PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<リーグルの唄>亡き姫君の為のエスケープ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●親愛なるマルガレータ様へ
 マルガレータ様が亡くなった。

 美しく、聡明な方だった。彼女は奴隷にだって分け隔て無く接してくれていたのに。
 彼女の『遊び相手』として買われていった私は特別幸せな人生で有ったと思う。
 着用する衣服は彼女のおさがりであれど、かのじょの着せ替え人形であれど、質の良いものばかりだったし。
 食事だって彼女が同じモノを一緒に食べたいと乞うが故に、貴族令嬢と同じモノを与えられた。
 お人形役だった私は、髪に櫛を通され美しく着飾ることが多かった。
 暴力に怯え、殺しに震える毎日とは違う。

 私は、恵まれていたのに――マルガレータ様が亡くなった。
 
 私は、用済みになった。

●幻想王国
 幻想王国で行われた奴隷市に随分と『上物』が販売されているとの噂は直ぐに商人達の間に駆け巡った。
 かのミーミルンド家の令嬢の遊び相手であった奴隷達だという。一部はいくらかを賃金として受け取って故郷に戻ったそうだが、それ以上に戻る場所など無い奴隷達は再び市に売り出されることになったのだという。
 自らの選択であろうとも、待ち受ける未来は暗澹たるものであるかもしれないのに――心配する声も幾つもあったが、奴隷達は口を揃えてこう言ったのだ。

「もう、居場所がありませんから」

 ――以上が、伝え聞いた話であると月原・亮 (p3n000006)はそう言った。

「それでさ、奴隷市に販売されていた奴隷が複数居るんだけど『奴隷の転売』を行ってる奴がいるらしい。
 元の販売主であるミーミルンド男爵家は『奴隷を良き相手に販売する』と宣言していたから、それ程不幸な目には合わないと思われたんだけど、さ。
 まあ、転売されちゃあ……しょーがねえよなあ。元から、教育を受けてたり、令嬢の遊び相手だったってだけあってマナーも確りしてる。外見も悪くない奴等ばっかだし」
 亮は頬を掻いた。
 ミーミルンド男爵家は今は男爵という立場に甘んじているが、その昔、建国の時代には『王の相談役』と謳われた事もある。王家縁の家門で有るという。何代も前の当主が失脚し、何とか一命を取り留めたかのように男爵の座に就いたのだという。
 名門であったと言うだけあって噂の亡きご令嬢『マルガレータ・フォン・ミーミルンド』は教養もあり美しい娘であったのだという。一時はフォルデルマン三世のよき友人であり、其の儘婚約者になるだろうとさえ噂されたことのある娘だ。
『不運』が重なって『不幸』が訪れてからと言うもののミーミルンドは男爵家は驚くほどに不幸であった。マルガレータ周辺の『整理』を行っていることだけが伝え漏れる程度の……恐ろしい程の静寂が溢れていたのだ。
「ミーミルンド男爵家については俺も聞いた限りの情報しかないし、暫く静かだったって事と、名門であったって事で、それ程悪い噂もないし……まあ、此処で名前が出てくる方が可笑しいくらいなんだけどさ」
 亮は歯切れ悪く言葉を紡いだ。
「そんな『名門貴族が販売した子飼いの奴隷』を『転売すれば』どれ位儲かると思う?」
 ――そんなの、聞かなくったって分かる。
 其れ等を手籠めにしたいという貴族達は山ほど居る。マルガレータ嬢が着せ替え人形にして可愛がってきた七人の奴隷達。
 其れ其れに価値があるのは言わずもがなだ。
 何せ『元・国王の婚約者候補のペット』達なのだから――

「『スニージー』って渾名されていた奴隷が表向きは資産家の商人に販売された。
 残念ながら裏の顔はそりゃあ酷いもんで……。高値で売れる場所に適当に売りさばき続ける。商売相手は選ばない。
 だから、スニージーも此の儘じゃ、手酷い境遇の場所に売りさばかれると思う」
「それを助けに行くって?」
「いーや、スニージーが逃げ出したんだってさ。で、ここからが本題。
 ミーミルンド男爵家から『奴隷販売の契約条件』に違反している行いの商人からスニージーを取り返して欲しいって話し。
 彼女はマルガレータ嬢にとっちゃ、一番の親友だったんだって。販売条件は『人並みに生活を送らせる』事。
 ……まあ、それを履行してないって言うなら契約違反だって事なんだろうさ」
 亮はそれから、と口を開いた。
「それはスニージーにも伝えられてる。彼女は『教育を受けている奴隷』だから、商人邸から逃げ出した。
 向こうは追手を出してるけど、あっちは後ろ暗い事情がある。それはそれは、どうしようもない位の、さ。
 ……だから、適当に追っ払ってやればいいんだって。それからスニージーを保護して、ミーミルンド家の遣いのヒトに引き渡せって」
 それだけだよ、と亮は言った
 いや、『其れしか聞いてない』と困ったような顔をして「一緒に行ってくれる?」と心細そうにそう言った。

