PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<希譚>猩々緋の紙縒<呪仔>

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●CMソング
 ――大切なお別れを、まごころ込めて。阿僧祇霊園です。

●希譚
[注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
[注:繙読後、何かの気配を感じたとしても決して振り向かないで下さい。]

 希望ヶ浜の聞いてはいけない話。希望ヶ浜の本当にあった怖い話。
 『希望ヶ浜 怪異譚』……それは希望ヶ浜に古くから伝わっている都市伝説を蒐集した一冊の書。実在しているかさえも都市伝説であるこの書には様々な物語が綴られている。
 その中の一つとして語られるのが『石神地区の真性怪異』
『石神地区』は山と田舎、土着信仰にフォーカスを当てて設計された地区である。利用者が減少した去夢鉄道石神線は廃線となり、交通手段が脆弱で在る事が人口流出に拍車を掛けているそんな場所に、一つの噂がある。

 ――最終電車も終わった後の深夜1時23分に去夢鉄道中央駅に来るはずのない電車が停車する。其れに乗ったら異世界へと連れて行かれるんだって…….。

 希望ヶ浜学園では調査隊を編成、石神駅へと向けて進む石神線の『最終後の幽霊列車』へと乗り込んだ。そこで待ち受けていたのは奇妙な怪異と異界である石神地区。
 その際に『真性怪異』より呼ばれた者が多数出て、石神山上ダムの底に沈んだ『筈』の来名戸村――異界と貸したダムの底に沈んだ村――へと訪れることとなった。
 希望ヶ浜学園の調査隊は異界にて来名戸神と呼ばれる神と出会い、それより何とか逃げ果せたが背中には常に何かの視線を感じる者が増えることに……。
 その一件を通し、来名戸神について更に調査を進める調査隊は『阿僧祇霊園石神支社』による『神の創造』へと触れることとなった。来名戸神へと嫁ぐ『花嫁人形』はその狂気により支社内の人間を取り込み、人身御供の儀式を続けていたのだという。
 その結果、阿僧祇霊園の石神地区には『人であった怪異』が多数存在する。真性怪異――神様によって気が触れた者達は屍となったその体を揺れ動かし続けて『お嬢さん』の婚姻の刻を待っている……。

●――そして、
『石神地区の阿僧祇霊園の石神支社周辺でのゾンビ退治をお願いしたいと思っています。皆さんにとってはとっても簡単なものですよ。まあ、単純なゾンビ退治ってだけです。元・人間と言うことを除けば……』
 その言葉を発したのは希望ヶ浜に存在する夜妖憑き専門医師の澄原 晴陽であった。石神地区での『神様』の一件で囚われたイレギュラーズを救い出すために助力した晴陽より出された交換条件が石神地区に多数残された元・人間の屍が動き出した怪異――つまり、ゾンビの討伐だ。

「へえ、現実世界でも何かあるかと思ってたけど……ひよのちゃん、情報は澄原の……何だったかしら? 水夜子さんから聞いたとか」
 そう問いかけたのは異界を関係なく阿僧祇霊園を調査する事を進言していた夕凪 恭介(p3p000803)であった。神様に囚われたイレギュラーズの探索より無事に戻った彼は澄原 水夜子による情報提供に従い石神地区に向かう準備を整える音呂木・ひよのに問いかけた。
「はい。石神地区……石神山上ダム付近に多数出没しているゾンビ――いえ、元・人間の屍であった怪異を討伐しに行かねばなりません。
 そう称すると非常に西洋の妖怪染みていますがこちらは『葬儀がきちんと執り行われていなかった』という意味合いにすれば死人憑という因幡国で伝えられる怪異に近いのかもしれません」
「死人憑?」
「はい。憑き物によって体が動き出す、というものですね。今回のケースは死骸に来名戸神による何らかの神霊的作用が働いているだろうと考えられますから……」
 そう――阿僧祇霊園の生み出したゾンビ、と言われればぴんと来ないが全ては来名戸神という石神地区に存在した霊的存在による事が大きいのだ。
 さて、今回のオーダーは単純明快ゾンビ退治である。
「まず、私達が向かうのは阿僧祇霊園の石神支社です。『お嬢さん』が居た扉へは向かいませんが洞にはまだ怪異が残っているでしょうから。
 外……山で戦うよりも『神様に近い場所』なので危険は伴いますが……それは呑み込んで、調査を兼ねて向かいましょう。お嬢さんがあの場所に今も存在してるかも気になりますから――」
 其処まで言ってから、はた、とひよのは恭介を見遣った。そうだ、前回は『どうしても行けなかった』ひよのだが今回は何とか向かうことが出来そうだという事を言い忘れていた。
「私も同行します。まあ、私が行くという事は彼方に連れていかれる可能性は低い、と考えていただければ」
「ああ、そうね。ひよのちゃんは『音呂木の巫女』さんだから、別の神様には好かれていないのだったっけ?」
「はい。逆に私が居る事を活かして現世での調査を行う……と考えていただくのが良いかもしれません」
 そう微笑んだひよのに恭介は頷いた。

