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シナリオ詳細

<ヴァーリの裁決>天泣ミットライト

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●嘗て『救世の炎』と呼ばれた少女

 ――それでも……鳴は、焔宮鳴。世界に仇なす魔種から、民を守る者! そう在る為に生きる者! 其を成すまで、鳴は死ねないの!

●焔宮領
 幻想王国バルツァーレク領、その地は湖の畔に位置し天気雨が良く降るとして知られていた。
 湖畔に存在する邸は『天雨屋敷』――しじまの傍で和のテイストと共に佇んでいる寂れた古屋敷である。
 その屋敷を間借りしていたイレギュラーズが存在した。フォルデルマン三世がイレギュラーズに領地を託すと決めたとき、彼女はその地を正式に移譲されたそうだ。
 幼いながらも民を護り、領を護り、世界に仇なす魔種を屠ると決めた心優しき少女。
 彼女に呼応するように季節に応じて様々な花が咲き誇る。

 ――だが、ある秋の日。夜半の嵐の如くその地に報じられたのは。

 領主である焔宮 鳴(p3p000246)が敵地にて姿を消し、その『平和的な生存』は絶望的であると言う旨であった。

「それで、領主不在の儘になっていた焔宮の領地に此度の幻想を騒がせているモンスターが姿を現した、と」
 冰宮 椿(p3p009245)はその言葉を口にして如何したものかと考え倦ねた。冰宮の地から『召喚』されて幾分か経つが、情報屋に急ぎ伝えられた案件は余りにも判断に困るものであった。
 領主不在となれば、何処まで対処に踏み込んで良いのかも判断が付きにくいのだ。
 と、言えども見過すことは出来ない。だが、魔種となったイレギュラーズの領地だ。ローレットが取り扱いに慎重なのも分かる。
「……クライアントは、何方になるのでしょう?」
「勿論、領主は不在。だから、『焔宮領』の執政官、『水の巫女』ミーシャ・リディア・ハートフィールドからの依頼になるわ」
 資料を手にしていたフランツェル・ロア・ヘクセンハウス (p3n000115)に促されてローレットへと訪れたのは幼さを感じさせるかんばせの少女、幻想種のミーシャであった。
「面倒くさいわ……もふもふでふわふわさせて貰えると思ったら、いきなり居なくなるじゃない?
 ……それで、私もお役御免、なんて訳にもいかないでしょ。領を切り盛りしなくちゃいけないし……それに……」
 面倒くさいと口癖のように呟いたミーシャ。椿は「ううん」と小さく唸る。
「私に声を掛けた理由は?」
「「たまたま」」
 声を合わせたフランツェルとミーシャに椿は再度「ううん」と唸った。
「領内の様子は現状どうなってるのでしょうか。何か、厄介なことでも?」
「厄介も厄介だわ。領主不在の間に、領内で奴隷販売だとかを好き勝手してるんですもの」
 面倒くさいとミーシャはもう一度呟いた。
「奴隷販売?」
「そう。領主がいないし、領内はある程度、管理していても穴が出来る。
 その穴をツイて幻想王国で販売する奴隷の『保管庫』にされていたの。そんな場所にモンスターが襲来したんですもの、そりゃあ……大騒ぎでしょう? 面倒くさいけれど、まあ、『あの子』に任された領民もいるわ。放置すればバケて出るかも知れないし」
 ミーシャは「あの子が今飛び出してきても困るでしょう」と小さく呟いた。フランツェルと椿は顔を見合わせる。
 もふもふさせてくれるなら、と手伝いに応じた彼女は突如として遥か大海を隔てた異国に姿を消した鳴を懐かしむように目を細めたのだ。
 ――魔種ならば、殺すしかない。
 それが今の一般常識だ。今、彼女と出会っても出来るのは殺し合いか、せいぜい『撤退への対話』しかない。
「……そうね、鳴さんがこの騒ぎに姿を現すかどうかで言えば可能性は限りなく低いけれど、民を護りたいと願った彼女の想いをないがしろにするわけには行かないわ」
「はい。『奴隷の出来るだけの保護』と『領民の無事』を出来る限り――とすれば良いでしょうか?」
 椿の問い掛けにフランツェルは頷いた。
 どのような奴隷が存在しているかは分からない。モンスターについても出来る限りの情報をフランツェルとミーシャで取り急ぎ集めた。
「奴隷商人達は自業自得ね。そこにいたのだもの。領主不在で自警団の動きも弱くなっているでしょうし。
 けれど、販売される奴隷達には罪はないわ。だから……護ってあげてやくれないかしら?」
 フランツェルは背後から掛けられた声に「ああ」と小さく呟いた。

 ――焔宮領内に『ミーミルンド男爵家』の販売した奴隷が数人混じっているらしい。

「もう一つ、努力条件的に『お願い』が増えたかも。……まあ、なんだかキナ臭いし恩を売るのは間違いないでしょうから」

GMコメント

 夏あかねです。
 カムイグラで反転し、姿を消した焔宮 鳴(p3p000246)さんの領主不在の領地へ。

●成功条件
 ・領民の8割以上の無事
 ・モンスターの撃破

●努力条件
 ・奴隷たちの出来る限りの保護
(焔宮領に存在する奴隷は『まだ販売されていない』者達であり、確保するには一番良いタイミングである)

