シナリオ詳細
狂い咲く烈火佳人
オープニング
●
思い起こせば、いつもそうだった。
父は、母は、いつも、いつも。
わたくしに対して言っていた。
何度聞いたかもわからない『ごめんね、今日の調子はいい?』は『おはよう』にも等しくて。
何度聞いたかもわからない『今日を越せてよかった』は『おやすみ』と同義だった。
この身が血を吐いて、この身が熱を発して、気づけば倒れていたって。
二人はいつも、慣れもしないで嘆いていた。悲しんでいた。
――――どうしたら、楽になるんだろう。
――――どうしたら、楽をさせられるんだろう。
――――どうしたら、悲しませなくなるんだろう。
いつもいつも、脳裏を過って、涙に代わるものはそれだけだった。
万病に効く薬は一秒の役にも立たず。
如来への祈りは気の迷いにも等しくて。
だから。
全て拭い去り、死ぬ場所は穏やかであれたらいいなと、あの町を選んだのに。
その声を聞いたのは、いつの日だっただろうか。
『妬ましくはない? 貴方を馬鹿にする奴であったって、貴方よりはもっともっと長生きするのよ?』
ええ、妬ましい。わたしの事を馬鹿にする奴も。わたしの前で楽しそうにしてる子供達も――妬ましいわ
『けれど、貴方には停滞さえ許されない。緩やかに死んでいく。泣いて縋ることさえ、許されない』
――いやだ! いやだ! いやだ! そんなの嫌だ! 死にたい! 死ぬのだったら、長く生きるなんて、そんなのいやだ!
『どうして? 貴方の両親は貴方を愛している。貴方の両親はあんなにも献身的なのに』
――だって! だってだってだって!
――あの人たちにだって分からない! この気持ちが! 分かるはずない!
「ずるいもの……お父さんも、お母さんも――大切なものがあって。
死ぬ前に、大切なものに会えて。わたしは、そんな物だって用意できないのに――」
口に出した言葉は蕩けるように体の奥底に溶け込んだ。
「……夢」
じっとりとした汗を拭うようにして、結紅は起き上がる。
艶のある黒髪が、布団の上に扇状の広がりを見せていた。
のそり、のそりと起き上がったその足元に、何かがぶつかった。
「ぁ――っ……そうだった」
何の気なしに見下ろして、自分が小突いたものを見てぽつりと言葉を漏らす。
「……ごめんなさい、もう我慢できなくて。堪えきれなかったの」
そのままそれの背中に突き立った刀を、片手で引っこ抜いた。
歩き出した足が、別の誰かを踏み抜いて、濡れた足を物ともせず、結紅は歩き出した。
●
「鹿ノ子さん、すこしよろしいですか?」
アナイス(p3n000154)は鹿ノ子(p3p007279)へ声をかけた。
「どうしたんッスか?」
偶然、ローレットにいた鹿ノ子は声を掛けられて首をかしげる。
「先日、高天京の外、とある村にてご夫婦のご遺体が見つかりました。
どうやら亡くなった翌日の発見にはなったようですが……
この事件において、被害者はその身を『刃物で焼きながら切り落とされて』いたそうです。
実は、この事件、数年前にも一度会ったらしいのです。
その犯人と目されていたのが、とある鬼人種の男性でした」
アナイスから手渡された資料を受け取ってみていた鹿ノ子は顔を上げて。
「その後、男性は捕まり冤罪の可能性が高いと釈放されました。
この2つの事件において、その人物が同じ現場にいたというのです」
「結紅さん……」
ぽつりと呟いた言葉に頷かれて鹿ノ子は言葉を飲んだ。
以前、護衛を頼まれて別れるときに見た、尋常じゃない動き。
「油断していた可能性もあるとはいえ、大の大人2人を武術の心得もないのに一突きで斬り捨てる、なんて芸当は……普通の人間にはむずかしいはず。
恐らくではありますが……既に彼女は魔種に転じています。討伐を、お願いします」
「……」
