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シナリオ詳細

再現性帝都1920:帝都東京IDOLA

完了

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●赤く染まる心臓道路
 歴史の話をしよう。
 探求都市国家アデプトは、異世界から召喚された者達によって形成された、総ゆる世界の総ゆる文明の人間が集う場所。彼らの技術がいかんなく活用されたその国家は、混沌世界一と言えるほど快適な空調管理や安全管理が施された楽園だ。
 その中でも『再現性東京(アデプト・トーキョー)』は日本地域出身のウォーカーや、彼らに関心を持った者達が造り上げた区画。
 敷き詰められるように居並ぶ建築物、それらが放つ光源は周囲を照らし、街が眠るという事を知らない。そんな近代的な街並みは、地球からこの世界に召喚された日本人の“聖域”といっても差し支えない場所であった。

「……ここ、どこだろう……」
 『動物好きの』リトル・ドゥー(p3n000176)は、そんな再現性東京の、更に奥地に迷い込んでいた。
 パサジールルメスの民である彼女は、ファルベライズの解決を経て「イレギュラーズの力になりたい!」と情報屋の真似事をするようになった。
 暗くなる前に保護者の元へ戻る。そんな約束の下に行われる『ごっこ遊び』。そうやって再現性東京を探検していた……はずだった。
「だいーぶ、奥まで来ちゃったのかも」
 辿り着いた場所に見えるは、『2010街』にあるような堅牢な高層建築物とは違う、漆喰(しっくい)で白く仕上げられた建物。『1970街』では当たり前だったコンクリートの道路は、赤煉瓦に置き換わっている。
 瞳の中に焼きつくようなネオンサイン。イルミネエションの点滅はめまぐるしく――

 ――パッ。

 焼けついたネオンサインの色弾け、眼の中に散る蒼いスパアク。
 煉瓦造は真紅の血液を吸い込んで。モツト、モツト。あゝ この血によつて、聖域は啓示(けいし)せられるのである。
「あゝ。可哀(かわい)い、不行儀な奴め。聖域を踏み荒して赦されると思つてゐたのか。」
 少女は涙を翻(こぼ)すまいと、代わりに頬の上を血が伝はつて流れてゐた。

●IDEOLOGY
「あゝ――ああ。えぇ。そうです。窓から見えました。その碧い髪の少女は、赤煉瓦街の心臓道路で。頭を何度も殴られてました。」
 聴取の為に、ローレットの支部まで赴いてくれた“帝都1920街の情報屋”。彼女からソレを聞きだして『狗刃』エディ・ワイルダー(p3n000008)は胃液を吐きそうになった。
 発端はエディ・ワイルダーが「リトル・ドゥーの捜索」を保護者から頼まれた事からだ。単なる迷子捜しと高をくくっていたのだが……いくらか探し回ったところ、その子が血塗れになって倒れているところに出くわして、慌てて保護したという次第だ。
「貴方や、私が駆けつけねば意識を失つていた彼女は何処ぞに連れ去られていたでしょう。」
「……その、再現性東京……もとい、再現性帝都はそういう歓迎が当たり前なのか?」
「いいえ、それは違います。」
 情報屋から心外だと言わんばかりに睨まれた。その怒りご尤も。慌てて謝罪するエディ。

 再現性東京・希望ヶ浜では『完全な人間型』の者以外は街の人達に強く恐れられてしまう事があるらしい。
 もちろん、再現性東京内でもその度合いは時と場所によるだろう。
 昼中に獣人のエディが出歩いてたら「着ぐるみだー!」とか「おおかみさんだー」とか子供達の人気者になるかもしれないし、夜中に歩いていたら狼人間の化け物と誤解されて逃げられるかもしれない。
 彼らに等しく同じなのは、“ファンタジーの存在”あるいは“外から来た人間”という認識だ。
「ですが私達は外からきた人間を目にするなり殴つたり致しません。他の再現性東京だつて、たぶん、そうでしょう?」
「ではなにゆえに……」
「どこにも極端な人間はおるものです。」
 情報屋の女は、苦虫を噛み潰したような顔をした。
 曰く、再現性帝都にはファンタジーの存在を恐れる余り、街へやってくる『外来人の排除』を声高に叫んでいる人間が、ぽつん、ぽつん、と居(お)るらしい。

 ――あア。異端祭文化物地獄。さても地獄をどこぞと問えば。この再現性帝都の外にある。やって来るクル、クルリと。眼玉をくり抜くに違いない。修羅や畜生、餓鬼道の化物。数をつくした八百万。やって来たならその八百万。拳や剣で殺してしまえ。我ら“聖域”守る為。

「そう公に吹聴し回って他人を煽っている人間がおるのです。」
「そんな物騒な事を吹聴するヤツが?」
「ええ。ですが私の認識からいわせてもらえば。貴方のような獣の人妖ならまだしも、髪が碧いだけの子供を何度も何度も殴る方が畜生化物ではないでしょうか。その認識については帝都とて東京とて、同じでありましょう。」

 話を伝え終えた情報屋の女が帰ると、エディはイレギュラーズへ向き直った。
「簡潔にいえば、『女の子に乱暴を働いた男を、逮捕して欲しい』」
 彼は複雑そうに口(マズル)を両手でおさえながら、細く溜息を吐いた。
「帝都1920……えぇっと、タイショウだったか? ショウワだったか? そんな時代を再現した街並で、住民達の人柄もちょっとクセはあるが……他の再現性東京と大して変わらんはずだ。ちょっと機械が少ないとかそういった不便はありそうだが、そこだって他の国家で仕事するのと大差ないさ。問題はこれだ」
 そう言ったエディは、自分自身に親指を向けてみせた。
「……容姿だ。人間種(カオスシード)なら衣装を替え、言葉遣いや振る舞いに気を遣えば誤魔化せよう。だが俺のような見た目の獣種(ブルーブラッド)や旅人(ウォーカー)は、外来人だと即座にバレる」
 それは他の『非人間容姿』を持った種族についても同じ事がいえる。一般人からどういう対応をされるかその時の状況によるだろうが、少なくとも“外から来た人間”と“同じ街に住む身内”に対する反応は違うはずだ。
「なんにしてもだ。練達の首脳陣や保護者達から懸賞金が寄越されているし、この依頼を断る理由も特にない。帝都にとっても、外の人間にとっても『共通の敵』というわけだ。それを捜す事を、君達にも頼んでもいいかい?」
 エディぎこちない笑みを浮かべてながら、再現性東京から取り寄せた1920年代の衣服をイレギュラーズに着せようとしてくるのであった……。

