シナリオ詳細
<Rw Nw Prt M Hrw>さようなら、『私』と言う孤独
オープニング
●生まれ落ちた生命
この世界にそれが誕生した時、それはどのような名もつけられぬ、失敗(エラー)作だった。
小さな色宝の欠片を埋め込まれた、何者にもなれぬ泥人形。ホルスの子供達と呼ばれる、錬金術の産物。多くのホルスの子供達が、多くの名前(やくわり)を与えられ、多くの役割(いつわり)を演じていく中、その小さな泥は、何者にもなれず、何事にも成れなかった。
次第に中枢が狂気に陥ってく中、多くの仲間達も狂気に壊れていった。その最中で、その小さな泥は、しかし少しずつ、冷たい思考をはぐくみ続けていったのである。
何者にも、なれない。
誰も私の名前を呼ばない。
そもそも、私とは、何か。
どうすれば、私は私になれるのか。
わからない。誰も私の名を呼ばない。呼ばないから、私は私になれない。
私は。私は。
生まれてから幾年が過ぎた時。小さな泥は、初めてその小さな手を伸ばした。
狂いこわれゆく仲間へ向けて。その手を伸ばし。それは、仲間へぐわりと食らいついた。
飲み込み、食らう。砕いて、情報とする。
ああ、ああ。染み入ってくる。その者と言う情報。与えられた名前(じんかく)。うみだされた性質(ありかた)。ああ――これが『個』。これが、生きるという事。これが、『私』という事。
もっと。ああ、もっと。今まで我慢していた分、もっと欲しい。もっともっと、『個』が欲しい。もっともっと、『私』が欲しい。
それは、食らい続けた。個を与えられた仲間を。役割を演ずる仲間を。
食らい、食らい、食らい、食らい、食らい、食らい――。
その泥人形は、いつしか、巨大な、巨大な、『私達』に。
遺跡の天井に届くような、巨体。二本の脚では支えきれぬ。膨れた腹。脚が作れないのならば、崩してしまえばいい。這うように、流れるように。そう言う『脚部』でいい。山積する泥の山のような脚部に。人の身体。二本の腕。ああ、これが『私』だ。多くの『私』を取り込んで生み出された、『私達』だ。
でも、どうしてだろう。あれほど『私』を取り込んだのに。あれほど『個』を取り込んだのに。
私には顔がない。目がない鼻がない口がない。のっぺりとした泥の塊が、私の顔の所に固まっている。
ああ、ああ、と私は哭いた。これでは不完全だ。これでは『私』は『私』ではない。顔が無ければ『個』とは言えない。これは『個』ではない。
ああ。あとどれだけ『私』を喰らえば。『私』は『私』になれるのか。
●ジャイアント・キリング
「んー、泥の巨人、だね」
『ぷるぷるぼでぃ』レライム・ミライム・スライマル(p3n000069)は、眼前に指でわっかを作って、双眼鏡のようにしてそれを見た。
周囲には、依頼を受けたイレギュラーズ達の姿もあって、共に前方にそびえたつ、『それ』を目視していた。
ファルベライズ中枢遺跡。そのエリアの一つ。遺跡内部ながら、色宝の影響なのだろう、吹き抜ける青空が見える廃墟の中心に、それは居た。
「仮称:特異ホルス一号。ホルスの子供達なんだろうけど、たぶん変な進化をしちゃった、想定外(イレギュラー)の人形」
それは、泥の山から人間の身体が生えているかのような外見をしていた。泥でありながら、人間としてのパーツはそろっているようで、頭部からは長く泥色の髪が生えてもいる。
だが、顔、が無かった。目はなく、眉はなく、鼻はなく、口はなかった。つるりとした泥の塊が、そこには据えられていた。
「特異ホルス一号……一号で良いかな。一号は、周囲の目につく生命……もちろん、ホルスの子供達も含めてだけど、とにかく生き物を取り込みながら、少しずつ地上を目指してるみたい」
レライムが、むー、と唸りながら、言う。あのような巨大な怪物を――しかも、無差別に周囲に害を及ぼすような存在を外に解き放っては、どのような被害が出るか、想像するに難くはない。
「だからあたし達は、ここであの巨人を止めてないといけないんだよね」
ぐにゅ、と身体を揺らして、レライムは言った。『仮称:特異ホルス一号』その討伐が、イレギュラーズ達にもたらされた依頼であった。敵は強大な存在であることに間違いはない。危険な任務となるだろう。
「ちゃんとあたしも手伝うからね。足手まといにはならないようにするつもり。いざとなったら、楯にしてくれてもいいから」
