シナリオ詳細
<ヴァーリの裁決>箱庭を食らう狼たち
オープニング
●三匹
黒い毛並みを逆立たせて、一匹の狼はグルルと喉を鳴らしうなり声を上げた。
三匹だけという小さな群れ。何より彼らは飢えていた。碌な食料も無く獲物を求めて森をさまよい歩いたが、めぼしい物は見当たらない。
血の滴るようなうまい肉を想像して涎が牙の間からこぼれ落ちる。
先走ってはいけない、獲物に夢中になってはいけないと必死に理性を働かせ、群れの親玉であるひときわ大きな狼は地面に伏せて『時』を待った。
すると、タタタッと地面を蹴る軽快な音が耳に届いた。
群れのボスは耳をひらりと傾けて、斜めに古傷の走る左目を開いた。
『なんだ?』
『見つけましたよ、ロブ! うまそうな鳥が沢山いやがる!』
『やったな! うまい肉にありつける!』
はしゃぐ二匹と対照的に、ロブは嗄れた声でガウと鳴くと、興味を持ったのかピンと耳を立てて彼の方へと向ける。
『どの辺りだ』
『ここから1時間ほどかかりますが、のほほんと楽しそうに暮らしてやがりますからきっと食べられます!』
その言葉を聞いて二匹ははざわめき立ち、期待のまなざしでボスたるロブを見る。
『落ち着け』
しかし宥め賺すように嫌に落ち着いた声で笑うだけだ。飢えた狼たちの不満げな唸り声を聞いても、ロブはすました顔で報告した狼を見るばかり。
『ここは賢く、そして確実に食事にありつこうじゃ無いか』
ずる賢く獰猛な笑顔を浮かべて、ロブは視線の先――とある貴婦人の愛しき箱庭のある方角を見た。
●Prologue:miniature garden
「イレギュラーズの皆さん、事件なのです! ちょっとこっちに来てください!」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が声をかけると同時に手招きをする。ローレットの隅の方に移動すると、そこにはメイメイ・ルー(p3p004460)の姿があった。
「実は、メイメイさんの領地『とある貴婦人の愛しき箱庭』が襲われたのです」
ここ最近イレギュラーズの領地が襲われるという事件が続いている。その中でメイメイの管理する箱庭が狼の魔物の被害に遭ったのだ。
メイメイが管理するのは王都メフ・メフィート郊外に所在する、とある貴族の所有する小さな領地だ。縁あってメイメイが手伝いを頼まれ、管理している。
箱庭と称されるその地は、花が咲き誇り自然あふれる風景が美しい庭園だ。寒さが緩み始め冬を越えようとする今、住人であるふわふわとした黄色い羽毛を持った小鳥の獣種たちは活動を活発化させるという時期だった。
そんな庭園を飢えた狼たちが餌を求めて襲い、住人達を食べようとしているのだ。
「知らせてくれた学者さん――執政官さんは、箱庭からローレットまで飛んできて、事を知らせてくれました。幸い、住人の皆さんは、庭園の門を閉ざして避難しています。
けれど、門を破られるのも時間の問題かもしれません……」
メイメイの小さな手の中で、学者さんと呼ばれた小鳥はぐったりと体を横たえていた。
「急いで飛んできたから、今はぐったりしています……」
心配そうに学者さんを見つめるメイメイ。そんな彼女に変わって、ユリーカがその先を語った。
「襲ってきているのはロブという個体を頂点にした三匹の群れです。とってもお腹が空いていて、見かけた庭園の住人を食べようとしているのです」
三匹の他には小柄な狼の形をした黒い影の精霊が、これに乗じて花を食らおうと集まってきてしまっている。
「それと、イレギュラーズの皆さんには知れ渡ってきているですけど……」
王家のレガリアの一つが眠る『古廟スラン・ロウ』の結界に何者かが侵入し、レガリアが奪われたという。
更には伝説の神鳥が眠る『神翼庭園ウィツィロ』の封印が暴かれたという。
それと同時に、幻想各地に多くの魔物が出現し始めた。中には怪王種(アロンゲノム)化した物も居る。今回襲撃した群れのボスであるロブは怪王種だという。
それを聞いたイレギュラーズは、不穏な気配が広がりつつあるのを感じ取った。領地が襲われたのも波紋の一つだろう。
「お願いします、箱庭を守るために、力を貸してください」
そして何より、いま目の前にある危機を救わなければ!