GMコメント

 全2~3章予定のラリーとなります。

●成功条件
『外来人(リトル・ドゥー)を誘拐しようとした男の身元を捜索し、確保する』
『?』

●第一章
 再現性帝都の『心臓道路』と呼ばれる場所でリトル・ドゥーは誘拐されそうになりました。
 彼女を連れ去ろうとした男は、そこから逃げていく場面までは目撃されています。
 現地の情報屋曰く「外来人を異様に嫌う人間がいる。たぶんその手の人間の仕業でしょう」との推測が立てられました。
 何にしても、犯人を捕まえるには情報が足りません。
 各々の得意分野によって現地で情報を収集していき、そこから集まった情報から更に深層へ辿り着く必要性があるかもしれません。

●同行可能NPC
『狗刃』エディ・ワイルダー
 標準的な前衛能力を持った傭兵。同行を提案した場合、プレイヤーキャラクターに対する護衛を引き受けてもらえるでしょう。
 ただし彼を引き連れてると、外来人だと非常にバレ易いです。
(指示すれば顔を隠して衣装を替えるなどはしますが、目立ちます)

『動物好きの』リトル・ドゥー
 パサジール・ルメスの子供。動物と話せますが、戦闘能力は全く有していません。
 なお、犯人の顔は見ていませんが、声はハッキリ覚えているようです。

●プレイングについて
 特定の人と同じ節で描写希望の場合は、一行目に『【タグ】』あるいは『キャラクター名(ID)』をお願いします。
 また、今回は“非人間的な容姿”かどうかで左右される場面もあります。スキル『変化』『変化Ⅱ』の使用の旨も含めて、依頼に赴く際のキャラクターの容姿(ないし服装)について簡単に書き込んでいただけるとリプレイに反映されやすいかもしれません。

●『再現性東京』及び『再現性帝都』について
 主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
 再現性帝都1920は、その再現性東京と同じく練達に作られた一区画である。
 成り立ちについては他の再現性東京と変わりはないが、住民達は独特な文化を有するせいか再現性東京の枠組みから外れ、『再現性帝都』を自称しています。
(再現性東京1920自体は、また別の区域として存在しているらしい)
 再現性東京と再現性帝都の違う部分は、住民達の「地球人である」という自負や自立・自活の精神が強く、帝都住民同士との交流は密接で……外の世界と関わる事に消極的な事です。
 彼らの言動は奔放的――かつ、どことなく排外的――で、他の再現性東京と比べて外来人(特に非人間容姿)が物珍しい目で見られる事は多いかもしれません。
 再現された帝都の街並はまさしく近代化の過渡期にあり、場所によってはその差が著しく激しい。エスカレーターやエレベーターなど現代的な機械が導入されている建物がチラホラあるかと思って足を伸ばせば、そういった機械技術の浸食が及んでいない町村部(群部)もあるみたいです。
 そんな帝都の一般人にとって共通しているものは――異邦人が理由なく暴行されるというのは、彼らにとっても許しがたい事件という事です。

●赤煉瓦街・心臓道路
 赤煉瓦街。ネオンサインやイルミネエションが眩しい商業・娯楽の盛んな地です。(1920年代の)流行の最先端をゆく街であり、映画、演劇、ショウ、そして劇場――それらを楽しむ人々が押し寄せる活気のある街です。
 赤煉瓦街とはいうものの、建築物は漆喰で塗り固められており赤いのは歩道だけ。その見た目から『心臓道路』と呼ばれています。
 多数の商店やカフェーが立ち並んでおり、洋食を提供する店では、キレイな女給さんがお客さんとの噂話に興じているダトカナントカ……。
 また、特筆すべき文化としては外からやってきた異邦人が、現地人とは『趣の違った優れた(あるいは特異な)容姿』を見込まれ女給さん・俳優として雇われる事がしばしばあるそうです。
 もし平時に寄ってそういうお声を掛けられたならば、貴方も帝都の一員として加わってみるのもどうでせうか。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • 再現性帝都1920:帝都東京IDOLA完了
  • GM名稗田 ケロ子
  • 種別ラリー
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月28日 20時50分
  • 章数2章
  • 総採用数29人
  • 参加費50RC

第2章

第2章 第1節

 『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は戻ってくるなり、その場に待機していたイレギュラーズ達に告げる。
「誘拐犯、突き止めたよ」
「ま、まったく。エクスマリア殿がおってよかったわい……」
 焦りのあまり汗をダラダラと垂れ流す『英雄的振る舞い』オウェード=ランドマスター(p3p009184)。一悶着起きる寸前に介入出来たとか何とか……ひとまず彼らの話を聞く事にした。
「なに、劇団長が?」
 驚いたように顔を上げるエディ。
「あぁ、帰ってくる間にアイツが誰なのか何人かに聞いたから。間違いない」
 誘拐犯だと断定づけた相手は劇団IDOLAの劇団長『藤野 幻雲』。劇団を纏める一方で、帝都の人気役者として活躍しており、親外派――異邦人を歓迎するタイプの人間――として評判高い。
「なんだってそんな人間が異邦人を誘拐をしておるんじゃ?」
「分からん。物珍しい特技を持った劇団員欲しさとか? そもそも、なんで誘拐された奴らは逃げ出さないんだ」
 エクスマリアとオウェードがあぁでもないこうでもないと話し合う。
「――いっぱい共謀者が潜んでるからじゃないかな」
「なんだって?」
 リトルとオイリを宥めていた『神は許さなくても私が許そう』白夜 希(p3p009099)が、その辺りに関して口を挟んだ。
 件の人物が誘拐犯だと確信した直後、周囲に控えの劇団員や一般人がドヨドヨ集まってきた場面で『エネミーサーチ』というスキルが劇団員とおぼしき人物全員に反応したという。
「わ、ワシら敵陣真っ只中に踏み込んでおったという事か!? 誘拐犯も強気に出てきたと思うたら、道理で……」
「まぁ、親外派っていうのも『演技』だろうね。たぶん、IDOLAってとこの劇団員全員が誘拐の事知ってて、賛同してて」
「――『逃げたら殺す』あるいは『他の異邦人も殺す』とでも脅しておけば、そうそう逃げ出せぬだろうな」