あまり長い付き合いではないが、彼女の茶屋でお茶をした日の事が脳裏によぎった。
●
血、肉が焼ける臭い。
悲鳴が上がり、次いで火の手が上がっていた。
「あはっ! あは、あははは!」
――その中心で、結紅は哄笑していた。
たった今、斬り下ろした少女の首が、焼け、溶けて裂けておちていく。
偶然、自然豊かなその療養地へ訪れていた10人の人々を焼き殺して、結紅は視線を空に向けた。
鹿ノ子たちがそこにたどり着いたのは、そんな時だった。
- 狂い咲く烈火佳人完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年03月17日 21時55分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「あははっ、あはは! はぁ……はぁ……はぁ……ぁぁぁ」
頭を抱えるようにして悶える結紅が、ちらり、イレギュラーズを見て、その視線が一人で停止する。
「ぁあ……鹿ノ子ちゃん……ふふふ、ごめんなさいね、こんな姿で……」
引きつったように笑い、結紅が『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)を見据えている。
その服に返り血はほとんどない。
斬りつけると同時に焼くことで、殆ど血が流れ出ていないのだろう。
「結紅さん……」
対し、鹿ノ子は静かに黒蝶を構えた。
ここで楽にしてあげることが、彼女にとっての救いだと信じて。
(あの時、あの場所で貴女を守れていたら、何かが違っていたのでしょうか)
沈思黙考する『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は気づけば錫杖を鳴らしていた。
かつて、彼女とたった一度だけ、護衛対象として出会ったことがある。
その時は、失敗した。だからこそ、あの時の事を微かに思う。
ほんのわずかでも、何かが変わっていたのではないかと。
「さて、また逢ったのう……
前回は不覚を取ったが今回はそうもいかんぞ?
もう逃がさん。ここで終いにするとしよう」
同じように以前にもあったことのある『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)が刀を手に見据えれば、結紅が小さく首を傾げ、そのまま黙した。
(……魔種の凶行、ですか。
……まぁ、さっさと倒してことを終わらせましょう。僕はこういうの、あまり好きじゃないです。
魔種になった人に何を言ったって通じないのでしょうがないんですが)
『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)はそんな様子を見ながら粛々と間合いを確かめる。
(嫉妬は、自ら薪を貪る、炎のようなもの。
もし逃せば、次はより強大な存在となって、牙を剥いてくることに、なる。
今日この場で、確実に仕留めねば、だ)
思案する『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)もまた、決意が静かに募っていた。
(数年前という事は、随分と長く潜伏していたのね。
此処で捕捉できたのは幸い、というべきか……
これ以上の被害を出させる訳には行かない)
同じように思考する『月下美人』久住・舞花(p3p005056)は、愛刀を構えながら、じっと出方をうかがっていた。
「ほうー魔種ですかー、さぞかしお強いんでしょーねー
そんな方の脚を頂けるとは、私は幸運ですねー」
そういう『《戦車(チャリオット)》』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)だったが、今回は脚を貰えることは無さそうだった。
