PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ゲットバック・ハッピーエンド

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 迷宮森林の夜は更け、どこからともなく梟がホウと鳴いた。
 ――そうして世界は、英雄達の手によって平穏を取り戻したのであった。
 めでたし、めでたし。
「ふう」
 ぱたん、と軽い音を立てて表紙を閉じると、シェリル・エル・マーレはいつものように窓から外を見た。空のたいぶ高いところから月の光が差し込んで、足下に小さな影が出来る。
「いけない、もうこんな時間」
 デスクの上に置いたランタンの火を消して、床を軋ませないようにそっと足音を忍ばせてベッドに潜り込む。
 また遅くまで本を読んでいたと分かれば、両親が呆れ半分怒り半分の小言が待っているに違いない。もう殆ど言っても聞かないから諦めてしまっているけれど、キッと目尻をつり上げて「リル、何度言ったら分かるの! 今日は洗濯よ、分かったわね」と多くを言わない代わりに井戸の水くみや火起こしなど、面倒な仕事を命じられるのがお決まりだ。
 だからといって、止めようとは思わない。
 嫌いな家事のお手伝いだって、手早くきっちりと終わらせてしまえばあとは自由。
 なにも一日中本を読んで過ごしていられるなんて思っていない。
 大人になるまでは、なんて甘えるつもりもない。
 でも叶うなら、できるだけ長く――そう思わずには居られない。
 明日もう一度あの本を読み返そう。
 まどろむ思考の中でそれだけを考えて、シェリルの意識は深い眠りへと落ちていく。
 まさか、翌朝には物語が『バッドエンド』に書き換わっているなんて思いもせずに。


 ある日目が覚めると、いつものように母親に言いつけられた家事をこなし、昨日読み終わった英雄譚をもう一度読み返そうと表紙を開いた。
 しかしそこに綴られていたのは、昨日までとは全く違う『疑心暗鬼の果てに仲間同士で殺し合い、最後の一人も崖から転落して死んでしまう』という内容に書き換わっていた。
 何か恐ろしいものがこの本の中に居る!
 そう考えたシェリルは両親や村人に相談し、ローレットへと解決を依頼することにした。

 泣きじゃくりながらシェリルが語り終えると、プルー・ビビットカラー(p3n000004)は少女の肩にそっとショールを掛けた。
「借りても良いかしら」
 そうシェリルに一言かけると、彼女から一冊の本を預かり適当なページを開いてみせる。
 そこにあったのは、黒い靄が文字に絡みつくように覆い黒ずんだ紙面だった。
 霧のようにぼんやりとゆらぐ様はある種の悍ましさを感じる。
「これはレターバグと呼ばれる悪い妖精の仕業なの」
 村の年寄りが『昔、本に悪戯をする悪い妖精が居た』事を思い出した。しかし妖精を本から追い出す方法はあれど、彼らが次の本にとりつく前に懲らしめなければならない。
「そこでイレギュラーズの出番、というわけね」
 レターバグが取り付いた本に大嫌いな暖炉の灰を振り掛けると飛び出してくる。そこを倒してやれば問題ない。
「気をつけなければいけないのは、近くに物語を記した本があれば、そこに入り込んで逃げられてしまう事ね。同じように灰を振り掛けてやれば良いけれど、とてもすばしっこいからやり過ぎるといたちごっこになってしまうかも」
 袋に詰めた灰を手渡しながら、プルーはシェリルに目線を合わせて彼女の顔をのぞき見る。
 泣きはらしたものの、いくらか落ち着きを取り戻したのかしっかりとプルーをみて、イレギュラーズをみた。
「このお話、とても好きで。他にも動物とお話しできる少年とか、沢山好きなの。もし他の本もこんな終わりかたに変わってたら……そう思うととても怖い。
 この本をもう一度読みたいの。お願いします、ハッピーエンドを取り返してくれますか?」
「私からもお願いするわ。あなたたちの力で、シェリルの瞳にクリアブルーの光を取り戻して頂戴」
 そう言ってプルーは一冊の本の結末を、イレギュラーズへと託した。