「きっと皆さんならグッドな結果をもたらしてくれます! 頑張ってくださいです」
ユリーカは力強く頷いて、イレギュラーズ達を送り出した。
- <ヴァーリの裁決>箱庭を食らう狼たち完了
- GM名水平彼方
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年03月28日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●追憶の庭より
王都メフ・メフィート郊外に所在する、小さな領地の一角にその庭園はあった。
領主の妻である女性が慈しみ、季節ごとに色とりどりの花で満たすその箱庭を任された『あたたかい笑顔』メイメイ・ルー(p3p004460)は、イレギュラーズ達の先頭に立って案内していた。
「此処には、奥様の大切な、大切な、思い出の場所があるのだと、伺っています」
一生懸命に管理している庭園を見せるのは、気恥ずかしさもあるが誇らしい。
美しい景色を目で楽しみながら、『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は敵の首魁である狂王種について考えていた。
事の始まりは王家のレガリアの一つが眠る『古廟スラン・ロウ』の結界に何者かが侵入し、レガリアが奪われた事に端を発する。
更に『神翼庭園ウィツィロ』の封印が暴かれたと同時に、幻想各地に多くの魔物が出現し始めた。
(古廟スラン・ロウの結界が破られて巨人が溢れ出した。それはわかるけど、どうして怪王種が……?)
「度重なる領地への襲撃……やれやれ、恐ろしいですねぇ。
幻想貴族としては早い所解決の目処が立たないと恐ろしくて貯まりませんよ。この騒ぎに乗じて悪巧みをするものも居るでしょうし……ま、私もその一人なわけですがね」
サクラの思案を知ってか知らずか、底知れない笑みをたたえた『悪徳貴族』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)は、一見柔和そうな体を崩すことなく『憂いて』いた。
(肉腫と同じで自然発生的に湧き出すものだと思ってたけど、こうも同時多発的に出現すると作為的なものを感じる。盗まれたレガリアになにか関係があったのかな……?)
ぐるぐると回り続けるだけで、今はまだ疑問が深まるばかりだ。
「いずれにしても人を襲う怪王種を放っておく事は出来ない!」
「ともあれ、まずはこの依頼を達成しましょうか」
ウィルドが頷くと、顔を上げたサクラは気持ちを切り替えて前を向く。
「狼に比べて人はとても弱い。
弱肉強食は動物世界の当たり前だけど、人の世界はそうじゃない。
弱い人間を非情な死より守るためにわたしがいるから」
「世の中が弱肉強食なのは知ってる。
オレたちだって動物の肉とか魚を食べて生きてるわけだしな。けど……”侵入者”はどうにかしないとだな! こっちの領域に侵入したなら、排除される覚悟があるってわけだもんな!
オレは容赦しねえぞ!」
『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が決意の言葉を述べると、『宵の明星』夕星(p3p009712)は元気よく拳を突き出して、気合いの程を示して見せた。
少し離れて庭園の花を堪能していた『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は、ひとしきり愛でたあと保護結界を展開した。
「俺の炎でうっかり花を燃やしちまったら大惨事だしなァ」
「ありがとう、ございます」
頭を下げたメイメイに、レイチェルは気にするなと片手を振って答えた。
「メイメイ殿の領地も狙われるとはな……。
それにしても『箱庭』か……懐かしい言葉だ」
『もふりたい』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の脳裏に浮かんだのは、半ば砂礫に埋もれた箱庭、死神を祀る教団だった。だがここには思い出に浸るために来たのではない。
「害をなすもの、それも怪王種だ、確実に排除しよう」
彼の言葉に、メイメイは気持ちを固めるように両手をぎゅっと握った。
「集まってくださった皆さまと共に……この庭園と、此処で暮らす方々を守り、ます」
(わ、わたしは、怯えるだけの、ひつじでは……ないのですから)
震えそうになる手をもう片方の手で包み込み目を閉じる。
指先を空へと伸ばし小鳥を放つ。
再び開いた紫の瞳から、迷いは失せていた。
●門前払い
狼たちは腹を空かせて、庭園へと姿を現した。
『おい、小鳥一匹居やしないぞ』
静かに唸る黒い毛並みの狼は取り巻き達ががうがうと何か吠えるのを尻目に、相対するイレギュラーズを見てせせら笑った。
すでに彼の興味は、オードブル代わりの余興へと注がれている。
アオオオオオオオオン!