 さて、ゾンビ退治と洒落込もう。
 どうにも、石神地区には多数の死骸が練り歩いて人口が減少の一途を辿って事を考えれば久々の賑わいを見せているようだが――

「生きてないなら住民税も入りませんから」
 そうひよのはさっぱりとした様子で言った。澄原病院との取引の結果だ。きっちりと結果を残しに行くとしようではないか。

GMコメント

夏あかねです。<希譚>石神地区から派生。GMさんにもお手伝いをお願いしてみました。

●成功条件
『ゾンビ』の可能な限りの討伐
『洞の奥』にお嬢さんが居るかの確認

●石神地区/来名戸村
 調査は『<希譚>去夢鉄道石神駅』『<希譚>石神地区来名戸村』にて行われました。詳細は希譚特設も合わせてごらんください。
 石神地区は特異な信仰で成り立っている希望ヶ浜と練達のハザマの地域。石神は周囲に山が存在する田舎の村です。
『石神山上ダム』の底には来名戸村が沈んでいるようです。
 この村は希望ヶ浜の中でも特に田舎や土着信仰にスポットを当て作られたものであり、特に今はダムに沈んでしまった来名戸村では外界を隔てるこの山を岐の神とし神域であると定義し、歪な信仰で成り立たせているみたいです。

●阿僧祇霊園
 希望ヶ浜には有名企業がいくつか存在して居ます。そのうちの一つ、冠婚葬祭を担当するのが、『皆さんの人生に彩りを、揺り籠から墓場まで』でお馴染みの阿僧祇霊園でございます。どうにも石神地区の支社は『真性怪異』の影響を受けて居たみたいです……。

●洞
 広い洞です。入り口は坂道、下りきると灯りはありませんが広いフロアとお堂が存在しています。
 多数のゾンビらしき怪異が動き回っています。猿のような外見も存在しているようです。(エネミーは後述)
 その奥には扉が存在し、『お嬢さん』と呼ばれた人形が置くには存在していたようですが、今はどうなっているでしょうか……。

●ゾンビ *20体程度
 人間の死骸が動き出した存在です。ヒダル神の言う事を聞いているようです。とても物理的に動きます。
 それらは全て石神地区に存在した阿僧祇霊園の従業員であったり、人身御供になったものであったり、来名戸村や石神地区の死者であったりするようです。元は人間です。

●ヒダル神 *2体程度
 申のような外見をした存在です。ゾンビたちを統率する上位ゾンビと言った風貌です。
 それなりの強さを持っており、真性怪異に近しい存在のようですが……?

●お嬢さん
『<希譚>阿僧祇霊園石神支社』に登場しました。
 日本人形です。神様に嫁ぐための存在でした。けれど、そうなるには遠く。神様になって、神さまの隣に行くことをめざした少女のなれ果て。
 変質した怪異です。真性怪異に最も近い、悪性怪異であるはずの存在。嫁がねばならなかった人身御供の少女が『現世の未練』によって残ってしまった狂気。
 真赤な色が大好き。それは――神様に最も近くて、最も遠い存在で。洞の奥に居る筈です。

●音呂木ひよの
 同行NPC。自分の身は自分で守れます。イレギュラーズの様に戦えやしませんが、彼女が居るだけで『真性怪異』の脅威を打ち消す事ができます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

それでは、お嬢さんの狂気を受けた『呪仔』たちへと澄原との約束で対処を。

  • <希譚>猩々緋の紙縒<呪仔>完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月07日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
夕凪 恭介(p3p000803)
お裁縫マジック
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
物部・ねねこ(p3p007217)
ネクロフィリア
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
ドゥー・ウーヤー(p3p007913)
海を越えて
ブライアン・ブレイズ(p3p009563)
鬼火憑き

リプレイ

●大切なお別れにまごころこめて
 がさがさ、と何か乱雑に紙を障り続ける音がした。誰かの溜息と、ペンがテーブルに叩き付けられた音がする。
「ごめんなさい」
 そう言った。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 繰り返した。
「ごめんなさ―――どうして、どうして、どうしてどうしてっ!?
 わた、わたしは……言われた事をしただけなのに……どうして……『お父さん』……?」