 ……彼女達の話を一旦纏めよう。
 イレギュラーズは『劇団IDOLA』という一座が、今回の事件の主犯である事を突き止めた。
 誘拐された異邦人達は何故か劇の一役に出演させられており……脅されていてなのか逃げ出せぬ状況にいる様子。
「異邦人の劇団員に総じて言える事は、非人間的か帝都外の特徴が何処かしらにある事だ。例えば獣耳や、練達風の衣服……」
 それら以外の劇団員は、イレギュラーズに対して敵対的であるのは確実だと説明される。

 この事を受けて練達側から追加で、「行方不明者を救出して欲しい」というオーダーが出された。

●成功条件
『劇団長の藤野 幻雲を撃破する』
『行方不明者を一人も死亡させず、助け出す』
 劇団に囚われた行方不明者は六人。現在、舞台上と控え室を入れ替わり立ち替わりしながら劇を続けている……。

●第二章・フィールド
 舞台は帝都の大型劇場へ移ります。
 犯人確定化の報せを受けて、そのまま救出依頼が発令された状態です。現在、劇団IDOLAによる舞台公演の真っ只中。
 行方不明者の救出が、この章においての最優先事項です。
 イレギュラーズ『潜入』及び『戦闘』能力によって、行方不明者を救出する必要があります。

 大型劇場の内部は、大きく分けて四つです。
・一般人が多く行き交う切符売り場と、入場確認がなされる入り口周辺。
・それに隣接するように配置された、一般人・劇団員共に利用する売店や食堂。
・関係者以外立ち入り禁止の楽屋と舞台。それらを繋ぐ地域。
・――そして大人数の劇団員が蔓延る舞台と、一般人が大勢席に座っているメインホール。

●エネミー
劇団員:×二十人(救出対象除く)
 事前の調査から人数のみ判明しています。救出対象同様、舞台や楽屋などを入れ替わり立ち替わり舞台を続けています。

『劇団長』藤野 幻雲
 誘拐事件の主犯。高水準の機動力と、近接能力を持っている事が戦闘を行ったイレギュラーズから判明しています。

警備員:入り口周辺を中心に複数人
 正確には敵対者ではありませんが、不審な行動を取る者は彼らに差し止められる可能性があります。
 劇場へ入るには彼らに不審がられないように潜入するか、イレギュラーズが排除あるいは説得する必要があるでしょう。
 ただし彼らは一般人の為、依頼の性質上『不殺』以外で倒してはいけません。

●同行可能NPC
『狗刃』エディ・ワイルダー
 標準的な前衛能力を持った傭兵。『不殺』持ち。
 イレギュラーズ側が何かしらの手段で劇場への潜入を手伝うと、イレギュラーズ側に有利な戦闘・工作を行ってくれます。
 戦闘に自信が無い場合、他のイレギュラーズを援護する場合などに使えるでしょう。


第2章 第2節

白夜 希(p3p009099)
死生の魔女

「救出作戦を練ろうにも……誰がどこにいて、自分の足で抜け出せるかを確認しないと……」
 希は和服の着付けを女性陣に手伝ってもらっている。
「わたしも行く」
「オイリはお留守番」
 希は宥めるように指示する。が、オイリは首を振る。
「え。いや? やっぱり?」
「放っておけない」
「……わかった。一緒に行こっか」

 まず作戦は、劇団員と一般人が共用する飲食店の区域で粘る事にした。
 一般人のささめく声。希が振り向くと、先刻の獣種――そして劇団員。
 獣種は希達に気付いた様子で驚き、立ち止まる。そこにオイリが踏み込んだ。
「サイン下さい!!」

 劇団員の険しい目を背に、獣種と希は非常に小さな声で囁き合った。
「お、おいらグスタフ……た、助け」
「えぇ、分かってる……こほん、派手な舞台でしたけど、練習で怪我とかはされないので?」
「いや怪我なんてしていない。先輩方がつきっきりの世話を見てるし!!」
 “救出対象は全員無傷、ただし常に監視兼護衛が数人いる”か。
 グスタフは、再び小さな声で希に伝えた。
「おいら、見ちゃったんだ……」
「何が?」
「劇、異邦人役者がクライマックス直前で主人公を拳銃で撃ち殺す場面があるんだけど、団長がその拳銃に実弾を仕込んでいるのを」
「それに何の意味が――まさか」
 役者同士の銃殺。『異邦人が帝都の人間を殺害する乱心』として幕が引かれ、それは帝都と外の世界の友好関係に甚大な傷跡を残すに違いなかった……。

成否

成功


第2章 第3節

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
ティスル ティル(p3p006151)
銀すずめ
ドゥー・ウーヤー(p3p007913)
海を越えて
アイシャ(p3p008698)
スノウ・ホワイト
白夜 希(p3p009099)
死生の魔女

「ウォッカなんて一気するからだよ」
 顔を赤らめぐでんぐでんになった警備員のいくらかを目の前に、希は呆れ返ったように微笑んでいた。
 警備員に魔眼の能力を使い、差し入れの体で一気飲みを勧めたところ、それが上手い具合にハマってくれた。彼らも悪意のある人間でないだけに、直球的なアクシデントを仕掛けられると弱いらしい。
 主任の警備員らしき人物が「お前らどうした。」と困った素振りで寄ってきた。
「酔っ払っちゃったようで……」
「職務中に?」
 空っぽのスキットルを見せると、その警備員は顔を真っ赤にして酔っ払った者達を怒鳴り始めた。まぁ、当然の反応か。
 ともかくとして、希は予定通り彼に対して賄賂を片手にこう言い寄った。
「……ここで働こうかなって外のお友達が見にくるので、ちょっと怪しい恰好の人が来ても通してもれませんか?」

