シナリオ詳細
忘却の彼方。或いは、飲めや歌えの大騒ぎ…。
オープニング
●等しく、全てを
鉄帝国のとある街で、年に1度、開催される祭があった。
澄んだ空気と水、豊かかつ険しい自然で知られる街だ。
周辺の山々には凶暴な獣が住んでいるということで、往来には危険が伴うと皆が言う。
けれど、しかし……。
時には命を落としかねない危険を承知で、訪れる者が後を絶たない。
なぜか?
それは、酒が美味いからだ。
危険を承知で、周辺の山々を開拓しないのも、すべては酒のためである。
美味い酒を造るには、それなりの環境というものが必要なのだ。
自然のバランスが崩れれば、酒の味も崩れるだろう。
それを理解しているからこそ、街の者たちは危険な野生動物も、険しい野山もそのまま放置しているのだ。
この街の酒は一般にはさほど流通していない。
なぜなら、外へ売りに行くのが大変だからだ。
街の酒を手に入れることが出来る者はひと握りの者だけ。
野山を自力で突破できた者にだけ、街の住人は酒を売る。
街に滞在している間は幾らだって酒は飲めるが、ボトルに入れて持ち帰ることが可能な量は1人当たりの制限があるのだ。
そのため中には、貴族や商人に大金を積まれ、酒を買いに来る冒険者もいるほどである。
さて、そのような街だが何も年中、ひたすらに酒を造っているばかりではない。
街の広さ、酒の保管場所には限りがあるのだ。
毎年のように酒を造っていれば、当然に保管場所は一杯になる。
そのためこの街では、大量のワインを消費し、蔵を空けるために年に1度“祭”を行う。
その内容を至極簡単に纏めるのならば「飲んで、かけて、騒ぐ」という辺りになるだろうか。
一説では「ワインは大自然の神よりもたらされたものだ。そのため、年に1度、自慢の酒を神へ納めることで感謝の意を示す必要がある」という古くから伝わる誰かの「言葉」をきっかけに始まった祭という。
街の住人たちが「名無しの飲んべえ」と呼ぶその誰かは、確かに昔、この街にいた。
けれど、彼の容姿も年齢も、どこから来て、どこへ消えたのかも、何も記録に残っていない。
皆が酒に酔いちくれ、彼のことを忘れてしまったのだと伝わっている。
その言葉を残した名無しの飲んべえ本人も、ともすると自分の発言を忘れていた節さえあった。
アルコールは、嫌なことも、大事なことも、等しく全てを忘れさせてくれるのだ。
ちなみにこの街には名前がない。
そちらもすっかり、誰もが酔って忘れてしまった。
さらに付け加えるのなら、
「酒は飲んでも、飲まれるな」
と、一般によく聞く上の格言を知る者も、この街にはただの1人もいない。
不思議なことだが、街を訪れた者は誰もが「酒は飲んでも、飲まれるな」という言葉を忘れて帰ってくるらしい。
●ワイン・ファイト
「酒は飲んでも、飲まれるな……この言葉をしっかりと胸に刻みつけて行くのです」
たぶん無駄だとは思うけれど、と。
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はそう言って、疲れたようなため息を零す。
「年に1度のお祭りの日……街で造られたワインの味は普段よりお遙かに美味しくなるのだそうです」
ユリーカは集まったイレギュラーズの顔を見渡し、囁くようにそう告げた。
ワインの味を想像し、頬を緩ませるものがいる。
呪い染みた忘却性の高さに、頬を引きつらせる者もいる。
祭の謂われに興味を抱く者もいる。
「と、言うわけで皆さんにはこの街へ向かってほしいのです」
すっ、と。
懐から1通の手紙を取り出して、ユリーカは言った。
「招待状兼依頼書……ですね。内容を要約するのなら“ぜひ祭を楽しんでくれ”と言った感じになるでしょうか」
差出人は不明。
けれど、依頼は依頼。
受けるか否かを迷いながら、ユリーカはこの街について調べたのだろう。
その結果として、どのような結果になるにしろ調査のために人を向かわせるべき、という結論に落ち着いたのだ。
「目的は、今年造られたばかりの酒を買って帰ってくることなのです」
街の立地としては南に森、北に山、西には川が流れている。
街の北と南には獣避けの高い塀が築かれており、出入り口は塀の各所にある通用口や、東側にしか存在しない。
今回は、東側から街に入ることになるだろうか。
