シナリオ詳細
移動研究所“ソシエール”。或いは、研究成果は門外不出…。
オープニング
●ドクター・ストレガの誓約
黒い衣服に、ウィッチハット。
白い髪を長く伸ばした妙齢の女性が画面の中で微笑んだ。
白く、広い部屋の中央。
シンプルなチェアに腰掛けて、足を組んで座っていた。
腹の上に置かれた手は白く細い。
彼女の名はドクター・ストレガ。練達に暮らす発明家である。
「ムカデは決して後退しない。そんな俗信を知っているかな? いや、知らなくても結構。そういう話があるのだと今、ここで知ってくれればそれでいい」
そういってストレガは足を組み直すと、傍らに置かれたビーカーを取り口に運んだ。
中に注がれた液体は、おそらくコーヒーなのだろう。
喉を潤し、彼女は1つ吐息を零した。
「私はその話に感銘を受けた。そして、それにあやかりたいと考えて、この移動研究所“ソシエール”を造ったわけだね」
移動研究所“ソシエール”。
全長200メートルにも及ぶ、彼女の住処、研究所の名称だ。
複数連結された長方形の部屋から成る巨大な建築物であるが、何よりの特徴は各部屋の下部に取り付けられたタイヤ型の機構によって稼働できる点にある。
時速はおよそ30キロと大した速度ではないが、その分装甲は頑丈だ。
開発者であるストレガや、彼女の造った発明品、これまで収集した膨大なデータを守護するためにそうなっているものと思われる。
「人類をより幸福に。人類により便利な暮らしを。それを成すまで、私は決して後退しない、立ち止まらない、振り返らない。そんな想いを込めたわけだね」
事実、彼女はこれまで多くの機械を開発して世に送り出してきた。
中には人様に迷惑をかけた結果、開発を中止されたものもあるが、それでも彼女は研究を止めることはなかった。
まさに不退転。
ムカデのごとく、彼女は決して後退しない。
「というわけで、この“ソシエール”も後退しない。出来ない。ただ前に進むだけさ」
そのせいで、1度移動を開始すると、元の場所に戻るまでそれなりに時間がかかるらしい。
「さて、このソシエールだが、実は現在、暴走状態にある。私の心臓が止まったとき、自壊に向かうようプログラムされているんだよ。私の研究成果や発明品を、私の死後に悪用されることがないようにね」
と、そういってストレガはウィッチハットを脱いで、前髪を持ち上げた。
彼女の額には赤に染まった包帯が巻き付けられている。
どうやら額に大きな怪我をしているようだ。
「寝ぼけて、ガラクタの山に頭から突っ込んだせいで負った傷だ。その際、一時的に心臓が止まっていたらしくてね、目を覚ましたらソシエールが動き出していた」
一度走り始めたソシエールは止まらない。
また、出入り口も厳重に封鎖されるせいで、ストレガは部屋を移動して、最前にある制御室に向かうことが出来ないでいた。
彼女は今、ソシエール中程にある一室に閉じ込められた状態にあるのだ。
「向かっている先はある火山の火口のようだね。私はこのビデオレターと合わせて、ソシエールの武装についての資料を窓から投げ捨てる。もしも誰かの手に届いたなら、どうかソシエールを止めてほしい」
そういってストレガは、どこか儚い笑みを浮かべる。
彼女の背後にはなるほど確かに小さな窓が映っていた。
窓のサイズは至極小さい。人の頭が辛うじて通るかどうかといった程度のものだ。
「私の頭脳が失われるのは人類にとっての損失だ。誰かよ、人類の救世主となれ」
最後にそれだけ言い残し、映像はプツンと途切れた。
●移動研究所“ソシエール”
「色々と語ってはいるが、要するにこれは救助要請だ」
そう言って『黒猫の』ショウ(p3n000005)は、手元の機械を停止した。
四角い箱にレンズが付いた機械……壁などに映像を映すための映写機である。
ストレガが作製し“ソシエール”の窓から投げ捨てたものだろう。
誰かが拾い上げ、巡り巡ってショウの手元にそれは届いた。
「ソシエールは非常に頑丈だ。また、外敵に侵入を阻むための自衛機能も装備されている」
出入り口は、頭部にあるハッチのみ。
