シナリオ詳細
<Rw Nw Prt M Hrw>狂乱のベクシー。或いは、描くは不吉な紋様なり…。
オープニング
●狂気の沙汰ほど美しい
ラサ。
遺跡群『FarbeReise(ファルベライズ)』の最奥、大精霊ファルベリヒトの祠こそがその“異常”の発生源だ。
狂気状態に陥った<ホルスの子供達>。
そして、大鴉盗賊団の構成員たち。
それらの暴走を止めねば、混乱はラサ全域に広がりかねないだろうと推測された。
そのため、イレギュラーズは騒動の鎮圧に乗り出すこととなったのだが……。
ファルベライズ・地底湖。
湖の中央に浮かぶ小島には、淡く虹色に輝く扉があった。
扉はファルベライズの中核となるクリスタル遺跡へと繋がっている。
騒動を止めるためには、その先へと進む必要があるが……。
「あぁ、美しくない美しくない。イレギュラーズって言ったっけ? あんたらほんと、実に実に美しくないわ」
湖の畔に立つその痩身の男は、にたりとした歪な笑みを顔に張りつけ、高い声でそう宣った。
絵具に汚れた白い衣服。
絵具に塗れた白い長髪。
白い肌にはびっしりと刺青が刻み込まれている。
「あぁぁぁ、美しくない。あたしの色宝を奪おうだなんて、美しくないわぁ」
男の名は“ベクシー”。大鴉盗賊団の幹部を務める“自称”芸術家である。
そんな彼の左右には、身体を絵具で染められた2人の男の姿があった。
盗賊団に所属する彼の部下だが、その瞳は虚ろ、半分ほど開いた口腔からは意味のない呻き声が零れている。
「色宝は他の連中が盗ってきてくれるって話だし、あたしはここでイレギュラーズたちの侵入を阻んでればいい。まぁ、こっから先は危険そうだものね。危ないとこに飛び込んでいくなんて、芸術家の仕事じゃないわ」
絵具に染まった両の手で、ベクシーは自身の顔を包み込む。
くっくと肩を揺らして笑う彼の瞳には、狂気の色が窺えた。
彼もまた、ファルベリヒトの影響を受けているのだろう。
本来、彼の役割は絵具を媒介とした部下たちの強化と、敵対象の弱体化である。
一種の催眠術のようなものだろうか。
しかし、これまでのベクシーは部下が正気を失うほどの強化を施すことはしなかった。
けれど、今は違う……。
全身に絵具で奇妙な紋様を描き込まれた2人の部下は、明らかに正気を失していた。
その代償として、現在、彼の部下たちは常に【乱れ】と【棘】を付与された状態にあるのだが……。
「2人しか残らなかったのが誤算だけれど、まぁ、こいつらなら複数人を相手取るのも容易だものね。つまり、つまりは万事OKってことで」
なんて、嘯き笑うベクシーの背後、湖には幾つもの死体が浮いていた。
彼の強化に耐え切れなかった部下たちの遺体だろう。
それらをちらと一瞥し、ベクシーはにぃと頬を吊り上げ笑みを一層深くした。
「あ、そうだ。勿体ないし、これも利用しない手はないわね」
なんて、言って。
ベクシーは死体の顔に、絵具で紋様を刻むのだった。
「芸術は爆発だ……って、言うものね。趣味じゃないけど、試してみるのも悪くないかも」
●描く狂気
「美しくない。美しくないわ。極彩色を適当に塗りたくるだけの芸術家気取り……色の調和がとれていない。見る者を不快にさせる色使いだわ」
どことなく不機嫌な様子の『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)。
ベクシーの想う芸術は、彼女の好みに合わなかったのだろう。
「戦場は地底湖周辺。それなりに広さがあるため、行動が制限されることもないでしょうね。そこで貴方たちに担ってもらう相手は3名。ベクシーと、その部下2人よ」
ベクシー自身の戦闘力はさほど高くはないけれど、絵具を使った【狂気】【呪い】【封印】【暗闇】の付与を行う。
それらの攻撃によって与えられるダメージは少ないが、足りない火力は2人の部下や、部下の遺体が担う編成なのだろう。
強化された部下2人は、人の限界を超えた力を発揮する。
「腕に刻まれた紋様により、部下たちは【業炎】を巻き散らすみたい。そして、同様の紋様は周辺の遺体にも刻まれているわ」
死体の数は全部で30。
それらを盾に、或いは砲弾のように使用するつもりなのだろう、とプルーは語る。
「ベクシーに好き勝手暴れさせては、遺跡が崩れかねないわ。万が一にも扉への道を塞がれるわけにはいかないし……そうなる前に、ベクシーを止める必要があるわね」
仲間たちを先へと進めるため。
或いは、仲間たちの帰還ルートの安全を確保するため。
「ベクシーをここで討伐します」
プルーの宣言に従って、イレギュラーズは動き始める。
- <Rw Nw Prt M Hrw>狂乱のベクシー。或いは、描くは不吉な紋様なり…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年02月21日 22時40分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●地底湖の芸術家