また、街は東西へ長く伸びている。上から見れば、山の形状に沿って緩やかなS字を描いているようにも見える。
「街の造りは簡単なのです。山の麓川には酒蔵や酒屋、森側には民家がずらりと並んでいます」
それらを隔てるように、煉瓦の敷かれた大通りが延びている。
酒蔵の裏手や、大通りの端には用水路。こちらは酒造りや生活用水を確保するための設備であろう。
また、民家の裏手や間には、人が2、3人並べる程度の細い路地があったりもする。
「大通りの道幅はおよそ30メートル前後。街の各所には大小様々な樽が設置されています」
樽の中身はすべてワインだ。
今回の祭のために用意されたそれは、祭当日に限り使い道自由となっている。
飲んで良し、かけて良し。
どのように消費しようとも、最終的には“大自然の神”のもとへ奉納されるので何ら問題が無いということらしい。
ちなみに、樽の側面には製造年が記載されている。
今年造られた酒を手に入れるための目印となるだろう。
「街の住人たちはすっかり酒に酔っているです。中には、他所から来ている冒険者や荒くれ者もいますので、そういうのに絡まれれば戦闘が発生することも十分にあり得るのです」
また、テンションの上がった住人が戦闘に割り込んでくることもある。
街を歩いている途中、頭から酒を浴びせられることもある。
自慢の酒を勧められることもある。
なぜなら「今日、この日、この時」に限って、それはひどく当たり前のことだからだ。
明日になればどうせ全て忘れている。
ならば、普段は押し込めている暴力的な衝動を、この機に発散する者がいても不思議ではない。
「お酒を浴びせられたり、飲んだりしてしまうと【恍惚】【魅了】の状態異常を付与されてしまうのでご注意ください。まぁ、せっかくなので浴びるほど飲んで、前後不覚に陥るのも悪くはないかと思うですが……」
何事もほどほどに。
と、そう言ってユリーカは一行を睥睨した。
彼女は知っているのだ。
酒をしこたま飲み干して、記憶も何もすっかり失う者が多くいることを。
- 忘却の彼方。或いは、飲めや歌えの大騒ぎ…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年04月15日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●名もない酒を求めて
喧噪。
熱狂。
響く嬌声。それから怒号に笑い声。
辺り一面に飛び散った酒と、立ち込める濃いアルコールの臭い。
「ンフフ……ワインでございますか。古来より酒は薬として重宝されてきましたからね」
くっくと肩を揺らしながら『殺した数>生かした数』藪蛇 華魂(p3p009350)はサングラスを押し上げる。
血色の悪い肌の色。
サングラスの奥で、切れ長の目を細めた彼は通りの端から人混みを眺め、はて、と小首を傾げて見せた。
「……ところでこの空気、何やらロクな事にならない予感がするのですが、小生トンズラしても良いですか? 駄目?」
「駄目ですよ。まぁ、何とも妙な依頼ですが、依頼は依頼。しっかり終わらせましょう……それよりもっぱらの問題は……」
「小生たちが、仲間と逸れてしまったということですね」
どうしたものか、と顔を見合わせる『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)と華魂。そんな2人の背後から、満面の笑みで酒樽を抱えた老爺たちが迫り来る。
2人がそれに気づいたのは、頭から酒を浴びせられた瞬間だった。
鉄帝国。
名前の無いある山間の街で、当年産のワインを手に入れること。
それが今回の依頼であった。
「ワインを探せばいいのよね? 簡単そうなのに依頼が来るってことは簡単ではない?」
「少なくとも魅了や恍惚は厄介ですよね。BS回復できるのが私だけですし?」
「ん、大丈夫。アリスが、守る……酔っ払い…絡んできたら……追い払う……!」
口元を押さえ、人混みを進む『剣靴のプリマ』ヴィリス(p3p009671)。その後ろに続く『更なる縛りプレイを求めて』司馬・再遊戯(p3p009263)は、しきりに視線を左右へと彷徨わせていた。
そんな2人を護るように『百合蜘蛛』アリス・アド・アイトエム(p3p009742)は、近づいて来る酔っ払いへ剣呑な視線を向けている。