●石神地区に至る
「ゾンビですよ♪ ゾンビ♪」
 それは『ネクロフィリア』物部・ねねこ(p3p007217)にとってはまたとない誘いのように聞こえていた。
 心を躍らせて目をらんらんと躍らせて。そんなねねこにとっては此度姿を現す存在は自身の趣味趣向にぴったりとフィットしニーズに合致した素晴らしき存在で在る事には違いは無かった。
「アンデッドだけなら妙なことじゃないのかもしれないけど、石神地区の話となると途端に不気味に感じるね……絶対に無事に帰ろう」
 そう呟いたのは『海を越えて』ドゥー・ウーヤー(p3p007913)である。アンデッドとだけとなればそれは『よくある話』である。イレギュラーズとして戦ってきている都合、そうした存在とはよく出会うものでもあるが、さて――
 向かう場所が向かう場所。しかも、それに関連する情報が妙に薄気味悪くて仕方が無いのだとドゥーは肩を竦めた。
 それもそのはずだ。此処は希望ヶ浜県石神地区である。人口減少に拍車をかけるという田舎らしさそのものをも体現してしまっている再現性東京の『田舎』には真性怪異と呼ばれる妙な存在が付き纏っているのだ。
「ゾンビ騒ぎも心配だけど、この地区に眠るわけわかんない秘密……何よりこれを解き明かさなきゃ解決なんて出来っこない……」
 全てをまるっと解決するのは難しいことであると『暁の剣姫』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)とて理解していた。相手は情報も少ない真性怪異だ。心を砕き、話を聞き、そっと抱き締めてやれるような存在ではないことはミルヴィとて承知している。
「彼方に連れて行かれないだけ多少はマシ、ってことは下手したら盛大に呪われるんだろうか。
 ……まぁ、死体に取り憑いてるだけなら幾分もマシ、死人は死人として、神霊は神霊として元の場所に戻す作業だ、うん」
 それはそれとして、死体が動き回っているから対処をしてくれと言うのだから、其れに関してはOKを出さざるを得ないのがイレギュラーズである。
 盛大に呪われるのはご遠慮頂きたいが、『こむ☆すめ』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)とてそうも言ってはられないかと肩を竦めた。
「ええ、死人は死人、ですから」
 マニエラの言葉に頷いたのは音呂木・ひよのである。マニエラがひよのの側に居る理由は彼女が『安全地帯』であるという意味合いも大きいが――藪を突くのは避けたいが故、というのもある。ひよのであればそうした行いは止めてくれるだろうという安心感がある。
「ゾンビ連中を片付けつつ探検だね! 真性怪異に対してはヒヨノ頼りってのは情けないところだけれど!」
 頬を掻いて困ったような笑みを浮かべた『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)にひよのは首を振る。「私こそ、皆さん頼りですし情けないですよ。此れでも夜妖の専門家(プロフェッショナル)と学園では名乗っていたのですから」と困ったような笑顔はお互い様であろうか。
 そも、ひよのは大部分の戦力をイレギュラーズに頼り切っている現状だ。確かに彼女の知識はイレギュラーズが持つものよりも夜妖に寄っているだろうが、真に可能性に愛されたイレギュラーズを前にすれば劣っている自覚があるのだろう。
「私は自らの身を守るだけ。真性怪異を前にした皆さんに『行かないで』とおねだりすることしかできませんし」
「そのおねだりがお助けになるというのも不思議な話ですね?」
 柔らかな声音で告げた『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)。シフォリィが着目したのは石神という地域についてであった。
 そう、希望ヶ浜とは――再現性東京と呼ばれた『地球をイメージした地域』の中の希望ヶ浜とは――異世界を受入れることの出来なかった者達が元の生活を取り戻すために与えられたスポットである。故に、シフォリィが考える『違和感』が生じるのは当たり前の事だ。
 土着信仰にスポットを当てて、その要素を詰め込み、田舎へとフォーカスする事で『当たり前に日本にはある風景』を作り出そうとしたという石神と呼ばれた地域。様々な信仰や民話、神を混ぜ合わせた歪な宗教観は伝承と伝聞だけで成り立つ古き日本をよく体現しているように思える。
「何か、気になりますか?」
「土着信仰に目を付けて……。故に、来名戸と呼ばれた村が独自の文化を発達させた――と報告書で読みました。
 ですが、それ以上に……いえ、推測は今は必要ありませんね。事態を解決することが目的ですし」
「シフォリィさん」
 ひよのの呼び掛けにシフォリィは「はい」と肩を竦めた。ひよのはシフォリィの抱いた疑問に気付いている。そして、ひよのとてその疑問を抱くことが当たり前で在る事を知っている――知っていても『今はそれを語られたくはない』とでも言う雰囲気か。
(まあ、そうですよね……神が御座すと思わしき場所に踏み入るのに、その神を肯定して作り上げた話をするのは藪蛇ですか)
 気を取り直して、シフォリィは「行きますか」と問い掛けた。カンテラの明りをまじまじと見詰めた『お裁縫マジック』夕凪 恭介(p3p000803)は「ひよのちゃん、準備は良いのかしら?」と柔らかな声音で問い掛ける。
「ええ。皆さんが良ければ」
 ――リン。
 鈴の音だ。ひよのが鳴らす神楽鈴。その音色が思考をクリアにしてくれる感覚は、この空気に飲まれないと言う意味では必要な事であった。
「足下に気をつけてね。ひよのちゃんは女の子ですもの。転んで怪我をしないように……」
 エスコートをするようにそっと手を差し出した恭介に「有難うございます」とひよのは微笑んだ。
 阿僧祇霊園石神支社――その裏手に存在した洞へと向かう道は異界へと続いているかのようで。暗がりの穴を潜る。
 歩く音と、進むイレギュラーズの息遣いだけが響いていた。