ファルベライズ・地底湖
虹色に輝く門に背を向けて、3人の男が立っている。
うち1人は、痩身の自称芸術家“ベクシー”。大鴉盗賊団幹部の1人だ。
彼の指示で動く2人も盗賊団の団員だろうが、その様子はどうにも普通ではないようだ。全身に絵具で描かれた奇妙な紋様。虚ろな瞳に、だらしなく半開きとなった口。
ベクシーの強化を受けた結果、正気を逸しているのだ。
「あぁ、美しくない。こんなところにいつまでも待機しているなんて、あたしの美意識が耐えられない。せめて、暇つぶしでもできればいいけど……ちょっとあんたら、探してきなさい」
絵具に塗れた白髪を掻きむしりながら、血走った眼をしたベクシーが叫ぶ。
苛立ち混じりに足元の死体を蹴り飛ばし、ベクシーはしっしと手を払った。ベクシーの蹴った死体もまた、彼の配下たちである。
ベクシーの強化に耐えきれなかった者たちだ。
その指示に従いベクシー配下の2人が行動を開始した。地底湖への出入り口へ向け歩いていく男たち。正気を喪失しているとはいえ、流石は元盗賊というべきか。
そんな2人の目の前に、1人の女が立ちはだかる。
「屑の臭いがするねぇ……アタシと同じ臭いだ」
女……『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)の手には、1門のガトリング砲が握られている。
にぃ、とコルネリアは歯を剥き出しにして笑んだ。
「風穴開けるに躊躇い無し、仕事の時間だ」
グリップ部分のスイッチを1つ押し込めば、カラリカラリと音を立て砲塔が回転を開始する。
銃声を響かせ、弾丸が周囲にばら撒かれた。盗賊たちは素早く左右に散開しそれを回避した。
「来た来た来たわ、暇つぶしぃ! やるわよ、あんたたち!!」
歓喜の声をあげながら、ベクシーは服の内から2本の絵筆を取り出した。絵具による強化や敵の弱体化といった後方支援を行うためだ。
ベクシーの身体に刻まれた刺青のほか、配下の2人や、足元に転がる遺体にも絵具で紋様が描かれている。
「紋様魔術は緻密で繊細な魔術ですから、それを絵具で実現すると言うのは一種の才能なのですかねぇ」
パチン、と。
『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)が指を弾いた。
空気が震え、不可視の魔力がベクシーの右手首を打つ。
痛みに顔を顰めたベクシーの手から筆が零れた。
「遺体の爆発に巻き込まれないよう、足元には注意するんだよ!」
「当然! あたしは打たれ弱いから、配下二人とバチバチに殴り合う事も爆発に巻き込まれることも避けたいっす!」
盗賊1人に斬りかかりながら『萌芽の心』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が仲間に注意を促した。
応を返した『恋に駆ける狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)は、地面を蹴って弾丸のように加速。まっすぐにベクシーへと向かう。
進路を阻むよう、盗賊がウルズの前へと駆けるが、その足元を不可視の刃が切り裂いた。踏鞴を踏み後退する盗賊の眼前を、ウルズは駆け抜けていく。
「んええ、血と死体と油の匂い。めっちゃ頭ガンガンすんのやけどお!」
『兎身創痍』ブーケ ガルニ(p3p002361)の放った不可視の刃がウルズの道を切り開いた。それを確認し、チラと一瞬ベクシーの傍に散らばる死体へ眼を向ける。
全身に紋様を刻まれたその死体は、事前に得た情報によればベクシーの合図や強い衝撃により爆発するということだ。
事実、筆を落としたベクシーは死体の1つを掴み、引き摺り起こしているところだ。
「敵とはいえ、亡くなった人を攻撃するのは正直気が進まないけれど…道具として好き勝手に利用されるのを黙って見ているよりマシよね」
「同感だ。ってか、あれのどこが芸術だ? あんな醜いのを芸術なんざ言わねぇよ」
『ヘリオトロープの黄昏』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が竪琴を鳴らせば、ごうと音を立てその眼前に砂塵が吹き荒れる。
暴風と砂塵の影に隠れ『無名の熱を継ぐ者』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)が剣を担いで疾駆した。
まっすぐに駆けるウルズと、大きく横から回り込むニコラス。
そして迫る砂塵のどれに注意を払うべきか。
思案するその一瞬、ベクシーは動作を鈍らせた。
「お前の言う芸術は独りよがりで見ても全く惹きつけるものがない。私の娘の描く絵のほうが、見ていて幸せな気持ちになれるぞ!
