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シナリオ詳細

<フィンブルの春>宝石果実の果樹園、危うし!

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「――なんてこった」
『死神二振』クロバ・フユツキ(p3p000145)は、小さくうめいた。
 オオタビネズミは家族単位で移動する。進行するうちに繁殖と別家族との合流を繰り返し、気が付くと驚くほど短期間で巨大な海のように数を増やして文明圏を脅かす。
 もふもふもふもふもふもふもふもふ。
 彼は、ここしばらくオオタビネズミの横断ルートを追っていた。先日壊滅させてから、また集結しつつあるのだ。数は前回よりだいぶ少ないがあの戦場で生き残った者と子孫だ。顔つきが違う。
 この先にあるのは――地図を指でなぞると、ほぼ確実にルートに含まれる所領が予測された。
 バルツァーレク領にある商人ギルド・サヨナキドリの領地だ。
 クロバは、自分が先日討伐した群れの様子を反芻する。
 飢えたオオタビネズミの一団。草をはみ、こと切れた仲間の肉を食み、ローレット・イレギュラーズの腹を食い破ろうと執拗に足を狙われた忌まわしい記憶。毛皮の手触りがやけによかったことが逆に地獄だと誰かが言っていた。
 おそらく、果樹の皮をむしり、衝撃で落ちるジュエリーフルーツをむさぼり、果樹園の上質な土を踏み固め――そうなったら、もう台無しである。先月襲われた牧草地帯は未だに生えそろっていないそうだ。

 犬ほどの大きさのオオタビネズミの大群が迫ってきているのが、オオタビネズミの動きを観察していたローレット・イレギュラーズによって観測された。
 もう、あまり時間がない。

「私たち、こちらの果物のファンでしてよ!」
「なくなってしまったら泣いてしまいます。でしたら、微力ながらお手伝いさせていただきたいと存じますの」
「大きなネズミくらいならなんとかできると思う。幼少期から訓練を積んでいたのはこういう時のためだ」
「陛下も、『若人よ、国土を守れ』とおっしゃいましたわ。こういう時、民衆のために立ち上がるのが貴族の務め」
 ドレスをアーマーに、扇子を武具に持ち替えて、お嬢様たちは立ち上がった。勇者候補生として。
 実戦経験は、ない。


「オオタビネズミは東側から住宅地も巻き込みつつ南から果樹園伝いで北上。周囲の特産施設もそうなるとやられるな、何もしなければ」
『そこにいる』アラギタ メクレオ(p3n000084)が報告書に目を通しながら、むぎゅむぎゅとライスプディングをほおばっている。
「そうなる前に何とかしないとな。という訳で領地との東側の境界――悪い、あんまり遠いと拡散してまたどっかを襲うので、ぎりぎりまで引き付けてお願いします」
 んで。と、情報屋は言葉を切った。
「聞いた人もいるんじゃないかとは思うけど、改めて――幻想王国には、策謀の影があるってのは、お分かりと思うんだよね。ここ最近だけでも、奴隷市、レガリアの盗難、それから魔物の大量発生だ」
 情報屋の指が三つ折れている。
「この事情を鑑み、恐れ多くも勇者王アイオンの直系子孫にして幻想国王であるフォルデルマン三世陛下は、現代の英雄を決める『勇者選挙』を開始すると宣言あそばされた。大量発生した魔物討伐に功績をあげた者にブレイブメダリオンを与え、多く集めた者を勇者とする――いや、誰も唐突な『思いつき』とか言ってないから」
 げふんげふん。と、情報による露骨な咳払い。
「ンでさ。これ、そもそもローレット・イレギュラーズを鼓舞するっていう限定企画だった訳」
 だって、勇者って、要するにイレギュラーズだから。
「んでもさ、こう、勇者ってなれるものならなってみたいっていうか。独自に勇者パーティーを組んで、魔物退治してメダルが欲しいって主張する人たちが出てきまして。それが王様の胸を打っちゃったんだよな。自国の若者が国家のために立ち上がったら嬉しいわな。いろんな意味で。ローレットは完全中立が旨だしな。有力な貴族が擁立したならばローレット・イレギュラーズ以外の勇者候補生にもメダリオン・ランキングへの参入を認めるおふれを出したのは知ってるよ、な」
 情報屋は虚ろは笑いを漏らす。
「いや、悪意がないのはわかるんだけど、逆にキッツいというか。あ、悪意があるのもいるから、そういうのは殴り倒せばいいんだけどさ。こう、キラッキラした目で『がんばりますっ』とかされるとさ。なんていうか、こう、AP吸われる的な」
 ぶつぶつと早口で呟いている。本業の方で何かあったのだろうか。
「――そういう事情でね、こっちと連携とれてない勇者候補生のパーティーも現地に入ります。そういう訳で無差別系範囲攻撃使うと巻き込んじゃうので、なるたけおよしになって。向こう、いたいけで善良な幻想の民だから。よろしくて?」
 急に、情報屋が言葉遣いを上流社会の女言葉に切り換えたのはわかった。
「現地は、カリスマパティシェの生産施設と直結しているエリアですの。ジュエリー・フルーツの虜になっているお嬢様方もたくさんいらしてよ」
 ちょっと待て。じゃあ、勇者候補生って――。
「腕に覚えのある良家のお嬢様たちが挺身部隊を組んでいらっしゃいますわ。実戦経験はせいぜいキツネ狩りが関の山でしてよ」
 それは――ほぼ邪魔――いや、戦力にならないのではないか。
「でも、これ、国で認めた勇者選挙だからさ。忖度とか手加減とかしちゃいかん訳。もちろん、見殺しにしろとは言えません。適宜死なないくらいに手助けしてください。いい子達だから。ちょっと経験と適性がなくて夢見がちなお花畑だってだけで」
 心ばえと実力が比例するようになる前段階、誰だって覚えがあるよね。具体的にはレベル一桁あたり。
「それともふもふ密集率上がってるから、移動困難大渋滞。仲間のところにすぐ駆けつけるって地上移動だと難しくなるからやり様は任せた」
 現場で対処してください。
「無差別範囲攻撃は極力控えること。識別はご近所さんのことも味方の勘定に入れること。地道に、ていねいに、果樹園に到達させないように、全体に目を配りつつよろしくお願いします!」