 ――そして、最後の勇者が血しぶきを上げて床に倒れ伏した。
 懸命に敵へと手を伸ばすが、何も掴めない。
『どうして』
 勇者は問いかけます。
 かつての仲間達が互いに殺し合い、最後の一人が崖下に転落しすべて息絶えるまで。
『どうして』
 問いに答えるものは誰もいない。
 そして、旅立った勇敢な人々は誰も帰ってこなかった。

GMコメント

 皆様本は好きですか? 私はというと部屋には積んだままの本が沢山あります。
 勿論、買うのも読むのも昔から大好きです。
 こんにちは、水平彼方です。

●成功条件
 レターバグを懲らしめ、シェリルに元に戻った本を渡す。
 倒してしまっても構いませんし、お説教などの上反省したら解放でも構いません。

●ロケーション
 時刻は昼間。迷宮森林の中にある小さな村です。
 村の周囲にある森の中での戦闘です。木々が生い茂っていますが、戦闘時の立ち回りに不自由することなく立ち回れます。
 また火気にはご注意ください。

●レターバグ
 小鬼の姿をした妖精『レターバグ』が10体出現します。
 物語が好物で、それらを食べては物語を書き換える悪戯を残していきます。
 直前に食べた英雄譚に影響され、剣を持って斬りかかったり氷の魔法を使ったりして攻撃します。
 対象の範囲内に混乱をもたらす幻惑魔法を使います。
 
●初期配置
 暖炉の灰を本に振り掛けるところからスタートします。
 どなたかにこの役目をお願いするか、立候補がなければ村人の誰かとなります。
 灰を振り掛けた方は、開始直後レターバグと近接した状態でスタートします。

●シェリル
 幻想種の少女、今回の依頼人です。
 本が好きで古今東西、本の形をして物語が書いてあれば大体のものが好きな本の虫。
 好きなものはハッピーエンド。バッドエンドはものに寄りけり。
 
●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ゲットバック・ハッピーエンド完了
  • GM名水平彼方
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年05月03日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ルアナ・テルフォード(p3p000291)
魔王と生きる勇者
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
エリス(p3p007830)
呪い師
橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星
クルル・クラッセン(p3p009235)
森ガール
ノワール・G・白鷺(p3p009316)
《Seven of Cups》
『―――』(p3p009789)
―――

