PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<フィンブルの春>華やかの裏側で

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「口の利き方がおかしいんじゃあないのかい?」
 幻想の夜、繁華街の中で問題が起きていた。
 そこは繁盛する人だかりのとある一店、小洒落た雰囲気のバーだ。
 そこに、怒気を隠しているつもりの男がいる。
「なぁ」
 そうにこやかな一言で店長に詰め寄る。壁に追い込まれた哀れな男は、向けられる敵意に怯えながらも、愛想笑いを浮かべていた。
 こういった手前はご機嫌さえ取ればおとなしくなる。世はなべてこともなし。
 と、経験談から思っているからだ。
「ぐぁっ」
 しかし、男は止まらなかった。握った拳を店長の腹に押し当て、鳩尾へグイッとめり上げる。
「これわかるかぁ?」
 見せ付けるのはメダルだ。ここ最近、この国でにわかに話題となった、勇者の証。
 それを男は、少なくとも五枚は持っていて。
「まだまだあるぜ、なんたって俺ぁよ、勇者様なんだからなあ!」
「かはっ」
 膝を店長の脇腹に打ち込んで倒す。見下した男はその姿を眺めてニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「楽しく酒飲ませてくれよぉ店長ぉ~。そしたらよ? 勇者様であるこの俺様が? 常連になってやるっていってんだからっさぁ~」
 誰もそんなことは望んではいない。
 店長も、たまたま居合わせた常連客も、こんな存在が入り浸る店など求めていない。
 だが、そのことを強く言えないのは、この男が勇者の証を持っている事に加えて、もう一つ。
「……あいつ、貴族様のお気に入りなんだとよ」
「あぁ……色々ヤバい奴だったよな……」
「確か、人身売買、とか」
 声を潜めた噂話のせいだ。
 男に逆らうことはすなわち、力を持った貴族に喧嘩を売る、という事になってしまう。
 だから誰も、男に意見は出来ない。
 ただこの不条理が、早く通り過ぎてくれる事を祈るだけだった。
「もし。あまり、人を怖がらせてはいけませんよ」
「はぁ?」
 そして祈りの結果、救いはやってきた。
 女性だ。
 黒を基調としたシスター服に包まれた、麗しい黒髪の女性。その人が、荒ぶる男に声を掛けた。
「人を傷付ければ、それは自分に反って来ますよ」
 優しげで、諭す様に告げるその人を、男は頭の先から足の先までをなめ回すように見てから、鼻で笑って、
「俺の相手するにゃあもっと乳出して誘――」
 男は、宙を回転して飛んだ。


「あぁ、やっちゃったわ、シスターの真似は完璧だった筈なのに……」
 平手打ちした腕を軽く振った女性――『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は、言葉とは裏腹にスッキリとした顔で呟いた。
 倒れた店長に手を貸して立たせていると、呻く声と共に非難が飛んでくる。
「な、な、なにしやがる……俺は、俺は勇者様だぞ!」
「はぁ」
 ……難儀だわ。
 額を押さえて思う。こういった音は、ストレートに不愉快だから嫌だ、と。
 それから、違和感があった。
 勇者総選挙。ブレイブメダリオンを多く集めた者が英雄となる。そんな思い付きは、国王であるフォルデルマン三世が発起人だ。
 当初はイレギュラーズだけで行っていたそのイベントは、空前の勇者ブームを引き起こし、結果、様々な思惑が交錯するに至っている。
 すなわち、多勢力の参入だ。
「とはいえ、ね」
 しかし、実体は変わっていない筈だと、リアは考える。
 メダルを与えられる者は、正しく活動をしている事が絶対条件。自分もそうしてメダルを得たのだし、友人などはそのトップに食い込んでいたりもする。
 だが、この男からは、何も感じない。
 自慢気に掲げるメダルの枚数や種類は確かに多くて――
「いや、おかしいでしょ」
 参入自体、ごく最近の話だ。どれだけ意欲的に活動したといっても、限度がある筈で。
「アンタ、どこでそれ手にいれたの」
「はぁ? そんなのお前に」
「どこか、って、聞いてるんだけど」
 違和感だ。
「ぉ……お、親父さんが……」
「親父さん?」
「親父さんが俺なら勇者になれるって! だからたくさんくれるって言うからやったんだ! 俺は何も知らない! 俺は、俺はなにも悪い事なんてしてねぇ!」
 人となりからしておかしいと思っていた。
 こんな人間が、大衆に認められる活躍なんて出来るわけがないと。
「多分、貴族様の事だよ嬢ちゃん。ここら辺じゃ有名な話さ」
「そうだなぁ……人を商品にしてるような奴だって言うし、不正しててもおかしくねえよ」
「あぁ……ふぅん、そういうことね」
 店長の言葉に、常連客の同意でようやく合点がいったリアは、顎を触りながら一つの考えを閃いていた。
「つまり、奴隷関係、ってわけでもあるのね?」
 それは危険を伴いながらも、今回の勇者総選挙で不正を働く存在を明るみに出来る可能性を秘めている。
「ねえそこの……偽物勇者さん」
「にせっ……な、なんだよ」
 ずい、と顔を寄せたリアに気圧された男は、意地だけで見つめ返す。
 しかし不意に、にこりと笑ったその顔に寒気を覚えた。
「あなた……私をちょっと捕まえなさい。そうね……お供に少し、お友達も連れていきたいのだけど。いいわね?」
 こうして、ブレイブメダリオンの裏で暗躍する存在と対峙する機会が、整えられていった。