「はぁぁっ!! 美しいんですけどぉ!! あたしの芸術を理解できないあんたぶごぁっ!?」
『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)の挑発に乗ってしまったことが、特に致命的だった。
その顔面にウルズの拳を受けたベクシーは、鼻血を吹いて湖へと吹き飛ばされたのだった。
●芸術家の矜持
「あ、あがぁ。あ、くそ。いってぇぇ、鼻、折れた。折れちゃったじゃないのよ」
全身びしょ濡れ。
髪は乱れ、前歯は数本へし折れている。
顔面を血で赤くしたベクシーが、血走った目でウルズを睨んだ。
「立ってきたっすね。っしゃ、もう1発、叩き付けてやらぁ!」
拳を強く握り絞め、ウルズは姿勢を低くした。
クラウチングスタートにも似た体勢。脚に溜めた力を一気に放ち加速するのに最適なスタートポーズである。
「おだまりなさい」
ウルズへと向け、ベクシーは素早く手を翳した。
その手に握られているのは、黒い絵具の付いた絵筆だ。
彼が虚空に筆を数度走らせれば、ウルズの頬には不気味な黒の紋様が描かれる。
「あっ! う、ぐぅ」
ジワリ、と絵具が肌に染み込むにつれ、ウルズの目から光が消える。頭を押さえ、苦悶の声を零すウルズは、その苦痛から逃れるためか自身の顔面を殴打した。
「あはっ! あははは! 良い様! 良い様ね、小娘!!」
その様子を見てケタケタと笑うベクシーは、次の狙いをニコラスへ向ける。
砂塵に巻き込まれた死体が次々と爆発する轟音。
血煙と肉片が撒き散らされるその中へ、足元の死体を蹴り込んだのだ。
「あんたも、あたしの芸術を味わいなさい。ほら、今回の作品は体感型よ」
「別にお前なんぞの芸術に興味なんざねぇんだがよ。むしろゴメンだわ」
眼前に迫る死体へ向けて、ニコラスは連撃を叩き込む。
腰を低くし、地面を踏みしめ身体を固定。剣の重さを膂力で制御し、重く激しい、けれど正確な軌道で放つ斬撃である。無限の軌道を描き、対象の魔力を喰らうその斬撃が身を斬る直前、ベクシーは頬を歪めて笑ってみせた。
パチン、と合図を送るように指を弾いたその直後、死体に描かれた紋様が煌々とした光を放つ。
直後、爆発。
爆炎と肉の欠片を巻き散らし、死体はニコラスの身体を焼いた。
「そう言わずにご覧なさいな! ほら、血と肉に塗れたその姿、最高にクール&アートっぽいわ!」
「余計な真似すんじゃねぇ。テメェの芸術なんざよりもよ、この胸を焦がす炎の方がよっぽどいい。想いの、熱情の輝きの方が綺麗で俺にとっちゃ何倍も価値があんだよ」
「あん? 何を言って……」
「テメェの芸術は俺の心に響かねぇってことだよ、三流芸術家」
顔や腕に火傷を負ったニコラスは、しかし獣のように笑ってベクシーへ向け中指を突き立てて見せた。
嘲るようなその態度にベクシーは目を見開いて、怒りを顕わにするが、しかし……。
「は? なんで傷が治ってるわけぇ?」
みるみるうちにニコラスの傷が治るのを見て、ベクシーは目を丸くした。
降り注ぐ淡い燐光。
それを成したのはポテトである。
「みんなの傷は私が癒す。ベクシーを逃がさないように、倒すことだけ考えて前だけ見てくれ」
ニコラスの治療を終えたポテトは【狂気】状態にあるウルズの方へと駆けていく。
爆炎を浴びたのか、その長い髪は一部焦げているし、肌にも火傷を負っていた。