以上3名、今回の依頼に参加している未成年組である。
酒を飲むつもりはないが、とはいえ街はこの惨状。右を見ても左を見ても酔っ払いしかいいない環境。漂うアルコールの香りも相まって、飲んでも無いのに何だか身体も熱くなる。
「とはいえ、お酒はまだ飲めませんから……」
と、そう言って再遊戯はポケットから取り出した桃色の瓶を一気に煽った。ハートの模様が描かれたそれは彼女の持参した“ラブポーション”。
「媚薬ヨシ!」
「いや、良くはないでしょう……」
「大丈夫……都合いい……ぎゅっとする」
頬を上気させた再遊戯を見て、ヴィリスは頬を引き攣らせた。どうしてここでいきなり媚薬を煽るのか。そして、どうしてアリスはこれ幸いにと再遊戯に抱き着いたのか。
この世界には、理解できない不思議なことが多いのだ。
未成年組から僅かに先行した位置では『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が 酒樽に抱き着き、何事かを叫んでいた。
「ねえマリィ、一口だけならセーフですわよね?」
「駄目だよヴァリューシャ……今回はできるだけ飲んじゃダメなんだよ? 仕事が終わったらたくさん一緒に飲もう、ね?」
酒樽に張り付いたヴァレーリヤを『雷はただ前へ』マリア・レイシス(p3p006685)が泣きそうな顔で引き剥がしにかかっていた。
腕力に秀でた『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)も加わるが、酒への執念ゆえかヴァレーリヤは酒樽から離れない。
時は遡ること数分前。
街へ入った一行は、最初の艱難に遭遇していた。
「誰の依頼かは分からないけれど、きっと色々な思いを私達に託してくれたのだと思いますの。その思いを無下にするだなんてイレギュラーズとしてあってはならなあっちからお酒の匂いが致しますわーーー!!!」
酒の臭いに誘われ、ヴァレーリヤが駆け出したのだ。
マリアを先頭に一行はそれを追いかけるが、駆ける一団を一体何と勘違いしたのか、周囲の酔っ払いどもも追走を始めた。
笑顔で合流してくる酔っ払いの群れに飲まれて、華魂とオリーブが逸れたのはこのタイミングだ。未成年組がそのことに気づいたときには、既に2人の姿はどこにも見当たらなかった。
当年産のワインを確保し、持ち帰る。
依頼の内容はそれだけだ。
けれど、今、この街においてそれは異常なほどに苦労を伴う行為である。
●泥酔者たちは晴天に笑う
降り注ぐ太陽の光を浴びて、酒の雫がきらきら光る。
並々とジョッキに満ちたワインを、掛け声と共に振りまいたものがいたのだ。
「うおーーーーー、ワイン掛けでございますわーーー!!」
小さな口を目いっぱいに開いたヴァレーリヤは、空へ向けて口を広げる。
降り注ぐワインを、なるべく多く飲んでやろうという算段だ。
「飲みたいよね……仕方ないよね。うん、ひと口だけなら」
「あぁ、マリィ! 貴女ならわかってくれると思ってましたわ」
暖かな目をヴァレーリヤへ向け、マリアはそっと微笑んだ。
マリアの了承を得たヴァレーリヤは、酒樽の中へジョッキを突っ込み、たっぷりのワインをそれに注いだ。それから彼女は、腰に手をあて空を仰ぐと、ジョッキの中身をごっきゅごっきゅと喉の奥へ流し込む。
「あぁっ! ヴァリューシャ!?」
「マリィ、これはまだ一口ではございませんわ。一口とは、ゼシュテルの定義では頬一杯にお酒を詰めた状態を指しますの。だから、私にはまだ飲む権利がありますのよ」
ふぅ、と熱い吐息を零すヴァレーリヤの目は据わっていた。
「っ……逃げるわよ。ヴァレーリヤが酒を飲んだわ」
「え? BSなら回復できますよ?」
「それでも、よ。敵の攻撃よりも味方の攻撃の方が痛いもの。いえ、周囲の目もなかなか無視できない程度には痛いけど……」
「あぁっ……視線が突き刺さりますぅ」
じぃ、とヴィリスの視線が再遊戯を捉えた。
下着の上からエプロンを付けただけといった格好の再遊戯。酒でエプロンが肌に張り付き、なんとはなしに不健全な感じになってしまっていた。
「逃げよう……誰か追って来るようなら……糸絡ませたりして……足止めする、から」
手にした糸を地面に垂らし、アリスは言った。
その鼻からは、つぅと一筋、鼻血が垂れる。
「鼻血が出てますけど、誰かにやられました?」