●焔宮領
 バルツァーレク領の湖畔に存在する天雨屋敷周辺の領地。現在は領主不在の儘、屋敷の管理を執政官のミーシャ・リデゥア・ハートフィールドが行っていました。
 現在は領主不在で自警団の動きも弱くなり領民達は慎ましい生活を送っているようです。
 その地に賊や奴隷商人が入り込み、秘密裏に奴隷の保管庫を作っていたそうです。

●モンスター『炎熊』アルペン
 『神翼庭園ウィツィロ』から現れたモンスターと思わしき巨大な熊です。人語を有しますが、幻想王国を恨んでいることしか意思の疎通が図れません。
 怪王種(アロンゲノム)しており、周辺のモンスターや存在を『突然変異』させる可能性があります。
 此の地に恨みがあるのではなく王国そのものに恨みがあるために、存在する奴隷や領民を殺す事に何の躊躇いもありません。
 基本的にはダメージディーラー。攻撃力が高いですが防御面はやや脆いようです。炎に関連するBSを駆使します。

●モンスター『天泣』
 『古廟スラン・ロウ』から現れたモンスターと思わしき精霊です。水を身に纏っており、アルペンに同調しています。
 こちらも幻想王国を恨んでいることしか意思の疎通が図れません。ですが、如何したことか『ミーミルンド家』に関しては興味を示すようです。
 特化したヒーラーです。周囲のモンスターを悪戯に回復する他、唆して攻撃に動員しようとします。

●モンスター(無数)
 周辺に無数に存在するモンスターがアルペンもしくは『天泣』に感化されて攻撃を行う可能性があります。

●領民達100名程度
 自警団20名、子供20名、大人60名が戦闘区画に残っています。自警団は子供達を護る事を優先していますが其れも長くは持たないでしょう。
 領民に関しては避難誘導は素直に聞いてくれます。特に『領主』に関しては信頼が強いので、鳴さんの名を出すなどのアプローチが有効です。

●奴隷20名及び、奴隷商人3名
 奴隷を盾にして逃げ延びようとする奴隷商人です。その奴隷の中にはミーミルンド男爵家の奴隷が混じっているそうです。
 ミーミルンド男爵家は『奴隷に対して高度な教育』を施しており、奴隷ではありますが良い待遇で使用人として雇ってくれる里親を探していたそうです。
 4名の奴隷が混じっており、『ドク』『グランビー』『ドーピー』『ハッピー』と呼ばれた4人の男女です。全員が『故・マルガレータ・フォン・ミーミルンド男爵令嬢の遊び相手』です。
 奴隷商人達の生死についてはお任せ致します。努力条件であります奴隷の保護はミーミルンド家の奴隷だけは男爵家に変換することが可能です。他の奴隷に関してはイレギュラーズに一任されます。

●参考:ミーミルンド男爵家
 元・王家の相談役であったとされる由緒正しき一族です。勇者王にも縁があり其れなりの名声を有していたことで派閥が存在して居るそうです。
 ですが、今は唯の『男爵家』に落魄れており、縁より『王の婚約者』となったマルガレータ嬢が『事故』で死去した後に男爵は表舞台から姿を消しました……。
 突如として『奴隷販売』で表舞台に姿を現すためにローレットはその動向に注目しているようです。

●怪王種(アロンゲノム)とは
 進行した滅びのアークによって世界に蔓延った現象のひとつです。
 生物が突然変異的に高い戦闘力や知能を有し、それを周辺固体へ浸食させていきます。
 いわゆる動物版の反転現象といわれ、ローレット・イレギュラーズの宿敵のひとつとなりました。

●ブレイブメダリオン
 このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
 ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
 それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
 このメダルはPC間で譲渡可能です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <ヴァーリの裁決>天泣ミットライト完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年04月06日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
志屍 瑠璃(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
メルナ(p3p002292)
太陽は墜ちた
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
一条 夢心地(p3p008344)
殿
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
冰宮 椿(p3p009245)
冴た氷剣

リプレイ


 しとしと、ぴちょん。
 音を立てて、雨だれをちらりと見遣る。しじまの傍らに佇む天雨屋敷に複数の領民が立っていた。彼等は此の地の自警団であるそうだ。
「この度はご協力有難うございます。執政官――ハートフィールド様から皆さんの助力を頂けると聞いて……」
 縋るような声音に、『遺言代筆業』志屍 瑠璃(p3p000416)は息を飲んだ。
 どのような職務であるかを聞いた時から瑠璃はどうしようもない心地に陥っていた。此の地は『反転したイレギュラーズが領主であった』土地だ。否、未だ領主である。此の地を国王より賜ったのは焔宮 鳴(p3p000246)という一人のイレギュラーズだ。
『救世の炎』と呼ばれた彼女は民を全ての悪意から救う為に戦に身を投じていた。幼い、気高い娘であった。だが、彼女が『世界を救う』ではなく『壊す』事となったのはこの力は遠く離れた異国――豊穣郷と呼ばれた黄金の穂が揺れる海向こうの島である。
 敵に捕らわれ、その身を魔へと転じても尚。此の地に住まう者達は天真爛漫に微笑む彼女の帰還を待っていた。