GMコメント

 お世話になっております、ユズキです。
 今回の補足は以下。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 出現敵、内部構造等、不透明な部分があります。

●依頼達成条件
 不正を行っていた貴族の捕縛。

●現場
 とある領地の、とある貴族の館。
 その地下三階から地上二階までの範囲。

●特殊状況
 今回のイレギュラーズの立ち位置は、捕らえられた奴隷と、臨時に雇われたその護衛です。
 奴隷一人に対して護衛七人、というのは不自然なので、ある程度バランスを取って役割を決めなければならないでしょう。
 シナリオの開始は、地下三階の牢屋に奴隷が納品された瞬間となります。

●NPC
【偽勇者】
 地下から地上に出るまでの間、正規ルートを知っているので道案内に使えます。
 ただ全てを把握しているわけではなく、あくまで道を一つ知っているだけですので、使えないからと置いていっても構いません。
 ちょっとだけ反省している模様なので放置しても邪魔はしてこないでしょう。

●出現敵
【傭兵】
 総数不明。イレギュラーズを発見した時点で有無を言わず襲い掛かってきます。
 館内を巡回したり、休憩室に詰めていたり、特定の部屋を護っていたりします。

【貴族】
 今回の目標。
 常に護衛を二人付け、有事の際はとてつもない速さで逃げようとします。

●ブレイブメダリオン
 このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
 ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
 このメダルはPC間で譲渡可能です。

  • <フィンブルの春>華やかの裏側で完了
  • GM名ユズキ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年04月26日 22時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

DexM001型 7810番機 SpiegelⅡ(p3p001649)
ゲーミングしゅぴちゃん
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを
ロロン・ラプス(p3p007992)
見守る

リプレイ


 貴族の屋敷は、街の目立つ所にあった。広く、豪華な庭園を一般に開放されたそこは、外部の人間からは名物の一つになっている。
 だが街の人は、彼の噂を知っていた。
 曰く、傍若無人な暴君。人身売買の居。権力の鬼。
 潜められた評価は、しかし正しい。
 表の顔の裏から、静かに取り込まれた商品は地下に運ばれ、納品される。
「――っ」
 その一人が『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)だ。小さな檻に押し込められ、キッと見上げる視線は、押し込めた相手の無表情な男に向けられる。
「どういう事ですかな、勇者殿」
 敵意を意に介さず、その男はリアの向かい側に納めた『プロメテウスの恋焔』アルテミア・フィルティス(p3p001981)と、更に隣の檻、『うさぎのながみみ』ネーヴェ(p3p007199)を見てから、同行する偽勇者に言う。
「こちらの仕事には不干渉の筈。それも、部外者をこのように入れるのは感心しませんな」
 それは、彼の側に控えた五人の人物に向けられた言葉だ。
 『シュピーゲル』DexM001型7810番機 SpiegelⅡ(p3p001649)。
 『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)。
 『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)。
 『雷はただ前へ』マリア・レイシス(p3p006685)。
 『無垢なるプリエール』ロロン・ラプス(p3p007992)。
「俺の勝手だろ! この女はなぁ、俺様の顔面を殴りやがったんだ!」
 視線を遮るように動く偽勇者は、これ見よがしに青くなった頬を主張する。それから指をリアに突き付け、いいか! と、勇ましく叫ぶ。
「こーんなゴ……リアなんか一人で運んでみろ、俺様が危ないだろうが!」
「今の間は?」
「なんでもねぇよ!」
 いいか?
 二度目の言葉を前置きに一呼吸。
「親父さんにコイツらを売って貰う。わかったら、さっさと親父さんを呼んで来いよ」