GMコメント


 田奈です。
 オオタビネズミの旅は続くよ。
 今回は安易に薙ぎ払えないので注意してね!

●成功条件
 モンスターの討伐。半分くらい倒すと、後は三々五々散っていきます。それは、他のチームが各個撃破してくれるので心配いりません。
 勇者候補生の生死は、作戦の成否には加味されません。リプレイのテイストに加味されます。

●地形・ジェイル・エヴァーグリーンの果樹園に至る領地緩衝地帯・東南地区。
 薄曇り。天気の心配はいりません。
 ゆるやかな起伏はありますが、戦闘に影響がある程ではありません。遠距離攻撃で視界が妨げられることもないでしょう。
 ただし、モフモフが密集しているので通常より著しく移動速度が低下します。臨機応変に仲間のもとに駆け付けるのは何らかの手段を講じない限り無理です。
 背後は、家屋、生産施設、果樹園です。ここに入られたら最後、甚大な被害が予想されます。

●敵の情報
 オオタビネズミ×地平線は見える程度にたくさん。
 とてもよく食べるモフモフした見た目はでっかいレミングです。<ヴァーリの裁決>膝を守りつつ、薙ぎ払え!を参照ください。
 モフモフピラミッドを作るから、あんまり低飛行だと足つかまれるぞ。
 ひざかっくん:崩れ、泥沼付与攻撃
 おなかのりのり:停滞 呪縛付与攻撃
 柔らかいとこからもぐもぐ:致命攻撃

 レンジ2の間合いからスタートです。
 そのまま、ローレット・イレギュラーズの至近距離に入ってきます。

●勇者候補生の部隊(8名1パーティ)
 腕に覚えがある(自称)お嬢さんたちの挺身隊です。善意とやる気があります。ないのは適正です。八人で一匹倒せたらほめてあげてくださいレベルです。
 ローレット・イレギュラーズは本業の方と思っていますので、丁寧に接してきます。何かお手伝いしなければと思っているのです。悪気はないです。善意しかないです。
 キツネ狩りを楽しめる程度の技量はありますが、魔物と対峙するのはこれが初めてです。魔物は、もふもふでも魔物です。
 彼女たちが陣取っている辺りにも果樹園への侵入経路があります。ぶっちゃけほぼ素通しになりかねませんし、オオタビネズミは雑食です。お肉食べます。お嬢さんたちはおいしそうです。
 お嬢さん達との距離は2ブロック向こうです。初期位置での巻き込みはありませんが、素人の彼女たちの動きは全く予想がつきません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ブレイブメダリオン
 このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
 ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
 それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
 このメダルはPC間で譲渡可能です。