だが、彼女の瞳に宿る意思は多少のダメージを負った程度で消えるようなものではない。狂気に落ち、怒りに震えるベクシーにもそれはしかと理解できた。
ベクシーとて芸術家の端くれ。
観察眼という点に関して、それ相応の自信がある。
「そう。そちらが意地を通すのなら、あたしも受けて立つわ。あたしの芸術と、あなたたちの意地、どちらが上か比べましょうか」
回復術師は厄介だ。
ポテトへ向けて、ベクシーは筆を一閃させる。
宙に飛び散る黒い絵具。
それがポテトの身体に届く、その直前、黒い獣が彼女の代わりに絵具をその身で受け止めた。
「それがアンタの芸術だっていうなら、アタシはアタシの芸術でアンタを否定するわ。――来なさい、《リドル》!」
ぽろん、と澄んだ音色が響く。
黒き獣の名はリドル。
闇にも似た黒い体毛に、燃える炎のような眼光。
ジルーシャの影に住むチャーチグリムである。
絵具を浴びたリドルがベクシーへと襲い掛かる。その目の前に死体を蹴り上げ、爆発を起こしたその隙に、ベクシーは湖から上がり壁際へと駆けた。
湖周辺の遺体は、既に大半が破壊されていたからだ。
そんなベクシーの背後に迫る蒼い輝き。
「くっ!」
振り返り、自分から姿勢を崩すことでベクシーはそれを回避した。
「蒼剣は負けない剣、貴方の信じる己の才能、尽くを、打ち崩します!」
「やってみなさい、ちくしょうめっ!!」
華奢な体に不似合いなほどに刃の広い剣だった。
ドラマの斬撃を回避しながら、ベクシーは周囲に視線を走らせる。
「このっ!!」
地面に零れた青い絵具へ手を伸ばし、ベクシーはそれを指先で掬い上げて宙へと投げた。
しゅる、とその指の動きに合わせ描かれた紋様。
光線と化した魔力の奔流が、ドラマの腹部を撃ち抜いた。
血を吐くドラマの姿を見て、ベクシーは笑う。青い絵具の効果は【封印】と【暗闇】だ。技と視界を封じてしまえば、ドラマの動きも止まるだろう。
もっとも、ドラマにBSは効かないのだが……。
「衣服に絵具を塗りたくられるのはちょっと、嫌ですね?」
「ちょっとぉ!?」
一閃された剣により、ベクシーの腕に深い裂傷が刻まれた。
太い拳が地面を叩く。
腕に描かれた紋様が光り、爆炎と衝撃を巻き散らした。
飛び散る岩の欠片に身体を撃たれながら、シキは盗賊へと迫る。
その首元へ振り下ろされるは処刑剣。
先端へ向かうほど剣幅が広がり、また切っ先が平であるという特徴的な形状をしている。それもそのはず、本来は処刑場で罪人の首を斬り落とすための剣なのだ。
首を落とすのに、切っ先は不要ということだ。
「正気を失ったまま動かされているなら、はやく眠らせてやりたいからね」
遠心力を利用した斬撃が、盗賊の首へと落とされた。
「おやすみ」
そう呟いたシキの耳に、激しい雨音が響き渡る。
タイミング、角度ともに申し分のない一撃だ。
盗賊の全身には無数の裂傷。体力ももはや残り僅かなのだろう。もっとも、ダメージを負っているのはシキとて同様。
身体中に痣が浮き、頬から首にかけては火傷。殴打された腹部も痛む。内臓にもダメージを負っているのか、呼吸のたびに口の中に血の味が広がった。
けれど、処刑人の矜持にかけて首を落とすという行為は、しっかりと遂行せねばならない。手元が狂うことなどあり得ない。痛みによって剣速を落とすことはあり得ない。
処刑人がその手を緩めてしまったならば、罪人はきっと長く余計に苦しむことになるのだから。