「真性怪異、かー。殴って済む感じじゃないから苦手だ……そうも言ってらんないけどさ」
 脚を地に着けて、どうやら足場の悪い場所を抜けて降り立ったようだ。そう確認するようにランタンで周囲を確認した『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)はホールのように広い洞を見回して何とも言えない心地になった。
「此処は阿僧祇の人達が『掘った』場所って事か? 其れとも、別の用途の穴に繋げたんだろうか。
 うーん、まあ、ひよの、今回は頼りにしてるぜ。オレも死者の供養、きっちり務めさせてもらうからよ!」
 此処が何であろうとも出てくる敵が遺体で在る事には違いはないか。坂道の最後尾に立っていた風牙は「それにしても坂道にゾンビが待ってなくて安心した」と小さく笑った。
「背後から奇襲されたらどうしようかと考えた。転げ落ちたら痛いしな」
「有り得ない話ではなさそうなのが嫌ですよね。ゾンビ、石神市街にもうろうろしてたみたいですし」
 ねねこが首を傾いでそういえば、ミルヴィは「ゾンビ騒ぎも凄いことになってるみたいだしね」と悩ましげに呟いた。
「死んでまで歩かされるなんざゾッとしない。ウォーキングデッドどもにも多少は同情してやんよ。葬儀を済ませたら連中の安寧を祈ってやったっていい」
 肩を竦めた『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)。英国では稀によくある妖精と交わったとされる一族の出である彼はこの世界に召喚されるまでは精霊や幽霊、悪霊、神霊といった実体のない存在との交流が可能であったらしい。焔憑きと呼ばれた彼はこの世界でも霊魂との交流が可能ではある――可能ではある、が。
「……けど霊魂疎通はあんまりやりたかねーな。
 どんな怨み節を聞かされるか分かったもんじゃねー。触り程度に話してみてダメそうなら情報収集も切り上げるぜ」
「嫌な事を聞かされないようにしないとな」
『無名の熱を継ぐ者』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)はそう言った。彼は石神にも良く慣れている。ひよのに言わせれば「よく正気で居ますね」と云う程に真性怪異たる来名戸神とも関わりが深いのだ。
「またここに来ることになるとはなぁ。…ま、いいさ。とりあえずはゾンビ退治だ。ささっと終わらせようぜ。それとは別にアイツには用があるがよ」
「アイツ……」
 ニコラスの言葉に頷いたねねこ。二人を見遣った後、ドゥーは『アイツ』と呼ばれた此の地に嘗ては存在した彼女がまだいるのだろうかと考えた。居て、全ての話を聞いているとすれば……嗚呼、其れは恐ろしい事ではないか。
「その話は後ほど、でも良いですか?」
「構わない。音呂木神社の巫女は何を察知したって?」
 ニコラスの言葉にひよのは「乙女のピンチですかね?」と揶揄うようにそう言った。
 乙女のピンチが迫ってきている。それはねねこにとっては幸運で、シフォリィから見れば不運だ。
 腐敗した肉、ぞろぞろと動き続ける其れの『音』や気配を感じ取ったイレギュラーズはひよのを中心に円陣を組む。
「プリンセスって感じで嬉しいですね?」
 揶揄う声音に「護られてくれる?」とミルヴィは冗談めかして微笑んだ。口遊むのは弔いの童謡。『希望ヶ浜』で勉強したが、それは日本と呼ばれた世界では親しまれたものであったらしい。
 奥の扉から『いつかのように』出てくる死骸達。それはニコラスが共有した前回の状況と同じだ。中央に位置した御堂からは何の気配も感じ取ることは出来ない。
「来たぜ」と風牙はその脚に力を込めた。天奔る彗星の如き苛烈なる槍は膂力を活かして地を蹴った風牙による先制攻撃だ。
 高めた気は爆弾が破裂する勢いで飛び散った。園か列なる光を見遣りながら、青き血が告げる本能に従ってマニエラはひよのを護る。
「ひよの、離れないように」
「……本当にお姫様になって気分です。沢山の王子様がいるだなんて、私って役得ですね?」
 不甲斐なさを滲ませたひよのへとマニエラは「私はサポーターだから私もお姫様だな」と意地悪く笑って見せた。
「姫は姫でも戦える姫もいますよ。姫騎士と呼ばれますが」
 ヒダル神と呼ばれた猿の姿をその双眸に映したシフォリィはアルテロンド家に伝わる武術を余すことなく発揮して一体でも多くのゾンビを斃すために愚直なほどにまっすぐに剣を振り上げる。
 漆黒の片刃。アルテロンドの剣術は腐肉程度に怯むことはない。
「ひよのちゃん、戦いながら貴方は『索敵』をして貰っても良いかしら? 皆が気になる『あの子』が居るかどうか……だけれど」
「お任せください。それが私の得意分野なので」
 怪異のことならば察知できますと微笑んだひよのに恭介は頷いた。ある意味ではレーダー役であるひよのは『此処に存在するだけで真性怪異の影響を幾分か和らげる』効果を持っている。神職たる血筋の娘であるが故に、異神との相性が最悪でありぶつかり合うが故なのだろう。
 其れはつまりは音呂木ひよのは真性怪異の特に『神様』と呼ばれた存在に対しては対抗する力を持つが斃すことは出来ない。何方も干渉には至らないという事だ。だが、恭介は何となく気付いている。
(鉱山のカナリアみたいよね、ひよのちゃん。……悪い物にあてられて倒れなきゃ良いけど。大丈夫だとは思うけど気にはなるわ。
 だって、体のない来名戸神と肉体のあるひよのちゃんなら、ひよのちゃんの方が分が悪いもの。人間であるだけで肉体の危険が存在するものね……)
 故に、ひよのを護る為にイレギュラーズは円陣を組んだのだ。情けない限りだと告げたイグナートも此処では自身がひよのを護る役割だ。
 ひよのに言わせれば王子様の役を担っている。赤いものを好んだという『お嬢さん』を意識して赤いものを持ち込まぬように気をつけたイグナート。
 エゴールの呪いは自身の体さえあれば発揮される故に、不都合はなかった。
 真っ直ぐに素早い突きを放つ。ゾンビの肉体が揺らぎ、その背後に見えた猿がたん、たんと楽しげに跳ねているのを双眸に映す。
「全く……嫌になるよね」
 黄昏を思わせる曲刀を構えた。
「だって、これは皆『嘗ては生きてた人』で、呪われて死んだ人も居るんでしょ?」
 黎明の名を冠する曲刀を構える。
 ミルヴィはヒダル神へ向けて飛び込んだ。砂漠の紅い月をい思わせる幻想的な剣舞。舞踊るように舞剣士は飛びかかる。
 ブライアンが言ったとおり『死骸が歩き回らされている』と言うならば――その苦しみを拭ってやろうと、そう願うように。
 ドゥーはひよのを護りながらも、周囲の警戒を怠らずに耳を、目を、感覚全てを活かしてゾンビ達と相対していた。
 魔力を注いで育てた植物の液はドゥーの今際の感情を感じ取るように鮮やかな色彩を宿す。ミルヴィが切り裂いたゾンビへと迫るのは土壁。強制的な『土葬』はゾンビ達には似合いであろうか。
「……それにしても、こんなにも死んでしまっても誰も何も思わないんだね」
 ドゥーの呟きにひよのは困ったように肩を竦めた。「人間は何時か死にます。病で死んだ人は余りにも多い。其れは、今更なのかもしれませんね」と。
 再現性東京は――ひよのが生きる世界は――『戦争』というものがない。ドゥーが経験してきた外での戦いは此処では存在して居ないからこそ、人の死一つで怪異が生まれるのだろうか。現実には存在し得ないことだからこそ、人は何処か他人事のように感じている。
(……それでも、死者が多いことには違いない)
 ドゥーは目を伏せる。彼等の声を聞くことが出来る。その技能が何かに活かされるならばと願わずには要られなかった。