 ――大丈夫。

 そう、柔らかな声が聞こえる気がして『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は唇を噛み締めた。
(「いつか帰ってきてくれる」――などと、夢見がちな気持ちは抱いてません。彼等だって、屹度。
 ……領民は全てを知らずとも察している。それでも此の地を守ろうと願うなら……彼等が今を過ごせるように、ちゃんと助けていかないと)
 心に決めるように、少女は領民達を見据えていた。しとしとと降る天気雨を受けながら『黒花の希望』天之空・ミーナ(p3p005003)は「任せてくれ」と胸を張る。
「縁もゆかりもない私だが、見殺しにする訳にもいかねぇんでなぁ。ちっとばかし手伝わさせて貰うぜ。
 お前等だって、この場所で『この領地』を守ってるんだからな。その気持ちを無碍になんてして堪るか」
 にい、と微笑んだミーナのバトルドレスが柔らかに揺れる。領民の表情は暗い。彼等にとっては慕った領主の『同僚』――彼女が帰ってこない理由を知る物かも知れない。それでも、聴くことが憚られるのは『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)の決意滲んだ表情を見たからだろう。
「……ええ、イレギュラーズの皆様が来て下さるだけで有り難い。屹度、領主も同じように誰の領地にだって馳せ参じたことでしょう」
 頭を下げた自警団の青年に『氷翼』冰宮 椿(p3p009245)は息を飲んだ。彼等は鳴を慕っている。彼等は鳴を信じていた。
(……人に慕われ、人を想い、人のために戦った少女……彼女が堕ちたとして、その心は、どんな感情で満ちていたのでしょう。
 そんな彼女に関する報せを、領民の方々は、どんな感情を感じたのでしょう。
 わたしには、わからない。そんなの、わたしは学んだことがなかった。どんな感情であれ、わたしには……)
 迷いを感じていては行けないのだと椿は首を振った。迷いも惑いも刃を曇らせる。故に、椿は小さく息を吐いて決意を固めるように領民達へと向き直った。
「ほっほ」と扇で己を仰ぎ微笑みを浮かべたのは『殿』一条 夢心地(p3p008344)である。
「すべての民は麿の子も同然、救って救って救って見せよう。それが殿的存在として天上に住む者の使命じゃからな。
 任せるが良いぞ! うむ、これが殿たり得る者の貫禄と使命の証じゃな。臭いにおいは元から断つ! 原因は一刀両断じゃ!」
 堂々とそう言い放った夢心地は大船に乗ったつもりでおれ、と『揺らぐ青の月』メルナ(p3p002292)を指し示した。
 指された側であるメルナは「えっ」と肩を竦める。「安心して」と微笑めば、自警団の青年達はどこかほっとしたように微笑んだ。
 日常を忘れてしまいそうなほどの危機が迫ってきている。出来る限り安全な場所へと逃げ果せるために殿に立っていた青年達が怯えたような気配を醸し出したことにメルナは気付いた。
「イ、イレギュラーズ殿……」
 イレギュラーズを心から信頼する彼等。その信頼が『鳴』を思ってのことだとメルナは感じていた。
(鳴ちゃんの事は……私はあまりよく知らないけど。この領地の人達を見ていれば、本当に慕われる様な子だった事は分かるよ。
 ……それだけ慕われていた彼女の、大切な領民。守ってあげなくちゃ)
 構えた霊樹の大剣。震える指先は、決意し、握り込む。天気雨の気配が変貌する。美しい青空を覆うような暗澹たる雲。
「豊穣で彼女の反転を止められず、取り逃した。この惨状の原因の一端は私だ。
 ならば、せめて遺されたもの位は守らなきゃ行けないでしょう。――必ず」
『天地凍星』小金井・正純(p3p008000)は決意を胸に、弓を構えた。『焔宮』の因果は、どこまでも捻れていた。
 一人の少女の肩には余りにも重い責務。重みに潰れ、その身を破滅へと委ねた彼女が人を苦しめる事がなきように。
 伸ばした指先が、届かなかったことは――正純にとっても悔んでも悔やみきれないほどの悔しさを残した。
「魔種に捕まって、自凝島を脱出するまでの間の僅かな縁だったけど、それでも、同じ境遇を潜り抜けた仲間として、強く心に残っている。
 自凝島ではあいつを置き去りにして、結果、あんなことになってしまったけど……だから、せめてあいつが残していったモノだけは救いたい。
 ――悔いの清算には程遠いけど、せめて……」
 守りたいと決めた。全員で帰ると決意していた。
 其れが覆ったのが彼女の決意の揺らぎだとしても。彼女の心の疵だとしても。
 彼女に大丈夫だと微笑みかけて、安心させられなかった『己の力不足』だと、風牙は感じて仕方がなかったから。
 淡く降る、雨の気配。笑い声がする。それがモンスターによる者だと気付いて風牙は「下がってろ」と自警団の青年達に囁いた。
「ええ、ええ。生き残って遣って貰うことは山積みですからね。化物を相手する、領民は守る、そして奴隷も助けなきゃならない。
 ……正に猫の手も借りたいってヤツね。全く……この一大事に領主サマは何処ほっつき歩いてるんだか、ねえ?」
 揶揄い笑うような『never miss you』ゼファー(p3p007625)が見定めたのは『古廟スラン・ロウ』からその姿を現したと思われる古代獣であった。
 美しい水精の傍らに猛々しい焔が見える。その相反するモンスター達を見詰めて「熱そう」と小さく笑みを零す少女。
「鳴ちゃんって面識はないんだケド、すっごく興味あったんだよネ♪
 魔種が憎くて魔種になったって? キャハハッ! ウケる~☆ 反転ってどんなカンジ? 気持ちいいの? 楽しいの?」
 くすくすと、笑みを漏らした『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)に応える者は居ない。
 ただ、彼女の眼前に存在する巨躯の熊は恨み言を紡ぐように「憎しみは止らぬものよ」と囁いた――それだけだった。