「これは……違う」
と、そう応えたアリスの視線は再遊戯の胸元……張り付いたエプロンに透けて見える谷間の辺りに向いている。
「あれは……ヴァレーリヤさん? まさか、酒の飲んでしまったのでしょうか?」
「ンフフ、あの暴れっぷりはきっとそうでしょうね。あぁ、オリーブ様、ここはお任せしますね」
すい、と華魂が指さす先には酒瓶片手にこちらへ迫る巨漢が1人。
通りの隅に突っ立ったまま、酒も飲まず、騒ぎもしない華魂とオリーブを見かね絡みに来たのだ。
ちなみに持っているのは酒瓶だけ。グラスもジョッキも持っていないところを見るに、かけるか、ラッパを促すかをするつもりなのだろう。
まったくもって性質が悪い。飲酒を他人に強要するなど人道に悖る行いだ。
「え? いや、まぁ……ワインを浴びせてきたり勧められたりすることもあるとは思っていましたが。こういうお祭りですしね。それで、華魂さんは?」
「酒におぼれた患者様は即治療!! 小生、こう見えて医者ですので」
オリーブの手に小さな薬の瓶を持たせた華魂は、人混みへ向けて歩き始めた。
それは酔い止めの薬だろうか。
ふらり、とした動きで酔っ払いたちの襲撃を躱し、酒樽に抱き着くヴァレーリヤの元へと向かう。
自身の酒を取られまいと、近づくものをヴァレーリヤはかたっぱしから威嚇している。
「少々気がたっている様子ですが……えぇい、ままよ。大人しく小生の治療を受けなさい!!」
若干の恐怖を感じながらも、華魂は懐へと手を忍ばせる。
一閃。
抜き打ちの要領で投擲されたアンプルが、ヴァレーリヤへと疾駆した。
空気の唸る音がした。
カシャン、と軽い音を鳴らしてアンプルが砕ける。
空の酒瓶を振るうことで、ヴァレーリヤは自身に迫るそれを打ち払ったのだ。
そして、流れるような動作で酒瓶を投擲。
まっすぐに跳んだそれが、華魂の顔面を強打した。
人込みに揉まれ、時に誰かに背を踏まれ、ボロボロになった華魂がオリーブの元へと帰還した。鼻血に濡れた顔面を押さえ、華魂は小さく呻く。
「っ……撤退。戦略的撤退です。って、何ですか、これ?」
「いや、売られた喧嘩を積極的に買った結果といいますか……」
唇の端に滲んだ血を拭い、ワインを煽るオリーブは気まずそうに視線を逸らした。
彼の周囲には、気を失った男が数名伏している。
先ほどオリーブに絡んだ巨漢の姿もあった。どうやら華魂が場を離れている間に、アルハラは乱闘騒ぎへと発展してしまったらしい。
「味が良いのは救いですね。お酒の味は好きですが、酔うのは嫌いです。自分の制御が上手くいかない感覚が、何とも」
なんて、呟きながら飲みかけの酒瓶を華魂へと手渡した。
大通りから脇にそれた路地の中、ヴィリスたちはぐったりとした顔で壁に背中を預けて休む。
「結局びちょびちょになってしまったわね。でも、困ったわ」
一塊になったまま移動するという当初の作戦には、既に狂いが出始めていた。仲間たちの居場所こそ把握できているものの、合流するには些かに危険が大きすぎると判断せざるを得ないのだ。
溢れるほどの酔っ払いの中を、8人揃って突き進むなどそもそも無茶があったのかもしれない。
人混みを抜け、路地裏へと退避するのも一苦労だった。その証拠に、ヴァリスの全身は酒に濡れている。
「酷い目にあいました……」
酒に濡れた髪を片手で好きながら、盛大な溜め息を零す再遊戯。
道中、酔った冒険者に絡まれたせいでエプロンは盛大にはだけていた。なお、当の冒険者はヴァリスとアリスにのされて気を失っている。
「あー……とりあえず、回復しますね」
そういって再遊戯は、胸に手をあて歌を奏でた。
歌声に乗った魔力の光。ぱっと周囲に飛び散って、ヴァリスやアリスの傷を癒す。
その歌声に誘われるかのように、路地の方へと歩み寄って来る影が1つ。それは赤い顔をした女性であった。
「んぁ? いい歌……だぁれ? 歌ってんのぁ」
呂律の回らぬ声音であったが、どうにか意味は汲み取れる。
絡んできた酔っ払いたちのこともあり、ヴァリスは警戒心を顕わにするが、そんな彼女を片手で制しアリスが前へ。
「歌、聞きたい?」
「おぉ~? お姉さんのために歌ってくれるのぉ?」
「質問……答えてくれたら」
「あん?」
「お酒……探してる……今年作られた……ワイン…アリス……お酒飲めない……けど……知りたい、な」
