シナリオ詳細
忌流の秘奥。或いは、流浪の剣士、キヨシロー…。
オープニング
●流浪の剣士
腰に差した大太刀と、風に揺れる着流しの裾。
長い黒髪を後ろで括り、口には楊枝を咥えた男。
豊穣の地より長い船旅の果てに彼は、この地……幻想へと辿り着いた。
男の名はキヨシロー。
流浪の剣士である。
木々の生い茂る森の中で、獣を相手に刀を振る。
草木も生えぬ岩山で、素足のままに駆け回る、
灼熱の砂漠で、砂に脚を取られながら蛇や蠍を斬り捨てる。
“忌流”と呼ばれる流派を学んだ彼は、その奥義を習得すべく世界各地を旅していた。
そうして幻想に辿り着いた彼は、イレギュラーズと呼ばれる者たちの存在を耳にする。
「何でも猛者の集まりって話だが……さて、今以上に技を磨くには、そういった連中と戦ってみるのも悪くはないか?」
と、そう呟いて。
キヨシローは、ローレットの門を叩いた。
●忌流の秘奥
「赤い赤い、血のような赤……随分と物騒な気配を纏った方ね」
キヨシローと相対し『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)はそう言った。
じっくりと頭の先から足の先まで舐めるように眺めた彼女は、くすりと笑んで肩を竦めた。
馬鹿にされたと感じたのか、キヨシローの手が傍らの刀に伸びたからだ。
「何をそんなにピリピリしているの? 随分と余裕がないようだけど」
「うむ。実は少々事情があってな……これを見てくれ」
そう言ってキヨシローは、懐から1本の巻物を取り出した。
それは? と、プルーは視線だけで問いかける。
「忌流の奥義が記された秘伝の巻物だ。どこの手の者かは知らんが、これを狙う忍の者に追われておる」
「なぁに? 忌流ってそんなにすごい流派なの?」
「まぁ、実戦剣術の類だな。例えば壱の技“雨上がり”は【失血】と【呪い】を与える、雨滴さえ斬る神速の剣だ」
続く弐の技“夜空”は【致命】と【ブレイク】の効果を持った大上段からの斬り下ろしである。
実戦剣術というだけあり、これらの技の習得にはさほどの苦労を必要としない。
巻物に書かれた練習をしっかりとこなせば、何者であれ技を得られるのだという。
「大方、自分のところの配下に技を覚えさせたいのだろう。巻物1本あれば、雑兵どもも一端の剣士になれるのだからな。故に、そのことに危惧した先々代の道場主が忌流を一子相伝としたそうだ」
先々代も先代も、既にこの世にはいない。
巻物を託されたキヨシローは、日々1人で技を磨いた。
そのうち彼の元に忍が襲撃をかけるようになった。
忍の狙いが巻物だと知ったキヨシローは、道場を捨て旅に出た。
以来、数年……キヨシローは各地を旅し、技を磨き、忍を討って暮らしているのだ。
「正直、最後の技“迅雷武”を習得できれば巻物は燃やしていいと思ってんだが」
「まだ習得できていないのね?」
「……恥ずかしながら、その通りだ。だから、アンタらに頼みたい」
「技の習得? それとも、忍の撃退かしら?」
「どっちもさ。もう1人か2人、強者と戦えば技を物にできそうなんだが……相応しい相手がいなくてな。おまけに忍どもが次々と襲って来るもんで、集中して修行もできやしねぇ」
テーブルに置かれた茶を手に取って、忌々し気にキヨシローはそう言った。
眉間に寄った深い皺から、彼の苛立ちが見て取れる。
「ツチグモって野郎の率いる忍衆は【呪縛】【暗闇】【停滞】の効果を持った糸を操る。数は10人ほどと少ないが、動きが速くてな」
「修行中にそいつらが襲って来ると?」
「そう言うことだ。いつまでも追いすがられても面倒臭いからな。そいつらの見てる前で“迅雷武”を習得し、巻物を燃やしてやろうと思う」
コップの中身を飲み干して、キヨシローはにやりと笑う。
