢、カヌレと言えば日々を『貴族令嬢』らしく過ごすだけだ。
「――それではいけませんの」
はっきり、しっかりと。彼女はそう言った。
イレギュラーズを呼び寄せたのは自身の護衛として欲したからなのだろう。
兄によく似た褐色の肌と勝ち気な若葉色の瞳はイレギュラーズ達を値踏みするかのようである――実際は兄にそっくりで結構『ビビリ』な為、強気に出てみただけなのだろうが。
「私、どうにかしなくてはと思いましたのよ。アクエリア総督府はエルネスト・アトラクトスに総督をお願いしておりますわ。
開拓事業を行い、海路の整備を行って海洋王国と神威神楽(カムイグラ)の行き来をスムーズにする。
ええ、それも大事ですけれどアクエリア事態をしっかりと整備しておかねば国の恥でしょう?」
故に、カヌレは護衛を連れてアクエリアの視察に訪れることを決めたのだそうだ。
「つまり、わたくしとアクエリア開拓致しますわよ!
以前は遊び半分でアクエリア・フェデリアをのんびり開拓しましょうと申しましたけれど、今日のカヌレは本気ですわ。
一先ず、コンテュールの船でアクエリアに参りましょう。皆様が宿泊施設を作り領を得て盛り上がってアクエリアのモンスターをギャフンッと致しましょう!」
悪役令嬢顔負けの表情でカヌレはにんまりと微笑んだ。扇で己をぱたぱたと仰ぎ堂々たる令嬢ムーブを見せる彼女であるが……。
――実は『理由をつけて』イレギュラーズとアクエリアで春の海を眺めて楽しもう、と考えていた矢先、本当にモンスター襲来の一報が出てしまった故に、おっかなびっくりビビっているなんて。秘密ったら秘密なのである。
「……で、ここからが本題ですわ。アクエリアに強襲したモンスターと申しましたけれど、実は幽霊船ですの。
幽霊船の乗組員は嘗ての大号令で『絶望』に飲まれ命を失った者でしょう。海洋王国の長い歴史ではそうした犠牲もありました。
幽霊船の乗組員はわたくしの――ソルベとカヌレの『祖母』である、レザン様の名を呼んでいるそうですわ。
――まあまあ、本当に……おばあさまも罪な方ですわ! わたくしと似て!」
扇でばさばさと仰いだカヌレはそう高笑いを1つ。その瞳はどこか寂しげであった。
屹度、祖母も苦しい思いで彼等を送り出したのだろう。自分たちを種の差など関係なく慕ってくれる愛おしい民達。
「……アンデッドになって海を彷徨って。さぞ、苦しいでしょうね。ですから、わたくしが参りましたの。
これでもおばあさまとそっくりですのよ。わたくしの家系は皆よく似た顔をしていますけれど。
ですから、彼がおばあさまに『ただいま』と仰いたかったのならば、わたくしが代わりに聞こうと思いましたの」
祖母は、と問い掛けた言葉にカヌレは「随分前に亡くなりましたわ」と肩を竦めた。代役では物足りないかも知れない、けれど。
このままは屹度、苦しいことだろう。コンテュールの令嬢はゆっくりと頭を下げた。
「わたくしの我儘ですわ。イレギュラーズの皆様。どうか、『彼』を解放して遣っては下さいません事?」
- オルプニノンに奏でて完了
- GM名夏あかね
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年05月05日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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静寂と。そう呼ばれるようになった広大な青のさざめきを聞く。『絶望』と呼ばれた海を進み、現在は拠点となっているアクエリアに到達したのは1年も前の話だ。
そう思えば懐かしいという感覚も芽生えてくると『海を越えて』ドゥー・ウーヤー(p3p007913)は姿を大きく変えた『静寂の青』を眺めて居た。
「でも、まだ全部が終わった訳じゃない。今の俺達だから出来ることがあると思う。――だから、行こう!」
「ええ、参りますわ!」
堂々と宣言したのはカヌレ・ジェラート・コンテュール (p3n000127)その人である。
海洋王国の貴族派筆頭。重鎮であるコンテュールの令嬢が堂々と同行している様子を横目で確認し『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は兄妹で此程良く似るのだと再確認していた。兄であるソルベとカヌレは良く似ている。男女という差はあるが瓜二つと云っても差し支えはない。