ムカデの口に当たる部分がそれだ。
ソシエールを止めるためには、現在は固く閉ざされているハッチをこじ開け、操縦室へ向かう必要があるだろう。
「ソシエールの各所には対地砲、対空砲が装備されている。【ブレイク】【懊悩】【失血】などに警戒してくれ」
それらはソシエールに危害を加えた場合や、敵対と見られる行動を取った場合のみ稼働する。
攻撃を加えればほぼ確実。
接近や進行の邪魔をしてくるようなら、威嚇射撃といったところか。
「目的は火口に飛び込み、自壊することだからな。既に動き始めてしばらく……こちらが追いつく頃には、火口目前にまで迫っているだろうな」
火口に向かうべく、ソシエールは火山を登る。
緩やかな斜面であり、草木が生えていないことが特徴だ。
障害物がなく、また自然を破壊せずに済むという理由でソシエールの自壊場所をそこに設定していたのだろう。
その辺りにストレガの配慮が窺える。
ついでに緊急停止用の手段も講じていれば良かったのだろうが……。
「操縦室に乗り込んで、操作パネルを破壊してくれ。あぁ、操縦室は研究所最前列、ムカデの頭部にあたる箇所がそれにあたるようだ」
操作パネル……性格には、パネル内部にあるソシエールの“脳”あるいは“心臓”にあたる機構を破壊して強制停止させること。
それが今回の依頼の目的だ。
「ソシエールは巨大だからな。真正面から受け止めるのはおすすめしない。そんな真似をする者はいないと思うが……」
と、そこでショウは口をつぐんだ。
無茶を承知で、我が身も省みずめちゃくちゃな真似をする者に、もしかしたら覚えがあるのかもしれない。
「足場や視界には問題無いが、ソシエールは常に前進している。全長200メートルほど、7つの部屋が連結したような形状をしているのが特徴だ」
各部屋の下部には移動用の機構が無数。
タイヤの回転により前進するが、障害物の乗り越えや悪路走破のために脚を生やすことも可能という。
つまり、タイヤを壊しただけでは停止しないということだ。
「最優先はストレガの救出だな。ソシエールの方も、可能な限り止めてくれ。神秘攻撃は通らないようなので注意するように」
火口に異物が飛び込むことで、万が一にも噴火を誘発しては困る。
そういった懸念を取り払う事は出来ないのだろう。
ショウの眉間には深い皺が寄っていた。
- 移動研究所“ソシエール”。或いは、研究成果は門外不出…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年02月11日 22時00分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●疾走する研究所
時速30キロメートル。
鋼鉄のムカデが山を登っていく様を彼らは見ていた。
鋼鉄のムカデの名は、移動研究所“ソシエール”。練達に住む発明家、ドクター・ストレガの住処であり開発拠点である。
普段は練達首都の郊外に停められているそれが、一体どうしてこのような場所を奔っているのか。それは、溶岩の火口に飛び込み自壊するためである。
不慮の事故により、ソシエールに備え付けられていた自壊機能が起動したのだ。そして、ソシエール内部にはストレガが閉じ込められている。
つまり、今回の依頼内容はストレガの救出と、ソシエールの停止ということになる。
「すげええええええええ! 本当に研究所が走ってるんだねぇ! このハイテクをまっとうに役立つ方向に向けられないの最高に練達のカガク者ってカンジがしてるよ」
「あのドクターは、またやらかしたのか? 全く、やれやれだな……」
妙にテンションの高い『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)。
その歓声を間近で聞いた『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は猫の耳をペタンと伏せて顔を顰める。
「またストレガくんなんかやらかしたの! ってか、ソシエールって確かアレが大量発生したところじゃ……」