●スニージー
 マルガレータ様! マルガレータ様!
 嗚呼、嗚呼、どうしましょう。『お兄様』が仰っていたとおり、外は怖かった。『お兄様』が仰っていたとおり、外は酷かった。
 マルガレータ様の元に行きたかった。
 嗚呼、どうして……どうして、私を連れて行ってくれなかったの?
 やっぱり、あの人の言うとおりにした方が、貴女様の為になるのかしら――

GMコメント

夏あかねです。

●成功条件
 逃げ出した奴隷スニージーの保護

●幻想の森林
 商人邸が存在する森林地帯です。人目を避けるように奥まった場所にありました。
 障害物は木々などがありますが、それ程、目立って邪魔というわけではないでしょう。
 時刻は夕暮、お天気雨が降注ぎます。裸足の儘でスニージーは走り続けています。
 その背後からは距離を開けて奴隷商人の放った追手が追いかけてきているようです……。

●スニージー
 マルガレータ・フォン・ミーミルンド男爵令嬢の遊び相手。
 奴隷として購入されましたが彼女の遊び相手としてきちんとした教育を受け、貴族の子と遜色ないほどの知識量と知能を誇ります。
 食事も確りと与えられ、衣服も上等なものを与えられていましたが、『販売後』は契約違反により酷い格好をしています。
 マルガレータ嬢を何よりも崇拝して居たため、彼女の居ないミーミルンド家にはいられないと再度の『販売』を希望したそうですが、『余りの外の恐ろしさ』に怯え、家へ帰ろうと脱走しています。

●商人
 奴隷市でスニージーを購入した商人。表向きには資産家であり、スニージーを我が子のように可愛がるという契約で購入しました。
 その実、更に高値で質の良い奴隷を売りつけるために彼女の身に付けていた衣服は質に流し、鎖で繋いでいたようです。
 スニージーを逃せば男爵家に『目を付けられる』可能性があるために躍起になって追いかけてきます。
 生死は問いません。保身の為の戦闘行為は行えます。

●商人の連れる用心棒 *5
 商人を保護し、スニージーを捕えるために追いかけてくる用心棒達です。
 其れなりに腕が立つのか、高値で契約しています。スニージーを捕えた場合は更に報酬が加算されるそうです。戦闘能力は不明。

●補足:ミーミルンド家
 幻想貴族、男爵家。嘗ては王家の相談役として名門でしたが、今はその栄光も形を潜めています。
 当主の名はベルナール・フォン・ミーミルンド。年の離れた妹のマルガレータ・フォン・ミーミルンドを溺愛していたそうです。
 ですが、マルガレータが『不幸な事故』で死去してからと言うものの彼の姿を社交界で見ることは少なくなったようです……。
 スニージーの受け渡しはミーミルンドの使用人が行うそうです。保護後、ミーミルンド領へと足を運びスニージーを引き渡して下さい。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

 それでは、どうぞ、宜しくお願いします。

  • <リーグルの唄>亡き姫君の為のエスケープ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月15日 22時02分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
ルーチェ=B=アッロガーンス(p3p008156)
異世界転移魔王
オウェード=ランドマスター(p3p009184)
黒鉄守護
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

