PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<アアルの野>水晶の教室

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●まだ知らぬ名前
「こんにちは」には「こんにちは」を。
「さようなら」には「さようなら」を。
 きまりきったプロトコルは、ただ、敵意がないことを示す挨拶に過ぎない。
「やあ、最近どう?」に特別な意味はない。
「今日の天気」に特別な意味はない。
 文字列の音素、ひとつひとつに意味はなかった。

 色彩の精霊、全ての色を持つファルベリヒト。
 彼らに『名前』を与えましょう。

●大鴉盗賊団のAの回想
「おい、おい! おーい!」
「ダメだ、壁が崩れて持ち上げられねぇよ」
「なんとかならねぇか?」
「もうダメだな、どのみち助からねぇ」
 コルボの兄貴が背を向けた。それでこそ兄貴だ、と俺は思った。
 そうやってまっすぐ歩いてくアンタに惹かれたんだ。

 ああ、くだらねぇ人生だった。
 孤児に生まれて。字も書けねぇし。
 親父には殴られてばっかだったし、良いことなんて何一つなかった吐き捨てたいくらいだ。ここまできて、こんなところで終わるなんて。だが、それは俺らしいなとも思う。
 成し遂げられずに終わるんだ。
 善いことも、悪事も、ぱっとしたところはなし。ただの「盗賊A」ってところか。
 でも、この世界にはそんな連中の方が多いんじゃねぇかと思う。
「なぁ、先生よぉ――」
 おかしいだろ?
 死ぬ前の俺の頭をよぎったのは、遠い遠い記憶。
 物好きな宣教師だったよ。
 そいつは孤児にまで何かを教えようとした熱心な”先生”。――ケルグ先生。って名前だった。先生は殴らなかった。俺は俺の名前をどうやって書くか初めて知った。1から10までの数字を知った。
 俺は頭が良くなかったが、上手くできたら……焼き菓子をくれたっけな。
 馬鹿馬鹿しい、これが最後の思い出なのか?
 もっとあるはずだ。美女に囲まれて朝まで騒いだこととか。
「ケルグ先生――」
 先生は、胸を張る何者かになりなさい、っていってたっけな?

●朝礼
 偶然にも。そこには一個だけ、立派なお人形があった。
 盗賊Aが最後に名前を呼んだせいで、『ケルグ先生』はなり損ないの先生になった。ケルグ先生はお人形。頭にあったのは盗賊が思ってたとおりの「善い先生」になるということ。
 ところが、遺跡でひとりぼっち。これでは生徒がいない。
『ケルグ先生』は困り果てた。なぜならば『生徒を教える』『優しい先生』が、『ケルグ』だからだ。
 そうだ、なら、生徒を造れば良い。だから、ケルグ先生はそれから始めた。幸い、材料はたくさんあった。
 この空洞は、廃棄されたホルスの子供たちの捨て場だった。

「Aさん、点呼を――授業の挨拶を」
「きりつ」
「れい」
「ちゃくせき」
 男は、ぐるりと土塊の群れを見回した。
「やあ、美しい門出の日だね。君たちがそろってここにいることを、喜ばしく思うよ」
 土塊の群れは、『ホルスの子供たち』未満の存在だった。
 ……色宝のほんの欠片で作られた、粗雑な出来損ないたち。
 それは、実験の過程で誰かになろうとして失敗していたり、形だけは真似ることは出来ても身体が続かなかったり。身体がどうしても中途半端だったり、そういう誰かの断片だった。
 物語の断片たちがこの「人形」たちなのだと言えるだろう。
「早速だが、これから、君たちに時間を与えよう。作り物をつぎはぎにしてできたのが君たちだ」
 土塊の生徒A、生徒B、生徒C。生徒D……。
 点呼があれば誰かになる準備は出来ている。
 けれど、彼らは誰でもないままだ。イレギュラーズという特異点が来ない限りは。
 ケルグ先生はそれぞれに、欠片みたいなブローチ(色宝)を与えることにした。
「では、残された時間を、どうぞ思いのままに」
 人形たちに、その意味は分からない。
 彼らはまだ何も知らないのだから。
「君たちは何も知らないのだから、」だから、何にでもなれるはずだとケルグ先生はいう。自分のこともわかっていないくせに。