トン、と。
シキの剣が盗賊の首を落とした、その直後。
「……え?」
盗賊の振るった拳がシキの胸部を打ち抜いた。
内臓を打ち抜く衝撃。身を包む業火の熱。
シキの視界が紅蓮に染まった。
兎の耳を抑えたブーケが、素早く後ろへと下がる。
彼と入れ替わるように、コルネリアの巻いた銃弾が盗賊の眼前で火花を散らした。
「あぁもう、目にも鼻にも痛くて敵わんわぁ」
血と絵具、死体と脂と硝煙の臭い。
爆音が反響しやすい地下空洞と言う立地もあって、ブーケは具合が悪かった。
中、遠距離からの攻撃を主としているおかげで、大きなダメージこそ負っていないが精神的な疲労ばかりはどうしようもないのだ。
「とにかくは頭数減らすのを優先に、より残り体力少なそうなのから狙っていこうねえ」
ちら、と視線をコルネリアへ向けブーケは告げた。
コルネリアとブーケの連撃を受けた盗賊は、既に満身創痍といった有様だ。正気を失っているからまだ動けてはいるが、もしも意識が正常であったならば痛みに悶え苦しんでいることだろう。
「ひどいことするねぇ、ほんと」
弾丸を浴び、後退していく盗賊へ向けブーケは駆ける。
タタン、と軽い音を立て、地面を蹴って跳躍し、その懐へと潜り込んだ。
「なりたくもない作品にされて、かあいそうになぁ。そのけったいな模様を隠したるわ。油絵具なら水より、脂の混じる血の方が落ちやすいかも、なんてなあ」
ふわり、と。
漂う金木犀の微かな香り。
盗賊の足元に展開された魔力陣より、直後晶槍が召喚された。
盗賊の腹部を貫き、腕を落とし、次々と現れるクリスタルの槍たちはあっという間にその全身を串刺しにして、飲み込んだのだ。
じわり、と地面に広がる血を一瞥し、ブーケは一瞬、目を閉じる。
黒き獣を蹴り飛ばす。
一度は消失した獣は、しかしジルーシャがいる限り、何度だって現れることをベクシー走っている。
「面倒な……」
宙に振るった絵筆。
「そう何度も好き勝手させてたまるかよ」
ニコラスの剣に斬り飛ばされた。
偶然、足元に転がっていた死体を1つ、ドラマに向けて蹴り飛ばす。
爆発に巻き込まれ、倒れたドラマ。
隣を走っていたウルズも、火炎に包まれ地面を転がった。
すぐにポテトが駆け寄って、その傷をあっという間に癒す。
部下2人は既に倒れた。
かつては数十名もいた手下は、これでとうとう0になった。
残るは自分1人だけ。
「嘘。嘘よ。嘘だわ」
思わず零した震え声。
直後銃声が鳴り響き、ベクシーの足に激痛が走った。
「こんだけの死体を積み重ねて来たんだ、死にたくねぇとか言わねぇよな? そこに転がってた死体どもも、きっと同じ気持ちだったんだぜ?」
ベクシーの足を撃ち抜いたのはコルネリアだ。
構えたガトリングからは、硝煙が立ち昇っている。
「あ、っぁ」
穴だらけになった自身の足を見下ろして、ベクシーは顔色を青くした。
皮膚が飛び散り、骨の一部が覗いている。
傷口を手で押さえるが、血は止まらない。
赤く濡れた手で髪を掻いた。髪から額、頬を伝って血が落ちる。
「せっかくのきれいな白い髪なんだ。極彩色を塗り立てるより、そのままの色をよほど好ましく思うね」
全身に火傷を負ったシキが静かにそう告げた。
一度は戦闘不能となったシキであるが【パンドラ】を消費し、再び立ち上がっている。
逃げられない。
数が、戦力が足りない。
降伏するか? それとも、自身に紋様を掻き込むか?