  • <フィンブルの春>宝石果実の果樹園、危うし!完了
  • GM名田奈アガサ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年04月28日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
背負う者
江野 樹里(p3p000692)
ジュリエット
武器商人(p3p001107)
闇之雲
レニンスカヤ・チュレンコフ・ウサビッチ(p3p006499)
恩義のために
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

リプレイ


「んわー! すごい!」
『虎風迅雷』ソア(p3p007025)の歓声。
「これにはボクもおどろいた、すごい数だね!」
「大移動再び、と来たか」
 クロバ・フユツキ(p3p000145)にとって、二度目のオオタビネズミだ。
 一度蹴散らした群れがまた集まっている。数は減っているが、ローレット・イレギュラーズの追撃の手を逃れてここに来たオオタビネズミだ。面構えの違いは見わけられないが、威圧感が違う。
「ネズミの仲間って、一体一体だとそこそこ可愛い気もするのだけれど……これだけ数が多いと不気味というか厄介というか。溝鼠じゃないからまだマシなんでしょうけどね」
『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)が言う。
「オオタビネズミ。何を求めて旅をするのでしょうね?」
『ジュリエット』江野 樹里(p3p000692)は、思いをはせた。
「人々の受理を求めて旅をする私は――少し違えばオオジュリシンジャを従えてこのような結末になっていたかもしれないと思うと他人ごとではありませんが、さもありなん。地平線の果てまで届く受理の波動をお見せしましょう」
「ふむ、これは悪いもふもふ」
『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はオオタビネズミをそう断じた。
「――話ができたらいいのだろうけども、今回は防衛戦だ。まとめて薙ぎ払って……って――」
「とはいえ無差別は不味い。果樹は大事にしないとな、ダメージを受ければ癒えるのに時間がかかる――どうした、クロバ?」
 クロバは大きく目を見開き、その分義眼の赤が普段の倍フラッシュする。アーマデルはクロバの視線を追った。
「あのお嬢さんがた何をするつもりだ?」
 何やら興奮冷めやらぬ様子の武装したお嬢さん方が工場のある通りから出てくるところだった。
 装備の着こなしなど見るにつけ、それなりに心得はあるようだが――先導役なしでゴブリン退治に出してはいけない程度だ。
 ちらちらとこちらに視線をよこしては、小さく歓声を上げている様子はかわいらしいが、背後にかばうことはあっても絶対背中を預けたくない。
「『勇者候補生』ってやつだよ」
『恩義のために』レニンスカヤ・チュレンコフ・ウサビッチ(p3p006499)がクロバに言う。
「ここのフルーツのファンだから守りたいって。ほんとに来た」
 オオタビネズミはすぐそこに迫っている。
 オオタビネズミ(単体)は二番目にどつきやすい弱小モンスターだが、明らかに面構えが違うオオタビネズミ。
 ローレット・イレギュラーズは、覚悟を決めた。


『闇之雲』武器商人(p3p001107)は、めまいを感じていた。熱気に充てられたというのが正しいかもしれない。
 気遣わしそうに武器商人を見るローレット・イレギュラーズに、肩をすくめて見せた。
「まったく、エヴァーグリーンの旦那に凄い剣幕で詰め寄られたよ」
 エヴァ―グリーン氏は、王都からやってきたお嬢さん達から矢継ぎ早に飛び出す彼のスイーツのへの熱い称賛と「危機に及ばずながら馳せ参じました」という健気さに、心臓をわしづかみにされたのだ。
「やれ『ただ食い荒らすだけの獣に僕の果物を一齧りもさせるな』だの『僕の果物の美味しさを理解するお嬢様方に怪我をさせるな』だの……」
 武器商人としては、そんなこと言われても困るのだ。戦闘で無傷というのは回復魔法やポーションを使わなくても治る状態であって、傷一つないということはない。というか、ありえない重さの防具を身にまとい、武器を振り回し、異様な興奮状態で限界まで動き回るのだ。いささかの瑕疵もなく。とはいかない。
「――とにかく我がギルドの大黒柱に損害を出すわけにはいかないね」
 その言葉に、は、挙手した。
「うさは『勇者候補生』のみんなを助けに行くのが仕事なんだね」
「頼んだよ。いち早く合流してほしいもんだね」
 お目付け役兼護衛だ。
「まだまだ領地で騒ぎは続くのね。勇者というのには微塵も興味がないのだけれど」
『剣靴のプリマ』ヴィリス(p3p009671)は、お嬢さん達を一瞥した。
「キミにはたんとおどってもらうよ、プリマ」
 ネズミ相手で申し訳ないけどね。と、武器商人は言った。
「ふふ、今回も張り切って解決しましょうか!」