リプレイ


 梢の合間から漏れ差す金色の光と、木の葉の影が足下にまだら模様を描く。
 深緑の森の中を歩く一行の中に一冊の本――結末の改変されバッドエンドとなった勇者譚が加わり村を出てから暫くが経った。
「要はー……本に落書きするのが好きな妖精だよね? あはは、イタズラっ子だなぁ」
 『森ガール』クルル・クラッセン(p3p009235)が本の中に閉じこもっているレターバグに「早く出てこい」と言わんばかりに表紙を小突く。
「物語を書き換える悪戯小鬼……いえ、妖精ですか? 悪戯にしては割りと悪質過ぎませんか」
「本に悪戯をする悪い妖精ですか……これ以上本に悪戯される前に懲らしめないといけませんね」
 憤慨する『ジョーンシトロンの一閃』橋場・ステラ(p3p008617)に『呪い師』エリス(p3p007830)が静かに頷いた。
「えぇ、これはお仕置きとお説教待ったなしかと。拙も本は割りと好きですから、尚更ですね。ましてや、それで涙を流した子が居ます……もう悪戯では済まされないのでは??」
 出立前に見た少女の涙を思い出し、再び腹の底から怒りが湧いてくるようだ。
 だが発散するのは彼らが姿を現してから。今はまだ押し込んで静かに闘志を燃やした。
『―――』
 口を開いた『―――』『―――』(p3p009789)の喉元から声の代わりに発せられたのはハ長調ラ音の音波。僅かな揺らぎ、堅く強い調子は折角のお話を台無しにしてしまうのは許せない、悪い妖精はお仕置きする、と決意を皆に伝えるようだ。
「勇者とその仲間たちの冒険譚の最後はハッピーエンドで終わるべきなんだよ」
 『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)は背負った霊樹の大剣の重みを確かめる。
 世界を破滅させる悪い魔王を倒して世界に平和をもたらして、皆の笑顔がこぼれるラストシーン。『めでたし、めでたし』で迎える結末が皆が望むもの。
 ルアナに与えられた役割と、果たすべき宿命。大剣と共に背負ったものを感じて――それはまだ先だと小さく首を横に振る。
「イタズラっ子とは言え、女の子を泣かせちゃう位までやったなら、お仕置きが必要だね!
ちょっと反省するまでメッてしてあげないと、ねっ」
「完成された物語の結末を、望まれぬものに変えるなど言語道断です。必ずや取り戻してみせましょうとも」
 クルルの快活な言葉に『《Seven of Cups》』ノワール・G・白鷺(p3p009316)はアルカイックスマイルを浮かべた。ノワールも読書を愛好する身、このようなイタズラに対して思うところがある。
「おや、着いたようですね」
 ノワールが指さす先にはぽっかりと開けた空間があった。
 『―――』は周囲に本や紙など、物語が捨てられていないか入念にチェックする。その後に英雄譚とはちがう、もう一冊の本を取り出して中央に置いた。
 レターバグが再現出来るのは「その英雄の能力」であって信条や精神までは再現出来ない、という仮説をたて、「剣も魔法も才がない『諦めない心』だけを武器に困難に立ち向かう英雄譚」を用意していたのだ。
「本に逃げられた時の為に、私も暖炉の灰を持っていたいので分けて頂いてもよろしいですか」
 エリスの提案に『―――』は頷き、分けた灰をエリスに渡した。
 一同は『―――』一人を残し一旦距離を取る。きつく閉めた袋の口をほどき、青い燐光が輝く瞳で仲間を見る。
 始める、という合図だ。


 開いた袋の口から、さらさらと灰が落ちていく。
 英雄の姿を描いた表紙に降りかかった灰が触れると、もくもくと黒い煙が立ち上りぼんっと音を立てて煙が弾けた。
 丁度子どもの頭ほどの身長で、皺くちゃの醜悪な顔立ち。妖精というよりはゴブリンに近い姿形をしたレターバグは、両手足をばたつかせてキィキィと甲高い声で叫んだ。
 『―――』はすぐさま英雄譚を胸に抱えると、離れて控えている仲間の元へ全力で描けだした。
 それを見たレターバグが背中を指さして今度は嘲るような声で囃し立てる。
「女の子を泣かせたのは君たちだね! さあ、お仕置きの時間だよ!」
 ぽーんと放り投げられた物体に気がついた頃には時すでに遅し。泣き叫ぶマンドレイクの耳をつんざく絶叫がレターバグの鼓膜を震撼させた。
 酩酊する頭を押さえるレターバグへと『死神二振』クロバ・フユツキ(p3p000145)が駆ける。
「確かに駄作と評される物語なら結末を変えたくなる気持ちもわかる。だけど単なるいたずらならそれは悪戯が過ぎるというかノーセンキューってものだろう?」
 鬼哭・紅葉とGB・アストライア=ディザイアをそれぞれの手に握り、狙いを定めて剣を振るう。正確無比で慈悲深き一撃はクロバの怒りを乗せ、その名に似合わず苛烈さを帯びていた。
「なんだ、勇者がバッドエンドを迎える話がお好みか? そんなに見たければ見せてやろう。“勇者の末路”がどんなものなのかをな!」
 『聖断刃』ハロルド(p3p004465)が自身の周囲に幾重にも結界を張り巡らせ、数匹のレターバグを閉じ込めた。
「ははははっ!おら、文字通り骨の髄までその恐怖を叩き込んでやるぜ!」
 ハロルドの煽り文句に乗った数匹が、鋭い声を上げながら剣や魔法の杖を掲げて襲いかかる。
「わたしはレターバグ達のお仕置きに回るね。大事なものに悪戯しちゃだめだよって言わなきゃ。……さあ、わたしの相手をしてくれるのは誰かな?」
 キャッスルオーダーで強化したルアナが、飛び出してきたレターバグに名乗り上げる。やってやる! とばかりに威勢良く飛びかかった小さな体を受け止めた。
 エリスがインヴィディア・デライヴへと魔力を集め、衰弱した個体へと狙いを定めた。牽制に使う威力を押さえた術だが、殺さずに倒すには丁度良い。
 倒れた仲間を見てレターバグは怒りの形相で不快な鳴き声を発する。