ゆったりと前へ進むと天を仰ぎ咆哮する――戦闘開始の合図だ!
先頭を駆けるアーマデルが未練を残響として響かせる。
刃が軋り歌う声は悲しく、重なり合い不協和音となり便乗犯に呪詛を刻んだ。
「雷……影……狼……納得するような、しっくりこないような……?
雷は駆ける狼の如く疾いが、音と光を伴うものだ。本質的にはむしろ雷の落とした影、なのだろうか」
相手の本質を見透かそうと観察する目は、暗闇で獲物を狙う梟のようであった。
「まずはまとめてぶっ込んでやる!」
一斉にかけだした群れへと、続いて夕星が飛び出した。
頌義颰渦爪を振りかざし独楽のように回転すると、影の精霊を巻き込んで切り裂いた。
『周りに目をくれるな、餌場まで抜けろ!』
ボスの号令に従い、
これには黙っておけないと取り巻き達が夕星の脇を通り抜けようとした瞬間、狼の視界を巨体が遮った。
「ゲハハハッ! 残念だったなあ、犬コロども。こっから先はアリンコ一匹通れりゃしねえよ!」
『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)の蹴りによって吹き飛ばされた痩躯を見やり、にいい、と歯を見せて不敵に笑う。出鼻をくじかれた狼は体勢を整えながら今度はグドルフを見て唸る。
『よそ見するな! 構ってやるだけ思うつぼだ』
「さてさて、あなたのお相手はこちらです」
通り抜けようとするロブの前に立ったのはウィルドだ。
表情、態度、物腰。すべてが丁寧でそつが無く、不快に思わせる要素はない。だがそれだけではないと思わせるオーラに包まれて底が知れない。行く手を阻むように差し込まれた足がなんとも意地悪い。
そこを退けと吠える代わりに、ロブはウィルドの足に噛みついた。
「餓えた狼どもはお呼びじゃねぇよ。
美しい花に似合わねぇ、優雅さの欠片も無い連中は早々にお引き取り願おうか」
目の前の花に気をとられた貪欲な狼へと、レイチェルは血が滴る指先を向ける。赤い指が描いた魔方陣から?の柱が伸び、煌々と燃えさかる?は不届き者の牙を肺すら残さず焼き尽くす。
「天義の聖騎士、サクラ。参る!」
混然とし始める戦場に名乗りを上げて飛び込んだサクラ。武聖刀【禍斬・華】を抜刀し、周囲の敵を一刀のもとに斬り伏せる。
殺気立つ取り巻き達へとココロが神気閃光を放ち、激しく瞬く光で動きを鈍らせた。片割れの視線がココロへと向いたのを見て、手にした揺蕩う海音を握りしめる。
小鳥の目を借りて俯瞰するメイメイ。足止めは功を奏し、住民達が避難した門までまだ距離がある。
「今、わたしに出来ることを……!」
まっすぐに敵を見据えて力を巡らせ、不可視の刃を振り下ろす。ざっくりと切り開いた傷口から体が裂け、精霊は空へと溶けて消えていった。
ギャウッ! と飢えた狼の声が響く。グドルフは体に噛みついた痩せた狼を見て磊落に笑った。
「オウ、ハラ減ってんのか? 奇遇だね、おれさまもだ。こちとら絶対捕食者の人間サマだ、てめえらを丸焼きにして食っちまってもいいんだぜ?」
流れる血を事もなげに手にした獲物を振るうと、豪快に呪刻奪命剣を叩き込んだ。
軽快なステップを踏み機を窺う夕星は 頌義颰渦爪を振るい、よろめく精霊へと突風のように接近し一気に裂く。
「もう一体!」
ぐっと足を踏みしめて方向を変えると、近くに居た別の精霊を爪が捕らえた。
『チッ! しぶとい上に面倒な餌だな』
ウィルドの腕に噛みついたロブは、骨を噛み砕かん勢いで顎に力を込める。
「おっと、痛い痛い……私など食っても腹を下しますよ?」
血の滴る腕を見下ろしいかにも困った口ぶりだが、表情は最初とさほど変わらない。