むにゅ、と顔を揺らして、レライムは言った。それからこくり、と頷くと、
「それじゃあ、行こうか、みんな。無茶はしちゃだめだよ。がんばろー」
レライムは腕をあげて、おー、と声をあげるのであった。
- <Rw Nw Prt M Hrw>さようなら、『私』と言う孤独完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年02月23日 22時11分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●想定外と、特異運命座標
吹き抜けるような青空と、砂塵舞う砂漠が目の前に広がっていた。
ファルベライズ遺跡中枢に踏み込んだイレギュラーズ達を待ち受けていたのは、色宝の影響で歪んだ空間。
そして、巨大な一体の泥人形……『仮称:特異ホルス一号』であった。
「なるほど……アレが報告にあった『特異ホルス一号』って奴だね」
ふむん、と鼻を鳴らしながら、その巨体を見つめるは『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)。そして特異運命座標(イレギュラーズ)達だ。
「本当におおきいですわー」
感心半分、『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)が声をあげる。『一号』はまさに巨体だ。数メートル、もしかしたらそれ以上の巨人である。
「もしここが、ちゃんとした遺跡の中なら、きっと頭をぶつけてしまいますわねー。そうならないように、こんな景色の中にいるのかしら―」
小首をかしげるユゥリアリア。前述したとおり、ここは遺跡の内部とは思えない、砂漠の景色が広がっている。
「或いは、ここが彼――彼女かも知れないが、とにかく『一号』の心象風景なのかもしれないね。それか、牢獄なのかもしれない……まぁ、地上を目指して移動しているわけだから、捕らえられているという訳ではないだろうが。しかし興味深いね。魂なきホルスの子供達を取り込んでだめなら、魂持つ生物を本当に取り込んだら、彼は『彼』になれるのかな? それとも、結局は元の在り様に引っ張られて、誰にも成れないのだろうか。まぁ、試すわけにはいかないが……おっと、失礼」
こほん、とゼフィラが咳ばらいをした。
「『ホルスの子供達』は、名前を呼び、想起することで、姿形を変えていた……んだよね?」
声をあげたのは、『はなまるぱんち』笹木 花丸(p3p008689)だ。
「けど、アレは……そうじゃなかったって事なのかな? 名前を呼んでも変化しなかった? それとも呼ばれなかったから変われなかった……?」
ううん、と唸り、小首をかしげる。想定外の変化を遂げた、という事もあり、『一号』の成立については謎のままだ。そして研究者もいない以上、その謎が解かれることは無いだろう。
「どうなのかしらね。紛い物は所詮紛い物なのかもしれないわよ」
ホルスの子供達に対する、些かの嫌悪の色をにじませながら、『砂食む想い』エルス・ティーネ(p3p007325)が言った。
「相手の目的がなんにせよ、私達にそれを達成させてやる理由はないわ。……それより、私達の力をコピーする、って言う能力が厄介よ。警戒していきましょ?」
エルス・ティーネのいう通りではある。イレギュラーズ達は、ここに調査に訪れたわけではない。『巨人殺し』を行うために来たのであり、まずは戦闘に思考を費やすべきなのかもしれない。
「あの巨体が相手だ。地上から相手をするより、空中から攻撃する方が的確に相手の弱点をつけるだろう」
『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)が告げる――敵は巨体だ。それ故に、対処方法としては二つ。相手と同じ巨大のフィールドに立つか、或いはこちらが小さい事を生かし、徹底的にかき回してやるか。
「もちろん、リスクのある行為だ。だが、安全のみを選択して戦っていても、損害は増えると私は考える……どうだろうか?」
「いいと思うぜ」
『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が言った。