 こんなに無数にゾンビが居る。動く死体だ。死体が無数に存在する。
 ねねこと言う少女の特異な趣向は今回はぴったりフィットしていた。『茜ちゃん』の転落死が切欠であったその嗜好。美観や価値観が歪みきってしまった少女は死体鑑賞が趣味である。流石に状態が良くなさ過ぎるが、死体で有ることには大して違いが無いのが現状だ。
 ネクロフィリアは無数に迫りくるゾンビを見詰めて笑みを浮かべる。上質な手提げ鞄を握りながら、永遠の眠りを守護する少女は仲間達を支え続ける。
「………仕方ないですがいつものねねこ人形が無いから少し戦いづらいですね」
 少々むくれたのは致し方がないことだ。念には念を入れて、と考えたねねこは基本の戦い方を幾許か変化させていた。
 それも、来名戸村では『人形(ひとがた)』が重要な役割を担っていたからだ。それが身代わりになるのは確かだが、其れにばかり頼りすぎては難しい。
 漆黒に染まった絶望の大剣が宿した紅色にニコラスはお嬢さんはこの色味も好きなのだろうかと考える。
「俺らでこっちは片付ける。だからよ、音呂木さん。真性怪異。それがちょっかいかけてきた時は任せたぜ」
「とっても大切に護って下さいね」
 揶揄うような声音のひよのにニコラスは頷いた。そうやって彼女が余裕を滲ませてくれるだけでイレギュラーズとしては幾分かやりやすい。
 ひよのも分かっているのだ。どうして、ここまで『護られる』のか――それは彼女がこの場では異物であるからに違いない。故に、ひよのが害される可能性を考えたイレギュラーズ達が護りを固めてくれているのは重々承知だ。
「……でも無理はなさらないで下さいね」
 ひよのとて人の子、それも長く生きてきたわけではない。年齢こそ乙女の秘密として隠しては居るが、彼女自身はそれ程に大人ではないのだ。
 自身のせいで誰かが傷付いたとなればそれはそれで心にクルものがある。そんなひよのの心を察知してかミルヴィは「安心しなよ」と微笑みかけた。
 ニコラスが地を蹴る。ウィール・オブ・フォーチュン、それは気迫で相手の石を削り取る魔性の懺悔機だ。魔力を喰らい、自身の糧とする無数の懺悔機は運命の輪の轍を刻み込む。
 地を蹴ったニコラス、その後方からずんずんと前へと歩み出てランプを揺らがせたブライアンはドM障壁を展開して小さく微笑んだ。手にした情念の刃に力を込める。
「聞いても?」
「どうぞ」
 ひよのは如何したのだろうとブライアンの背中を見詰めた。赤色の装備や装飾品はお嬢さんが好んでしまうかも知れないと出来る限り選ばなかった。
 隣に立った恭介はブライアンが何を聞くのだろうかと首を傾ぐ。そう、今回のVIP(おひめさま)は情報通だからだ。
「むしろ俺は『お嬢さん』ってのが気になるね。どんな美人だ?」
「……はい?」
「……いやいや、他の連中の後ろから一目見るだけさ!
 聞けば神さまの花嫁ってんだろ? ナンパなんてとんでもない! 神の嫉妬も恋する乙女も恐ろしいからな!」
 手をぶんぶんと振ったブライアンは声を張り上げてゾンビを集めた。ある意味での素晴らしい名乗り口上と共に飛び出した彼の背を見詰めてひよのはうんと悩んでみせる。
「美人かどうかですか……そうですね、聞いた話と私が知っている情報を合わせますと、そのう、言いづらいんですが」
「何だ?」
「そのう……あの、人間ではない、と言いますか……いえ、人間ではないのはご理解されているかと思うんですけれど」
 ひよのは言葉を濁す。ブライアンはきっと『神様の花嫁』と呼ばれた『お嬢さん』はさぞ見目麗しい淑女であると想像しているのだろうと巫女は考えたからだ。恭介はひよのがドウシテ言葉を濁しているのかを察知して小さく笑う。
 こんな場所に来てもその空気感が現実に引き戻してくれるかのように愛おしいからだ。
「お嬢さんって美人なのか?」と風牙はゾンビ達を相手にしながら問い掛ける。マニエラは「美人かどうか、と言われると、なあ?」とひよのをチラリと見――シフォリィが言った。「確か報告書では人形、ではなかったですっけ」と。
「………ええ。まあ、はい。あの、ブライアンさん。お嬢さんは強いて言うなら、とっても美人ですよ。日本人形ですけれど」
 何とも言えない空気を漂わせたひよのにブライアンは成る程、と小さく頷いた。
 迂闊なことは言えない場所ではあるが『振り向いたり』『話したり』『耳を傾けたり』が出来るのはひよののお陰なのだろうかとニコラスはふと感じていた。
(前回は此処では互いに気も置けない、話すことも、相手が本当に存在してるかさえ緊張したのに……まあ、神様の眷属には神様の眷属をぶつけろ、って事か)
 ゾンビの手がぐん、と伸ばされる。ブライアンの集めたゾンビへと聖剣名を関した剣戟を放ったシフォリィはフレール・ド・ノアールフレンメでゾンビの腕を切り落とす。
 ぼとりと音を立てた腐肉。その感触が通常の人を着るのと違うことには気付いている。幸運を呼ぶお守りを握りしめ、その体を反転させ再度別のゾンビへと攻撃を放つ。
「それにしても、数が多いですね……。ここが大元だからでしょうか?」
「ええ。そうでしょうね。ひよのちゃんが居るからこそ重苦しい空気も和らいでいるんでしょうけれど……その分、ゾンビ達が意気揚々と飛び出してくる感じ」
 恭介は小さく呟いた。真性怪異の影響が強ければゾンビという『現世』の存在よりも『異界の何か』の方が動きを激しくする気がする。そう、猿は猿でも『ワカイシュ』と呼ばれていた眷属達が襲い掛かってくるのだ。
 ドゥーはこうして会話できていることや現実世界での事であると思うだけで幾分かは安心することが出来た。
 今回はひよのが立っているお陰か全てが現実世界で行われる行動である。殴って倒せて、適当にやっつけられるとなればイグナートにとっては得意分野だ。
「真性怪異に近いソンザイ? このボスザルをぶっ飛ばすのに何か手順はヒツヨウなのかな!? 普通に殴ってダイジョウブ?」
「そいつは殴って良いですよ! 思う存分、イグナートさんがブチ転がせば良いと思います」
「いきなり口が悪くなったな、ひよの」
 マニエラの言葉にひよのは「気持ち悪くないですか、あれ」と呟いた。確かにだらりと伸びた猿の腕、腐ったゾンビ――それも『来名戸』に近いが故にワカイシュと呼ばれた異形の猿たちにもそっくりだ。マニエラはひよのが本能的に嫌っているのはそう言う理由なのだろうと考えた。
「じゃあ、普通に殴るよ!」
 勢いよく、攻撃に集中したイグナートの拳が一気にヒダル神へと叩き付けられた。鉄騎は鍛え上げた肉体を惜しげも無く攻撃に使用し続ける。
 死地を乗り越えてきた攻撃だ。最早死んだ相手には十分な者だろう。見れば心穏やかになる守護石を手に、イグナートはヒダル神と相対し続けた。
「流石にゾンビと比べればツヨいね、このボスザル!」
「ああ。そのボスザルはボスだけあって強そうだ。サポートしようか」
 マニエラは護戦扇を仰ぐように奮った。灯火の緑に、悲恋の青。情愛を揺らがせて星巡りの領域でマニエラは仲間達を支え続ける。
 それは、彼女にとってはハリボテであった。それであれども、崩れなければ立派な物になる。効率共有、そして、風詠星廻――統率相すマニエラはイグナートの敵殲滅速度を上げるようにと支援を続けていた。
「いや、ほら、私が戦うよりも元々強いやつをサポートした方が早く終わるじゃん? 腹が減ったらチョコを食べておこう、腹が減ってはなんとやら、とも言うしね」
「チョコ! 俺にも!」
 手を伸ばした風牙に「ああ、どうぞ」とマニエラがチョコレートを投げる。こうしてのんびりと食べられるのも何だか奇妙な心地ではあるが、周囲のゾンビの数は十分に減ってきた。風牙にとって自身の燃費を気にせずに戦えるマニエラの手厚い支援はありがたいものだった。
「ひよのは私たちの生命線でもあるし、攫われそうなことはしないように。連れ去られたら私達が危険だろ?」
「お姫様ってこう言う時は危険な目に合うべきなんですっけ」
 ひよの、と風牙が呼べばマニエラとひよのは顔を見合わせて小さく笑った。何とも和やかなゾンビ退治の時間であった。