 その事に対して、イレギュラーズは拒絶される事はなかった。希の醸し出す雰囲気が役者に適うものだったのかもしれない。
「お、おい。待て。この黒い怪物も舞台の役者志望なのか?」
 黒いヒトガタの、オラボナを目の前に怯える警備員。「さすがに無理か?」と希は首を傾げるが、その警備員に対しオラボナは堂々と歩み寄る。
「同一奇譚(わたし)が貴様で貴様が同一奇譚(わたし)ならば、通る事も『当たり前』だろう。さあ、道を開け給え――その先には捲るべき頁が在るのだ」
 警備主任は怯えながらも「成る程。悪鬼羅刹の類を担えそうだ。」と大いに納得した。満足そうに体を揺らして、奥の方へ行くオラボナ。

「……ティスルさん、傷は大丈夫?」
「ふふ、アイシャが治療してくれたからもう治ってるよ。それにしても、あっちは上手くやっているようね」
 二人が気を惹いてくれている分、現地人として振る舞うティスルとアイシャ、ウーヤーは警備員の妨害なく中に踏み入る事が出来た。
 三人は色々な人が入り交じる売店辺りを中心に、救出対象や劇団員に工作を仕掛ける機会を待つ。
「偶像、幻影、心に現れる心象の意味……」
「どうしたのアイシャ?」
「イドラの意味をちょっと思い返してて」
 彼女が推察を述べる。思想や学説によって生じた誤り。権威や伝統への盲信から生じる偏見。思想家達の舞台の上のドラマに眩惑され事実を見誤ってしまう事。
「帝都すらその幻雲って人が創り出した幻だったりして」
「まさか」
「……いや、そんなに間違ってないかも」
 横聞きしていたウーヤーが、『現地人のいくらかが異邦人を嫌っていた』だとか『異邦人に現地人の役者を殺させようとしている』だとか話を改めて説明した。
「幻雲って人は、つまり帝都に根付く『異邦人排除』を確たるものとする為に、そんな事件をでっち上げ――」
 ウーヤーが突如声を潜めた。異邦人の役者が二人やってきたらしい。
「……異邦人の役者さんですね?」
「そ、そうだけど」
 前に聞いた獣種のグスタフと――特徴的な耳の長さ。ハーモニアの女性。
「ぼく、貴方の大ファンなんです!」
 ウーヤーは大袈裟に振る舞った。周囲を護衛する劇団員も、イレギュラーズ達を特に怪しく思っていない。……“劇団員は幻雲のように熟達したウォーカーというわけではない”のか?
 差し入れという体でメモを渡し、ハーモニアの役者だけに「自分達は貴方達を助けにきた」と伝え、救出に役立ちそうな状況説明を促した。
「あ、あとサインを下さい」
「えぇ、喜んで」
 ウーヤーの言葉に応じるハーモニアの役者。
 ……そのサイン曰く、“舞台の出番でない時、トイレや衣装替え、舞台から降りた直後に孤立あるいは見張りがごく少数になりやすい”との事である。ならば関係者以外立ち入り禁止の場所で機会を窺えば……。
 アイシャはハーモニアや劇団員の様子を窺いつつ、洗脳の類を受けてないか窺う。
「ねぇねぇ、稽古って普段どんな事してるの?」
「え、えぇっと」
 ティスルとの会話を始めるグスタフ。アイシャの振る舞いを感じ取って、またこそこそと小声で何か伝えてきた。
「あ、あ。えっと……劇団長、戦い得意」
「そうみたいね」
「混乱の魔法、使える……」
 ティスルは額を押さえる。拳銃を握ったところにそれを使えば異邦人の乱射事件が出来上がりか。
 
「私達、入団を希望したいの」
 話もいくらか盛り上がりその最中、アイシャが劇団員に対してそう申し出た。
 一瞬彼らに困惑され、容姿といった部分を中心にじろじろ見られる。
「楽器を弾けるわ。そういう役者も必要でしょう?」
 音楽の技術に覚えがあるティスルがそう申し出ると、劇団員も好意的に頷いた。
「ハハハ。では、劇団長に会つて我々に相応しいか判断してもらおう。」
 そのようにして、関係者立ち入り禁止の区域へ進む事を促される。
 三人は異邦人を救出する機会を窺いながら、促されるまま進む。そうして舞台を降りた直後であろう、劇団長――藤野 幻雲と鉢合わせた。
「こ、こんにちは。私た――」「――何故貴様らが此処にいるのだ。」
 劇団員が無警戒であったのに対し、幻雲が仕掛けてくるのは早かった。
 杖の殴打を、液体金属を剣状に硬化させ、それで受け止めるティスル。
「やっぱり、彼らとひと味違うのね」
「シロウトの変装で騙されるとでも。」
 劇団員達はこのやり取りに困惑し、異邦人の役者を逃がさぬように腕を掴んで様子を見守る。
 ウーヤーやアイシャが援護を仕掛け、ティスルは幻雲を相手にと一合、二合と重ねていく。真っ向から体力を削り合い、そうして。
「……ッ!」
「なか/\物質的の苦痛位で醒めるやうな夢ではなかつた。」
 幻雲は一瞬の隙を突いて、魔剣を握ったティスルの腕を斬り裂いた。床にボタボタと血が垂れる。
「ティスルさん!」
「もう間に合わん!」
 アイシャの回復が向けられるが、その前に幻雲がトドメを刺そうと動く――そういったところで、ティスルと幻雲の合間に何か黒い影が踏み入った。
「……お前、殺したはずでは……?!」
「頭を穿った程度で“殺した”と認識するか。Nyahahahahahahahaha!!!」
 オラボナだ。彼女がティスルを庇い、そのまま魔術を込めた肩腕を幻雲に見舞い、彼の体を床へと押し潰した。
「……ッッッ!!」
「さて、我等『物語』を如何様に脚本(くみこむ)のか、教え給えよ」
 予想外の襲撃。四対一の体になり、幻雲は討ち取られる寸前か。さすがに劇団員達も援護に加わろうとし、異邦人達の腕を離した。直後。
「ぐわっ!?」
 希が『闇の果て』で劇団員の心の臓を愛撫し、そのまま昏倒させた。その隙に、グスタフとハーモニアの女性の手を引いていくオイリ。
「き、きみは……?」
「あの時、『助けて』って聞こえたから助けにきた」
「に、逃がすな!」
 幻雲はよろよろと立ち上がり、劇団員達に食い止める事を指示する。しかし彼らの視界を覆うように光る羽が舞い散り、劇団員達の体を切り裂いた。アイシャの光翼乱破か。
「こっち」
 劇団員達が盛大に混乱している隙に、予め調べておいた脱出経路に二人の役者、そして仲間達と共に向かう希。そのまま、イレギュラーズは見事に逃げ果せてみせた。