リプレイ


 奔る、奔る、地を蹴って。
 息を切らして少女は走り続けた。泥に濡れた娘は恐怖に打ち震えて掠れた声で繰り返す。

 たすけて、たすけて―――


「奴隷、ですか……」
『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)はその澄んだ眸に不快感を乗せた。幻想王国の教会に属する彼女は身に覚えの在る事であるというように事件のあらましを聞いている。
 教会という『組織』の一部が腐敗していたこと。身寄りのない子供達を奉仕活動として引き取って、秘密裏に売り飛ばしていたこと。一歩間違えば自身とて――思い出せば胃より何かが迫り上がるような陰鬱とした気分になる。
「逃げる奴隷なんて他人事には思えないし私の初仕事にはちょうどいいわね。張り切ってお仕事をしましょうか。……今の足だと森は歩きづらいけどこればっかりは慣れかしら」
 自身の脚を気遣うように『剣靴のプリマ』ヴィリス(p3p009671)はそっと接続部位を撫でた。嘗ては愛玩奴隷であったヴィリスは邪魔な鎖に囚われた喪ったはずの脚に痛みを感じたような何とも言えない気分になった。
「奴隷のぅ……」
 蓄えたあごひげを撫でた『英雄的振る舞い』オウェード=ランドマスター(p3p009184)は幻想を騒がせる大奴隷市を想い、憂う。自身の主として定めた貴族令嬢もこの自体には頭を痛めているだろう。
「奴隷か……。ようやくワシも解決に挑めるのう。ザントマン問題の後始末でもしようかね……」
 ザントマン、と口にされたその言葉に『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は険しい表情を見せる。奴隷と言えば、その事件がイレギュラーズ達にとっても根を深く張っているのだ。果たしてこの一件がその絡みであるかは定かではないが――
「奴隷の人っていうのは本当に『商品』なんだね……転売だとか……人に対する扱いとは思えない……」
 ぞう、と嫌な気配を感じたと呟く『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は蒼褪めた儘、唇を震わせた――「ひどい」と。
「酷い。うむ、その通りだ。今回の依頼は商人の元から脱走した奴隷であるか……。奴隷……。
 いや、なに、、最近余の領地に奴隷を迎いいれからな、すこし興味があってな。安心せい、件の商人のようなぞんざいな使いはしとらん」
『飼い主』に寄るのだと『異世界転移魔王』ルーチェ=B=アッロガーンス(p3p008156)は肩を竦める。そう、本件は『ミーミルンド男爵』が特別良き待遇を行ってくれる者へと躾を施した子らを販売したというのが始まりだ。
「ああ、もう。本当に莫迦……! 何で今更、鳥籠の鳥を放す様な真似が出来るんだか」
 呻いた『never miss you』ゼファー(p3p007625)。鳥籠の鳥を放して、『性善説』を信じ続ける男爵に頭痛を感じたと眉を寄せる。
「そんな優しくて日和った国じゃないってことぐらい、男爵様ともあれば御存じでしょうに……ねえ?」
「――そう、ですね」
 その言葉を口にしたとき『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は身につまされる想いであった。他人事ではない。売られてしまった奴隷の娘――それが、自身の過去にも触れるかのようで。
「個人的な感傷ではありますが……」
「いいえ、助けましょう。そして、残念なことだと思いますよ、実に。
 商人を名乗るなら、契約を反故にするのは悪手だ。以降の取引先に窮することになるというのに。短慮なことです」
 溜息を漏らした寛治はどのみちイレギュラーズが敵となった時点で明日は無いだろうと目を伏せて。


 森の中を進むゼファーは「どこかしらね」と小さく呟いた。息を切らす声、嗚咽。雨水や泥の跳ねる音。そうした可能性を求めるようにゼファーは直感を活かして進んだ。
 その後ろ、助けを呼ぶ声を手繰るオウェードは「凍えておるだろうに」と奴隷の娘のことを慮り苦しげに呟いた。ルーチェは「そうだな」と呟く。
「この雨が身体を冷やしてしまうからな。早めに探してやらねば。しかし……スニージー(くしゃみ)か。風邪でも引きやすいのか」
 揶揄うようなルーチェの言葉にクラリーチェは「それならば早めに見つけてあげましょう」と木々へと声を掛けた。クラリーチェの肩で休んだ小鳥はアレクシアから預かったものだ。
「森の中、きっと不安な思いをしているでしょう。早く助けなければいけませんね――彼方に向かいましょう」
 人の気配を探るように。一歩、二歩と進む。木々のざわめきに、追手の雑踏が混じる前に確保してやらねば身の危険が迫るだろう。