 周辺へと散らばった腐肉達。それらの周囲に落ちていた遺品を回収するミルヴィは後ほどきちんと葬儀を執り行えないだろうかと考えた。
 ひよのに問い掛ければ「水夜子さんに確認して、葬儀を執り行って貰えるように阿僧祇にお願いしましょう」との事である。予算類も全ては阿僧祇に負担して貰うための段取りなのだろう。
「OK、それでも……亡くなった人達は無念だったろうね……」
 そう呟いたミルヴィ。弔いの童謡を歌いゆっくりと立ち上がる。周辺の以上の確認など音を活かしてチェックするが、どうにも奇妙に気が落ち着かないのである。
「さて、お嬢さんに会いに行くのか?」
 ブライアンの問い掛けに「恐らくはそうなるでしょうね」とねねこは返す。こじんてきに言えばゾンビを調べたいのはやまやまだ。だが、それが知的好奇心であるならば、仲間達の意思を尊重し死者を弔ってやろうとエンバーミングを施し続ける。
「遺体が出来る限り綺麗である方が遺体も浮かばれるでしょうしね。……まあ、死因などは『真性怪異』で解決されているので検死をしても得られるのはあまりないみたいなんですが」
 ねねこがエンバーミングを施す中で、ドゥーはゾンビ達の『人』であったころの話が聞けないだろうかと考えた。
「……ゆっくり眠っていてね」
 そう手を合わせてから、止血を行い調査を行う事となる準備を続けている。
 何時もの探索とは違って此処は現世だ。aPhoneの電波は通じ、振り返っても何もない。『幽世』のような場所に誘われているわけではないからこそ、霊魂疎通を試し見てみたかった。
「こんにちは。その――話を聞いても?」
 幾分か距離をとったドゥーを風牙は見守っていた。この霊魂疎通がどのような影響を齎すのかは分からない。
 感覚器官を欹てたドゥーへと幾人かが応じる気配がした。
「貴方は? ……阿僧祇霊園の社員……の?」
 ドゥーの言葉にブライアンは不思議そうに振り返る。阿僧祇霊園――この『穴』と繋がっている会社ではなかったか。
 それもこの場に居るお嬢さんの眷属と為り大量のゾンビを生み出したという。霊魂疎通は余りやりたくはないがドゥーの情報は有意義そうだ。