「大丈夫ですか。」
「ハハハ。やつてくれる」
 慌てる劇団員。半死半生ながら、不敵に笑う幻雲。
「劇を中断しますか? 今日でなくとも、別日に――」
「いいや」
 幻雲は首を振った。
「至つて、平然と振る舞え。今日は異邦人が、帝都にとつて害悪だと知らしめる絶好の日だ」

成否

成功


第2章 第4節

 ローレット支部。救出された行方不明者を目の前に、清次郎は彼らの聴取を進めると共に頭を抱えていた。
「どうした、行方不明者が見つかったのは喜ぶべきだろう」
 清次郎の様子を不思議そうに伺うエディ・ワイルダー。清次郎はおずおずとした様子で、謝罪し始めた。
「此方から大規模な支援は出せませぬ……。」
「行方不明者が目の前にいるのだ。そちらからも犯人がほぼ確定しているのに、何故だ?」
 
 曰く、現地の治安機関が動く事で犯人が『血迷った状態』に陥る事を畏れての事らしい。
「――まさか。我々のせいで、帝都で異邦人が殺される事など、あつてはならない。それこそ帝都の恥となる」
「ならば見過ごせというのですか!?」
 治安機関の内部同士でもその事について意見が紛糾しているようだが、どちら側にしても『人質がいる内は、組織的に大きくは動けない』という事らしい。
 
「……成る程。では、行方不明者を全員救出した後ならどうなる?」
「――藤野 幻雲は、帝都にとつて恥晒し……全市民に『帝都の敵』と知らしめるのは容易いでしょう」
 そうなれば、一般人の視線や潜入などに気を遣う必要も一切なくなるか。
 この時点で負傷している幻雲の排除を優先すべきか、行方不明者の救出を優先すべきか。エディは考え込んだ。


第2章 第5節

白夜 希(p3p009099)
死生の魔女

「獣種と幻想種が逃げ出したらしい。」
「なに?」
 異邦人がお手洗いに入っている合間、その入り口で二人の劇団員が言い合っている。
「娘に厠を使わせてもらえるか」
 そこに、サングラスとマスク……とにかく怪しい風体をしたドーベルマンの獣種が、人間種の子供と一緒に踏み込んで来た。
「一般客用の厠を使つてくれまいか。」
「順番待ちだったんだ」
「誘拐犯か?」
「えぇぇ……」
 あまりに怪しすぎて、疑われる獣種。
「あぁ、埒があかない」
 そんな話が交わされていると、鎖状のナニカが飛んできて一方の劇団員を殴り付ける。
「な――」
 怯んだ劇団員の頸動脈を絞めるように、獣種――エディが壁へ押さえつける。
「二人でも制圧出来そうね。オイリ、手を出さなくていいわ」
「貴様ら。」
 エディは残りの劇団員の無力化しようとするが、希が一旦制止した。

「寝返れだと?」
「そう。劇の最後に異邦人が団員を殺す銃乱射事件が用意がされてる」
「承知の上だ。“聖域”を守る為の、いわば殉教である。」
「観客に被害が出るのも?」
 劇団員の眉がぴくりと眉が動いた。
 観客にまで被害が出る可能性までは、耳に入っていないらしい。
「まぁ今は異邦人を連れて行かせてもらうよ」
 芽を植え付けておけば口の上手い仲間がどうにか出来るかもしれぬ。トイレから出てきた救出対象を、一先ず外へ連れ出す事にした。

「わ、私また何処かに誘拐されますの?」
「そんなに誘拐犯に見えるのか……」

成否

成功


第2章 第6節

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
グレイル・テンペスタ(p3p001964)
青混じる氷狼
セリア=ファンベル(p3p004040)
初日吊り候補
ティスル ティル(p3p006151)
銀すずめ
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
デボレア・ウォーカー(p3p007395)
海に出た山師
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
アイシャ(p3p008698)
スノウ・ホワイト
白夜 希(p3p009099)
死生の魔女
チクワ=ザ=アークゴッド(p3p009420)
誰だお前!