どこか影のある少女の頼みに、女性は蕩けた笑みを浮かべた。
酒に酔って、思考の纏まらない脳みそをフルに回転させながら、当年産のワインの場所を思い出そうとしているのだ。
「あれ?」
けれど、どうにも答えが出ない。
酒はすべてを忘れさせてくれるから。
辛い思いでも、大切な記憶も、何もかも。
今の彼女の脳内に、残っているのは「なんだかふわふわして楽しい」という、今、この瞬間の想いだけ。
●すべてが虹となる前に
アリスを先頭に、ヴィリス、再遊戯は路地から通りへと出て行った。
酔漢に発見されないよう、慎重に。
そんな3人の元へ、華魂&オリーブが合流してくる。
きっと、それは飲み過ぎたせいだ。
「少し先に……当年産のワイン……あるって」
「先と言っても……乱闘騒ぎに発展しているのですが」
ここを通り抜けるのか? と、オリーブはアリスへと問うた。
「アリスが……守りながら……」
ちら、と横目でヴィリスと再遊戯を見やり、アリスはそう言葉を紡ぐ。“決死の盾”を持つ彼女なら、同時に2人まで守護することが可能であった。
けれど、それでは時間がかかる。人混みの中を抜ける間に、また誰かはぐれないとも限らない。
「というか、お酒飲んだことがないので……ワインとビールの区別ならつくかなー? ぐらいなので探すのは皆さまにお任せしたく」
困ったように眉をひそめて再遊戯はそう言った。
大乱闘の中心に立つヴァレーリヤ。
その脇には、空になった酒樽が転がっていた。
「次! 次のお酒はどこですの!」
「そうだ! もっと酒を! 大自然の神は俺らが酒を楽しむことを求めてる!」
「神の名前は忘れたけどなぁっ! 今年は外部からの参加者も多いんだ! もっと酒を振舞ってやれよ!」
「そうだ! 街の外に招待状を送るって誰か言ってた!!」
「あん? 誰が言ってた? 街長か? 街長……街長って誰だっけ?」
飲んで、笑って、騒いで、暴れて。
ヴァレーリヤの飲みっぷりは、街の住人に大いに受けた。その結果、いつの間にか彼女の周りには酔いどれたちが、まるで同志か何かのように集い始めているではないか。
「貴方たちは何を望みますの? 翌日の頭痛さえも辞さない痛飲を望みますの? 浴びても浴びて無くならない無限とも思えるワインを望みますの?」
「「「酒! 酒! 酒!!」」」
「よろしい。ならば酒ですわ!」
地面が揺れるほどの大歓声。
拳を振り上げ、時には隣に立つ誰かを殴打しながら酔っ払いたちが動き始める。
まるで獣の大行進だ。
中には号泣しながら、近くの誰かに殴り掛かる者もいる。
巻き込まれそうになりながら、マリアが小さな悲鳴を上げた。
「わー!? 落ち着きたまえ! 何がそんなに気に入らないのか教えておくれ! 謝るから!!」
とはいったものの、酔っ払いの行動には理屈など存在しないのだ。
余談ではあるが、電柱に謝罪していたり、自動ドアに挨拶していたり、転がりながらエレベーターに乗り込んでいく者たちは、かつて目にしたことがある。
酒を探し更新をはじめた一同へ向け、声を張った者がいた。
「街の入り口の方にまだたくさん、お酒が余っているようですよ!」
オリーブだ。
彼の声を耳にして、ヴァレーリヤたち酔っ払いは移動を開始。その後をマリアとイグナートが追っていく。ヴァレーリヤが誰かに迷惑をかけないよう、己の身を盾とする心算だ。
「なんて勢いなのかしら……それにしてもワインってそんなに美味しいの?」
「でも……道、開いた……ね」
ヴィリスとアリスは人の減った通りを見渡し、言葉を交わす。
ついでに、といっては何だが通りのあちこちには酔いつぶれたり、騒ぎに巻き込まれ怪我をした住人たちが転がっているのが散見された。
「うぅ、仕方ないですね。ちょっと治療してきます」
「小生も治療に回りましょう。幸い、エチケット袋を持参しております」
列から離れていく再遊戯&華魂。
華魂の手には、厚手の紙袋が握られていた。
それがあれば、路上に咲く虹もきっと捕まえられるだろう。
「手が滑ってしまったら、その時はどうぞご容赦を。それは悲しい事故ですので……虹色に輝く袋は後で返してさしあげますから」
なんて、言いながら。
華魂は、懐からメスを取り出した。
そんな彼の様を見て、再遊戯は目を丸くする。酔っ払いの治療に、外科的な処置は果たして必要なのだろうか?
