シナリオ詳細
クレバスの狭間、氷谷にて出会う
オープニング
●挑戦
日差しが雪の上に反射して、きらきらと輝いていた。
どこまでも白い雪原の上を、狼たちが駆けていった。
どことなく童心にかえれるような、冒険心をそそる日だとラグナル・アイデは思った。
そりが小石をはねたが、勢いがあれば、そのような障害はなんてこともない。べきりと、枝が折れた。構わない。進みたい。
「いいか! 今日はスピード上げていくぞ!」
ウォオオン、と、先頭を走る2頭の狼。ベルカとストレルカが短く答えた。その勢いにつられて、若い狼たちもボスに従っている。イレギュラーズと会ってからというもの、妙に従順というか。
……楽しそうだ。
「ま、のんびりと……なーんて、普段の俺なら言うんだけどなあ。負けるなよ! このペースで行こう!」
雪原は未踏、降り積もった雪には今なんの跡もない。
ラグナルが追っているのは、実際の”誰か”ではない。いわば、レースの「ゴースト」のような影。透明な目標だった。あの自由な獣が躍動したように、自分もそうしたかった。イレギュラーズたちがなんなく谷の裂け目を通り越したように、ラグナルも跳びたかった。
裂け目が見えた。難所だ。
「よっし、曲がるぞ!」
ラグナルは手綱を引き、身を引き締めた。このままのスピードで曲がりたい。
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)がそうしたように。
「あいつらができたならできる……できる……できる!」
スピードをほとんど落とさずにそりが曲がった。やった、追いつけた、と思ったのもつかの間。
犬そり――いや狼そりから、ラグナルは思い切り放り出された。
「いってえ……」
そりに乗るにはコツがいる。一朝一夕でできることではない……はずだ。レクリエーションといえ、だ。あれだけのスピードを出せるものだろうか?
狼どもの信頼を得、あのスピードを出してくるイレギュラーズという存在はいったい何者なのだろうか。
「あーあ、熱くなっちまった。やめとこ。本気出したっていいことなんにもないぜ」
酸っぱい葡萄に対する負け犬の遠吠え。だったが、体がほてっている。僅かな高揚感があった。好きだな、この風景が、と思えた。
ラグナルが復帰する間、狼たちはじっとラグナルを待っていた。
●一人前の試練
「で、ここかあ……例の谷は」
いつの間にか、吹雪となっていた。
目の前に広がるのは氷の谷だ。入り組んでいる谷底の一本道。足を踏み入れれば、ぽきりと氷のつららが折れた。
谷への吹雪はさえぎられてかすかなものだが、こうやって誘い込み、人を襲うのだ。
邪精、ウェンディゴどもの重々しい気配がある。
「にしてもさ、1人で魔物退治しろって、親父殿は?」
自分一人の声が、洞窟に響き渡った。
親父殿は、「この洞窟の、起きだした魔物をぜんぶ仕留めてくるまで帰ってくるな」、との仰せである。
「ウェンディゴ退治? 一人で……? マジで?」
ノルダインの熟練の男たち10人でやるような仕事だ。そう反論すれば「狼がいるだろうが」と返された。
ラグナルは冗談だと思って笑って流していたが、放り出されてこのありさまだ。期待されているといえば聞こえはいいが――。スパルタにもほどがある。
『イーヴァル(兄)ならばできた』とのおおせだった。
さすがに帰ってくるなと言うのは冗談……だろう。そう思ったがふうとため息をついた。
「……いや、あの目は本気だったな。俺まで死んだらどうするんだよ……」
狼たちを振り返る。
「オオオオ」
「オオオオオ」
ぐわり、重々しい気配がのしかかってくる。輪唱のように、それは何度も続いた。
「いや。ほどほどで引き返すか……」
●気配
「これは……魔物……」
雪解けに伴い冬眠していた魔物が動き出す様子を、エステル(p3p007981)は感じ取っていた。記憶はおぼろげでも、確かに感覚は覚えている。
なにかが起こると、ざわめいているのだ。
「そうね、精霊達が騒いでるみたい」
居合わせたジルーシャ・グレイ(p3p002246)はざわめきに耳を傾けた。
獣の声がする。まるで助力を乞うような声だ。そして、懐かしいにおい。
- クレバスの狭間、氷谷にて出会う完了
- GM名布川
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年04月26日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●救いの手
谷の底とは違う、冬の気配。
気を張ったラグナルとは対照的に、狼たちは警戒を緩める。
やってきたのは、イレギュラーズたちだ。
「ハァイ、元気そうね」
「ラグナル様と狼様たち、またお会いしましたね」