 迫りくるモンスターは二種。其れ其れが封印を解かれ自由を謳歌し始めたばかりの敵影である事をイレギュラーズは知っている。
 幼い子供達の泣き叫ぶ声を聴きながらココロは「大丈夫」と声を掛けた。前線へと歩を進めるゼファーの背後につき、彼女を支えるために思い出を飲み込んだ。
 茶に近い濃金のブレスレットを揺らす。『一人でいると減っていき、二人だったら育めて、皆といれば貰えるもの』を胸に抱く。
「あの綺麗なお姉さんのところにいくのよ、がんばって勇気を出してダッシュ!」
 正純とミーナを指して。ここに居てはいけないと、柔らかに微笑みかけるココロの前に、水泡が降る。
「全く、遣ることばっかりで手も足りません事。ミーミルンド家の元奴隷、ね。どうにも気になるとこですけど……ま、先にやることをやりませんとね」
 肩を竦めたゼファーは懐まで飛び込んだ。身体を張るのが己の役目と心に決める。
 脹脛に力を込めた。すらりと長い足は撥条の様に力を込めて跳ね上がった。少し古びた、ひとふりの。その手に滲んだ槍の穂先に乗せたのは自己。
 愚か者と言う勿れ。無策だと言う勿れ。ゼファーは『時間稼ぎ』の為に飽くことなく希望へと手を伸ばす様にモンスターの拳を受け止める。
「いやいや、こやつらも周囲の雑魚(こもの)を刺激して居るようじゃしな。
 何か恨みを抱えているのは承知して居る。無論、バケモノのサガが『破壊』と『暴力』しかない事とて承知の上じゃ」
 笑みを浮かべた夢心地は東村山を構えた。使い手が変なおじさんであるほど切れ味を増すという其れは伝説の神翼獣の羽根をちょんまげに飾った夢心地にとってぴったりの代物だ。
 周囲に影響を催すなら周囲を『消し去れば良い』と考えたのはマリカ。生きとし生けるものを憎む凶刃は、生ける屍の鎌。光の束を集め結わえたようなサイドテールが大きく揺れる。
『トリック・アンド・トリート』と揶揄うように笑う彼女は甘いお菓子を与えるのではなく、周囲のモンスターをお菓子と喩えて屍を嗾けた。
 逃げ惑う領民達を避難させる間に、周囲の数を減らさねばと尽力するイレギュラーズ。ぺろ、と舌を見せて笑ったマリカはどこまでも楽しげであった。
「それにしても、モンスター達もたっくさん居るんだね~? ザコばっかりだけど!」
「ええ、けれどそれも民草にとっては命取りになる――倒しましょう」
 椿は桐鳳凰を構える。静寂の傍らに立つように。その心を落ち着け背の翼を凍らせる。自身の感情に凍て付く気配が満ちてゆく。椿はほう、と小さく息を吐いた。
(悩んでいる暇はありません――今はただ、前を見据えて……万事に備え、戦うのみです。人を護る、刃として……!)
 ゼファーの眼前に猛進してくるアルペンへ向けて椿が放ったのは後の先から先を打ち縫い付ける邪剣。
 邪三光、と。その忌名を宿した剣術はそうハンする二つの『熱』を帯びながら奮われる。地を蹴って躍る様に椿が跳ねる。翼撃戦闘術、その翼を生かして叩き付けた攻撃に弾かれアルペンの腕が撥条の様に跳ねた。
「きゃ――!」
 幼い子供の叫び声がする。そっとその肩を抱き正純は堂々と告げた。己は焔宮鳴の――此の地の領主の友人であると。
 圧倒的なカリスマを活かし、自警団の協力を仰ぐ。堂々たる立ち居振る舞いは、揺るぎない決意から来る者だろう。
「付き合いはさほど長くはありませんが、彼女のために貴方たちの避難に協力させてください。自警団の方々には可能な限りのカバーをお願いします」
「承知しました。……皆さんがモンスターを押さえて下さっている間に、できるだけ遠くへ!」
「ええ。……天雨屋敷も傷付けやしません。皆さんはどうか、気をつけて」
 正純は僅かな緊張を抱いていた。此の地に踏み入れたときから、そうだった。焔宮鳴――『反転した少女』が今、どこに居るのかは分からない。
 彼女がこの地の土をもう一度踏む可能性だってある。だが、その時に『鳴』に領民を守る気持ちが存在して居るはずがないのだ。