 ――わたしが、お嬢さんと出会ったのはつい最近でした。
 彼女は神様の奥様になるために。いいえ、本当の意味合いで言うならば、人身御供として神様の元へと嫁ぐ事になってここに居ました。
 此処は静かで、深い穴の中。ダムの底に沈んだ来名戸には最も近い場所です。だから、此処で祀られたのだと思います――

「木偶」とニコラスは呟いた。其れは去夢鉄道に乗って石神地区に来た時に拾った定期入れに書かれていた名前だった。
 少女はまだ年若かった。幼い頃からそうなることを定められた来名戸神社の娘、巫女。『神様の眷属」であった存在。
 それが、人身御供として生きたまま御堂の中に安置された。動くことは禁じられ、世俗と分かち、心から信奉する者の所へ行くために。

 ――彼女は、世界が楽しいことを知っていました。作家の男が色々と教えたのです。
 世界が広いことや、世界に溢れる娯楽を。お嬢さんは……それで、まだ此処に留まってしまった。
 それでは神様は納得しませんでした。だから、『行くことの出来ないお嬢さん』の代わりに沢山の人身御供が連れてこられ――

「……そして、そして、変質した、と言うことか」
 マニエラが続きを紡いだ。ドゥーは小さく頷く。神の元へ行くことが出来なかったお嬢さんの代わりに無数の人身御供が『繋ぎ』として与えられた。
 その時点ではお嬢さんであった少女『木偶』は亡くなっていたのだろう。
 木乃伊の状態となって放置された彼女の遺骸を砕いて作り上げた小さな日本人形。彼女の髪を植え、彼女の纏っていた赤い着物で作り上げたおべべ。可愛らしい容れ物の中で彼女は変質し無数の悪性怪異を生み出したというのだ。
「まあ、そうだよな。どんな事が未練になるか何ざ分かりゃしないか……」
 ブライアンは小さく呟いた。血を拭い、迂闊なことはしないと心に決めた彼は「どうする」とひよのに問い掛ける。
「そんな哀れなお嬢さんが扉の向こうでお待ちみたいですけれど……行きますか?」
「うん。確認だけしていこう。けど、……振り返らないようにするよ」
 ドゥーにひよのは小さく頷いた。其れに近づいて無事で居られるかは分からないからだ。
 ミルヴィは「赤色が好きなんだっけ、あの子」と問い掛ける。頷いたのは恭介であった。赤色が好きと答えたという人形はまだ幼い少女のように『変質』してしまっている。木偶と呼ばれた彼女とはまた別の生き物であるかのように――いや、ひょっとすれば幼い木偶が居るのかも知れないが。
「赤くないけど美味しいりんご飴を用意したんだ。彼女が好きならいんだけどね。
 ……本当に供養されるべきはあの子で、供養もされず、神様の元にも行けなくて、苦しいかも知れない」
 ミルヴィの呟きに風牙は唇を噛んだ。それでも、扉の向こうに待っているというなら伽藍堂の扉から現われたゾンビ達を生み出した諸悪の根源で在る事には違いないでは亡いか。
「……安らかに眠って欲しいって思う。けど、本来ならアイツらは死ぬ筈じゃ無かった」
 ゾンビ達を思って風牙が悔しげに呟けばマニエラも「そうだな」と呟いた。「そうだ、死ぬ予定じゃ無かった――」
「けど、まあ。起こってしまったなら仕方ない。神性相手は私は御免だよ」
 そっとひよのの背後に隠れたマニエラへとシフォリィは小さく笑う。確かにそんなものの相手は御免だ。
「ひよのさん、扉を開けますよ」とゆっくりと扉に手を掛ける。重苦しい扉の向こうにはいつかのように日本人形が鎮座していた。
「あら、今日も待っていてくれたのね。ふふ、簪、受け取ってくれたのね。
 ……あなた中にいるのは1人じゃなくて複数の魂の集合体なのかしら。今までの神嫁の集合体とか。だから木偶ではなく『お嬢さん』なの?」
 恭介は微笑んだ。ひよのを気遣う様に「何かあれば教えてね」と囁いていた恭介は日本人形をまじまじと見遣る。
 大柳の護符をぎゅ、と握り、女の子の表情は無表情に見えているからこそ別に驚きはしないわよと微笑みを浮かべる。