「俺としても、ちまちまやるのは性に合わない。敵も厄介な奴だろう? さっさと倒しちまうに限る」
「いひひ、じゃあ決まりですねぇ」
『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)が言った。
「アタッカーは空を飛んで戦う。抑えに、花丸さんと武器商人さん……お願いできます?」
「もちろんだとも。我(アタシ)としても、そのつもりだったからねぇ」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)が頷いた。
「で、レライムさんは……援護、お願いします。なるべく離れて……」
そう言ってレライムの顔を見た利香は一瞬、眉をひそめて、頭を掻いた。
「ん。どうかした?」
レライムが尋ねるのへ、利香は苦笑した。
「んー、いや、別にレライムさんがどうこうってわけじゃないんですが……知り合い(アイツ)を思い出してしまって」
「へー、なるほど」そう言って、レライムはむに、と自身のほっぺたに触れると、「そのアイツさんによろしくね。仲良くなれるかも」と言った。
「はいはい。じゃ、そのためにも、お互い無事に帰りましょう」
利香の言葉に、レライムは頷く。
「さて、準備はいいかい?」
武器商人の言葉に、仲間達は頷く。
「笹木の方。ちょっときつい仕事だけど、よろしく頼むよ」
「おっけー、おっけー! 花丸ちゃんにお任せ!」
花丸は笑って返すのへ、武器商人もまた薄く笑った。
「さぁ、行こうか……」
そう言って、武器商人が仲間達へ告げる。一行は、巨人へ向けて一気に駆けだした。
「すこし、お話をしようじゃないか。『私』よ」
誰にも聞こえぬように、武器商人が呟く。その言葉は、他の誰かに届くことなく、砂塵と風にまかれていった。
●私たちの戦い
「なるべく高度をあげろ! 弱点を探し出して、そこを集中攻撃するんだ!」
『宙を走りながら』、ラダが叫ぶ。振り下ろされた『一号』の拳が大地に後を穿ち、巻き起こる砂煙が視界を遮る。
「くっ……衝撃波だけでもなかなかの威力だ……!」
土埃がバタバタと肌を叩く。ラダは舌打ちしつつ宙を走る。一瞬前までラダが居た空間を、巨大な岩が通り過ぎた。『一号』の放った、岩石の銃弾である。
「接近するわ! 利香さん、サポート! お願い!」
「いいわよ――さぁ、燃えちゃいなさい!」
エルス・ティーネの言葉に、答えた利香は夢魔の翼で宙を舞う。その飛翔の軌跡を追うように振るわれる魔の鞭。尾を引くように無数の炎が生み出され、次々と発射されていく。ボン! という破裂音が連続し、『一号』の右腕の表面で破裂した。その爆発の衝撃は、巨体とは言えど腕の動きを鈍らせた。
「嫌な進化もあったものね……ドラゴンにしてもコレにしても」
呟きながら、その隙をついてエルス・ティーネは飛翔する。爆発により動きを固められた右腕の付け根に向って、手にした大鎌を振り下ろす!
「けれど、ネフェルストを脅かす脅威を……私が見過ごす訳ないのよ!」
鋭い斬撃が、『一号』の泥の肉を裂いた。腕の付け根あたりの弱点を見事に切り裂いた。それは、ため込んだ色宝の欠片の一部が収納されていた場所で、宝石のような色宝の欠片が、血飛沫のように吹き出していく。
「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!!」
『一号』が、吠えた。何か大切なものを失っていくのに、怯えるような声だった。
「ため込んだ『私』という事……? でも、それだって結局、偽りに過ぎないのよ……!」
エルス・ティーネが腕の付け根を蹴って飛翔する。次の瞬間、暴れるように振り回された腕が、その場を通り過ぎた。風圧がエルス・ティーネをもみくちゃにして、その高度を下げさせる。地に向って、自由落下していく――。
「おっと!」
落下するエルス・ティーネの下へと滑り込んだのは、ゼフィラだった。墜落寸前で抱き留める。
「無事だね? 酷な事を言うようだが、まだ飛べるかい?」
治療術式をかけつつ、ゼフィラが言う。
「ええ、後方のサポート、引き続きお願い!」
叫び、エルス・ティーネは再び砂塵の空をはばたく。
「まかせたまえ。誰一人、死なせはしないと約束しよう」
ゼフィラは不敵に笑った。