 ――あぁ、この焔は……世界を焼き尽くすまで、燃え尽きることはない。

 口を開けば憎悪と怨嗟を滾らせる。彼女は世界全てを破壊する為にあの炎を使うだろう。民を護る為にと身に付けた鮮やかな紅の色を。
 世界を救うための炎が、世界を壊すための炎に。転じた。知っているからこそ正純は不安を抱き続けていた。
(彼女がこの地の民を――あの時見た彼女のままなら、反転した存在であればそうなる可能性の方が高い。
 ……それだけはダメです。この身を焼かれようとも守りきらねばならない。『鳴』さんは、それを望まない……!)
 正純は故に、彼等から目を離さなかった。誰かが民を傷付ける事を、屹度『彼女』は心の底から嫌うだろう。
 子供達が逃げる。だが、一人の子供が突如として地へと転がった。石に躓き転んだ子供に気付いて、風牙は降った水泡から庇う様にその身を投じ、真っ直ぐに天泣の下へと飛び込んだ。
「走れ!」
 風牙の号令に涙でぐしゃぐしゃになったかんばせに強い決意を宿した少年が駆けてゆく。足を止めれば、巻き込まれる。風牙とて万能ではない。全部を一人で担うことが出来ない。
 モンスターを押せるメンバーと避難誘導に当たるメンバー。分かれている状況で、手を貸して共に逃げることが叶わぬ事を心の中で謝り、せめて彼が仲間達の許へ辿り着くのを願った。
「モンスターだらけで埒があかないよな、この国……どこもかしこも、だ。
 挙げ句の果てには自凝島での『置き去り(こうかい)』にまで触れてくる――あいつが残したモンに触るんじゃねぇ、モンスター共!」
 叫んだ。風牙の纏う布帯が力を帯びる。前へ進めとその身を急き立てた。己のために調整された槍は手によく馴染む。
 無形の術。形振り構ってはいられない。捕まえようとも届かぬ果てへと飛び込むように、風牙は刺突を繰り出した。雨のように、水が、降る。
 天気雨の降注ぐ美しい天雨屋敷。主無きその場所のゲートキーパーであるように、風牙は立っていた。


「イレギュラーズが一人、天之空・ミーナだ。聞き覚えがあっても、なくても、私がここに皆を助けに来たのは事実だ!」
 モンスターかから逃げ果せる。領民達へとミーナがそう声を掛けたのは勇者たり得る己の功績で彼等の心を勇気づける為であった。
 伝説を纏い、自警団達に力を貸し、足の遅い子供達へと迫るモンスターを退ける。屋敷の内部に存在する道場を避難区域と決定する領民達はモンスターに居場所が気付かれぬようにと散り散りに動き回っていた。
 その場所に、ミーナはある依頼を出していた。安全区域を守って欲しい、と。手を貸すようにと願ったのはヒリュウである。念には念を入れての護衛。其処に至るまでが『難関』なのだとミーナは小さく笑みを浮かべた。
「行け! 良いか? 子供は足が遅いんだ。出来れば抱えて遣って、無理なら手を引いてやれ――ッ」
 モンスターから身を守るために咄嗟に腕を出した男へと鋭利な牙が食らい付く。ミーナは直ぐさまに其方へ向かい、モンスターを地へと叩き付けた。
 ぼたぼたと赤い血が落ちる。「ああ」と呻くその声を退けるように構えたのは希望を束ねた聖剣。
「少し位の魔物なら任せな。何分私は、なんにもできない代わりに、何でもできるんだからよ!
 ――だから、早く治療を。同じように負傷したヤツも命を無駄にせず避難しろ! 生きてりゃ何とかなるんだから」
 モンスターを睨め付ける。自身と同じように領民を逃すべく戦っていた自警団の中には傷が深い者も居た。子供達は足は遅い者の大人のカバーで全員を救う事ができそうだ。
 だが、命を失うならば前線の彼等だ。出来る限り、守りたかった。だからこそ、ミーナは前で前でと戦い続ける。
 前で戦う者が居れば。卑怯な事に子供を盾に己だけでもと逃げ果せんとする者も居た。瑠璃は奴隷商人達の前に避難者を装って接近していた。
 彼等の心を掴むために、「一緒に行動しましょう」「目は多い方が安全です」と声を掛ける。力なき娘に見せかける瑠璃はぎゅうとハイペリオンの羽を握りしめた。――因みに魔眼での催眠効果も付与中である。
「まあ、一緒……そうだなあ、一緒に行こうか」
「ええ。是非。そして皆さんもご一緒に行きましょう。皆で安全な場所へ行けば危険なことはありませんから」
 瑠璃は事後の準備は万全にしていた。カール・ラメンターとの伝手で戦後処理の準備は出来ている。彼は奴隷商人の手口を嫌っている。不当な対価を求められることはなく、寧ろ奴隷商人を捕えるために必要だったとすれば喜んで手を貸してくれる筈だ。
「あの……此の儘どこへ逃げるのでしょうか」
「安全区域を用意してます。それに、モンスターは私達ローレットが対処していますし……領民の子供達と一緒に逃げようね?」
 優しく微笑んだメルナは暴風のように衝撃が走ったことで顔を上げた。モンスターがぞろぞろと集まってきている。避難に時間が掛れば、それだけ危険が増えると言うことだ。
「……ちょっと待っていてね」
「分かりました。あの、イレギュラーズさん。僕はドクと申します。奴隷20名でまとまって移動します。だから……」
「有難う。情報伝達と先導をお任せするね。モンスターは私が惹きつけるから……無理はしないでね?」
 柔らかに声を掛けたメルナにドクは大きく頷いた。彼が『ミーミルンド家』の所有していた奴隷だという。貴族の子女のように凜とした佇まい、堂々とした物言いと彼を中心としたメンバーによる避難行動は効率的だ。
 商人の催眠が完了した今、彼等を頼れば奴隷達を救うのはそれ程難しくはないだろう。だが――迫るモンスターは此方の都合など知る由も無い。メルナはモンスターを掻き集める。己の身体が傷付こうとも構うことはなく、子供達を危機に陥れぬ為にと剣を振り上げた。
 獲物を旋回させて生まれた暴風域。モンスターの身体が叩き付けられる。こっそりと指先で生み出した檻術がモンスターを捕えれば瑠璃は小さく頷いた。
「では、皆さん。こちらです」
「分かりました。ドーピーとハッピーは一番小さい子の手を引いてきて。グランビーはお姉さんの指示を聞いて走る」
「「わかった」」
 頷いたのはドーピーとハッピーと呼ばれたふわふわとした可愛らしい髪の少女であった。小さな奴隷の手を引いてグランビーの背後に立つ。
「付いていきます。お願いします」とグランビーが瑠璃に頭を下げ、姿勢を低くし戦闘に巻き込まれぬようにと歩き出した。
(……ミーミルンド……確かに彼等の教育は行き届いている。行き届いています、が……。
 どうして彼等を手放さそうと思ったか。それも、奴隷市で――『奴隷である』事には変わりなく、商いの一環とした……?
 それとも、此れが機だといち早く彼等を手放したかったか、それとも……『ミーミルンドが奴隷売買に関わっている』と印象付けたかったのか)
 瑠璃は考え倦ねる。どうしても、ミーミルンド男爵の考えは見えてこないのだ。
 モンスターから逃げ果せる領民達から引き離すように立っていたゼファーはハイペリオンの羽根を指先遊んでいた。彼女もミーミルンド家については気になることばかりだ。
「……翼獣サマの羽とやらの御利益に賭けてみるのも悪くはないわね。弱点なんて有難いものが分かったら一気に首をへし折ってやるわ」
 口角を吊り上げた。腕を振り上げるアルペン。その一撃の重みに細腕に痺れが走る。
 其れでも尚も止らない。乱撃放つゼファーを支えるココロは救いたい、助けたい。生き続けて欲しいと胸の奥から湧き上がった術式で戦況を見極め彼女を補佐し続けた。
 戦況を把握したか、ドクは瑠璃に「あちらですか」と問い掛ける。もたもたとし、怯えて竦む奴隷商人を見詰め、ココロは拳に力を込めた。
「『商品』を盾にせず置いていかずに全部運び出すように。そうしないとあなた方をデザストルの果てまで追い詰めますよ」
 やんわりとした説得は、本来ならば掛けたくは無い言葉だった。彼等は『商品』ではないのだから。自由なき身でも生きているだけでマシだと己に言い聞かせる。
 ドクは小さく頷いて瑠璃を見た。瑠璃は「商品が逃げますよ、急いで」と囁く。商人達が走り出すその背中を見遣って、ココロは魔法式医術でゼファーの身を包み込んだ。
「嗚呼。火に水だなんて普通は合わない組み合わせでしょうに? 仲良しを見せつけてくれるじゃない熊野郎!」
 ぐん、と距離を詰める。ひとふりは、古びているからこそ慣れたもので。髪を揺らがせ、地を蹴って。
 傷付くその身を癒やしながらココロは祈った。