「我らとともに……いま癒やします!」
ブルーゾイサイトを散りばめた魔導書を捲り、ヒールを一つ二つ鳴らす。その音は祝福を与え、団結を促す美しい大鐘のように厳かに響きウィルドに祝福と癒しをもたらした。
手を伸ばしそれが届く、ココロが救える命がある。それが出来るなんて、今日も良い日だ。
「ありがとうございます、ココロさん」
ウィルドは傷の塞がった腕を胸に当て、丁寧に一礼する。無事に動くことを見せつけるように振る舞う仕草に、敵は心底面白くなさそうに短く唸るだけだ。
「さて、精霊も残り少し」
超高速まで加速したアーマデルの凶手が瞬く間に急所を捕らえ、精霊の命を刈り取る。
「これで決めます!」
鞘に収めた聖刀を、呼吸を整え電光石火の早さで抜刀する。まるで桜が散るように火花の余韻を残し、最後の精霊が陽光の中に消えていった。
「あとは取り巻きの狼たちだな!」
夕星はぴょんと飛び跳ねるように駆けだして、一息にグドルフとココロが抑える二頭へと肉薄した。
加速したそのままに、グドルフが相手取る狼へとアクセルビートで斬る。
恨めしそうに夕星を見る狼、しかし飛びかかろうにもグドルフの存在へと募る怒りを抑えられない。
――ああ、クソ! こいつらがいなければ!
その男は巌のようだった。
巨躯に相応の力を備え、爪で引っ掻こうが噛みつこうが気にもとめず立ちはだかる。
その少女は海のようだった。
命と包み育むように傷を癒やし、敵意を向けられても決してひるまない。
腹立たしいほどに邪魔だった。邪魔なものは食い殺してしまえば良い、今までそうしてきたように。
だが届かない。
「よそ見とは余裕じゃないか」
レイチェルの焰が開いた傷を焼いていく。まるで飢えた狼の飢餓より高温で、痛々しいほどに粋を集めた彼女の憤怒が上回るようだ。
「生温いなあ。たかだか数日、数週間の餓えが積年の情を上回るとでも?」
ああ、クソが! ただ腹を満たしたいだけなのに!
咆哮とともに我武者羅に飛び込んだ。弱った体は最初ほどの勢いはなく、グドルフの目が彼の動きを捉えることは容易いものだった。
事もなげに躱し、タイミングを合わせて接近する夕星の爪が迫り――命もろとも斬る。
ただ生存の本能に従い心を焦がされた、哀れで愚かな狼二匹は、遂に無言になり地に横たわった。
●ロブ
『あいつらは弱かったか』
鼻で笑うような声には悲しみは微塵もなかった。
弱肉強食の世界では、弱者は強者の糧となる。
「狼が積極的に生きてる人間を襲う方を選ぶと人間が駆除のため軍隊を送り込み始めるから。それって狼全体が不幸になるんじゃないかな?」
『だからといって人間が狼に餌を恵むと? そりゃ無いな。結局は害があれば排除する。何もかも人間の都合の良いように管理されるだけだ』
「おやおや、どうしてもこちらのお話は聞いてもらえないと?」
『今すぐありつけなきゃ信じられないな。施しも無用だ、狩りの感覚が鈍る』
ロブの目からは戦意は衰えず、未だ門の方向へと駆け出す機会を虎視眈々と狙っている。
そのやりとりを聞いていたメイメイは、確りとまっすぐにロブを見つめたまま前へと進み出た。
「ロブさま、と言いましたね」
『そうだ』
「……お腹が空くのは、とてもつらいです、よね。けれど、食べていいものと、そうでないものが、あります」
『だとしたら?』
「わたしは、それを止めなくては……いけないのです」
紫の瞳は揺れながら、しかし視線を外すことはない。
「もし、もしも。
約束事を受け入れて、守れるのなら。……共に暮らすことも出来るのかもしれません」
(怪王種となってしまったからには、それも難しい…のでしょう、ね)
言外に諦めを持ちながら、希望を言葉にしたメイメイ。