「スニージーさんの痕跡でしょうか」
 これ、とシフォリィが指さしたのは服の切れ端であった。粗末な衣服を引っかけた木々は強固であったのだろう。無理矢理に引きちぎられたであろう其れの向こう側にぬかるみの足跡が存在して居る。裸足で奔る娘の血の痕跡は天気雨で流れていくだろうか。
「森の中に人はいた? って皆に聞いてみたけれど、そうだね。近そう」
 アレクシアが木々へと耳を傾ければ其れ等はひそひそと内緒話を繰り返す。捜索を行うシフォリィとアレクシアの話し声を聞きながら『脚』で探すヴィリスは「何か見える?」と寛治に問い掛けた。
「そうですね。こちらではないなら――あちらか」
 寛治の視線が『痕跡』を辿る。他班であるオウェードが感じた助けを求める声をアレクシアも確かに感じたと、寛治の見る方向へとずんずんと進んだ。
 ファミリアーはクラリーチェに合流を呼び掛けるように宙をぐるりと踊り、その方向を示す。
 ヴィリスは「行きましょう」とオウェードと頷きあった。泥濘みでも自在に操る剣脚は竦むことはない。
 人の気配。濃い息遣い。合流したイレギュラーズの直ぐ傍から聞こえる其れは奔ることに疲弊したのか座り込んだ娘のものであった。
「――だ、だれ」
 怯えるその声に、シフォリィは唇を噛み締める。ズタズタになった足裏は石を踏み締めようとも構うことなく奔ってきたのだろう。幸いにして降り始めた雨が血を泥濘ませて大きな怪我にはならなかったか。
「私はクラリーチェと申します。貴女を助けに来たものです……取り急ぎ、これを」
 そっとブランケットを掛けたクラリーチェに肩を跳ねさせたスニージーは怯え孕んだ瞳で見上げる。「大丈夫だよ」と微笑んでスニージーの前に立ったアレクシアは木々のざわめきから追手の気配を感じていた。
「これがスニージーと……彼方から来るのがその追手であるな。商人は生かしておくとして、別に追手は始末しても構わんだろ?」
 問い掛けるルーチェに「勿論」とオウェードは小さく頷いた。自身を守るように立った八名、ゼファーは溜息を一つ、身の丈ほどの槍をゆっくりと構え囁く。
「――静かにしていてね、瞬きをしていれば終わるわ?」
 まるで寝かしつけるかのような優しい声音。どうして救いを与えてくれるのかと驚愕に染まった娘の前で寛治はすうと小さく息を吸った。
「やれやれ。商人だというならばもう少し賢く立ち回るべきですよ」
 ゼファーと寛治、その双方に対して飛びかかっていく傭兵の背を眺めて居た商人が唇を噛む。シフォリィは寛治の前へと滑り込み、クラリーチェがスニージーを後方へと連れ下がるのを確認する。
「此処で彼女を引き渡すわけにはいきません。退くのならば今のうちです」
「ひ――退ける訳が、ないだろぉ!」
 商人の悲痛な叫びを聞きシフォリィはそうですか、と小さく呟いた。仮にもミーミルンドは男爵家、それも『元・王家の相談役』であっただけあり、爵位は低いが派閥の構築が為されているらしい。其れ等に目を付けられて商売が立ち行かなくなることを懸念したのだろう。
「そいつを寄越せ! どうせ――どうせ……ただの金で雇われた傭兵だろ? な、なら、金なら出すから!」
「……いいえ、これは私的な事で申し訳ありませんが、奴隷の扱いが看過出来ないのです」
 アルテロンドの娘としてではない――それは、シフォリィという娘の個人的な感傷であったか。漆黒の片刃は愚直にも傭兵へと突き刺さる。
 身を翻したシフォリィが視線を送った先、スニージーの安全を確認するアレクシアが小さく頷く。クラリーチェは囁くように「私の後ろに隠れていてくださいね。怖いなら目を瞑っていてもいい。直ぐに終わります」とスニージーへと声を掛け、神秘の親和性を高めるように永訣の音を響かせていた。