GMコメント

●目標
 ホルスの子供たち<タブラ・ラサ>の討伐

●登場
ホルスの子供たち<タブラ・ラサ>×20
 彼らはホルスの子供たち。まだ誰でもない存在です。
 イレギュラーズたちが思い出を映し出すとき、彼らは彼らになります。
 そうでなければただのなり損ないでしかありません。
 素の状態では、イレギュラーズと戯れるように襲いかかってきます。とても野蛮な、動物のような戦い方をします。
 ほとんどは欠陥品で、形を成す前に崩れ落ちてしまうかもしれません。
 片言や文字化けする奇怪な声を発することが多いです。

「誰か」になる前に壊してしまうのも慈悲でしょう。辛抱強く接すれば、戦いを通じて何か学び取るかもしれません。
 それでも、最後に崩れてしまうことには変わらないのですが……。

『ケルグ先生』
 盗賊が最後に名前を呼んだために生じたホルスの子供たちの人形です。
「子供たちに良い経験をさせてあげたい」と語りますが、良い経験がなんなのかは分かりません。とりあえず、「誰かになれること」を目的としていて、イレギュラーズと戦わせようとします。意思疎通が出来るかに一見見えますが、お人形です。生徒や自分が崩れてしまうことについてはとくに気にしません。

 ホルスの子供たちは所詮人形に過ぎず、意思は持っていないように見えます。もしも感情を見いだすとしても、そう見える以上のものではないでしょう。

●場所
 迷宮中枢、まるで整えられたイングリッシュガーデンのような場所です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <アアルの野>水晶の教室完了
  • GM名布川
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年01月31日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
レオンハルト(p3p004744)
導く剣
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
カイン・レジスト(p3p008357)
数多異世界の冒険者
アルヤン 不連続面(p3p009220)
未来を結ぶ

リプレイ

●教師有り学習
「迷宮の中にしては、随分と小綺麗な場所ね」
「んんーー?」
『あの虹を見よ』美咲・マクスウェル(p3p005192)の隣で、『ハイパー特攻隊長!』ヒィロ=エヒト(p3p002503)は背伸びした。
「ねぇねぇ美咲さん、あの人形達って何かな?」
「クレイゴーレム……かな? でも……」
「あれは……ホルスの子供たち、ね」
『砂食む想い』エルス・ティーネ(p3p007325)がそれに気が付いたのは、彼らに自分の知っている者たちの面影を感じたからだ。
「盗賊が今際の際に思い浮かべたのが恩師か……。たとえ立派な師が居ても、道を踏み外す者はいるものだ」
『解放する者』レオンハルト(p3p004744)は淡々と処刑剣を構える。
 最期に思い出したのがその学び舎での出来事だったのなら。盗賊も少しは救われたのだろうか?
 それを語るものたちは、もういない。
「あれがホルスの子供たち? ふぅーん……聞いてたのと違……あぁ、『素体』かなこれ」
「さすが美咲さん、何でも分かっちゃうね!」
「ホルスの子供たちに会うのはこれが2度目っすねー。……もう、ただのモンスターとは割り切れないかもしれないっすー」
『扇風機』アルヤン 不連続面(p3p009220)は彼らを見る。
 ヒトの真似をしようとする彼らは、ヒトの形をしているけれども、その動きはやはりどこか歪で不自然だ。
(ホルスの子供。己の過去と。己自身と向き合って解った。改めて誓った。僕には取り戻すモノがあるのだと)
『見据える砂楼』恋屍・愛無(p3p007296)は彼らの名前を呼ぶことはない。
(彼らは鏡のようなモノだ。己の未練を映し出す鏡のようなモノ。だが、どれだけのぞき込もうが所詮、虚像は虚像にすぎない。どれだけ縋った所で、彼らは何も生まない。残さない。過去に縋って、縛られているだけでは、何も手に入らない。僕は進む。前へ。前へ。ただ前へ。迷っている暇などは無いのだから)
「何にしても数が多すぎるわ……ある程度は疾く、済ませましょ」
「ああ、前へ」
 エルスの言葉は自分に言い聞かせるようだ。
 愛無も応える。誰かになってと乞うためじゃない。呼ぶのならば失った彼らの名ではない。背を預けて戦うための、仲間の名前だ。
「行こう」
 レオンハルトは迷うことなくPledge・Letterを振り抜いた。
「さあ、彼らにどうか教えてやって欲しい。この世界のことを――」
『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)の前で少女は振り返る。
 とある生徒。ヨル、モーファ。再現性東京に現れたモノ。
(……忘れるものかよ、あれだけ『ホルスの子供たち』に似た在り方であって、それでも『人間として』もがいて、人間として死んだ彼女の事を)
「『誰か』になれる、かもしれないお人形、か……嫌いじゃない、嫌いじゃないよ彼らみたいなのは」
『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)は、持ち前の好奇心で、並ぶ彼らを見回した。
「でも、だからこそ学び真似ると言うのなら……全力で相対しなきゃ失礼に当たるよね!」
 水晶を足掛かりにし、ひょいと背を向ける。
 カインの動きを、ホルスの子供たちは真似る。
 その動きは、不器用だけれども少しだけ上手になっているようで、アルヤンは少しほっとしつつ、羨ましくも思い、けれど、ふと悲しくなる。
(といっても、土に戻ってしまうっすねー……)