『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)とエステル(p3p007981)。既に見知ったにおいに、若い狼たちが駆け寄っていった。
リーダーの二頭は、黙って背を伸ばす。
「それにベルカたちも。アタシの香り、覚えていてくれたのね」
「リーダーですし、他の子は後で、活躍を期待しますよ?」
エステルがしゃがんで、ベルカとストレルカの顎を撫でた。
さらに、若い狼たちは新しい匂いを嗅ぎつけた。
「初めまして。エルです」
この冬の気配は、『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)のものかとラグナルは知った。
「ラグナルさん、狼さん、よろしく願いします」
エルはぺこり、と頭を下げる。
「魔物退治ですか?」
「いや、まあ、親父に言われてなぁ……」
「ノルダインも無茶をしますね……狼様たちがいるとはいえ敵も群れではないですか……」
「なあ」
「どうしてここがわかったかって?」
ジルは指先を唇に当て、悪戯っぽく笑う。
「フフ、精霊たちが教えてくれたのよ♪」
ジルが手を伸ばす。手には精霊の竪琴。大地に根付くドリアードの祝福は、この地の精霊たちを呼び寄せる。極寒の地においても、地面は柔らかな熱を持っていた。
「……って、今はそんな話をしている場合じゃなさそうね。アタシたちも手伝うから、アンタとベルカたちの絆を見せつけてやりなさいな!」
「おっ、助かるが、それでいいのかい?」
「はい。エルは、ラグナルさん達の、お手伝いを、頑張ります」
「はじめまして。ノルン・アレストです」
『願い護る小さな盾』ノルン・アレスト(p3p008817)は折り目正しく挨拶をした。
「今日はラグナルさんのお手伝い、ですね。
もちろんです。……それを抜きにしても倒さないと周りに被害でちゃいますし、がんばります!」
アレストは真剣な顔で谷を見つめている。
しっかり厚着をしてきているが、覗く耳は、寒さで少しだけ赤かった。ふるりと身を震わせる。
「被害って……ここに住んでるって訳でもないだろうになぁ」
助けを求める前に、手を差し伸べられている。打算もなく、ただ、それが当たり前であるように。
……さて、これはずいぶんラクになりそうだぞ、と内心思った時。
「ノルダインにしては随分と軽薄でありますね」
背筋がぴしりと伸びるような、『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)の声。
「あ、ええと……」
「手伝えと言うなら手伝ってやるでありますが、全て任せてしまっては貴方も立場がないのでは?」
「ひいっ!」
「何が言いたいかって死なない程度にフォローしてやるからケッパレってんだよオラァ」
「スミマセン! 気張ります! ハイ!」
「やる気あんだろうな? アア?」
「……ボクも、頑張ります」
じぶんも頑張らなくては、と、『特異運命座標』ルリ・メイフィールド(p3p007928)はちいさく頷いた。
(ラグナル……おとこ……アリス、特に興味……無い……)
『蕾の蜘蛛』アリス・アド・アイトエム(p3p009742)はラグナルを一瞥し、ふいと目を背ける。
アリスが大切なのは、ひたすらに女の子である。彼女たちの柔らかい肌に傷を付けてはいけない。
そして。その気配に。
狼たちは、――若い者たちまで、すっと背筋を伸ばした。
白い雪原に、黒いたてがみが影を落す。
「よう。ベルカにストレルカっつったか。どうだ。てめぇらんとこの大将はちったぁマシになったか?」
『月夜に吠える』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)が、彼らの言葉で狼に話しかける。リーダーが歩み出て、情報を交わした。
「……変化はあったが、まだ物足りねぇ、って感じか?」
彼らの言語は、ラグナルには分からない。
向かうからには、おそらくは、ルナは了、の返事を返したようだ。
「……俺も、らしくねぇな。長にもなれねぇ一介の獣風情が、他人の群れのことなんざよ」
ラグナルはあの黒獅子に追いついてみたいと思った。……本当の意味で。
●氷の谷
エルの回りを、風が吹いた。
優しい風だ。
氷のつぶてが舞い、手を差し伸べれば小鳥が留まる。
「よろしく、おねがいします……」
桃色と水色の鳥が、交差して飛び去っていった。
「それにしても、氷の谷って、すごいですね……寒いけど、綺麗です」
アレストは、何度か足場を確かめて、それから頷いてすいすいと登った。しっかりした靴を履いてきているせいで、すべらない。
「ほんとうに、絶景ね」
小さな風が、びゅうびゅうとジルの頬を撫でた。
(ヴィーザルの雪解け、それは魔物との闘いの幕開け。
この緊張……記憶はなくとも、体が覚えているのでしょうか……?)