 くそ、くそ、と男は何度も毒吐いた。欲に眩んだがこんなにもあっさりと奴隷が逃げ出すとは考えても居なかった――ミーミルンドの奴隷は教育が施され、貴族の子息同様の扱いで大金で売り払うことが出来たというのに――!
「小銭目当てのケチな連中ですもの。売られた喧嘩は買ってくれるでしょう?」
 僅かな笑み。銀を揺らしてゼファーは飛び込んだ。唯の人間で遜色ない命、特別でもない彼女は飽くことない当たり前の強欲を見せ付けるように傭兵達へと誘いを掛ける。掠める刃に構うことなく身を捻る。
 その場所へと飛び込んだのは卓越した防御力を破壊力へと変化させた強力なオウェードの一撃。
「自惚れたお前さんらの幸運は高額の報酬で受けた事……でも残念じゃったのう……! その幸運はこれで終わりじゃよッ!」
 勇者となるが如く。そうして振り下ろしたノルダインの武具に似た斧は泥濘みを掬い上げるように勢いよく。
「――ふふふ、一緒に踊りましょう?」
 戦いの音で踊るのは初めて――けれど、ヴィリスはそれも心地よいかと夜色の短刀を振りかざす。絶望の音色は因果を超える術式と共に傭兵達へと襲い掛かった。
「商人はお任せしても良いかしら? 奴隷商人って嫌いなのよ、私」
「ああ。傭兵だけを相手しよう。あいつらは始末しても構わんのだろう?」
 轟然たる音を響かせて、光が放たれる。ルーチェの『暗黒魔眼』は周囲の魔力を急襲し続ける。霧散する魔力は受け止めきれないと言わんばかりに光の奔流として傭兵達を貫いた。
「おまえたちは、捕まえるだけで報酬が上乗せされると聞いたのだろう? さぞ、おいしい依頼だと思ったであろうが、残念ながら上乗せできない。
 それどころが報酬は受け取れない。――なぜなら、おまえたちはここで倒れるからな!!」
 堂々と笑みを含ませたその物言い。魔王たる所以。ルーチェの傍らから飛び出したゼファーは「商人は此方で、ね。オーケー」と軽く笑みを浮かべ――
「ええ、ええ。私の手がうっかり滑らない様に祈ってなさいな」
「ひっ――!」
 男の息を飲む音を聞いた。粗削りの獣の槍術。乱撃を放ち、槍の先が商人へと差し迫る。
 助けてくれと言わんばかりに『ビジネスマン』然とした寛治へと擦り寄る商人へ冴え冴えとした視線を向け、男は肩を竦めた。
「――残念と、そう言うしかありません」
 紳士用ステッキ傘の先が商人へと向けられる。フルオーダーのテーラーメイドスーツに身を包んでぴしりと決めた紳士は『欲に眩んだ商人』を決して是とすることはないのだろう。
「お、お前もビジネスなら分かるだろう? 『売られた商品をどうしたって』良いじゃないか!」
「ええ、ですが契約を反故にするからこそ我々が訪れた。それは悪手としか言わざるを得ないでしょう」
 段取り良く。契約プランの確認を怠ったかの様に語る感じに商人は唇を噛んだ。無防備であった男は予備動作もなくスーツのショルダーホルスターから45口径拳銃を引き抜いて弾丸をお見舞いし続ける。唇を噛んだ男を見下ろしながらアレクシアは溜息を漏らした。
「奴隷って言われようとも、それは人間だよ」
 綺麗事だと言われようとも、少女は美しい世界を見てきた。だからこそ、商人の行いは赦せない。
 自身も奴隷であったヴィリスはその言葉に耳を傾けることはなかった。奴隷商人など嫌いだ。到底人間ではない愛玩動物の様な扱いを、是とする輩にどうして好感を覚えようか。
「――嫌いよ」
 囁くその声を支えるように歌うクラリーチェは「嫌いで良いのです」と目を細め、先行くシフォリィの刃が煌めいた。
 怯えるように商人が立ち上がり背を向ける。逃すものか、そんな容易に背を向けさせるものか。
 傭兵達へと躍る様に一撃はなったヴィリスの視線に頷いてオウェードが斧を振りかざす。
「ガハハハ! 逃げる気かッ! まさか雨が濡れてるのが嫌じゃから撤退とか? ――これが用心棒とローレット冒険者の違いじゃ! 逃すものか!」
 僅かに、地が揺れる音。振り下ろされた刃の傍らで息を飲んだ商人へルーチェは溜息と共に蹴撃を放った。
「おとなしくしていれば、痛い目に合わずに済んだものを。今回は半殺しで許しておいたのをありがたくおもうがよいぞ」