その上で、今回のカヌレの『お願い』である依頼には自身と良く似た祖母がいると言う情報が入ったのだ。コンテュールの遺伝子には恐れ入る。この調子では彼女たちの両親もひょっとして……。
「無理はせぬように。カヌレ嬢」
静かにそう声を掛けた『斧鉞』玄界堂 ヒビキ(p3p009478)は前線に随伴することになるカヌレが戦場に慣れていないことに気遣った。
こくりと頷いて神妙な表情を見せた彼女の傍らで『ドキドキの躍動』エドワード・S・アリゼ(p3p009403)も戦闘の準備を整える。
「カヌレ嬢。彼らの無念を晴らせるのは恐らくカヌレ嬢にしかできないだろうからな。
無論、それは危険と隣り合わせだ。御同行願えたら、危険が及ばないよう最善を尽くすつもりだ。大丈夫だろうか」
「ええ、ええ。それは『わたくしにしか出来ない事』――そうでしょう?」
ヒビキは僅かに青いカヌレの表情を見ながらそうだと頷いた。縁とて、彼女が戦場に出ることなき立場で在る事を理解している。
大号令の際にも、実際に会談を行う事や視察だと堂々と前線に立つのは彼女の兄の役目である。カヌレはリッツパークでイレギュラーズの無事を願う『普通の令嬢』だったのだから。
「……ま、確かにこれはカヌレの嬢ちゃんにしかできねぇ役目だろうさ。
そういうことなら仕方ねぇ、後でソルベが卒倒しちまわねぇ程度に無茶に付き合ってやるとしようかね」
縁が揶揄い笑ったその言葉にカヌレは心配性で過保護な兄を思い出したようにはっとした表情を見せた。確かに、イレギュラーズの護衛付きと云えども最前線まで行くならば危険は其れなりに存在している。兄は卒倒してしまいそうなものだ。
「その……わたくしは戦う事はできませんの。それでも……?」
「ええ。それが貴女の望みなら、ね。私自身思う事が無いわけじゃないし、喜んで協力させてもらいましょう。――私個人として、先達に敬意を表して、ね」
それは、海洋で育った者として。伝説的な大号令を『終えた』者として。『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)はカヌレに微笑んだ。
先達。その言葉に『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は「成程」と何度も頷いた。
「我々の大先輩が相手と言うわけだ。私は国や主君への忠義で大号令に参加したわけではないが、あの冒険に携わった者として、先達への敬意は持ち合わせているとも。……キミたちの無念を晴らせるのは私ではないが、その手伝いはさせてもらうよ」
そう、屹度。『レザン様』の為にと願った彼等の無念を晴らすのは――ゼフィラの言葉に背筋をぴんと伸ばしたカヌレは幽霊船を見える場所まで共に行こうと傍らに立っていた『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)をちらりと見遣った。
「怖いか? カヌレ殿」
クレマァダのその言葉に、カヌレは肯く事も答える事もできなかった。彼女の『かたわれ』の事は貴族として、率いる者としてカヌレは知っていた。
「……我も怖い。いつも怖い。あの海から帰ってくるのはいつだって死だけだった」
知っていた。まだ年若いカヌレもクレマァダも『今回』が初めてだった。それでも、その一度でどれだけ恐ろしい事なのかイヤという程に理解した。
「……送り出して来た者達の末裔として、迎え入れてやろうぞ」
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――オーダーは「解放」と「成就」
『終縁の騎士』ウォリア(p3p001789)にとって、この仕事は何処か常の在り方とは違うように感じていた。死を告げるガワにして、命の簒奪者が引き立て役となる。
「我ながら似合わない事をするものだな……だが、悪くはないとも。
全てを焼き尽くす炎を何より待ち望んだ灯台として――彷徨える魂が願い続けた『新天地』の風を安寧と共に運ぼう」
彼等が。
眼前に見えた『幽霊船』が望んだ新天地へと辿り着いた者として。棺を想わせる小型船ブラドニールを操船し、前線へと進むウォリアと同じく私船『蒼海龍王』が前へ前へと進み行く。
ドゥーは彼等はカヌレを見てどう感じるだろうかと考えていた。カヌレも、彼等を見て何を思うか。
傍らに立っている彼女にドゥーは礼儀正しく振る舞い、貴族である彼女を見るだけで緊張してたその気持ちが和らいでいることに気付く。
(……カヌレさん、緊張してるのかな)