 ――いつも貴女は格好良さをわたしに教えてくれる。今回も応えて欲しい、わたしの一方的な期待に。

 此処で倒れていては失う者が多い。ゼファーの下へと飛び込まんとしたモンスターを受け止めた風牙が笑った。まるで玩具を見つけた子供のように愉快そうに目を細め、そして放ったのは『気』による一撃。
「オラオラ、腹ペコモンスターども! こっちの人間はエネルギー有り余りまくって栄養価高いぞ! 食うならこっちにしろ! まあ、その前にお前らがミンチになって地面のエサになるんだがな!!」
 獏さん刺せる。雷撃の如く駆け、膂力を余すことなく動員する。
 その小さな身体が前へ前へと行く様を眺めてマリカは「楽しそうよネ」と声を躍らせた。
「キャハハッ! ざこが一杯群がってるんだ! Burst your bubble! さあ、見て!」
 驚くほどの衝撃に。「barn!」とマリカはジョークを言うように唇尖らせ微笑んだ。モンスターの身体が飛ぶ。
「たーまやー。ふんふん、何やら気付いた気がするぞ!」
 夢心地がハッとしたように顔を上げた。ハイペリオンの羽根が心の中に伝えてくれる――と考えついたのはモンスターへの有効打撃。
(良いですか殿よ……黒顎魔王です……古廟スラン・ロウから出現したモンスターには黒顎魔王です……。
 神翼庭園ウィツィロから出現した敵にも黒顎魔王です……とにかく黒顎魔王ですよ……)
 天泣より降る水など夢心地にとっては行水と同じであるとでも言うように、繰り出したのは直死の一撃。
「天啓! 分かったのじゃ。今こそ燃費尽きるまで黒顎魔王を放とう。殿たる者の責務、受けてみるが良い!」