「不審者?」
 護衛対象を連れ去られた劇団員は「闖入者に怪我をさせられた」と入り口の警備員にそれとなく相談を持ちかけていた。
「ははあ。それでは劇を中断して警察に」
「いいや、とんでもない。」
 警備員が警察を呼ぶという保守的な考えを提示した瞬間、劇団員は慌てて首を振る。警備員が訝しげに眉を顰めると、劇団員は言葉を重ねた。
「こちらの事情で劇を中断したとあっては観客に大金を返さねばならない。」
 警備員達は呆れたような顔をした。しかし、警察を呼ばない理由としては一応の納得は出来る。
「では。せめてその悪党の人相を教えて下さい。」
 劇団員は正直に伝えるか少し考えた。しかし彼女らと話した事が気になる。
 単なる戯言だとは思うが――
「おおい。こちらにきてみろう」
 頬を赤らめ、職務中に飲酒をしていた警備員らが何やら黄色い声をあげていた。
 劇場入り口の壁に、何か愉快なモノがあるらしい。警備主任は顰めていた眉を吊り上げて、他の警備員を引き連れて彼らを叱りつけに行く。劇団員も気になる余り、そちらに様子を見に行った。
「新手の宣伝だろうか? 如何にも先進的であるな。」
 客も、そうでない者も、足を止めてその壁にあるものを眺めている。
 壁に描かれた内容は、さて。異邦人の姿である。白無垢を着た獣人――他人目に見て秀美な――の、物憂げな姿が投影されている。
 これに劇団員は驚いた。壁に投影されていたのは先ほど話していた『闖入者』その人なのだ。アレが舞台や楽屋へ侵入するのを未然に防ぐべく、来た道を走る。奔る。
 そうして劇団長の幻雲がいる区域手前まで差し掛かった辺りだろうか。
「……しょうがない、ちょっと荒っぽく行きましょっか」
 廊下をひた走る劇団員の体が、ぐわりと宙を舞った。何が起こった? 足元を異常な速さで水面蹴りを仕掛けられたのだ。
 劇団員は勢いそのままに、廊下に顎を打ち付ける。骨にヒビが入ったかもしれない。
 激痛に呻きながら立ち上がろうもするも、それをピタリとやめた。彼の獣人――アイシャが、魔術を射出する直前であったからだ。
「……『聖域』とはこの劇場の事ですか? それともこの街自体を仰っているのですか?」


 行方不明者の中に、モクシャというアイドル志望の練達人がいた。彼女は演技の技術が壊滅的であったが、夢への情熱だけは人一倍であった。
「せっかく舞台にあがれる機会なのに、皆は逃げ出したいなんて贅沢ねぇ」
 劇団に連れて来られた事こそ無理矢理であったものの、彼女はこれものし上がる機会だと考えていた。この区域で人気者になって、いずれ練達全域で有名人になると。
「そうよ、未開の地で一躍羨望される異邦人のアイドルなんて。なんていかにもそれっぽいじゃない。オホホ……」
 誘拐された身の上にも関わらず暢気にそのような夢を描いている彼女を、監視の劇団員達は白眼視する。
 そんな最中、扉が蹴り破られかねない勢いで開かれた。そちらの方に皆の目が向く。入り口の方で警備員と相談していたはずの劇団員だった。
「どうした。」
 仲間の劇団員が心配そうに声をかける。
「幻雲さんがお呼びだ。」
 入ってきた劇団員はそう事情を説明しながら、モクシャの腕を掴み上げた。ここまで脳天気一辺倒だった彼女もこれには不安そうな顔を浮かべる。だがリーダー格が呼んでいるともなれば、一同にとって特に差し止める理由はない。
 早足でその部屋から出て行くモクシャと劇団員。そうしてしばらく。
「待って。こちらは舞台ではありませんわ?」
「分かっている。」
 通路の奥迫った方へ向かう。舞台とは全く的外れな方向だ。モクシャは妄想を深めて、青ざめた。「まさか、マクラ営ぎょ
 そこに待ち構えていたのは、獣種と飛行種の女性二人。
「……ありがとう。これで『引き金』が引かれてしまう前にお救いできます」
「殺しはナシにしといてよかったわね。ふふ」
 彼女達はアイシャとティスルと名乗り、事情を説明しながらモクシャの手を引いて避難を始める。

 時間は少し遡る。
 アイシャが立ち上がろうとする劇団員を気絶させるべく、聖光を撃ち放とうとしたところだ。
「とりあえず、流血は待って。何がそんなに気に入らないの。聴くよ?」
 同行していた希がそんな事を呟いた。その劇団員は動作を緩やかにし、口を開く。
「混沌世界は魑魅魍魎の集まりだ。皆が団結して交流を閉じておかねば、いずれ魔物や魔種の類が入り込んでくるに違いない。」
 数多の世界と人に触れた経験のある希にとって、その保守的な主張も一定の理解は出来る。

「……気持ちはわからなくもない。でもこの街は貴方達の所有物ではない。でも大正時代っていうのは、文明開化の後、民主主義を発展させていこうとした時代。新しい世界を受け入れて、少しづつみんなで良い方向にと、動いた時代」
 希は歴史観をおおまかに述べながら、続けて劇団員を説得しようとした。
「和平の使者は武器を持たないってね」
 武器を置いて両手をかざして、無防備なまま彼の前に歩み寄る。
「……話を聞こう。」
 希は他のイレギュラーズと顔を合わせ、頷く。ラダが一歩前に踏み出した。
「幻雲が観客すら巻き込む可能性についてはどう思う」
 劇団員は「そんなはずがない!」と言い返そうとするが、希の方から間髪入れずに言葉を続けた。
「異邦人が役者を殺した後、『殺人鬼だ!』とヨッテタカッテそいつをリンチにする計画なんでしょう。殺した後は、その異邦人のある事ない事仕立てあげて。だけど、その異邦人がそのまま抵抗してくる事や観客が巻き込まれる事を考えてないの? ――そもそも拳銃に込められた弾丸は一発だった? 役者を殺すだけなら予備は必要ない」
 希はそういう言い分で相手を押し黙らせた。一同は彼女の援護に目を白黒させつつも、実際は的を射ていたので話を続ける。
「我々の狙いはあくまで行方不明者の救出と団長の対処にある」
 ラダは穏便に語りかける。今ならまだ死人は出ていない。異邦人にも、現地人にも。だから幻雲の試みる事が皆の意に反する事であれば――
「異邦人に対し、自分達の生活圏を守りたい気持ちは当然のものだ。その為にも協力して欲しい」
 ――劇団員は十数秒悩んだ末、彼女らの主張に頷いた。