エステルは、戦いの予感を感じていた。
ルナは太陽石を模した石を握りしめた。
ここは一直線。
うしろには、狼たちがついてきているはずだった。
狼たちの機動力は、この地形では生かしづらいことだろう。しかしそれは、ルナもそうだろう、とラグナルは睨んでいたのである。
とれる選択肢は少ない。
……そう思っている。
狼たちが、こちらの動きを注視している。
期待に満ちた目。
次はどんな動きを見せてくれるのか?
たしかに、この前とは状況が違う。けれども……。
(それでも、そこらの雑魚共の足じゃおいつけねぇぜ?)
ルナは加速する。
ウェンディゴだ。
鋭い斬神空波が空間を切り裂いた。
首を切り裂かれ、ウェンディゴがあっけもなく倒れた。速力は、威力に変えられて勢いよくぶつかった。
だが、まだいる。
壁を蹴り、ルナは離脱する。
いや、道を空けたのだ。
(ボクに、誰かを守る力をください)
アレストは、左手に巻いたスカーフに手を添えて、軽く撫でた。――大切な両親の思い出が、いつだって力をくれる。
それから、アレストは飛び込んだ。
前に、前に出る。輝夜を翻し、まっすぐな号令を放った。
クェーサーアナライズ。
凜とした声。
「……女の子、守るから……」
アリスが、果敢に名乗りを上げていた。凍てつく吹雪にも負けずに、ウェンディゴの攻撃を受け止めた。
一瞬の出来事だった。
……ああやって動けたら!
武勲を焦り、ラグナルはかけ声をあげる。
空間が揺れた。
エッダの榴弾拳が炸裂する。浸透する打撃の連打。
(なんだこの威力……!?)
「後ろが、おろそかでありますね」
エッダは、降りかかる火の粉を払うのみ。
だが、無理な侵攻ではぐれた狼が今の一撃で追いついた。
続く、エッダの雷神拳。回転する打撃。スパークをあげて拳はめり込む。
魔術か、それか火薬の仕込み武器か。あまりにもあまりな威力に、ラグナルはその原因を探ろうとしていたが、トリックはない。錬鉄徹甲拳がそれを可能にする。
「……ありがとう……」
この一撃で、アリスを狙う敵が倒れた。
「いえ。光栄です」
余裕が出来た。敵の攻撃ひとつぶん、浮いた体力でアリスがやることは――より前に出て「盾になる」ことだった。
彼女たちを傷つけたくない。
「エルは、がんばります」
パーフェクトフォーム。しゃきーんと、きらきらとかがやく雪の結晶。
エルは距離を保ちながら、冬のおとぎ話をつむいだ。
冬は、分け隔て無く等しく訪れるものだ。
気温が下がった。
けれども、あたたかい。
冬は、飢えの季節だ。
だからこそ身を寄せ合って、群れで生きる。狩りをする。
ラグナルは、このあたたかい寒さに身を任せて良いのではないかと思った。
エステルのチェインライトニングが走る。道が開けた。
「ラグナル様、狼様たちとまずは3体、お願いしますよ」
(……!)