●<白紙>
「うーん、そうだね……僕は『誰か』なんて思い浮かべられないけど、仮に『何か』になれるとしたら。
それなら、今相対している様な『冒険者』になってみなよってな物だよね!」
 子供たちはカインを見つめる。
「あるいは僕の様な、あるいは共に戦っている他のローレットの冒険者の様に。
あるいは、僕達や誰かが思い想像する『冒険者像』の様に。
手本ならこれ以上ないと言えるくらいあるだろうさ」
 だから「何かになりたい」のならそうすればいい。
 ……なりたいのなら。
「……「誰かになれ」を言葉通りにしか受け取れないなら、お前たちは何をしても土塊人形でしかない」
 殲滅する――目的に向かって、レオンハルトは冷静にH・ブランディッシュを振り抜いた。
(俺の知り合いは大体存命で、故人はもう、顔も思い出せないくらい記憶が薄れてるんでな)
 誰かを摸させるつもりはなかった。

 望むと望まざるとにかかわらず。
 目の前の人形を「もし、そうなら」と。
 面影のある誰かはエルスの心を揺さぶる。義妹の影が……血を見せつける様に嗤う。……いや、そんなはずはない。……幻だ。
 エルスの繰り出した双鎌が土人形を仕留めた。
 懐かしく、ひたむきな歌声も。あざ笑うような悪意の中で支えだった使用人も、皆。皆。
「今更何になろうと狼狽えはしないわ!」
 エルスは果敢に叫んだ。
 姿を現したのは――義父の姿。
 エルスは己を奮い立たせる。
 憎しみを込めて睨みつける。
 逃げたりなんてしない。
 前へ、前へと進んでみせる。

「……まかせろ」
 エルスに食らいつく名もなき吸血鬼の影を、愛無は後ろからなぎ倒す。
 その鋭い嗅覚は土くれの匂いを完璧に判別し、脳裏に位置を描き出していた。
 名乗りを上げれば、人形は群がる。
「ありがとう。……変化したのは、私がやるわ」
 頷いた。きっとそれはエルスなりの決意なのだろう。だから、手助けをするとするなら、少しでも素体の数を減らすことだ。
『――――』
 脳砕き。あまりにも人を超えた声量が響き渡る。衝撃波が辺りをびりびりと揺らした。
(おおう、すごい声量っすねー)
 アルヤンの破式魔砲が、ホルスの子供たちを撃ち抜いた。愛無のすがたは超常を超えている。
 ヒトとはなんだろうか。
(わからないっすー。でも、わからないことから逃げるのは、得意っすからー)
 アルヤンはやることはやると決めている。
 うぃーんうぃーん。どーんと、魔法が炸裂する。
(慈悲とかじゃないっすー。
どうせ、自分には成り代わってくれる『誰か』との思い出なんてないっすからー)
 ホルスの子供たちがふわりと風を起こす。
「……自分をまねてるっすかー? お手本にしても……」
 愛無の殴打がホルスの子供たちを叩きつけ、我に返った。
 倒さなくては。
 ハイエンドサーキュレーターが逆向きに動き出し、子供たちの土くれを吸い込んでいった。
(ほらやっぱり、ヒトにはなれないじゃないっすかー)
「なれねぇってんならさ」
 カイトが呪を編んだ。
 双凍呪『二律背反の螺旋』。蒼と紅の思念がまじりあって、ホルスの子どもたちに編まれた術式に割り込む。
「ならなくていい。それでもいいんだ」
 誰でもない何かが何かになる前に、生まれる前に――死にたくないと思う前に、ただの土くれのまま、土に還ればいい。
 けれど、既に姿をとった者に対しては手は止まる。
(……無駄だって分かってるんだが。分かってるんだが)
 脳裏には、どうしても、「桜庭」とあの夜妖がちらついた。
 人間として向き合えば、なにか、あるんじゃないかって――。
(だから桜庭の名前を呼ぶんだろうよ。……もう一度向き合う為にさ)