「道は自分が切り開きます。お2人は先へ……ワインは念のため、複数本確保してくださいね」
と、それだけ言ってオリーブは人混みへ向け駆けていく。
自身に注意を集めている隙に、ヴィリスとアリスを先へと進ませるつもりだろう。
「おう! そんなに急がなくっても、まだまだたんと酒はあるぜ!」
「浴びるほど飲んで! むしろ浴びて!」
グラスが、ボトルが、酒が飛び交う。
あっという間にオリーブの姿は人混みの中に飲まれて消えた。
「おっと、ここから先はぶっ!?」
「邪魔よ!」
「……迷惑」
前を塞いだ冒険者風の酔っ払いの顎を、ヴィリスの蹴撃が撃ち抜いた。気を失い、倒れたその男の身体にアリスの糸がきつく巻き付く。
気を失い、倒れた男の懐からワインボトルが1本零れた。
「当年産……ワイン?」
「1本確保ね。残りは……あの樽がそうね」
オリーブの献身もあり、無事にワインを確保することが出来そうだ。
街の喧噪を高い位置から眺めつつ“彼”はワインのボトルを開けた。
「祭りは楽しんでくれたようだね。土産も無事に確保できたようだし……さて」
それじゃあ、忘れるとしよう。
なんて、言って。
“彼”はボトルに口を付け、酒精を喉へと流し込む。
「私は招待状を出したことも忘れるだろう。けれど、うん……これでまた、この街の噂は広まっていく。定期的にこうしないと、皆がこの街のことを忘れ去ってしまうからね」
そうして、無事に酒を手に入れ一行は急ぎ帰路に着く。
街の入り口付近には、無数の人が倒れていた。誰もが顔を赤くして、幸せそうな笑顔を浮かべているのが実に不気味である。
「ヴァリューシャ……うん、うん。お酒が美味しいのが、悪いんだもんね」
「えぇ、マリィ。帰ってこのお酒で一杯……楽しい晩酌にしましょうね?」
今にも泣きだしそうな顔で、マリアは言った。
彼女の見つめるその先には、酒樽に頭を突っ込んだヴァレーリヤの姿があった。
限界を超えて酒を飲み続け、たとえ殴られようと、思考に靄がかかろうと、彼女はただ飲み続けた。
明日はきっと、二日酔いに違いない。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
本当に、お疲れさまでした。
無事に当年産のワインを手に入れることに成功しました。
依頼は達成となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
また縁があれば、別の依頼でお会いしましょう。
※なお、重症は肝臓的なものです。
※頭痛、吐き気、胸やけ、眠気といった症状に見舞われています。
GMコメント
●ミッション
当年産ワインの入手
●ターゲット
・名も無い街の住人達×多数
街の至るところで飲めや歌えの大騒ぎをしている住人たち。
一般の住人に大した戦闘力はないが、街の外部から訪れている冒険者などはそこそこに強い。
酔っ払って喧嘩を売ってくる者や、暴力的になっている者もいるだろう。
親切心からワインを浴びせかけてきたり、飲ませようとしてくる者もいる。
ちなみに酒を飲んでいない若者などもいる。けれど彼らも雰囲気に酔っている。
※酔っ払いに言葉は通じない。
・名も無い街の名も無いワイン
街の各所に設置された大量のワイン。
まろやかで優しい口当たりと、芳醇な香りが特徴。
主な原材料はりんごやぶどう。
製法は門外不出。一説では大自然の神による恵みとも言われている。
飲む→耐性の有無に関わらず一定の確率で【恍惚】や【魅了】が付与される。
浴びる→耐性があれば平気。耐性が無ければ一定の確率で【恍惚】や【魅了】が付与される。
●フィールド
名前の無い街。
ワインが美味しいことで(一部で)有名。
東から西へ長く延びた形状をしている。
街の北側には山、南側には森が広がっている。
今回は東側からスタート。
街のどこかにある当年産のワインを手に入れ、持ち帰ることが目的となる。
街のあちこちにワイン樽が設置されている。樽の側面には生産年が記載されている。
酔っ払いでごった返しており、非常に移動しづらい。
しらみつぶしに探すも良し、誰かに在処を聞くのも良し。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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