一方、イレギュラーズ達による打撃を受けた『一号』も、ただやられているわけではない。その身をよじらせ、その巨大な腕を振るい、岩石の弾丸を打ち出す。そんな巨体を押しとどめている小さな二つの影があった。
「キミをこれ以上、先へは進ませないっ!」
一つは、花丸だ。その姿は小柄ながら、しかしその身を支える気迫は巨人に負けてはいない。その身を挺して、巨人の抑えとしての真価を発揮している。
そして共に巨人を抑えるのは、武器商人だ。二人による足かせが、巨体の進行を押しとどめていた。
「ヲヲヲヲッ!!」
『一号』が吠える。振り下ろされた拳が、武器商人に直撃。激しいインパクトが砂埃を巻き上げ、
「武器商人さん!」
花丸が叫ぶ。確かにつぶれた。確かに死んだ。だが、拳を持ち上げられた先に立っていたのは、変わらず微笑(わら)う武器商人の姿だった。
「ああ、『私』よ。分からないのだろうね。コミュニケイションと言うものの取り方が、『私』よ、キミにはわからなかったんだねぇ」
少しだけ――口を真一文字に結んだ。
「ならば『私』よ。君は本当に、まったく、孤独であったのだね」
そう言った瞬間、『一号』の顔に変化が発生した。その顔からぱらぱらと泥がこぼれ、瞬く間に、『誰かの顔』へと変わっていく。
それは、武器商人の顔だった。中途半端に複製された、武器商人の顔。本質をコピーできたわけではない。ただ上っ面だけを真似ただけの、顔だった。
「変わった……!? この子は、『誰か』になりたいの……? 他のホルスの子供達みたいに?」
花丸が言った。武器商人は、静かに頭を振った。
「その問いの答えは『是』であり『非』だよ、笹木の方。この子はね、『私』を……『自分』と言う個を求めているのさ」
可哀そうにねぇ、と武器商人は言った。
「自分……? 個性とか、個人の人格って事? そんなの、生まれたら誰だって持ってる……あっ」
花丸は、刹那、理解して声をあげた。
『ホルスの子供達』とは、つまり『誰か』になるために生まれてきたものである。それは、本来持っている『個』と言うものを捨てて、『誰か』に成り代わると……個などと言うものはもともと存在しないことになる。
しかしながら、この『一号』……想定外とされたこの個体は、例外的に、『自我』を持って生まれてしまった。だが、『ホルスの子供達』と言う在り方が、それが『自我』であり、『個』である事を、本能の段階で理解できなかったのである。
「じゃあ、この子は、『探しているものを持っているのに、それが分からなくてずっと間違ったことをしている』って事?」
「そう。間違っている――そして、そのことにきっと、自分じゃ気づけないんだろう。寂しいねぇ。まるで道化じゃないか。この子もまた、この世に生を受けたはずなのにねぇ」
花丸はあっけにとられた。そんなのは……悲しすぎる。
「ねぇ、武器商人さん!」
花丸は叫んだ。
「どうやったら、この子を救えると思う!?」
武器商人は一瞬、あっけにとられた様に口を開いた――それから、ひひひ、と笑い声をあげた。
「そうさねぇ、ここはひとつ、この子達の流儀に乗っ取ってみるのはどうだい? もちろん、仕事は終えてからだけれどね」
「さぁ、押して圧していきますのー」
ユゥリアリアが放つ氷の槍。砂塵を切り裂いて飛来するそれが、『一号』の左手を貫いた。体のバランスを崩すように放たれたその一撃によって、『一号』が地に左手をつく。
「手は休めませんのー。ずうっと、尻もちをついていてもらいますわー」
にっこりと笑い、ユゥリアリアは苛烈な氷の槍の乱舞を放ち続ける。血液を媒介にした、赤の氷の槍が、杭のように次々と『一号』の左手に突き刺さり、大地へと縫い留めた。
「そのままだ、ユゥリアリア!」
ルカが叫び、氷の槍の合間を縫って飛翔する。次々と着弾する氷の槍をしり目に、完全に隙を晒した形の左腕の付け根に向けて、
「俺の攻撃は痛ぇぞ! 喰らいやがれ!!」
黒の顎を解き放つ! 大口を開けた黒顎は、左腕の付け根にかじりついた。黒顎が閉じると同時に、左腕は噛みちぎられ、巨体がついに倒れ伏した。噛み傷から無数の色宝の欠片を放出しながら、
「ヲヲヲヲヲッ!!!」
『一号』が吠える。のたうつ身体に、利香の炎のリングが次々と着弾。爆風をあげていった。じりじりと、泥を焼く匂いがあたりに立ち昇った。表面を焼いていた焔は体の内側まで、確実にそのダメージを浸透させていく。