汰磨羈の背に乗る『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)が顔色を僅かに青くする。以前、ストレガが起こしたある騒動に汰磨羈、茄子子、そして『太陽の勇者』アラン・アークライト(p3p000365)は参加していた。
度々、トラブルを起こすストレガとはすっかり顔なじみになった者さえいる。
「あーチクショウ、こうなりゃヤケだ! めんどくせぇけどやってやるよ!」
剣を肩に担いだアランは、先行して斜面を滑り降りていく。
その後を追って『陸の人魚』シグルーン・ジネヴィラ・エランティア(p3p000945)と『凡骨にして凡庸』浜地・庸介(p3p008438)も駆け出した。
「タイ捨流浜地庸介、未熟ではあるが助太刀致す」
ソシエールは巨大だ。
総力を結集してかからねば、僅かの足止めも難しいだろう。
しかし、ソシエールとて単なる走る研究所ではないのだ。アランの接近を察知したのか、その側面から数機の機銃が現れた。
アランが射程に入った瞬間、バララと断続的な銃声が響く。
撃ち出されたのは、円錐形の弾丸だ。
速度、狙い共に申し分のない銃撃。
しかしその弾丸は間に割り込んだ『面影の痕』グレン・ロジャース(p3p005709)がその身と盾で受け止める。
「やれやれ、こりゃまたけったいな代物だぜ。走る建造物を追っかけて止めろとは、無茶を言ってくれるな」
痺れの残る腕を振り、グレンは冷や汗を一筋垂らす。
「武装といいまるで機動要塞ですな。我が世界の【巨大武装要塞(アームズフォート)】に似ております」
人型兵器を展開しつつ、『シュピーゲル』DexM001型 7810番機 SpiegelⅡ(p3p001649)はそう告げた。
「装甲、展開(スクリプト、オーバーライド)」
全長およそ3メートル。
黒と赤とを基調とした重厚な装甲に乗り込んだSpiegelⅡの視界には、土煙をあげ火山を登るソシエールの全貌が映っていた。
「戦闘機動構築開始(システムセットアップ)。本機体動作正常(ユニットステータスグリーン)」
装甲は問題なく起動。
脚部のバーニアより火炎を噴き出し、発進の時を待っている。
「行くよ、Spiegel」
『Jawohl』
機人一体となったSpiegelⅡが、地面を削り駆け出した。
●研究所を停止せよ
斜面を滑り降りながら、庸介は意志を研ぎ澄ます。
抜き身の刀を大上段に掲げた彼は、ただまっすぐに駆け抜ける。その頬を銃弾が霞めていった。飛び散った血が庸介の顔を朱に濡らす。
脇や肩、腕にも傷を負っている。
だが、問題ない。
致命傷を避けてさえいればそれでいいのだ。
「私もそろそろ半人前ほどには依頼をこなしてきたつもりですが、この世というものほど珍妙不可解なものはありませんね。何よりこんなものを作る頭が理解できない」
ただ、近寄り、そして斬るだけ。
速度を乗せた庸介の斬撃が、ソシエールを動かすタイヤの1つを切り裂いた。
破壊には至らない。
だが、傷を負わせることが可能と分かったのならそれで良い。
一撃で足りなければ、さらにもう一撃を叩き込めば良い。
何度も攻撃を重ねれば、いずれ破壊に至るだろう。
「……っ⁉」
庸介へ向け撃ち込まれた無数の弾丸。
そのうち数発が、彼の背から腹部にかけてを撃ち抜いた。
銃弾を浴びたのは庸介だけではない。同じように脚を撃たれたシグルーンは、転倒したところをタイヤに弾き飛ばされて、斜面を転がり落ちていく。
「シグルーン殿……く」
助けに行くには、自身もダメージを負いすぎている。
「こういうでかい乗り物を壊すのは得意じゃねぇんだけどなぁ!」
地面を滑るようにして、アランはソシエールの真下へと潜り込んだ。
「破壊が難しいようなら、シュピたちは足止めを行うべきです。バランスを崩しやすいように片輪だけ執拗に狙い破壊を狙うのです」
「応! 止めるまでと行かずとも、速度は落とすぜ!」
SpiegelⅡは前進。
一方、グレンは盾を構えたまま後方へと下がっていった。
ソシエールを停止させるには、操縦室に乗り込む必要がある。