どこか獣のような笑みを浮かべて、彼はじぃとプルーを見つめた。
「どうだ? 俺に協力してくれんか?」
- 忌流の秘奥。或いは、流浪の剣士、キヨシロー…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年02月13日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●忌流の秘奥
乾いた風が吹き抜ける。
草原の中央、相対するのは2人の剣士。
片や、黒髪に着流し姿の男、キヨシロー。
片や、豊かな金髪を蓄えた黒肌の童女、『金色のいとし子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)。
「武術というのは、大変なもの、だな。しかし、読めば習得できるなら、マリアも覚えられるだろう、か?」
忌流の秘奥を習得するための修行……否、真剣勝負を行うために2人はこうして対峙していた。
そんな2人を囲むように展開するは7人の男女。
「敵が来るとしたら隠れる場所のある森の方面からかな?」
『柔らかく、そして硬い』ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)は、草原の一方向にある森を見やって、そう呟いた。
キヨシローの持つ巻物を狙って、ツチグモ衆という名の忍たちが近くに潜伏しているのだ。
巻物には、忌流の技とその習得方法が記されている。忌流は実戦剣術だ。その技は何者にも習得しやすく、そして実用的なもの。ツチグモ衆の主である何者かは、巻物を手に入れ、自身の配下たちにその技を身に付けさせたいのだろう。
「こちらの世界の剣術は何を以って実戦なんでしょう? 対人? それとも害獣相手かしら?」
「どちらにせよ、長い研鑽あっての技でしょう。その連綿と継承された技を血染めの凶行に用いられぬようにとも、悲しく、虚しく、怒りさえ込み上げるのは……えぇ、剣を携え、それをもって己が道を成す私なのですから、感じるのです」
地面に座った『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)がそう告げる。その隣では『風韻流月』冷泉・紗夜(p3p007754)が森で採取した水や食料を綺麗地面に並べていた。
それらと一緒に置かれているタオルや保冷剤は、耀 英司(p3p009524)が用意したものだ。「準備の良いこと」なんて、溜め息混じりに呟いて小夜は刀へと手を伸ばす。
盲目の身ではあれど、小夜とて歴戦の剣士である。
ほんの一瞬、感じた何者かの気配から戦闘開始が近いことを知ったのだろう。
「キヨシローに“迅雷武”を習得させる。他は二の次だ。わかってんだろうな?」
りんごを1つ、弄びつつ英司はそう呟いた。
隣に立つ『全国大会優勝』影縫・纏(p3p009426)は、1つ頷き視線を英司へと向ける。
「分かってるさ。そもそも今回の私は、びっくりするほどやれることが少ない」
「ならいいんだ。しかし、キヨシローも可哀そうだな。今は生き抜いちゃいるが、このままじゃ死ぬか、どっかの国に飼われるか。もう巻物を隠そうが燃やそうが無駄。とっつかまって、しっぽ振るようになるまで拷問にかけられるのがオチだぜ?」
「だろうな。そんな巻物があれば私でも剣の達人になれるのだろうか、と思わずにはいられないからな」
為政者ともなれば、その想いはひとしおだろう。
自分の手駒を容易に強化できるとなれば、巻物を、或いはその技を身に付けたキヨシローを確保したいと考えるのは当然だ。
「はぁん? そんなもんかね。まぁ、とにかくだ。修行に集中できるようしっかりサポートしてやろうぜ」