表情が硬い。健康的な小麦色の肌が、僅かに何時もより青褪めた気配を乗せている。海の中で待機をすると告げ、傍らを離れたクレマァダを名残惜しそうにするカヌレをヒビキは「大丈夫だ」と落ち着かせるように動揺の気配も感じさせず云った。
(……カヌレさんにこんなに近付いたのは初めてかもしれない。けど、カヌレさんも、普通の人だ。
国のため、栄光のため、そう言って『希望』に溢れた船乗りがこんな姿になっていたら――……ああ、そんな顔をしたくなる)
泣き出しそうな程に、貴族の令嬢カヌレ・ジェラート・コンテュールではない『唯』のカヌレ・ジェラート・コンテュールとして。ぐしゃりと表情を歪めて。
「皆様。……わたくしは彼等を苦しみから解き放ちたいのです」
「ああ、分っているさ。お嬢さん、おそらく、彼らに言葉を届ける事が出来るのはキミだ。そのための時間は、我々が作ってみせるさ」
ゼフィラはにんまりと笑った。カヌレお嬢さんとそう呼ばれて、彼女は大きく頷いた。泣いて等、怯えて等いられない。
未だ、絶望の只中に存在して居るつもりである嘗ての亡霊へと接舷する。ごうん、と音を立てた事に驚いたように見せた乗組員の前でワダツミを引き抜いた縁は真っ直ぐに船長へ向けて一刀振り下ろした。
(カヌレの嬢ちゃんの護衛には頼もしいやつらがついていることだし心配はいらねぇ。
……とはいえ、幽霊船に乗ってる連中がこのまま静かに話を聞いてくれるとは思えんし、ちっとばかり大人しくさせる必要があるかね)
カヌレが共に、というならば先んじて安全は確保しておきたい。縁に頷いたイリスは幻惑と制動の魔力を纏う小型の円盾を握りしめ、堂々と宣言する。
その身に降ろす聖なる気配。絶望には似合わぬ踏破者たる使命をその声色に帯びさせて。
「私は第二十二回海洋王国大号令の参加者、イリス・アトラクトス!!
絶望の青を踏破した後進として、皆さんの使命の終わりを見届けに来ました」
彼女へ向け、無数の腕が伸びることを知っていた。ウォリアはイリスへと襲い掛かる船員達へ向けて全身の力を雷撃へと換え叩き込む。
ばちり、と弾ける音。海には似合わぬその気配。海中で息を潜めて待っていたクレマァダはカヌレの言葉を思い出す。
――わたくしが、話しかけることは容易いのです。けれど、あの苦しみを少しでも拭い切れるようにしたいのです。
「……よいな? カヌレ殿」
「ええ」
海中から、静かに問うたその言葉に。カヌレは大きく頷いた。縫い止め、言葉を届かせるために――これは暴力ではない。届かせるための。
鮮やかなる光が放たれる。激しく瞬くゼフィラの神聖に。続き、ドゥーが疎通を試す。苦しみ藻掻く負の気配。其れ等が真っ先に伝わってくる。
「辛い。そうだね。……苦しい。そうだね。レザン様――ああ、そうだよ。『彼女』が来たんだ。
彼女の……レザン様の為に。――そうだよ、絶望の向こう、見つかったよ」
答え続ける。霊魂達の、朽ちること無き決意を解きほぐすように。ドゥーがそうして『意志を交す』様子をウォリアは見詰めていた。
船長だけではない。きっと全員がそれぞれ伝えたいものがある。代役であろうとも、カヌレにはその悉くに向き合う強き意思がある。
――わたくしは、おばあさまではないけれど。それでも、コンテュールの者として。
その決意を無碍には出来まい。ウォリアは縫い止めるように船員達へと『嘗てこの海を支配した絶望』の気配を放つ。
「ならば、オレは彼らをそこに向き合わせてみせよう。その旅路に――終わりを刻んでやるために」
その攻撃に纏う多のは神々の縁絲。黄泉津の、彼等の目指した『新天地』を慈しむ守護獣の加護が彼等を包み込む。
「そこまでだ、先達の方々。海洋の同胞たちに剣を向けるのはいただけないな」
溜息と共に、ゼフィラは仲間達を支え続けた癒し、『レザン』の声が届くまでの暫くの耐久。全ては言葉を届かせるために。
『かたわれ』の名の付いた円板を弾き鳴らしたクレマァダは海神の巫女の歌唱を響かせた。言祝ぐ歌を届かせて、宙を舞踊って飛び込み往く。
――視線が、交錯した。クレマァダが「大丈夫か」と唇で形だけ作って問えば、カヌレは静かに頷いて。
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「さぁさこっちを見な」とヒビキは有象無象を寄せ付けた。競り勝てずとも耐えれば良い。
それは、自身の背後で気丈に立っているコンテュールの娘のためでも有るのだ。不知火の妖気がゆらりと揺らぐ。地を蹴ったヒビキはカヌレが「参ります」と告げた言葉に大きく頷いて。