「んだよ、蓋を開けてみれば全部真っ黒か。だが……団長は団員に全部話してる訳じゃなさそうだな。ったく、気に入らねぇな」
「イケるなら対処を済ませてしまおう。弾を抜くだけでもいいはずだ」
 アルヴァ達は先の流れを思い返しながら、衣装や小物が押し込められた部屋へ向かう。ペテンのオモチャではなく、人を撃ち殺せる実銃が何処かにあるはずだ。
 一旦アルヴァとエクスマリア、ラダとアーマデルの二組に別れる。ラダ達は物置の方を探そうと踏み入った。
「おい何をしている。」
 通りかかった劇団員に怪しまれた。アーマデルがいたって冷静に歩み出る。
「再現性東京の警察だ。ここにモクシャという異邦人はいるか?」
 相手の顔の皺が深まる。
「何の用で来た?」
「彼女は――練達で指名手配されている稀代の詐欺師だ。目撃情報を得て、捕まえに来た」
 劇団員は一瞬ぎょっとするが、すぐに素知らぬ顔をする。
「いや、知らんな。」
 食わせものだ。この劇団員もその手の人間だけあって演技は上手い。とはいえ、問題はそこではないのだ。
「匿っているのではないか? いくらか話を聞かせてもらってもいいな」
 アーマデルがその場しのぎの口上を大袈裟に並べ立て気を惹いている間に、ラダが急いで拳銃の捜索を開始する。
「アーマデルもあそこまで肝が据わっているとはな」
「神威六神通とは中々の便利な代物だな……」
 エクスマリアの指示とラダの耳の良さを武器に、衣装や演劇道具が押し込められている部屋へ潜入を試みる。
 そこに案外見張りなどは居ないようで、侵入自体はおおむね問題なかった。
「……とはいえ、この中から探すのか」
 劇場の規模に伴い、演技道具は数多い――何か手がかりはないか。
 そういったところで、何者かが踏み入ろうとしてくる気配を感じた。
「そろそろ例のものを届けよう。」
「丁重にな。」
「わかつている。」
 ラダは早めに逃げ出す事も考えたが、ふと自分達の内に不殺の技術を持った者がいた事を思い出して考えを変えた。
「アーマデル。ちょっとこっちに来てくれ」
 事情聴取中のアーマデルの腕を、エクスマリアが引っ張っていく。対応していた劇団員は困惑して追いかけようとするが、そこを……稀代の詐欺師モクシャが差し止めた?
「お、オホホホ。さぁ、わたくしが役者街道を駆け上がる為の舞台を続けましょう?」

 視点は舞台と観客席の方に移る。
『ああお父様どうか私の――』
「見てられん……」
 エディ・ワイルダーはグレイルと共に、舞台の行く末を見守っていた。
 警備事情がズタズタなのもあって、グレイルとエディは容易く観客席に入り込めたまではいい。残り二人の異邦人を見分けるのも、彼らの特徴からそれは容易かった。
 だが、一人の――半獣半人の少女が物の見事に『ヒロイン』役として舞台に出突っ張りで手が出せない。演技も拙く、まさしく二重の意味で見ていられなかった。
「……異邦人を嫌う……ねえ……これまでも色々とやっていそうだし……幻雲はこの手で『潰し』たいね……まるで昔のことのようで……野放しにはできないよ……」
 沸き立つ怒りをおさえながら、ブツブツと幻雲への憎しみを吐露するグレイル。まるでブルーブラッドという存在自体が見世物小屋という舞台で、聴衆達の好奇の眼差しを受けているような感覚だ。
 傍らにいるオイリやデボレアは、真剣な眼差しで彼女を救い出す機会を窺っている。
「劇とか踊りは楽しくなきゃいけないんだから……! 拉致して無理やりやらせたり、ましてや劇や踊りで人を不幸にさせようとか絶対にダメなんだから……!」
「だがどうする。これでは……」
「私にいい考えがあるのだわ……!」
 そういって小さく胸を張るデボレア。エディとグレイルにコショコショと耳打ちした。

 もう一方の異邦人はというと、舞台の袖で待機している。ラージャンという初老のウォーカーで、クライマックスに主人公を撃ち殺す役目を言い渡されていた。
 どうにか隙を見て逃げ出した事が一度だけあったが、宿舎を出て帝都の外を目の前に、追いついて来た劇団長から物凄い力で押し倒されて何度も何度も頭を殴られた。
『――あア。異端祭文化物地獄。さても地獄をどこぞと問えば』
 帝都の一部で流行りの口上を狂ったように並べ立てられ、劇場へと引き戻された。
そこから抵抗しようとするのはやめた。
「オホホホ。私の出番でありますわー! 主人公を撃ち殺せばいいんですわねー!」
 銃を片手にモクシャが舞台袖まで入り込んできた。ラージャンや他の劇団員はこれに驚いた。
「お前はその役柄ではないだろう!」
 一同がそう差し止めようとするが、モクシャは気にせずにズカズカと舞台上へ踏み入る。
「ハハハ。好い。彼女にやらせてみよう。」
「しかし――」
「ン。私がそう言つたんだ。彼女にやらせてみよう。いいね?」
 幻雲が快活に笑いながら、劇団員を押し黙らせる。幻雲も舞台上にあがっていき、予定された口上を述べていく。
 ――衣装部屋から突如として大きな爆発音。
「火事だ!  舞台の大道具が燃えて次々に爆発してる!」
 劇団員達は一瞬動揺する。その隙を突くようにして、舞台袖の方に白い狼が出現した。
 狼は劇団員達の足を次々に食い破り、悲鳴をあげさせていく。ついにその喉笛を噛み切ろうとしたところで。
「Drop it!」
 エディが瀕死の劇団員達を取り押さえ、白狼――獣式スコル制止する。
「……ごめん、やりすぎた……」
「いや、上手くやってくれた」
「誰かが劇場に火を付けて回ってる! 犯人はきっと幻想種じゃないはず!」
「セリアアアアアア!?」
 爆発で陽動してはくれたが物の見事に自分だけ罪を逃れようとしているセリア。
 気を取り直して、グレイルとエディは腰を抜かしたラージャンの方を向く。
「大丈夫……?」
「あ、あぁ。舞台の方に」
「あぁ、分かってる。獣種の子と、モクシャという女の子二人だったか?」
 ラージャンは、その問いかけに慌てて首を振った。
「彼女は、“彼女ではない”!!」