『座右の銘は下克上』袋小路・窮鼠(p3p009397)は、りんごを齧ってそう告げる。
視線を一瞬、キヨシローへと移した後に彼はその手に巻かれた布に手をかけた。ぎゅっと布を引き絞り、にぃと狂暴な笑みを浮かべる。
「さぁて防衛戦、気合い入れていこうか」
窮鼠の視線の向いた先には、いつの間にそこに居たのだろうか黒装束に身を包んだ忍たちの姿があった。
数は5人。
事前に聞いていたツチグモ衆の総勢は10なので、残り半数は未だ隠れたままなのだろう。
「一人一人ならともかく、こうも数が多いと嫌になってくるわね……」
あずき色のマントを風に靡かせて『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)はそう呟いた。
声を発することもなく。
足音を鳴らすこともなく。
地面を這う影のように、こちらへ迫るツチグモ衆の姿を見つめルチアは眉間に皺を寄せる。
殺気や戦意を感じない。
ただ、命令を実行するだけの機械のような者たちだ。自分の命を散らすことも、他人の命を奪いことにも、何ら感情を抱いていない。
必要とあらば、彼らはきっと自ら命を断つことさえも厭わない。
まさしく彼らは、1人1人が1本の刃。1つの武器。1つの道具であるのだろう。
●ツチグモ衆、襲来
剣戟の音が響く中、互いを見据え1歩踏み出すエクスマリアとキヨシローは、同時に刀を振り上げた。
刃と刃が擦れ、火花を散らす。
「あちらは始まったようだな」
「うん。仲間たちに任せておけば、いい」
「そうか。では、任せておこう」
「そうして、くれ。さて、奥義習得のついでに、マリアにも剣について少しばかり、教えてもらえるとありがたい、な。師より受け継いだ技、だ。僅かなれど後に残すのも、悪くないかと思う、が?」
鍔迫り合いを続ける2人。
膠着を破ったのは、キヨシローだった。
にぃ、と口元に笑みを浮かべたキヨシローは、エクスマリアの刀を後方へ流しながら身を低くする。足元へ向け放たれたキヨシローの蹴りを、エクスマリアは髪を使って防いで見せた。
「ならば実践で学ぶのだな。そら、壱の技“雨上がり”!」
一閃。
エクスマリアの刀を受け流しながら、キヨシローは刀を振るった。
視認も難しい速度で放たれたその斬撃は、エクスマリアの胴を斬り裂き血を散らす。
「っ⁉ 思い切りがいい、な」
「一瞬の気の迷いが死につながるのが実践故な。斬られる前に斬ればいい、というのがこの技を習得するコツだ」
咄嗟に背後へ下がったことで、致命傷は避けられた。
しかし、傷口から流れる血が止まらない。
「なるほど。では、次はマリアの技を見せる番だ、な。強者足り得るならば、糧として、掴ませてみせよう」
エクスマリアはその背に光の翼を展開。
刹那、閃光の刃を解き放つ。
「ぐっ、おぉ!?」
キヨシローの視界が一瞬、白に染まったその直後、彼の身体は無数の刃に刻まれた。
その身を鮮血に濡らしながら、しかし彼は笑ってみせた。
これ以上に楽しいことなど存在しないと、その瞳はそう告げていた。
キヨシローとエクスマリアが斬り合う様子を横目に見やり、英司は両腕を広げて叫ぶ。
「敵の数に気を配れ。声を掛け合って、連携を取れ。まだ忍どもはどっかに隠れてやがるからな!」
ガシャン、と音を鳴らして展開されるミサイルポッド。
火を噴き、ばら撒かれるそれはツチグモ衆へと飛んでいく。
着弾と共に爆発を起こすミサイルを、素早く回避しツチグモ衆は草原を駆けた。その手を虚空へ泳がせて、鋼の糸を地面に這わせる。
しゅるり、と音も無くそれは纏の足に巻き付いた。
「なっ!? いつの間に……」
地面に引き倒された纏が、慌てたように目を見開いた。