●なってみて
「んんん-? おんなじのもたくさんいるけど、違うのもあるよね? どういうことなの?」
「名前を呼ぶと、呼んだ人ぽくなっていくんだって。やってみる?」
「ああーーなるほど!」
 美咲の説明に、ヒィロはぽんと手を打った。
「ボク達が思いをぶつけたら、その思い描いた人――モドキ? ――になるのかぁ。ふーん」
 ひゅんひゅんと攻撃をかわして様子を見てみるけれど、たいして強くない。
「別に会いたい人もいないし、さっさと壊しちゃって……あそうだ!」
 ヒィロの表情がぱっと輝いた。
「よし、キミ!
ボクの大大大好きな美咲さんになってよ!」
 ホルスの子供たちは首をかしげる。ヒィロは誇らしげに美咲を指し示す。
「美咲さんはねー、あんなに美人さんで、優しくてちょっとドライで、大人の落ち着きを持ってて、それでねそれでね――」
 嬉しそうに、美咲との思い出を語るヒィロ。
「とってもお料理が上手でね、優しくて、一緒にテーマパークに行ったんだ。あと、あと……」
 きらきらと輝くような宝石のような日々。
 ホルスの子供たちは持ちえない思い出だ。
「ってわけで、こんな素敵な美咲さんみたいになれるんだったら、キミもきっと本望でしょ!」
 頷いて、人形は姿かたちを変えていく。
(ヒィロが遊んでいるならもうちょっと待ってあげようかな。ヒィロも……楽しそうだしね)
 美咲の絶蒼――虹の魔眼が、未だ白紙の子供たちを吹き飛ばす。
 傍目からは分からないほど完璧な模倣だったかもしれない。
 ああ、たしかに見た目は”少し”似ている。でも全然ちがう。体温も、つやつやの唇も、甘ったるい匂いも。ぎゅってしたときの温かさも、――ううん、触る前から分かる。
「……って、そんな風にしかなれないのかぁ」
 やっぱそうだよね、とヒィロは思った。
「悪いけど、ボクの美咲さんをそんな「出来損ない」で再現してもらっても、腹が立つだけなんだよね。
ばいばい」
 呆気なく手を放し、興味は逸れていく。緑の灯火が燃えた。
「そうねぇ 微妙すぎる偽物より、土人形のが愛嬌あるかもね」
 略紫の魔眼が吸い取った。
 ヒィロの興味が消えたなら、もう片付けに入ろうということだ。
(……と、せっかくだし私も『実験』しようかな)
「ヒィロ、新しく組んだ術を試したいのだけど、手伝ってくれる?」
「! うん、もちろんだよ美咲さん」
 息の合った連携はいつものことだけれど。
 そっと手を重ねる。体温。呼吸。やっぱりこうじゃなくっちゃな、とヒィロは思った。
「いつもみたいに、まっすぐ狙ってほしいの」
「オッケー」
 怒涛の闘志。青き咆哮が数体を貫いた。開眼:陰。
 虹色虹彩(レインボーアイリス)が煌めいて敵を貫く。
「名付けて『破式連装砲』、うまく連射できたら、拍手喝采!」
 砲撃術式の複数並列が重なり、敵をなぎ倒していった。

●なれないのなら
「ねねね美咲さん。
ボク思ったんだけどさぁ。どうせなり損ないの『ニセモノ』にしかなれないんだったら……。
そんな『ニセモノ』になっちゃう前に、『ホンモノ』のまま壊してあげた方がいーんじゃないかなって。
少なくともボクなら、そう思うなぁ」
「……そうね」
 美咲は考えながら、油断はなかった。一睨み。昏き蒼穹で敵を薙ぎ払っていた。
 ほかの人たちは、きっと色々話すことがあるだろう。
「そうしようか。まだ動ける?」
「もちろんだよ! 美咲さん!」
 怒涛の攻撃が、なりそこなった一体を貫いた。
 たくさん砕いて、土に返そう。
 きっと彼らは何物にもなれない。