『一号』は千切れそうな右腕を、反射的に振るった。その手の先端が、利香の身体を撫ぜた瞬間、『一号』の顔が利香のモノへと変貌する。
「あぁ、憎たらしい顔ですね」
利香が眉をひそめた。一方、再度立ち上がろうと右手を突っ張る『一号』。その腕の付け根に、銃弾が突き刺さった。
「起こすな! 倒したまま攻撃を続行するぞ!」
ラダは叫び、まったく同じ着弾位置に、もう一発の銃弾を送り込む。構造的欠点を貫かれた『一号』の右腕が、ついに千切れ飛んだ。右腕が、泥の山へと変貌し、『一号』本体が再びその身体を大地へと横たえる。
「この機を逃すな! 全員一斉攻撃にうつりたまえ!」
ゼフィラの号令に後押しされ、イレギュラーズ達が一斉攻撃の態勢に入る。
「自分っつーのは他人から貰うもんじゃねえ!! 自分で決めるもんだ!!」
ルカが叫び、『一号』へと肉薄した。『黒犬』のレプリカを片手で振るいあげ、泥の山に叩きつけるように、『一号』の身体を斬りつける。
「馬鹿野郎が。お前はきっと、もう『自分』を持ってたんだ……」
どう、と音を立てて、その泥が爆散した。血飛沫のように舞い上がる、泥。そして飲み込まれていた色宝の欠片たち。
(……私ね……こんな世界だから言えずにいたけれど……。
ホルスの子供達のような『紛い物』って嫌いなのよ……!)
胸中で呟き、エルス・ティーネは手にした大鎌を振り上げる。斬。衝撃波が、『一号』の首筋へと走った。泣き別れとなった首が、泥へと溶けていく。
「……だってそうでしょう? そんな紛い物に……王座を奪われたのだから」
小さな呟きは、ざざざ、ざざざ、と泥が融けていく音にかき消されていく。泥の巨人が、泥の山へと変貌していく。ずずず、ずずず、と流れるように、泥が落ち、零れ――その合間から、無数の色宝の欠片が――『取り込んだ誰かの欠片』が零れ落ちていく。
「ヲヲヲヲヲ……ヲヲヲヲ……」
その呻き声は、溶けた頭から聞こえてきたわけではなかった。心臓の位置。泥人形の胸。その位置から、深い、深いその位置から、響く様であった。
エルス・ティーネは、大鎌を器用に振るうと、胸の位置に突き刺して、その声の主を取り上げた。
それは、赤子のように小さな、泥人形だった。
「まぁ、それが、『一号』の本体ですのねー」
ユゥリアリアが声をあげる。
「ええ。これで終わりよ」
エルス・ティーネが泥人形を地へと横たえ、その首筋に大鎌の刃を当てた――時。
「待って!」
声が響いた。
「ちょっとだけ……待って!」
花丸の声だった。
●さようなら、『私』という祝福
「……分かった。あなたがそうしたいなら、止めないわ」
エルス・ティーネは静かに息を吐くと、踵を返した。
「……周囲を警戒してくるわ。そのあいだに、済ませておいて」
エルス・ティーネは泥の山から飛び降りて、消える。
花丸は、その泥人形を抱き上げた。
花丸が提案した事とは、この泥人形に新たな名前を与えてやる事だった。死者の名前でないのならば、ホルスの子供達として再生することは無い。これは、武器商人の提案でもあった。この泥人形が個を求めていたのなら、最後にそれを与えてやりたい。この場にいた仲間達も何人かは、想いを同じくするところだった。
「……って。勢いで言ったけど……名前。どうしよう」
花丸が苦笑するのへ、
「では、アポープ、はどうかな」
ラダが微笑しつつ、言った。
「巨人、と言う意味だ……まぁ、今は小さいけれど。ぴったりだとは思う」
うん、と花丸は頷いた。
「アポープ。あなたは、アポープだよ」
そう言った瞬間、泥人形に変化が現れた。その顔が、『私』の顔になった。それは、この世の誰でもない、初めて世界に生まれた顔だった。
おぎゃあ、おぎゃあ、アポープは泣いた。それは、産声だった。この時初めて、アポープはアポープとして、生まれたのだ。
……だが、その命の脈動も、僅かな時間のモノでしかなかった。消耗しきった身体は徐々に崩れ始め、泥へと溶けていく。
あ、と花丸が声をあげた時には、もうそれは泥の塊になっていた。少しだけ泣きそうになった花丸に、
「いいのさ」
と、それだけ、武器商人が言った。
アポープは生まれ、僅かな時間精一杯生きて、散って行った。しかしそれは、アポープにとって間違いなく、救いだった。