そのためにはまず、誰かをソシエールの入り口へ辿り着かせなければならないのだが、それがなかなか難しかった。
「まぁ多少のダメージは駄賃です」
銃弾を浴びながら、SpiegelⅡはソシエールに接近。
庸介が斬り付けたのと同じ位置へ、鋼の拳を叩きつけた。既に安全装置は外れている。加速を乗せた殴打によって、タイヤの軸が歪に曲がる。
ソシエールには無数のタイヤが付いている。
タイヤの1つを失った程度では動きを止めることは不可能。しかし、多少であれば速度も低下するだろう。
「片側の脚をもぎ取り続けりゃ、バランス崩れて最短距離とは行かねぇだろ!」
ソシエールから距離を取ったグレンは疾走を開始。駆ける慣性を乗せた斬撃を虚空に放った。
空気が唸る。
放たれたそれは、飛ぶ斬撃。
庸介、SpiegelⅡの連撃を受け破損していたタイヤは、その一撃を受け砕け散る。
だが、全長200メートルの巨体を支えるタイヤは無数。そのうち1つだけを破壊したところで、さほどに大きな意味はない。
「だが、諦めたりはしねぇ。抗う力こそが俺の本領なんでな!」
「えぇ、大将首を仕留めたいところですが、今回は援護に徹しましょう」
ソシエールとのすれ違い様、グレンは2つ目のタイヤを斬った。
さらに、タイヤの軸へ向け庸介の刀が叩き込まれる。
砕けたタイヤが地面に転がる。砂煙を巻き上げ跳ねるそれを、アランはしゃがむことで回避。剣を肩に担いだまま、視線を機銃へと向けた。
地面を強く踏み込んで、アランは跳んだ。
対空砲が作動すうより数瞬速く、神速の突きを撃ち込んだ。突きを受けた機銃が爆ぜる。ソシエールの装甲にも傷が刻み込まれたが、貫通するには至らない。
「っ、硬ぇっ! 本当に壊れるのかよ!」
対空砲による射撃を受け、アランはぐらりと姿勢を崩す。
急所への直撃こそ避けたものの、弾丸の数が多すぎてノーダメージとはいかないようだ。
血の雫を零しながら、ソシエールの屋根に移動。反対側へと回り込み、もう1つの機銃を破壊した。
「クソが、さっさと片付けてくれ! 汰磨羈、茄子子!!」
対空砲を破壊したことで、前方への攻撃が一時止まった。
その隙を突き、茄子子を背負った汰磨羈とイグナートが行動を開始。
目指すはソシエール前面、搭乗口だ。
「ハッチが邪魔だな」
と、そう呟いた汰磨羈の前にイグナートが回り込む。
その背に負ったジェットパックを起動させ、軽く地面を蹴って跳んだ。
「オレはガンジョウな機械とは相性がイイんだ。適当にそれっぽいところを握り潰せば止められるからね!」
腰の位置に構えた拳。指を曲げたその手の形は虎爪の構え。
前方のタイヤを失ったことで、ソシエールは僅かに傾いている。斜面に車体を擦り付けながら走っているせいで、若干先ほどまでより走行速度も落ちていた。
今であれば、飛び乗ることも可能であろう。
真っ先に突撃を慣行したイグナートは、入り口を固く閉ざしたハッチに掌打を叩き込む。
轟音。
歪んだハッチと車体の隙間に指をねじ込み、力づくでそれを剥がした。
「お先に行かせてもらうヨ!」
室内へと飛び込んでいくイグナート。
汰磨羈と茄子子がその後に続く。
「全速力で突っ走るぞ。確りと捕まっていろ!」
「みんな! いってくるよ! 足止め頼んだぜ!」
茄子子の宣誓に宿る魔力が、失われていた仲間たちの気力を回復させた。
天井目掛け拳を打ち込むイグナート。しかし、さすがというべきか、僅かにへこむだけで、破壊には時間がかかりそうだ。
「あちゃー、やっぱり破壊は難しそうか。それじゃ、行先はストレガくんの待つ最後尾! まずは助けないとね!」
前方を指さし茄子子は叫ぶ。
汰磨羈に背負われたままだが、その方が移動がスムーズなので仕方が無いのだ。
3人に先行してSpiegelⅡの霊子妖精が部屋の奥にある隔壁へと到達。
するりと壁をすり抜けて、先の部屋の様子を確認しているのだろう。
すぐに戻って来たかと思うと、一行へ向け手を招く。どうやら進路は安全らしい。
隔壁を開けるため、汰磨羈は走った。
直後、ソシエールが激しく揺れる。