護衛として傍に立っていたドゥーはその苦しみを少しでの拭いたいという彼女の言葉が届くようにと祈った。前線でカヌレに危害が及ばぬようにと『声』を届けるために盾となる縁とイリスはカヌレが進み出てきたことに気付きより、留めるための腕に力を込める。
「私はコンテュール家が令嬢、レザンと申します。我が海洋王国のために、皆様、よくぞ此処まで……」
船長が僅かに呻く。押し止めていた腕を緩めて縁は眼前のアンデッドをまじまじと見遣った。彼の首から下がった褪せぬ赤い羽根。それがカヌレのものに酷似していることに気づき、息を飲む。
「私の羽根、大事にして下さいましたのね。有難う。
……もう、もう良いのですよ。絶望の嵐は去りました。潮騒も穏やかな、静寂が遣ってきた。貴方を連れてこの方達が『新天地』へと誘って下さいます」
泣き出しそうな声音で。カヌレは紡ぐ。倒れてしまわぬように。そっとその体を支えたドゥーとゼフィラは頷いた。
「帰りましょう。我らが国へ。リッツパークへ。……おかえりなさい、と。抱き締めさせて下さい」
縁の前に立っていた男の動きが止った。ドゥーは、ふと気付きカヌレ――『レザンの代役』の顔を見た。
「『大丈夫』」
「……え?」
「『大丈夫。直ぐに帰ると行ったじゃないですか。新天地、往きましょう。レザン様は泣き虫で、俺達が付いてなきゃいけないんですから』」
魂が、語りかける。朽ちた肉体に残っていた信念が――『彼の心』が。霊魂への疎通で伝えられる。
俯かぬようにカヌレはゼフィラの手を握らせてと乞うた。一人ではこの大役に耐えきれなくなってしまいそうだから。
アクエリアを見つけた功績を持ったイリス。海洋大号令で多大なる功績を残した縁。――かたわれを亡くしても『貴族』として立っているクレマァダ。
海洋王国の民の前で、情けない姿を見せるわけには行かない。カヌレはウォリアとイリス、ヒビキのかんばせを見遣ってからゼフィラの手を強く握った。
「ええ……ええ。わたくし、一人ではだめなの。だから、一緒に見にいって下さいます?」
勿論だと返された言葉に、アンデッドの体が弛緩した。怨念の気配が消え、死を待つだけの塊となった其れをヒビキは「カヌレ嬢」と呼び掛ける。
「どうする?」
肩を震わせて俯いたカヌレは「これでよろしいかしら」と呟いた。
「……もういいかい? カヌレの嬢ちゃん」
それは彼女が決める事。縁は柔らかな笑いを少し噛み砕いてから、問い掛けた。
「……ええ。もう宜しくてよ」
俯いて、小さく笑った。その笑顔が――どこか、懐かしいもの見えた気がしてクレマァダは言祝いだ。彼等の旅路の終わりが良き者であるように。
――ふんぐるい むぐるうなふ くつるう るる=りえ うがふなぐる ふたぐん
『かたわれ』ならばもっと、もっと、美しく歌えたこの詩は。何時の前にか自分のもので有るかのようによく馴染む。
終わらせるために。海の守人として、その一族の末裔としてクレマァダは歌った。
「お主らのかばねを積みて橋とし渡ったあの海の先にはな。あったぞ。新天地は、あったのじゃ」
ああ、泣き出しそうなのはカヌレだけではないではないか。クレマァダの詩を聞き、イリスは躍る様に防御攻勢を打ち出した。
論理を持って導くために。未来を語るために。オルガノン。真理を追究するために言葉は道具だった。道具が、彼等の怨念を切り拓いたならばそれでいい。
「オマエ達の使命も、絶望も、苦しみも――旅の全てが終わる時が来たのだ」
死を告げる者。自身の事を操舵と認識してきたウォリアにとっての風変わりな仕事。
数多の命を見送り、それでも明日を目指す者――それが、『大号令から解き放つ』イレギュラーズだというのなら。
「貴方達のように、海の先を目指した人達のおかげで今があるんだ。だから……ゆっくり休んで。ありがとうございました」
霊魂達へと、最後の言葉を届けるようにドゥーが語りかければ縁は真っ直ぐに船長へ向けて切っ先を向けた。
海龍達の間で伝わる秘術。無数の火の玉がふわりふわりと揺れている。送り火が、彼等の傍で、揺らいで、溶けて。
「――お疲れさん。あの世でレザンの嬢ちゃんに会ったら、しっかり土産話を聞かせてやるんだぜ」
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「きっと、こうやって、これからも振り返りながら進んでいくんだ――どうか、安らかに眠れますようにと」
イリスはクレマァダが船を『逝かせてやる』様子を眺めていた。破砕したそれが、静かに『静寂』へと沈んでいく様子に目を伏せる。