 男の深い溜め息を、アルテミアは見ていた。自身は囚われの状態で、好色家に好かれそうな衣装を着ている状態だ。白のこちらに対して、向かいのリアは黒で、セットとして扱われても違和感の無い仕上がりだった。
 ……囮なのだけど、ね。
 装いは完璧だと思う。偽勇者のゴリア発言で、多少、黒からの無言の圧力はあったにせよ、だ。
「主はここには降りません、勇者殿」
 だが重要なのはここからだ。何せ、こちら側には情報がない。偽勇者の協力はあるが、それもぶっつけ本番。
 引き出せる言葉は多ければ多いほど、手助けになる。
「ここはドン底の檻。高貴を謳う者の立ち入る場所ではありません。何より……」
 と、男はそこで、ロロンを見た。透度の薄い人形の青は、スライムという印象を覚えさせる。
 買い手の中には、所謂そういうシチュエーションを好む輩がいるのは珍しくない。
「うっ」
 それを確定させるように、檻へめり込む形でロロンはアルテミアの所へ容易く入り込んで見せる。その行いに心底怯えつつ、反抗的な顔付きで迎える事で、無力な奴隷を演じるのだ。
「あの」
 と、声があがる。
 それは檻の中、儚い色をしたネーヴェが、鉄柵を掴みながら出した声だ。
「己の立場を弁えぬ行動と、存じております」
 前提としてそう言い、遮られない間を確認して一拍。
「しかしわたくしたち……主人となられる方の、お眼鏡に叶う働きも、出来るでしょう」
「なんとする」
「望まれた勇者に」
 自分達には実力がある。見目のか弱さを裏切る力を持ち合わせていると、自負がある。その証明の為なら、今、戦闘行為を見せてもいい、と。
「話にならないが一応言おう。そもそも、勇者殿に捕らえられる程度の実力だから、ここにおるのだろう?」
「それは……」
「っておい、それは俺様を馬鹿にしてんのか!」
 憤りは放置して、この状況はそう言うことだ。先程の話を聞いても、目標の貴族がここに来ないことは確定した。
「プランBね」
 リアの動いた口が、言葉にならずとも伝わる。呼べないなら、こちらから行くしかない。
 その為に。
「いいですか?」
 手を上げるシュピーゲルに、男が目を向けた。
 随分と興味の無さそうな顔をしている、と、彼女は思いつつ。
「……トイレをお借りしたいのですが」
「あ、それならオレも」
 相乗りしたイグナートと視線を交わし、それから偽勇者を見る。
「便所なら上だよ仕方ねぇな、俺様が案内してやるからありがたく思えよ」
 打ち合わせ通りの流れだ。このまま撤退する素振りで中を探り、目標を見付けに行くのが、リアの言うプランB。
「一ついいですかな」
 だがそこに男が待ったをかける。悟られない様に、しかしピリリとした緊張感を、イレギュラーズは感じた。
「勇者殿と言えど、好き勝手は困ります。我等一同、部外者は即時排除、と、そう聞いておりますので――それだけは、お忘れなきよう……あとスライムは要りませんので連れ帰って下さい」
「わかりました、肝に銘じておきましょう」
 それは、どちらかと言えば偽勇者に向けられた言葉だ。いつでも切り捨てると、そう捉えられる発言だった。
「……行くぞ、おいスライムもどきはやく来い!」
 蒼い顔でズンズン行く偽勇者の背中を追って、四人が続く。地下三階から二階へ向かう階段は一つだけだ。
 檻だけの空間で迷う事は無い。
「奴隷の皆さんに、最後の贅沢をあげたいのですわー」
 ただ一人、足を止めていたユゥリアリアが、男に言う。ヴェールの奥にある顔は窺い知れず、真意を探る事は難しいだろう。
 しかし。
「勝手は許されない。我々も、お前達もだ。二度は無い」
「そうですかー、残念ですー」
 そして今度こそ、奴隷を置いた六人はその場を後にした。