エステルの声に、ラグナルは目標を見据えることが出来た。
ジルの竪琴は、レッスンを奏でる。こう弾いてごらんなさい、というようなガイドライン。音が遊ぶ。
ジルの狙いは撃破ではない。
「そもそもラグナルが任された仕事なんだもの。
アタシたちに美味しい所を持って行かれたんじゃ格好つかないでしょ?」
ウィンクだ。
このひとときの間に、ラグナルはいくつもの判断ミスを犯していたが……。
「……大丈夫よ。背筋を伸ばして、深呼吸して。ベルカたちが信じるアンタを――他の誰でもない、アンタ自身が信じなさい」
ぽん、と背中を叩かれれば余計な力が抜けた。指示を待つ狼たちの様子が分かる。
「……このまま! いくぞ!」
ルリは慎重に戦況を見定める。
今は、攻めるとき。
(……援護します)
魔力変換術式を、一段階解除する。あふれた魔力が充填される。
高らかな雷が、ラグナルたちの横を抜けていった。氷に反射し、3体のウェンディゴが膝をついた。
(……獲物を譲って貰うなんて、カッコ悪いが……)
「いくぞ!」
狼が、獲物の喉笛を砕いた。……獲物を倒す手応えがあった。
●レッスン
(まだ、視野が狭いな)
ルナは言葉にしない。手本を示すだけだ。
狼たちには見えている。
――アンタは、どうだ?
ラグナルに問うた。
近寄ってきたウェンディゴを、エステルは術式で迎え撃った。ソウルブレイク。至近での一撃が、虚をついた。
「すぐに治します。少しだけ我慢して下さいね」
アレストのブレイクフィアーが、心を奮い立たせていた。
「大丈夫だ、いくぞ!」
援助の甲斐あって、ラグナルは敵を倒せている……が、まだだ。まだ、何かが足りない。
「ラグナル殿の指示があれば積極的な戦闘もやぶさかではないでありますよ?
お一人でこなすべきお仕事なら、そうすべきかと」
「ぐ……いや」
(みんな…守る……)
アリスの決死の盾が、エッダを守った。
どうしてそんなにためらいもなくと思う。イモータリティーで傷が塞がったとしても?
ルリは位置を確かめた。
防御を頼りにして、再び、魔力変換術式を発動する。
チェインライトニング。仕留めようとしてのものではない。
ウェンディゴらが雄叫びを上げる。
ポジションを保ち、任せる。
これは、群れだ、と欠片だけ理解する。
●氷の鳥が現れた
舌打ちしたいような気分だ。
ルナは、ヒントは与えてきたつもりだ。
ルナは大きな獲物の気配に気がついていたし、やることは変わらない。撃破だ。
空の住人と共に生きる者。
速力に乗って、空間を切り裂く。
ぐんぐんとギアを上げ、道を開いた。
名乗りを上げる。
距離が必要だから、ためらいはなく。
斬神空波が鳥の翼をとった。距離をとられる。それはさせない。
手応えを感じていた。
けれども、何かが羽ばたいていた。
吹雪の吹き付ける先。
「もっと大きいのが、……来ますね」
エルは、桃色の鳥の視点からそらをみる。
水色の鳥が合図して、目の前に視界を移す。
「ええ。……精霊が騒がしかったのは、このせいね」
ジルもまた、それを予測していた。
「あれは……」
おおきな、怪物。
先ほどまでは一人でなんとかなるさ、と思っていたラグナルは、一瞬にして「あれには勝てない」、と悟ってしまった。
「どうされましたか?」
しかし、エッダは備えていた。奇襲。不意の遭遇戦。
そのような状況の変化など、戦場においては日常茶飯事である。
「何を動揺していらっしゃるのです?」
「ど、どうって……」
榴弾拳をぶっ放し、エッダがしれっと言ってみせる。
「アリス……コッチ」
アリスは引かない。
「……守る……」
個々の役割だ。
「飼い犬が武器と許されるならば自分のこともそうなさいませ。
群れの頭目に必要なのは腕っ節ではなく気迫であります」
エッダがしれっと言ってのける。
「自分に着いてくれば勝てると思わせる意志の力であります」
今必要なのは適切に戦力を配分するコントロール。勇敢に飛び込んでいくことは、しない。しなくていい。
「別に自分らで倒してしまってもいいでありますが、どうも見てられんので少しだけ殻を破るのを手伝ってやろうと言うのでありますよ。
さあ、命令を。ご主人様」
「……頼む。手を貸してくれ!」
「あんたはすげぇな」
地上に残った、ラグナルが漏らす。
届かない。諦めて防御に回るつもりだった。
「……あん?」
黒獅子はゆっくりと動きを止めた。攻撃を避け、いちど息を吐いた後、いつものけだるげな様子ではなく真剣な声色となった。
「……狼の長、戦士ラグナルに、問おう。
貴殿が目指すのは、強い個か?