結紅の脚に視線を舐めるように這わせて――けれど、和装の奥の脚はラインさえ不明瞭だ。
(不遇な状況で他人を妬むってんならわからなくもねぇが
愛してくれる両親もいたってぇ話だがよ……
ただ、反転ってそういうモンと言っちまえばそうかも知んねぇが)
同じように不条理を感じるのは『倫理コード違反』晋 飛(p3p008588)である。
人助けセンサーを試みるものの、残念ながら、反応はない。
ここにいた人々は――あちこちに転がる10人だけ。そして、彼らは全員、既に命はない。
イレギュラーズの戦術は、基本的に結紅を遮蔽物の多い場所に誘導することだ。
とはいえ、存在するコテージはそれ一つ一つは遮蔽物になっても、密集しているわけではない。
完全に望んだような場所というのは見つけられなかったが、彼女をコテージの壁際に向けて追い詰めるように展開していく。
●
ピリムの健脚は目にも止まるものではない。
自身の肉体に科されているはずの一種の安全装置を外し、ただでさえ爆発的な加速力を高めて放たれる斬撃は、音速を超えていく。
尋常ならざる超加速より放たれた刀裁きは、結紅の脚以外を切り刻む。
「結紅たそ……でしたっけー」
あなたのことは知りませんが、顔は笑ってますが随分と……」
「う、うぅぅ……ぁぁぁ……黙れ黙れ黙れ! 焼け落ちてしまえばいい!!」
技量も技術もない、ただの力任せの刀が振り抜かれ、ピリムの身体に強烈な傷を刻み付ける。
大きく開かれた傷口に炎が散り付いた。
「……苦しそうに戦うんですねー。もっと愉しみましょーよ」
いつものような独特の声で告げれば、結紅がぎろりとピリムを睨む。
刻み付けられた傷跡が、ちりちりと内側から漏れるような炎で微かに癒えていく。
火力を考えれば、完全にアドバンテージが取れるものではあるが。
「かっかっか、面妖な身体じゃのう! それにいい太刀筋じゃ。これは心が躍るわ!」
瑞鬼は大笑の後、刀を地面に向けた。
魔力が地面へと這い、侵食し、一時的な幽世への門を開く。
それは真っすぐに道を生みだして、滑るように冷気を走らせる。
遍く全てを白く包み込み幽世の雪が戦場の道を描いていった。
鹿ノ子は結紅と相対しながら、リーディングを試みた。
それは、あまりにも重い。
運が良かったのか、それは所謂『声』ではなかった。
嘆き、悲しみ、やりせなく、何よりも一番奥にある相反する――
「生きたくて……死にたくて……」
視線を結紅から離さない。
黒蝶を握り締めて、踏み込んでいく。
『生きていたい』という願望と『もう死にたい』という願望が入り混じった感情が、彼女からありありと感じ取れた。
「まったく……自分の欲求を抑えきれないなんて、魔種に落ちて当然なんですかね」
高い抵抗力を有する上に、運にも恵まれているらしい結紅へと、怒りを付与する戦術はあまり効果を発揮していなかった。
だから、ベークの主要な行動はこれに尽きていた。すなわち――二つの障壁に伴う大規模な術式展開。
落ち着いて悲しむような態度を取ったかと思えば、錯乱した様子で殴りつけてくる結紅へ、ベークは守りのかなめとして立ちふさがり続けていている。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
結紅が震えるような言葉でそう言ったかと思うと、信じられないほどの速さで足で蹴り飛ばしてくる。
後方へ吹っ飛ばされたベークは顔を上げた。
そこへ、同時にもう一度踏みつけるような蹴りが撃ち込まれ、さらに後退する。
「この程度で僕が落ちると思わないことです」
破砕された術式のうち、物理障壁を形成しなおしながら、ベークは啖呵を切って、術式に組み込んでいた敵の力の一部を反射させて叩きつけた。
対する結紅の眼が、嫉ましげに見下ろしていた。
「任せろ。マリアが立つ限り、他の誰も、倒れさせない。殺しきるまで、生かしきる」