 ――私はお嬢さんよ。

「ええ、そうね。そうだわ。きっと貴女はお嫁さんになるためにそうなったのだものね。簪、似合ってるわ」
 友人のように語りかける恭介の傍らでイグナートは日本人形は赤が好ましいと聞いたが赤を身に付けていないことに気付く。
「あの、さ。赤いモノに執着してるゲンインを考えたけれど、婚儀の時に紅を差すってヤツことへの執着なのかな?
 塗ってやろうか? 今度、お嬢さんに会えるならヒヨノと一緒に来るから」
 イグナートの言葉にお嬢さんのくすくすと笑っていた声が止った。日本人形の目がぎょろりと動いた後、ばさりと音を立てて髪の毛が揺れる。

 ――くれるの?

「ボスザル殴ってお嬢さんのトモダチだったらどうしようと思って。またでいいなら」
 話が通じる相手ならいいな、と考えていた。イグナートのその言葉に続けるようにねねこは「その」と歩み寄る。
「私あんまりお嬢さんの事知らないですしお嬢さん自身の事とか目的とか聞きたいです。
 それに私は生贄の儀式を断ち切りたいですけどお嬢さんを排除とかじゃなくて……話し合ってお互いの妥協点探りとかWINWINな提案とか出来れば……何とか穏便な良い手が無いか探りたいのです」
 何処か、嫌いになれないのだと。ねねこがそう言った。だが、お嬢さんは答えない――応えることが出来ないとでも言うように。
「生け贄の儀式は此れからも続くと思いますか?」
「いいえ、これっきりだと思います。澄原も介入していますし、私達だって其れを識っている。阿僧祇もこの土地から撤退しますから。……そうすると――」
 ひよのが何を言おうとしたのかをシフォリィははっと気付いた。ひとりぼっちになってしまう。彼女はお嫁さんになれずに、此の儘、此処で。
「……お前の中に木偶の意識は本当に残っていねぇのか?
 俺は名を奪ったお前らを許さない。奪われたもんを何があっても取り戻す。『木偶』も俺たちの名前も全部、お前らが奪って良いもんなんかじゃねぇ。
 あいつの未練が何かはまだ知らねぇ。だけどよ、その未練もあいつも俺たちの名前も全部奪い返してお前の狂気も祓ってやる」
 木偶と何度も呼んだニコラスに、お嬢さんは動くことも答えることもなく。ただ、其処に存在して居るだけだった。
 それ以上動くことのなくなった日本人形を確認しひよのは「これ以上は意味もなさそうですね」とイレギュラーズを促す。
 外へ繋がる扉へ向けて歩き出す、振り向く事は無く進む脚は淀みない。
「ひよのさん。最初に私が感じた疑問ですが……わざわざ採算の取れない物を、まるで超常的なことを生み出すための都合のいい土地が欲しくて作ったかのようで……どうにもそうとしか思えない」
 シフォリィの言葉にひよのは「きっと、希望ヶ浜というのは異質なのですよ」とだけ返した。それがどういう意味なのかきっと彼女も理解していなくても――此の地、石神の異質さはそれで言い表せる。

「ヒヨノ、お嬢さんはどうして人身御供になって結婚することになったんだと思う?」

 イグナートの問い掛けにひよのは悩ましげに目を伏せた。
「――きっと、神様を封じなければならなくなったのですよ。都合良く、作り出したけれど、お帰り頂けなかった」
 そんな実験的な行いだったのかも知れないとひよのが呟けば、嫌な気配が濃く感じられた。ひよのの手を引いて風牙は進む。
 此処から出て、現世の空気を吸い込んで、元の生活に戻ろう。

 後ろから聞こえたのは、獣の――……

成否

成功

MVP

ドゥー・ウーヤー(p3p007913)
海を越えて

状態異常

なし

あとがき

一人は寂しいもの

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