その腕には集約された魔力の渦。【魔力砲】の発動を察知したツチグモ衆は、まず先に纏を無力化することを優先したのだ。
事実、不安定な姿勢から撃ち出された魔力砲は、大きく的を外して虚空を貫いた。
キリ、と糸の張る音がして纏の足に裂傷が走る。
纏目掛け、接近するツチグモ衆。
その1人を英司の振るった鞭が強く打ち据える。
倒れる仲間に一瞥さえもくれることなく、2人が纏の眼前へ。その手に握った苦無を一閃させた瞬間、横合いから跳び出す窮鼠の拳が黒衣に包まれた頬を打ち抜いた。
無言のままに1人が地面を転がった。
肩を苦無で抉られながら、纏は狙いを倒れた忍へと向ける。
「私たちが出張る前に、巻物を奪えなかったことを悔やむといいさ」
燐光を散らし、解き放たれた魔力弾が忍の頭部へと命中。
意識を刈り取ることに成功したようだ。
「おい、気ぃ付けろ。いつの間にか辺りが糸だらけだ。目で糸を追えねぇから、耳で探るしかねぇぞ」
骨の装甲を腕に纏った窮鼠が叫ぶ。
【超聴力】をもってすれば、視認できぬ細糸が地面を這う音を拾い上げることが可能だ。
けれど、そんな彼の耳を持ってしても剣戟の音に紛れ近寄る敵には気づけなかった。
纏の足に巻き付いた糸を炎で燃やし、周囲へ視線を巡らす彼の背後。いつの間にか1人の男が立っていたのだ。
黒い衣を纏った男。長身痩躯の背を丸め、細く長い腕を伸ばして纏の首を締め上げる。
「なかなか優れた耳を持っているようだが、忍を相手にするには少し、力任せに過ぎるのではないか?」
なんて、囁くような声が窮鼠の耳朶を擽る。
キリ、と糸の張る音がして纏は苦悶の声を零した。
「が……は」
口の端から唾液が垂れる。藻掻く纏の視線は虚ろ。酸欠により、意識を失いかけているのだ。その首に巻き付いた糸を解くには、少々手間がかかるだろうか。
「この……野郎!」
背後を振り返ると共に、窮鼠は骨を纏った拳を振るう。
猫背の男……ツチグモは、素早く纏から手を離し背後へ跳躍。
窮鼠の攻撃を回避した。
「総員、散開せよ」
静かに紡がれたその声は、風に乗って忍たちの耳に届いた。
ツチグモの命令に従い、忍たちは同時に行動を開始。糸を手繰りつつ、四方八方へと散っていく。
地を這うように駆けまわる無数の敵影。
誰を注視するべきか。
思案するその一瞬の隙こそ、ツチグモの求めるものだった。
思考と行動の間に生まれるタイムラグに攻撃を滑り込ませれば、回避も防御も困難を極めることだろう。
しかし、彼に誤算があったとするならば、ただ1人……糸に身体を裂かれながら、まっすぐツチグモに斬りかかった女剣士の存在こそがそれである。
「一念をもった刃、幾度となく剣風吹かせて、斬り拓かせて頂きましょう」
白い衣を朱に染めながら、紗夜はツチグモとの距離を詰める。
行使されるは居合の技。
しゃらん、と。
刃が鞘を擦る音。
鋭く、疾く、閃く刃が風を斬る。
ツチグモは咄嗟に身を屈め、紗夜の居合を回避する。だが生憎と、彼女の刀はそれより速い。
「ぬ……ぅ」
その額から鼻にかけて、深い裂傷が刻まれた。
地を這う糸を回避しながら、ルチアは後方へと跳ねた。
ルチアを追うように2人の忍が疾駆する。小さな体躯で転がるように。まるでゴム毬か子蜘蛛のような様である。
弾むように跳躍し、上空から放たれた糸をルチアは腕を振るって弾く。
「そっちがその気なら、こちらも相応の対応を取るまでよ。大人しく引くなんて考えないことね」
忍たちを睨みつけ、ルチアは告げた。
しかし、彼女の本領は仲間の支援。直接的な戦闘力は、どうしても前衛に比べ劣ることは否めない。
だが、彼女とて何も無策で後退しているわけではないのだ。
「今っ!!」
短く、仲間へ合図を送った。
瞬間、宙を跳ねた忍の身体を深緑色の閃光が焼いた。
「……っ⁉」