『――今すぐそこをどいて門を開けるか、お前が餌になるかの二択だ!』
「……なら、わたしも、迷いません」
背中には大切な領民達、そして足下には奥様の思い出の庭園。
守るものを持った少女は決めた――この狼を倒すと。
お伽噺のようにすべて『めでたしめでたし』で終わらなくとも、メイメイには守らなければならないものがある。
「ヒツジが狼をブチのめすなんておもしれえ話だろ? おら、ヒツジの嬢ちゃん、ガツンとやってやれ!」
ロブの鼻っ面を殴り飛ばしながらグドルフが叫ぶ。
「はい……わたしは、おびえるだけの、ひつじでは……ないのですから!」
もう一度言い聞かせるように、今度は声に出して自身を奮い立たせる。
敵を見定め、目を逸らさず見据えれば、呼吸を整えて力を巡らせる。
「走って!」
影が弾けるようにして、漆黒の犬がロブ目掛けて疾走する。メイメイの牙として狂王種へと食らいつく。
ここが仕掛け時とレイチェルは右半身に刻まれた術式の制限を解き放った。
「神は復讐を咎める、神の怒りに任せよと」
低く地を這うような声音に呼応して力が膨れ上がり、体の裡側から食い破らんと暴れ出す。
「だが神は手を差し伸べず、故にこの手を鮮血に染めよう。
復讐するは”我”にあり──!」
滴る血を燃やし、魔力を薪にして焰は勢いを増していく。
「憤怒、そして復讐の焔こそ我が刃。復讐の果てに燃え尽きるのが我が生なり!」
最後に注ぐのは憤怒という油だ。
レイチェルという異界の吸血鬼を体現した焰がロブを丸々と飲み込んだ。
「ああ、やっとあなたに仕返しが出来ますね。あまり攻撃は得意ではないのですが……」
『その顔でよく言う!』
笑顔のままのウィルドだが、纏う雰囲気は痺れるほどの闘気を纏っていた。
「本当ですよ。攻撃ならば、ほら」
バックハンドブロウを叩き込んだウィルドが示す先には、体勢を落とし刀の柄に手をかけたサクラの姿があった。
「賢いみたいだけど……イレギュラーズの厄介さは知らなかったみたいだね!」
ハンズオブグローリーで強化したサクラは狂い咲く花のような一閃を見舞った。
刀を返すようにもう一太刀。花びらが揺らぎ舞い落ちるような、滅びる間際の危うい美しさを秘めた太刀筋が狼の古傷を狙って襲いかかる。
『退けえっ!!』
満身創痍の体にどこにそんな力が遺っていたのか、グドルフへと力任せに体当たりすると体勢を崩し出来た隙間に体をねじ込んだ。
「どっちの足が速いか勝負しようぜ!」
足に自信のある夕星がこれにすぐさま応じロブをマークする。
「よっしゃ、どんな相手でも手は抜かねえ! 野山を駆け回って鍛えたこの脚力を思い知れ!」
軽快に石畳を蹴った夕星は速度を乗せてそのまま力に変換する。足を斬られもつれるように地面に転がる痩躯をみて、アーマデルは志半ばにして斃れた英霊が残した、未練の結晶が奏でる音色を響かせる。
それは信じた全てに裏切られてなお俯かない、その心こそが聖剣であると謳われし勇士の諦観。
「このまま落としきる」
氷の刃が降り注ぐと、固い地面にぶつかり高く堅い音を奏でた。
しかしどれ一つとして互いに響き合うことはない。まるでかの勇士の生きた道を再現するような、虚しい音色だった。
背中から腹へと突き破った氷剣をみて、その場にどうと音をたてて倒れるロブ。
『届かない、か……』
様ァ無いなと呟くと、ごぼりと音を立てて口から血塊を吐き出した。
「チームワークは私達の方が上だったね!」
『なんだ、お前ら……狩りができるんじゃ、ないか』
はくはくと口を動かして喋る口調に覇気は無く、ヒューと笛のような音が混じっている。
「いいえ、これは、狩りではありません」