 地下二階は広い一室となっていた。そこは下と上の監視所兼、中継地となっていて、雑務の道具と簡易ベッドが複数、形だけのカウンターが設置されている。傭兵が二人詰めた状態が常だ。
 更にそこから一つだけの階段を上がって地下一階。
 そこは、買い手の待機場だった。小分けされた部屋の並びに通路が一つ。それから、地上階への階段が三つだ。
「楽しい勇者マツリが、人身売買に繋がる程のオオゴトになるとは」
「偽物が出回るのは世の常ですわねー。とはいえ、ただの偽物ならまだしも、粗悪品となれば……あ、と、失礼しましたー」
 一息を吐いたイグナートは、辺りに目を回しながら呟く。繋いだユゥリアリアの言葉は、偽勇者の口端をひきつらせたが、さておき。
「あまりこういうのは得意じゃないんだけど、やるしかないよね!」
 本番はここからだ。
「しかしどうしますか?」
 辺りには誰も居ない。が、囁きでシュピーゲルが問う。下にはもう降りられないし、上に行けば行動を開始しなければならない。
 ……女王様ならここら辺、うまくやるのでしょうな。
 ほう、と息を吐いて、ギフトである霊体を地上へ飛ばす。
「勇者さん、ここから上、不明のようで」
「役立たずついでに言うけど、親父さんを呼ぶのも紹介すんのも無理だからな! ハン!」
「アララへそ曲げ……でもそうなると、地道にキゾクの位置を探るしかないかな」
 改めて見るのは三つの階段だ。降りてくるときに使ったのが向かって右で、残りは真ん中と左端という配置になる。聞いた話、それぞれが目立たないよう外に繋がっているとのことで。
「つまり買い手用の出入口ってわけね」
 マリアが言うように、表にしたくない存在専用の場所なのだろう。
「外に直結ってことなら、行く道は一つね。囮の皆も心配だし、ここからは迅速かつ、静かに行きましょう」
 頷き合い、段差に足を掛けて昇る。
 この先は、巡回の傭兵を避けつつの探索だ。
 備えは心許ないが、その意気は高く。
「みんなやる気いっぱいのようまし、なんというか、館の主が少々不憫に思えてくるね」
 ロロンのそんな苦笑いが、最後にあった。


 檻に取り残されて暫く。三人は、バレない様に視線のやり取りをしていた。動くべき時は仲間が知らせてくれる筈で、その時が来るまで自分達は無力な奴隷を演じなければならない。
「っ」
 例え、乱暴されたとしても、だ。
「おい、あまり汚すなよ、価値が下がる」
「手はださねーよぉ~」
 詰め寄られているのはネーヴェだった。一人用の小さな檻に、図体の大きい番兵が入り込んだ状態だ。
 舐め回す様な視線を這わせる顔は、醜く欲望に塗れている。
「ちょっと、なにしてんのよ! 今すぐ離れなさい!」
 制止するリアの行く手には鉄柵が嵌まっていて、どれだけ叫び、力を込めたとて、そこから先には行くことは叶わない。
「思うんだけどよ~おまえ、自分より他人がなぶられている方が苦しいってタチだろ~?」
 振り返る番兵は笑う。
 遊んでいるのだ。
 雇い主に咎められないギリギリのラインで、奴隷を使って嗜虐心を満たしている。
「最低な癖に臆病なのね」
「はあ?」
 と、静かな挑発があった。ネーヴェの隣、騒ぎを一歩引いた気持ちで見ていたアルテミアだ。
 檻前まで歩み寄った彼女は静かにリアへ視線を向けてから瞳を閉じる。
「私でも彼女でも無く、小柄で非力そうな相手を選ぶ辺り……そうだと思われて当然でしょう」
 解りやすい挑発に、しかし番兵は不愉快を覚える。浮かべていたゲスな笑みを消して、アルテミアの檻へと向かう。
「あの勇者――不正な選出で祭り上げ、その裏では奴隷売買を行うここの貴族も。その私欲にあやかろうと集る貴方達も。到底許す事な、どッ」
「うるせえな」
 そうして、続けられる煩わしい批判を止めるべく、大きい掌を隙間に通して、彼女の首を鷲掴みした。引き寄せて柵へ乱暴にぶつけ、躊躇いの無い暴力を与える。
「おいよせ、死なせる気か」
「構いゃしねーよ、売り物一つ壊す位……!」
 みしり、みしりと骨の軋みが地下に響く。
 見守るしかない者達が、本当に命に関わるかもしれないという危機感に焦る中。
「ふ、た、りと、も」
 アルテミアは微かに笑んでいた。遠くなりそうな意識を引き留めて、遠くから近付いてくる音を感じ取り、自身を掴む番兵の腕を抱えるように握る。
「今――!」
 瞬間、風が吹き抜けた。
 階段から一直線に、最奥へと至るその風が、囚われの乙女に自由を与える。
「な」
 すなわち、その手に武器を。
「にィ!?」
 与えられて即座に動くリアとネーヴェ。特に対面にいたリアは、銀の剣を二度閃かせて檻を破壊し、即座の踏み込みで跳ぶ。
「その手を離せぇ!」
 番兵へ向かい、宙へ浮かせた身体を引き縮めて溜めを作る。アルテミアを掴み、また捕まえられていた標的は逃げる術を完全に失って、
「ぐキャ」
 後頭部にぶちこまれた蹴りが顔面を鉄柵にめり込ませた。
「実力と言いましたね」
 下を潜り抜ける白の一陣が、男に向かう。両手を緩く広げて行くネーヴェだ。初めに言われた力を改めて示す様に駆け抜けた彼女は、腕に着いた血を振り払う。
 同時に、ドシャ、と男がうつ伏せに倒れ、血の海を作った。
「ひ、人を殺した、のか?」
「……いえ、致命傷ではないでしょう」
 入口から恐る恐る顔を覗かせた偽勇者の問いに答えて、一息を吐く。非殺傷かと言われれば否ではあれど、ネーヴェにそのつもりはない。
「少し待たせ過ぎてしまいましたわー」
「いえ……ケホッ、んんっ。良いタイミングだったわ」
 少し青ざめた首を摩って言うアルテミアに、ユゥリアリアは事前に預かっていた装備を手渡す。
「無茶し過ぎよ、全く。それで、目標は?」
「それは移動しながらでー、急がなければならないのですわー」