 椿は努めて冷静にアルペンを見詰めていた。天泣は回復を担うだけあって面倒な存在ではあるが、夢心地と椿、風牙の攻撃が重なれば動きが徐々に鈍くなる。
 水を降らせ、くすくすと笑い続ける水精はたおやかな女のようである。それが焔で身を包んだ大熊を慈しみ護る様に立ち回るのだ。
 彼等がどのような関係かを知る由は無い。彼等が『封じられていたはずの存在』であることしか椿は知ることは出来ないのだ。
(『古廟スラン・ロウ』、『神翼庭園ウィツィロ』……その何方もが『本来ならば開かれる筈ではなかった』場所。
 どれをとれども王家を恨むばかり。其れがどうしてなのか――モンスターの王たる存在が王家を毛嫌いして居るから?
 ああ、分からないことばかり。ですが、気を緩めてはいけません。最後の一瞬まで、気を緩めず――警戒を怠らず!)
 夢心地が受けた『天啓』の様に、黒き魔力が大顎のように迫る。椿と夢心地、二人の魔力によって作り出されたそれはある意味で驚くようなものであった。
 ココロは医術士としてゼファーを支え続けた。刻一刻と時間が過ぎ去ってゆく――だが、天泣は倒れ、避難誘導を終えた仲間が走ってくる姿が見える。
(――勝てる!)
 それは確信に似ていた。胸が高鳴る。足は竦まず、前を見据える勇気が満ちる。
「お待たせしました。倒しましょう。標的はあの『熊』で間違いありませんね?」
 眼鏡の位置を正した瑠璃は静かな声音でそう言った。ある程度安全な場所で息を潜めていてくれる奴隷達。奴隷商人は簡易的な捕縛を施しミーミルンドの奴隷に拿捕しておくように頼んである。
 メルナは困惑したこの状況であれど、彼等は『高度な教育』を受けて居るだけあって頼りになる存在であったと語った。無論、この後彼等は一度ミーミルンドの屋敷に帰されることだろう。その後、どうなるかは定かではないが……。
(屹度、あの子達ならいい家族が見つけられるはず。……容赦しない、ここで畳み込む!)
 月色の髪を靡かせて、メルナは自身の全力を込めた雷を刃へと乗せた。アルペンの巨躯へと叩き込めば、腕に伝わるのはその硬さ。
 ぎり、と奥歯を噛み締めた。引き抜いた大剣。僅かな衝撃で身体が揺らぐ。
 ゼファーを支えるココロはもう少し、もう少しと願った。
「――ったく、周辺のザコだけでも骨が折れるな」
 呟いたミーナはパカダクラを駆り飛び込んだ。アルペンの懐へと放ったのは圧倒的としか称することの出来ない破壊の魔術。
 放たれたそれがちり、とアルペンの皮膚を焼き焔の気配を宿す大熊の呻き声を聴いた。
 生者の叫び声はマリカの『お友達』にとっては心地よいものだ。生きとし生けるもの達を自身らの領域へ誘うために手招いて。一振りすれば怨嗟に塗れて『お友達』は動き出す。
 死霊遣いたる少女は猫のように目を細めて笑った。悪戯めいて、揶揄うように。黒とオレンジの愛らしいドレスを揺らがし鎌を振り上げる。
「手の焼ける熊です事。まあ、それもこれで終わりにしましょうか」
 くすりと笑ったゼファーに続いて、正純はゆっくりと弓を引いた。
 天星弓・星火燎原――それは星々によって鍛えられた神弓であった。正純を包むのは星の加護である。
 星々が散るような、その瞳には決意が讃えられていた。狂化の攻勢に出る。ここで、負けては居られないのだ。
 この土地の名は『焔宮領』。短くとも、彼女と共に過ごした日々を思い出す。
(もしも、此の地に『鳴さん』が戻ってきたならば――本来の鳴さんであったなら、悲しむでしょう。ですが、私が最後に見た『鳴さん』だったなら……)
 唇を噛んだ。彼女が此処に戻ってきたとて、敵だ。決意を固めなければならない。ミーミルンドの奴隷達が「任せて下さい」と笑った顔を思い出す。
 もしも、こうして戦っているときに彼女が帰ってきていたら?
 屹度、彼女は目の前の存在を灼くだろう。何の躊躇いもなく全てを焼き尽くしてしまう。
(――行けない!)
 放ったのは魔性。邪魔をする物は貪り喰らえと明けの明星が一矢となる。
 結わえた髪を揺らがせた。星巫女は偉大なる狩人を思い描いた。闇に光る眩き天狼はあの大熊とて喰らい尽くすのだ。
「くまは麿的好きな動物ランキング17位の愛すべきアニマルじゃが、人を襲うくまは仕留めねばならぬ悲しき運命。せめて来世では存分に蜂蜜を舐めるが良いぞ」
 悲しむように目を細めた。アルペンの炎など気には止めぬと言うように愛刀を振り上げた夢心地に続いたのはマリカの笑み。
「くすくす――甘いお菓子でも召し上がれ?」
 揶揄う声音に降る一撃に熊の足下がぐらりと揺らいだ。其処が好機だと椿は叫ぶ。
 身体を突き動かした。迷う暇など、其処には存在して居ないというように。
 淡い氷色の髪。此の地にまつわる『歴史』は椿にとっては知る由も無い。命の終とも云える『反転』を経ても尚、彼女を信じる民達の感情を彼女は知る由も無い。
(――知れるのでしょうか)
 屹度、この先に。
 焔宮鳴と言う名の少女を追えば。
「怪物どもに、ここの領民たち誰一人として食わせやしねえ。この土地は、あいつが護ってきた土地だ。護る理由は、それで充分だ! ――これでも喰らえ!」
 其れを喰らって立っていられると思うなと風牙は叫んだ。喉奥から溢れた声。
「この領地は、好きにはさせません。消し飛びなさい、怪物共」
 放たれた一矢。巨躯のその胸を穿ち転がり落ちてゆく。
 静かに弓を降ろした正純は「静かに眠りなさい」と囁いた。