「嬢ちゃん達、熱意は買うがこういう事はやはり専門家に任せて欲しい」
 アーマデルは『非常に専門性が高い』職業についている。よって、一番困るのは、余裕のない現場で素人に毛が生えている程度が自分が役に立たないという自覚もなくやる気ばかりに満ち溢れ、大量にウロウロする――要するに、今だ。
つまり、すごく遠回しに「邪魔だ。去れ」と言っているのだが、光属性のお嬢さん達には通じない。
「こういうのは片づけも大事な、そして面倒くさい仕事だ。いいところの嬢ちゃんだと分からないかもしれないが」
「まあ! 戦士様。わたくし達、学び舎のお掃除は自分たちで致しましてよ」
「いいえ。きっととても大変なのだわ。真摯にうかがわなくては」
 アーマデルが言いたいお片付けは、オオタビネズミの死体の処理なのだが。認識の間に深い谷がある。ローレットにもたくさんのお嬢さんどころかお姫様がいるが、やっぱり召喚されるような方々は何かが違うのだ。
 うっかり話しかけてしまったため、キラキラした目がたくさん見上げてくる。
「イレギュラーズのみんなが助けてほしいって言ってるんだね! うさについてきてほしいんだぁ!」
 いま、レニンスカヤはアーマデルの心を救った。方向性は違うがすごく合ってる!
「まあ!」
「奮起の時ですわ、皆様。お覚悟はよろしくて?」
「こっちだよぉ! 大事な荷物とかあるんだったらうさのギフトでしまってあげるし、危ないところはうさのエスプリの運搬適性で運んであげるから、まかせて!」
 のっぴきならないほど急いでいる。日頃、人からせかされることのないお嬢様たちはそれだけで浮足立った。
 今こそ、畳みかけ時。武器商人は即座に沈痛な面持ちを作る。クレーム対応の時の顔だ。
「エヴァーグリーンの旦那には内緒だよ――彼をを此処に来させない様お願いする」
 日頃内緒にされることはあっても、大人に内緒にしてくれと言われるなんてお嬢様的にはドキドキである。
「彼は心配のあまり外に出てきてしまうかもしれない。しかし、彼は天才的な職人だが一般人だ。ここの果樹を守り切っても彼が損なわれてはおしまいだ――だから」
 武器商人は声を潜めた。お嬢様たちは反射的に耳を澄ませた。
「彼が工房から抜け出さないように見張っていてほしいんだ。ただし至高の職人である彼の自尊心を傷つけないように。イレギュラーズの背中を守るというのは建前だ。キミ達には彼の警護を頼みたい。ごくごく内密に!」
 もちろん、エヴァ―グリーン氏がそんなことをするわけがない。本人は工房に立てこもるのが最善と心得ている。だから先ほど武器商人にくれぐれもとまくし立てていたのだ。
「我(アタシ)も、エヴァーグリーンの旦那も末長くお嬢さん達の笑顔が見たいんだよ、ね? わかってくれないかい?」
 お嬢さん達も馬鹿ではない。これが事実上の戦力外通告だということはわかっているが、武器商人が「このような形で」伝えてきているということに熱く胸を打たれた。異常なカリスマ性を有する者が自分谷のために心を砕いてくれている事実。推しがファンサくれた所の騒ぎじゃない。ステージにあげられて踊ってくれるようなものだ。尊くて死ぬ。
「わ、わかりましたわ。さ、皆様」
「急いで!」
 どこぞの笛吹き男よろしく、レニンスカヤが令嬢を引き連れて歩く。
 武器商人は、ローレット・イレギュラーズに向き直った。
「やれやれ、これで一安心」
 ひとまず、後門の狼ならぬ、後門の素人を策の中に入れることには成功したのだ。
 前門の虎ならぬ、前門のオオタビネズミに全力で相対しなくてはならない。