 脱獄が為される少し前。ユゥリアリアを送った四人は一階から二階へ上がる探索の途中だった。
 探索と言っても、ロロンとシュピーゲルが壁抜けからの目視確認で探すと言う、地道な作業ではあるのだが。
「傭兵、少なかったね」
 囁きのマリアに、頷きだけが返ってくる。屋敷を巡回しているという敵の数が、一階部分で少なかった事も二階へ上がる判断の一助となっていた。
 加えてもう一つ。
「逃走に使えそうな出口も、少なかった。だよね?」
「そうですな、妖精を張り付かせてはいますが……」
 目標は、有事の際、いち早く逃げると言う。そういう手合は、逃走手段を複数用意しているのが多い筈だ。
 ……と、思うんだけどね。
 確証は余り無い。もう少し確かめる術があれば良かったのだけど、と、階段先をクリアリングするイグナートは内心で呟き、
「傭兵が歩きマワッテいるよ」
 左右へ別れた廊下。その両端に、規則的な歩きをする傭兵が見えた。そこから更に曲がり角が続く先へと、それらは消えていく。
「どうする? またすり抜けで見てこようか?」
 と、ロロンが提案した時。
「お前達そこで何を」
 階段下からの声に、イレギュラーズの動きが固まった。
 巡回の傭兵だ。
「侵入者――ッ」
 応援を呼ぶ声はしかし、口が開くより早く塞がれる。閃光の様な挙動で間合いを詰めたマリアが、素早く背後へ回り込んでいた。
「装甲、展開」
 一瞬遅れてシュピーゲルの本体、その右腕部が部分展開され、相手の身体を握るように拘束。
「こっち、空き室だよ」
「今ならダレもいない、ハヤク!」
 ロロンが見つけた部屋の扉をイグナートが開け、そこへシュピーゲルがマリアもろとも放り投げる。危なげ無く着地をして、扉を閉めて一息。
「少し、お話をしようか。気は進まないが、聞き分け良くする方法には心得があってね?」
 マリアの囁きが、怯える傭兵の耳朶を後ろから打つ。じりじりと、正面から距離を詰めてくる三人の迫力に彼は――