 舞台や観客席にまで、その爆発や悲鳴の音は伝わっていた。
『おい。おかしくはないか。』
『警備員は何をしている。』
 どよどよと観客達がどよめいている。舞台から距離を取り、自主的に避難まで始めているモノもいる始末だ。
「水を差されたな。まあ、よい」
 彼は舞台にあがったモクシャに対して、小声で指示を出した。手に持った銃で主人公を撃ちたまえと。その目を見つめ合わせるように。
 魔眼あるいは混乱の魔術か何かを使うつもりだったのだろう。しかし、モクシャは目を背けたままである。
 彼女? はクククとせせら笑いながら、壊れた拳銃の引き金をカチカチと引いた。
「――女を惑わせるにゃその目は濁り過ぎてるぜ」
「……貴様、モクシャではないな?」
 モクシャに変装していた彼はその服を脱ぎ捨て、長毛のカツラを脱ぎ捨てる。
「アルヴァ=ラドスラフ。よそ者を嫌がる気持ちは俺にもわかるが、これはやり過ぎだぜ?」
「ちくわ大明神」
「ほうこの前の小ぞ――誰だ今の。」「ホント誰だお前!!?」
 置物と思っていたモアイが突如として幻雲に魔砲を射出し始めた。
「ぐ……?!!」
 無駄に高威力のこれに周囲の劇団員は薙ぎ払われ、巻き込まれかける幻雲。モアイ像が人間を襲う異様な光景に、観客はついに悲鳴をあげて逃げ始めた。
「衆生はすべて救われねばならぬ。ちくわの威光は遍く世界に無尽無辺に届かねばならぬ」
「チクワ=ザさん! さすがですわー!!」
 おでこを光らせて、舞台上の少女やチクワを誘導するデボレア。
 彼女の傍らには他のイレギュラーズも集結して、防備を築いていた。
「……!」
「小癪な魑魅魍魎共め!!!」
 モアイを抱えて走り出す獣種の少女。その背を追う幻雲。杖から刀を抜き、少女の胴を真っ二つにせしめようとした。

「……お前は魔眼が得意らしいな?」

 客席に座っていた一人の、褐色の少女――エクスマリアが舞台から飛び降りた幻雲と目を合わせた。
 伽藍瞳。まるでそれは鏡のように幻雲の瞳を映し出す。幻雲は咄嗟に魔術を仕掛けようとするが、途端に目がくり抜かれたようにして激痛が走った。
「――!!!!」
 一瞬、意識が飛ぶ。連日の負傷も重なって、もはや『死に体』の状態である。
「異端祭文化物地獄。地獄をどこ問えば。再現性帝都の外にある。やって来る。眼玉をくり抜くに違いない」
 後ろからか細い声が聞こえた。舞台上に取り残した――アルヴァ=ラドスラフ!!
「――俺の妹を痛めつけた事、死んで詫びろ」
 今度は遠距離戦。絶好の機会。その後ろから、アルヴァは魔導狙撃銃で幻雲の頭蓋を射貫き貫いた――。

成否

成功


第2章 第7節

 そうして、事件が解決してからの話である。。
「『怪奇――劇場に巣くうモアイ像』? 『観客席の闇に光る謎の物体』? 『髪を自由に操るMedoūsa(メドゥーサ)』に『壁に映り出る雪女』。『劇団員を食い殺す狼男』――アッハッハ。」
 帝都の情報屋は再びローレット支部を訪ねてくると、事件が纏められた記事を眺めて、大笑いしていた。
 ぶすっとした顔付きで、そんな記事を睨んでいる狗刃のエディ。自分達の事を妖怪か宇宙人かといった風に書き連ねられているのだからイレギュラーズにとって笑うに笑えない。
「そんな顔をなさらないで下さい。これらは、いつもこんな与太話ばかり書いている三流記事です。帝都の人間だって、頭から信じちゃいませんよ。」
 結論からいえば、幻雲が討たれた直後から劇団員の全てが潔く降参した。それぞれの思惑あってすっとぼけたり、素直に自白したり様々だが、行方不明者になっていた六人全てが救出されたのだ。他の証拠も併せて、劇団員が嘯いても事実は覆ったりするまい。
 そして藤野 幻雲は死んだ。帝都の人間は人気役者だった彼の訃報を悲しんだ。怒り狂うものもいた。
 だがしかし、その企てが警察によって発表されるなり、世間は手のひらを返した。『帝都の恥』だと。異邦人嫌いの人間でさえ、表向きに共感を示す者は皆無だ。
「気が狂った人間が異邦人を誘拐して、逃げ出しそうとした異邦人を殺そうとしたゆえ、駆けつけた協力者に銃殺された。それだけの話です。」
「もしも」
 エディは愉快そうに話す情報屋へ、一言だけ問いかける。
「もしも彼の企みが成功していたら?」
 情報屋はニコリと笑みを強めた。
「それこそ聖域に蔓延る一つのIDOLAとして君臨したのではないでしょうか。」
 IDOLA――『偶像(アイドル)』の語源。あるいは『先入観、誤り』。
 エディは帝都の政治や歴史の事など分からない。分かったとしても、幻雲のような人間と理解しあえるとは思えない。

「Edy殿!」
 入り口の方から、威厳的ながらも快活な呼び声が放たれる。事件に協力してくれた清次郎だ。何事かあったのだろうか?
「並び、特異運命座標点の方々! 帝都の警察の一人として御礼申し上げます! しかし、お手数をおかけ致しますがどうか事件の聴取にお付き合いを――」
 アッハッハ。情報屋がまた高笑いをする。バカ笑いと表現した方が宜しいか。
 エディは顔を顰めるように苦笑しながら、この事件に関わったイレギュラーズを再び呼び寄せた。
「さて、忙しくなるぞ」 
 ――彼ら帝都の人間が友好的になってくれた様子を見るに、帝都にはまだ幻雲のような人間はそう多くあるまい。

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