「こちらの世界に来てから随分と経験は重ねてきたが、自分にもああいう頃があったものだな」
 ルチアは遠ざかるお嬢さん達の背中に、かつての自分の姿を重ねていた。学問に明け暮れ、縁談が永久に来ませんように。と、祈ったものだ。それでも、胸をよぎるのは懐旧の念だろうか。
「さあ、まずは彼女たちが安全圏に後送されるまでの援護とカバーが第一だ」
 ルチアの天才的直観が指揮官が陣取る立つべき場所はここだと定める。
 候補生より目立ち、攻撃の対象になりやすい位置。
 良き指揮官は、最前線に立ち、兵を死なせない。いくら数に勝ろうとも綿のようにはかない命では無尽蔵でもいつかはなくなるのだから。怪我や不調の回復はもとより、気力と士気の維持を図る。最前線で兵を最高の状態に保ち続けるのがルチアの真骨頂だ。
 十分に、お嬢さん達が離れきるまで、周りを巻き込んで上等の大技は使用できない。
 オオタビネズミの群れの脅威と喧伝すべく、武器商人は内なる声を解き放つ。
 無秩序に動かれては困る。一定の法則が全体に影響し、流れを作るのだ。商品の流行り廃りのように。
 ボロボロとこぼれるオオタビネズミをかき集めるのは悪魔の爪なのだ。
「ああ、暗くて、冷たいね。訳も分からず僕の元に来るがいいよ。すぐにお迎えが来るさ。さあ、並んで並んで、一直線に」
 どこかの世界のオオタビネズミに似た生き物は最後に海に身を投げるという伝説があるらしい。ソアはさながらそのための道を舗装してやっているガイドのようだ。
「よしよし、直線技を放っても問題なさそうであれば――」
「この戦場に頼むよ」
「任せろ」
 クロバの鬼気迫る黒炎をまとった斬撃がどこまでも真っすぐにオオタビネズミの群れを切り刻む。太刀筋が、海を割ったようにも見えた。顕かにお嬢さん方に見せてはいけない鬼気だ。特別褒章を下げた勇者様にあるまじきおヤバさである。怖くて眠れなくなるレベルだ。
「受理あれかし」
 それで何がどうなるかわからないが、受理されたと思うと感じる充足感は如何ともしがたい。
 樹里は魔改造を受けて戻ってきた相棒を手に祈った。
「戦慄せしめよ、我が受砲!」
 無限湧きした命を刈り取って、繁栄につなげる業を受け入れますよ?
 無茶な反動にきしむ体に鞭を打ち、信仰の徒は更なる術の行使に身を躍らせる。それが樹里の生き方。殲滅せしめる全開放・魔砲使いの在りようだから。
 武器商人が集め、ソアが並べ、クロバと樹里が蹂躙する大きな流れの中、アーマデルはイレギュラーな澱みの処理をしていた。
 果樹の匂いに吸い寄せられ、気を倒して管路をむさぼろうとする不埒なグルマンのせん滅作業である。
「モフモフピラミッド……だと……範囲で薙ぎ払うチャンスなのでは?」
 至極真面目な顔で言っている分、使っている単語のギャップが激しい。
「上部を削ぐより、下の方で重さに耐えようとしてるヤツを遠慮も容赦なく一気に薙ぐのがコツだぞ」
 本人は一切気にしていない。非常に事務的だ。ヴィリスは、そうね。と、至極真面目に返した。指摘する者は不在だった。
「じゃあ、行こう。宝石の果実は食わせてやれない。かわりに捩れた一翼の蛇のザクロをおすそ分けしてやろう。死神の眷属の下賜だ。後衛だろ?」
 端的に言えば甘美な毒だ。
 もがき苦しむ大量の鼠に食欲に由来したネズミの塔は揺らぐ。
「さあ、一網打尽にできるか試させてくれ」
 女の金切り声にも似た双剣の共鳴。木も狂わんばかりの不協和音の中、青年の目にはかすかな好奇心が宿る。
 首尾よく転げるネズミは成年の技による死からは免れた。
「ここを通せば被害が増えてしまうのでしょう? なら頑張らない理由はないじゃないの」
 狂乱の舞踏病の名を冠した独自の技を踊るヴィリスは、何処かの世の病魔のようだ。
 一瞬でも止まれば後続に巻き込まれて踏み殺され、同胞の餌になるデスレースで足止めをかければどうなるか、彼女は重々飲み込んでいるのだ。
 まさしく、共食いが始まっている。ヴィリスに魅了されたネズミが横を走っていたネズミの毛皮を噛み裂けば、途端にそれは「仲間」から「餌」に変わるのだ。
「ええ、一匹も通しはしないわ。もし抜けたネズミがいれば最優先で追いましょう」
 互いが殺し合い、食い合うコロニーが舞姫の刃の爪先が指し示す通り破滅へと転がり堕ちていく。
「プリマはステージが終わるまで踊り続けられるの。この喧騒に合わせて踊りましょう。ここが今回のステージよ」
 どうぞ、ゆめゆめ踊り子に手を触れようなどとお考えになられませんように。
 彼女は彼岸と此岸の縁で踊っているのだから。