「例えどんな存在であろうとも死は変わらぬもので御座います。どうかごゆっくりお休みくださいね?」
利香が言う。ユゥリアリアは、静かに歌を紡いでいた。それは生を祝福する歌であり、死を送る歌であった。
「人間だって自分を求めて旅をする……なんてやつもいる。お前は最初から自分を持ってたんだよ」
ルカが呟いた。確かにアポープは、自分を持っていたのだろう。でも気づけなかった。それはとても寂しく、悲しい事だった。
「でも……今は。彼の眠りが安らかなる事を、祈ろう」
ゼフィラの言葉に、仲間達は頷いた。
静かな風だけが、世界に吹いていた。
送るものと、送られるもの。
エルス・ティーネは、そんな彼らをぼんやりと眺めながら、
(ホルスの子供達……これであなた達との戦いは終わるかしら)
静かに胸中で呟いた。その脳裏に、紛い物の王の姿を思い浮かべながら。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
今はただ静かに、遺跡の中に、アポープは眠っています。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
歪な進化を遂げ、狂気に陥ったホルスの子供達が現れました。
これを討伐してください。
●成功条件
『仮称:特異ホルス一号』の完全撃破
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●状況
ファルベライズ遺跡群の中枢エリアにて、一同は巨大な敵と遭遇しました。
それは、調査された限り、歪な進化を遂げた『ホルスの子供達』の内一体であり、周囲にある生命、『ホルスの子供達』を見境なく取り込み、巨大化、変化を行いながら、地上を目指しているようです。
このような危険な敵が地上へ向かう事を、許してはなりません。それに、中枢で暴れられても、その他の戦場に悪影響を及ぼす可能性があり、いずれにせよ厄介な事です。
皆さんは、決死の覚悟でこの巨人に挑み、討伐しなければなりません。
作戦エリアは、色宝の影響により歪んだ空間になっており、吹き抜けるような青空と、瓦礫と廃墟、砂が広がる砂漠地帯になっています。
●エネミーデータ
仮称:特異ホルス一号 ×1
想定外(イレギュラー)な変化を遂げた、『ホルスの子供達』です。
巨大な泥の人形、と言った様相を呈しており、周囲のモノを無差別に襲います。
見た目通りに強靭で厄介な相手です。その腕の一振りでも、周囲を巻き込んだ攻撃を行うでしょうし、その身体を礫に変えて、遠距離を狙う事もあるでしょう。
ですが巨体故に、EXA、反応、機動力、回避力、命中力は低くなっています。
判明しているスキルは以下の通りです
パッシブ:超巨大
巨大な山を抑えるには、貴方だけでは不充分だ。
このユニットをブロックする場合、3人以上のユニットがブロックに参加する必要がある。
パッシブ:巨体の弱点
その巨大さゆえに、構造的弱点は存在する。
すべての『飛行戦闘』状態のユニットは、このユニットへの攻撃に対して特効状態を持つ。
アクティブ:私をください
『私』には『私』がない。あなたの持つ『私』を頂戴。
近・物・単。次のターンの終了時まで、『仮称:特異ホルス一号』の顔が、この攻撃がヒットした対象と同じになる。
またランダムで一つ、対象が活性化しているスキルを、次のターンの終了まで『デッドコピー』する。
アクティブ:デッドコピー
あなたがくれた、『私』の『私』。
レンジ可変・属性可変・対象可変。『私をください』により『デッドコピー』されたスキルを使える。ただし、オリジナルのスキルに比べ、あらゆる性能がランクダウンする。(例えば威力は低下し、射程は減り、付与するBSもランダムで減る)
●味方NPC
『ぷるぷるぼでぃ』レライム・ミライム・スライマル(p3n000069) ×1
平均的な能力値を持つアベレージファイター。攻撃、回復一通りこなせるが、言い方を悪くすれば器用貧乏。すべての能力は、PCに比べて見劣りするだろう。
回復の穴を埋めたり、本人の言葉通り一時期な楯にしたり。好きにお使いください。
以上となります。
それでは、皆様のご参加お待ちしております。
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