朋輩達も待ちくたびれただろう。どれ程長い間、この海を漂ってきたか。
それでも、最後に――『大切な主』に会えたのであれば其れだけで幸福だ。
「さて、墓を作るのは、個人的には大号令の成果である、アクエリア島が良いと思うが……故郷に連れ帰るのも道理だね。お嬢さんはどちらが良いと思うかな?」
ゼフィラの問い掛けにカヌレは「船に残っていた遺品を持ち帰りましょう。リッツパークへ。そして、一等美しい場所に彼等を弔いたいのです」と辿々しく言葉を紡いだ。
「ああ、カヌレ嬢。その手伝いもしようか」
ヒビキは手を合わせ黙祷を。彼等の犠牲の上に立っている――それは『新天地と呼ばれた国』に住まうていた自身だからこそ。この荒れ狂う海を越えて来た神使達が新たな奇跡を齎したからだと認識していて。
「彼等の結城に敬意を、安らかな眠りで在る事を願って――さ、カヌレ嬢。何かしたいことは? 帰るまでは仕事だからな」
楽しく過ごそうかと笑いかけたヒビキにカヌレは泣き出しそうな儘に笑った。
ありがとうございます、とも、これがしたいとも言えないままに「どうしようかしら」と肩を竦めた彼女にドゥーはくすりと笑みを零して。
「絶望の向こうには着いたけど……海はまだまだ広いから。これからも、頑張らないとだね」
精一杯に生きていくために。こうして、振り返っては進んでいく。イリスの言葉を思い返してから、カヌレは「それでは、一度帰還致しますわ!」と空元気のように手を振り上げた。
「カヌレ殿。……帰って何か、食事でも一緒にしよう。生きている我らは、生きよう」
戦場に出ることで、明日も知れぬ我が身であれど。
それでも――生きている事を噛み締めなければならないと。自身に言い聞かせるように微笑んで。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
カヌレから、皆様へ感謝を。
GMコメント
夏あかねです。
●成功条件
幽霊船の停止、及びアンデッドの撃破
●アクエリア島
旧『絶望の青』に存在する島。海洋王国大号令の際は攻略拠点の一つとして魔種より奪取し使用されました。聖域化されており、簡易拠点としての設備は備えています。
現在はアクエリア総督府を設置して、しっかりとした領地経営を行っています。開拓は『長い目で見て』とゆっくりと進めているようです。
その港の直ぐ傍に幽霊船が出現しました。足場はコンテュール家の船を使用可能です。もしくは小型船を皆さんで操縦して下さい。
●幽霊船
出現した幽霊船です。今まで幾度も行われてきた大号令のその何処かで当時のレザン・ジェラート・コンテュール(コンテュール家令嬢)に見送られ『絶望の海』へと発った船。朽ちたその船の名はもう分かりません。
其れ其れは人語を有しますがはっきりとした意思の疎通は不可能です。
・幽霊船
基本的にはアンデッドを乗せているだけで無害です。ですが、意志を持っているようで何かが上に乗っている間は壊す事はできません。
幽霊船自体もアンデッドの一部であるかのようです。攻撃を行う事でダメージを与えることが出来ますが非常に堅牢です。
・船長
レザン様と何度も繰り返す海種であっただろうアンデッドです。船の中で一番強く幽霊船の舵取りなどを行っているようです。
赤色の羽根を首から提げています。その羽根はカヌレやソルベのもつ羽根とそっくりの色味です。
・船員達 5名
船長に付き従うアンデッドです。海種、飛行種が入り混じっており、皆『絶望の向こう』を目指しているようです。
彼等は大号令が終わったことも、新天地が発見されたことも知りません。まだ、絶望の只中で、理想郷を目指しているのでしょう。
●カヌレ・ジェラート・コンテュール
コンテュール家令嬢。ソルベ卿の妹、兄に瓜二つ。ついでに祖母レザンにも瓜二つだそうです。祖母レザンはもう随分と前に亡くなっています。
その代わりとして、そしてコンテュールの者として此の地に足を運びました。
本音を言えばイレギュラーズと春の海で遊びたかったそうですが……幽霊船退治を放置することは出来なかったのでしょう。
戦闘能力は保持していません。飛行能力は所有しています。前線へと連れて行く場合は護衛が必要となります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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