「悪戯には、それなりのお仕置きは必要ですよね?」
 彼らには痛い目を見て貰わなければ。ノワールの威嚇術で打たれた一匹が、ギャッと悲鳴を上げて吹き飛んだ。
 英雄譚を抱える『―――』を追いかける二匹に、ステラが声を上げる。
「その本に触れることも、逃げ込むことも許しません」
 凜とした声の裏に滲む怒りに、背筋を悪寒が這い上がる。否が応でも振り向き、相対せざるを得ない。
 向かい合ったステラが毒手を伸ばす。レターバグの気づかぬうちに捉えた切っ先が、享楽の悪夢を――彼らが改変した結末へとたたき落とした。
『―――』
(物語には書いた人、読んだ人の想いが詰まっている。それを台無しにするのは許せない)
(戦うのは好きではないが、想いを踏み躙る悪い妖精は退治する)
 単一な音だが、聞いた者には思いが伝わる。踵を返しギアチェンジでさらに加速する。悪夢に堕ちたレターバグへと格闘戦を仕掛け意識を刈り取った。
「ギッギャッ!」
 劣勢とみるやレターバグは杖を振りかざし、周囲に混乱の魔法を振りまき始める。
「混乱? 生憎その手の話はノーセンキューでね!」
 すかさずクロバが刃をねじ込む。耐性を持つクロバにとって、この魔法を唱えた敵は無防備にも等しい。勢いよく放り出され、ぽてんと転がった。
「うーん……」
「あら、クルルさん大丈夫ですか?」
 混乱している様子のクルルに、エリスが聖体頌歌を口ずさむ。
 ルリルリィ・ルリルラ。
 コーパス・C・キャロルを聞いたクルルははっと目を開くと「あれあれ?」と声を上げた。
「エリスさんありがとう! わたしからも仕返しだ!」
 ぴょこんと現れた愛らしいアルラウネが、悪戯レターバグへと甘く蕩ける接吻をする。突然の出来事に真っ赤になって飛び上がったが、次の瞬間くたりとその場で腰砕けになった。