「ミーミルンド男爵だっけ? そこの奴隷さん、マリカちゃんとちょっと遊ぼうよ♪
 なんだか王国も色々ゴタゴタし始めて、しかも急にモンスターが暴れだしたりして最近大変だよねぇ~☆」
 くすくすと、笑みを零したマリカはすう、と目を細めた。
 ドクはマリカを真っ直ぐに見遣る。
「……で、その男爵さんはそんな中、あなたみたいなネズミを放って何を探してるの?
 あ、言いたくなかったら言わなくてもいいヨ☆ 死んだ後で魂に直接尋ねてみるから。こわいこわいモンスターに襲われてかわいそかわいそだねぇ♪」
「残念ですが、僕らはマルガレータ様の遊び相手であっただけです。ベルナール様がどのようにお考えかは分かりません。
 ただ……僕らは『外に出された』のだと思います。手早くミーミルンドから追い出したかった。それがどうしてかは分かりませんが……」
 本当に分からないことだとゼファーは首を捻った。ドクにもミーミルンドの思惑は分からないらしい。
 ミーミルンド家が『手厚く保護を為て欲しい』『家族のように扱って欲しい』と奴隷商人達に預けたマルガレータの遊び相手は七人。
 そのうちの四名がこの場所には立っているのだろう。ドク曰く――七人の小人と遊ぶ白雪姫であったというマルガレータは身罷った。不慮の事故と言われ、その命を灰にした。
「……この領地に居たのは偶然ですか?」
 警戒を怠らぬ正純にドクは頷いた。「できるだけミーミルンドから離れなさいと言いつかっています」とそう言って。
「ミーミルンドから離れる、というのはどういう意味でしょうか?」
「……大切な『マルガレータ様の遊び相手』を危険な目に合わせたくなかった、とか? そんな……事だったり……」
 呟いたメルナに瑠璃はまさか、とドクを見遣った。すらりと背の伸びた少年は「どうでしょうね」と肩を竦める。
 マルガレータを大層可愛がって居たというベルナールは彼女亡き後、『まるでマルガレータの映し鏡』にでもなったかのように美しく着飾るようになったそうだ。
 月の如き美貌を持っていると持て囃された男は今や亡き妹の真似を為て豪奢なアクセサリーを身に付け、厚い化粧で素顔を隠して居る。ドクはぞっとしたと呟いた。
「ベルナール様はまるでマルガレータ様のように振る舞われていて……それで、僕らは……。
『もう怖いことはないわ。約束だったものね、素敵な家族を見つけましょう』と……そう言われたんです」
「約束って言うのはマルガレータ様と、って事でしょう? 自身が亡き後は奴隷(あそびあいて)は良い家族を見つけて遣って欲しいって」
 ゼファーの問い掛けにドクは頷いてから「そんなに優しい国でもないですよね」と困ったように笑みを零した。
「もう、大丈夫でしょうか」
 呟いた正純に事後の復興作業は担当してくれる者が居ると瑠璃は囁く。周囲を見回す仕草を見せた風牙は「少しは役に立てたよな」と誰へと無く呟いた。
 悔いばかり――豊穣郷という遠い異国にて、正純と風牙が抱いた悔いを生産するにはまだ遠い。
 あの時、置いていかなかったならば。あの時、留めることが出来ていたならば。
「……保護対象以外の敵勢対象は見えないな。此れで終わりだ」
 ミーナは避難した民達の中で幾人か命を通した自警団団員もいるが出来る限りは護れたのだと、そう呟いた。
 ココロと瑠璃は民達の様子を見に行こうと決める。此の地は領主不在だ。領主代行である『水の巫女』ミーシャ・リディア・ハートフィールドももうすぐ合流が叶うことだろう。
「――もしもどっかで見てるんなら。顔の一つ、見せたって良いでしょうに? ……皆、『待ってます』って顔をしてるわよ。屹度ね」
 揶揄い笑ったゼファーの背中に、何者かの気配がチラついた。直感的に何かを感じた気がしてメルナはふと振り向いたのだった。
 だが、それは屹度気のせいだったはずだ。気のせいだった、としなくては。刃を交え、倒さねばならない存在であることを椿は知っていた。

 壊世の炎は燻ったまま。
 次に出会ったら、屹度――……

成否

成功

MVP

ゼファー(p3p007625)
祝福の風

状態異常

ゼファー(p3p007625)[重傷]
祝福の風

あとがき

 お疲れ様でした。
 MVPは民の保護のために一番身を張ったあなたへ。
 無事に護れて良かった。領主様はどこへ行ったのでしょう、ね。

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