エクスマリアは敵の猛攻を受けたベークの方へ魔力を高めていく。
もたらした大いなる天使の祝福が、ベークの傷口の幾らかを癒していく。
極限にまで突き詰め、あらゆる不安要素を削ぎ落としたうえでの術式は、鮮やかに戦場に満ちた傷を癒し続けていく。
きらりと、昏い金色の髪が風に揺らめいて、大気に干渉する。
美しき髪が大気にある魔力を吸収し、エクスマリア自身の魔力へと収束させていく。
いつかは終わりのくる――けれど、強い癒し手として、エクスマリアは倒れることなく、結紅を見据えていた、
「何を苦しんでやがる、そんなに美人だってのに顔を引き攣らせて勿体ねぇな!」
至近した晋 飛の声に、結紅がハッと顔を上げた。
AG越しにそれを見た晋 飛は短く笑うと、両腕から光を放つ。
それはAGが小さく感じられるような巨大な光の奔流と化して、やがて剣へと変質し――やたらめたらと結紅の身体へ傷を加えていく。
「俺ぁこんな形でもお前さんが生きててくれて嬉しいぜ。
こうして綺麗な顔見れるんだからよ!」
その斬撃に対する結紅の防御方法はあまりにもお粗末だった。
二条の光の束に切り刻まれるその身体に多くの傷が増えていく。
「……勿体ねえ」
舌打ちにも近しい言葉は、AGの外にはきっと漏れなかった。
(武術の心得が無いという話で、身のこなしも得物の扱いも確かに戦闘技術そのものは大したものではない)
ゆらゆらと揺らぎながら、不安定な敵の動向は、お世辞にも洗練されてるとは言い難い。
舞花は油断なく刃を構えながら、敵の事を観察する。
(攻撃性の高さ、アンバランスな身体能力と体捌きの技術の落差……
つまりはこれは、魔種としての身体能力によるごり押し……)
それは身体能力だけの話ではない。
戦いの運び方自体、持久戦など考えていない。
だからと言って、速攻を考えているかと言われても疑問が浮かぶ。
総じて、戦い慣れていない。
(これは、仮に仕留め損ねて戦闘経験を重ねられると非常に厄介な事になりそうね……)
そんな舞花の視界に、強烈な勢いで迫る黒刃が見えた。
打ったばかりの鉄のようにやや赤みを帯びた黒い刀は、力任せに舞花へ振り下ろされていた。
想像以上に伸びてくる刃を、体捌きで防ぎ、返す刀で踏み込んだ。
そのまま、刀に気を溜め結紅へ叩きつければ、後ろへと彼女が飛んでいく。
合わせ、舞花も踏み込み、神速の踏み込みと同時に紫電を迸らせた。
鮮やかな斬撃が、結紅の和服を焼き払い、傷を付ける。
無量はそれを合わせるように、軽く跳躍するように踏み込み、刺突を叩き込む。
三度に及ぶ刺突が、結紅を縫い付けていく。
「ぐぅぅぅ……あたまが、頭が……痛い……ぁぁ……――あああ……助けて。あぁぁぁぁ!!!!」
ぐるぐると、結紅の周囲に魔力が帯びていく。
「あはははは――――わたくしは、わたくしは……何てことをしたの? なんてことをするの?」
収束を続ける魔力が、やがて炎となって漏れていく。
結紅の手が震え、剣を掲げるように持って、振り抜いた。
その瞬間――尋常じゃない爆発力を持った紅蓮の焔が、結紅を中心に放たれた。
背後にあったコテージを焼き払い、周辺を融解させて、胡乱な真紅の瞳がイレギュラーズを見る。
ベークはそれを何とか術式で防ぎきると、術式に吸収させた分の魔力を敵目掛けて術式ごと叩きつけた。
術式が砕け、吸収された分の魔力が、質量となって爆発して結紅の身体に傷を付ける。
「言ったでしょう。この程度で僕が落ちると思わないことです……って」
強烈な力をぶちまけられた敵が、小さく血を吐いて後退する。
最速で対応したのは、やはりピリムだった。
「やはりお強いんですねー」
棒読みのまま、結紅目掛けて足を叩き込んだ。
それは幼い頃に暗殺者より継承した秘匿拳法。