 アブソリュート・ゼロがホルスの子供たちの動きを鈍らせた。続けて、愛無のH・ブランディッシュが仕留める。
(自分はー……自分は自分が何者なのか分からないっすー。
お母さんは自分のことを“人間”だと言ってくれたっすけどー、自分は他の人とは姿形があまりにもかけ離れていてー……)
「自分も、先輩たちからはあんなふうに見えてるんすかねー。
……嫌っすねー」
「……敵と間違うことは、ない」
 愛無が言った。
「そうっすか?」
「……僕は知ってる。……仲間は、間違わない。きっと」
「そりゃ、変わってるヤツは山ほどいるさ」
 カイトが言った。
「混沌ってのはなんでもありだ。頭が匣だったり……いろいろいるさ」
「いろいろ……っすかー」
 カイトの動きが一瞬止まる。
(知っている。目の前のそれは、どちらにも似ない。
俺の『知っている』情報を掠め取っただけの存在を『桜庭』として定義して良い筈がない)
 黄昏時の幻視が見える。痛みは反動となって伝わるだろう。
(それでも、それでも――手を直ぐに振り降ろせなくなったのは、俺が弱くなったからか?)
『わたしを、わすれないで』
 忘れるわけがない。忘れられるわけがない。
「じゃあな、桜庭」
 きっと何度でも何度でも思い出すことになる。これからだってずっと。
 ……水晶の欠片は、桜が舞っているかのようだ。

●赤犬の群れ
 エルスは突き進む。過去の残骸を斬り捨てて、魔性の切っ先で敵を惑わし、前へと進んでいった。華麗なるステップ。
 その姿は剣に舞う姫。
「ああ、やっぱり死した者と再度戦うのは、変な気分になってしまうわね……?」
 けれど、動きに躊躇いはない。
(大丈夫、今は冷静だ……。
油断するとまた憤怒が溢れそうだけれど……大丈夫、いける……!)
 己を制御して、迫る子どもたちを黒顎魔王が貪り喰らう。
(死した魂が蘇る事なんてない……これはこの世界に来てから改めて思い知る。
死に直面する機会が少なかった前の世界では、きっと……ここでの心情以上には思えなかったわ。
ああ、この命の中で……どれだけの事が出来るだろう)
「そうよ、だって。
だって……あなた達は『あなた達』じゃない……。
おいでなさい子供達……静かな眠りを与えてあげましょうね」
 傷つきながらも進み、そしてその足は止まった。
「元気か? お嬢ちゃん」
 赤犬の群れの団員四名。忘れるわけがない。宝石竜『ライノファイザ』との激闘の末、彼らは……。
「ああ、そうよね……あなた達も……。
だって先の戦いで無理をさせてしまった……っ」
 その表情は優しい、そんなところまでそっくりだ。褒めて欲しいと思いながら報告に行くとき、頑張って来いよと言うように彼らは、笑って。
「メソメソなんかしないわ。
だってまた『お嬢ちゃん』だなんてからかうでしょ、あなた達」
 いい顔だ、というように微笑んで。
「私はいつまでも『子羊』なんかじゃないんだって……。
ねぇ、『上』で見ていなさい……!」
 死なせてしまった事に罪悪感がない訳じゃない。けれども、エルスには確信が持てた。
(ただそれは『彼等』は望まない事だもの!)

●ケルグ先生
「うん、だいぶ良い動きになってきたね?」
 カインの神気閃光が、ホルスの子供たちを貫いた。
(彼らがそんな複雑な事が出来ない、誰かの思い出に縋らなきゃいけないモノだったとしても……。でも、それはそれ、『冒険者』とはそんな物だよね)
 敵わないかもしれない障害と相対する事も、非情なタイムリミットがある事だってざらにあって。
 僕達イレギュラーズは多少の例外ではあるけど、命に関わる特大のリスクへと挑むのが当然の事の様。
 だから今日、この授業はここでおしまいかもしれないけれど。
(敢えて彼ら風に言うのであれば、“良い経験”をする為にね――)
 レッスンについてこれているものはごくわずか、戦いに巻き込まれて崩れていくものも多い。
「『冒険者』なら道半ばで果てる者も大勢居るだろうさ……長生きして、大成したら褒めてあげるよ!」
 敵は仲間との連携も取り出した。前衛、後衛、そして回復役らしき真似事。
(うん、よくできているよ)
 苦しそうな仕草をする者から。生き生きとしている人形は後回しに……。アルヤンもその意図を組んだのか、なんともなしに手伝っていた。
(勿論、最後は同じ運命だろうけどね)
 成長するのは、きっと楽しいことだから。
 その景色を見せてあげたかった。