「油断したね。1つ忠告しておくのなら、決して僕から目を離さない方がいいよ」
白い髭を拳で拭い、そう告げたのはムスティスラーフだ。
一見して恰幅の良い老人にしか見えないその男から、放たれる威圧感は忍の動きを停止させるに十分なものであった。
白目を剥いて地面に倒れた仲間を一瞥し、忍は1歩後ろへ下がった。
すい、と腕を掲げたムスティスラーフは忍の背後を指さして見せる。
「……?」
ちら、と忍は視線を背後へと向けた。
刹那、その腹部を熱が焼く。
否、それは小夜の放った斬撃であった。
円を描くよう振るわれた刀が、忍の腹部を深く切り裂く。零れた血で地面を赤に濡らしながら、忍は踏鞴を踏んで下がった。
その喉元に、小夜の刀が突きつけられる。
それ以上後退することもできず、また攻勢に移る隙も見いだせないまま忍はその場に膝を突いた。
●奥義の習得
窮鼠の視界が黒に染まった。
僅かな足音を頼りに、彼は忍の攻撃を避ける。その腕や喉元を、次々と切り裂かれながら、致命傷だけを避け続けた。
「う、ぐぉ!!」
背後で上がった苦悶の声は英司のものか。
声に反応し、振り抜き駆けた腕を慌てて停止させる。その瞬間、窮鼠の背に痛みが走る。
忍の攻撃によるものだろう。
手足に絡まった糸のせいで、動作は鈍い。見えないが、おそらく英司もそれはきっと同様だろう。
背中合わせに足を止め、窮鼠は背後へ言葉を投げる。
「おい。生憎前が見えねぇんだが、敵はどのあたりにいるよ? ちくしょう、まるで夜中みてぇだ」
「夜中なら結構だ。悪さをするには持ってこないだからな。目を閉じて、耳を塞いでしゃがんでな。俺が夜明けを見せてやる」
「目ぇ閉じてたら、昼も夜もかわりゃしねぇよ」
などとうそぶきながら、窮鼠は慌てて耳を塞いだ。
直後、暴風と爆音が轟いた。英司が周囲にミサイルをばらまいたのだ。
ミサイルに撃たれ、忍が1人地に伏した。
その様を見て、ツチグモは小さな舌打ちを零す。
「滅茶苦茶な真似をするな」
濛々と立ち込める土煙。
その中を動いた人影へ向け、鋼の糸をするりと伸ばした。
ギリ、と糸が何かを絡めた感覚。晴れた土煙の中から現れたのは、紗夜とムスティスラーフであった。その腕や脚には、膨大な量の糸が絡みついている。
「くっ……腕を絡めとられては、居合が放てない」
血に塗れた紗夜の腕は、腰の刀に伸びていた。
ほんの僅かにタイミングが遅れれば、ツチグモの糸も居合によって斬り落とされていただろう。
けれど、たとえ動きを止めたとてムスティスラーフの【大むっち砲】は防げない。
「僕以外を見ちゃダメ♡」
「ふざけたことを……」
「いや。そうでもないさ。僕はいたって真面目だよ」
かぱりと空いたムスティスラーフの口腔に、緑の光が集約していた。
先ほど見た、貫通する深緑色の閃光だろうか。
発動と同時に跳び退れば、回避することも可能であろう。
けれど、しかし……。
「うまく避けてちょうだいね。ご覧の通り、加減は苦手なのよ」
地面を這うように迫った小夜の斬撃を、ツチグモは小さく跳んで回避した。糸が緩んだその瞬間、強引に拘束を解いた紗夜が駆ける。
2人の剣士による絶え間のない連撃は、ツチグモの注意を散漫させた。
攻撃の合間を縫って、糸で2人の身体を裂くが、降り注ぐ燐光によりすぐにその傷は癒される。
後方より支援に徹するルチアの存在が邪魔だ。けれど、今のツチグモに彼女を討つことは叶わない。
撤退すべきか。
或いは、強引に突破すべきか。
数の有利は既に覆されている。
纏は意識を失っているし、英司と窮鼠は重症を負っているとはいえ、ツチグモ衆も既に半数以上が戦闘不能に陥っていた。
おまけに小夜も紗夜も無理に攻め込んで来ない。あくまで時間稼ぎを目的とした動きに徹しているのが分かった。
一体何のために?