 徐々に形勢不利になっていくレターバグ達。形勢不利を悟った彼らの一部が、逃亡先の本を求めて走り始め。、
「おっと、俺から逃げられるとかそんな希望は捨てろよ? ははははっ! おら、テメェら全員ボロ雑巾みてぇになるまでブン殴ってやるぜ!」
 逃がすまいとハロルドは掌に光をかき集め、灼光破を叩き付ける。周囲のレターバグをまとめて吹き飛ばすと、べしゃっと地面に放り出された。起き上がろうとしたが目が回るのか、頭をふらふらさせている。
「まずは一匹ずつ数を減らしていきましょう」
 目を回しているレターバグを蹴り飛ばすと、彼はその一撃でノックダウンする。
「はい、駄目ですよ。そう何度もやられては堪りませんもの」
 ノワールが笑顔と共に白い波動が追いかける。Ø[z+!-!ohD0Жを浴びたレターバグが足下を取られて立ち止まる。
 ちょうどその近くに一冊の本があった。
 これ幸いと潜り込むと、何やら先ほどの本とはちがう。
 ――彼には剣も魔法も才能がありませんでした。
 しかし、どんな困難にも『諦めずに立ち向かう勇敢な心』を持っていました。
 それこそが、彼の最大の武器だったのです――
 しめしめとこれも書き換えて飛び出すレターバグ。さあ剣で切り裂いてやろうと振り上げるが先ほどのような力が出ない。
「ギッ!?」
 へなへなと力の入らない腕を見て困惑する。
『―――』
(その本に書かれた英雄は何の力もないが本物の英雄。力だけを真似る妖精に真似る事は出来ない)
 静かな音に厳しさを滲ませて、そのまま全力での肉薄戦を仕掛ける。
 クルルが再びアルラウネを呼び口づけを与えた。不自然に体を強張らせているレターバグに、ノワールの威嚇術が決まる。
「とりあえずおやすみなさい」
 残る敵数は僅か。
「テメェら、今までいろんな物語を食ってきたなら見たことくらいあんだろ。『悪いことをするガキの所には、恐ろしい存在がやってくる』って童話をなァ!」
 小鬼よりなお悪鬼のような形相のハロルドが再び掌に光を集めて襲いかかってくる。逃げおおせる力の残っていないレターバグ達は、身を寄せ合いぶるぶると震えながらその瞬間を待つしか無い。
「ギギーッ!」
 閃光、遅れて衝撃波が炸裂する。
 体感ではスローモーションのようにゆっくりと宙を舞い、短い悲鳴を上げて地面に衝突した。
「そろそろ仕上げにしましょう」
 エリスがインヴィディア・デライヴに力を集め威嚇術を放つ。殺傷性が低い術とは言え、エリスほどの力があれば威力は跳ね上がる。
 驚いた表情のまま意識を飛ばしたレターバグが崩れ落ちるのを見届けて、次は我が身かと身を縮こまらせる。
「残念だがお前をやるのは俺だ」
 背後から死神の声がする。切っ先を突きつけられ、ぎこちない動きで振り返るとそこには赤い目を光らせたクロバの姿があった。
 悲鳴を上げて逃げようとしたところを、容赦なく切り伏せる。
「命を取るような事はしないよ。きっちり反省して貰うけど」
 ルアナの霊樹の大剣が、黄金色の軌跡を描いて振るわれる。日の光を浴びて輝く彼女は、幼い姿ながらお伽噺の英雄のような圧倒的な力を見せつける。
 蹈鞴を踏んだ後べたんと転び、そのまま起き上がってくる気配が無い。
「よし、これで全部倒したね」
 ルアナが辺りを見回して討ち漏らしが無いか確認したが、数は確りそろっている。
「それじゃあ逃げないようにロープで縛って……っと」
 せっせとロープでレターバグ達を縛り上げると、一カ所にまとめる。


 目が覚めると、世界は逆さまになっていた。
「ギ?」
 何事かと目を丸くさせていると、隣のレターバグが悲鳴を上げて藻掻き始めた。
「ふふふっ、まずはくすぐりの刑!」
 ふさふさの尻尾のような草を持ったクルルが、小さな体をあちこちくすぐっている。逃げ場が無いレターバグ達は悲鳴を上げて暴れている。
「次に行くよ!」
 順繰りにくすぐったかと思えば気まぐれに飛ばしたりして、クルルは全員のレターバグをくすぐりの刑に処していく。
 一巡りした頃には戦闘の傷も相まって全員がぐったりとしていた。
「人の本を勝手に書き換えると、このような痛い目に合うのでやめておくように」
 エリスの厳しい言葉に、レターバグ達は顔を見合わせる。
 そんな態度に業を煮やしたクロバが、一匹の足をひっつかみ顔の間近まで釣り上げる。
「お前らのやってる行為は二次創作にも満たない物語への冒涜だ。魔が差した? 冗談じゃない、作者がその物語を作り上げるまでにどれだけの時間と労力を費やしたと思っている。そんなことを続けてみろ、いずれお前たちが大好きな物語すらこの世から消えてしまいかねないけど、良いのか? 嫌じゃないか?」
 地を這うような声音と先ほどの悪鬼のような形相を彷彿とさせる表情に見下ろされ、レターバグ達はぶるぶると身を震わせて悲鳴を上げる。
「物語を食うなとは言わん。だが他人のものを勝手に食うな。ましてや悪戯するなぞ以ての外だ。本来なら俺は殺すことしか出来ん男だ。
 ……次は、ボロ雑巾では済まないかもしれんぞ?」
 続いてハロルドが追い打ちをかける。彼も鬼気迫る戦いぶりが真新しい記憶として刻まれているからか、必死に離れようと暴れている。
(まあ逃げようとはしないと思いますが……)
 その様子を見ていたステラが吊り下げている部分のロープを切る。
「とりあえず正座でしょうか」
 笑顔。だがそれは逆光の中にあり、表情の作りだけ見れば穏やかにも見えるはずなのに背筋に悪寒が走る。
 有無を言わさぬプレッシャーに背筋をただし正座をし、一列に横並びになる。
「反省してくれれば良いのですが、もし次があればその時は………容赦はしませんので?」
 何が、とはあえて言わない。だが言葉の裏に隠された圧に負けて無言で首を縦に振る。
 その様子を見たノワールが歩み寄り膝を折る。
「物語に影響される、というのは人も妖精も変わらないのでしょうかねぇ。ただ、物語にはその人の思いが込められているのです。それを書き換えるなんていうことは……駄目なことだとは思いません?」
 ああ、やっぱり。彼女の顔も怖い。怒っている。
 レターバグ達はただ只管、首を縦に振り続けた。