 ありえない爆音と閃光と地響きに、お嬢さん方の顔色は悪い。
 獣の断末魔と果樹の方向でも隠せない血の臭いは如何ともしがたい。
 レニンスカヤは、ふひぃ~。と長い息をついた。
 実際、このあたりにでてくるのはごくごくはぐれもはぐれ。あるいはそもそも住み着いていたのかもしれないレベルのオオネズミだ。オオタビネズミの進行で巣穴を荒らされて出てきたのかもしれない。
 オオタビネズミも、みなよたよたしていて、お嬢様方でもどうにか倒すことができるほど弱体化していた。
 アーマデルやヴィリスの毒牙にかかってから一網打尽にされなかった可哀想な個体である。何度も切りつけられて余計痛い目を見ることになったのだから。
 それでも、あっちを密集体形を維持できず、気がつけば散開して連携できないお嬢様たちのフォローをするべく、レニンスカヤはオオタビネズミごと器に使うにはもったいない大盤振る舞いで青い彗星になっていた。
「――突っ込んだら危ないって思ってほしいんだ……」
 肩で息をしているレニンスカヤに、お嬢さん方は平謝りだ。剣は触れても、それがすぐそばにいる味方に当てないようにとなるとそれなりの習熟がいる。
「誰かを守るって大変だなぁ」
 レニンスカヤは呼吸を整えた。地響きはいつか消えていた。


 戦い終わって、日は暮れて。
 ヘロヘロになっているレニンスカヤにルチアは手厚くしょちをほどこしている。
 それを横目に、ヴィリスは長く息を吐いた。
「あなた達、勇者を目指したいのは立派だけれど。自分ができることはきちんと把握しないとだめよ?」
 凛々しき舞姫が、ちろりと一同を流し見た。仮面に隠されていたが、雰囲気は伝わる。
「死にたくはないでしょう?」
 獣の血の臭いが辺りに漂っている中で言われると洒落にはならない。
 実際、数匹とはいえ彼女たちもオオタビネズミを狩ったのだ。命を奪う恐ろしさは十分伝わっていた。多分、今日は寝るまでずっと手を洗い続けることになる。
 厳しい言葉だが、誰かが言わなくてはならない。彼女たちが増長しなくても、周りが勇者と持ち上げたらそのように動く。お嬢さん達に何かあったら喜ぶ勢力がないと言えないのが複雑怪奇な貴族社会だ。
「その上で」
 樹里は、にこりとほほ笑んだ。
「頑張って退路を確保してくれていた挺身隊の子達に私のメダルをプレゼントです」
 それはそれとして、やる気の芽を摘んではいけない。初陣を生き延びただけでほめられていいのだ。
「い、いけません」
 お嬢さん達はわたわたし出した。だって、お嬢さんたち全員に配ったら樹里様のメダルが減っちゃう。いけないわ。そんなのいけないわ。と、口々に言いながら、はぷはぷしている。
「あら、贈与は自由ですのに」
「いいえ! 私達の気が済みませんので!」
 だって、レニンスカヤを見たら自分達がベテランを疲弊させるほどおんぶにだっこだったことはわかるのだ。戦闘は音を聞くだけで恐ろしかった。考えていた規模と全然違っていたのだ。オオネズミ相手だと侮っていたのが恥ずかしい。と、ポソポソ言ってお嬢さん達はうつむいた。
「まあ。でしたら、交換を致しましょう。私のメダルと皆さんのを交換。ね?」
 リボンだスカーフだボタンだなどなど、お嬢様は、交換が好きな生き物である。綺麗なお姉さまとするならなおのこと。物にまつわるエピソードに価値が付随するのだ。その価値、プライスレス。ただもらうより、そっちの方がいいのだ。だって、自分のメダルが樹里様のメダルになるのだから。お布施という概念は混沌でも健在だ。
「エヴァーグリーンがキミ達のことを心配している。元気な顔を見せてやってくれると、我(アタシ)の顔が立つんだけどね?」
 武器商人が言うと、お嬢さん達はローレット・イレギュラーズに深々と頭を下げてその場を辞した。
 今日、ローレット・イレギュラーズはいろいろ守った。土地と作物と人々の笑顔だ。

成否

成功

MVP

江野 樹里(p3p000692)
ジュリエット

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。挺身隊のお嬢さん方は世の厳しさを学んで帰っていきました。ゆっくり休んで次のお仕事頑張ってくださいね。

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