「いやはや、これは中々にスリルがあるな……!」
部屋の各所に散乱していたガラクタが、揺れに合わせて床を滑った。それを回避し、汰磨羈は頬を歪めて笑う。
無事にストレガを助け出したその後にでも、掃除を勧める必要があるかもしれない。
霊子妖精による安全確認。
そして茄子子の戦略眼。
元よりソシエール内部は1本道であるということもあり、最奥の部屋に辿り着くのに大した時間はかからなかった。
「とはいえ、さほど時間に余裕があるわけでも無し」
脱出に時間がかかれば、ソシエールが火口に到達してしまう。
それより先に、ソシエールを停止させる必要があるのだ。
操作パネルを叩きつけ、汰磨羈が最後の隔壁を開いた。
すたん、と地面に着地した茄子子は誰よりも先に部屋の中へと足を踏み入れる。
「お待たせストレガくん! 人類の救世主だ!」
●ソシエールの停止
「操縦席までは、たまきくんはストレガくんをおんぶしてくれたまえ! 会長は死にそうになりながら追いつくから!」
時間はさほど残されていない。
汰磨羈の背に乗ったストレガへ、茄子子は言葉を投げかける。
「少々燃費が悪くてね。支援を頼む」
「おっけーおっけー」
任せておいて、と。
茄子子は二つ返事で汰磨羈に【クエーサーアナライズ】をかけた。
失われた気力を充填できれば、最高速度で操縦室まで駆け抜けられる。
「ふむ? できれば早々に停止させたい。私の実験結果が失われてしまうからな」
「言われずとも、だ。口を閉じていろ、舌を噛むぞ」
なんて、背中のストレガに声をかけ汰磨羈は姿勢を低くした。
「運ぶのは運搬できるタマキがテキニンだから、周囲の警戒はオレに任せテ!」
疾走する汰磨羈に声をかけるイグナート。
汰磨羈の頭上を霊子妖精と共に飛翔する彼は、周囲に素早く視線を巡らす。幸いなことに、ソシエール内部には適性体は見当たらない。
外壁に設置された機銃や、頑強な装甲によほど自信があったのだろう。
「ゆ、揺れる。舌を噛んでしまう! 脳細胞が死んでしまう!」
「ガラクタが多いのせいだ。というか、こんな事が続くなら、助手の一人でも雇ったらどうだ? いい加減、身がもたんだろう」
「実力不足の助手など不要だ。それに、ガラクタではない。これは進化の過程に必要な失敗作。いわば、明日への糧なのふぁび!?」
「言わんこっちゃない」
舌を噛んだらしいストレガを、汰磨羈は急ぎ操縦室へと連れていく。
「がんばれがんばれ負けるな負けるな!! いけっ、そこだ!」
遥か後方からは、茄子子の声援が聞こえていた。
その声を聞き、イグナートはくっくと肩を揺らして笑う。
まったくもって、騒がしい救出劇となったものだ。
銃弾を受けたSpiegelⅡが地面に落ちた。
装甲の一部は砕け、バチバチと火花を散らしている。【パンドラ】を消費することで意識を繋ぎ、立ち上がったその口元には僅かな笑み。
霊子妖精からの連絡により、任務の終了が近いことを知ったのだ。
「あと少し……行きますよ」
ボロボロの機体を無理やりに動かし、SpiegelⅡは駆け出した。
一閃。
庸介の刀がソシエールの脚を落とした。
悪路を走破するために取りつけられている機能の1つだ。タイヤを失った際の予備動力としても機能するそれは、まさしく巨大なムカデの脚。
「この機械ムカデを見ていると自爆装置が付いていないか不安になるな。いや、そんなものあればそもそも火口に飛び込む必要などないのだろうが」
と、そう呟いた庸介へ複数の銃口が向けられた。
回避も防御も間に合わない絶好のタイミング。
大上段に刀を振り上げた姿勢のまま、庸介は頬を引き攣らせるが……。
「斬り込め。護る事こそ俺の本分! その為の盾、その為の俺ってな!」
盾を構え、グレンが前へ。
庸介へ向け撃ち出された弾丸を、掲げた盾と剣と身体で受け止めた。
鎧には無数の穴が穿たれる。
喰い縛った唇の端からは血が零れる。
けれど、グレンはただの1歩も後退しない。
重症を負ってなお、己の矜持と仲間の命を守るため彼はその身を盾にするのだ。
で、あれば……。
「っぁああああああああああああああああああ!!」