洗練された群れか?」
「……!」
身の毛が逆立つような真剣さ。ひれ伏したくなるような王。
「狼。
ソリ。
乗り手。
その集合を一心同体の個と捉えるか。
精強なる個が集いし群れと捉えるか。
あるいは、その両者か」
「俺は」
獅子との邂逅は一瞬のこと。
「……あとはてめぇ次第だ」
そして、ルナは背を向けた。
(……)
気がつかなければこぼれ落ちていくまでのものだった。
再び、獅子は空へと向かう。
ラグナルに見せるのは個の強さ・速さのみにあらずだ。
連鎖行動、それによる群の動き。
役割分担。
必要な時に身体を張ること。
(俺より強ェ奴はいくらでもいる。
俺より速ェ奴もいる。
カリスマなんてもんはねぇ。
目指すもんを間違えんなよ)
頷いた。
やっぱり思うのだ。
少しでも追いつきたい……と。
「大丈夫ですか、ラグナルさん」
「ああ」
大丈夫……ではなかったが、やせ我慢しなくてはならないときがある。今だ。
ルリのライフアクセラレーションが、生命力を充填する。ラグナルを庇って、傷ついて。思わずひるんだ。
「このくらいなら大丈夫、です」
すまない、と謝りそうになった。歯を食いしばった。
「ありがとう……行くぞ!」
ルリのミリアドハーモニクスが広がる。やぶれかぶれだ。頼ってばかりだ。けれども、この場に立ちたいと思ったのだ。
エステルの魔砲が、空を切り裂いた。この状況に素早く適応する。
「ところで飛ぶ鳥に対しての手はありますか?」
メガヒール。またしても、援護。
「弓がある。狼は……そうだな。狼には、落とさにゃならんか」
「了解です。深追いは禁物ですね」
「観客気分などつまらないでしょう。降りて来いよ!」
エッダが煽る。
距離があるはずだった。だが、そんなことも踏み倒してその一撃は思い切り鳥の横っ面を張り倒す。
魔神拳。
雷鳴が鳴り響いた。
「ありがとう、いくわ」
ぽたりと、白い雪に何かがしみこんだはずだった。けれどもその色は雪に溶ける前に。
ジルは香りに己の血を溶かし、獣に似た『何か』と一時的に契約する。
狼たちは立ち止まる。アレに触れてはいけないと理解してるからだ。
「よそ見している暇があるかよオラァ!」
エッダの夢想拳が、氷鳥にたたき付けられた。
ハウリングシャドウ。影に潜んだ 《リドル》が浮かび上がった。
ルリのハイ・ヒールがアリスを癒やす。
「アリスさんが……立ってくださるように。ボクも、守りたい……!」
「氷鳥、さん」
ピューピルシールが、羽ばたく鳥をゆっくりと降下させていった。よく、狙って、一撃。当てられるものだと舌を巻いた。
敵の高度がぐんぐんとさがっていった。
「……」
アリスはうつむいた。怪我。
(……盾のアリスが…貧血で倒れる…一番ダメ……けど……)
たらたらと落ちる血液は、奇妙に糸を描いた。
Skillful・spider。鳥の脚を絡め取って、引きつける。
「のろい……でも……重い………」
「だけど……アリス……ヤられない……! 後ろに……女の子……いるから……」
冷たくてツルツルの足場――空に逃れられないのであれば。
崩せばいい。
レジストクラッシュ。体制をぐらりと崩させる。
倒れてはいけない。仲間のために!