メイメイはロブの元に歩み寄ると、膝を折りロブの視線の先に跪いた。
「なぜなら、わたしたちは、守るために、戦ったのですから」
メイメイの言葉を聞いて、ロブは少しだけ笑った。
『そうかよ……ああ、腹が減ったな』
そう言い残して、狂王種の狼・ロブは息を引き取った。
●花想う
倒れた狂王種の亡骸を値踏みするように見た山賊は、艶のある黒々とした毛並みを見てほお、と唇の端をつり上げた。
「ハッ。野生の犬コロの肉なんざ、臭ェ上に固くて喰えたモンじゃねえのさ。だが毛皮は高く売れそうだ。最期に利用価値を見出して貰ったんだ、喜びな!」
剥ぎ取るにせよ今この場で――これ以上箱庭を血で汚すのは気が引けた。縄で足を縛り戦果を担ぎ上げると、鼻歌交じりに箱庭を出た。
「メイメイ殿。差し支えなければ、俺は育てるのには向いていないが、せめて片づけくらいは手伝おう」
「ありがとう、ございます。とても、助かります」
紫の瞳を柔らかく細めて、メイメイは嬉しそうに笑った。
レイチェルの保護結界の効果もあって、イレギュラーズ達が花園を踏み荒らすことはなかった。
ただ所々食いちぎられた花びらを見つけると、そっと痛んだ部分を摘み取った。
「次は、どんな花が、似合うでしょうか」
夏に向けて青々とした葉を茂らすのも良い。垣根や竿に絡むツタ植物や、大輪の向日葵なんかも映えるだろう。
(奥様……)
彼女の思い出をなぞるように、そして新たな彩りで満たすように。
メイメイはまた花々で庭園を満たし、新たな景色で彩っていく。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした!
思い出の庭園は皆様の力により無事に守られ、平穏を取り戻しました。
MVPはメイメイさんに。危機に立ち向かうために勇気を振り絞ったあなたに贈ります。
この度はご参加ありがとうございました。
GMコメント
水平彼方です。とある貴婦人の愛しき箱庭の危機をお救いください。
●達成条件
すべての敵の撃破
●ロケーション
『とある貴婦人の愛しき箱庭』庭園
花が咲き誇り、自然溢れる風景が美しい庭園。
王都メフ・メフィート郊外にあるメイメイ・ルーさんの領地です。
時間は昼下がり、早咲きの花々が咲く美しい光景が広がっています。
●敵
ロブ×1
小柄な人間ほどの体躯をした狼の怪王種。
黒い毛並みで、左目を斜めに走る古傷があります。
人語を解し、話すことも出来ます。
前衛アタッカーで狼らしくすばしっこいです。
取り巻きの狼×2
ロブの取り巻きの狼です。こちらは通常の魔物となっています。
人語は分かりませんが、ロブとは意思疎通が可能です。
飢えて衰弱しています、前衛アタッカーです。
影の精霊×8
小柄な狼の形をした、花を食らう精霊です。
狼たちの飢えに呼応する形で集まってきました。
雷の属性を持ち、対象に黒い雷を落として攻撃します。
●怪王種(アロンゲノム)とは
進行した滅びのアークによって世界に蔓延った現象のひとつです。
生物が突然変異的に高い戦闘力や知能を有し、それを周辺固体へ浸食させていきます。
いわゆる動物版の反転現象といわれ、ローレット・イレギュラーズの宿敵のひとつとなりました。
●ブレイブメダリオン
このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
このメダルはPC間で譲渡可能です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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