 いつも通りの職務中。それは気心の知れた仲間と過ごす、不変で退屈な警護の時間だった。一階にはよく身なりの良い、家柄も有りそうな人物が出入りをしているが、こちらとの関係は無い。
 雇い主は二階で1日の大部分を過ごすし、地下が有ると言ってもそちらは管轄外で、自分でさえ無断で立ち入れば即座に処断されるから尚更だ。
 だから、今日も暇だと、彼はそう思っていて。
「んあ?」
 曲がり角を曲がった目の前に男が居た。知らない顔だ。誰だ、と思うより先に、排除しなければと判断する。腰の得物に手で触れ、
「遅いよ」
 激痛に襲われた。頭から股間をなぞり、全身に広がる衝撃だ。意識を飛ばし、痛みで引き戻される地獄にのたうち回る。
「行きます」
 そんな彼を飛び越えて、壁を蹴りながら方向転換して進むシュピーゲルの前方に、巡回の傭兵が集まってきていた。
「戦闘機動構築開始――動作正常」
 ト、トン、とステップで更に前へ、ふわりと跳躍。
「いくよSpiegel」
 包み込むような光と共に現れた巨体が、そこへと突撃した。天井に引っ掛からないようにと前傾姿勢で加速し、その速度を丸ごとぶつける形で蹴散らす。
「もう少し、ですわー」
 だがその後ろ、左右の部屋に忍んでいた傭兵達が飛び出してくる。続いていたユゥリアリアを狙っての斬撃が行き交う。
 一閃に腕を斬られ、身を躱しながら一歩を後ろへ。
「まあ君達にも営みってあるだろうけどねー。でも、気遣いはしないよ」
 代わりに出たロロンから放たれる、無数の棘に似た氷槍が集団を壁に串刺しする。そうして開けた道の先へ、ユゥリアリアは流れた血を介して氷の槍を精製。
「通しますよー」
 振りかぶって投擲した。それはシュピーゲルの横を通り抜け、立ちはだかる傭兵の一人を弾き跳ばして、両開き扉へと突き立つ。
「あそこね……!」
 部屋の前だ。その先へ行かせまいと、護衛がいる。
 そこが、貴族が引き籠る居室だ。
「アイツはあたしが」
 武器を構え、防御の体勢を取るそこへ、リアが行く。剣を両手に握り締め、強い踏み込みで溜めを作り、弾き跳ばすようにフルスイング。
「ブッ飛ばして押し通る!」
 無防備になった扉に、アルテミアの一撃がぶちこまれた。それは丁番を引き千切りながら室内へ飛散し、中に居た人物達を驚かせる。
「お前達は」
「――行って!」
 三人だ。重装の二人に隠れて恰幅の良い男が一人。
 標的だ。
 完全に守りを固められるより速く、白の影が隙間を抜ける。
「ルールを、破って、不正を行って、のし上がろうなんて」
 ネーヴェの爪が貴族に届く。
「反省して、頂きます!」
 鋭い一撃を見舞われた貴族は、吹き飛んで窓ガラスを突き破って外へ。
「ちょ、やり過ぎ」
「いいえ、逃げられました!」
 外は庭園だ。攻撃に合わせて自分から飛んだ貴族は、柔らかい花壇の土へと身体を埋めさせた。
 ……逃げられる。
 貴族も、イレギュラーズも、誰もがそう思った。一般解放されたそこには観光客もいて、紛れ込まれたら捕まえる事は不可能だ。
 だが、誰もが想像もしない虎の尾がそこにある。
「は?」
 踏んだのは貴族。踏み出した足に伝わる可笑しな感触に下を見れば、そこには縞模様の動物がいて、怒りを込めて睨んでいる。
 そして後退る貴族に、俊敏な動きで一撃を見舞った。
「とらぁ君!?」
 尻餅を付く貴族の側に、マリアとロロンが飛び降りる。どうやらマリアの知り合い(?)らしいその虎は、一声唸るとマリアの足元にすり寄った。
「で、どうする? けっこー強引にやってたみたいだけど、まだ逃げる?」
「おっと、護衛が来るなんて期待しないことだね。仲間が抑えてるから」
 逃げ場を完全に失った貴族は、へなへなと倒れ伏す。
 こうして、なんとか勇者総選挙の不正を暴いたイレギュラーズは、元凶を捕らえたのだった。


「念入りに証拠を消してるみたいね、あの貴族。じーさん経由で入ったのにこれじゃあ……」
 後日、リアは件の屋敷に居た。閉鎖された敷地内には、とあるコネを使って入っている。目的は、人身売買取引の帳簿やメダリオンの入手経路を探る事。
「だぁからねーって!」
「っさいわねぇ」
 道連れは偽勇者だ。文句は言いつつ、反省の色は見える。
 とはいえ。
「貴方、今のままで居たい?」
「あん?」
「別に良いけど、それなら二度とあたしの前に顔出さないでください」
 向き直り、目を見る。
「でももし変わりたいなら、セキエイのスラム街、自警団の連中にあたしの名前を出して行きなさい。そして、入れて欲しい、って伝えるの」
 いい?
「誰かの力になって、人に感謝される生き方も悪くないのよ。人手不足だしね」
「……ハン、お人好しが。やってやるよ、その仕事」
 呆れた様な笑みの偽物は、本物を前にそう言った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

参加ありがとうございました。
またどこかで、よろしくお願いいたします。

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