そんな疑問がツチグモの脳裏を過った、その直後……。
「あら、残念だったわね。時間切れみたいよ?」
喜色の滲んだルチアの声が響き渡った。
キヨシローは、呵々と笑って刀を正眼へと構えた。
相対するエクスマリアも、するりと顔の前に刀を掲げる。
両者ともに全身血塗れ。
熱く、荒い呼吸を繰り返している。
「あぁ、頭に上っていた無駄な血が抜けて、ひどく落ち着いた心境だ」
と、そう呟いたキヨシローの全身からは余計な力が抜けている。正眼の構えとは、つまり剣術の基礎となる型。最も構えやすく、そして如何様な状況であれ対応できる構えであった。
闘志も、覇気も、戦意さえもすっかりと消えた無我の境地。
正確には、その1歩手前に彼はいた。
「主らのおかげで、遂にここに至ったわ」
「うん。敵も決して雑魚では、ないが、仲間達が居る以上万全、だ」
「そうか。とはいえ、いつまでも長引かせては負担になろう。次の一太刀で終わりとする故、一合、お付き合い願えるだろうか」
「こちらこそ、だ。最後に一合、所望したい」
その言葉を合図とし、エクスマリアは刀を大きく振りかぶる。
キヨシローは、刀を真上へ振り上げると、大きく1歩踏み込んだ。
一閃。
まるで稲妻の如き速度で振り下ろされたキヨシローの斬撃が、エクスマリアの肩から胸を斬り裂いた。
【パンドラ】を消費し、起き上がったエクスマリアへキヨシローは手を差し伸べた。
忌流の秘奥、迅雷武は無事に習得できたのだろう。キヨシローの顔には、うっすらとした笑みが浮かんでいる。
「後は、巻物を燃やすだけだ、な」
「うん。もはや某には不要なものだからな。誰か、火を貸してくれんか」
懐に仕舞っていた巻物を手に、キヨシローはそう告げる。
それならば、と指の先に火を灯した窮鼠が2人へ近づいた。
「さぁて、上手くいったみてぇだねぇ」
窮鼠が灯した炎へ向けて、キヨシローは躊躇いもなく巻物を翳す。
ぱちぱちと音を立てて燃える巻物を見て、ツチグモは忌々し気に顔を顰める。
撤退だ、と。
おそらくはそう呟いたのだろう。
展開していた糸を解いて、ツチグモは素早く踵を返す。
見れば、倒れていた忍衆もいつの間にやら消えていた。
ほんの数瞬のうちに、10名の忍はその場から消え去ったのだ。
「人なれば、秘められた刃の鋭さを知る……秘奥の奥義も、純然たる剣技も」
灰となり、風に舞い散る紙片に目を向け紗夜はそんなことを呟く。
その声に耳を傾けながら、キヨシローはどこか寂し気な笑みを浮かべていたのであった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
キヨシローは無事奥義を習得。
故郷へと帰っていきました。
依頼は成功となります。
この度はご参加ありがとうございました。
またどこかでキヨシローと逢うこともあるかもしれません。
その際は、どうぞよろしくお願いします。
GMコメント
●ミッション
キヨシローの修行に協力する。
キヨシローの修行中、ツチグモたちが接近できないよう防衛する。
●ターゲット
・キヨシロー
豊穣の剣士。
着流しを纏い、黒い総髪を背で1本に括っている。
武器は大太刀。
“忌流”という流派を継承するただ1人の剣士である。
雨上がり:物至単に中ダメージ、失血、呪い
目にも止まらぬ横薙ぎ一閃。雨滴さえ切り裂くという。
夜空:物至単に大ダメージ、致命、ブレイク
大上段より放つ渾身の斬撃。
迅雷武:????
未習得。習得には猛者との戦闘が不可欠と言うが……。
・ツチグモ
豊穣出身の忍。
黒衣を纏った猫背の男。
背が高く身体は細い。
長い手足を駆使し、高速で駆けまわる様はまさに蜘蛛のようである。
彼を始めとした忍衆は、糸を武器として使う。
ツチグモ殺技:神中範に中ダメージ、呪縛、暗闇、停滞
視認しづらい大量の糸を辺りに張り巡らせる技。
・ツチグモ配下×9
ツチグモ配下の忍衆。
小柄かつ痩せた体躯の者が多いのは、正面切っての戦闘ではなく攪乱、潜入、暗殺を主任務とするからだろう。
ツチグモ殺技:神中単に中ダメージ、停滞、暗闇
対象に糸を巻き付ける技。
●フィールド
幻想にあるとある草原。
周囲に視界を遮るものは何もなく、天候、足場にも問題はない。
近くには森があり、飲み水や食料の現地調達も容易である。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
Tweet