「エルも、あげます」
生命力を凍らせて、エルはつららを呼び出した。
びっしりとはえた氷の棘は、エルの生命力を糧に生み出される生き物。
砕け散る氷柱。
続けて、エルのファントムチェイサーが敵を追った。
「大丈夫、まだ動けるでしょう?」
ジルの号令が、またしてもすっと頭に通った。
「ね、皆で力を合わせて大きな敵に立ち向かうって、何だかワクワクしない?」
「この状況で、か? そうだな……頼り切りで本当にこんなことを言うのもかっこつかないんだけどなぁ……」
楽しいと、思っていた。
やっぱり、楽しい。群れで戦うことは。
エステルのチェインライトニングが、辺り一面を照らす。
狙いを定めて。
「そう、狙いを定めて……」
紫香に導かれ、影が氷の鳥の足下を覆い尽くした。黒き獣は影より来たる――。
「ラグナル、さん」
「トドメだ!」
号令が響いた。それはすこしわざとらしい。けれどもそうすると決めた。
喉笛に食らいついた。
「みんな……無事?」
ルリのサンクチュアリが傷を癒やす。安心すると泣きたくなった。
エッダは服の雪を払った。
「フロールリジの槌には些か役者不足な敵でありましたね。
これならばラグナル様……。今の貴方の方が闘って楽しいかと」
「ぎえっ……いやいやそんな」
「冗談でありますよ」
今は。ね。と、ぼそりと続けられる。
離れてから、じわりと汗が滲んだ。
これは、ホンキだ。
「! 危ないです」
アレストの警告で、つららを避けた。
全て倒しきったところで、ようやく一息だ。
「なんとか、終わりましたね……」
アレストは笑顔で、指先でしゅるりと一度スカーフを撫でた。良い報告が出来そうだった。
「ギブアンドテイクですね」
エステルはふわふわと狼を撫でる。
「大分ラグナル様の言うことを聞くようになりましたか? 頑張りましたね」
エルはそっと、羽を拾い上げた。
「これを、ラグナルさんが、氷鳥さんを、倒した証に、してください」
「ありがとな。これで親父にどやされずに済みそうだ」
ラグナルは、この人たちの助力をどう伝えるか迷っている。少し情けない。けど自慢したかった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
氷の谷での戦い、お疲れ様でした!
素敵な共闘、と呼ぶには、素敵なレッスンをありがとうございました。
狼たちとラグナルの間にも、ちょっとずつ変化があるようです。
GMコメント
●目標
氷谷の魔物退治
●敵
ウェンディゴ……×10程度?
谷に住み着き、人を襲う邪精です。長く伸びた手足をもった、毛深い生き物です。
力任せで狂暴です。動きはのろく、一撃は重めです。物理。
氷鳥<アイフィニ>……×1
3mほどの氷の鳥です。氷の彫像のような形をしています。この谷の主であるようです。
ラグナルが予想していなかった敵ですが、イレギュラーズたちは慎重に観察すると痕跡をみることができるでしょう。狼たちは気が付いているようで、上空に吠えています。
ラグナルの父親は、「あえて伝えていなかった」のだろうとわかるでしょう。
こいつが棲みついたことで、ウェンディゴが居場所を追われ、若干例年より狂暴化しています。ウェンディゴをある程度倒すと出現します。
逃げることはありませんが、距離をとって戦おうとします。飛行・神秘攻撃です。
●味方NPC
『峡湾の番犬』ラグナル・アイデ
「俺はラグナル。残念だが、仕事を終えるまで帰れないんだ……情けないな。手伝ってくれると助かるんだがな。この状況じゃ帰りも犬ぞりってわけにもいかねぇかなあ……」
狼の群れを率いている男です。ひょうひょうとしていて調子が良さそうなノルダインの戦士です。
父親から「魔物退治の依頼」を押しつけられたようです。
イレギュラーズに助けられたことがあり(『ノルダインの番犬』参照)、また、狼がなついていることからすっかり警戒も緩んでいるようです。
剣を持っており、ある程度は戦えるようです。しかし、むしろ、狼たちの方が強いのですが、いまいち上手くは指揮を振るえていないようです。
ほか、狼たちがいます。簡単な戦闘をこなします。ラグナルは、指示があれば従います。
●場所
ノルダインの峡谷、『氷の谷』
入り組んだ通路が、ほとんど一本の道となっている谷です。谷底を歩いていくことになるでしょう。
両脇には切りたった崖があります。ずいぶん高いです。
地盤は安定しており、戦闘で派手に崩れたりなどの心配はないでしょう。しかし、慎重に進むに越したことはありません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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