 村に戻ると恐る恐るシェリルが顔を出した。
「あの……本は大丈夫ですか?」
 一歩歩み出た『―――』が、胸元に抱えていた本を前に差し出す。ページを開くとシェリルに目を通すように促した。
 シェリルは本を受け取ると、ぱらぱらとページを捲り確認していく。特にラストシーンに差し掛かる辺りから念入りに文字を目で追っていた。
「大丈夫です、ちゃんと元に――ハッピーエンドに戻ってます」
 良かった、と大事そうに抱えたシェリルに『―――』はもう一冊の本を差し出した。
「この本は?」
 こちらもぱらぱらと目を通すシェリル。半分ほどにざっと目を通すと、パタンと表紙を閉じた。
『―――』
「ありがとう、この本も大切にするね」
 どちらも素敵なお話だから大切にしてほしい。その思いは確かにシェリルに伝わった。
「ねえ、レターバグ達はしっかりとわたし達がお説教しておいたからね。すっかり反省してるから、解放してあげても大丈夫?」
 うーん、と暫く悩んだシェリル。それを聞いた村の年寄り達が「悪さをしないなら大丈夫さ」という言葉に頷いて「解放してあげて、ください」と緊張した面持ちで言った。
「物語ならきっとこの後も増えていくさ。俺達がきっとハッピーエンドを、たくさんな」「本当に、ですか? 沢山のハッピーエンドが読めるのを楽しみにしてるね」
 クロバの言葉にシェリルはぱっと表情を明るくした。どんな物語が待っているのだろう、と早くも夢心地に妄想している。
 そんなシェリルにノワールは視線を合わせる。
「いやぁ、本の続きってとっても気になってしまいますよね。この先はどうなるんだろう、と物語の先に思いを寄せる時というものは、いつだって心躍るものです。
 元に戻った物語、良ければ私にも感想をお聞かせくださいませ?」
 同じ物語を好む人に巡り会えて嬉しかったのだろう。シェリルはせっせと本を膝に乗せ表紙を開く。
「いいよ! あのね――」
 そうしてシェリルは語り始めた。
 悪を許さぬ勇者一行が悪い魔王を倒す、その英雄譚を。

成否

成功

MVP

『―――』(p3p009789)
―――

状態異常

なし

あとがき

めでたし、めでたし。
イレギュラーズの皆様、お疲れ様でした。
シェリルの元に無事、ハッピーエンドの英雄譚が戻りました。ありがとうございます!
MVPは別の本を用意するアイデアに加え、本を守る為に懸命に戦ってくださった『―――』さんに贈ります。
他の皆様の活躍も大変素晴らしかったです。

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