否、それは駄目だ。
あれをしてしまえば、正気を失うことになる。
芸術家として、獣のような様になるのは許容できない。
「に、逃げ」
「悪いが、お前を逃がすわけには行かないんだ」
「逃げられる前に黙らせてやるっす!」
ポテトの治癒を受けたウルズが、誰よりも速くベクシーの懐へと潜る。
回復術の残滓であろう燐光を纏い、駆ける姿はさながら獣。
ベクシーはそんな彼女の姿に、1匹の狼を幻視した。
降り抜かれた拳がベクシーの胸部に突き刺さる。
ミシ、と骨の砕ける音。
逆流した血と胃液を吐き散らし、こぼれんばかりに目を見開いた。
焼け焦げ、血に濡れたウルズの姿を至近で見つめ、ベクシーは笑う。
「美しいじゃない」
最後にそう言い残し、ベクシーは地面に倒れ伏す。
●沈黙のベクシー
か細い呼吸を繰り返す。
血に濡れたベクシーの命は、もはや長くは持たないだろう。
そんなベクシーの隣に座り、コルネリアは煙草を咥え、火を着けた。
舞い上がる紫煙を目で追いながら、彼女は囁く。
「死にたくねぇ、死にたくねぇかベクシー。わかるぜ、生きてぇよな。道半ばなんだろ?」
「…………」
「生への執着は悪ぃ事じゃねぇよ。でもな……」
お前は死ぬぜ?
その一言が、ベクシーの聞いた最後の音であっただろう。
遺体のほとんどは爆発して、四散した。
まともに形を残しているのは、シキの倒した盗賊とベクシーぐらいのものだろう。
盗賊の死体に描かれた赤の紋様を、ジルーシャはそっと布で拭い綺麗に落とす。
「……せめてあの二人だけは助けてあげたかったわね」
きつく噛み締めた唇からは血が滲んでいる。
死体の爆ぜる音。
仲間たちの咆哮。
ベクシーの笑い声。
思い起こされるそれは、地獄に響く死者の悲鳴のようだと思う。
「ジルーシャ、怪我はないか?」
そう問うたのはポテトであった。
その隣にはドラマの姿。
2人は仲間たちの傷を治療して回っているらしい。
「えぇ。平気よ」
「なら、良かったです。それでは先を急ぎましょう!」
まだ盗賊は大勢残っているのだから。
そう告げたドラマに、ジルーシャは薄い笑みを返した。
ぽろん、と。
最後にかき鳴らされた竪琴の音は、この地で死した盗賊たちへの手向けであろう。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
地底湖の攻防戦、無事終了となります。
依頼は成功しました。
芸術家ベクシー、最後の作品の物語はいかがでしたでしょうか。
この度はご参加ありがとうございました。
またどこかで別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
ベクシーの討伐
●ターゲット
・ベクシー
大鴉盗賊団幹部。自称芸術家の痩せた男。
白い髪や白い衣服は絵具に塗れ、体中にタトゥーを彫り込んでいる。
ファルベリヒトの影響を受け、正気を失いかけている。
目的はイレギュラーズの足止めだが、色宝を手に入れることが何より最優先事項であるため、戦況によっては逃走の可能性も…。
黒い紋様:神中単に中ダメージ、狂気、呪い
黒い絵具による紋様刻印。
青い紋様:神中貫に中ダメージ、封印、暗闇
青い絵具による紋様刻印。
・ベクシー配下、盗賊×2
ベクシーの配下。
そのうち、彼の強化に耐えきれたのはこの2人のみ。
代償として正気を失した状態にある。
残りは息絶えるか、意識を喪失してその辺に倒れている。
身体中に絵具で紋様を描かれている。
【乱れ】【棘】を常時付与された状態にある。
爆砕の紋様:物至範に大ダメージ、業炎
腕に描かれた赤い紋様。
殴りつけた箇所を中心に爆炎を巻き起こす。
●フィールド
ファルベライズ遺跡群。
地底湖周辺。
湖を背にベクシーが。その前方に2人の部下が控えている。
ベクシーの背後は周辺には、彼の部下たちの遺体が転がっている。
それらの遺体は、ベクシーの合図および強い衝撃を受けることで爆発。
神至範に中ダメージ、業炎を巻き散らす。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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