「素晴らしいことだね、皆何者かになっていく。姿を得て、成長して……」
「生徒が崩されて何もなしか。「君たちは何も知らない」か、はいそうですか」
 カイトの呪術がケルグへと向いた。
「これは……喜ばしいことじゃないのかい……?」
「お前も、何も知らないのに、それを『教えられる』と思ってんのか。
感情があるように『見せかけて』。上辺だけをなぞるものは機械だろ。
……ただの機械が、『教える側』として振る舞ってるんじゃねぇよ」
「……」
 一人として教師として、それが許せなかった。
「――悪いが、そこの『先生』のフリした紛いモンだけは全力でぶっ壊す」
「君たちが、教えてくれるのかい」
 愛無が後ろから飛びかかっていた。
 殴打の一撃が、思い切りケルグを吹き飛ばす。
 正しい死を。そんなものはないかもしれないけれど、目指すことはできる。氷戒凍葬『葬別の冬枯れ桜』が鮮やかに舞台を凍り付かせていく。

●卒業
「……自分も、誰かになれるんすかねー」
『なれるさ!』
 それはケルグという男がかつて誰かに言った言葉なのではないかなと思った。
「お人形の言葉だって、言葉は言葉っすよー。お人形だって歌も踊りも出来るし、綺麗なんすよー。自分はなんにもできないっすー」
『ちゃんとできているよ! 大丈夫。いいかい、人生に遅いなんてことはなく、って、ね誰にだって……』
 誰かの言葉を真似たもの。自分のものではない言葉。
「人は別の人にはなれないよ」
 レオンハルトはそっと声をかけた。
『?』
 人の世界は感情と想像が渦巻き、一つの言葉が万華鏡のように意味を違える。
「この言葉の誰かというのは、役割のことだ。ある人の友人、恋人、恩人、ライバル、あるいは両親。誰かにとって誇りに思える人格を持つ間柄であれ。きっとオリジナルのケルグも、そう伝えたかったのだろう」
『ああ……”そうだったのか”』
 ケルグが驚いたように言った。
 レオンハルトの黒顎魔王を浴び、ケルグが崩れていく。
 一人残った白紙の子供。
「この先の道を教えてほしい。恩人や案内人にくらいなら、それでなれるさ」
 人形が扉を開いて、振り返った。
 カインが残した最後の1人。
『ア゛アアアレタ?』
「ありがとう」
 レオンハルトがつぶやいた。
「……さようならっす」
 アルヤンの魔砲が、残骸を土に返した。その土は風に乗って舞い上がっていく。どこまでもどこまでも……。

「自分と彼らで、一体何が違うんすかー……もっと、ちゃんと人間でいたいっすー」
 アルヤンは呟いた。
「……難しい、な」
 愛無がつぶやいた。小さく壊れかけた色宝を回収する。

「うん、覚えているよ」
 カインは彼らのことを観察していた。
 わずかな間の、学びも成長も。意味を成すかも分からない奇怪な声も、ちゃんと聞き取ろうとしていて伝わってきていた。
 原始的な動物の反応に過ぎないのかもしれない。
 怯えていたり、怖がっていたり、あるいははしゃごうとしていたり、そういう欠片がきらめいていた。
『ア゛アアアレタ?(ねぇ、冒険者になれた?)』
「そうだね、上手だったよ」
(『冒険者』として、それくらいしてあげても罰は当たらないと思うからね)
 経験として、糧として。あるいはこの先を進むための足がかりとして、先に進むだろう。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

カイン・レジスト(p3p008357)[重傷]
数多異世界の冒険者

あとがき

ホルスの子供たちの討伐、おつかれさまです。
きっと彼らも苦しみはしなかったことでしょう。
ありがとうございました!

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