足を棒のように見立て、急所や関節へとぶちまける蹴り飛ばしである。
傷を受けることなくとも、その強かな蹴りに、結紅の身体が微かに煽られた。
その上、体勢を立て直すと、ピリムは斬脚緋刀・火を抜いた。
真っすぐに見舞った斬撃が、煽られた結紅の胴部を流麗な軌跡を描いて切り刻む。
ベークは体勢を立て直すと、霊薬が入った小瓶の蓋を開いてあおる。
パンドラの輝きが集束する前に立ちあがり、結紅の前へと至近した。
見開かれた彼女の眼が、同様に揺らいでいる。
瑞鬼は自らの足元に刀を突きたてていた。
それを鍵のように、開かれたのは幽世の一頁。
黒く輝く月の光。恐ろしく美しき月の光にたった今受けた傷の幾らかが癒えていく。
「やれやれ……ほんに面妖じゃの……」
立ち上がって刀を構えた。強かに傷を受けたことを踏まえれば、瑞鬼にさえ通す理由を持っているのだろう。
だが、先程の様子を見るに、自分が好きに使える技というわけでもなさそうだった。
瑞鬼は刀の切っ先に魔力を収束させると、軽く払う。
放たれた魔力が幽世の扉を開き、紫色の雫が弾丸と化して結紅へと走り抜けた。
晋 飛はAGの両手に各々ショットガンとガトリングがんを構えると、二丁の引き金を同時韋弾いた。
刹那、強烈な弾丸の雨が、真っすぐに結紅へとぶちまけられた。
弾丸は結紅の身体の微かな隙を突くように叩き込まれ、ぐらりと体勢が崩れていく。
エクスマリアは、立ち位置自体、余波を受けることはなかった。
しかしながら、先程の一撃によって、傷を受けた仲間は多い。
「……まだマリアは倒れていない」
宣言でもするように、エクスマリアは真っすぐに告げた。
致命的な傷を受けた者や盾役を集中的に癒しを施していく。
深呼吸と共に刀身を抜き身に集中し、それを媒介にして大いなる天使の癒しを齎していく。
●
紅蓮の焔でその黒い装束を焼き尽くしながら、結紅が叫ぶ。
より一層の真紅に染まった瞳は見開かれ、涙にも見える物を流していた。
戦いは徐々にイレギュラーズ有利になりつつある。
強力な魔種ではあったが、体勢の立て直しを築けた結果、結紅に着実なダメージを加えていた。
「わたくしは……わたしはもう嫌なの! わたしの前で立つな、わたくしの前で……はぁ、はぁ」
ゆらり、ゆらりと幽鬼の如く揺れながら、胡乱に瞳を上げて。
結紅がこちらに刀を突きつける。
「もう……いや! みんなみんな、そんな風に立ってるだけで妬ましい。わたしにも欲しかった。
わたくしはただ、ただ人と同じように――ただ外を出て、ただ外で遊んで、普通に美味しいものを食べて。
そうやって、普通がしたかっただけ。妬ましい、嫉ましい、どいつもこいつも――」
「……そんなに他人が憎いですか、貴女は」
舞花は一歩前に出て、静かに問うた。
踏み込みの勢いを乗せ、振るい抜いた閃雷の太刀が、焔と化した腕を斬り払う。
「あはは……あはははは……痛い、痛いよ……ふふ」
斬り払われた傷口を撫でるように笑う。泣くような笑うような声で。
それはまるで、致命傷を喜んでいるかのようだった。
「濁り切ったお主の目に大切なものは映らんだろうよ。
汚れ切ったその手で大切なものは握れんよ」
その様子を見ながら、瑞鬼が静かに声をかけた。
「黄泉路への手向けじゃ。せめてすぱりと首を落としてやろう」
すらりと握った雪月花に、彼女の眼が映っていた。
「貴女にも、気付かなかっただけで大切なものがあったのではないのですか?
ではなければ何故、魔に身を窶してもその情動のままに振る舞わなかったのですか」
無量は踏み込むと共に、声をかけた。
少なくとも、あの日までは極限の天秤で揺れ動いていた。
恐らくは、魔の衝動を抑え込もうと必死に生きてきたのだろう。
「貴女の両親が貴女を大切に思った様に。
貴女にも守りたい何かが、失いたくない何かがあったのでは無いのですか!