まるで猿か怪鳥のような雄たけびを上げ、庸介は跳んだ。
大上段より振り下ろされた斬撃が、機銃を1つ斬り落とす。
その一撃は、ソシエールの装甲にも深い裂傷を刻んだ。
たとえ、停止させるに至らずとも良い。装甲を伝った衝撃は、ソシエールの脚にも確かに負担をかけただろう。
タイヤと脚の大きな違いの1つとして、関節の有無があげられる。
脚を上下左右に動かす関係上、関節部はどうしても細く、脆くなるのだ。
構造上の欠点として、その事実は変えられない。
それが分かっているからこそ、SpiegelⅡは先ほどから脚の関節を狙って攻撃を続けているのだろう。
「自分でやるとは言ったものの、まさかここまでキツイなんてな!」
視認も出来ぬほどの速度で、アランの突きが放たれた。
まずは1本。
ソシエールの脚を砕き折る。タイヤも脚も失ってしまえば、後は姿勢を崩すだけ。
火口を目前にして、確かにソシエールはその速度を低下させていた。
片側だけを狙って攻撃し続けたことも功を奏したことは間違いないだろう。片方はタイヤ、もう片方は脚とアンバランスな状態のままでは、速度も落ちるというものだ。
「頼むぜ、おい。早く終わらせてくれ!」
鳴り響く銃声に混じって、アランの怒声が響き渡った。
火口までおよそ500メートルの位置で、ソシエールは停止していた。
口顎にあたる出入口から、汰磨羈とイグナート、そしてストレガが出てきたのは停止から数分後のことであった。
ちなみに茄子子は、まだ入り口まで辿り着いていないらしい。
「おいババア、おいコラ。てめぇ何回俺たちに厄介事持ち込めば気が済むんだ? せめて非常停止ボタンとかお前は通れる生体認証付けろや!」
汰磨羈に背負われたストレガへ向け怒鳴るアラン。
しかし、その怒声もストレガに心には届いていないようである。
「厄介ごとと言うがね、むしろ誇ってもらいたい。こうして私を救出できたということは、君たちはまさしく人類の発展に一役かったということだ」
おめでとう、と。
柔らかな笑みを浮かべ、ストレガはアランに拍手を送った。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
ストレガは無事救出。
ソシエールも火口に飛び込む前に停止されました。
依頼は成功となります。
この度はご参加、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
ドクター・ストレガの救出。
移動研究所“ソシエール”の停止。
●ターゲット
・移動研究所“ソシエール”
ムカデのような形をしている自走する研究施設。
全長200メートルほど。
直径30メートルほどの部屋が複数連なったような形状をしている。
非常に頑丈。また【神無】の特性を備える。
各部屋の下部には複数のタイヤや脚が取り付けられており、それらを使ってソシエールは前進する。
また、ソシエールは決して後退しない。
現在、自壊のために火山の火口を目指して進行中。
平地の場合、時速はおよそ30キロほど。
対地砲:物中貫に中ダメージ、ブレイク、失血
主に地上の敵性体に向け使用される。狙いの正確な貫通する実弾。
対空砲:神中範に中ダメージ、ブレイク、懊悩
主に空中や、ソシエールに張り付いた敵性体に向け使用される。拡散するエネルギー砲。
・ドクター・ストレガ
黒いドレスにウィッチハット。
顔色の悪い妙齢の女性科学者。
現在、ソシエール最後部の部屋に綴じ込まれた状態。
彼女を救助することが今回の任務の目的となる。
●フィールド
火山の斜面。
草木の生えていない荒れた山。
斜面はゆるやかであり、障害物や視界を遮る要素は存在しない。
つまり、ソシエールの進行を阻むものが何も無いということ。
まっすぐ、前へ、火口へ向かって。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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