「――さて」
 ルーチェは座り込んでいたスニージーを見遣る。肩を跳ねさせて怯えたような視線を送る奴隷の娘に「そう怯えるな」とルーチェは頬を掻いた。
「あとはこやつをミーミルンド領まで送るだけであるな。……そう悲観するな、すくなくともそのミーミルンド領内なら安全だろうし、もう一人主と思えるようなひとがいるであろう?」
「け、けれど……ベルナール様は変わって仕舞われて……」
「変わって?」
 そう問い掛けたヴィリスにスニージーは言葉を詰らせる。ミーミルンドから出ることを望んだという彼女、それは『領主が変わってしまった』からなのだろうか。
「あなたはどうしたいの? どうなりたいのかしら。……あ、奴隷はやっぱりお勧めしないわよ? 私みたいになりたくないでしょう?」
 ヴィリスが指し示したのは自身の脚である。スニージーは息を飲み怯えたように彼女を見遣った。
「大丈夫かね? 戻るのが怖いのかね?」
「い、いいえ……ミーミルンドは良き場所です。わたしが、その、出たいと望んだらベルナール様は、良い場所に、って……で、ですから……」
 ベルナール様は悪い人手はないのです、と繰り返すスニージーにオウェードは奇妙な気持ちになる。ならば、どうして売り払うのか。何処かの貴族の養子にでもしてやれば良かったのではないか、と。
「大丈夫だよ。そう、怯えないで。もう安心して良いから、ね?」
 帽子を被せ、震えるスニージーの背を撫でたアレクシアは彼女は此れからどうなるのだろうと不安げに少女を覗き込んだ。愕然とした儘の彼女は「これから」と何度も繰り返す。そう、スニージーにとって大切であった貴族令嬢はもう居ない。それが彼女という奴隷が『貴族令嬢のお友達』を解雇された理由なのだから。
「スニージー、靴は履ける? プレゼントよ。森の中を裸足で歩きなんてしてたら、あっと言う間に破傷風になっちゃうんですから」
 ね、と微笑んだゼファーは「今は歩くのが辛いなら負ぶさって。背負ってあげるから」と優しい声音で語りかける。
「……有難う」
「行く場所も帰る場所もないなら私のところに来る?
 こんな身体だから身の回りの世話をしてくれる人がいると助かるのよね。勿論やりたくなかったらやらなくていいし、もっといい働き口があればそっちにするといいわ。もし私のところに来るつもりがあるのなら……貴女は私が買いましょう」
 お金は借金になるかしらと呟くヴィリスに「其処までの負担を強いたくはない」とスニージーは首を振る。
「なるほど……リーゼロッテ様に処遇を任せ……えっ?」
 奴隷商人の処遇を、と言いかけたオウェードはアーベントロート派の招集を知り、彼女の指示を聞いて徐に頷いた。
 迎えに訪れた使用人へと寛治は「宜しいでしょうか」と声を掛ける。
「業務量も増えてきたので、そろそろ秘書を付けたいと思っていたのですよ。然るべき教育も受けているとあれば、是非弊社で雇用したい。身元も確かで支払い能力もある。引受先としての資格は十二分と自負しておりますが――如何でしょう?」
 白紙の小切手を差し出す寛治へと使用人は訳を知ったような顔をして「宜しければ此の儘引き取って頂いても構いません」と告げた。
「それはどういう?」
「貴方様は引受先として当家が求めるものと合致しております。ああ、けれど『スニージー』の名は変更してやって下さい。
 それはマルガレータ様が奴隷達に徐に付けただけの名。彼女も女性ですから美しい名を与えて頂けると幸いです」
 淡々と告げる使用人の言葉を聞きながらスニージーは「ベルナール様に、よろしくとお伝え下さい」と頭を下げる。
 先程前の怯えが抜けきった彼女は、何処か安心したような表情をしていた。
「しかし、男爵はマルガレータ嬢の……形見ともいえる方に執着を持たないのでしょうか……」
 シフォリィの言葉にスニージーは「変わってしまったから」と囁いた。その言葉に、そっとクラリーチェは言葉を添える。
「生きる者は須く、天に還ります。いつか、天に還り令嬢と再会する日が来る。
 その時の『お土産話』をこの世界で沢山作りませんか? ……男爵様にもそう、お伝えください」
 大切な人を失ったスニージー、そしてミーミルンド男爵。彼等に生きろとは云えないけれど、傷を癒してくれるはずと、そう信じていたい。
「ミーミルンド、か。……本当に『不運』が重なって『不幸』が偶然に続いてただけなら良いんですけど、ねえ?」
 その言葉に応える者は居ない。気付けば上がった雨はゼファーの前で一粒だけ、ぱちりと跳ねて。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 スニージーは『くしゃみ』と渾名されただけの女の子でした。
 ベルナール男爵は「名を改めてやって欲しい」と、そう進言して彼女の事はイレギュラーズに託したそうです。

 ミーミルンド、謎多き男爵家です。これからどうなるかは……。

PAGETOPPAGEBOTTOM