だからこそ焦がす程の衝動を抑え暮らしていたのではないのですか!」
「知らない! 知らない知らない! 分からない! わたくしにはもう! 分からない!」
炎の室力が感情に揺れて増大し、陽炎さえ生みだしていく。
絶叫に近い言葉は、こちらを振り払うようだ。
「……苦しんでいた貴女を救えなかった事実は変わらない。
貴方が守ろうとして居たものを捨てさせてしまった事も変わらない」
たとえそれが殆ど傾き切りそうだった天秤に、ただ本の一つ、重しを付け加えてしまっただけなのだったとしても……いいや。
「だからこそ、貴女の全てを私が背負う。
貴女の発する焔が貴女の罪ならば、我が身が怨嗟の熱に焼かれようが構わない」
握りしめる太刀に、思いがけず力がこもっていた。
その声もまた、熱を帯びていた。
「其れを切り裂き、その身を焦す業火より救ってみせる!」
真っすぐな踏み込みと、落ち着いた振り抜き。
「だからもう――燃やさなくても良いのですよ」
振り抜いた刃が駆け抜け、真っすぐに結紅の首筋に大きな傷口を押し開き、その体勢を傾けさせた。
「結紅さん、ずっとずっと辛かったんッスね」
鹿ノ子は小さく呟いて、結紅の前に立った。
彼女の視線が、鹿ノ子を見つめていた。
震えながら、結紅の双眸がブレる。
刹那――結紅は握りしめた日本刀を、力いっぱい、鹿ノ子めがけて突き出した。
鹿ノ子はそれに踏み込んだ。
刃が二の腕を貫通し、激痛が駆け抜け、肉の焼ける音と焼ける痛みが駆け抜ける。
「その悲しみや苦しみを、完全には理解してあげられないけれど。
でも、できることならその痛みから解放してあげたいッス!」
熱を帯び始めた貫通させられた腕ではない方で、黒蝶を握る。
鹿ノ子は無意識に緊張でもするように深呼吸していた。
ここに来ると決まったあの時から、決めていた。
「出会った頃のあの笑顔が作り物だなんて、僕は思いたくないから!」
勢いよくそう言えば、鹿ノ子は握りしめた黒刀を真っすぐに振り下ろした。
ただの振り下ろしに、全霊を籠めていた。
命さえ、可能性の限りを尽くして願う。
奇跡ではなくとも――気付けばいつか見た、光景が脳裏に浮かんでくる。
初めて知り合った時の、店先で笑いかけられた笑み。
良く行くようになってから、休憩時間に一緒にお茶をして、お団子を食べて雑談をした時の笑み。
少なくとも、その時の彼女が、嘘だったとは思えなかった。
だからこそ、苦しませずすむように――ただ一息で。
「……さよなら」
両断した刃の向こう側、いつか見たあの日のように、その表情がほっとしたような笑みを浮かべる結紅がそこにいた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
結紅は穏やかに眠れたことでしょう。
MVPは鹿ノ子さんの覚悟へ。
また、いくつか称号を出しました。
GMコメント
こんばんは、春野紅葉です。
あの日以来、姿を消した結紅の消息がつかめました。
これ以上の凶行をさせぬためにもここで止めましょう。
●オーダー
結紅の討伐もしくは撃退
●フィールド
高天京離れた寂れた村落。
療養などのために訪れる人が多いという場所のようです。
家屋やコテージ風の建築物が存在しており、遮蔽物などになるでしょう。
●エネミーデータ
・『狂乱する炎花』結紅
魔種です。数年前に反転した結果、それまでの病弱な身体から一変し、健康体となりました。
属性は『嫉妬』――生きとし生きる全てが憎たらしく腹立たしく妬ましいのです。
日本刀を握り、狂乱に染まった紅の眼を覗かせる黒髪の女性。
物神両面型、物神攻、命中、抵抗、CTが高く、その他の能力値は少し低めですが、
あくまでも魔種なので、油断できかねる物と考えていただければと思います。
<スキル>
焼け落ちてしまえばいい!(A):熱を帯びた刀で力任せに叩きつけて対象を攻撃します。
神至単 威力中 【崩れ】【業炎】【炎獄】
邪魔しないで!!(A):対象目掛けて振り抜いた刃より紅蓮の花が舞い踊るでしょう。
神遠扇 威力中 【万能】【業炎】【炎獄】【苦鳴】
殺したい、殺したい、殺さなきゃ(A):狂気に満ちた暴走を以って魔の膂力を振るうでしょう。
物至単 威力大 【業炎】【炎獄】【致命】【必殺】【ブレイク】
ごめんなさい、ごめんなさい(A):その加速は人非ざる故に
物遠単 威力中【万能】【飛】【移】【追撃】【ブレイク】
???(EX):???
??? 威力大 【火炎】【業炎】【炎獄】【???】【???】
反転虚弱体質(P):落ちた先の望んだ身体
【毒無効】【火炎無効】【崩し無効】【不吉無効】【再生小】
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はB-です。
公開された情報に嘘はありませんが、不測の事態が起きる可能性があります。
Tweet